「早く中に入れ! 扉を溶接するぞ!」
身につけた装具を鳴らしながらコナーとパクストンがモニタールームへ駆け込む。
そのままライバックはバーナーで扉の溶接を開始した。
「コナー、お前も手伝え!」
「了解!」
すぐさまコナーも溶接作業に加わる。
扉の上下から、海兵隊員の必死の溶接作業が続けられていた。
「距離20メートル……15メートル! やべえぞ、どんどん近づいてくる!」
モーショントラッカーのディスプレイを凝視しながら、パクストンが恐慌に塗れた声を上げる。
ディスプレイにはおびただしい光点が点滅しており、エミリオ達のいるモニタールームへと迫りつつあった。
「くそ! 早すぎるぞ!」
「きっとバリケードを突破したんだ……!」
ジリジリと溶接の火花を飛ばしながら、ライバック達も焦りを隠せずにいる。
エミリオはナイフを取り出し、タクティカルベルトを器用に裁断しながらシシュ用の背負い紐を作っていた。
「よし……!」
急ごしらえであったが、フル装備の乙女を支えるに十分な背負紐が完成する。エミリオは手早くシシュにそれを巻き付け、しっかりと乙女の巨体をその背に背負った。
「少尉、ロスを連れてきました」
「了解した。パクストン、ロスを頼めるか」
「りょ、了解しました……距離10メートル!」
スコットがロスを背負いながら戻るのを確認し、エミリオはパクストンへ指示をしつつ、自身のパルスライフルを構えた。
エミリオの言葉に、ディスプレイを強張った表情で見つめながら応じるパクストン。
光点は扉のすぐ向こうまで迫っていた。
「パクストン、ごめん……」
「謝るくらいなら大人しく背負われててくれよ……!」
いつものお調子者ぶりは無く、切迫した様子でロスが座る背負子を背負うパクストン。
小柄な少女兵士は、ひしと自身の拳銃を握りしめていた。
「コナー! まだか!?」
「もうちょいだよ……!」
扉ではライバックとコナーの溶接作業が続く。
エミリオ達は武器を構え、後ずさりながらその様子を見守っていた。
「……いいよ! 終わった!」
「コナー! 下がるぞ!」
扉の溶接が終わり、それぞれのパルスライフルを構えライバック達も扉から距離を取る。
モーショントラッカーの動体音が響く中、海兵隊員達の緊張感は頂点に達しようとしていた。
「距離8メートル!」
「さー来い! ぶっ殺してやる!」
「接近戦だ、気をつけろ……!」
各々が武器を構え、エイリアンの来襲に備える。
扉のすぐ向こうで無数のエイリアンが蠢くのを想像したエミリオは、首筋に汗を一つ垂らした。
「シシュ、大丈夫だからね……!」
ぐったりと己の背にもたれかかるシシュに、エミリオは静かに声をかける。
傍からみれば大きなハンデを負った状態であったが、エミリオはそれを自身の負荷だとは露とも思わなかった。
今はただ、愛しの伴侶をエイリアンの魔手から守り抜くのみ。
若き海兵隊員の戦意は、この場にいる誰よりも高く、熱く燃え上がっていた。
じっとライフルを構え続けるエミリオ達であったが、溶接された扉はピクリとも動かず、不自然な静けさを保っていた。
「きょ、距離6メートル……! ご、5メートル!?」
パクストンが恐怖に塗れた叫び声を上げる。
その言葉に、スコットもまた恐怖を籠もらせた声を上げた。
「それじゃ部屋の中じゃない!」
「だって見ろよ! 間違いなく半径5メートル以内にいるぜ!」
ディスプレイを見せつけながらパクストンは恐慌しながらスコットへ応える。
スコットはその美しい顔を更に恐怖で歪めていた。
「パクストン、探知機の故障じゃないかな?」
「んなわけねえだろ! こいつの事はよく知っている! 裏切るようなやつじゃないし気が狂うには単純すぎるんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
「あ、いや、お前は悪くねえよ……」
おずおずとパクストンへ声をかけたロスに、やや荒げた声で応えるパクストン。
だが、しゅんと落ち込んだロスの様子を受け、パクストンは気まずそうに視線を落としていた。
「どこかに隙間があるの……か……も……」
ふと、エミリオがそう呟きながら天井を見上げる。
すると、僅かではあるが天井からはみしり、みしりと不気味に軋む音が響いていた。
全員がエミリオと同じく天井を見上げ、その身を固まらせる。
「嘘でしょ……!」
「スコット! ライトを貸せ!」
ライバックがスコットからフラッシュライトを引ったくるように受け取る。
そのまま、即座に机を登り、天板へと手をかけた。
ゆっくりと、慎重に天板を開く。
そして、ライバックは暗闇の天井裏を、ライトで照らした。
shaaaaaaaaaaaaaaa……!
「ウオオオォォォッッ!!??」
ライバックが転げ落ちながらライフルを連射する。ライトに照らされた先には無数のエイリアンが蠢いていた。
まるでコウモリのようにパイプや枠材の隙間にひしめき合い、ライトの光が届く限り濡れたシリコンのような黒々とした肌を輝かせ、列を成していた。
ライバックの銃声が合図となり、エイリアン達が続々と天板を突き破りモニタールームに降り立つ。
「チキショウ! ぶっ殺せぇ!」
「オラアアアアアアアッッ!!」
パクストンがモーショントラッカーを投げつけ、ライフルを連射する。
コナーもまた咆哮をあげつつ自身のライフルのトリガーを引いた。
「kyuiiiiii!!」
襲いかかるエイリアンの悲鳴が響く。
四肢を断裂させ、黄色い体液を噴出させ、内蔵を撒き散らせた同胞の死体を踏み越える無数のエイリアン。それは、黒い津波となってエミリオ達に襲いかかっていた。
「オラァッ! 死にやがれぇッ!!」
コナーがパルスライフルを連射し、エイリアンをズタズタに撃ち殺す。
ライバックやエミリオもまた正確無比な速射を叩き込んでいた。
「死ねぇ! 死ねぇ!」
だが、それとは対照的にパクストンが狂乱しつつライフルを連射する。またたく間に最初の弾倉を使い切り、狂乱の海兵隊員は刷り込まれた動作でマグチェンジを行っていた。
「パクストン! 弾丸は節約しろ!」
「ライバック! そんなこと言ってられねえよ! ウジャウジャ湧いてくんぞ!」
狂乱の戦場は、もはや海兵隊員達に統制の取れた戦闘を許していなかった。
半狂乱となったパクストンがライフルを乱射していると、背後から一体のエイリアンが鋭い鉤爪を振りながら襲いかかる。
「パクストンッ!」
「ッ!?」
だが、銃声が響きエイリアンはもんどり打って斃れる。見ると、ロスが毅然とした表情で拳銃を構えていた。
「パクストン! 後ろは任せて!」
「お、おう!」
硝煙を燻らせながらロスが快活な声を上げる。その言葉に、パクストンはやや冷静さを取り戻していた。
「くっ!」
エミリオはライフルのトリガーを引きながら襲いかかるエイリアンを撃ち倒す。
死角から襲いかかるエイリアンを研ぎ澄まされた勘を持って対応し、背中に背負ったシシュを守るべく戦っていた。
戦いながら、エミリオはどうして奴らはこうも的確に獲物の位置がわかるのか、と益体もない事を考えていた。眼も耳も鼻も無いようにしか見えない。何か異質の感覚器官でも持っているのだろうか。いつの日か、どこかの科学者達がこの怪物を人為的に繁殖させ、その生態を解明するのだろうか──
(どちらにせよ、そんな事は僕抜きでやってくれ!)
エミリオはエイリアンの生態についてこれ以上付き合う気にはなれなかった。頭を振りつつ、若き将校は背中に背負った乙女の命を守る為、パルスライフルのトリガーを引き続けていた。
「少尉! ここはもう駄目だ! 脱出しましょう!」
「……ッ! 了解した!」
狂乱の戦場。ライバックが叫ぶ。止めどなく現れるエイリアンの群れに、もはやここで籠城する意味は無い。
ライバックの進言に一瞬考え込んだエミリオだったが、果断な若い将校は即座に脱出を決意していた。
「皆下がって!」
火炎放射器を構えたスコットが前に出る。そのまま、轟然とエイリアンの群体へ火炎を射出した。
「kyuiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」
何体ものエイリアンが炎に包まれる。モニタールームごと燃やし尽くす勢いで火炎が巻き上がっていた。
「少尉! 今の内に脱出口へ! コナー! パクストン! お前たちも続け!」
エイリアンの勢いが止まるのを見計らいライバックが指示を飛ばす。エミリオ達は素早い動きで非常脱出口に繋がる扉へと向かった。
「スコット、お前も──!?」
刹那。
一体のエイリアンが、火炎に包まれながらスコットへ這い寄る。
「スコット!!」
「ッ!? きゃああッ!!」
次の瞬間、火炎に包まれたエイリアンは
「スコット! スコット!!」
「う……うぁぁ……!」
ライバックが駆け寄ると、スコットの腹部からジュウジュウと肉が焼け爛れる音が聞こえる。
見ると、その美しい肢体はグロテスクに爛れ、腐食は内蔵へと達していた。ライバックはスコットの
「くそっ!」
ライバックはスコットの襟を掴むと、やや乱暴ではあるが脱出口へと引き摺る。
「ラ、ライ……バック……」
「喋るな! きっと助かる!」
「無……よ……先……に……」
「だから喋るんじゃあない!」
ヒュー、ヒューと掠れた呼吸と共に、震えた声をライバックへ向けるスコット。
ぶるぶると痙攣を起こし、その命は誰が見ても風前の灯だった。
「ksyaaaaaaaaaaaaaッ!」
「ッ!? ウオォォッ!!」
火炎の中から一体のエイリアンがライバックへ向け飛び出す。ライバックは咄嗟にスコットの襟から手を話し、転がりながらライフル弾を叩き込んだ。
「ッ! スコット!!」
だが、転がり込んだ先とスコットの間にエイリアンの死体が横たわり、その強酸性の体液が二人の間に障害となってしまう。
スコットは力の無い笑みを浮かべながらライバックへと濡れた瞳を向けた。
「行……て……」
「スコット……!」
スコットが震えた手で手榴弾を掴む。その様子を見たライバックは僅かに頭を振ると、唇を噛み締めながらエミリオ達を追いかけていった。
「リチャー……ド……」
つう、と涙が溢れる。
スコットは震える手で手榴弾のスイッチに手をかけた。
「syaaaaaaa……!」
横たわるスコットに、憎しみが籠もった唸り声を上げるエイリアン。
何体ものエイリアンがスコットを囲み、その醜悪な口器から粘性の体液を垂らしていた。
「受け……さい……バケモノ……」
蒼白になりつつ、スコットは口角を引き攣らせる。
死に際の異様な女性海兵隊員のこの姿。エイリアン達は威嚇を忘れ僅かに後ずさった。
スコットはその様子を見て、涙を流しながら狂気に塗れた笑いを浮かべていた。
「海兵隊……からの……プレゼント……よ……」
スコットの嗤いと共に、モニタールームは太陽のような閃光に包まれた。
──────────────
「ッ!?」
「爆発!?」
通路を駆けるエミリオ達は、背中に感じる爆発を受け足を止める。
すると、後方からライバックが駆けて来るのが見えた。
「ライバック! スコットは!?」
「……だめです」
「そんな……」
「うぅ……スコット……うえぇ……」
頭を振りながら力なく語るライバックに、エミリオ達は沈鬱な表情を浮かべる。
ロスは献身的な介護を施してくれたスコットの死を受け、嗚咽を上げながら泣きじゃくっていた。
「……行こうよ。スコットが時間を稼いでくれたんだ」
やがてポツリとコナーが声を上げる。
気丈な女兵士は、仲間の死を無駄にするつもりは無かった。
「行きましょう少尉。エイリアンに追いつかれます」
「そうだねライバック……。皆、直ぐに非常脱出口へ──」
そうエミリオが言いかけた瞬間。
後方からズズンと破砕音が鳴り、モニタールームの方向から大量の水が流れ込む。
「水!?」
「一体なんだよこりゃ!?」
狼狽するパクストンに、ライバックが冷静な声を上げる。
「爆発で配管が裂けたんだ……! 水は貯水タンクからじゃなくて川から引いている! ぐずぐずしていると溺れ死ぬぞ!」
「皆急ぐんだ!」
立ち止まっていた海兵隊員達が再び動き出す。
水はみるみる膝下まで浸水し、エミリオ達は水をかき分けながら脱出口へと向かっていった。
「ここだ! コナー! 扉を開けるぞ!」
脱出口へと通じる扉へライバックとコナーが取り付く。
電源が落ちた今、重たい扉は手動で開けなければならず、ライバックとコナーは浸水で更に重たくなった扉を必死になってこじ開ける。
ギギギと金属が軋む音と共に扉が開く。その間にも、浸水は進みとうとう腰のあたりまで水に浸かりつつあった。
「開いた! 早く中へ!」
地上へと繋がる脱出口は、地下の宿泊施設から地上へ伸びる梯子が設置されている。
数十メートル先にある脱出口にはエイリアンの気配はない。エミリオ達は猛烈な水流に押し流されながら梯子に取り付いた。
「コナー! 俺達で先行するぞ!」
「了解!」
比較的身軽なライバックとコナーが梯子を勢いよく登り始める。エイリアンの気配は無いとはいえ、出会い頭の戦闘に即応できるのはライバックとコナーしかいなかった。
ライバック達の後にシシュを背負ったエミリオ、ロスを背負ったパクストンが続く。
「シシュ……!」
150kgを超える乙女の全重量がエミリオの両腕にかかる。みしりと筋肉を軋ませながら、エミリオはひとつひとつ梯子を登っていった。
「パクストン! 大丈夫か!?」
エミリオが真下に視線を向けると、荒い呼吸を上げながら必死で登るパクストンの姿が見えた。
「だ、大丈夫ですよ……!」
「パクストン……ごめん……」
「だから謝るんじゃねえって! なんならこのまま俺の故郷の牧場まで連れてってやるよ!」
「パクストン……」
不器用なエンジニア兵の言葉に、海兵少女は泣き笑うような表情を浮かべる。
歯を食いしばって梯子を登るパクストンの姿に、ロスはスコットを失った悲しみが和らぐのを感じていた。
「パクストンの家は牧場なの?」
「そうだよ! 5年前に親父が死んだから、今はお袋が一人でやっている! だから除隊したら家業を継がなきゃならねえんだ!」
息を切らせながらロスに応えるパクストン。お互いに後5週間で兵役が終わる。
必ず生きて帰るパクストンの意志が、ロスの気力を復活させていた。
「じゃあ、あたしも牧場で働くんだね……」
「ああ……? あ、ああ、そうだな! 毎日5時起きだから覚悟しておけよ!」
「……うん!」
ロスとパクストンはお互いに顔を赤らめながら、生存への脱出行を続けていた。
「ッ!? くそ! パクストン! 急げ!」
「ッ!?」
入り組んだ梯子の上でバランスを取りながら、ライバックが悲鳴めいた叫び声を上げる。
パクストンはちらりと下を見ると、水中からサメの様に背びれを揺らすエイリアンの姿が見えた。
「マジかよ! ロス! 援護してくれ!」
「う、うん!」
背負い子に乗るロスが目下のエイリアンに向け拳銃を発砲する。だが、ガチャガチャと拳銃を操作するも、弾丸は一発も出てこなかった。
「弾切れ……!?」
「チキショウッ!」
パクストンは梯子にカラビナを取り付け、片手を自由にさせると即座に自身のパルスライフルでエイリアンに狙いを定める。
だが、水中から勢いをつけ猛然と水面から飛び出し、素早い動きで梯子を登り始めた。
「ッ! 狙いがつけられねえ!」
「ライバック! コナー! 援護だ!」
背中にいるロスのせいで上手く狙いがつけられないパクストンを見て、エミリオは頭上にいる海兵達に指示を飛ばす。
コナーが壁面のせり出した梁に足をかけライフルを構えるも、それに気づいたエイリアンは俊敏な動きで女兵士を眩惑していた。
「くそったれ! ちょこまかと──!」
そうコナーが言った刹那。
エイリアンは動きを止め、醜悪な銀色の歯を剥き出しにして
「ッ!? ギャアアアアアッ!!」
「パクストンッ!!」
エイリアンの企みは狡猾だった。ちらりと振り返ったパクストンの顔面に向け、毒性のある唾液を吹きかけたのだ。
血液ほどではないにせよ、その体液は生きている限り酸性を帯びている。
顔面の半分を毒液で爛れさせたパクストンは、突然発生した激痛とショックで絶叫しながら梯子から手を放す。刹那の瞬間、パクストンとロスは真下で待ち受けるエイリアンへ向け落下していった。
「ぐううううッ!!」
だが、二人の落下は急停止し、手ぐすね引いて待ち受けるエイリアンへ届く事は無かった。
咄嗟に梯子へ手を伸ばしたロスが、形相を浮かべながら必死にパクストンの体重を支え、その可憐な腕をきしませていた。
「ロ……ス……!」
「だ、大丈夫だよ、パクストン! 今度は、あたしが、支えるから!」
健気に叫ぶロスに、パクストンはひどく申し訳ない気持ちに囚われる。可憐な海兵少女の両腕は自身の体重を支えるにはあまりにも頼りなく。
パクストンは顔面が焼け爛れていくのを感じながら、自身の存在がロスの負担になるのも感じていた。
(これじゃ、あまりにも残酷だ。残酷じゃねえか)
毒液は口中にも入り込み、その舌を溶かす。もはや満足に声も上げることも出来ないパクストンは、ただこの現実を嘆く事しか出来なかった。
「うあああああッ!!」
「……ッ!?」
すると、パクストンは自身の足を何者かが掴むのを感じた。霞む視界を真下に向けると、エイリアンが万力のような力でパクストンの片足を掴んでいた。その非人間的な感触と、それが意味する全てに嫌悪感を感じながら、パクストンは弱々しいうめき声を上げることしか出来なかった。
「ライバックッ! ライバァァァックッッ!!」
眼下の惨状を見て、エミリオはたまらずライバックの名を叫ぶ。
ライバックは唇を噛み締めると、咄嗟にライフルを両手で構えた。ぎょっとするコナーを尻目に、ライバックは曲芸師のように膝を梯子にかけ、そのまま梯子を背に逆さまになって照星をエイリアンへ向けた。
「頭を下げろ!」
そう叫んだライバックは一発の徹甲弾を射出する。銃弾はロスとパクストンを掠め、真下にいるエイリアンの頭部へと命中した。
一瞬の間があって、エイリアンの頭部は粉砕される。血液と脳漿がそこらじゅうに飛び散り、僅かにパクストンの足にもかかる。
「ぐ……ぅぅ……!」
「パクストン!?」
ジュウジュウと肉が焼ける音が鳴り、ロスは泣きながらエンジニア兵の名を叫ぶ。
見ると、エイリアンは死しても尚パクストンの足を掴んでおり、死骸から怨念じみた執念が発せられていた。
「う、うあああああッッ!!」
ロスの悲鳴が響く。息絶えたエイリアンの重心が下がり、更に少女の両腕を苛んでいた。
「待っていろ! 今助ける!」
そう叫びながらエミリオが梯子を一歩一歩降りる。シシュは相変わらず意識を落としており、ぐったりとエミリオへもたれかかっているせいで、梯子をひとつ降りるのにもひどく難儀していた。
その間にもロスの腕は悲鳴を上げ、梯子を掴む手は徐々に滑り落ちていった。
「アアアアアアアアッッ!!!」
「……!」
甲高い叫び声を聞きながら、パクストンは残された時間が僅かだと悟った。僅かな時間でも、パクストンは己の頭がこんなにも速く回転するとはと、自嘲めいた笑いを浮かべていた。
(ああ、もう泣くなロス。もう、選択の余地はないんだ。それに、俺はこんなひどいのを見るのはもう懲り懲りだ。こんな酷いことは、もう二度とな)
全身に走る激痛で朦朧とした意識の中で、パクストンはそう思っていた。ロスの手がまた滑るのを感じ、いよいよその時が来たとも。
エミリオが必死になってこちらへ引き返して来るのも分かっていたが、もう間に合わない。
パクストンは、自分がするべきことを震える手で実行し始めた。
「パ、パクストン!?」
ロスの悲鳴が頭上から聞こえる。
「やめて、やめてよぉ! パクストン!!」
震える手で、ロスと自分を縛り付けているベルトに、ナイフを滑り込ませる。
「やだぁ! やだよぉ! パクストン!! 牧場、連れてってくれるってぇ!!」
泣き叫ぶロスに、パクストンは声をかけてやれない事がひどく哀れに思えた。そして、申し訳ないとも。
「やめろ! パクストン!」
「ふざけんじゃないよパクストン! 少尉! 急いで!」
「パクストン! やめろ! やめるんだ!」
上方で仲間たちが騒ぎ立てるのがかすかに聞こえ、パクストンはますます力ない笑みを浮かべた。
「やめて!! やめてえぇぇぇぇぇ!!!」
そう叫ぶんじゃない、生き延びる為の体力を取っておけよ。
ああ、俺がここまでするんだ、必ず生きて地球へ帰るんだぞ。
でよ、代わりといっちゃなんだが、俺のお袋の事を頼んでいいか?
もういい年だからよ、一人であの牧場切り盛りするにはキツイだろうしな──
パクストンはそう思いながら、痛みで満足に動かせない自身の肉体に渾身の力を込めていた。
ギリギリと鋸のようにナイフを押し当て、ベルトを裁断していった。
「パクストンッッ!!!」
海兵少女の叫び声と共に、ロスとパクストンをつなげるベルトが切れる。
パクストンとエイリアンは真っ逆さまに落下し、梯子とせり出した梁に激突しながら水中へと沈んでいった。
「……!!」
パクストンが落下する寸前、ロスの手を掴んだエミリオは声にならない叫びを上げる。
そのまま渾身の力を込めてロスを引き上げ、抱きかかえるように少女の肉体を支えた。
「うわあぁぁぁぁぁぁん!!」
お互いに生き延びる事を誓った大切な存在の重力が消え、ロスは生まれたばかりの赤ん坊のように泣き叫けぶ。
腕で支える少女の泣き声、そして背中で支える乙女の存在を感じたエミリオは、パクストンの死と、スコットの死がひどく現実味がないように思えた。
だが、エミリオ達は生きなければならない。
尊い犠牲に対する感謝のしるしとして、生き延びる義務があった。
エミリオが梯子を登る間、ロスは泣きじゃくりながら眼下の水面を見続けていた。