あ、若干の矛盾が発生してしまうので前話を少々修正しました。
「はぁ……はぁ……」
ヨミハラから五車町へ続く道を、京士郎は傷だらけの不知火を背負って歩いていた。最初の頃こそ、色々当たるからという羞恥心でお姫様抱っこをしていたものの、体力をすり減らしていく中でそんな事をする余裕はなくなった。何しろ地下にあるヨミハラから地表に出るまでにも相当な距離がある。それ故に地表に出るまでにもかなり体力を使ってしまったのだ。
いくら京士郎が吸血鬼となり、チートじみた能力を得て不老不死になったとはいえども、彼の身体自体はまだ年端も行かない少年のものなのだ。燃料があるとは言えども、燃やし方を知らなければどうにもならない。身体だけでいうなら、京士郎はまだまだ体力に恵まれているとは言い難い。
「っく……はぁ……はぁ……」
限界を超えていた原因はそれだけではない。京士郎は、一刻も早く帰りたいが為にここまで一度も休んでいないのだ。いくらブラックが去れと言った所で、別に五車町へ戻るまでの道すがらでの安全が保証されたわけではない。道中で魔族に襲われ、それらの全てを不知火を守りながら撃退できる保証はないのだ。
既に杭を使っての移動は京士郎自身がバランスを取れなくなっているため使えず、元々ふらついていた足取りは、もはやまっすぐ歩いている方が珍しい程になっていた。
「はぁ……ごめ……なさ……」
そして、これまで精神力だけで歩いていたのもいよいよ限界を迎え、足がもつれて不知火を背負ったまま倒れてしまった。
「おい! いたぞ!」
「京士郎君! 大丈夫!?」
薄れ行く意識の中でそんな声を聞きながら、京士郎はゆっくりと瞳を閉じた。
―――――――――――――――
五車町の中でも最も大きな病院の一室で、京士郎は寝かされていた。身体に傷らしい傷は見られないものの、その肌は普段にもまして白く、彼を見ているゆきかぜの心配そうな表情からも、事態が深刻な事が見て取れた。
「……っん」
「……京兄? 京兄!!」
「っぐ……」
「あっ、ご、ごめん……」
そんな中、京士郎が目を覚ました。ゆきかぜは居ても立ってもいられず勢い良く京士郎を揺さぶるが、ゆきかぜの揺さぶりが激しかったせいか、京士郎が無表情のまま顔色を悪くした。
「ゆき……かぜ……?」
「京兄の……京兄の馬鹿ぁ!!」
若干痛む身体を押さえながら上半身を起こした京士郎にまず待っていたのは顔を林檎のように真っ赤にして涙目で怒っているゆきかぜからの罵倒だった。
「やっと帰ってきたと思ったらまた帰ってこなくて……心配したんだから」
が、その勢いも一瞬で鳴りを潜め、優しく、まるで繊細なガラス細工でも扱うかのような力加減で京士郎に抱きついた。
そう、ゆきかぜからしてみれば、やっと一緒にいられると思った家族が1年もしない内にまた消えてしまうかと思ったのだ。また帰ってこないのかも知れない。その不安の重さは本人にしかわからないものだろう。
「……ごめん」
京士郎は、慌てることもなければ表情を変えることもなく、ただゆきかぜと同じくらいの力加減で優しく抱き返した。その手つきがひどく弱々しく感じたゆきかぜは、このまま京士郎が消えてしまうのではないかという恐怖に襲われ、京士郎を抱きしめる力を少し強めた。
「……どのくらい、寝た?」
「4日よ。京兄とお母さんが五車町の近くで倒れてるのが見つかってから4日寝てたわ」
「……母さんは?」
「お母さんなら任務の報告に向かっているわ。もうそろそろ帰ってくる頃だと思うけど……」
ゆきかぜが落ち着いた後、とりあえず現状どうなっているのかが知りたい京士郎はゆきかぜに必要最低限の情報を聞き出してから考えた。
(……あの人がどんな奴かは知らないけど、とりあえずろくな人じゃないんだろうなー)
正直な所、京士郎自身にもあまり詳細を覚えているわけではない。覚えているのはブラックと共にアリーナに行ってそこで不知火がリングに上がってきたところくらいまで。気がついた時には周りが死骸の海だった京士郎は、自分が何をやらかしたのかをよく覚えていなかった。
それ以前に、京士郎はブラックが社会的にどういう人物なのかすら知らない。
「……京兄、大丈夫?」
「っ……平気」
再び何かを考え込み始めた京士郎を、ゆきかぜは心配そうな表情で見つめる。また、自分の知らない所で危険な何かに向き合っているのではないかという不安がゆきかぜを襲った。
そして、そんな彼女の問いかけに、京士郎はハッと気がついたかのように答えた。その様子は、ゆきかぜの不安を助長させた。
「……大丈夫」
「んぅ……本当に、大丈夫、よね?」
「……きっと」
すると、流石にゆきかぜが不安そうに思っている事も気がついたのか、不安そうに京士郎を見つめているゆきかぜの頭を優しく撫でた。彼女からへの問いかけには、未だにはっきりと答えることはしなかった。
―・―・―・―
いやー、相変わらずゆきかぜちゃんはかわいいなぁ! 抱きしめられた時には色んな意味で心臓が止まるかと思ったよ。というかこの体の非モテの呪い効いてるのかな? もしかして魂が違うから無効だったりする? ヒャッホウ! ハーレムロードまっしぐらだぜ!
……はぁ、せっかく不知火さんを助けてきて一件落着だと思ったのにもう一悶着ありそうだ。この人生ちょっとハードモード過ぎない?
さて、ふざけるのはこの辺にしておこう。
とりあえず、現状では俺は対魔忍という組織について詳しいかと言えばそうではない。誰が仕切っているのかも、そもそもどういう組織体制なのかもよくわかっていない。
ただ、俺がされたことが普通じゃないってことくらいは流石に俺でも分かる。そもそも気がついた時にはあんな状況だった俺がとてもではないけどただ人間やめてるだけとは思えない。これからどういう扱いを受けるのか。割りと深刻な問題だ。俺自身は百歩譲っていいとして、いやよくないけど、ゆきかぜや不知火さんにはあまり迷惑をかけたくない。
「…………」
とはいえ、もう身体に異常はないけど検査入院的な感じで病室に突っ込まれている俺が現状何かできるわけじゃない。今俺に出来ることは読書と勉強くらいだ。前回の経験から散歩すらも立派な死亡フラグになることは確認済みだ。自分で言ってて悲しくなってきた。
「……ふぅ」
そんな感じで読書をしている内に一冊読み終わってしまった俺は本を机におき、喉が乾いたから冷蔵庫に飲み物を取りに行こうとした時、
「水城京士郎だな? 取り調べがある。一緒に来てもらうぞ」
……フラグが向こうから来やがったぜ!
俺の病室に入ってきたのはいかにもな感じの黒服の男3人だった。あまり特徴のない。アニメとかのスタッフロールでエージェント、A、B、Cって書かれそうな感じの男達は、何考えてるのかよく分からない目でこちらを見ている。
取り調べなんて言葉を信じてこれについていったらあの串刺し生活に逆戻りかそのまま殺されて人生が終了するかのどっちかだ。相変わらずバッドエンド以外の選択肢がない。
当然、そのまま素直についていくなんて冗談じゃない。もとから身体はもう異常なしなんだから抵抗だって出来る。ヤバイ所に行ってきたせいか若干心が強くなった俺は即座に両手に杭を生成して構えた。交渉において一番重要なのは主導権を握り続けることだからね。それが武力であれ何であれ。
「……っ」
「まあ待て、取り調べと言ったが私達はあくまで交渉に来ただけだ。今の君を止められるような戦力は用意していない」
「……?」
いや、言っちゃうのかそれ。
罠の可能性も無きにしもあらず、というか十中八九罠だろうけど、わざわざそんな事をいう必要があるとは思えない。まぁ、俺もまだまだ子供だからそれで騙せるって思われても仕方ないのかも知れない。とりあえず、今は嘘であれ何であれ相手から情報を引き出すことが大事だ。
「……交渉?」
「ああ、君の今後を左右する案件だからね。君が居ない所で決めてしまうのはよくないだろう」
今後、か。
さっきまで俺自身でも考えていたことだ。この人達についていけばヤバイかも知れないけど何か分かるかもしれない。そう考えた俺は頷いた。
「よし、ついてきなさい」
男達は頷いた後に歩き出した。俺はそれについて行った。当然、いつでも杭を射出できるように準備しながら。
いや、自分でもチョロいやつだなって自覚はあるけど元から色んな意味で人生ハードモードだからね。多少の無理は覚悟の上だよ、仕方ないね。
―――――――――――
その一室には緊迫した空気が充満していた。
その緊迫した空気の原因はそこそこ豪華な装飾が施されたその和室で向き合っている老人と不知火だった。不知火は怒りを隠そうともせずに老人を睨みつけており、老人はそんな不知火を受け流そうとするかのように飄々とした表情を浮かべている。
彼女達以外には、老人の側近と思われる黒服の男と、不知火と老人のやり取りを苦々しい表情で見つめているアサギだった。
老人は対魔忍の中でもかなりの重役に位置する男だった。
「だから! 何故その2択しか用意出来ないのかと聞いているのです!」
「何度も言わせてくれるな。我々としても水城京士郎を野放しにするのは惜しいし、恐ろしいと言っているのだ」
不知火が老人を怒鳴りつけるが、老人はいつでもどうとでも出来るかのように不敵な笑みを浮かべ、先程から繰り返している答えを言うばかりだった。
(あの子すら……戦力にしか捉えられないのか)
不知火と老人の会話を聞いているアサギは、拳を握りしめながら考えた。
先程から話されているのは、水城京士郎の今後の扱いについてだった。
先日、同日に行方不明になった京士郎が任務に行ったまま消息を絶った不知火を連れて帰ってきた。
推測ではあるが、ヨミハラから五車町周辺まで歩いてきたのだろう。まだ年端もいかない子供が意識を失った母親を背負って、だ。それを証明するかのように、京士郎が意識を失っている原因は極度の疲労だった。
そして、同日にノマドに潜入していた対魔忍からの報告で重役達が知ることとなったカオス・アリーナの半壊。不知火は、任務の最中に敵の手に落ち、カオス・アリーナに居たという。彼女が覚えている記憶がオークにレイプされている所で途切れているとは言え、これと京士郎を結びつけるのはあまりにも容易かった。
即ち、水城京士郎は何の事前準備もなしにノマドの支配下であるヨミハラへと潜入し、カオス・アリーナを強襲し、ノマドの精鋭達を単身で退け、不知火を救出して脱出したということになる。この時点で、水城京士郎の実力は最強の対魔忍と称されているアサギと肩を並べるほどの強者である不知火と同じか、それ以上ということになってしまう。
対魔忍という一つの組織としては、こんな人材を野放しにしておくということは愚か以外の何者でもないだろう。
理由はそれだけではない。
京士郎は検査の結果、既に身体のほぼ全てが人間ではなく吸血鬼になってしまっているということが分かっている。その結果として、京士郎は不老不死の身体を得ており、その上夜中でしか行動できないというはずの吸血鬼の欠点が無かったかのように平気な顔をして日中でも行動している。
京士郎はただの吸血鬼ではなく、ノマドの頭領であるエドヴィン・ブラックと同じ種の吸血鬼になったのではないかという意見が出ることはひどく自然なことであり、魔族の中での京士郎の価値がわからない以上、ブラックに近い特徴をもった吸血鬼である京士郎が魔族側に寝返ってしまうということも十分にあり得る話だった。
いつか裏切るかも知れない不老不死の実力者を放置する理由など、探すほうが難しいだろう。
とはいえ、それらの理由は所詮建前に過ぎない。
結局のところ、重役達は己の都合のいい駒として水城京士郎という存在を己の懐においておきたいのだ。アサギや不知火に勝るとも劣らぬ実力を持ち、今後の教育次第では鋼より硬い忠誠心を持たせる事ができる。何かと裏社会に通じている重役達にとって、これほど魅力的な人材はなかなかいないだろう。
対魔忍の上層部が保護者である不知火を呼び出して提示した選択肢は2つだった。先日京士郎を痛めつけることのできた首輪などのなんらかの制御装置を京士郎に取り付け、対魔忍として活動するか。もしくは以前までの串刺しでの拘束状態に戻すか。
不知火からしてみれば、どちらもふざけているとしか言いようが無い選択肢だろう。不老不死であれども、京士郎は生きているのだ。痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。その様を嫌というほどに見てきた不知火にはわかる。そして、老人が言ったことが事実ならば、京士郎の実力は確かに計り知れないものとなるだろう。だからこそ、きっと京士郎は老人達に使い潰されてしまう。そんな確信にも近い予想を不知火は抱いていた。
かと言って、以前の串刺しでの拘束状態に戻すなどという選択肢を不知火が取れるはずもなかった。
そして、不知火はこの話を京士郎に伝えたくは無かった。不知火は京士郎がどういう子かを誰よりも知っていた。自分の身など少しも心配すること無く、不知火を助けに来るような優しい京士郎は、きっと京士郎自身が使い潰されることを望んでしまうからだ。
不知火が老人を睨んでいると、老人に黒服の内の1人が近づき、耳打ちを一つした。それを聞いた老人は、悪趣味な笑みを深めた。
「何だ?……そうか。ふむ、このまま話しても平行線だな。どれ、ここは本人に聞いて尋ねて見るとしよう」
「なっ!?」
「……母さん?」
不知火が驚いて振り向いた先には、相変わらずの無表情で首を傾げる、おそらく黒服の男達につれてこられたのであろう京士郎がいた。既に身体の不調はなさそうだが、ずっと意識を失っていて、今がどういう状況なのかも分からない京士郎に一見友好的な笑みを浮かべながらそんな選択を迫るという老人の悪質さに、不知火も、アサギも眉をひそめた。
「君が、水城京士郎くんだね?」
「……はい」
状況を飲み込めていないのだろう。京士郎は老人からの質問に素直に頷いた。
「っ京士郎!」
「…………」
このまま会話を進めてはいけない。そう思った不知火は老人と会話をしやすくするために老人に歩み寄る京士郎を呼び止めた。老人と不知火の間に立っている京士郎は不知火の方を振り向いて声を出さずに口を動かした。
だいじょうぶ。
不知火にそう伝えた後、京士郎は老人に向き直った。その顔は相変わらずの無表情であり、何を考えているのかは本人以外には誰も分からない。
「君に一つ尋ねたい事がある。何、そんなに難しいことではない。不知火くんを助け出してヨミハラからここまで連れて帰ってきたのは君かい?」
「……はい」
「素晴らしい、君はきっと将来優秀な対魔忍になるだろうね」
「……ありがとうございます」
老人に賞賛を言われるがままに受け取り、頭を下げる京士郎に老人は笑みを深める。今の所、京士郎の言動はほぼ全て老人の予想通りだ。情報であった通り、優秀ではあるが子供らしい純粋さを持っている少年。老人から見た京士郎はそういう人物だった。
「そこで、だ。我々に君が立派な対魔忍になるまでの手助けをさせてもらいたいんだ」
「……何故?」
「優秀な人材にはより手厚い教育を施すべきだと私は思うがね?」
その言葉に京士郎は無表情を貫いたが、不知火は不快な表情を浮かべた。それもそのはず、行方不明になる前の京士郎には才能の欠片も存在せず、雷遁の忍術を代々使用する家系であるはずの水城家においては歴代きっての出来損ないと呼ばれ、教育どころか、誰も注目すらしなかったのだから。それが効率的だとはわかっていても、不知火には胸の内で燻るものがあった。
「……そう、ですね」
「そうだろう? 君も然るべき教育を受ければその才能を更に伸ばすことができ」
「……お断りします」
「…………ほう?」
一瞬自分が何を言われたのか理解できなかったのだろうか。老人が声を漏らすまでには若干の時間差があった。一見して、この町にいるものならば乗る以外の選択肢はない美味しい話のような形にしたつもりだった老人には、彼が何故断ったのか理解できなかった。
「何故。そう聞いてもいいかな?」
「…………」
理由を尋ねてきた老人に対し、京士郎は目を閉じ、少しの間考え込むような仕草をした後に目を見開いた。
次の瞬間、その場の空気が変わった。
先程までは無表情とは言えども年相応の愛嬌があった京士郎の顔には、明らかに人を殺し慣れており、これまでに飽きる程の血を浴びてきた事が分かるただ鋭いだけではない目つきがあった。
それに睨まれるわけでもなく見据えられるだけで、老人は身体の奥が冷えるような感覚に襲われた。
だが、京士郎は周りの反応を気にすること無くゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……ブラックが、言っていた」
「何?」
「然るべき舞台で……決着を」
「何だと!?」
京士郎の口から飛び出してきた人名は信じられない名前だった。老人だけでなく、アサギや不知火などの、その場に居た人全員が驚愕の表情を浮かべた。
ブラック、ヨミハラでその名前が当てはまる人物など1人しか居ないだろう。エドヴィン・ブラック。多国籍複合企業ノマドの創始者であり、生まれながらの吸血鬼。実質的に、対魔忍と本格的に対立している魔族の長と言っても過言ではない存在だ。
京士郎の出任せと言ってしまえばそれまでだ。現状、それを証明する証拠は何もない。だが、そもそもまだ対魔忍の見習いでしかない京士郎が実力を持った対魔忍しか知ることの出来ないエドヴィン・ブラックという存在や、ヨミハラの場所を知っているはずがないし、行けるはずもないのだ。
「……招待、された」
「……ブラックにか!?」
「…………」
京士郎は落ち着いた様子で頷いた。それならば、居場所を知らないはずのヨミハラに京士郎が行けたのも納得がいく。だが、それは京士郎を改造したのがノマドか、もしくはそれに近しい組織であり、少なくともブラックという1個人は京士郎に興味を抱いている。即ち、アサギとほぼ同等の存在ということになる。
「……母さんが、襲われていた……だから、助けた……それだけ」
「…………」
もはや、老人は言葉を発することができなかった。藪をつついて蛇を出し、それを捕らえて使役しようとした過去の愚かな己を殴り飛ばしたい気分だっただろう。藪をつついて出てきたのは蛇どころではなく、制御できない巨大な龍に成り得るかもしれない存在だ。
京士郎は、ただ母親が襲われていた場所に居合わせていたという理由だけでノマドの精鋭達を敵の本拠地で相手取り、意識を失っていた不知火を守りながら脱出してみせたのだ。一流の対魔忍であるアサギや不知火でさえ、確実に出来るかと聞かれれば難しいところだろう。
化け物、その言葉が、老人の口から咄嗟に出てきた所で、何の不思議があろうか。
「……ほっといて」
京士郎はこらえきれないとでも言わんばかりに両手から杭を生成させた。
自分自身の日常を、ようやっと手に入れることの出来た愛しい刹那を守りたい。そのためならば、おそらく京士郎は魔族だの対魔忍だの、そう言った垣根を一切考慮しない。その宝石のような日常を汚そうとするならば誰であろうとも排除する。
水城京士郎とはそういう人物なのだと、その一言で老人は確認した。
排除でも拘束でもない。そもそもどうこうしようと考える事そのものが間違いなのだ。何もしなければ、少なくとも敵になることはないのだから。
「わ、わかった。君も複雑な境遇だからね。こちらとしてもサポートしようと思っていたのだが、拒否するのならば仕方ない。病み上がりに呼び出して悪かったね。不知火君と一緒に帰っても大丈夫だよ」
冷や汗を拭い取った後に、老人は若干ぎこちない笑みを浮かべながら京士郎にそう言った。そこまで言って、ようやく京士郎は杭を消し、その目から鋭さが消え、年相応の愛嬌を持った顔に戻った。
「……失礼、します……帰ろう」
「そ、そうね……」
京士郎は一礼した後に、背後にいる不知火に向けて声をかけて、その部屋を出ていった。
京士郎と不知火が出ていった後に、その部屋には静寂だけが残った。
長い(確信)。なんかとんでもないポカをやらかしてそうで不安です……