「キャンディ、たべる?」
夕暮れ時の人気のない公園にて、一人の少年が虚空に向かい話かける。
日が傾きかけている時刻とはいえ、ジメジメとした不快な暑さが少年を包んでいた。
少年は決して裕福な家庭で育っているとは言い難い粗末な身なりであったが、その眼は純真な少年が放つ汚れが一切ない無垢な瞳であり、たとえ獰猛な獣ですら父性、あるいは母性を感じさせてしまう輝きであった。
「grrrrr……」
少年が話しかけた何もない空間から、低い顫動音が響く。
見れば薄っすらと……陽炎のようなシルエットが浮かび上がっていた。
少年より遥かに大きな体躯を伺わせるそれは、ゆっくりと少年に近づいていく。
獣臭と、血の匂いを漂わせながら近づく陽炎に、少年は全く怯える様子を見せていなかった。
「ケガ……してるの?」
陽炎から緑色の液体が滴っているのを見た少年は、心配そうにその液体が出る箇所を見つめる。
敵意も無く、純粋な気持ちで気遣う少年の眼差しに、陽炎は少し困惑した様子を見せていた。
「みせて!」
「!?」
少年が陽炎の傍に駆け寄る。突然駆け寄って来た少年に陽炎は増々困惑するも、少年を振り払う事はせず大人しくその無垢な手を受け入れていた。
少年は陽炎から滴る緑色の液体を手にしたハンカチで拭う。
治療とも言えない拙い手つきであったが、真剣に傷ついた者を労るその一生懸命な手つきに“狩り”を終えた捕食者は滾らせていた闘争心がみるみる萎えていくのを感じていた。
代わりに、熱を帯びた劣情が自身に湧き上がってくるのを感じていた。
少年が液体の吹き出る箇所にハンカチを巻きつけると、陽炎が何かを操作するような動きを見せる。
電子音が響いた直後、陽炎の姿が変質し始めた。
「あ……」
ピシ、ピシリと電磁音が鳴る。
陽炎の姿が、徐々に実体を伴い浮かび上がってきた。
2メートルを優に超える巨体に、身体の表面は黄土色の色の鱗や模様が見え、まるで爬虫類が人を象った姿をしていた。
その顔は無機質なマスクを被っており、表情は伺う事は出来ない。
網状のボディースーツの上に重たそうな鎧を纏い、何らかの小動物の頭蓋骨をネックレスのように装着している。
よく見ると、その鎧の胸部は少しだけ膨らんでおり、まるで女性の乳房のような形をしている。
筋肉質な肉体ではあったが、程よく括れた腰つきからこの異形が女性である事は疑いようもなかった。
大柄で筋肉質、そして洗練されつつもどこか無骨な装具から、まるで異形の女戦士とも、女狩人とも見て取れた。
突如虚空から禍々しい異形の狩人が現出し、少年は目を見開いてそれを見つめる。
しかし、その瞳には恐怖心は一切浮かんでおらず、ただただ少年特有の純真な興味しか浮かんでいなかった。
「わぁ! すごい大きい! カッコイイね!」
キラキラと目を輝かせ異形の前で跳び回る少年。
その様子を無機質なマスク越しに見つめていた異形は、やおらマスクの側面に手をかけた。
プシュ、プシュ、と空気が抜ける音を立てながらマスクに繋がっていた管を引き抜く異形の巨体。
やがて全ての管を抜いた異形は、その両手にてマスクに手をかける。
マスクを脱いだ下から、異形の面相が現れた。
「grrrrrr……」
異形の面相は、節足動物のような大きな顎が四角形を描くように配置されており、2対4本の爪上口器を大きく開けていた。
眼窩は大きいがその瞳は小さく、頭部の側面から後頭部にかけて黒色のドレッドヘアーのような管がいくつも生えている。ほんの少しだけ長い睫毛が、その異形の女性らしさを感じさせた。
凡そ全ての人間が『なんて醜い顔だ』と言わざるを得ない程の異形の面相。
その小さな瞳で、真っ直ぐと少年を見つめていた。
「わぁ……!」
しかし少年の美醜概念は少し……いや、大きく他者とはかけ離れているのか、その異形面を見ても尚、その瞳を輝かせていた。
「綺麗な目だね!」
「krrrrr」
少年の純粋な言葉に、やや照れが混じった顫動音を鳴らす異形。
少年と異形の言葉は通じずとも、その心は通じていた。
やがて異形は少年の目の高さまで屈むと、少年の柔らかい頬に手を伸ばした。
「アハハ。くすぐったい」
「krrrr」
異形は両手にて少年の柔らかい頬をゆっくりと撫でる。
柔らかで手触りが良い少年の頬は、異形の手からしてもその触り心地は心地よいものであった。
やがてひとしきり少年の頬を堪能した異形は、少年を抱き寄せる。
大きく口器を開け、その舌で少年の顔を舐めた。
「ひゃぁ!」
やや乱暴に舐められた少年は驚きの表情を露わにするも、決して嫌がる様子は見せていない。
異形の口から発せられる強烈な臭いはひどい獣臭がしており、余人が嗅げば悪臭である事は間違いなかった。
だが、それでも少年にとっては蠱惑的な香りであり、野性味が溢れつつどこか馨しい匂いであった。
「あ、だめだよぉ……」
ペチャリ、ペチャリと舌で少年の頬を舐り回す異形。
少年の汗は異形にとって甘露な雫であり、一舐めする度にその獣性を刺激する。
汗と、異形の唾液に塗れた少年の顔は淫靡な輝きを放っており、それを見つめる異形の眼は段々と熱を帯び始め、肉体から発せられる熱気は淫らな芳香を発し始めていた。
「あっ……! ンッ……!」
「krr……」
異形の舌が、少年の口腔内に侵入する。
ピチャピチャと湿った水音を発しながら、その小さな舌と絡ませていた。
少年は異形の侵入に一瞬驚くも、直ぐに陶然とした表情を浮かべながら異形の舌を受け入れていた。
「あむ……んちゅ……」
しばらく舌を絡ませ、少年の口腔内を貪っていた異形は、やがて名残惜しそうに少年の舌から口を放す。
少年の口と異形の口は粘性のある一本の糸で結ばれていた。
ぼんやりと、濡れた瞳で異形を見つめる少年。
異形もまた、熱を帯びた瞳で少年を見つめていた。
「あ……あの……こういうのって、『セキニン』を取らなきゃだめなんだよね……」
もじもじと異形の腕の中で恥じらうように身を捩らせる少年。
その拙い知識の中に、“口づけを交わす行為は将来を誓い合う為の物である”という事が、少年の頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。
「ぼ、ぼくが大人になったら、およめさんになってくれますか?」
「krrrrr!」
少年の小さくも、大きな決意の篭った言葉に嬉しそうに喉を鳴らす異形の雌狩人。
異形は少年の言葉を解さない。だが、その決意は確りと異形の雌狩人の心臓を射抜いていた。
嬉しさを全身で表すかのように、少年を力強く抱き締める異形に、少年はやや苦しそうにその腕の中で身をよじらせていた。
「い、痛いよ……」
「grr!?」
胸部の装甲が少年の柔らかい肌を圧迫していた事に気付いた異形は、慌てて少年を放すと即座にその鎧を剥ぎ取る。
乱暴に脱ぎ捨てられた鎧の下から、網状のボディースーツが現れる。見ると、網は異形の大きな乳房にやや食い込んでおり、少年は顔を赤らめながら咄嗟にその胸から視線をそらした。
「krrrr!」
「わっぷ!」
再び勢い良く少年を抱き寄せる異形の狩人。
少年の顔はその大きな乳房に埋まってしまい、呼吸がし辛い程強く抱き抱えられていた。
すりすりと、少年の柔らかい髪に頬擦りする異形。
少年は力強くも、どこか野性味溢れる淫靡な芳香を吸い、その愛らしい下腹部に熱が篭もるのを感じていた。
「krrrr……!」
異形はその少年の発する熱に反応する。
片手にて少年を抱きとめながら、空いた手にて少年のズボンに手をかけた。
「わっ! な、なにするの?」
戸惑う少年に構うことなく、やや乱暴に少年のズボンを摺り下げる異形の雌狩人。
そのまま、少年が履く下着まで剥ぎ取ってしまった。
「や、やだよぉ……恥ずかしい……」
「krrrrr……」
包皮に包まれた少年のペニスが露わになる。
少年の年頃にしては少しばかり大きなそれは、子供が背伸びするかのように愛らしく反り返っていた。
異形はその甘く、幼い雄の臭いを間近に嗅ぎ、荒い呼吸と主に再び口器を大きく空けた。
「grrrr!」
「あっ! だめだよ! 汚いよぉ!」
喉を鳴らしながら異形は少年の幼いペニスに、その濡れた舌を這わせる。
ピチャリ、ピチャリと、先程の舌を絡めた時より丹念に少年の陰茎を舐めあげていた。
その瞳は恍惚とした光を発しており、獣臭と共に雌が発する淫靡な臭いを増々強めていた。
「あぅ!」
ジュルリと、下品な水音が響く。
少年の尻臀を鷲掴みにし、その口腔内に少年の陰茎を埋めた。
器用に舌を這わせ、少年に被った皮をやや乱暴に剥き、まるで飢えた獣のように吸引を強めた。
「あぅ、あぅぅ!」
ジュボジュボと、音を立てながら野獣の如く少年のペニスを貪る異形の雌狩人。
その青い果実の味は異形にとってひどく甘く、芳醇な味であり、抗いがたい誘引力を発していた。
少年は異形の頭部を掴みながら、襲い掛かる未知の快感に必死になって耐えている。
しかし少年の必死の抵抗も虚しく、獣の乱暴ともいえる吸引を前に、その幼いペニスは力なく精を吐き出した。
「あぅぅぅっ!」
ビュル、ビュルと少年の精が異形の口腔内に吐き出される。
恍惚とした表情でそれを受け止めた異形の雌は、少年のペニスを頬張りながらその拙い精をゴクリと飲み込んでいた。
「はぅぅ……」
「krrrr……」
力なくもたれかかった少年を、異形は愛おしそうに抱きとめる。
少年の柔らかい髪に頬をすりよせ、眼を細めながら甘い顫動音を響かせていた。
優しく包み込むように少年を抱く異形の瞳は、小さな命を慈しむかのような光を浮かべていた。
しばらくの間、少年は異形の腕の中に身を委ねていたが、やがてぽつりと小さな声で異形に向けて話しかけた。
「あの……なまえ……」
「krr?」
「なまえ……聞いてなかったね……」
ぼんやりとした表情で、異形に話しかける少年。
少年はまだこの異形の名前を聞いていなかったと、茫とした思考で今更ながら思い至っていた。
「ぼくのなまえはエミリオ……エミリオ・クロサワだよ……」
異形の胸に頭を預け、弱々しく呟くエミリオ。
初めて経験した吐精の快感の余韻からか、その声に力は無かった。
「キミの、なまえは……?」
「krrrr……」
異形は少年の言葉を受け、少しだけ首を傾ける。
しばらく何かを考えるような素振りを見せた後、少年を抱き抱えながら左腕に装着しているガントレットを操作する。少年はそれが何なのかよくわからなかったが、街の警官が装備しているウェアラブルコンピュータによく似ていると思った。
ガントレットから無機質な電子音が鳴ると、異形は厳つくも、どこか透き通るような声を発した。
「キミノ……ナマエハ……?」
オウム返しのように、少年の言葉をそのまま返す異形の雌狩人。
エミリオは律儀にその言葉に応えた。
「ぼくは、エミリオだよ……」
「ボクハ……エミリオ……エミリオ……」
「そう。ぼくは、エミリオ。キミの、名前は?」
エミリオは自分を指差しながら言葉を紡ぐ。
異形の名を聞く時は、その優しくも厳つい面相を指差していた。
エミリオのジェスチャー見て、異形は少しばかり考えた後、短く言葉を発した。
「Shesh」
「Shesh……シシュ……?」
エミリオの言葉に異形はこくりと頷く。
その様子を見たエミリオは屈託のない柔らかな微笑みを浮かべた。
「シシュって、言うんだね。いい、名前だね」
「シシュ、イイ、ナマエ……」
褒められた事が気恥ずかしく思ったのか、少しだけ顔をそむけるシシュ。
その顔は、やや赤みが差していた。
顔をそむけたまま、ボソリとその厳つい声を響かせた。
「エミリオ、イイ、ナマエ」
「アハハ。ありがとう……」
エミリオはニッコリと笑うと、そのまま目を閉じる。
初めて吐精を経験した少年の肉体は思った以上に消耗していたらしく、そのままシシュの腕の中でスウスウと静かに寝息を立てていた。
シシュはエミリオを起こさないように、ゆっくりと近くのベンチにその小さな身体を下ろす。宝物を扱うかのような丁寧な、そして愛おしい物を扱うかのような優しげな手つきでエミリオを下ろしたシシュは、脱がせた時とは正反対な辿々しい手つきでエミリオの下着とズボンを履かせる。
悪戦苦闘しつつも、エミリオのズボンを履かせ終わったシシュは荒い息を一つ吐くと、再びその無機質なマスクを装着した。
しばらくマスク越しにエミリオの寝顔を見つめていたが、遠くから人が近寄ってくる気配を察知した。
「krrrr……」
寂しげに顫動音を鳴らした異形の狩人は、ガントレットを操作し再びその姿を陽炎に変える。
名残惜しそうにしばらく佇んでいたが、やがて意を決するかのように勢い良く跳躍し、その場を離れた。
「エミィ! こんなところで寝てちゃ風邪引くよ!」
黒髪を後ろに束ねた乙女が少年の眠るベンチに近付く。
やや乱暴な手つきでエミリオの頬を叩き、乙女は容赦なく少年の覚醒を促した。
「ん……リンおねえちゃん……?」
「エミィ! さっさと起きて帰るよ! ていうかあんたなんでこんな所で寝てたのよ?」
「えっと……」
ぼんやりとした表情でリンと呼ばれた乙女を見つめるエミリオ。
先程経験した事は夢だったのだろうかと、茫とした思考を巡らせていた。
エミリオは起き上がり、辺りを見回す。異形……シシュの姿は、どこにもなかった。
「近頃はコロンビア団とジャマイカ団の連中が派手にドンパチやってんのよ。危ないから日が暮れる前に家に帰れってあれほど言ってたじゃない」
「ごめんなさい」
「警察はスラムの人間なんか守ってくれないんだから……さ、お祖父ちゃんがゴハン用意して待ってくれてるから帰るよ」
「うん……」
エミリオはリンに手を引かれながら歩き出す。
やはり先程の出来事は夢だったのだろうかと思い、エミリオはリンに気づかれないように静かにズボンの中に手を入れる。
(あ……)
下着の下は、生ぬるい体液で濡れていた。
あれは、夢じゃなかった。シシュは、確かにいたんだ。
そう思ったエミリオは、何故だかわからないがシシュの事は誰にも言ってはならないような気がした。
「アタシは来月には入隊してあんたの傍からいなくなっちゃうんだから、あまりお祖父ちゃんに心配させちゃダメだよ?」
「うん」
「アタシがいなくてもちゃんと稽古は続けるんだよ?」
「うん」
「それと毎日ちゃんと食べる! そして身体を鍛える! そうすればギャング連中なんかに目をつけられても平気なんだから」
「わかった」
「エミィは優しすぎるから、しっかり鍛えて強くならないとね。まぁお祖父ちゃんがいるからその辺はあんまり心配してないんだけど」
「そうだね」
「ていうかあんたちょっと臭いよ? 何して遊んでたのよほんと」
既に日は暮れ、空は真っ暗な闇に包まれている。
薄暗い電灯の下を手を繋いで歩く姉弟は、林立するスラムの建物の間を縫って家路へと向かっていた。
「grrrrr……」
その姉弟を、建物の屋上から陽炎が見つめていた。
腕に巻かれた少年のハンカチを撫でながら、姉弟が見えなくなるまでいつまでも……いつまでも、見つめていた。
──────────────
西暦2192年
ゼノン星系惑星BG-386軌道上
コスタグアナ級兵員輸送艦USSアスタミューゼ号
「覚醒シークエンス……承認。バイタルチェック……完了」
金髪の青年が計器を操作している。
船室にはこの青年以外誰もいない。
静かな機械音だけが響く船室で、たった一人で計器を操作し続けていた。
見れば、青年が操作する計器の向こうではいくつもの
装置の中には下着のみを身に付けた男女達が身じろぎ一つせずに眠っていた。
青年が計器を操作すると、一番手前の冷凍睡眠装置の照明が点灯する。
低いモーター音のような作動音が響くと、装置のカバーが静かに開いた。
「……ん」
装置に眠っていた一人の男が自身の黒髪の短髪を揉みながら、もぞもぞ身体を動かす。
筋肉質ではあるが過度に肥大化してないその肉体は、研ぎ澄まされた刀剣を思わせる鋭さを放っていた。
装置のネームプレートには『“海兵少尉”エミリオ・クロサワ』と刻まれていた。
「クロサワ少尉。おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「ああ……大丈夫だ」
エミリオ・クロサワ少尉が青年にぼんやりと言葉を返す。
半身を起こし、ひとしきりこめかみを揉んだ後、まじまじと青年の顔を見つめた。
「君は……出航前には見なかったな」
青年はエミリオの言葉を受け、
「私はウェイランド・ユタニ社から派遣されたハイパーダイン250C3型ヒューマノイド“ウォルター”です。皆様の作戦期間中のトータルサポートを命じられています」
「ウォルターか。よろしく。ハイパースリープ中の保守を務めてくれたんだね」
「はい。少尉」
エミリオはウォルターに手を差し出し、確りと握手を交わす。
ウォルターは軍人にしてはやたらと丁寧なエミリオの性格に少々戸惑うも、直ぐにそのデータベースにエミリオの性格をインプットした。
ウォルターはエミリオに目礼すると、覚醒を促すべく残りの装置に眠る兵士達の元へ向かった
「給料安いのにやってらんねぇぜチクショウ」
「ほんと、アンタの隣で目覚めるとか最悪だよ」
「おいコナー、冗談だろ?」
エミリオが眠っていた装置の隣で、続々と兵士達が起き始める。
ぶつくさと文句を言いながら、緩慢な動きで身体を起こす兵士達の様子を、エミリオは苦笑しながら見つめていた。
「なぁライバック。お前からもこのクソアマになんか言ってくれよ」
「パクストン……頼むから寝起きくらいは静かにしてくれ」
ライバックと呼ばれた黒髪の兵士が頭を抱えながら身体を起こす。
エミリオと負けじ劣らずの鋭い肉体を持つライバックと冷凍睡眠装置の相性は、どうにも良くなさそうだった。
「さぁ海兵ども! さっさと起きて支度しろ! 貴様らがヨダレ垂らして眠りこけてる間にも給料は発生しているんだ!」
略帽を被った厳つい下士官が怒鳴り声を上げる。
葉巻を咥え、兵士達を叱咤するその姿はまさに“鬼軍曹”といった風貌であった。
「素晴らしい一日の始まりだぞ! 貴様らは海兵隊で幸せだと思え! 毎日旨い飯が食えて、良い給料貰って、訓練はパレードみたいなもんだ! 海兵隊万歳!」
「軍曹殿、自分は生理休暇を申請したくあります」
先程からぶつくさと文句を垂れていたパクストン上等兵が鬼軍曹に向かいその軽口を叩く。
見れば、パクストンの股間は屹立しており、その下着に見事な天幕を張っていた。
軍曹はその股間を一瞥すると、パクストンを恐ろしげな眼で睨んだ。
「パクストン。貴様の粗末なイチモツなんぞに休暇を与えたら二度とファックが出来なくなるぞ。無駄口叩く暇があったらさっさと支度しろこのスキン小僧が! 隠れてマスかいたらクビ切り落としてクソ流し込んでやるからな!」
一喝されたパクストンは慌ててロッカーへと駆け出した。その様子を見た軍曹は鼻息一つ吐くと、海兵隊員達が眠っていた装置を順繰りに練り歩く。
パクストンと同様にもたついている海兵達に一喝し終わると、装置に腰をかけていたエミリオの傍に駆け寄った。
「少尉殿。第3小隊以下18名、全員問題なく起床しております」
「ありがとうアーメイ軍曹。君も支度しろ」
「はっ! 少尉殿!」
敬礼し、葉巻を咥え直したアーメイ軍曹は自身のロッカーへと向かう。
エミリオも海兵隊の戦闘服に袖を通すべく、ロッカーへ向かい立ち上がろうとすると、丁度天井のスピーカーから音声が流れ始めた。
『おはよう海兵隊諸君。艦長のヴェレス中佐だ。素敵な夢は見られたかね?』
スピーカーからUSSアスタミューゼ号艦長マーティン・ヴェレス中佐の声が響く。
中佐の声を聞いた海兵隊員達は着替える動きを止め、背筋を伸ばしてその放送に耳を傾けていた。
『30分後に食堂を開放する。中隊毎に朝食を摂った後、士官は1100までにブリーフィングルームに集合しろ。下士官以下は各自持ち場にて装具の点検を行い、そのまま待機。以上』
ブツリと放送が切れ、船室は再び海兵隊員達のざわざわとした喧騒に包まれる。
その様子を見たアーメイ軍曹は再びその活火山のような口角砲を発射した。
「聞いたか海兵ども! チンタラ支度してる暇は無いぞ! ケツの穴を引き締めろ! ダイヤのクソをひねり出せ! さもないとクソ地獄だ! 急げ!」
(素敵な夢、か……)
海兵達の喧騒を聞きながら、上衣に袖を通すエミリオ。
艦長の訓示を聞いた時、冷凍睡眠中にあの幼い頃の夢を見ていた事を思い出したエミリオは、じわりと自身の下半身に熱が帯びるのを感じていた。
(パクストン上等兵を笑えないな……)
あの、異形の生物との、淫靡な思い出。
結局あれ以来異形……シシュと出会う事は無かった。
姉や祖父にも、あの時の出来事は話す事は無く、こうして海兵隊員となった今でも誰にも話した事は無かった。
そして、あれ以来どんな女性と夜を共に過ごしても、あの時程の性的な昂ぶりを覚える事は無かった。
そのせいか、エミリオは結局女性と最後まで経験をした事はなく、時には自分を不能と汚く罵ってくるガールフレンドもいた。
シシュのような野性的で、純粋な情欲をぶつけてくる相手は、26歳になった現在でも終ぞ出会うことは無かった。
シシュの匂い、シシュの温もりを生々しく想起したエミリオは、パクストン上等兵に負けないくらい自身のイチモツを屹立させていた。
「どうかしてるな、僕は」
強引にカーゴパンツを摺り上げ、ベルトを締める。
ふぅ、と一息つくと、手早くブーツを履き支度を終えた海兵隊と共に食堂へと向かった。
エミリオは幼少期の淫靡な思い出を共にしたあの異形の狩人と再会するとは、この時は露ほども思っていなかった。
また、異形の狩人との再会をあの地獄のような戦場で果たすとは。
植民地海兵隊第501大隊チャーリー中隊第3小隊長エミリオ・クロサワ少尉と、異形の雌狩人シシュとの再会の時が近づいていた。
※女性型プレデターは狩りに出てこない設定なのですが、ご都合主義的に色々捻じ曲げてお送り致します。ていうかその設定も公式なのか半公式なのかよくわからんですし。
※植民地海兵隊の設定諸々もムックが手に入らない上に英語版しかないので、実在組織や類似の組織が登場する作品を叩き台にして色々捏造しております。
※時系列は所々無茶苦茶になっておりますが、AVPシリーズの年表も映画とゲームとコミックが入り乱れて割りと無茶苦茶になってますので気にしないでいただけると助かります。