「エミ坊、理合ってのはなぁ、極めればどんなに体格差があっても問題にゃならねえんだ」
寂れた木造の武道場の中で、着古した道着と袴を纏った一人の老人が、目の前に正座する少年に向けその猛禽類のような視線を向けていた。
古ぼけた畳の上で少年は真剣な眼差しで老人の言葉に耳を傾けている。少年が着る道着もまた相応に着古されており、締めた白帯もやや張りを失っていた。
道場内は老人と少年しかおらず、雑音が一切ない道場内に老人の力強い言葉がよく響いていた。
「りあい、ですか?」
「おうよ。相手がどんなにデカかろうが重かろうが、理合を極めれば簡単にぶん投げる事が出来る」
老人はにやりと少年へ笑みを向ける。猛獣が獲物を狩るような凄味が老人から発せられていたが、エミ坊と呼ばれた少年はそれに怯む事なく老人の目をしっかりと見つめていた。
老人はしゃがみこみ、少年の頭をぐりぐりと乱暴に撫で付ける。少年は目を細めながら大人しく老人に頭を預けていた。
「リンのバカタレはこの理合ってのが分かってねえ。カラテもボクシングも確かに強え。だが、自分よりデカい奴を一撃でぶっ倒すにはちと厳しい」
やがて少年の頭から手を離した老人は腕を捲りながら得意げな表情を浮かべる。
「でも、理合を極めた俺なら相手の力も利用する事が出来る。地面を武器にする事が出来る」
老人の力強い言葉に、少年はその無垢な瞳を輝かせる。数々の実戦を経験した言葉の重みが、老人から発せれられていた。
「どんなデカくて頑丈な奴でも、地べたに叩きつけられたら一発でぶちのめせる。相手の力に、己の力を乗せる事が出来る。大勢に囲まれても、結果は同じだ」
「ほんとうですか? たくさん怪獣がいてもみんな投げることができるのですか?」
「沢山の怪獣どころか、俺なら無数の真球だってぶん投げる事が出来るぜ」
力こぶを見せつけながら笑みを浮かべる老人。その姿を見た少年は増々目を輝かせて老人を見つめていた。
「エミ坊。おめえさんはどういうわけか腕力が異常に強え。だから力に任せた技を使いがちだ」
老人は少年の瞳を覗き込みながら言葉を続ける。
「世の中にはその馬鹿力が通じない相手が必ず存在する。でもな、理合を極めればそんな力に頼らずに済むんだよ」
やがて老人は少年から視線を外し、道場中央へと進む。その表情は、歴戦の武道家が持つ自信に満ちあふれていた。
「いいかエミ坊。黒沢流の真髄は理合に有りだ。忘れるんじゃねえぞ」
「はい! おじいちゃん!」
「おじいちゃんじゃねえ。道場では“先生”だ」
「はい! 先生!」
「よっしゃ。じゃあ、今日の稽古始めっか」
やがて老人と少年の二人だけの稽古が始まる。
道場内では少年の活力ある掛け声が響き渡っていた。
──────────────
エミリオが惑星BG-386へと降り立ち3日目。
エミリオはシシュと獣の様な性交をした後、暫しの間互いに抱き合い微睡んでいたが、辺りが白み始めると移動を開始するべくその身を整え始めていた。
「シシュ……いい加減機嫌直してよ……」
樹上で休んでいたエミリオは、対面にて座るシシュの身体を自身のインナーシャツの切れ端にて丁寧に拭っていた。
エミリオの激しい責めで意識を飛ばしていたシシュは、覚醒後そのまま移動を開始しようとしていた。
互いの体液で体中を汚していたのにも構わず、樹上から飛び降りようとしていたシシュにエミリオは思わず引き止め、その身体を拭っていた。
「……」
宝石を扱うかのように丁寧にシシュの身体を磨くエミリオに、当のシシュはそっぽを向いて樹上に座っている。
ツンとした態度を取り続けるシシュに、エミリオは苦笑を浮かべながらその手を動かしていた。
「ほら、腕を上げて。ばんざーい」
「……」
ぶすっとした表情で渋々エミリオの言葉に従い、両腕を上げるシシュ。
両腕を上げた際、シシュの大きく張りのある乳房が揺れた。
エミリオはその乳房を見て僅かに顔を赤らめるも、頭を振って煩悩を振り払いシシュの両脇に手を伸ばした。
「シ、シシュは、綺麗な身体をしているよね」
「……」
「ほ、本当だよ!」
取ってつけたかのようなエミリオのご機嫌取りに、シシュは白けた視線を向ける。
エミリオはそれを受け、増々顔を赤くしながらシシュの身体を拭いていた。
覚醒してからのシシュは絶えずこのような調子でエミリオに接していた。
エミリオはシシュが何故ここまで不機嫌になってしまったのかはっきりとは分からなかったが、恐らくは先程の激しい性行為が原因であるだろうとは思っていた。
(うう……やっぱりお尻を弄ったのはマズかったのかな……)
シシュの身体を拭いながら、そのような自責の念にかられるエミリオ。
欲望のまま、シシュが気絶するまで尻穴を弄り倒したのは流石にやりすぎたと反省していた。
「ごめんね……ひどい事、しちゃったよね……」
拭う手を止め、俯きながらエミリオは弱々しく呟く。愛する人に、欲望に任せて無茶な事をしでかしたと、エミリオはひどく沈鬱な表情を浮かべて謝罪の言葉を口にしていた。
「……」
「わっ!」
そんなエミリオに、シシュはだまって腕を伸ばし、乱暴にエミリオを抱き寄せる。
そのまま、ぎゅううっと、強い力でエミリオを抱きしめた。
「ムグッ!」
シシュの豊満な乳房がエミリオの顔に押し付けられる。エミリオは呼吸が困難になるほど強く抱かれる。
辛うじて顔を上げると、シシュは顔を赤らめながら責めるような目つきでエミリオを見つめていた。
「エミリオ、スキ。アレ、キライ」
「シシュ……」
シシュの可愛らしくも精一杯の抗議に、エミリオはまた苦笑しながらシシュの背に手を回し、優しくその逞しくも艶のある背中を撫でた。
「ごめんね……」
「krrr……」
エミリオを抱きしめながら、ひと撫でされる度に甘えた顫動音を鳴らすシシュ。
白み始めたジャングルに、地球と異星の番の優しい時間が流れていた。
ズシンッ!
「なッ!?」
「grr!?」
そんな優しく、甘い時間は、エミリオ達が座る樹木が大きな音を立てて揺れた事で唐突に終わりを告げた。
突然の事態に樹木の根本へと視線を向けたエミリオが目にしたのは、静かに忍び寄っていた異形の怪物が樹木へ猛烈な勢いで己の身体をぶつけている姿であった。
「gshaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
大型の怪物……エイリアンが咆哮を上げる。そのエイリアンの頭部にはドレッドヘアーのような器官が生え、エミリオ達が遭遇したどのエイリアンよりも大きな体躯を備えていた。
樹木に己の身体をぶつけ、威嚇するかのように咆哮を上げるエイリアン……プレデリアンは、純粋な敵意を樹上のエミリオ達に向けていた。
「エイリアン!? クソッ! いつのまに!」
「grr!」
エミリオとシシュは即座に臨戦体勢を取る。目にも留まらぬ速さで装備を整えたシシュは、マスクを装着するとショルダープラズマキャノンの照準をプレデリアンに合わせた。
「gshaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
「うわッ!?」
「grrッ!?」
プラズマキャノンの砲火が放たれようとした瞬間、プレデリアンは強烈な体当たりを樹木へと打ち付ける。
太い幹が大きく揺れ、シシュはバランスを崩した。
「grrrr!」
「シシュッ!!」
バランスを崩したシシュは地上へと落下する。エミリオはコンビスティックを手に取り、シシュに続き地上へと勢い良く跳躍した。
「シシュ! 大丈夫!?」
「grr!」
地上へと降り立ち、シシュの元へ駆け寄るエミリオ。
シシュは片膝を付いていたが、平気だと言わんばかりに厳つい唸り声でエミリオに応えた。
「shaaaaaaaaa!!」
「ぐあっ!」
「grr!?」
そこにプレデリアンが猛然と襲いかかる。エミリオを尻尾で弾き飛ばし、その勢いのままシシュへ巨大な体躯をぶちかました。
ズゴンッ! と、爆撃音のような激しい音を立てながら樹木へと打ち付けられるシシュ。腕を押さえられ、樹木を背にプレデリアンと対峙したシシュは、マスク越しに大きく口を開けるプレデリアンの口器を睨みつけた。
「grrrr……!」
「shaaaaaaaa!」
憎しみを込めた唸り声を上げるシシュ。そのシシュ頭部に向け、プレデリアンはインナーマウスを射出した。
「ッ!」
頭部に向け繰り出されるインナーマウスを、シシュは首を捻って寸前に躱す。同時に、左肩に備えたプラズマキャノンの砲火をプレデリアンの顔面へと見舞うべくその照準を合わせた。
「shaaaaaa!」
「graaaa!?」
だがプレデリアンはシシュの右肩へその獰猛な牙を突き立てる。苦悶の咆哮を上げるシシュの肩から、緑の鮮血が飛び散っていた。
「シシュを離せぇッ!!」
プレデリアンの後方からエミリオがコンビスティックを携え、勢い良く跳躍する。
獰猛な化物へ向け、その槍を突き立てるべく必殺の刺突を放った。
「ksyaaa!」
「ぐッ!?」
しかしエミリオの刺突がプレデリアンに突き刺さる寸前、1匹のドッグエイリアンがエミリオへと猛烈な体当たりをぶちかます。
弾丸のような体当たりでエミリオはコンビスティックを手放してしまう。虚を突かれた形となったエミリオはエイリアンともつれ合い、地を転がりながら必死でエイリアンを剥がすべくその胴を蹴り上げた。
「kyuiiii!!」
倒れながらも重爆とも言える蹴りを当て、エイリアンを引き剥がしたエミリオは即座に立ち上がり、油断無く周囲を見回す。
鬱蒼と生い茂るジャングルの緑の闇の中で、複数のエイリアンの気配が伺えた。
「くそ……シシュ……!」
無手となったエミリオはプレデリアンと取っ組み合うシシュへと視線を向ける。
シシュの姿はプレデリアンの巨大な体躯に隠れ良く見えず、苦しそうなシシュの呻き声しか聞こえない。
焦るエミリオにジャングルの闇から先程引き剥がしたエイリアンと合わせ、4体のエイリアンがエミリオを囲んでいた。
「shaaaaaaa……!」
「……!」
獰猛な鳴き声と共にエミリオの四方を取り囲むドッグエイリアン達。
野性の獣、いやそれ以上の殺気を四方から受けたエミリオは、やがて観念したかのようにぎゅっと目を瞑る。
しかし、即座に目を開いたエミリオの瞳は覚悟を完了させたかのように爛とした光が宿っていた。
「来いッ!」
「ッ!?」
エミリオはエイリアンに囲まれているのにも拘らず、その場で正座し、裂帛の気合を四方に放つ。
突然の不可解なこの行動に、エイリアン達の様子にも僅かな動揺が走っていた。
「shaaaaa!!」
しかし1匹のエイリアンが咆哮を上げながらエミリオへと跳躍する。
後方から襲いかかるエイリアンに、エミリオは座したまま神経を研ぎ澄ませていた。
エイリアンの凶爪がエミリオの後頭部へと触れようとした、その瞬間──
「ッ!」
「kyuiii!?」
エミリオに触れた瞬間、エイリアンは自身の頭部をその勢いのまま地面に打ち付ける。
まるで自ら地面に向かって転倒したかのような事態に、倒れたエイリアンや周りを取り囲むエイリアン達は動揺の色を強めていた。
この時、エミリオは自身の後方から襲い来るエイリアンの爪先を掴み、エイリアンの勢いをそのまま利用し、その凶悪な体躯を地面へと打ち付けていた。
「kshaaaa!!」
バタバタと身を捩らせ起き上がろうとしたエイリアンであったが、エミリオはエイリアンの爪先を指で摘んでいるだけでその動きを封じていた。
古流柔術の真髄……幼き日、祖父から叩き込まれた黒澤流の妙技が、遠く離れた異星、それも人ならざる怪物へ向け十全に発揮された瞬間であった。
「shaaaaaaaa!!!」
今度は左右からエイリアンが同時に襲いかかる。
エイリアンを押さえつつ、座したままそれを迎えるエミリオ。
「gsyaaa!?」
「kyuiii!?」
しかしエミリオは冷静にそれに対処する。
片手にて襲いかかるエイリアンを腕を掴み、勢い付けてもう片方のエイリアンごとその体躯を打ち付ける。
もつれ合い、もんどり打って転がる二体のエイリアンは互いを罵るかのような鳴き声を上げていた。
「syaaaaaa!!」
エミリオの正面に残るエイリアンが咆哮を上げ、その鋭く尖った尻尾をエミリオへと刺突する。
鋭く放たれた一撃が、エミリオの顔面へと突き刺さろうとしていた。
「kyuiiiii!?」
「ッ!?」
が、エミリオは指先を動かし、制圧していたエイリアンを強引に立ち上がらせる。
襲い来る刺突がエミリオに操作されたエイリアンの胴体に深々と刺さり、驚愕の咆哮を上げながらエイリアンの一体は絶命した。
「グッ!」
しかしエイリアンの強酸性の血飛沫が僅かにエミリオに降りかかる。
その一滴がエミリオの右目の上にかかり、シュウシュウと生々しく肉を焦がす音が響く。
強烈な痛みと共に爛れ落ちた溶けた肉と血液が、エミリオの右半分の視界を封じ、エミリオは顔を押さえながら身体を怯ませた。
「shaaaaaaaa!!!」
その機会を逃さない怪物達。
エミリオを仕留めるべく、三方から同時に飛びかかった。
「ッ!」
しかしエミリオは即座に前転し、その襲撃を躱す。
俊敏なエミリオの動きに対応できなかったのか、エイリアン三体は互いの頭をしこたま打ち付け、弾かれたかのように転倒した。
「シュッ!」
「kyuii!?」
弾かれた一体に向け、エミリオは強烈な横蹴りを見舞う。
ゴキッ、とエイリアンの外骨格がひしゃげる音と共に、頚椎を破砕されたエイリアンはそのまま動きを止めた。
「shaaaaaaa!!」
「ッ!?」
残る二体のエイリアンの内、一体がエミリオの背後へと襲いかかる。
がっしりと両手でエミリオの肩を押さえ、インナーマウスをエミリオの後頭部へと射出するべく、粘液を撒き散らせながらその凶悪な口腔を開いた。
「ッ! でやあああああッ!!」
しかしエミリオは射出されたインナーマウスを頭を捩らせ躱し、そのままインナーマウスを掴むと勢い良く背負い投げた。
ステンレス製のスプーンを紙粘土の如くねじ切るエミリオの握力は、投げた衝撃と共にエイリアンのインナーマウスを引き千切る。
放り投げられたエイリアンは強酸性の血液を撒き散らせながらのたうち回っていた。
「ッッ!!」
だが、当然ながらその強酸性の血液はエミリオの肉体へと降りかかる。
とっさに顔面や首を防御したエミリオであったが、エイリアンの血液が防いだ右上腕を焦がしていた。
「ぐ……ッ!」
またも強烈な痛みと共に、エミリオの腕が酸によって焼かれる。
もう少し浴びた血液が多かったら、エミリオの腕はたちまち酸によって千切れ落ちていただろう。
幸いにも浴びた血液の量は腕を切断するには至らなかった。だが、ジュウジュウと肉を焦がす痛みと共にエミリオの右腕は使い物にならない状態に陥っていた。
「shaaaaaa……!」
一体のエイリアンが警戒を露わにしながらエミリオへ鎌首をもたげる。
投げ飛ばされた一体も、口腔から酸の血液を垂れ流しながら憎々しげにエミリオへ殺気を向けていた。
しかし二体のエイリアンは、この段階になってエミリオの驚異的な戦闘力を警戒し、迂闊に飛びかかれずにいた。
この人間は一体なんなのだ?
今まで我々の圧倒的な身体能力に対し、武器を持たない人間共は為す術もなくやられていた。
だがこの人間は、武器を持たずに我々の仲間を殺してのけた。
摩訶不思議な技で、我々の仲間を簡単に制圧し、触れたと思ったらいとも容易く投げ飛ばされた。
そのような警戒心が、エイリアン達から漏れ出ていた。
憎々しげな鳴き声を上げながらエミリオへ向け鎌首をもたげる事しか出来なかったが、当のエミリオは既に限界が近づいていた。
(くそ……もう腕が……)
右腕の腐食は神経にまで達していたのか、常人ならば気絶しかねない程の激痛がエミリオへと襲いかかっている。
苦痛に顔を歪め、腕を押さえながら蹲るエミリオの命運は、無情にも尽きようとしていた。
「shaaaaaa……!」
エミリオの苦悶を読み取ったのか、エイリアン達がゆるりと距離を詰める。
獰猛な肉食獣の本能が、この標的が既に死に体という事実を的確に把握していた。
「シシュ……!」
エミリオは愛する異星の乙女の名を呟く。
エイリアンに囲まれた絶体絶命の状況。
しかしそれでも尚、エミリオはシシュの事をただただ案じ続けていた。
ドンッ! ドンッ!
突如、鈍重な発砲音が響き渡る。
発砲音とと共に、エミリオを囲むエイリアン達の頭部が破砕した。。
正確無比なその射撃に二体のエイリアンは断末魔すら上げられず、破砕した頭部からドクドクと体液を垂れ流しながらどうっと地に倒れ伏した。
「少尉殿!」
「チャベス上等兵!?」
スコープドライフルを構えたリチャード・チャベス上等兵が鬱蒼と生い茂るジャングルの茂みから現れる。
硝煙が燻るライフルを油断なく構えながらエミリオの元へと駆け寄った。
「チャベス上等兵! 僕の事はいい! シシュの援護を!」
「シシュ?」
チャベス上等兵がエミリオが指し示す方向へ視線を向けると、二頭の猛獣が咆哮を上げ互いの喉笛を食い千切らんと牙を立ててもつれ合っていた。
「gshaaaaaaaaa!!!」
「gruaaaaaaaaa!!!」
瞬時の隙を突き、シシュは左腕に装着したリストブレイドをプレデリアンの脇腹へと突き立てる。プレデリアンの酸性血液を全く恐れずに、シシュはひねりを加えつつ深々とリストブレイドを刺し入れていた。
プレデリアンは苦悶の悲鳴を上げつつ、お返しとばかりにその鋭利な牙をシシュの肩へ突き立てる。肩口は緑の鮮血が飛び散り、シシュの苦悶の咆哮が轟いていた。
互いの息の根を止めるべく、二頭の猛獣は血飛沫を撒き散らせながらもつれ合い、その身を削り合っていた。
「か、怪物が二匹!?」
「チャベス上等兵! マスクをしている方は僕らの味方だ! デカい方を狙え!」
「味方!? し、しかし……」
チャベス上等兵は狼狽えながらライフルを構えるも、プレデリアンとシシュは至近距離で互いの体を入れ替えながら闘争を続けている。
優秀な狙撃手であるチャベス上等兵の技量でも、プレデリアンだけを狙撃する事は難しい状況だった。
「くそ、どうすれば……!」
シシュの悲鳴を聞き、エミリオもまた苦悶の表情を浮かべる。
早く、早くシシュを助けなければ。
そのような焦燥が、エミリオの中で渦巻く。
もつれ合うシシュとプレデリアンをただ見ている事しか出来なかったエミリオだったが、ふと視線の先にドッグエイリアンの突進で手放したコンビスティックが落ちている事に気付いた。
「ッ! チャベス上等兵! 僕があのデカブツを引き剥がす! その隙にあいつを撃て!」
「少尉!?」
エミリオは深く息を吐続け、傷ついた五体へと気を巡らせる。
“息吹”と呼ばれるその独特の呼吸で、ものの数秒でエミリオはその気力を復活せしめていた。
「少尉! 無茶だ! その怪我じゃ──」
チャベス上等兵の言葉を終える前に、エミリオは弾丸の如くコンビスティックへと駆け出した。
前転しながらコンビスティックを手に取ったエミリオは、その勢いのままシシュとプレデリアンの前へと躍り出る。
「こっちだ! 化物!」
「shaaaaaaa!」
「grr!?」
凛とした声が響き、プレデリアンが動きを止めエミリオへと首を向ける。
シシュは愛しいエミリオが助太刀に来た事に、驚愕と嬉しさが混じった声を上げていた。
「shaaaaa!」
「grr!!」
プレデリアンはシシュへ強烈な尻尾の一撃を加える。その猛撃により、シシュは後方の樹木へと吹き飛んだ。
「shaaaaaa!!」
「ッ!」
そのまま猛然とエミリオへと襲いかかるプレデリアン。エミリオは冷静にコンビスティックの穂先をプレデリアンへと向けていた。
自身の突進を遮るコンビスティックの槍先を、プレデリアンが掴んだその瞬間。
「シィッ!」
「kshaaa!?」
ドシンッ! と地鳴りを響かせながらプレデリアンの巨躯が地面へと縫い止められる。
プレデリアンは突如発生した事態に混乱し、必死にもがきながら起き上がろうとする。しかしエミリオの神妙な肉体操作のせいかコンビスティックを手放す事は出来ず、ただ無様に地面をのた打ち回る事しか出来なかった。
「す、凄い。あれはジュージツか……!?」
先程のドッグエイリアンと同じように端から見れば自分から地面へと転がったように見えるプレデリアンに、チャベス上等兵は呆気にとられつつその光景を見つめていた。
「シッ、ィリャアアアアッッッ!!!」
「gshaaaaaaaaaa!?」
コンビスティックをプレデリアンの腕に絡ませ、裂帛の気合と共にエミリオはプレデリアンごとコンビスティックを背負う。
数百キロもあるプレデリアンを持ちあげ、勢い良くその巨体を投げ飛ばした。
「今だッ! 撃てぇッ!!」
「りょ、了解!」
呆気にとられて一連のエミリオの無双劇を見つめていたチャベス上等兵であったが、慌ててライフルを構え直し、プレデリアンへと照準を向ける。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
スコープドライフルの弾倉に残る4発の徹甲弾が撃ち出される。
全弾プレデリアンの胴体へと命中し、プレデリアンは絶叫を上げながら酸の血液を噴射させた。
しかし──
「gsharaaaaaaaaaaaa!!!」
「なっ!?」
「なんだと!?」
徹甲弾は確かにプレデリアンの胴体を貫通していた。だが、4発の銃弾を受けても尚、プレデリアンの動きは止まらない。
怒りを全身に漲らせ、近くにいたエミリオへと突進する。
「shaaaaaaaaaaaa!!」
チャベス上等兵が弾倉を交換する間もなく、瞬く間にプレデリアンとエミリオの距離は詰まる。
酸の血液を全身から吹き出し、咆哮を上げ突進するプレデリアン。エミリオはプレデリアンを投げ飛ばした事で体力を使い果たしたのか、コンビスティックを構える事も出来ず片膝を付いていた。
ドギュンッ!
スコープドライフルとは全く異なる砲声が響く。
響いた瞬間、プレデリアンの巨体は吹き飛び、その頭部が生々しい肉の破裂音と共に爆砕した。
「grrrr……」
「シシュ……!」
シシュが装着するショルダープラズマキャノンの砲口から硝煙の如き煙が立ち込める。
刹那の瞬間を狙い放たれたその強力無比な砲火は、たった一発で強大なプレデリアンを仕留めていた。
「少尉、立てますか?」
「大丈夫……少し、疲れただけだから」
駆け寄るチャベス上等兵をエミリオが手で制する。
酸の血液により相応の深手を負っていたエミリオであったが、なんとか自力で立ち上がる事が出来た。
「そうだ……シシュ……!」
エミリオは立ち上がるとシシュの方向へ顔を向ける。
シシュは、うつ伏せになって地面に横たわっていた。
「シシュッ!!」
倒れ伏すシシュを見留た瞬間、エミリオは弾かれたように愛する異星の乙女の元へ駆け出す。
シシュに駆け寄り、その身体を抱き起こして愛しい乙女の名前を叫んだ。
「シシュッ! シシュッ!!」
抱き抱えながらシシュの名前を叫ぶエミリオ。
見ると、シシュの胸甲は酸の血液に溶かされたのか所々融解しており、またシシュの肉体も激戦の痕が強く残っており、身体の節々から緑色の血を流していた。
エミリオは焦燥に駆られてシシュの首筋に手を当て、脈を確認する。
トクン、トクンと、シシュの脈動が感じられた。
「よかった……」
エミリオは深く安堵の息を吐く。
傷痕は痛々しい様相を見せていたが、シシュの命には別状はなさそうだ。
恐らくはプレデリアンに吹き飛ばされ、樹木に打ち付けられた時からシシュの意識は途絶えていたのだろう。だが、愛する雄を本能で守らんとする乙女の意志が、意思の無い肉体を動かしてプレデリアンを仕留めたのだ。
エミリオはシシュの想いを感じ取り、血に濡れたその身体を強く、優しく抱き締めていた。
「少尉、そいつは……一体何者なんです……?」
チャベス上等兵がおずおずとエミリオへと声をかける。
異形の怪物を抱き締めるエミリオの様子は、チャベス上等兵にとって正しく異様な光景であった。
エミリオはチャベス上等兵の問いかけに、シシュを抱き締めながら応える。
「この人は、僕の……僕の“お嫁さん”だ」
「え!? お、お嫁さん!? え、あ、はい。いや、しかし……」
エミリオの予想だにしない言葉に、修羅場においても冷静沈着なはずのチャベス上等兵は上ずった声をあげ、エミリオとシシュを交互に見比べる。
とても冗談で言っているとは思えず、チャベス上等兵は増々困惑を強めていた。
「と、とにかく急いでここを離れましょう。直にジャングル中のエイリアン共が騒ぎを聞きつけ集まって来ます。早くライバック達に追いつかなければ」
困惑を隠しきれないチャベス上等兵であったが、兎に角これ以上ここに留まるのは危険だと思い直し、エミリオへと進言する。
「そうだね……でもシシュを置いてはいけない」
「少尉、流石にそいつ……失礼、シシュを担いで移動するのは……」
「問題ない」
エミリオはそう言うと、おもむろにシシュの爛れた胸甲を丁寧な手つきで剥ぎ取る。
網状のボディスーツがシシュの大きな乳房に食い込んでいるのを見て、僅かに顔を赤らめるも胸甲の下の肉体に目立った損傷が無い事に再び安堵の溜息をついた。
シシュの頭を優しくひと撫でした後、エミリオは再び“息吹”を行い自身の肉体に活を入れる。
「フンッ!」
「しょ、少尉!」
決して浅くないダメージを負っているにも拘らず、エミリオは装具を合わせ150キロ以上はあるシシュの肉体をしっかりと背負う。
常人離れしたこの膂力に、チャベス上等兵は驚愕の声と共に目を見張った。
「行こう。チャベス上等兵。すまないが移動中の援護を頼む」
「は、はい。了解しました」
シシュを担ぎながらしっかりとした足取りで歩くエミリオ。
これは、決してエミリオの超人的な体力だけで成し遂げられるわけではなく。
人体工学を超えた“愛”により成し遂げられた事は、疑いようもなかった。
困惑しつつチャベス上等兵はエミリオに追従する。
この異常な状況下で謎の異形を嫁と宣うエミリオ、そもそもその異形は一体何者なのか、などと疑問は尽きないチャベス上等兵であったが、ともあれまずはここから離れ、ライバック達に追いつきブラヴォ中隊が待つ精錬所へと向かうことが先決であった。
チャベス上等兵は鋭い呼吸と共に気合を入れ直し、上官とその伴侶を守るべくスコープドライフルを構え直した。
「少尉。後でちゃんと紹介してくださいよ」
「……ああ。もちろん。彼女は最高だよ」
軽口を叩く余裕が戻った海兵隊員二名は、再び生き抜く為にジャングルの中を移動し始めた。
エミリオ達がプレデリアンとの死闘を制した、数時間後。
「オオオオオオオオオッッッ!!!」
アパッチの雄叫びが、異星のジャングルに木霊した。
※理合云々はお話にケレン味つける為に適当に書いたので、特に私の格闘技論という訳ではありませんのであしからず。喧嘩稼業はすき。