世の中には二種類の人間がいます。いまこの文章を読んでいる人間と、読んでいない人間です。
ただ、これには少し厳密さを欠いている部分がありまして、より正鵠を射るならば――多様性にあふれている(と盲目的に信じられている)人間を二種類になど分けられるわけがないという自明の理についてはわざわざ注釈を入れません。そのようなことではなく――「世の中には二種類の人間がいます」と書いているいままさにこの瞬間には「いまこの文章を読んでいる人間」は「わたし」でしかありえず、「読んでいない人間」とは「わたし以外のすべての人間」でしかありえないのですから、「世の中には二種類の人間がいる」という分類にではなく、「世の中には自分と他人がいる」というアイデンティティに関わる問題こそがこの命題の本質であると書くべきなのです。
とはいえ、厄介なことに――この文章に限らず、一人で文章を書いている以上は避けられない真理として――わたしはいま未来の読者さまに向けてこれを書いています。そうである以上、わたしは読者さまがこの文章を読むまさにその瞬間に存在してるという想定のもと、その瞬間に成り立つ命題を提示すべきだという考えに真っ向から異を唱えることは有意義ではないと――この論述において考慮する必要のないレベルの話を捨象するならば――言い切ってよいでしょう。
であるとするならば、結局のところ冒頭の最初の二文はやはり分類に関する話だったと考えてよいのでしょうか。否、かりそめとはいえそう断定するためにはあと二つの回り道をする必要があります。読者さまが飽きてしまうことは不本意なので、一息に言ってしまいましょう。
たしかに、この文章を公開したあとならば「いまこの文章を読んでいる人間/読んでいない人間」という二項対立は有効に機能するように見えますが、勘の良い読者さまならばお気づきのように、先の二文における「いま」という言葉と「この文章」という言葉の定義がここでなされていない以上、その意味はなんとなくそうであろうと想像するしかないのは自明のことですし、仮におおざっぱにそれら二つをそれぞれ「最初の一字に目を落としてから5分間」「『はじめに:この作品について』と題された2000字の文章」と定義してみたところで、一人で読んでいる限り――このサイトに投稿される小説の特性上、一人で読まれている方が多いかと思います――は「読んでいる人間」が同時に――この言葉も曖昧ですね――存在しているかどうかを知ることはできないわけです。なんらかのテクノロジーを駆使しない限りは。
つまり、わたしたちの時間感覚も誰それが類縁関係にあると措定するその思考も、酷く頼りないものにすぎないわけです。
しかし、だからこそわたしたちは形のないもの――たとえば性愛です――について語ることができますし、形のないもの――たとえば言葉です――で語ることもできるのです。
わたしたちはそのように、いくつもの幻想を無意識のうちに自明のものとして日々を生きています(そうでもしないと気が狂ってしまうでしょう)。
ですから、これから公開していく基本的に一話完結の物語は、わたしが長年勤めているとあるラブホテルにおいて目にしてきた数々の情事――もちろん、どのような方法でお客さまのセックスを目にしているのかということについては決して口にできませんが、法に触れるようなことはしていないとだけ断言しておきます――からインスピレーションを受けておりますが、それもまた一つの絵空事としてご笑覧ください。
たとえば、わたしは自他ともに認めるニンフォマニアでして、アダルト作品などを鑑賞するときはつねに「より快楽に耽溺しているほう」へ感情移入をする癖があります。よって、これから公開していく物語もエピソードごとによりセックスを楽しんでいるほうの人物の視点に立って、その人物のメンタルや歩んできた道を想像し、その人物になりきった一人称で執筆していく予定です(と書いておきながら満足できずに三人称で書くこともあるかもしれません)。
そういう意味でも、これは現実には存在しない、一種の幻想であると考えていただいて構いません(逆説的な話ですが、わたしが完全な作り話として仕事の合間にも書き進めている「先輩への異常な執着/またはぼくはいかにして心の痛みを忘れて性愛を求めるようになったか――というより、3ヶ月、2週と1日でぼくにはなにをなしえたのか」という小説についても、そのすべてが空想の産物であるかどうかなど、わたし自身も含め誰にもわからないわけです)。
最後に、わたしがラブホテルで働いているのも、ラブホテルでの情事にヒントを得てこうして小説を投稿していこうと決意したのも、わたし自身はもちろん、人類全体の色欲をもっと高めていきたいと考えてのことであります。
そのために精一杯書いていきますので、いつまで続けられるかいささか心もとない試みではありますが、お付き合いいただけますと幸いです。
※お客さまおよびわたしのプライバシーのため、作中の固有名詞はすべて仮名とします。
※業務上知り得たすべての情報についても、創作に直接的に反映されるようなことはありません。