今回で妊娠編というわけで、次回の⑤で脳内日記シリーズはひとまず終了を迎えます。
まあ、そこでやめなきゃ最終回のネタバレになっちまいますからね。
ストーカーの陰湿さが書けていたら幸いでござります。
ではどうぞ。
5月 5日。
……あれから3日が経った。
オレは今もこうして病院にいる。
あの後、気を失ったオレはそのまま病室に運ばれ、それから眠っている間に色々検査をされていたらしく、目が覚めてすぐ、医者には叱られた。
様々な薬の服用から睡眠薬を飲まないと夜は眠れなくなっていたことまで医者にはバレてしまったようだ。そして睡眠薬というのは妊娠中の母体にとってタブーの1つらしく、オレが今まで使っていた強めの睡眠薬など以ての外で、これからは自分たち病院で用意する子供への害に配慮した弱めの睡眠薬を使うようにと、そう言われた。それが出来ないのならば薬自体を使うなと、でなきゃ子供が生まれた時障害が出る可能性が高いのだという話だった。
色々と薬で誤魔化しをしてきたオレの体はどうやら健康とは言えないらしく、今まで出来た子が流れなかったのが奇跡なくらいで、このままの生活を続けていたら折角出来た子供も流産してしまうらしい……。
……そう、言われた。
入院期間は1週間で、それが終われば自宅療養するように言い渡された。三代目もそのことは承知らしい。昨日の朝、やってきた三代目は、任務のことは気にせずゆっくり休めと、元気な子を産むのがオレの仕事だと、そんなことをどこか痛ましいような目で見ながらそう言った。
それに、「はい」と答える以外の答えは用意出来ようがなかった。
子供が出来た、それをどう受け止めて良いのか、未だによくわからない。
今でも、冗談だと言って欲しい。嘘であってほしい、とそう思っている。
けれど、未だに頭痛や吐き気、貧血に体の怠さなどの症状は治まらない。これは、どうやら
そして、どうやらオレは特に悪阻が酷い方らしく、食欲も殆ど無い。此処1週間ほどは特に碌なものを食べていない。
それと身体検査ついでに久しぶりに体重計に乗ってみたところ、40㎏にまで体重が落ちていた。去年の今頃から見ても6㎏……4月の頭から見ても3㎏以上体重が落ちているし、こんだけ体重が落ちていたんなら周囲に心配されるのも当然か、と今更気づきもした。
それではやはり食事は喉を通らない。
塩を一振りだけかけた粥や水でさえ摂取が苦痛だし、最近はずっと食っては吐いて、結局栄養剤を投与して誤魔化していたんだが、それも医者には怒られた。病院食でさえ碌に喉が通らない結果、今は点滴に繋がれている。明日には少しでも食べれるものを、と食べ物から栄養を取るように、そう言われた。
オレが妊娠したことについては、急遽先日開かれたうちは一族の緊急会議のほうでも話題にされたらしい。
オレの婚約者はイタチだが、イタチはまだ12歳……来月で漸く13歳になるといったところだ、いくらイタチが優秀で大人びている子とはいえ、オレを妊娠させた相手だとは思われなかったのだろう、「一体誰がお腹の子の父親なのか」とそれが題の議題だったらしかった。
それで誰か悪漢に孕ませられたのではないか説や、数年前の売春をしている噂を一時は否定していたけど妊娠したってことは売春していたのは事実だったんじゃないのか説、実は内緒で付き合っている相手がいてそいつに捨てられたんじゃないか説などが出て場は騒然としたらしいが、イタチがはっきりと「シスイの腹の子の父親はオレだ」と答えたことによって話は解決したらしい。
確かに婚約者であったのだから、逃げたわけでもないし、いずれ結婚し責任は取るのだから、手を出したことは問題ないといえば問題ないといえるのかもしれないが、イタチはくどいようだがいくら大人びていてもまだ12歳の子供である。
そのことについて本当にしたのかとか、オレのほうが誘ってきたんじゃないのかとか、中には相当に下卑た質問もあったらしいが、それに淡々とイタチは答えていったらしい。シスイを抱いたのは一時の気の迷いではなく、孕ませるつもりだったのだと、子供を作るつもりでやったのだとそこまでイタチは言ってのけたのだと、今日病室に見舞いに現れたミコトさんはそんな報告をオレにした。
そのイタチの宣言を受けて、フガクさんはイタチを殴ったらしい。
確かに婚約者だったとはいえ、まだ籍も入れていないうちから手を出すなど以ての外だと、そう怒ったらしいが、イタチはそのコブシを避けることもなく、ただ受け入れたのだそうだ。
イタチはフガクさんの追求について何も言い訳をしなかったのだという。
ただ粛々と父による鉄拳を受け止めていたということだそうだ。
それで他の一族のみんなも冷静になり、よく考えたら今は婚約者とはいえ、いずれ結婚するのだし、19歳といえば妊娠適齢期なのだし、なんにせよ優秀な一族の男女に子が出来たなどめでたいことだ、今日はお祝いだ、とそういう風に最後は祝い事モードで会議は終了したのだという。
ついでに来月のイタチの誕生日の1週間後、オレとイタチの結婚も決まったのだという。
……そうしてオレは逃げ道を失ったわけだ。
ただの断り文句として使っていただけとはいえ、オレが男からの交際を断るときの断り文句が「許嫁がいるから」だったのは周知の事実だ。その上で子供まで出来たとなれば、今更イタチと結婚すること以外の選択肢などないのだろう。
子供が……この腹にいる。
その実感は未だないし、脳はそう実感することを拒否っているなと、そう思う。
あまりにショックが強すぎて却ってそのことを理解出来ないような感じだ。
……オレは子供を望んでいない。
子供は嫌いじゃなかったけれど、自分が産むことを望んだことは1度もない。
大学時代いずれ彼女と結婚して子供を設けることを視野に入れたことはなかったかといえば嘘になる。幸せな家庭を築くことを夢に見ていた時代はオレにもある。けれど、それはあくまでも父親になりたい願望であって、母親になりたい願望じゃない。
母親になりたいなど、そんな願望を抱いたことは15年以上女として過ごし生きてきたが1度とてない。寧ろ、孕むことは想像することさえ恐怖でしかなかった。
だから、あいつらの玩具になった時も、自分に出来る限りは避妊には気を遣っていた。
子供を孕みたくはなかったが、出来たんなら堕胎すりゃいいという考えもなかったから、余計に孕むような事態自体起きないようにと、副作用が低めの避妊薬を飲んだり、挿れるのがケツになるよう誘導したりなどをしてきた。色々なことを想定し、感染症や性病などの病気にこのままじゃなるんじゃとそっちも怖かったけど、妊娠するよりはマシだろうと思っていた。
だけどイタチは、あいつらと違って性行為そのものが目的じゃなくて、子供を作ることが目的だった。
イタチは、オレを孕ませたいらしかった。
子供を作りたい奴が避妊をするわけがない。イタチは
……今回の件はまさに、受け入れることが出来ない癖に拒絶し切ることも出来ず、萎縮するままにイタチに抱かれ続けてきたオレの自業自得なのだろう。
だけど、どうすればいいのだろう。
今はこの腹に膨らみはない、だから体調が悪いだけで中に子供がいる自覚もない。
けれど、やがてこの腹も膨らんでいくのだろう。
それにオレは……果たして耐えられるのだろうか。
母親になることに、そう扱われることに、イタチの妻となることに耐えられるのか……?
駄目だ、気持ちが悪い……。
いっそ堕ろせば楽なのかも知れない。
だけど、たとえまだ形になっていないとはいえ、それは中にいる子供を殺すという意味だ。
なんの罪もない無垢な命を、オレの都合で殺す、ということだ。
任務でもなんでもなく、自分の都合のためだけで人1人の命を勝手に奪う、という意味だ。
子供に、罪なんてないのに。
5月 9日。
オレは今日、木の葉病院を退院することになった。それから、暫くは自宅療養ということになるが、ミコトさんやフガクさんは1人暮らしで大変なのだから家に来なさい、とそう言った。
それに「いいです」と断ると、遠慮していると思ったのか、「駄目よ、まだまだ体調悪いんだから、そんな遠慮して。それにもうすぐ家の子になるんだから予行演習と思って、ね?」と言われ押し切られた。それが善意だとはわかっている。そういってくれるだけありがたいことだって。だけど……放って置いてほしかった。
そうして、退院の時間まであと1時間といったところで、オレの担当下忍だった3人組が来た。
「先生、これお見舞い」
「子供出来たんだって? おめでとう」
「結婚式には呼んでね」
そんな言葉と共に15分くらいだったけど雑談を交わした。離れてそんなに経っていないのに妙に懐かしく感じるのはひょっとして心細かったのか、それとも……ただたんに気が紛れたからなだけか、どちらかはわからない。
けど、そうして話終わりに唯一紅一点の武闘派くノ一っ子はこう言った。
「ねえ、先生。本当にそれで先生は幸せなの?」
その言葉にドキリとした。
「急に何言い出すんだよ」
「だって、先生……幸せそうにはとても見えない」
……女の子って鋭いな。
「そうかな? 体調が悪いからそう見えるだけじゃないかな」
「そうやってなんでもないような笑顔で誤魔化すのって先生の癖だよね」
「…………」
「先生は本当にイタチさんのことを愛しているの?」
「……イタチのことは好きだよ」
弟のような存在として、だけど。
「ねえ、もし本意じゃないなら、言ってよ。先生が本当は嫌だったのなら、あたし達助けるよ」
そういって彼女は心配そうな顔でオレを見上げた。後ろでは他の2人も頷いている。
……そうだな、逃げれるのならば、逃げれたらそれはどれほど楽なことなんだろうか、とそう思うよ。
だけど……そういうわけにもいかないこともオレは知っているんだ。
ふと、気付く。病院の前に見知ったチャクラの気配を感じた。
ああ、そっか。この気配はミコトさんとフガクさんとイタチだ。
そっか……迎えにきちゃったんだ、もうタイムアウトか。
「……大丈夫だよ、3人とも心配してくれてありがとう」
そういってオレは拒絶の意味を込めて3人に笑いかけた。
5月12日。
オレは今イタチの家で暮らしている。
……退院してからも、悪阻は酷くなるばかりでよくなる気配はなかった。
それでも意地で食事は取り、なんでもないような顔をして出されたものは食べる。それをミコトさんはオレが元気になってくれたのだと喜んでくれた。
その一方で、食事を終えるとトイレに向かい、食べたものはほぼ残らず全部吐き出していた。
食事をどうしても受け付けられない。
食べるという行為が気持ち悪くて、匂いも苦痛で仕方ない。けれど食べていないことがバレるのはマズイから、だからオレは栄養剤だけでも摂取して何食わぬ顔をして他の人の元に戻っていた。
……本当は妊娠中に栄養剤の類を飲むのもNGらしいが、それでも他に解決方法を見つけられていない。
睡眠薬を飲まなきゃ眠れないことについては医者に口止めをしていたので今の所、オレが不眠症になっていることには気付かれていないけど、それは多分体調が慢性的に悪い状態であるから不眠症まで持っていることに気付かれていないだけなんだろうと思う。
医者に処方された睡眠薬の効果は殆ど無い。だけど、中の子供に悪影響があるからと以前の薬を止められた身としてはこれに頼るしかないわけだが、そのせいか殆ど眠れていない日々を送っている。
体が凄くだるくて、眠れないのに眠気に近いものがあるから、目を瞑って横にはなるがそれだけだ。
他の人にはこれ以上心配をかけたくないから人前では出来るだけなんでもないように振る舞って、笑って過ごすようにしているけど、こんなことならやっぱり1人のほうが楽だったな、とそんなことを思う。
水の摂取すら辛い。取らなきゃいけないことはわかっているけど、水のにおいですら本当は吐き気を覚えている。本当にどうしようもない。
イタチには心配気な顔で「また、痩せたな」とそう言われた。
……そうかもしれない。手首とか去年より大分細くなったのが自分でもわかる。肉付きも衰えたし、今のオレは健康的な肌色とはとても呼べないだろう。
本当にこんなオレの腹に違う命が宿っているというのだろうか?
悪夢ならば覚めて欲しい。
5月24日。
やはり食事を碌にとれていない。食べても食べても全部吐き戻してしまう。
そのことが、とうとうミコトさんにバレて、医者が検診にやってきた。
色々質問をされた。
それになんて答えたのか、自分ではイマイチ覚えていないが、医者が表情を曇らせていたことは覚えている。ただ、出来た子供を殺す気かと、そんな類のことも言われた気がするが、どうも頭がふらついてよくわからなかった。
「本当は妊娠中にこういうのは駄目なんですけどね……」
そういって、医者はオレに点滴を繋いだあと、いくつか薬を処方し、そして食事は自然のものから取るようにと再三言い含めて去っていった。
その晩、リンゴのすり下ろしたものと重湯がオレに出された。
それすら、吐き戻してしまったことは、ミコトさんには言えない。
……オレはまだ笑えているだろうか。
5月28日。
オレの担当下忍だったアイツラ……今は別の同僚の指導下にいる、が遊びにやってきた。
「いらっしゃい」
そういってオレは笑っていつも通りに接したつもりだったけど、3人はぎょっとしたような顔をして互いの顔を見合わせた後、代表して武闘派くノ一っ子が言った。
「先生、ちゃんと食べているの?」
それはとても心配そうな声で。
「……食べてるよ」
「嘘。赤ちゃんがお腹にいるのに、なんで以前よりも痩せてるのよ」
「妊娠初期で、体重が減るのはよくあるらしいから……そんな心配しなくても大丈夫だって」
「でも……」
「大丈夫だよ」
6月 9日。
今日は……イタチの誕生日だ。
去年までは純粋に喜ばしい日の1つだった筈だし、弟のようで可愛いイタチの成長はオレにとっても嬉しいことの1つだった。
だけど、どうしてこんなに嬉しくないのだろう。
相変わらず、体は気持ち悪くてだるくて、頭痛に目眩、貧血に吐き気までついてまわっている。
そんなオレを見て、ミコトさんは「駄目よ、シスイちゃんは寝てて」そういって1人でイタチの誕生日のご馳走を作っていた。その匂いを嗅いだだけで気持ち悪くて吐きそうになっているオレがいる。
オレの体重はとうとう40㎏を切って、今は36㎏だ。明らかに、痩せすぎといえるのだろう。それを思えば心配されるのは当然なのかもしれなかった。
体が怠くて、壁に体を預けているオレを前に色々な会話が耳に飛び込んできた。
「安定期に入るまで式を延期したほうがいいのではないか」
とか。
「入院させたほうがいいのではないか」
とか。
……好きにすればいい。
何も、考えたくない。
何も……。
6月16日。
今日、オレはイタチと結婚した。
といっても、よく式の最中のことは覚えていない。
いつの間にか始まって、いつの間にか終わったようなそんな印象で、悪阻が酷いと聞いていたからなのか、それとも目で分かるほどオレの体調が思わしくなかったからか、一族の皆は酒をめでたいと飲み交わしていたけど、式が終わってミコトさんに連れられ退出するオレを引き留めることはなかった。
……イタチは他の一族の相手をする必要があるから、残ったらしい。
どうでもいい。
どうでもよかった。
全部、どうでもよかった。
やがて暫くしてイタチが追ってくるようにしてやってきた。
労りの言葉をかけられた気がするが覚えていない。ただ、イタチが髪を撫でようとしたときビクリと反射的に体が跳ねたことにイタチが一瞬傷ついた顔をした気がするのと、ミコトさんが驚いたような顔をしたことは覚えている。
……イタチを傷つけていることに罪悪感が広がる。
だけど、過去を無かったことになど出来よう筈がなかった。
7月27日。
妊娠してからもうすぐ5ヶ月を迎えようとしている。
未だ、オレは安定期に入ったとは呼べず、悪阻が終わることはなく、食べては吐きを繰り返している。
腹もやや膨らみだしてきて、それに本当にオレは妊娠していたのだということを突きつけられた。
それと共に、次第に麻痺していた恐怖心も噴き出してきて、何もないところで突然泣いたり、パニック障害によく似た症状が出たりなど、不安に心が押しつぶされそうになることが頻繁になってきた。
医者に渡された睡眠薬はなんの役にも立たず、疲れてうたた寝しては子が生まれる悪夢に飛び起きる、そんな日々に限界を感じていた。
ただ、苦しくて、ひたすらに苦しくて。
「シスイちゃん、話くらいなら聞いて上げるから、自分1人で溜め込んじゃ駄目よ」
だからだろう、優しい言葉をかけてくるミコトさんにそれを言ってしまったのは。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌なんだ、産みたくない……ミコトさん、オレ……オレ……」
縋るように泣きじゃくりながら告げたその言葉は、今まで誰にも言えなかった本音で。
けれど、そんなオレを前に、ミコトさんは静かに諭すように、優しげな声でこう言った。
「シスイちゃん、貴女は今ちょっとナーバスになっているだけよ。大丈夫、妊娠中ならよくあることだわ。今は不安かもしれないけど、でも生まれたら子供が可愛くなるわ。女の子はみんなそう」
……結局、精神不安定になっていたオレは勘違いをしていた、のだろう。
「あ、それと、女の子がオレなんて言っちゃ駄目よ」
そうやってお茶目に窘めるように言うミコトさんはきっと何も間違っていなくて、ただあまりに優しいからオレは勘違いをしていただけなのだ。
ミコトさんは別にオレの味方、というわけではない。
そんな根本的なことさえ忘れていたオレが悪いのだろう。
何故ならミコトさんもオレがイタチの子を産むことを望んでいる人間の1人で、イタチの妻となったオレがイタチの子を産むのは当然のことで、ミコトさんもフガクさんもそれを望んで……いや、イタチの婚約者にオレがなった時点から既に一族は、オレとイタチの間に子が出来ることを望んでいたのだから。
皆、オレが子を産み育てることを望んでいた。
一族の女として産まれた以上、1人でも多くの優秀な子を産み育てることが一族の願いだった。
それに気づきもせず、婚約者というものの意味を碌に考えもせず、ただ口実代わりにしか思っていなかったオレのほうがきっとこの世界では異端で、オレより幼かった筈のイタチもまた子を作るということを理解していたのだ。
つまり、オレは最初っから詰んでいたのだ。それにイタチに抱かれるまで気付いていなかったオレのほうが馬鹿だっただけなのだろう。きっとイタチが婚約者じゃなかったとしても、やはり年頃になったオレは一族の男を宛がわれて子を作ることを望まれていたのだろう。
写輪眼を受け継げるものはうちは一族でも一部の家系だけだ、それを絶やすわけにはいかないんだから。
それに気付いていなかった、オレが浅はかだったんだ。
「…………そう、ですね。すみません……」
女としてこの世界では育ちながら、女として生きたくない、そんなオレに味方などいるはずが最初っからなかったんだ。
逃げ道などどこにもない。
どこにも……。
オレは、今笑えているか?
8月18日。
あれから、泣いたりパニックを起こしたりすることはなくなった。
ただ、無気力で、何もする気になれなくて、ぼんやりと、毎日を過ごしている。
最近は腹の中の子供が動くような感覚を感じることも出てきた。
自分が何なのか、自分が誰で何者なのか、わからなくなる。
そっとイタチが労るようにオレを抱き締めても、もう何も感じない。
何も、思わない。
安定期に入ったのかどうかはわからない。
ただ、相変わらず大抵の食べ物は吐き出してしまうし、夜は眠れていない。
先日突然オレの服を掴んだサスケに言われた。
「消えるんじゃないかと思った」
と。
なんでも今のオレは存在や気配自体が希薄で、浮世離れしていて、今にも消えてしまいそうに儚げに見えるのだそうだ。
……馬鹿らしい。
ミコトさんはオレがこんな状態だからか、キツイことは何も言わないが負担をかけているのだろうなとは思う。
そう思えば少し申し訳が無くて罪悪感が湧いた。
どうしてオレはこう人に迷惑をかけてばかりなんだろう。
「妊娠中だから仕方ないわ」
とそうミコトさんが言ったが、世の中には妊娠していてもある程度まで働く人なんていくらでもいるのに、オレは本当に何も出来ていない。ただ迷惑をかけているだけだ。折角の食事すら作ってくれても吐き戻すなんて、なんてオレは失礼なんだろう。
なんで此処でオレは生きているんだろう。
子供が大きくなることを喜ぶことなんて出来ない。
世の中には子供が欲しくても出来ない夫婦だっているのに。
ここまできてもやはりオレは女にはなりきれていない。
それで迷惑をかけているのに。
オレなんて死ねばいいのに。
9月10日。
今日は一族の会議の日だった。
妊婦であるオレは会議には出席することはないが、それでミコトさんやフガクさん、イタチは家にはいない。サスケちゃんは修行に行ってまだ帰ってきていない。
こうして1人っきりなのはいつぶりなんだろうか。
先月まではミコトさんもオレに付き合って、家にいたけど、たまには顔を出しなよといって笑って送った。
ミコトさんはオレが心配だったのか、出来るだけ早く帰るからね、とそんな言葉を言った。
……本当はオレが1人になりたかっただけだ。
なにもかもが嫌だった。
膨らんでいく腹も、気遣うようなミコトさんの笑顔も、イタチの労るような態度も、全部。
未だ産まれていない子供に腹を蹴られる度、この中に本当に子供がいるのだと思い知らされることも……。
でも、どうしよう。
どうしよう、か。
嗚呼、良い月だ。
オレは上掛けを羽織ってフラリと、イタチの家を出た。
安定期に入ったのか、今は以前ほど体調が悪いわけじゃない。
あの酷い体の怠さや頭痛慢性的な吐き気に目眩は少なくとも治まっていた。
まあ、眠れていない、食べれていないことに代わりはないけれど。
そうして夜風に当たる。
こうして、夜出歩くのはいつぶりだったのだろう。
たった数ヶ月なのに、もう何年も経ったような気すらしている。
「……ッ!」
急に目眩を覚え、フラリと膝を曲げ、地面に両手をつける。
貧血だ。よりによってこんな時に。
そんなことを思っていた次の瞬間、何者かの気配が近づいていることに気付いた。
はっとして顔を上げたその時、誰か知らない男の手がオレの口を塞いで、そして、そのまま意識は暗転した。
……目覚めたら、知らないどこかの倉庫の中だった。体は縛られていて動かない。体力が落ちていたというのもまずかったのかもしれないし、何より未だ頭がフラフラして現状に脳処理が追いつかない。
目は、写輪眼対策なのだろうか、目隠しをされていて、わからない。ただ、自分の上に誰かが乗っている……それもそいつが男であるということは分かった。
その人物はハァハァと獣の息づかいにも似たような声と共に、ピチャピチャとたっぷりの唾液を落としながらオレの耳から首筋にかけて舐め回していたいうことが触感と音でわかった。
それにゾワリと鳥肌が立ち、「……ヒッ」と声を漏らすと、男はオレが起きたことに気付いたのか猫撫で声で「あは、あはは、シスイちゃん、気がついたぁ?」とそう言った。
声から判断するのなら、それは30代か40代くらいの男の声で、どこかで聞いたことがある気がするのに頭がボヤけて判断がつかなかった。
そして、男は愉快そうな口調でこんなことを言った。
「駄目だよ。シスイちゃんみたいな可愛い子があーんなところ1人で歩いてちゃ。悪い奴に拐かされちゃうよ。ウソウソ、本当はシスイちゃんはオレに会いにきてくれたんだよね? 嬉しいな、凄く嬉しいよ。あのクソガキの子供孕んで結婚したとか聞いたけど、無理矢理やられたんだよね。そうだよね、そうに決まっているよね、だってシスイちゃんはオレのことが好きなんだから!」
そんな自分に酔ったようなそんな言葉が男の口からは飛び出てきた。そこで思い出した。
そうだ、この声は知っている。確か、4年前、1度任務で組んで以来オレにしつこく絡んできていた奴だった。気味の悪い手紙や、唾液まみれの下着まで送られて気持ち悪い思いをしたことは1度や2度ではない。けれど、それもある日パッタリとなくなったので、ひょっとして飽きてくれたのかとほっとしたけど、確か次にあったときアスマ先輩に聞いた話では、そいつは誰にされたのだか知らないがボコボコにされた姿で下着一丁でゴミ箱に捨てられていたのを発見されていたのだという。これまでも数回ストーカー容疑で起訴されたこともあるやつらしかった。
「嬉しいなあ。オレに会いに来てくれるなんて。やっぱりシスイちゃんもオレのことが好きだったんだね! わかってたよ、だってアンタが本当に好きなのはあのクソガキじゃなくてオレなんだから。可哀想にねえ……あんなクソガキに弄ばれて、辛かったろ。苦しかったろ。もう大丈夫だよ、オレがこれからはたっぷりとシスイちゃんのこと愛してあげるからね」
そう言いながら、男はオレの下腹部から割れ目まで指で撫で回しながら、ベロリと唾液たっぷりの舌で乳輪にむしゃぶりつくように胸を舐め回した。
「……止めろッ! 嫌だ」
それに思わず反射的に静止の言葉をかけると、男はそれまでの態度と一転、ガラリと低い声に切り替えて「今、なんていった?」そう言いながら、オレの頬を殴った。
「嫌だって、そうオレに言ったのか?」
その言葉のあと、男は複数回何度もオレの顔を殴った。
「悪い子だ、悪い子だ、悪い子だ! 心にもない言葉を言うなんて、なんて奴だ! 謝れ!」
暴力は止まない。
「アンタはオレが好きな筈だ! アンタはオレが好きな筈だ! なのに他の奴のガキ妊娠した上で嫌だ? 酷いやつだ! なんて酷いやつなんだ! このビッチが、売女が、酷い、酷い、酷い、謝れ、謝れ、謝れ!」
そうして気が済むまで殴ったあと、男はガンとオレの膨らんだ腹を蹴った。
あまりの痛さに言葉が出ない。そんなオレに向かって、男は更にこう続けた。
「わかってんだよ、本当はあのガキじゃなく、アンタはオレが好きな筈だろ。そうでなけりゃおかしい。そうだろ? だってアンタはいつもオレに優しかった! オレに笑いかけてくれた。オレのことが好きだったからだろ! わかってんだろ、そうだろ、認めない認めない認めない、あんなガキの子供なんて! アンタが好きなのはオレの筈だ! アンタはオレの子を産むんだよォ……!」
そうして、痛みに苦しむオレの股を開かせ、男はペニスを押し込んだ。
気を失ったのだろう、それ以上の記憶はない。
次に目覚めた時、オレは病室にして、イタチが泣きそうな顔でオレを覗き込んでいた。
ミコトさんが泣いていた。サスケも辛そうな顔をしていた。フガクさんはミコトさんを慰めるようにそっと肩を抱いていた。
オレは担架のようなものの上にいた。
何もわからない。
どうして何があって、あれから何時間経ったのか、もしくは何日経ったのかそれさえわからない。
頭が朦朧とする。
どうして、イタチはこんなに泣きそうな顔をしているのだろう。
そして、落ち着いて聞いて下さいの言葉と共に医者に言われた。
「お腹の子供は死にました」
と。
…………オレは、オレがお腹の子供を殺した。
其の⑤に続く。