書く際の励みとさせて頂いております。
夜が発動する時から、時間は少し遡る。
アリーナへと向かう通路をブラックと共に歩く中、京士郎はブラックへの警戒を切らさずにいた。今の所、ブラックから敵意は感じられない。いや、むしろ敵意以前に興味すら抱かれていないと言っていいかもしれない。
だが、それでもなお京士郎はブラックから威圧感を感じていた。
「……時に、京士郎君。君から見た今の世界はどう見える?」
「……?」
「理解できない、といった顔だな」
ブラックから投げかけられた唐突な問いに、京士郎は答えることができなかった。質問の意味が理解できないというのも理由の1つではあるが、それ以上にブラックが何故そんな質問を投げかけてきたのか、ここでどう答えるのが正解なのかがわからなかったからだ。
「言い方を変えよう。君は、今を退屈だと感じたことはあるか?」
「……別に」
「……そうか。まぁ、せっかく外に出られたのだから全てが輝いて見えるのは当然というべきか」
ブラックは京士郎が質問の意味を理解できていないことなど気にする様子もなく、そのまま歩みを進めた。京士郎も、結局何の為にそんな質問をされたのかわからなかったため、その顔にほんの少しではあるが怪訝な表情を浮かべた。
「……何故?」
「私と君は同族だ。故に、この質問の意味も、いずれ君は理解することだろう」
そんな意味深な言葉を残した後は、特に会話を交わすこともなく、2人はアリーナへと続く道をただ無言で歩いた。
―・―・―・―
「…………」
「ここが、デモンズ・アリーナ。この街で堕ちた者たちを見て慰みものとする者達が集う場所だ」
そこそこの距離を移動し、通路の突き当りの扉を開いた先に待っていたのは、中規模の闘技場だった。リングの周囲には観客席が設けられており、そこには既に大勢の観客が押しかけており、見世物が始まるのを今か今かと待っていた。
京士郎とブラックがたどり着いたのは、そういった観客席もリングも一望することの出来るVIP席と言えるであろう一室だった。
「…………」
京士郎は、その光景を見て再びほんの少しではあるものの、不快な表情を露わにした。もし、これがまっとうな見世物だったとしたならば、京士郎はただの無表情を浮かべるだけだっただろう。
ならば、何故京士郎が一瞬とは言え表情を歪めたのか。
単純な話だ。観客席に居る観客達の笑みが、京士郎にはあまりにも不快に映ったからだ。誰であっても、人の失敗や痴態を笑うことは、多少なりともあることだ。だが、彼らはレベルが違う。人が死ぬさまや、痛みつけられる様をあざ笑う。しかも、それに何の罪悪感も抱いていない。それが見るだけでも分かる下品な笑みが、京士郎には不快に見えたのだ。
「もうそろそろ、始まるだろう。こういうこともあると知ることくらいは君にとっても悪いことではないはずだ」
「…………はい」
京士郎は、とりあえず観客たちのことは視界から外して、リングだけに視線を集中させた。ブラックはこれまた豪華な椅子に腰掛けており、京士郎はその隣に置かれている若干簡素な椅子に座り、とりあえずその見せ物が始まるのを待った。
―・―・―・―
リングの中央に、司会と思われる男性がやってきた。それと同時に、観客達はVIP席にいる京士郎ですらもやかましいと感じるほどの歓声を上げた。とはいえ、世間一般でいう歓声と比べると些か不快感が伴うものではあったが。
「始まったか」
「…………」
京士郎は無心になって、リングを注視し続けた。が、司会が話していることは話半分どころか本気で聞いていなかった。一応見せ物を見ているふりをしないとブラックが何をしてくるかわかったものではないが、正直言って見ているだけでも不快なものを音声つきで楽しむつもりなど一切なかった。この後どうするか。京士郎はそれしか考えていなかった。
「さて、今日は珍しい者が捕らえられたと聞く。少しは退屈しのぎになればいいがな」
「…………っ」
だからこそ、警戒を向けていたブラックのその一言が、京士郎には嫌にはっきりと聞こえた。
ここはヨミハラ。そして、数日前に任務に向かった不知火。そしてここの常連であろうブラックが言った珍しい者。
それら全てが連鎖し、最悪の仮定を導き出した。
「さあ! 本日の出場者は対魔忍のなかでもあの井河アサギと並び立つと言われたほどの天才! 水城不知火だあああ!!」
そして、その仮定を証明するかのように、司会は興奮を隠しきれない口調で叫んだ。それと同時に、京士郎の記憶の中の不知火と比べて、少しやつれた様子の不知火がリングに現れた。その身体には所々に痣があり、手首には縛られていたであろう痕が残っていた。
「……水城?」
「…………っ!?」
司会が叫んだ名前に、ブラックは若干ではあるが怪訝な表情を浮かべ、京士郎は誰が見てもはっきりと分かるほどに驚愕の表情を浮かべ、思わず椅子から勢い良く立ち上がった。
「……ほう」
「……失礼しました、何でもないです」
京士郎の様子から、不知火が京士郎の親族だと確信したブラックはその笑みを深めた。それに対して、京士郎は見え透いた嘘をついて椅子に座り直した。が、その内心は荒れ狂っていた。
本音を言うならば、すぐにでも助け出したい。だが、この施設がどういう構造なのかもわからないし、敵の本拠地から必ず脱出できるという自信を京士郎は持ち合わせていなかった。
「ガアアアアああアアあ!!」
「かっはぁ!!」
「っ!!」
どうすればいいのか京士郎がわからないまま、闘いはどんどん進行していく。リングには不知火と、普段京士郎が狩っているようなオークが3人立っていた。
ゴングがなると同時にオークが不知火に向かって殴りかかった。本来ならば、あの程度の攻撃を避けることなど容易いはずだ。京士郎ですらも避けれると考えたそのパンチは、吸い込まれるように不知火の腹に直撃し、不知火の身体はくの字に折れ曲がった。それを見た京士郎は再び一刻も早く彼女を助け出したい衝動に駆られるが、今ここで自分が突っ込んだ所で不知火共々無様に殺されるだけだという迷いがその足を踏み留める。
「…………」
「っ………!」
その後も、不知火は反撃らしい反撃をすることなく、オーク達にされるがままに殴られ蹴られ続けた。その様を、京士郎は拳を握りしめながら眺めどうにかして助ける手段はないかと思考を巡らせ、そしてブラックはそんな京士郎の様子を面白そうに眺めていた。
結局、勝負はそのままオーク達の勝ちとなった。観客席に居る中年男性やオーク達は、何がそんなに嬉しいのか歓喜の歓声をあげた。
「さあさあここからは皆さんお待ちかね! オーク達による陵辱ショーです!」
「……は?」
わかっていた。わかっていたことのはずなのに、京士郎はそんな声を上げた。
あいつは今何をすると言った?
犯す?
あんなにボロボロの不知火さんを?
京士郎が司会の言った意味を理解する暇もなく、2人のオークが不知火の股を開かせて秘部を覆い隠している対魔忍スーツを引き裂いた。
そして、不知火が抵抗しないのをいいことに、少しも濡れていない不知火の秘部に残りの1人のオークが乱暴に性器を突っ込んだ。
「あっぎいいいい!?」
人間のそれと比べると明らかに大きすぎるオークの性器が不知火を貫き、それと同時に不知火が苦悶の声を上げた。不知火が陵辱される様子を、観客たちは興奮した歓声を上げて食い入るように見つめていた。
次第に陵辱はエスカレートしていき、このまま行けば、あと少しでオークは不知火の膣内に射精するであろうことがわかった。
あ、もうダメだ。
京士郎の中で、何かがキレる音がした。
「あ……あ……」
「どうかしたか?」
両手が震え、口から何かが漏れ出すかのような声を上げている京士郎に、愉快そうな笑みを浮かべたブラックが問いかけるが、それに京士郎が答えることは無かった。
そして、彼の激情は薔薇の夜を発動させた。
―――――――――――――――
「おおおおああああああああ!!!!」
彼が叫び声を上げる。怒り、悲しみ、後悔、そういった暗い感情が濃縮され、彼の中で混ざりあい、形容し難いおぞましい何かが京士郎を中心に流れ出した。
次の瞬間、アリーナ内を暗闇が包み込んだかと思えば、再び照明が照らし出した。
リングにいたのは、リング内に突如現れた京士郎と、京士郎にお姫様抱っこの要領で抱き上げられている不知火と、京士郎から飛び出している赤黒い杭によって全身を貫かれている3人のオークだった。
最初こそ起こったのか分からずに呆然としていた観客達は、陵辱ショーを邪魔した京士郎に向かってブーイングの声を上げるが、そんな声など聞こえないとでも言わんばかりに、床から大量の杭が上に向けて射出され、アリーナの天井に大きすぎる穴を空けた。
天井に空いた穴からは、この地下都市においてはどうあがいても見えることはないはずの赤い月が見えた。
「ぎゃああああ!!?」
「くっ苦しい、苦しいいいいい!!」
そして、アリーナ内は阿鼻叫喚に包まれた。まるでそれが発動のキーであったかのように、アリーナ内の観客が次々と死に絶え始めた。
本人達から見ればこれほど恐ろしいことはないだろう。自分が何をされたか分からない内に苦しみながら抜け殻になって死んでいくのだ。生物というのは、本能的に理解できないものを忌避する傾向にある。それが命の危機に直接関わるものならば尚更だ。
今現在、彼の周囲の世界の常識は塗り替えられていた。
本来のそれとはかけ離れてしまっているが、それでもなお薔薇の夜は遺憾なくその効力を発揮している。
薔薇の夜は、周囲の生きとし生ける者全ての生命力を吸収し、発動者の糧とする。ここにいる者達の魂は一部を除いて質は低いが、それでもこれだけの量があれば彼の能力は大幅に強化される。
それに、この場にはエドウィン・ブラックという不死の存在がいる。彼からも例外なく吸収しているため、彼の能力はただ量を吸収するだけでは届かない領域まで到達しようとしている。
この夜に込められた願いは、己自身の不幸を己の身体に流れる畜生の血を入れ替えることで打ち消してしまいたいという願いのはずだった。
だからこそ、元の術者は血と最も縁が深い存在である吸血鬼になることを願ったのだ。
元から己が吸血鬼であるという前提を用意することにより、彼の周囲は吸血鬼が動き出す時間である夜に無理矢理調整され、彼は吸血鬼が持つ弱点も抱えることでより完全な吸血鬼となる。
「くっ! 貴様何者だ!」
「うるせええええ!!」
「なっ、ぎゃあああ!?」
とは言え、京士郎がこれまでに吸収した命の数はまだ少ないため、その能力は全開のそれには遠く及ばない。観客はほぼ全て即死したものの、騒ぎを聞きつけてやってきた兵士たちは弱体化こそされているものの、死ぬ様子はなかった。斬りかかってくる兵士達に対して、彼らの周囲から凄まじい勢いで杭を射出させる。京士郎に注意を向けていた兵士たちが虚空から射出された杭に反応出来るはずもなく、もはや原型がわからなくなるほどに、杭に貫かれて息絶えた。
薔薇の夜が弱体化している原因は、京士郎が吸収した魂の総量ももちろん影響しているが、それ以上に影響している要因がある。
即ち、渇望の変化だ。
本来の薔薇の夜は、『夜に無敵となる吸血鬼になりたい』という願いから、己の身を吸血鬼へと変化させ、周囲を人間の精気を吸い上げることの出来る夜に染め上げる能力だ。
だが、本来の術者が吸血鬼になることを望んでいるのに対して、京士郎は望む望まない以前に吸血鬼になってしまっている。
本来の術者が夜を肯定しているのに対して、京士郎は夜を否定している。
夜は、京士郎の大切なものを壊していってしまうから。
夜は、京士郎の大切なものを奪っていってしまうから。
「どけええええええええ!!」
叫び声を上げて暴れる京士郎を殺害するべく兵士たちが一斉に襲いかかるが、兵士達に向けて四方八方から襲いかかる杭が、動きが鈍重になっている兵士たちを一斉に貫き京士郎の糧にしていく。京士郎は激しすぎるレイプによって意識が朦朧としている不知火を抱き上げ走り出す。
だが、それでも兵士達が退く気配はない。完全に平静を失ってしまっている京士郎にとって、それらは激情をより激しくする材料でしかない。
夜は大切なものを壊し奪っていくから、夜に大切なものを守れる無敵の何かになりたい。
大切なものを守りたい。そんな余程の異端者でなければ誰もが抱くであろう渇望をもはや狂気と呼べるレベルまで昇華させたもの。それが水城京士郎の渇望だ。
その渇望により、薔薇の夜は変質を見せる。
「ぐっ……ああああ!!」
彼にとって、他者とは敵ではない。彼はあくまで他者が大切な存在を壊そうとするから怒りに身を任せながら守ろうとしているだけだ。どうでもいい塵屑との勝敗や優劣など、元より彼に興味はない。
京士郎にとって大切な者は薔薇の夜の影響を免れ、全てを守れる無敵の存在となるため、元の能力以上の再生能力を有する。
全ては大切なものを守り抜くため、そして、大切なものを壊す者達を完全に排除するため。
「おおおああああ!!!!」
叫び声を上げ、自分達に刃を向ける者達を片っ端から串刺しにし、己の糧としていく。確実に軍勢を削っているはずだった。だが、ノマドとて伊達や酔狂でこの都市を支配しているわけではない。
京士郎に襲いかかる兵士たちの質は加速度的に上昇していった。それに応じて京士郎の能力でより大きな力を吸収できる為、京士郎自身も強化されていく。
だが、ここで1つ問題が発生した。
「ごっ!? っ!」
即ち、京士郎の能力の許容限界が訪れようとしていた。
死森の薔薇騎士は確かに強力な能力だ。だが、無制限で効果範囲内にいる全ての人間の生命力を吸収できるわけではない。この短時間で京士郎は大量の魂を吸収した。だが、能力発動時の京士郎が保有していた魂の量は本来のそれと比べて大きく劣り、それに比例するかのように彼が発動した夜の許容限界も本来のそれと比べて大きく劣っていた。
許容限界を超えた力など、もはや術者にとっては毒でしかない。
一瞬、体中の機能が停止したかのような感覚に襲われた京士郎の動きが鈍った。
その隙を練度の高い兵士たちが見逃すはずもなく、その一瞬で京士郎の全身に剣や槍が突き刺さる。身体の動きが止まる直前に不知火を床にそっと置き、杭を生成してドームのように不知火を包んだため不知火には傷一つないものの、京士郎自身の体を包むことは間に合わなかったため、京士郎の全身から血がポンプのように吹き出す。
だが、
「なめんじゃねええええ!!」
京士郎は止まらない。体中に突き刺さった剣や槍を身体を乱暴に動かすことにより無理やり引き抜き、全身から血を振りまきながら生やした杭と四方八方から射出される杭で敵を蹴散らすその様は、悪鬼以外の何物でもなかった。そして、薔薇の夜は京士郎の傷を瞬く間に修復していく。
質で押す? 許容限界を超えた量で以て押しつぶす?
勝手にやってろ、俺はその程度じゃ殺せねえ。
そう言わんばかりに、水城京士郎はノマドの被害だけを拡大していく。
―・―・―・―
「クク……ハーーハハハハハ!!!!」
アリーナに突っ込んだ京士郎により、窓ガラスを叩き壊されたVIPルームにて、ブラックは顔に片手を当てて笑い声を上げていた。
当然だ。暇つぶし程度に思っていた者が、思いもよらぬほどの輝きを放っていたからだ。
「素晴らしい……素晴らしいぞ……水城京士郎!」
ブラックの視線の先にいたのは、今もなおノマドの精鋭達を片っ端から殺し回っている京士郎だった。先程まで眉一つ動かすことのなかった京士郎のその顔には憤怒の表情が浮かんでおり、全身を返り血と己自身の血によって真っ赤に染め上げていた。
だが、その勢いは収まることはない。むしろ、周囲の力を吸収することにより、その勢いはより強くなっているといえる。
そして何より、
「何と、素晴らしい夜だろうか!」
アリーナの天井に空いた穴より見える赤い月。そして京士郎が暴れだした事をキーにするかのように、ブラックの中から生命活動に支障のない範囲ではあるものの、生命力が抜け落ちてゆくような感覚がした。
本来ならば、それは恐れるべき事態なのかもしれないが、ブラックにとって、それは何よりも待ち焦がれた事態に他ならない。
もしこれが成長したら。ブラックはそう思わずにはいられなかった。
彼にとって、自らの生命の危機とは得難い最大の興奮なのだから。
ここで終わらせるにはあまりに惜しい。
そう思った所で、何の不思議でもない。
「そこまで!!」
アリーナに降り立ち、ブラックが放ったその一言は、それまで京士郎に向けて臨戦態勢をとっていたノマドの中でも腕利きの兵士たちを一瞬で退かせた。
だが、京士郎は今ひとつ何が起こったのか理解が追いついていないのか、薔薇の夜こそ消えてしまったものの、全身から杭を生やし、肩で息をしながらブラックを睨みつけていた。
「素晴らしい。その名、私の記憶に深く刻んだぞ。水城京士郎。今日はもう去るがいい。そこの女と共にな」
「……何?」
「君のその力が私の命に届く時、然るべき舞台でまた会おう」
ブラックはそれだけを言い残し、兵士達とともに、アリーナから去っていった。周囲に不知火以外の生命がいなくなったことを確認した後、京士郎はようやく不知火を包んでいた杭を消し、再びお姫様抱っこの要領で抱き上げた。
「……けい、しろう?」
「……帰ろう」
能力を使いすぎた弊害だろうか、その目は焦点があっておらず、足取りも確かなものではなかったが、それでも一刻も早く帰る為に京士郎は足元から杭を生やし、凄まじい速度でアリーナを抜け出し、ヨミハラを駆け抜けた。
京士郎と不知火が地上に出た頃には、夜が明けようとしていた。
で、エロシーンは?←
何というか、書いていてとっても疲れました。