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歩き疲れた脚をのばして、湯をすくうように腕を上げる。源泉かけ流しの温泉は私には熱くて、肌は桃色が浮かんでいた。腕のむこうには暮れきらぬ夏の夜が、ぼんやり山の影をうつしている。ふうと息をつくように、私は石造りのふちに頭をもたせる。
疲れが抜けていく。全身が弛緩する。
和彦は夕飯を今どうしているのだろう、と家のことを考える。夕飯はまだだろうか。
言い訳の余地もないほどに嘘をついてしまった罪悪感を思い出す。
私はテウン君と二人、温泉旅行に来ていた。いつものお礼だと言って誘われたのだ。最初は断ろうとしていたのだけれど、予約を済ませたと言われ、和彦はどうぞどうぞとすすめるものだから、とんとん拍子に話は決まってしまった。
悪いなと思うのと同じくらいには、湯の心地良さに体はとけていた。
近くを観光し、宿に戻って豪勢な夕食をとって、大浴場に足を運んだ。存分に手足を伸ばせる湯船も、勝手に出てくる夕食も、ずいぶんと久しぶりだった。上等そうなボディソープで磨き上げた肩を撫でる。固形石鹸を遣わないのも、何年振りかしら。和彦の肌があわなくて固形石鹸に変えたのだった。
ちょっとのぼせそうになるほどゆっくりと湯に浸かってから、私は浴場を出た。体を冷やさぬ程度の冷房がきいた更衣室。ゆるゆると回る扇風機の風を浴びながら、宿の浴衣を着た。
何気なく伸ばしはじめた髪を乾かして、ロビーに出るとテウン君はソファに身を沈めていた。彼は私に気が付くと、ひらりと立ち上がる。
「和美さん、あー……キレイ、です」
「え? どうしたのよ、突然」
「やっぱりN国の人は、浴衣、キレイです」
「もう。そういう場合は似合いますね、って言うのよ。びっくりするじゃない」
私たちは無目的に表へ出た。温泉街の明かりが山の下に見える。少し離れた場所に建つこの宿の周辺は、ひどく静かだ。もうすこし早い時期だと蛍がよく見られるのだという。来年には和彦を連れてきてあげようかなと、ふいに思う。ぶらぶらと旅館の周りを歩き、まるでそうして遠回りをするかのように時間をかけて部屋に戻った。
襖を開けると、布団が敷いてあった。
ぴったりと寄せ合い、掛け布団のはしっこが小さく重なっている。
ただそれだけのことで、守り続けていた一線はたやすく崩壊した。
ほんのさっき綺麗だと褒めてくれた浴衣を、テウン君は邪魔なものであるかのように剥いた。露わになる躰は淫らな期待に染まっている。
テウン君は私の頭を抱えるようにキスをして、優しく布団の上に寝かせた。いつの間にかむき出しになった彼の肉体は、筋肉の形が逞しい陰影をつくる。むわっと湿気のような雄の匂い。見るからに張りのある亀頭が私に向かって屹立していた。
目が離せない。涎がわく。これから起こることに、期待で慄えた。
首筋を吸われる。そこが性感帯であるかのように、躰がビクッと反応する。
テウン君の手が、私の中へと入り込む。粘性のある水音が、いやらしく響いた。クリトリスを撫でられるたびにゾクゾクと快感が走る。
「ダメ……、ダメだからね……。それだけは……」
淫乱に思われたくないためだけの拒絶の言葉。テウン君はそっと、私の手を彼の陰茎へと導いた。片手には到底おさまらない、まさしく男性の象徴。
コリコリした血管に触れた指先が、びくっと処女のように硬直する。
初めて出会う、牡という生物。
私がそうするのか、テウン君が動かすのか、亀頭が割れ目のにゅぷにゅぷと押し広げようとする。その途中で進むのをやめ、じらすように筋に沿って行き来しはじめる。
「何がダメ?」
「だってこんなのォ――!?」
入らないと続ける時間もなく、彼は体重をかけて私を突く。反射的に仰け反る。
まるで私の膣はテウン君のモノを知っているかのように、そのためにあったのだというように彼自身をぎゅっと包んでいた。
組み敷かれて私は、彼の重さを全身に感じていた。快い重さ。抵抗したところでなす術もないと、本能的に屈服する力の差。
「動くよ和美さん」
「おッ――! うあっ……あぁ……ぐうぅ……!」
奥まで突き刺されて、私は呼吸が上手くできなくなる。ずん、ずん、と衝撃が伝わる。でも下手ではない。苦しいことさえ気持ち良い。カリが肉襞をひっかいて出入りするのが、たまらなくイイ。
酸素を求めて口が開きっぱなし。縋るものがなくて布団を握りしめる。
伸びあがった首筋をに口づけをし、まったく別の生き物みたいに手では胸を弄りまわす。まったく別々の快楽が融け合って、テウン君という男性から与えられる悦びとして脳を刺激する。
「気持ち良いよ。子供を産んだとは思えない」
和彦の顔が浮かぶ。胸の張り裂けそうな罪の意識と、頭の狂いそうな快感が襲う。
「やっ……いやぁ……。あの子のことは、言わないで……」
おかしくなってうから。
「じゃあ、忘れさせてあげるよ。和美」
和美――と呼ばれた。それだけで、私はビクビクと絶頂の前触れを感じる。
テウン君の腰が速くなる。苦しさはすべて快感に置換される。
「ぐ……! くぅ……んっ、くっッ! ぐうッ――! く、あッ……あァン、うあァっ!」
下品な喘ぎ声さえ、自分を高める興奮剤だった。
神経が焼ききれそう。身をよじるけど逃げられない。たまらずに彼にしがみつく。いきおい深くへ誘ってしまう。汗ばんだ肌が愛おしい。筋肉の軋みが伝わる。
「あっ! あァァ、ンぁアアッ! あっッ、イくッ、あっあっあッァアアっアアアッッ――――!!」
ぞわっと全身に立つ鳥肌の感覚だけが、やけに生々しい。そのほかのすべては快楽に塗りつぶされている。
「――っあ……は――ッあ……はァ……んっ、はっ……あぁ……」
私が落ち着くのを待っていたように、荒い呼吸が整い始めるとテウン君はまた腰を動かし始めた。彼に与えられる快楽に溺れて、牝の悦楽を骨の髄まで叩き込まれる。おかしくされる。彼の女になってしまう。
けれどももう抗うことはできす、そんな気も起らず、唾液と、涙と、汗と、愛液と、嬌声とを垂れ流すだけの、一頭の牝に堕ちていた。