USSアスタミューゼ号兵員食堂
「クソったれ。ニンジンが入ってやがる」
「栄養満点だぞ。残さず食えよ」
食事の入ったトレーを憎々しげに睨む黒人の海兵隊員、アル・マシューズ一等兵の隣にゲイシー・ライバック伍長が座る。
食堂には植民地海兵隊第501大隊チャーリー中隊約80名がハイパースリープ明けの朝食を摂っていた。
エミリオ・クロサワ少尉は兵士達が食事を摂るテーブルから少し離れた席で、中隊長のウィリアム・ホープ大尉と、中隊附将校コレット・ヒラー中尉と朝食を共にしていた。
黙々と食事を摂るホープ大尉達を、第3小隊の面々は白けた表情で見つめていた。
「新任のクロサワ少尉殿は俺たち兵隊と飯を食いたく無いらしい」
「オカマくせえ面してやがるぜ……大丈夫かあんなので」
小隊狙撃手リチャード・チャベス上等兵がエミリオに冷めた視線を向けながら、小隊機関銃手レイモンド・クルス一等兵にボソリと呟く。
クルスもエミリオのその風貌に、海兵隊としての資質を疑うかのような視線を向けていた。
「クルス。少尉殿の悪口は言わないほうがいいわよ」
チャベスとクルスの対面に座る小隊機関銃手のサラ・コナー上等兵が、オレンジジュースを飲みながら二人に話しかける。
コナーは女性兵士でありながら小隊の機関銃手に任じられる程、男勝りの身体能力と性格を有していた。
「あの少尉殿、士官学校で戦技教官を軒並み病院送りにしたって噂らしいよ。あんたじゃ逆立ちしたって敵いやしないよ」
クルスはぎょっとした表情でコナーを見る。
この男勝りの、いや半分男じゃないかと言われる程の女傑が、こと戦闘面で誰かを評価する事は砂漠で雪が降る程珍しい出来事であった。
「マジかよサラ。フカしてんじゃねぇだろうな?」
「んじゃ、あとで確かめてみたら? あとファーストネームで呼ぶんじゃないよこの粗チン野郎」
「了解いたしました。コナー上等兵どの」
「Fuck you」
巫山戯た調子で言葉を返すクルスに向け、中指を突き立てながらオムレットを頬張るコナー。
その様子をニヤニヤと見つめるチャベスは、この二人がいつもこうして軽口を叩き合っている光景を密かな楽しみとしていた。
「軍曹殿! 今回はどんな任務なんですかね?」
冷凍睡眠装置から覚醒した時と変わらず軽い調子で、ビル・パクストン上等兵がリー・アーメイ軍曹の隣に座る。
アーメイ軍曹はこの小隊一のお調子者を実は気に入っていた。また、ムードメーカーとして小隊の士気向上に一役買っているパクストンの存在がありがたく、こうして食事の時くらいは普段の厳しい姿勢を幾分か緩めていた。
「楽しい奪還任務だ。レイプされた植民地の娘っ子達にファックの良さを思い出してもらうのさ」
「ひゅぅ! そいつは滾りますねぇ!」
下卑た笑いが湧き起こる。
パクストンの対面に座るダニエル・カッシュ一等兵がにやついた表情で口を開いた。
「なぁパクストン。アルクトゥールスの女は悪くなかったなぁ。覚えてるか?」
「もちろん! ていうかカッシュ、お前が抱いたのは男じゃねえか」
「へっ。男でも女でも等しく“穴”はあるんだよ」
「違げえねえや!」
ゲラゲラと一層下品な笑いが湧き起こる。
その様子を、離れたテーブルで見ていたホープ大尉は不快さを隠そうともしない苦々しげな表情を浮かべ、対面に座るエミリオに向かい口を開いた。
「まったく、下品な連中だ。あんな糞共が私の中隊にいるなんて反吐が出る。そう思わんかね少尉?」
「はぁ、大尉。でも、彼らは優秀な兵士だと聞いています」
「はっ! 優秀だと? まだ冷凍睡眠から目覚めていないようなだ少尉」
苛ついた手つきでスプーンを運び、トレーの上のスクランブルエッグを掻き回すホープ大尉。海兵隊にしてはやや不摂生ともいえる体を揺すりながら、苛ついた様子を隠そうともしなかった。
隣に座るヒラー中尉は、やや俯きながら黙ってスープを口に運ぶ。
短めに切りそろえた髪はヒラー中尉の貞淑な佇まいをより強調しており、上衣から少しだけ盛り上がった胸元が呼吸合わせて上下している。眼鏡の下のその瞳は、光の加減からかエミリオからは見えなかった。
「少尉。私の中隊に配属されたからにはこれだけは覚えておけ」
スプーンでスクランブルエッグを弄くりながら、ホープ大尉は苛立ちげにエミリオを睨む。
右手でスプーンを持ちながらグチャグチャと音を立てるホープ大尉の様子に、エミリオは少しだけ顔を顰めた。
「私の命令には逆らうな。士官学校では大層な成績を修めたらしいが、ここでは私の言うことが絶対だ。わかったな?」
「はい、大尉殿」
努めて平静な表情を保つエミリオ。この中隊に配属されてからまだ間もないが、どうもこの中隊長は好きになれない。実際に麾下の小隊や、他の小隊も含めホープ大尉の中隊全員からの評判は最悪であった。
「アッ……!」
ヒラー中尉が、唐突に上ずった声を上げる。
見ると、その頬は薄く朱を差しており、きゅっと口を紡ぎながら何かに耐えているような表情を見せていた。
「声を立てるな」
「……ッ」
ホープ大尉の言葉を受け、ヒラー中尉は唇をより強く噛みしめる。朱を差した頬に、薄っすらと濡れた汗が張り付いたその肌は、官能的な香りを放っていた。
俯いたヒラー中尉の様子に、エミリオは訝しげに視線を送る。
「中尉、御気分が優れないようでしたら医務室へ……」
「少尉。食事は黙って食べるものだ」
ホープ大尉がエミリオに向かい不機嫌な重々しい声を放つ。
そして、エミリオはホープ大尉の空いた左手がヒラー中尉のカーゴパンツの中に侵入している事に気付いた。
「あ、あの、大尉殿」
「少尉。同じ事を何度も言わせるな」
もぞもぞと左手を動かしながら、ホープ大尉はわざとらしくトレーの上で音を立てる。
スクランブルエッグを掻き回す音に合わせ、僅かに湿った水音が混ざっていた。
「くっ……うぅ……」
ヒラー中尉は既に食事の手を止め、必死になってホープ大尉の蹂躙に耐える。
唇を噛み締め、ぎゅっと目を瞑りがなら身をよじるその様子をチラリと見たホープ大尉は、僅かに口角を上げ左手の動きを強めていた。
「少尉。君の前任者は私の命令を少々聞かなかった男でね……。残念ながら前回の作戦で不幸にも戦死してしまったが、君はそうならない事を切に願っているよ」
「……」
クチュクチュと、湿った水音が聞こえる。
ホープ大尉の蹂躙は、丁度兵士達からは死角になっており、エミリオのみがその暴虐を視認していた。
呼吸を荒くし、眼鏡の隙間から濡れた瞳でエミリオを見るヒラー中尉は、救いを求めるかのような苦しげで、切ない表情を浮かべていた。
「はっ……んぅ……!」
「……」
エミリオとヒラー中尉の視線が交差する。
エミリオはその濡れた瞳を見て、静かに手にしたスプーンを置いた。
しばし瞑目し、やがて意を決するかのように瞼を開いたエミリオは、ホープ大尉の濁った瞳を見据えた。
「大尉殿。随分と食べ辛そうですね」
「なに?」
「お借りしますよ」
「あ、おい!?」
スプーンを目にも止まらぬ速さで取り上げるエミリオ。
突然のエミリオの行動に、ホープ大尉はやや狼狽しその悪意にまみれた左手を止めた。
ヒラー中尉は一瞬待ち望んでいた救援が到来した事に安堵の表情を浮かべるが、エミリオの突飛な行動にホープ大尉と同様に困惑した表情を浮かべていた。
エミリオはスプーンを両の人差し指と親指にて摘み、鋭い呼吸音と共に指先に力を込める。
ミリッミリッ
「なっ!?」
「うそ……!?」
エミリオが力を込めると、ステンレス製のスプーンの先端が紙粘土のように裂ける。
驚愕するホープ大尉達に構うことなく、ミリッ、ミリッと、淡々とスプーンの先端を裂く作業を行っていた。
「どうぞ。大尉殿」
「あ、ああ……あ、ありがとう、少尉……」
微笑を浮かべながら、先割れスプーンと化した物をホープ大尉に差し出すエミリオ。
屈強な海兵隊に似つかわしくない程、童顔で頼りない風貌を持つエミリオが、まさかこのような怪力を持ちようとは。
震える手でエミリオから
「大尉殿。ヒラー中尉を医務室へとお連れします。宜しいですね?」
「あ、ああ……りょ、了解した……」
顔を引き攣らせているホープ大尉を一瞥し、エミリオはヒラー中尉の手を引き足早に食堂の出口へと向かう。
途中、訝しげに兵士達にその様子を見られるも、ホープ大尉とヒラー中尉の関係は中隊では公然の秘密となっていた為、エミリオのその勇気ある行動に海兵隊員達は称賛の眼差しを向けていた。
「おい、新任の少尉殿は中々肝が座っているらしいぜ」
「あの性根の腐った
「見ろよ、中助の奴震えているぜ。一体なにやったんだろうな?」
海兵隊員達のヒソヒソとした声を背に、エミリオとヒラー中尉は食堂を後にした。
「しょ、少尉……もう、大丈夫だから……」
医務室へと至る艦内の通路で、ヒラー中尉がエミリオに声をかける。
やや強引にヒラー中尉の手を引いていたエミリオは、素直にその手を放した。
「中尉。差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですが、大尉のアレはあまりにも……」
「いえ、もう良いの。アレは、私の所為でもあるから……」
俯きながら、暗い笑みを浮かべるヒラー中尉。
エミリオはその様子を見て他人が推し計る事が出来ない何か複雑な事情があるのだろうかと、ヒラー中尉を心配そうに見つめる。
だが、それ以上詮索する事は許さないと言わんばかりの、ヒラー中尉の凛とした瞳を見て、エミリオは背筋を伸ばし見事な敬礼をして踵を返した。
「少尉……!」
ヒラー中尉の声が、背中から聞こえる。
振り返ると、ヒラー中尉は笑顔を浮かべ、エミリオと同じように海兵隊式の敬礼を送っていた。
「ありがとう」
エミリオは少しだけ笑うと、兵士達が待つ食堂へと戻っていった。
──────────────
USSアスタミューゼ号艦長室
「メイソン・レン少佐、入ります」
艦長室に略帽を脇に抱えた一人の将校が入室する。
彫りの深い顔立ちに、頬に大きな傷跡が残るその将校が纏う空気は、まさに歴戦の将兵が持つ凄味が備えられていた。
「おはようレン少佐。良く眠れたかね?」
「おかげさまで夢を見る間もなく熟睡出来ました」
「それは結構」
アスタミューゼ艦長、ヴェレス中佐がレン少佐を迎え入れる。
艦長室は大きな星条旗と海兵隊旗が交差するように掲げられていたが、それ以外は大きなデスクと応接机、ソファーが配置されているだけの質素な造りであった。
ヴェレス中佐はレン少佐を応接ソファーに座るよう促すと、グラスを手にレン少佐の対面に腰をかける。
「さて、まずは一杯どうかね? 朝食はもう済ませたのだろう?」
「作戦行動中の飲酒は軍規に違反しておりますが」
「構いやせんよ。ここならMPの目も無い」
「では、お言葉に甘えて」
ヴェレス中佐は持っていた小さめのパッケージから琥珀色のブロックを取り出し、グラスに入れる。
机の上に置かれている装置の前にグラスを置くと、装置からレーザーが照射されブロックを瞬く間に溶かし、グラスの中身は芳醇な香りが漂う液体で満たされた。
「乾杯だ少佐。自由と、正義と、海兵隊に」
「自由と、正義と、海兵隊に」
グラスを掲げ、琥珀色の液体に口をつけるレン少佐。
上品で、芳醇な味わいと香りが口の中に広がり、レン少佐は満足そうな太い息をもらした。
「本物のコニャックだ。良い趣味をしている」
「合成酒は肌に合わなくてね……ところで少佐。君を呼びつけたのは一杯付き合わせる為じゃなくて、ブリーフィング前に個人的な打ち合わせがしたくて呼んだのだよ」
グラスを傾けながら、ヴェレス中佐の言葉に訝しげな視線を送るレン少佐。
ヴェレス中佐とはこうして何度も酒を酌み交わす事はあったが、作戦前に密談めいた事を持ちかけられたのは初めての事であった。
「作戦主任抜きでですか?」
「主任は“会社”の息がかかりすぎている」
「ああ、成程……」
レン少佐は第501大隊作戦主任、ポール・アンダーソン大尉の顔を思い浮かべる。
アンダーソン大尉は部隊の資材管理も兼任しており、会社……ウェイランド・ユタニ社からの資材調達を優先して行う見返りに随分と袖の下を通してもらっているとの噂だ。
資材調達、作戦立案に関しては優秀な男であったが、大尉の分際でやたらと羽振りが良いクソったれ野郎と大隊幹部からのもっぱらの評判であった。
「今回の任務はどうもきな臭いとは思わないかね」
「小官は海兵隊員です。与えられた任務はどのような任務でも全力で遂行します」
レン少佐はグラスを置き、鋭い視線をヴェレス中佐に送る。
歴戦の海兵隊員が放つ堅い意志がうかがえた。
「ただ……事前の作戦要項を見るに、小官も若干違和感を覚えざるを得ません」
レン少佐は再びグラスを傾け、小さく息を吐く。
地球から出発する前に目を通した作戦要項は、レン少佐から見ても不自然な代物であった。
「私はアスタミューゼ乗組員35名、そして君たち植民地海兵隊第501大隊228名の命を預かっている。この任務には、若干どころか大いに違和感を覚えているよ」
ヴェレス中佐はソファーに深く腰をかけ、レン少佐以上に大きな溜息をつきながら机の上にあるタブレット端末をレン少佐に手渡した。
レン少佐はタブレットを操作し、目を細めながらその内容を読み上げる。
「ウェイランド・ユタニ社が所有する惑星BG-386にて正体不明の武装組織による襲撃あり。これを排撃し、惑星施設を過度に損傷せずに奪還せよ。ぱっと見は普通の作戦ですが……」
「おかしな所だらけだ。そもそも正体不明の武装組織とは情報があやふやすぎる。敵の規模すらわからん。通信も途絶しているし、生存者もどれだけいるのか不明だ」
グラスを仰ぎながら毒々しい息を吐くヴェレス中佐。
特にヴェイランド・ユタニ社の名前を聞いた時は、苦虫を噛み潰すかのような苦々しげな表情を浮かべていた。
「海賊では無さそうですね」
「海賊程度なら現地にいるウェイランド社の治安部隊で十分対応できる。それに、あそこには戦闘用アンドロイド部隊が駐屯しているはずだ。下手な軍隊よりも戦力が高い」
「それは随分と物々しい。一体“何を”守っていたんでしょうかね……ああ、それと艦長。“ヒューマノイド”ですよ。近頃は権利団体が煩い」
「フン。アンドロイドをアンドロイドと言って何が悪い」
「各小隊に1体のヒューマノイドが付いているんですよ」
「体のいい監視だ。実に気分が悪い」
出航前、作戦主任を介して急にウェイランド社から押し付けれられたヒューマノイド達は、ヴェレス中佐に取って目障りな存在であった。
もっとも、今の所は甲斐甲斐しく部隊の世話を焼いているようなので、実際に助かっているのは事実であった。
「まぁアンドロイドはいいさ。せいぜいコキ使ってやれ……話を戻すが、BG-386の治安部隊を制圧するなら植民地海兵隊3個大隊はいないと厳しい。それも十分な火力支援があって。そんな連中が為す術もなくやられたのに、派遣されたのは海兵隊1個大隊のみだ。やる気があるのか疑わしい作戦だとは思わんかね?」
乱暴にグラスを仰ぎながら毒づくヴェレス中佐。
その様子に、レン少佐もまた顔を顰めながらグラスを傾けていた。
「そして最大の違和感はだ。少佐。この作戦の出処だ」
ヴェレス中佐は今日一番の不機嫌な表情を浮かべながらグラスを置く。
レン少佐はその言葉に訝しげな表情を向けた。
「海兵隊総軍からでは無いのですか?」
「名目上は総軍からだが、実際にはウェイランド社からの
レン少佐はヴェレス中佐が出航前の僅かな間にここまで作戦の背景を調べ上げていたことに内心舌を巻く。
ヴェレス中佐の顔をしばらく見つめた後、にやりと口角を上げた。
「艦長。実は艦長は情報部出身とかいうオチじゃないですよね?」
「軍隊で長く生きるコツは情報と人脈だよ。情報部に友人がいてね。色々と教えてくれるのさ」
レン少佐からの視線を流しつつ、再び乱暴にグラスを仰ぐヴェレス中佐。
グラスの中身は殆ど残っていなかった。
「とにかく、ウェイランド社が作戦に関わるとロクな事にならん……君は、USSスラコ号の件を覚えているかね?」
「忘れるわけがありませんよ。あの
13年前の、あの事件。
当時海兵隊中尉だったレン少佐は、作戦前に酒を酌み交わした同期の中尉の顔を思い浮かべていた。
癖のある小隊を率いる羽目になったとぼやいていた事が、その中尉との最期の思い出であった。
「ウェイランド・ユタニ社所有の植民惑星LV-426からの通信途絶、コネストガ級兵員輸送艦USSスラコ号以下海兵隊1個小隊を調査の為派遣……大気製造装置の暴走事故による核爆発が起こり、派遣された海兵隊ごとLV-426コロニーは蒸発した。ここまでは公報で発表された内容でしたね」
「ああ。あの任務もウェイランド社からの要請で実行されたものだった。そして通信途絶する前の“LV-426で何があったのか”が未だに不明だ。だが、少佐」
ずいと身を乗り出し、レン少佐の顔を覗き込むヴェレス中佐。
その瞳には、陰謀によって海兵隊の仲間が無残に殺された怒りが浮かび上がっていた。
「この事件の最大の謎は、
ヴェレス中佐の言葉に、レン少佐ははっとした表情を浮かべる。
海兵隊の顛末ばかりが気になっていたレン少佐は、スラコ号の事が全く頭に無かった事を密かに恥じた。
「軌道上で待機していたスラコ号はどこへいった? 回収されているなら何故艦籍に載っていない? スラコ号のデータはまるで始めから存在していなかったかのように綺麗に抹消されていた」
「その工作をしたのが……」
「察しの通りウェイランド社だ。実はスラコ号は私が入隊したての頃に乗り込んでいた艦でね。個人的に思い入れがあったので、色々調べた事があるのだよ」
ヴェレス中佐はそこまで語り終えると、手にしたグラスを再び仰ぐ。グラスの中身は、もう残っていなかった。
「実は……小官もあのLV-426については調べた事があるんです。ウェイランド社にも問い合わせた事もありまして」
レン少佐が重たい息と共に言葉を紡ぐ。
ヴェレス中佐はその言葉に呆れたような表情を浮かべた。
「問い合わせたのか? 馬鹿正直に答えてくれるワケがあるまいに」
「ええ。『担当の者が不在ですのでお答え致しかねます』と言われました。まったく、日系企業らしい」
あの頃は一介の中尉でしかなかったレン少佐は、今ならあのような拙いやり方よりもっと上手く調べる事が出来たであろうと今更ながら思い、グラスを握りしめていた。
「その一件以来変に目を付けられたのか、同期が全員中佐になっているのに、小官は未だに少佐止まりです」
「私も似たようなものさ」
互いに深い溜息をつき、ソファーに深く腰を落とす二人の海兵隊将校。
海兵隊の人事権まで口を出せるウェイランド社の影響力は、生粋の軍人である二人には耐え難い事であった。
「嘆かわしいな……一体いつから海兵隊はウェイランド社の私設軍隊に成り果てたのだ」
「海兵隊の装備の97%がウェイランド社製ですからね。この艦も、我々の武器も、身につけている下着までウェイランド社製です。私設軍隊と言われてもおかしくはない」
故に、アンダーソン大尉の様な将校が現れる始末です、と、自嘲気味に言葉を紡ぐレン少佐。
ぐいとグラスを仰いだレン少佐は、身に付けていた腕時計にチラリと目を向け、ヴェレス中佐にその疵面を向けた。
「艦長。そろそろ本題に入ってもいいのでは?」
「ああ……すまんな。歳を取るとどうも話が無駄に長くなる」
居住まいを正したヴェレス中佐は、レン少佐に確りとした視線を向け、毅然とその意志を伝えた。
「少佐。施設奪還が困難だと判断したら、即座に部隊を纏めて撤退して欲しい。状況次第では軌道上からの
「艦長、それは……」
穏やかではないヴェレス中佐の言葉に、レン少佐は僅かに狼狽する。
ウェイランド社に真っ向から歯向かうその決断は、今後の出世を棒に振りかねない程度胸のある決断であった。
「ウェイランド社の意向など知った事か。アンドロイド部隊を制圧できるほどの戦力を野放しにするわけにはいかん」
レン少佐はヴェレス中佐に宿る熱い海兵隊魂を感じ取り、自身の海兵隊の血も滾っている事を感じていた。
しばらく黙考した後、ゆっくりとヴェレス中佐に頷く。
「了解しました。任務達成が困難だと判断したら、即座に撤退します」
「それでいい。さて、そろそろ時間だな」
制帽を被り、確りとした足取りで立ち上がるヴェレス中佐。
レン少佐もまた立ち上がり、ヴェレス中佐と共に艦長室を出る。
ヴェレス中佐とレン少佐は、これ以上ウェイランド社の所為で海兵隊の仲間の命が奪われる事を許すつもりは無かった。
「少佐。くだらん任務で若い連中を死なすわけにはいかんぞ」
「同感です。艦長」
二人の将校は確りとした足取りで、ブリーフィングルームに向かい歩き始めていた。