リハビリがてらのんびり書いていきます。
ある日、気がついた時から不快だった……なんていうつもりは無いが、少なくとも今俺が置かれている状況はそれに近かった。
別に何かが俺にまとわりついているわけでもなければ雑多な魂が常に俺の周りをウロウロしているわけでもない。ただ、身体を貫く異物の感覚が不快だった。痛いのではなく、不快だった。
「…………」
目には何かを巻かれているのか何も見えず、気配を探ろうにも周辺に俺以外の気配はない。人はおろか、生物の気配すら感じることは出来ない。音も、俺を縛っている鎖が擦れる音と、俺の胴体を貫いて地面に縫い止めている柱のような太いものと肉がぶつかることで聞こえる水っぽい音しか聞こえない。
「…………」
俺は、まるで断頭台による処刑を待つかのような体勢で跪いていた。身体を柱で貫かれているにも関わらず、不思議と痛みは感じなかった。
一体いつからその体勢だったのか、覚えていない。昨日からだったかもしれないし、1年以上前からだったかもしれない。まぁ、そんな時間の感覚がなくなっている時点で、ろくでもない時間をここでこの体勢で過ごしているのだろう。水とか食料とかはどうしているのだろうか、自分のことのはずなのに、他人事のように俺は考えていた。
「……ぁ……ぅ」
声を出そうにも、喉が乾いているのかしゃがれた声しか出せない。こんな状態では、少なくともまともな会話はできないだろう。
「…………」
現状、分かることはそれだけだった。この回想も何回もやったことなのだろうが、まるで初めて感じたことのように新鮮で、俺にはそれ以外何もわからなかった。自分の身の上も思い出せないし、家族も、思い出も、何も思い出せなかった。
「…………?」
そんな思考を繰り返して数えるのをやめた頃。誰かの視線を感じた。
「……だれ……か……」
誰か居るのか? そう聞きたかったのだが、残念ながら大破状態の俺の喉ではほとんど喋ることができなかった。ぐぬぬ、この状況的にそんな日が来るのかどうかはわからないけど社会に出た時に俺こんなので大丈夫なのか?
そんな事を考えて居ると、初めて俺の耳に聞き飽きた効果音以外の音が聞こえた。
「ご機嫌は如何かな? 大罪を背負った少年よ」
いや、誰だよあんた。
主人公に地球の半分くらいは与えそうな仰々しい口調の、おそらく老人のそれであろう男性の声が聞こえた。その声色から察する事のできる年齢の割には張りがあり、若々しい印象を与えるその声は、おそらくではあるが俺に向けて話しかけている。俺は今こんな状態なのだから俺に覚えは一切ないが何かやらかしたのだろうとは考えていたが、まさか生まれつきとは。
「いやはや、流石の私もこれを用立てるのには中々苦労したよ。なにせ実際の吸血鬼よりも御伽噺の吸血鬼に特徴が似ていると来た。十字架に炎とは、君は一体いつの時代の吸血鬼なのかな?」
……何やら俺は吸血鬼らしい。いやもう状況的に普通じゃないっていうことは分かっていたが吸血鬼ってどういうことだ。俺は自身に関することすらほとんど思い出せないが少なくともパッと思いつく知識は常識的な範疇に収まっている。間違っても吸血鬼だの魔女だのそんなメルヘンチックな知識は存在しない。
「だが、これさえあれば君は我々の忠実な下僕である対魔忍になるというわけだ。魔族の力を利用するのは些か不愉快だが、これも対魔忍の未来のためだ。悪く思うなよ?」
あれ、何か俺何かされるっぽいんですけど……というかそれ以前にすっごい嫌ーな固有名詞が聞こえてきたんですけど気のせいですよね?気のせいだよな?誰か気の所為って言ってくれよこんちきしょう。
俺が内心で若干のパニックになっていると何やら俺の元へと歩み寄る音が聞こえた。ザリ、ザリ、と砂利を踏み躙る音が聞こえることから周囲は砂利で覆われているのだろうかと適当な予測を立てていた所、さっきから俺に話かけているおっさんらしき気配が目の前までやってきた。
そして、俺の首に、首輪らしきものをつけようとして、
「……ぁ」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「アァああぁアアアアアアあぁあぁああああ!!!!」
いっっっったぁ!!? 何!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 首が何か万力っていうか、針っていうかバイサーデスっていうかなんかそんな感じの奴で首が! 首がああああ!!?
「あがああああ!? ひっギイいいいいあああああ!!?」
さっきまでかすれた声しか出なかったけど流石に関係ない。痛みを抑えるためにただひたすらに妙に甲高い声を上げた。甲高い声ではあるが一応俺の身体は男だ。それは流石に感覚だけでも分かる。けど、今はそれどころじゃない!! 胸を柱が貫いているのは少しも痛くなかったのに何でこんなに痛いのおおおおおお!?
「あああああああ!! ああ……が……」
痛みで叫ぶ中、俺の視界が暗くなって、何も考えられなくなった。
―――――――――――――――――
「…………」
「どうしました? そんなに暗い表情をしていては、せっかくの息子さんとの再会が台無しになってしまいますよ?」
一体どの口がそんなことを言うのか。どこからどう汲み取っても悪意しか感じられない皮肉めいた口調で喋る眼の前の男性。もう見るからに利権を貪っているであろう肥えた中年を、彼とは対象的に町中を歩けば誰もが振り向くであろう大人特有の色気を感じる美貌をもった長い黒髪と赤い瞳が特徴の女性。水城不知火は睨みつけるが、その男性は一切気にすること無く歩を進める。
周囲は洞窟を申し訳程度に整備しただけの貧相にみえる薄暗い通路だが、各所に見え隠れする鉄筋や導線などから、少なくない資金がここに使われていることが分かる。
「おお、生きているようですね。結構結構」
「っ…………」
そんな通路を歩いていくと、一気に開けた場所に出て、同時に視界も開け、そこに広がっている光景に不知火は息を飲んだあと耐えられないとばかりに目を背けた。
そこに広がっていたのは、凄惨という他はない光景だった。
少し開けて、小さなドーム状になっている空間には、中心でやせ細った少年が鎖に縛られて跪くような体勢で座っていた。それだけならまだいい。いや、決して良くは無いがそれでもまだいい。
その少年はオークの腕程もある太さの黒い柱で胸の中心部を貫かれて、地面に縫い付けられていた。おそらく端正であろう事が窺えるその顔に巻かれた布には身動きを封じる効力を持った術式が刻まれており、少年を貫いている柱にも様々な効果をもった術式が所狭しと刻まれていた。
その柱からは血が滴り、少年の周囲の床は殆どが血で赤黒く染まっていた。少年の肌はもはや体中の血液が抜けてしまったのではないかと思うほどに真っ白で、元々は周囲に烏の濡れ羽と褒められた艷やかな黒髪は、見る影もないほどに真っ白に染まっていた。
「……ぅ……ぁ……」
虚空に向けてかすれた言葉を呟くその少年、
彼は、何の変哲もない1人の少年だった。あの井河アサギと並んで最強の対魔忍とすら言われていた不知火は、1年後に妹であるユキカゼを産み、2人の子供と頼れる夫に囲まれて幸せな生活を送っていた。
が、その平穏は数年後に破られる事となる。
夫が任務の最中に魔族に襲われ殉死したのだ。当時7歳になったばかりの京士郎は父の死を受け入れることが出来ずに不知火が任務で家を空けていた際に家を飛び出してしまい消息を絶ち、他の対魔忍によって発見された頃には魔族の者の手にかかっていた。それも、とても無事とは言えない状態になっていた。
魔族の実験の一環によるものなのか、紛い物の吸血鬼になっていたのだ。
とはいえ、何か異能に目覚めたわけでも無く、ただ単純に人間ではなくなり、死ななくなってしまったと言うだけ。それだけで彼は対魔忍の上層部からは対魔忍にいてはならない存在とし、このような措置をとったのだ。
大方、不老不死故にゆくゆくは権力を横取りされることを恐れたのだろうと、ここまでの流れ全てを気がついたときには終わらせられていた不知火は踏んでいる。彼女が京士郎が発見されたという報せを聞いたときには、京士郎は既に研究の名目で今のような状況に落とされ、世間一般には死亡したということになっていた。
暇を見つけては会いに来ていた不知火は、なんど見ても慣れることの無いその光景に眉をひそめる。これまでも、京士郎は幾度となく幹部達のストレス発散の道具として様々な実験の実験動物にされていたのだ。
そして今日も、彼は1つの機器の実験台にされる。吸血鬼の能力を封じ、普通の人間と何ら変わらない存在にするという機器の実験台に。それがまっとうな機関から送られたものならば不知火も喜んで賛成したが、それは対魔忍の上層部。即ち一刻も早く京士郎を消したい者達からのものだというのだ。
無論、不知火は反対した。だが、京士郎だけでなく、もう一人の家族であるユキカゼまで盾にされてしまっては黙るしか無かった。あのときほど、不知火は自分の無力を恨んだ日は無かった。
「だれ……か……」
誰かが居ることを察したのか、京士郎はかすれた声で言葉を紡いだ。
『誰か』
それは、不知火から聞いても男から聞いても、助けを求める痛々しい声にしか聞こえなかった。それを聞いた男は悪意しか感じられない笑みをより一層深め、不知火は耐えきれずに目を背けた。その目尻には涙が一粒浮かんでいた。
「ご機嫌は如何かな? 大罪を背負った少年よ」
その芝居がかった口調に、不知火は今すぐその場でその男をミンチにしてやりたい衝動に駆られた。だが、そんなことをした所で結果は覆らず、それどころかユキカゼまで命の危険にさらしてしまう。不知火はその衝動を両の拳を強く握りしめて必死に堪えた。
「いやはや、流石の私もこれを用立てるのには中々苦労したよ。なにせ実際の吸血鬼よりも御伽噺の吸血鬼に特徴が似ていると来た。十字架に炎とは、君は一体いつの時代の吸血鬼なのかな?」
遊び半分でやっておいてどの口が言っているのか。不知火の握りしめた拳から血が滴り落ちた。
「だが、これさえあれば君は我々の忠実な下僕である対魔忍になるというわけだ。魔族の力を利用するのは些か不愉快だが、これも対魔忍の未来のためだ。悪く思うなよ?」
弱い者いじめがそんなに楽しいのか、それとも不知火の反応を楽しんでいるのか、胸ポケットから取り出した首輪のような機器をまるで新しい玩具を見せびらかす子供のように自慢げに見せびらかした後、躊躇など微塵もする事無く、その首輪を京士郎にはめた。
「……ぁ」
その声が、不知火にはどうしてと言っているように聞こえた気がした。
「アァああぁアアアアアアあぁあぁああああ!!!!」
瞬間絶叫が炸裂した。わかっていた、こうなることはわかっていた。なぜ、こうなる前に止められなかったのか、もっと上手く出来たのではないか。自責と後悔の念が京士郎のその叫び声と共に不知火の中で沸々と湧き上がってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
男が満足げに京士郎が悶え苦しむ様子を眺める中、不知火は両耳を押さえて蹲った。何故諦めてしまったのか。何故助けられなかったのか。自分の命と換えてでも救うことはできなかったのかと、発狂しかねない程の後悔の念が不知火を包んでいた。
「あがああああ!? ひっギイいいいいあああああ!!?」
京士郎の悲鳴は中々止まなかった。痛み以外に何も考えられないとでも言わんばかりのその絶叫は、不知火の心を深く深くえぐっていった。
「あああああああ!! ああ……が……」
が、突然電池が切れてしまったかのように京士郎の頭がガックリと落ちた。
「京士郎?……京士郎!?」
「ふ、ふは、あーははははははは!!!」
我慢できずに不知火が駆け寄る中、男は耐えられないとでも言いたげに笑い始めた。
「殺せた!! やったぞ、吸血鬼を殺せた!! これでもう魔族など恐れるに足りなくなったというわけだ!」
「ころ……した? 貴様!! 一体何をした!!」
これまでと同じく上の人間のストレス発散のサンドバッグに使われるとばかり思っていた不知火は、現実を受け入れることが出来ずに男に刀を向けた。
「だから殺したと言っているだろう? この首輪は吸血鬼にとって天敵とも言える日光や十字架といった要素を全て詰め込んで叩き込むことの出来る特性の機器だよ! 喜び給え! このなりそこないの犠牲により、対魔忍は魔族を恐れる必要はもうなくなったのだ!!」
「きっさまああああああああああああ!!」
もう我慢の限界だった。離反でもなんでもしてやる。ユキカゼも、今は死んでしまっている京士郎も救ってみせる。そんな覚悟を持ち、不知火は男に刃を向けた。
「出来ると思うかね?」
男がそういうと同時に不知火の周囲を幹部直属の腕利きの対魔忍が囲み、不知火の首に刃を押し付けた。
「なっ……いつの間に……!?」
「この周辺の空間には凄腕の対魔忍ですら認識を阻害してしまう忍法をかけさせてある。いくら君と言えどもその精神状態で察知するのは無理だったろうね!」
「くっ……!」
この状況からは何をどうやっても挽回は出来ない。下手に実力があったがゆえに、不知火はそのことを確信してしまった。何が最強の対魔忍と肩を並べる凄腕だ。何が実力者だ。守りたいと思ったものも、愛しいと思ったものも、何一つ守れていないではないか。ただひたすらに悔しさと怒りを抱き、不知火は刀を手放した。
「さて、とは言え最高戦力の1つである君を失うのは惜しいな……そうだ、君には私のこの興奮の捌け口になってもらおう、今更慰める人もいないだろうしねぇ?」
「っ……くそっ……」
この世には救いなど無い。不知火が無念の中でそう考えた。
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本来ならば、この物語はそのまま最悪の結末を迎えるのが筋である。
だが、彼はそれを認めない。
彼は夜に無敵となる魔神である。
それは誇張でも何でもなく事実であり、夜である限り誰であろうと彼を殺すことは敵わない。
望んだものは全て手から零れ落ちていく。
そのような呪いなど知らぬ忘れた心底どうでもいい。
まぁ、色々と下らない御託を並べたが要するは、
「黙れよカス共が」
気に入らねえからてめぇら全員吸い殺すということだ。
「……え?」
気がついたときには、照明で照らされていたはずの周囲が暗闇に包まれた。とは言え、照明にトラブルがあったわけではなく、照明は問題なく光っていた。だが、その光すらも覆い尽くさんとする勢いの赤黒い闇、否、瘴気が周囲を包んでいただけの話であり。
「……
先程までのかすれた声は何処へやら、地面に倒れ伏した京士郎の口からはっきりと言葉が紡がれる。そのことに男と不知火を抑えていた対魔忍は驚愕の表情を浮かべる。だが、そんな雑多の声など気にしないとでも言わんばかりに瘴気はよりその濃さを増していく。
「
本来ならば場違いの力が発動する。本来ならばそこまで力を発揮する必要がないにも関わらず、情け容赦無くその力は出力を上昇させていく。特に論理的な理由があるわけではない。彼女に涙を流してほしくなかった。
「何、が……ごはっ!!」
状況が理解できないとでも言いたげに、男は絞り出すかのように呟いた。男は何かが勢い良く京士郎の身体から飛び出すのを見てとっさに目をつむっただけだった。それだけのはずだった。
なのに、
なのに!!
「一体……何をしたぁ!?」
不知火を除いた全員が、京士郎の身体中から突き出している無数の赤黒い杭によって貫かれていた。うつ伏せになっている京士郎の表情は、男からは見ることが出来ない。
だが、唯一無事である不知火は、うつ伏せになっている京士郎の横顔が確かに笑っているのを見た。
「吸い殺せ……」
先程のはっきりとした声とは違い、かすれた声で京士郎がそう呟いた瞬間、赤黒い杭で貫かれた男と対魔忍達は断末魔すらあげる暇もなく、肉が潰れる音と同時に骨と皮だけになった。生死など、確認するまでもなかった。
最初に言っておきます。これ書いてるときは大抵テンションが変な事になっているのでプロットはあっても何が起こるかは作者にもわかりません()。