今回の話は、後日これの男女逆転版(つまり『うちはシスイ憑依伝』設定のほう)をピクシブにアップする予定だったりしますので、興味在る方はそちらもよろしくです。
まあ、根本的な性格やキャラ付けは同一ですが、性別が違うため、半分以上違う話でオチも違うんですけどね、シスイ伝バージョンの「夏祭りの話」。
しーたんに最も似合う花はタンポポだと思っている。
因みにタンポポの花言葉は「愛の神託」「思わせぶり」「真心の愛」「別離」だそうな。
ではどうぞ。
……結局その後母へとイタチが購入したのは、白青色の玉の中にデフォルメされた白百合が描かれた、140両ぐらいの少し安めの簪だった。安め……とはいえ、それは比較した時の話であって、子供の小遣いから考えたら140両は大金だ。そのことも考慮してくれたのだろう。或いはイタチが未だ幼い年齢で、しかも買う理由が「母のため」というのに簪屋の主人も心打たれたのか、結局値引きの末、実際の購入金額は110両ほどだった。
そうして包まれたそれを胸元にイタチは仕舞う。
そんな少年を見て、本当に朗らかに笑いながら幼馴染みである年上の少女は言う。
「良かったな」
そのことに心中複雑になる。
本当は、この簪屋で最初に足を止めたのは母のためではなく、お前にどうかと思ったからだ、という本心をイタチは伏せて少しこっそりとため息をこぼす。
シスイが簪に……着飾ることに興味がないというのは多分本当のことで、だから先ほどの焦ったような態度も本物で、嘘や虚飾は入っていないだろうことはわかっている。それはイタチの目から見ても間違いないだろう。
普段の服装だって彼女の格好に洒落っ気は見いだせないというのもあるし、なにより、先ほどのやりとりの際に漏らした「興味ない」と言ったときの表情、声、仕草、雰囲気。あれは遠慮などではなく、本気の言葉だった。
けれど、それは酷く勿体ないことなのではないかと思うのだ。
だって別に似合わないわけではないのだし、シスイだって10代の少女だ。毎日着飾れという気はないが、それでもこういう時ぐらい着飾ってもいいのではないか。シンプルな黒い髪留めだけなど……これが結婚もして落ち着いている年齢の女ならばともかく、自分より年上とはいえ、まだまだ年若い少女でそれはとても寂しいことな気がした。
だから……。
「シスイ、先に行ってくれないか」
そうイタチは声をかけた。
それに対し、彼女はキョトンとした顔でイタチを見下ろす。そうした顔をすると幼く見えるからか、普段はあまり年の差を感じずに済むためイタチはシスイのそういう顔が嫌いじゃなかった。
「どうしたんだ?」
「先ほどの店に忘れたものがあった」
苦しい言い訳だ。普通の子供ならおかしくない台詞でも自分が言えばおかしい台詞になることぐらいイタチは100も承知している。現にシスイはそれに対し表情だけで「お前が?」と訝しんでいるのだから、如何に普段のイタチからするとおかしな台詞であったのかわかるというものだろう。
ただ、それでもシスイは鈍いようで鋭く、鋭いようで鈍い人でもある。何事か詳細はわからぬまでも悟ったということだろう。少女は優しげに朗らかに笑うと、年上らしい寛容な態度で「わかった。そこの先で待っているけど、あまり遅くなりすぎないうちに戻ってくるようにな」といって、イタチの肩を軽く叩いて送り出した。それに、どうやら自分が付いてきて欲しくない、何を買うのか見ないで欲しいという心情をきちんと汲んでくれたらしいということを、少年は理解した。
「行ってくる」
そういえば、少女は笑って「いってらっしゃい」と手を振って見送った。
(普段は子供っぽい人に見えるのにな……)
こういう時はきちんと年上で、まるで大人のような態度なのが少しだけおかしかった。
「おや、さっきのお坊ちゃんじゃないかい、どうしたんだい?」
そういうと簪屋の女主人は、目尻の皺を若干和らげながらイタチの姿を見返した。それに対し、イタチは曖昧に微笑みながら、「買い忘れたものがありまして」と返答した。
けれど、その言葉だけで察するには充分だったということだろう。簪屋の主人は人生経験を感じさせるややしわがれた声で「ああ……」と呟くと、くっくっと少しだけ意地の悪い笑い方をしながらこういった。
「さっきのお嬢ちゃんにかい?」
「……」
見透かされた。そう思いながらもイタチは答えない。ただ、教師受けの良い曖昧な笑みだけを浮かべたままだ。けれど、そんな幼い少年の見栄さえ、年を重ねた女には微笑ましく見えたということだろう。
簪屋の女主人は「おやおや図星かい。可愛い子だねぇ。まあ、あの子には少し洒落っ気ってもんが必要だぁね。それで、どれが欲しいんだい?」
「これです」
それに即座に返して、イタチはその簪を差し出した。
それはデフォルメされたタンポポをモチーフにした、シンプルながらも可愛らしい簪だった。
全体的に子供っぽいデザインで大人っぽさからはほど遠く、それ故先ほど購入した母宛ての簪に比べると値段も安いのだが、その明るい黄色の花をモチーフにしたそれは、初めに一目見た時からシスイにはよく似合うのではないかと思っていたのだ。
そしてそれは簪屋の女主人も同感だったということだろう。
「ああ、確かにそれはあのお嬢ちゃんには似合いそうだねえ」
なんて言って苦笑した。言にあんた見る目あるね、なんて感慨が含まれているようで、イタチは僅かに居心地の悪さも感じたが、それを表情に載せることはなかった。
そもそも、シスイはお高く留まったような花よりも、ありふれた花や野草のほうが似合うのだ、と思っているわけで。切りそろえ整えられた庭花よりも、野花のほうが彼女らしいと、そう思っていた。
この際、元の値段からして安いというのはおまけ的な要素でしかない。それに簪にしては安いといっても、やはり未だ7歳のアカデミー生でしかないイタチからすれば、充分それも高い買い物になる。そのことを簪屋の主人もよくよく理解しているのだろう。
「本当は80両なんだが、60両にまけとくよ。それと、これ先ほどのお嬢ちゃんと2人でお食べね」
そういって、女主人は袋に包んだ商品と一緒に飴を2つイタチへと差し出した。
イタチはそれを金銭を払って受け取りながら「ありがとうございます」と頭を下げて返し、その幼いながらに歳に似合わぬ礼儀正しさを見せた少年に対し、女もまた頬を綻ばせながら「よく出来たお坊ちゃんだねえ」なんて言いながら、「しっかりおやりよ、将来の色男」なんてからかうような言葉と共にイタチを見送った。
その言葉に、どうやら姉弟ではないことや、多少彼女のことを異性として意識していることも見抜かれているらしい。イタチは彼にしては珍しくほんの少しだけ頬に朱を走らすと、もう一度行儀良くペコリと一礼して簪屋の前から去っていった。
「シスイ」
そう呼びかけ、小走りに追いつく。
するとどこか遠い眼で祭り光景を見ていた少女は、それまでの表情から一変、少し何かを隠すような……自分くらいしかわからない程度にどこか仮面的な笑みを浮かべて、「おかえり、イタチ」と連れ合いである少年の名を呼んだ。
それに僅かイタチはたじろぐ。
本当は、先ほど買った簪を「お前に」と渡す心算だった。けれど、彼女の纏う雰囲気に何故かそれを言い出せず、代わりに「貰ったんだ」と飴のほうを差し出した。
それにシスイは「お前が? でもいいよ、お前が貰ったものなんだろ?」と穏やかな表情と口調で言うが、イタチは「良い。オレの分もちゃんとある」と答えれば、「そっか。ありがとな、イタチ」そういって少女は優しく微笑んで可愛らしい包み紙にくるんである飴を受け取った。
それは仮面ではないほうの微笑みで、そのことにイタチは酷くほっとする。
それから少年は落ち着いた声で彼女に尋ねた。
「何を見ていたんだ?」
「んー……何をって……まあ特定の何かってわけじゃないけど、こういうのやっぱ良いなってそう思ってただけだよ」
そういって少女は眼を細める。
「みんな賑やかで、楽しそうで、子供達は笑ってはしゃいでてさ……やっぱりさ、泣いている顔や辛そうな顔を見るよりもこういうののほうがずっといいなってそう思ってた」
私もみんなが笑っていると嬉しいし、とどこか愛しさの滲んだ口調でそう小さくポツリと呟いた。
それにイタチは思う。
嗚呼、この人の心にもまたあの戦争は大きな傷となっているのだな、と。
まあ、当然と言えば当然のことだ。
人が焼け、腐り、死んでいく光景。
人同士で争いあい、奪い合う。
戦火に包まれた村。
あれは幼かったイタチにとってもトラウマそのものだ。完全な平和などというものがないことは理解していても、それでも戦争を忌避する考えが生まれたのもあれが切っ掛けに等しい。
そして自分以上に、彼女にとってはあれは当事者であったからこそより惨いものでもあったのだろう。そも、シスイは己より余程脆い人だ。それは何より精神的に。シスイの両親もまたあの戦で亡くしているし、仲間も失っていると聞くが、それだけの話ではないだろう。
でもどちらにせよ、彼女が「歪み」を抱えたのはあれが原因だろうとイタチは悟っていた。
シスイが己に期待したものは、己に執着するようになった切っ掛けは、望んだ夢の根源は、やや病的な程子供好きに彼女が成り果てたのは、全てあれが原因だ。
……やり場のない憤怒を、砕けそうな理性を別の感情に変え耐えた。
そうしないと生きていけない程、この人は脆く弱かった。否、今もまだ弱い。それだけの話だ。
けれどそれを愚かだと嘲笑う気にはイタチにはなれない。
開き直り、血を好んで残忍な方向へと変化するものよりも、ずっとそれは尊いことだろうとも思うから。
そんな風に自分を見ている弟分の視線に気付いたのだろう。
シスイは1つ瞬きをすると、それを合図のようにいつも通りの雰囲気に自分をもどし、それから彼女はニッコリと満面の……巧妙に作られた笑顔を浮かべつつ、イタチの手を引き、気持ちを切り替えるようにこう言った。
「ま、なんにせよイタチ。今日はとことん遊ぼうな。あ、あとさっきあっちで射的屋見かけてさ、一緒にやろう」
そういって少女は無邪気に笑う。
其の顔は本当にいつも通りで、先ほどの片鱗も見せない。それに、普段はそんな風には見せないくせに、この人もやはり忍びだなとイタチは無性に実感した。
「おじさん、私とこの子で一回ずつよろしく!」
「あいよ。20両だよ」
そういってシスイは賑やかに笑いながら射的ゲーム屋のオヤジに20両を支払う。
それから当然射的ゲームも初めてだろうイタチに振り返った。
「お前、やりかた知ってる?」
「推測でいいなら……」
「つまり、ちゃんと知っているわけじゃないんだな?」
そうイタチから確認を取ると、シスイは、よしなら説明してやろうと言わんばかりの意気込みが入った顔を見せながら、イタチに言った。
「良いか。このゲームは、射的用に用意されたこの玩具のクナイを使って、あそこの棚に並んでいる景品を当てて落とすゲームなんだ。んで、落とした景品が貰える。外れたら無し。といったら、お前には簡単に聞こえると思うけど、渡されたゲーム用クナイは私達が普段使っているクナイとは全然違うから言うほど簡単じゃない」
そういってシスイは、イタチの手にもゲーム用のクナイもどきを握らせた。その軽さと材質の脆さに少しだけイタチが目を大きくさせる。そんな少年の姿を見ながら、シスイは説明を続けた。
「というか、普段クナイをにぎり慣れているやつのほうが多分このゲームは難しい。あまりに重さも強度も違い過ぎるからな。無茶は効かないし、クナイをチャクラで強化させるのはルール違反で厳禁だ」
そういって、「とりあえず、私から行くぞ」と実際に見せる事にしたらしい。シスイは玩具のクナイを構えるとヒュッと投げた。
「うん、まあ、こんなものだろう」
棚から落ちたのはビー玉の入った小袋だった。それもなんとか落ちた風情で少しクナイは外れた軌道を描いていたものだから、想像以上に駄目な出来だったらしく、シスイは気恥ずかしげに赤面しつつポリポリと側頭部を掻いている。
そして次にイタチに勧めようとシスイが振り返った時には、少年はそれを投擲していた。
ヒュッと鋭い風切り音がなる。
と、思えばクナイが計算し尽くされたような軌道を描いて2つの商品が棚から同時に落ちる。
「おいおい、マジか」
その正確さと、技術力の高さに、思わず出店のオヤジも呆気にとられたような顔をしてそれを見ていた。
落ちたのは、最も狙うのが難しいだろう位置に置いてあった、手裏剣ショルダーセットと、ベーゴマセットだ。特に手裏剣ショルダーは大きさと重さが重さだけに、普通に当てたところで、軽くて脆い材質の玩具のクナイではよっぽど上手くやらないと落ちない筈だったのだが……しかしそれをやってのけた少年は、ふむとこともなげに顎に手をやるとこうやった。
「確かに……いつもと感覚が違う分難しいな。左の奴も一緒に落とすつもりだったんだが」
……どうやらイタチ的には一気に2つ落としただけでは足りなかったらしい。因みに左に置いてあった商品は小熊のぬいぐるみだ。そんなイタチを見て、シスイはどこか遠い目をしながら呟いた。
「ああ、そうだった。お前はそういうやつだった。それにしても……お前、本当チートね」
「チート?」
ペテンなどした覚えはないが? と言わんばかりの瞳で自分を見上げる少年を前に、それより6つ年上の少女は苦笑いを浮かべながら、イタチの頭を撫でつつこう返答した。
「いや、うん、なんでもない、こっちの話。ちょっと自分の非才さを噛み締めてるだけだから、気にしないでいいから」
……その言葉に哀愁が漂っている気がするのは気のせいなのだろうか。
とは思いつつそれにイタチが突っ込む事はなかった。空気を読んだといっていい。
「でも、成る程。大体感覚は理解した。それでシスイ、お前は欲しいものはないのか。あれば落とすが」
そういつも通りの平静な態度を取っているようで、どことなく子供らしく得意げでもあるような雰囲気も僅かに匂わすイタチだったが、それに対し遠い目をしながら桔梗柄の浴衣の少女は呟いた。
「いや、いいよ。っていうか、そんなことしてたら店のおじさんが可哀想だろ……お前全商品落とせそうだしさぁ……」
その声には酷く同情が宿っているが、イタチとしては釈然としない。本当はぬいぐるみも落として彼女にプレゼントしようと思っていただけに尚更だった。
そもそも落としたものは貰えるゲームなのに、本当に落としたら可哀想とはどういうことか。納得出来ない。
「それにしても、ベーゴマとはまた懐かしいものを落としたなあ」
けど、そんな風に自分にかけられた声が興味を含んだ楽しげなものだったので、イタチは別にそんなことはいいかと思い直した。そうして眼を細め、微笑みながらイタチの手の中を見ている少女に問う。
「好きだったのか?」
「んー、ちょっとな」
そういってシスイは笑う。
その顔は楽しそうだ。
だから、あとで分けてやろうとイタチは思った。
それからはあっという間に時間が流れていった。
ふわふわの綿菓子やフランクフルト、たこ焼きなどを2人分け合って食べて回った。2人で買った1つをわけた為、量はそれほどではなかったけど、その分沢山の種類が食べれて、なにより分け合って食べるということそのものが楽しかった。
「やっぱり1人じゃない食事は楽しいなっ」
そんな風に無邪気に笑う彼女の顔が可愛かった。
やがて、そうしているうちに本日の目玉である花火がはじまった。
すると、少女は言葉を止め、空を見上げながら優しげに目を細める。
まわりは煩いくらいの音なのに、どこか物静かで、イタチは時間が止まったような錯覚を覚えた。
穏やかで優しい顔。
シスイの顔なんて見慣れていた筈なのに、今宵の彼女は誰より大人びていて、そのことに酷く少年はドギマギした。覗いたうなじや横顔が、いつもよりずっと色っぽく見えて、かける言葉を失うと共に、イタチはそんな風に思う自分自身に戸惑いも覚える。
「綺麗だな……」
「……ああ」
それは花火のことを指した言葉だろうに、自分の心を見透かされたような気がしてイタチは一瞬どきりとする。けれど、シスイに他意などなかっただろうから、なんでもないような声で敢えて少年は答えた。
「本当に綺麗だな……」
綺麗だと思ったのはお前だ、なんてそんなキザな台詞は心の中に仕舞って、少年もまた空と彼女を見上げる。花火は色々な色を纏いながら天空に咲いては消え、を繰り返していく。
それはまるで、人の人生のようだな、とイタチは思った。
ひっそりと幸せを噛み締めるように、控えめにシスイは笑う。
やっぱりそんな姿が綺麗で、色っぽくて、酷く胸が掻き乱された。
少しの混乱。けれど、それは居心地の悪いものではない。
正直、イタチは自分自身、この幼馴染みで婚約者でもある年上の少女に如何なる感情を抱いているのか、未だ答えだって出せていない。それでもいいのではないかと思うのだ。
だって、綺麗だ。
ずっと、こんな時間が続けばいいと。
そう思っても構わないのではないだろうか。
「また、来年……」
ともすれば、花火を打ち上げる音でかき消されそうな声量でシスイはポツリと呟く。
「また、来年一緒に来れたらいいな」
また一緒に来ようではなく、来れたら良いな。
その言葉は、いつ自分が死ぬかわからない職についていることを自覚しているが故の言葉なのだろう。人の命を奪う職は、同時に自分の命を奪われる可能性も孕んでいるのだから。自分が何者かわかっているが故の言葉。そしてそれはイタチにとっても他人事ではない。
今でこそアカデミー生だが、きっと来年には自分はアカデミーを卒業し、そして下忍として里のために働き、里の敵を殺すだろう。そうして人殺しの連鎖へと組み込まれるのだ。
だから……。
「嗚呼……」
来ようなんて希望的観測を述べることもなく、ただ曖昧に頷いて、少女の手をソッと握りしめ側に佇んだ。
そうして特大の、最後の花火が打ち上げられる。
彼女のために買ったはずの簪は渡せず、まだイタチの手の中だ。
嗚呼、もうすぐ祭りも終わる。
終われば、またいつもの日常が戻ってくるのだろう。
「綺麗だったな」
そんな彼女のありふれた言葉と共にイタチの夏祭りは終わった。
カランコロンと下駄を鳴らしながら少女は少年と歩く。
すっかり夜も深く、街灯に照らされて影が出来ている。
そんな中、イタチを自宅前まで送ったシスイは、「それじゃあイタチ、またな」そう言って微笑み、少年に背を向けた。
「シスイ」
「ん?」
本当は「これをお前に」と言って簪屋で買った簪を渡すつもりだった。
けれど、こうして顔を見ると、どうしてかそれを言い出せなくて、イタチは代わりのような言葉を呟くように言った。
「帰り道、暗いから1人で無茶はするなよ」
「なんだよそれ。私なら心配しなくても大丈夫だよ。まあ、でもありがとうな」
そういって少女は朗らかに笑いながら、イタチの頭を優しくポンポンと撫でて手を振った。
「じゃあ、イタチ、お休み」
「嗚呼……おやすみ」
「ただいま」
家に帰れば、既に弟のサスケと母のミコトは帰宅していた。
「ああ、もう、兄さんおせーよっ」
そんな言葉と共にサスケが自分の腕の中へと飛び込んでくる。そんな様は無邪気そのもので酷く可愛らしく心和む。そしてそんな自分達兄弟を見ながら、母のミコトは浴衣を畳みながらこう声をかけた。
「イタチ、おかえりなさい。シスイちゃんとはどうだった?」
「ああ、楽しかったよ。そうだ、母さんこれ……」
そういってスッと懐に仕舞っていた、母への土産である簪を差し出す。
「途中見かけて買ったんだ。母さんにどうかと思って」
「まあ、あなたも子供なんだからそんな気を遣わなくてもいいのよ? でも母さん嬉しいわ。ありがとうイタチ」
そういって母は花が咲くような顔で微笑む。それにつられるようにイタチもふっと微笑みつつ、それでも少年は思う。母に対してなら、気負わなくてもちゃんと渡せるのに、どうして彼女に対しては出来なかったのだろう、と。
そんなイタチに対し、子供らしい無邪気さと不平を顕わにしながら、サスケが叫んだ。
「ずりーよ、兄さん! 母さんにだけなんて! なぁ、オレには? オレにはなんかないの?」
「そうだな。景品のベーゴマがあるんだが、サスケ、後でオレとそれで遊ぶか?」
「遊ぶ!」
そんな風にはしゃぐサスケに対して、母は冷や水を被せるようにこう叱った。
「こら、サスケ。もう夜も遅いんだからそれは明日にしてあなたは早く寝なさい! イタチも早くお風呂に入って今日は寝るのよ」
「えー」
「不満は聞きません。大体兄さんは疲れているんだから、ちょっとは遠慮しなさい」
そういってミコトは問答無用の態度でサスケを寝室へと連れて行った。
風呂から上がり、自分の部屋について布団を広げると、イタチは彼らしくもなくボスリと布団に自分の体を投げ出しながら、今晩のことについて回想する。
多分、楽しかったのだろうと思う。
けれど、なにかもやもやして物足りない。その感情がなんなのかはわからない。
それでも、こうやって1人になって思うのは、ああひとりぼっちだな、なんて馬鹿な感傷だった。
きっと、今頃彼女は家でひとりぼっちだ。
自分には弟がいる。母がいる。父がいる。けれど、彼女にそれはいないだろう。シスイにとって、それらは既に失われたもので、だから其の穴を埋めるように自分に執着している節もあった。
そんなこと思ってもどうしようもないのに、けどどこかそれが悔しくてもの悲しい。
もっと大人だったら、あの時別れる前気が利いた台詞を自分は言う事が出来たのだろうか。
この簪を渡す事が出来たのだろうか。
IFに意味はないけれど、それでも早く大人になりたいとただイタチは願った。
いつかあの人と対等であれるように。
夜が滲んでいく、そんな中で、どうしてか渡せなかった簪と眠れぬ体をイタチは持て余していた。
了