※この作品はR-18です。

楽園は消えた   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話で脳内日記シリーズは終了なので、次回こそ第4話『幻想淫夢』になると思います。
ラストまで書くとネタバレになるので、脳内日記シリーズはここで終わるのが妥当なんじゃないのかなって判断です。
最後に新たな病気判明して終わった脳内日記シリーズですが、実は楽園シリーズ全体の正式なラストはもっとやべえことなる予定なんだぜ。


しーたんの脳内日記⑤

 

 

 3月 8日。

 ―――――夢を見る。

 

 夢の中のオレは男で、殆ど記憶が朧気になっている筈の前世の姿をしている。やがて、暗闇の中で佇むオレの前に、腹が膨れた女の姿をした今のオレが現れて、オレがそいつを殺せば、後ろから知らない、顔が曖昧な男の子がボウと現れて、そうして言うのだ。

『そうやってボクも殺したんだね』

 と。

 違うと言っても無駄で、否定をしてもオレの手は血まみれで、やがて我が手で殺した筈の女のオレがオレの体を羽交い締めにして、地面からはドロドロと噎せ返るような血が噴き出して、過去に任務で殺した人達がオレの足をしっかりを掴んで引きずり込もうとする。そうして血まみれになって必死に逃れようと足掻くオレに対し男の子が言うんだ、『逃げるの? 人殺し』と。

 そこで、自分の悲鳴で、いつも目が覚める。

 

 あれから半年……ずっとそんな夢ばかりを見ている。

 オレは狂っているんだろうか。

 

 あの時、病院のベッドの上で告げられた言葉を忘れることは出来ない。

「お腹の子供は死にました」

 そう告げられた日、既に事件から3日以上の日が過ぎていたのだという。

 あの日、一族の会議を終えたイタチは嫌な予感に包まれながら足早に自宅へと戻っていたそうだ。

 見たものは帰ってきたばかりらしきサスケが戸惑う姿と、オレの居ない家。

 イタチは父親であるフガクさんにオレがいないことを話し、即座に木の葉警務部隊の皆に伝達、誘拐の線もあり得ると……なにせ誰が見てもオレは酷い状態だった……連絡、そうして即座に陣を組んで捜索に当たったらしい。

 果たして……オレは彼らが捜査に乗り出したその時点から半日と経たず見つかったのだそうだ。

 当然のように、どこぞの倉庫に連れ込まれていたオレを真っ先に見つけたのはイタチで、犯人だった男は(半殺しにしてしまったらしいが)確保したそうだが、その時には既にオレの下腹部からは血が溢れていて、母子共に危険な状態で即座に病院に運んだらしい。

 しかし、間に合わなかったのだという。

 結局、母胎の無事を優先した結果、子供は流産してしまい、オレ自身も体が弱っていたのも相俟ってかなり危険な状態で、3日ほど意識不明の重体だったのだと、そう医者は説明した。

 犯人はこれまでも何度も別の女に対しストーカー容疑で起訴されたこともある前科者というのもあるのだろう、今回は殺人と殺人未遂に監禁、誘拐、婦女暴行などの罪もあり、死刑に処するとそう言われた。

 イタチはあの時、脅すだけではなく殺しておけば良かった、とそんな物騒なことを言った。どうやら4年前のことを言っていたらしく、4年前任務を一緒にしたのを切っ掛けにオレへのストーカーを始めていたこいつを、ボコボコにしてゴミ箱に捨てストーカーを強制終了させたのは、どうやらイタチだったらしいのだとオレはそこで初めて気付いた。

 イタチは……ミコトさんやフガクさん達はあの日のことについて、オレが犯人に浚われたのだと、オレはあくまでただの被害者だと思っているようだ。

 然もありなんということなんだろう。

 なにせオレは妊娠してからというものずっと体調を崩していたし、子供を腹に宿していたにも関わらず痩せていくばかりだった。

 散歩を楽しんだりすることさえなく、人前では笑っていたけど滅入っていたのは周囲から見ても明らかだったのだろう。顔色も悪かったし、腫れ物に触るような扱いを受けることは珍しくなかった。

 一時は泣いたり喚いたりかなり情緒不安定だったし、安定期に入っても、結局食べ物は受け付けられなかったし、夜は眠れていなかった。そんなオレがまさか1人で散歩に出るなど夢にも思っていなかったのだろう。

 だからオレは犯人に浚われた末に暴行とレイプ被害を受け、その末に子供まで亡くした可哀想な被害者なのだとそう思われてしまったらしい。オレを哀れむあまりか、うちは警務部隊のみんなは辛そうな顔をして、詳しく話さなくていいと、そんなことまで言い出していた。

 オレが一方的な被害者。

 ……それは別に間違っていたわけではないけれど、正しくもない。

 あの日、あの家を出たのはオレの意志だったのだから、誘拐される切っ掛けを作ったのはオレなのだ。

 けれど、それを正す気力もなかった。

 

 オレはあの日の処置の結果、子供が出来にくい体になったのだという。

 これより一生子供が出来ない可能性のほうが高いと、覚悟してくださいと医者はそういった。

 それを喜べばいいのか悲しめばいいのかさえわからない。

 確かに、子供を欲しくないと思っていた。

 産みたくなんて無いと、母親になりたくなどないと思った、それは事実なのだ。子供を作ることなど……産むことを望まれることなど恐怖でしかなかった。

 逃げれるものなら逃げてしまいたかった。

 だけど、だからといって殺したいわけじゃなかった。

 なんの罪もない子を殺したいなど、望んではいなかった。

 だが、この腹に宿っていた子供を殺したのは……オレなんだ。

 あの日、オレが大人しくしていれば、そうしたらあの子が死ぬこともなかったのだろう。

 なんの罪もない命が、早く産まれたいとまるで急かすようにオレの腹を元気に蹴っていたあの命が、奪われることなんてなかったのだろう。

 今更悔やんだところで、過去が変わることがないことはわかっている。

 だけど……。

 ……死んだ子供は男の子だったそうだ。

 皆、嘆いていた。

 悲しんでいた。

 産まれる前に死んだ子供……あと4ヶ月もすれば産まれる筈だった子供を惜しみ悲しんでいた。

 それはイタチやフガクさん、ミコトさんにサスケだけではない。他の一族の皆もそうだった。

 元々うちは一族は一族内の結束が強く愛情深い人々だからこそ、まるで我が事のようにその死を嘆いていた。

 

 

 ……そして、里中にオレがストーカーに誘拐され、その結果子供を失ったという噂が流れたのは事件から1週間と経たない先のことだ。

 一応緘口令は引かれ口外無用ということになってはいたが、人の口に戸は立てられないということなんだろう。

 オレがイタチと結婚したことは一部では有名だったし、子供を身籠もっていたこと、それをうちは一族の人間が目出度いこととして話していたことは事実で、妊娠してから表にオレが出なくなったのも専業主婦になるために引退し、忍びを退いたのだろうと、そう世間には思われていたらしかった。

 そんな時に入った、ストーカーによって誘拐され子が流産したというニュース。オレが木の葉病院に入院し、一時は意識不明の重体で生死まで彷徨った、運ばれるシーンを目撃したものもいるということがオレが被害者であることを強く印象づけたらしい。

 基本的に一族以外の女には悪意解釈されて酷い言葉を投げかけられることのほうが多いオレだったが、生死の境を彷徨って子供まで亡くしたということが大きかったのか、彼女達には同情の視線や言葉を投げかけられることが圧倒的に多くなった。

「お可哀想にねえ」

「気の毒に」

 その言葉に「嗚呼、自分じゃなくて良かった」という感情が込められていたように感じたのは、ただの被害妄想なのだろうか。

 ……いっそ、責められるほうがマシだ。

 そんな風に同情して憐れまれるくらいならお前が悪いんだと、お前が子供を殺したんだと、そう糾弾されたほうがまだ良かった。

 事件から1ヶ月後、任務に復帰したオレは、それなりに仲が良かった先輩達にもやはり可哀想な奴だと、そんな気の毒そうな視線を向けられ、腫れ物に触るような扱いを受けた。それを前にもう、笑顔でなんでもないように振る舞うことは出来なかった。

 オレは、笑い方を忘れた。

 そんなオレを前に、益々腫れ物に触るように扱う周囲、溝は深まっていくばかりだった。

 

 夜は相変わらず眠れない。

 既に子供はいないため以前服用していた強い睡眠剤に切り替えたが、それでも最初は眠れても最終的には悪夢で飛び起きるから、まだ眠らずただ目を瞑って横になっているだけのほうが体力の消費がない分マシなくらいだった。

 食事も……もう中に子供がいない以上、悪阻はないはずなのに、なのに相変わらず碌に食べられない。食べる度吐き戻してしまうから、結局は栄養剤に頼っている。そのせいか体重も未だ戻らず、相変わらず体型が痩せっぽっちで貧相この上ないことになっている。

 ……本当にオレは駄目だな。

 迷惑をかけたくなかったのに、こんなんじゃ周囲に心配をかけるとわかっているのに、出来るだけミコトさんに負担をかけたくはないのに、なのにこんなんだなんて。

 どうして、普通に食事すら取れないのだろう。

 

 先日、任務が終わった後、アスマ先輩に言われた。

「シスイ、お前……大丈夫か?」

 それに大丈夫ですよ、と答えた。以前のように笑って言おうとしていた筈なのに、それに失敗していたらしかった。先輩の顔は曇っていった。

 それを、わかっていてもどうしようも出来ていない。

 担当下忍だった3人はもう「大丈夫?」と問うことすらない。ただ、顔を合わせる度に痛ましそうな顔でオレを見るだけだった。

「アイツ、随分と変わっちまったな……」

「あんな事件があったんだ、仕方ないよ」

 そんな風にこそこそと言われることが、オレの日常になりだしていた。

 

 

 11月10日。

 事件があった日から1年以上の月日が流れた。

 オレは漸く、少しずつ食べても吐かないようになっていったが、それでも1度落ちるところまで落ちた体重は中々戻らず、やっと38㎏にまで戻ったところだ。それでも未だにガリガリといえるのだろう。

 不眠症で睡眠薬無しで眠れないのは変わらないが、それでも最近は悪夢が原因で目覚めることはなくなってきた。

 とはいえ、一時よりはマシになったとはいえ、不健康に見えることに代わりはないのだろう。

 最近は、事件の傷も薄れたと思われたのもあるのだろう、ウルチのおばちゃんには「シスイちゃん、子供が死んで悲しいのはわかるけど、いつまでもクヨクヨしていないで、肉食べなさい」と叱られた。

 一族内でのオレの扱いも酷く微妙なものだ。

 オレは子供を作りにくい体になった。

 けれど、一族としては優秀な一族のものには1人でも多くの子を作って欲しいというのが本音なのだ。

 事件があってから暫くはオレに同情し、可哀想可哀想と連呼していた彼らだったが、やがてオレは子供が出来る可能性が低いという事実を思い出したということだろう、イタチに離縁を仄めかすことまではしなかったが、他に女を作って産ませるよう言い出す人間は出始めた。

 それに対し、イタチははっきりと「他の女に手を出す気はない」と言っていたけれど、子供をやはり望んでいたということなのか、それとも絶対に子供を作れない体になったといわれたわけではなかったからか、その頃から再びオレを抱くようになった。

 それにオレは抵抗をしなかった。

 萎縮していたわけでさえなかった。

 それくらいでしか、罪滅ぼしは出来ないとそう思った。

 オレはイタチから子供を奪った。

 あんなにあいつは子供を望んでいたのに、オレがあいつの子供を殺したんだ。

 あいつは産まれる前に死んでしまった子供の命を悲しみ惜しんでいた。オレの前ではそんな姿を見せなかったけれど、辛かった筈だ。何故ならオレの腹に居た子はオレの子であると同時にイタチの子でもあったのだから。

 父親になることを望んでいたイタチから……1人の父親から子を奪ったオレがあいつが望む行為を嫌がる資格などないと、そう思った。

 それで気が済むのならば、こんながらんどうの体くらいくれてやる。

 オレはイタチに詫びたかった。

 罰を望んでいた。

 罰されたかった。

 優しくなんてされたくなかった。

 殴られたり罵倒されたり、惨く扱われる方がまだ楽だった。

 けれど、子を殺したオレが楽になることなど許されはしないだろう。

 だから、それこそが罰だった。

 イタチに抱かれることがオレにとっての罰だった。

 

 もう、イタチのことは怖くはない。

 ただ苦しかった。

 

 

 3月28日。

 かつてオレの担当下忍だった3人は無事に中忍へと昇格した。

 そのお祝いをするため、家に招いて、手料理を振る舞った。

 久しぶりに会った彼らは成長期というのもあるのだろう、もりもり食べてあっという間に皿が空になった。それに、一緒に料理を作ったミコトさんは嬉しいわ、と言った。

 うちはイタチもサスケもよく食べるほうじゃなかったし、こうやってよく食べる子を見るのは楽しい、と。

 その言葉に胸がチクリとした。

 最近は以前ほどじゃないとはいえ、大分食べれるようになったとはいえ、昔みたいに食べれないことがどれほどミコトさんにとって負担だったんだろうと思ったら胸が痛んだ。オレがこんなんで辛かったろうに明るく励まし続けてくれたミコトさんには感謝しても感謝しきれないだろう。本当はオレを支えることさえ負担で辛かった筈だ。

 また、昔のように戻って欲しいとミコトさんがオレに望んでいることを知っておきながら、出来ていない自分も嫌になる。

 体重は漸くなんとか40㎏代に戻ったが、オレの顔色は健康的とはいえないし、オレは嬉しいと思うことがあってさえ笑みを浮かべることが出来なくなった。

 多分そのことに対する不満はあるのだろうとは思う。今はオレも家事の大半は負担しているけど、こんな嫁迷惑だ、と追い出されてもおかしくないくらいオレが他で負担をかけている自覚はある。子供を作れない嫁など不良債権もいいところだろう。なのに、オレに怒りもせず、迷惑だと口にすることさえなく、ただ励まし明るく振る舞い続けるだけの、母としての強さに助けられていた。

 

「んじゃ先生、またね」

 そういって彼らは帰宅の途につく。

 その前に、先に行っててと仲間の少年2人を帰してから、武闘派くノ一っ子はオレを前にこう言った。

「別に、先生が幸せになってもいいと思うよ」

 ……それはオレの本心を見透かすような言葉で。

「……先生、バイバイ」

 その寂しげな別れの挨拶に、オレは震えて答えることが出来なかった。

 

 

 5月19日。

 其の日、火影の執務室へと呼び出されたオレは、三代目火影である猿飛ヒルゼンにこう言われた。

「のう、シスイ。おぬし本格的に医療忍者になる気はないか?」

「それは、私がもう戦えないから、という意味ですか」

 思わず、そう返した。それに、三代目は気まずげに視線を逸らしながら、プカリと煙管をふかした。

 ……なんとなく、いつかはこうなる気がしていた。

 これでも持ったほうなんだろう。

 事件からあと4ヶ月で2年が経つ。

 最初はオレに同情していた周囲も、いい加減笑み1つ浮かべず淡々とただ任務をこなすだけのオレにうんざりしていたということ、いつまでも不幸ぶっているんじゃないとそんなふうに見られていたこと、そんなこととっくに知っていた。

 辛気くさいツラを見せられ続けられたい人間などそうはいない。

 だからこれは当然の帰結なんだろう。

 三代目は「……そうではない」と、あんな事件を経験し子供まで亡くしたオレが前線で戦い辛いのではないいのかと思ったのだなどと、そんなことを口にしているけど、それこそ口実で、本音としてはやはり周囲から寄せられる苦情が大きいのだろうということくらい理解していた。

 ……お前は無用なのだと、お荷物なんだといわれた気がした。

 それでも、三代目を責められる立場じゃないことはしっている。

 そもそもこんな風になるオレが悪いのだから。

 だから、オレは「わかりました」そう口にして、下がった。

 それに三代目がほっとした顔を見せたことにも気付いたけど、何も言う気にはなれなかった。

 

 

 

 6月 1日。

 今日からオレは、3ヶ月医療忍術についての基礎知識を学び直した後、半年間医療忍者見習いとして正式に木の葉病院のほうで実習を受けることとなった。

 通常の任務をオレに与えられることはおそらくもう無いのだろう。

 これからオレは医療忍者として生きていかなければならない。

 元々多彩な知識を要求される医療忍者はなり手が少なく、オレ自身も多少は囓っているが本格的に習うのはこれが初めてだ。

 学生時代座学の成績はあまり良くなかったことに不安はあるが、これ以上里に迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ周囲には迷惑をかけてきた。これ以上お荷物にはなりたくない。だから、やれるだけはやろうと思う。

 

 

 9月 1日。

 今日から木の葉医院での勤務になる。

 やっていけるかわからない。それでもやっていかなければいけないだろう。

 もう戻れないのだから。

 

 

 4月 1日。

 今日から正式に医療忍者として働くことになる。

 まだ一人前と認められたとはいえないが、それでも一応の医療忍者としての最低の課程は修了した。

 幸いにもやることが山積みで、そのことにほっとした。

 ……忙しいほうがいい。そのほうが余計なことを何も考えずにすむのだから。

 

 

 6月16日。

 今日でイタチと結婚してから丁度3年になる。

 だからだったのか、イタチはオレを抱いた後、辛そうな顔でオレを抱き締めながら、「何故だ……どうして、笑ってくれない」そんな言葉を口にした。

 それはもしかすると初めて聞くかもしれないイタチの泣き言とすら言える言葉で。

 けれどオレは一瞬、今更だろう、なんて辛辣なことを思った。

 ……だって、本当に今更なんだ。

 オレは、初めてイタチに抱かれた3年と9ヶ月前から、イタチと2人っきりの時に笑ったことなんてない。笑える心境になったことなど1度もなかった。笑える、わけがない。

 それでもミコトさんやフガクさんの前では笑顔を取り繕ってきたけれど、それも子供を失ってからは、仮面の笑みすらオレは浮かべられなくなった。本心から笑っていたわけではないとはいえ、どうやって笑っていたのか、今ではそれさえ思い出せない。

 最後に……本心から笑ったのはいつだったのかと言われれば、3年と9ヶ月前だろう。

 オレはイタチのことが好きだった。

 イタチがオレを想うのとは全然違う意味で、オレはイタチのことが大好きだった。

 だから、一緒にいられればそれだけで満足だったのだ、あの頃は。

 イタチもオレのことを好いてくれているということが、単純に嬉しかった。嬉しいから笑った。イタチのオレに向けている感情が好きな異性に対するものであることなど、欠片すら気付いていなかった。けれど、オレは知らなかったからこそ安心して笑っていられたのだ。

 ……知らなかった頃に戻るなど、無理だ。

 オレはもうあの頃のようには笑えない。

 オレはもうイタチを相手に警戒なしには受け入れることが出来ない。

 オレはお前を幸せには出来ないんだよ。

 どうして、お前はオレを捨ててくれなかったんだろう。

 どうして、あの日お前はオレを殺してくれなかったんだろう。

 どうして、オレは子供が死んだとき一緒に死ねなかったんだろう。

 どうして、お前はオレを責めないんだろう。

 そんなに辛そうな顔をするのなら、殺せば良かったのに。

 

 ……ごめん。

 本当にごめんな。

 オレのせい、なんだよな。

 お前がそんな風に苦しんでいるのは。

 まだお前は16歳なんだもんな。

 子供のお前に責任転嫁するなんて、本当にオレは酷い奴だ。

 ……そんな顔するな。

 しないでくれ。

 好きだよ、お前とは違う意味でだけど。

 大切なんだよ、お前に苦しんで欲しくなんてなかったんだよ。

 苦しめている本人が言うのは滑稽だってわかっているけど、それでもお前が苦しむ姿は胸が痛くて仕方ないんだ。お前は滅多に弱音も弱い姿も見せない奴だから、だからこんな風に肩が震えている時は本当に辛い時だってくらい知っているよ。今更だけど、今更そんな言葉を吐いてしまったのは、きっと今まで耐えて耐えて耐えて、それでも我慢しきれなくなったからなんだろう。

 お前を、らしくもなく弱音を吐かせるほど、オレが追い詰めてしまったということ、なんだろう。

 ごめんな、イタチ。

 ごめん。

 ごめん。

 ごめん。

 叶うならお前を抱き締めてやりたいよ。

 その肩の震えが止まるまで抱き締めてやりたいとそう思うよ。

 だけど、そんなこと出来る筈がない。

 

 本当にごめんな。

 抱き締めたいのに、オレの手は穢れすぎていてお前に触れられない。

 

 

 4月 3日。

 この春、ナルトやサスケ達はアカデミーを卒業した。そしてきっと下忍として原作通りはたけカカシの下で働くようになるのだろう。

 この世界の歴史と原作のNARUTOでは異なる歴史がいくつもある。

 たとえばオレという存在もそうだろうが、1番大きいのはうちはクーデター事件がなかったことにより、うちは一族皆殺しが起きていないこと。

 だから、原作のようにサスケが復讐者になることはないだろう。

 だけど、警戒は必要だろう。

 同じ歴史を辿るとは限らないとはいえ、あと半年で中忍試験が始まり、原作通りなら大蛇丸が砂と組んで木の葉崩しを企むことになるのだろうから警戒するに越したことはない。

 命は……別に惜しくはない。

 けれど、大蛇丸よりも本当に厄介なのはうちはオビトのほうなのだから、大蛇丸よりもオビトを優先したほうがいい以上安易に命を捨ててかかるわけにはいかないだろう。

 ……どちらにせよ、リミットが近い。

 なんらかの対策を決めたほうがいいだろう。

 

 

 5月30日。

 此処数日、体調が急におかしくなりだした。

 怠い感覚が鈍く長く続く。

 その感覚に覚えがある。

 あの時に比べると大したものではないが、この感覚をオレは知っている。

 まさか……。

 

 

 5月31日。

 検査の結果が出た。

 結果は……想像していた通りだった。

 オレは、妊娠していた。

 妊娠してから1ヶ月と3週間になるらしく、前回よりも気付くのが早かったのは、二度目だったせいなのだろうか。

 二度と子供を産めない可能性のほうが高いとそういっていた医師は、オレが妊娠したことについて驚いていたようだった。

 オレが妊娠したという話は一族内にすぐ広がっていった。

 それを知った皆は、どこかほっとしたような顔をして口々におめでとう、とそう言った。

「まるで奇跡ね」

 そういってミコトさんは5年ぶりのオレの懐妊に涙ぐみながら喜んだ。

 イタチもまた表だってわかりやすく態度には出さなかったけれど、それでも子供を諦めた方がいいと医者に言われていたにも関わらず、オレが再び身籠もったことに対し、嬉しく思っているらしかった。

 その証拠のように「今度こそ、その子もお前も守ってみせる」と、そんな決意じみた言葉さえ吐いていた。

 それを、嬉しいと思えないのは、オレが狂っているからなのだろうか?

 二度と出来ない可能性のほうが高いといわれていたのに、どうして出来てしまったのだろう、とそう思うのはオレが鬼畜の畜生にも劣る存在だからなのだろうか。

 皆あんなに喜んでいるのに、オレだけが当事者でありながら蚊帳の外だ。 

 ……どちらにせよ、木の葉崩しが起きた場合オレが関わることは、諦めざるを得なかった。

 

 その夜、オレは夢を見た。

 女の姿をしたオレを、男の姿をしたオレが殺す。そこまではいつもの悪夢と同じだったけれど、しかしそこからの展開や台詞はいつもとは違った。

 オレを血まみれの地面へと引きずり込んだのは女の姿をしたオレではなく、顔の曖昧な男の子だった。

 オレは、その手を解こうと必死に藻掻く。そしてその際に男の子の顔が潰れて飛ぶ。

 ぱっくりと割れた頭を垂らした男の子はそして言うのだ。

『そうやって、ボクの弟妹も殺すの?』

 と。

 やがて血まみれの地面の中から無数の子供が現れる。彼らは、オレの体にむらがりながら、言うのだ。

『痛いよ、ママ』

『助けて、助けて』

『殺さないで』

 それに恐怖で震えながら、オレが『オレは女なんかじゃない』と叫べば、頭の割れた男の子は、ケタケタと口元だけで笑いながら『何言ってるの、その体のどこが男だって言うのさ?』と言って、そうしてオレは自分の体を見る。それは先ほどオレが殺した筈の女の姿をしたオレだった。

 そこで……自分の声にならない悲鳴で目が覚めた。ジットリとした汗が気持ち悪い。

 イタチは任務についているから、部屋の中は自分だけだ。

 そのことに心底ほっとした。時計を見る。まだ0時にすらなっていなかった。

 

 

 6月 1日。

 其の日の朝食は豪華だった。

 オレの妊娠祝い、ということらしく、はりきって作っちゃったわ、と相変わらずの魅力的な微笑みを浮かべながらそうミコトさんは口にした。

「シスイちゃん、お味はどうかしら」

「美味しいです」

 オレは何食わぬ顔をしてそう答えた。

「そう、今回はちゃんと食べれるみたいで安心したわ。でも無理しちゃ駄目よ?」

「はい、心配をかけてすみません」

 そういってオレは黙々と箸を伸ばしていく。

 それに「あら」とミコトさんは不思議そうな声を上げてオレを見て、それを言った。

「珍しいわね。納豆オムレツに自分から箸を伸ばすだなんて」

 オレが納豆となめこが苦手なのを知っているからだろう、そう疑問を口にするミコトさんに対し、内心少し焦りながらも、オレは事前に用意していた台詞を吐いて誤魔化すことにした。

「いい加減、好き嫌いはやめようかと思いまして」

 ……本当のことはミコトさんに言うわけにはいかない。

「そう、いい心がけだわ。ほら、タクアンもいっぱいあるわよ。どんどん食べて。シスイちゃん好きでしょ」

 そういって、ミコトさんはオレに自家製のタクアンを勧めた。オレはそれを「いただきます」と口にして受け取る。そしてそれを口に含んだ。

「美味しい?」

「美味しいです」

 そういって、何も味のしない(・・・・・)それを咀嚼した。

 

 あんなに嫌いだった納豆やなめこの味も、好きだったタクアンの味も、それ以外の何を食べても、オレにはもうその違いがわからなかった。

 

 

 了

 

 

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