「気分はどうかね」
「ぅ……」
白く、明るい光がエミリオを照らす。
無機質な声質の言葉を聞き、若き海兵隊は徐々にその意識を覚醒させていった。
「ふむ。非殺傷テーザー銃とはいえ、二発も受けたら普通はショック死してもおかしくないのだが……驚異的な回復力、そして身体能力だな」
「あ……うぅ……」
脳髄が痺れるような感覚と共に、徐々に五体へ感覚が戻ってくる。
そして、エミリオは自身が仰向けになり、冷たい鋼鉄製のベッドに寝かされているのに気づいた。
「ここ……は……?」
ゆっくりと頭を動かし、半眼で辺りを見回す。
土と血で塗れた戦場とは違い、一切の汚れのない真っ白な壁面。強烈な人工的な光に照らされた部屋。
そして所々に見える清潔感のあるテーブルには、バイタルをチェックする機器が並び、経過を入力しているであろうタブレットが整然と並べられていた。
「ここはBG-386の研究施設だよ。この惑星で唯一ゼノモーフ、ハンター……そして君達海兵隊の影響力が無い場所であり、我々の“出発地点”でもある」
「……っ!」
エミリオの霞がかった思考が徐々に鮮明になっていく。
ゼノモーフ、ハンターという単語を咀嚼しきれずにいたが、海兵隊という言葉を聞いた瞬間、エミリオは猛然と四肢に力を込めた。
「グッ!?」
「ああ、無理をしない方が良い。君が寝ているベッドには耐食セラミック製の拘束具が取り付けられている。いかに君が超人的な怪力を持っていても、その拘束は外れんよ。なにせ、ゼノモーフを拘束する物と同じなのだから」
四肢が固定され、渾身の力を込めても僅かに身を捩ることしかできない現状。
文字通りベッドに縛り付けられたエミリオは、明るさに慣れたのか先程から声をかけてくる存在へ睨みつけるように視線を向けた。
「ウェイランド社の人間か……!」
視線の先に、髪をオールバックにし、綺麗に髭が剃られた男の姿があった。
茶色いコートに身を包み、その風貌は四十過ぎに見える。彫りの深い顔立ちはともすると深い知性を伺わせたが、エミリオはその顔に悍ましい何かを感じ、増々表情を強張らせていた。
「ウェイランド・ユタニ社上級執行役員兼兵器開発部部長、ランス・ビショップ・ウェイランドだ。初めましてといった所かな。米国植民地海兵隊海兵少尉エミリオ・クロサワ君」
「くっ……!」
「もっとも、この肩書は“元”がつくがね。今はただの……ビショップとでも呼んでくれたまえ」
エミリオの敵意が溢れた視線を意に介さず、悠然と自己紹介をするビショップ。
部屋に備えられたデスクチェアに背を預け、脚を組みながら実に余裕たっぷりといった様相を見せていた。
「彼女は……シシュはどこだ……ッ!」
そして、エミリオはこの世で一番大切な存在の名を出す。
状況的にシシュだけが逃れられたとは考えられず、自身と同じように虜囚の身となっているのは間違いない。
牙をむき出しにし、猛然と敵意を向けるエミリオ。
「シシュ。シシュという名前か。“アレ”は」
そんなエミリオに不敵に口角を吊り上げながら応えるビショップ。
「今までハンターの“標本”はいくつか手に入れていたが、生きた標本が手に入ったことは無くてね。しかも女型だ。希少価値が高い」
「貴様ぁッ!!」
みしり、と拘束具が軋む音がする。
全身の血管が膨らみ、怒気を傲然と噴出させたエミリオの剛力でも、拘束具が外れることは無かった。
「シシュに何かしてみろッ! 貴様ら全員、殺してやるッ!!」
猛烈な怒気を受けても尚、ビショップは表情を変えない。
いかに超人的な膂力があっても、この拘束具はビショップの意思がなければ外れることは無いのだ。
「まぁ落ち着き給え……
「はい」
ふと、ビショップは傍らに控える一体のヒューマノイドへ声をかける。
いつの間にか、いや初めからそこに存在していたのか。
無機質な表情を浮かべるヒューマノイド、ウォルターが、自身の主へ短く応える。
エミリオはウォルターの姿を見留めると、あふれる敵意をこの“裏切り者”へも向けていた。
「ウォルター! この裏切り者!」
「エミリオ少尉。私は元々“こちら側”です」
素っ気なくエミリオへ応えるウォルターの瞳は、ただ無色。
まるで人間味を感じさせないその瞳は、エミリオの敵愾心をスポンジのように吸収していた。
「ウォルター。そろそろ例の準備を始めてくれ」
「畏まりました」
ウォルターはビショップへ一礼すると、部屋の隅に備えられた端末を操作し始める。
見ると、部屋にはエミリオ達以外にも数名の研究員、そして銃を抱えた戦闘用ヒューマノイドの姿も何体かあった。
「さて、エミリオ少尉。準備ができるまで少し話をしないか」
「話だって!? それに、準備って何のことだ!?」
「落ち着き給え。君が知りたい情報を順に説明してあげようと思うのだ。聞く気があるなら、その口を少し閉じて欲しいのだがね……“彼女”の為にも」
「くっ……!」
ビショップの言葉を聞き、エミリオは言外にシシュを人質に取られたと察知する。抵抗する力を抜き、敵意を向けた視線をビショップへ向けていた。
両手足を抑える拘束具はエミリオの血で汚れており、床に血液がポタポタと垂れ落ちている。
そのようなエミリオを見て、満足気に頷いたビショップは滔々と語り始めた。
「良い子だ。では、まず我々の目的を話そうじゃないか」
「目的……?」
ビショップはチェアから立ち上がると、そのまま壁面に備えられたスクリーンの前に立つ。
手を上げて合図をすると、スクリーンからは惑星BG-386の姿が映し出された。
「もう分かっているとは思うが、BG-386はただの植民惑星ではない」
映し出されたBG-386の様子は、エミリオ達がアスタミューゼから見た姿と変わらず、不気味な雲に覆われていた。
しかし惑星の表面がズームされていくと、エミリオが当初目にした惑星の建造物は一切無く。
代わりに、深いジャングルの中にひときわ大きな建造物が存在した。
「これは我々が入植する前に元々存在していた建築物だ。何かに似ているとは思わないかね?」
「……ピラミッド」
自然現象で作られた建造物では無く、明らかに人為的に作られたそれは、ジャングルの木々に囲まれたピラミッド型の遺跡。
なぜ、このような物が存在しているのか、エミリオには皆目見当がつかなかった。
「いわゆる古代エジプトのピラミッドとは違うがね。どちらかと言えば、メソポタミア文明やメソアメリカ文明のピラミッドに近い代物だ。そして……」
映像はピラミッドの内部構造へと移る。
壁面に刻まれたレリーフの数々は、エミリオがよく知る姿が描かれていた。
「エイリアンと……シシュ……!?」
レリーフには男性器を思わせる醜悪なフォルムの怪物、そしてそれらを“狩る”宇宙人達の姿が刻まれていた。
そして、狩人は武骨なマスクを被り、手にした武器は、シシュが持つ様々な武器と酷似している。
とはいえ、シシュのような女型ではなく、明らかに男性型の宇宙人の姿が、そこに刻まれていた。
「我々がハンター型宇宙人と呼ぶ存在……一部では“プレデター”と呼称しているが、彼らは我々人類が文明を持つ遥か以前から高度な科学技術文明を持っていた。そして、このピラミッドは彼らの偉大なる戦士を祀った墳墓なのだよ」
ピラミッド内の映像と共に、ビショップの説明が続く。
エミリオはその超然とした風景に、ただ困惑した表情を浮かべスクリーンを見続けていた。
「彼らは先史文明の頃から地球に度々やって来てね。エジプトや南米、そして今は無いが、南極にも彼らの影響で建てられたピラミッドが存在したのだよ」
「……」
「そして、彼らの存在は我々の偉大なる前任者達のおかげで以前から知っていた。そして、この惑星のピラミッドがただの墳墓ではないことも。我々は彼らの存在を秘匿し、まずは惑星植民地としてBG-386を開発した。来るべきその時に備えてね」
映像は再びBG-386の全景を映す。数多の輸送船が惑星へと降り立ち、徐々にコロニーが形成されていく。しばらくすると、BG-386はエミリオが知る惑星植民地の姿へと変わっていた。
「彼らは偉大な戦士の遺体と共に、いくつもの重要な物を収めていた」
映像はピラミッドの深部へと移行し、祭壇のような場所を映し出す。そして、そこに鎮座する巨大な棺が、エミリオの視界へと映し出された。
何人もの科学者が棺を調べ、その中身を暴こうとしている。エミリオはその様子を19世紀に横行したピラミッドの盗掘現場のようだと、眉を潜めて見つめていた。
映像が切り替わる。
すると、巨大な牢獄のような場所が映し出された。
「そのひとつが、ゼノモーフ……君達が“エイリアン”と呼ぶ、完璧な生命体だ」
「何だって……!?」
牢獄では四肢を拘束され、凍結されたエイリアン……それも、エミリオ達が熾烈な闘争を繰り広げた存在よりも、遥かに巨大な姿が映し出されていた。
頭部のフードは通常のエイリアンよりも広がっており、腕も一対多い。肛門と思われる部分からは、シロアリの女王が持つ巨大な産卵器官がグロテスクに鎮座していた。
凍結されたエイリアン・クイーンの、醜悪なる威容。そして、悪夢の始まり。
「ここは墳墓であると同時に、彼らの成人の儀式を行う神聖な場所でもあったのだ」
「成人の、儀式?」
「そう。そもそも彼らが成人として認められるには、ある試験をクリアしなければならない。それが、ゼノモーフを狩るという行為だ」
凍結されたクイーンが徐々に解凍されていく。覚醒し、僅かに頭を振ったクイーンが悍ましい雄叫びを上げる。
孔雀と子象、そしてライオンのような低い唸り声を混ぜ合わせたかのようなその叫びは、自身を牢獄に閉じ込める何もかもを憎むかのような、醜悪と増悪に塗れた叫びだった。
「見たまえ。これがこの惑星に棲まうゼノモーフの、母親だ」
「……」
解凍されたクイーンは、拘束具によって身動きが取れない。だが、産卵管へ差し込まれたプラグのようなものから電撃が迸ると、クイーンは苦悶の叫び声を上げながら、ひとつ、またひとつと“卵”を産み始めた。
強制産卵の様子がしばらく続き、エミリオは思わず目をそむける。
仲間たちを殺した元凶でもあるクイーンであったが、拘束され、体液を撒き散らせながら産卵をするその姿は、見るに堪えない代物であった。
「我々は冷凍状態で保存されていたこのゼノモーフ……“クイーン”の蘇生に成功した。そして、
続く映像では、拘束された人間達に、蜘蛛のような怪物が寄生している場面が映し出される。
「……ッ!?」
場面が切り替わり、寄生された人間がカプセルの中に収められた様子が映し出されると、苦しげにうめき始めた人間の胸から勢いよく
そして、エミリオはそれが精錬所でシシュを襲ったあの怪物と同一であることに気づく。
「シ、シシュ……!」
愛しいシシュ。そのシシュの体内にも、あの醜悪な化け物が潜んでいる。その可能性を見出したエミリオは、青ざめた表情でスクリーンを凝視していた。
「……話を続けても?」
そのようなエミリオに、ビショップは諧謔味のある笑みを浮かべていた。
エミリオはビショップの話などもはやどうでも良く、一刻も早く異星の妻へ駆けつけたい衝動に支配されている。だが、拘束具を解かれない限りそれは果たせない。
「まあゼノモーフ繁殖は私にとって副産物でしかない。会社にとってはメインプロジェクトだったが、個人的には生物兵器転用はどうかと思ったがね……アレを飼いならす為の方法やコスト、戦地での運用方法をどうするつもりだったのやら。まだゼノモーフを活用した新薬開発や新素材開発の方が理解はできる」
「……」
実際に相対したエミリオは、ゼノモーフの戦闘力を肌で感じており、たしかに戦場では出会いたくない代物だ。だが、ゼノモーフは知能はあれど、人間への敵愾心は相当に深い。そのような手綱の効かない化け物を、果たして戦場で有効活用できるのだろうか。
そもそも、ゼノモーフの実際の驚異は哺乳類への無差別的な寄生、そして爆発的な繁殖力にあり、単体群体問わず現代兵器で武装した軍隊の前では、それこそ厄介な害獣クラスでしかない。ウェイランド社はゼノモーフの兵器転用をどこまで具体的に考えていたのか、エミリオにとっても不可解な考えであった。
「とまあ、ここまで順調だったのだが、恥ずかしながらゼノモーフの一体が我々の隙をついて脱走してしまってね……クイーンを含め多くのゼノモーフも研究所から脱走してしまった。そして、混乱する我々の前にハンター達もやってきた……」
映像は混乱の極みに達する研究所、そしてBG-386の様子が映し出される。惑星のあちこちで、プレデター、そしてエイリアンとウェイランド社の社員、戦闘用アンドロイドとの三つ巴の戦闘が映し出されていた。
「……いい気味だ。飼い犬に手を噛まれ、墓荒らしをされた持ち主が怒ってやって来たというわけだ。貴様らの目論見は、そこで終わっているよ」
「君は先程の話を聞いていなかったのかね? ゼノモーフも、そしてハンターも、あくまで副産物でしかない。私にとってはね」
エミリオの悪態を、泰然と流すビショップ。
事実、彼にとってゼノモーフが脱走したのは、多少のイレギュラーであれ重大な事態ではない。
「会社はこの時点でBG-386からの撤収を指示していたが……私は、まだここでやるべき事がある。だから、そこでCEOには辞表を叩きつけたよ」
「……どういうことだ?」
「元々ウェイランド社は私の五代前、チャールズ・ビショップ・ウェイランドが興した会社だ。それが、高祖父ピーター・ビショップ・ウェイランドが亡くなった時に、ユタニ社の連中が買収したのがそもそも気に入らなくて……」
「そういう事じゃない! お前のやるべき事って、一体何なんだ!」
愉悦気味に表情を崩すビショップに、エミリオは苛立ちが籠もった声を上げる。
ビショップはくつくつと喉を鳴らし、若い海兵少尉へと視線を向けた。
「それを語るには少々昔話をしなければならないが……まあ一言で言えば、高祖父の目的を私がより昇華させた形で実現しようと思ってね」
「……」
「ピーターが実現しようとした計画……“プロメテウス計画”は、残念ながら失敗してしまった。その後も、あの神を気取ったヒューマノイドのおかげで更に計画は遠のいてしまったが……私はここで、人類の偉大なる祖先を超えるつもりでいるのだよ」
「なんだって……?」
ビショップからいきなり語られた誇大妄想ともいえる目的。その一端に触れたエミリオは、ビショップの表情が狂気で歪んでいくのを感じ、背筋に冷えた汗をひとつ流す。
「我々人類……いや、地球上の全ての生物は、とある宇宙人の手によって創造されたのだよ」
「は……?」
「我々は彼らの事をスペースジョッキー……いや、“エンジニア”と呼んでいる。ちなみに、ハンター達も彼らの手によって創り出された種族だ」
「……」
スクリーンの映像が切り替わり、墳墓の内部の様子が映し出される。
巨大なプレデターの棺の中から、長方形のデバイスが取り出される様子が映っていた。
ビショップの狂気的な熱が籠もった語りは続く。
「彼らはその卓越した科学技術で、この宇宙の全てを支配していた。だが、数千年前、ハンター達が彼らに離反した。エンジニアの代わりに戦闘を担っていたハンター達は、瞬く間にその科学技術を奪い、宇宙の支配を取って代わった。そして、僅かに生き残ったエンジニア達も、とあるヒューマノイドによって尽く滅亡してしまった」
「……」
「だが、エンジニアの遺産は、この宇宙の各所に残されている。ハンター達ですら使いこなせない様々な高度な技術……その在り処が示された端末が、この墳墓に残されていたのだ」
「……」
「ハンター達が何を思ってこの情報を墳墓に残したのかは不明だが、おそらくは埋葬されていたハンターが余程の地位を持っていたのだろう。副葬品のひとつとして、ハンター達は重要な情報も共に埋葬したのだと私は推測している」
「……それで、その遺産でお前は何がしたいんだ? 使いこなせないのは、お前も一緒だろう」
エミリオは徐々に見えてきたビショップの野望を感じ取り、敵愾心が籠もった目で睨みつける。
その視線すら、愉悦が籠もった表情で受け止めるビショップ。彼は、この若い海兵隊を全く脅威として見做していなかった。
「確かに、ハンター達ですら使いこなせず、封印するしか出来なかった代物だ。会社、いや地球の科学技術の総力を上げても、その解析は不可能といってもいいだろう」
「なら、どうして」
「だが、唯一解析し、使いこなせる者がいたら?」
「ッ!?」
スクリーンは宇宙を駆ける一隻の宇宙船を映し出していた。
船体には“USCSSコヴェナント”と刻まれていた。
「先程言ったあるヒューマノイド……彼はエンジニアの言語を理解し、その技術を解析していた。少なくとも我々や、ハンターより」
「……」
「しかし彼の消息はこのUSCSSコヴェナント号で途絶えてしまった……だが」
映像は再び切り替わり、宇宙図を映し出す。このBG-386からそう遠くない宙域に、コヴェナント号を示すシグナルが表示されていた。
「つい二週間前……君たちがここに来る前、我々はコヴェナント号の所在を掴む事に成功した。そして、彼が解析したエンジニア達の科学技術も、そこに残されている」
「なんだって……?」
「この際彼の“生死”はどうでもよい。私の目的の為にも、コヴェナント号に残された情報は必要なのだから」
「……お前は、何がしたいんだ?」
熱にうなされたように語るビショップを、エミリオは幾ばくかの恐怖が籠もった視線で見つめる。
ビショップは、ゆっくりと口を開いていた。
「エンジニアの技術を使い、この宇宙で人間がゼノモーフやハンターを超えた最高種族として君臨する。そして、私は人類の繁栄の祖となるのだよ」
「馬鹿な……」
「陳腐な野望と馬鹿にするかね? だが、人類の長い歴史で、私の名はこれまでのどの偉人よりも輝かしく刻まれる」
そして、ビショップはデスクチェアから立ち上がり、芝居がかった動作で両腕を広げた。
「その実現が、もう目の前に迫っているのだ……これが、私が目指す“デウカリオン計画”なのだよ」
爛々と瞳を燃やすビショップ。エミリオは、ビショップの野望がただの誇大妄想ではないのを感じ、その狂気に呑まれていた。
「とまあ長くなったが、以上が私の目的だ。何か質問はあるかね?」
「……なぜ、僕にその話をした。僕に、何をさせたいんだ」
絞り出すように声を上げるエミリオを、目を細めて見つめるビショップ。
そして、エミリオが横たわるベッドの傍へと近づいた。
「この計画は実現まであと一歩……しかし、妨害勢力の攻撃は未だに続く。故に、優秀な兵士が必要だ」
「……」
「まあ要約すれば、君をヘッドハンティングしたいのだ。君の経歴も調べさせてもらったよ」
「……」
「あの伝説の武人、マスター・黒澤の孫にして、黒澤流の継承者……超人めいた身体能力を持つ、最高の兵士」
「……」
拘束されたエミリオの肩に手を置き、不敵な笑いを浮かべるビショップ。
エミリオはただ黙ってビショップを睨んでいた。
「君にとっても悪い話ではないと思うがね。“彼女”の為にも」
「ッ!?」
そしてビショップが目で合図すると、スクリーンからエミリオと同じように拘束されたシシュの姿が映し出された。
「シシュ……!」
ぐったりと身体を弛緩させ、意識を落としているシシュ。
その痛ましい姿を見つめ、エミリオの瞳は潤む。
「君も薄々感づいていると思うが、彼女はゼノモーフに“寄生”されている」
「ッ!」
「しかし我々は彼女を傷つけずに、寄生体を除去することが可能だ。君が協力してくれればだが」
「ビショップッ……!」
シシュが囚われ、更にその身にあの怪物を宿している。
彼女を救うには、この狂気に身を売らなければならない。
懊悩しつつ、エミリオは血走った目でビショップを睨み続けていた。
「更にだが……」
そして、ビショップは口角を引き攣らせ、エミリオの瞳を覗き込んだ。
「彼女の子宮に、着床出血が確認された」
「え……」
あっけに取られたように表情を緩めるエミリオ。ビショップは、増々口角を引き攣らせた。
「妊娠の超初期症状だ。膣内に残されたDNAは、君のDNAと一致した」
その言葉を聞いた瞬間、エミリオは拘束された五体を激しく動かした。
「貴様らぁッッ!!」
ギシリ、と、拘束具が軋む。それに構わず、ビショップは言葉を続ける。
「いや、驚いたよ。彼女の膣内を調べたら、まさか性交の痕跡があったとは……」
「シシュに何をしたッ! 彼女に何をしたぁッッ!!」
「そう興奮しないでくれたまえ。身体検査をしただけだ……何、君の趣味に口を出すつもりは無いがね、いやしかし余程
「ビショップッッッ!!!」
挑発めいた言葉に、エミリオは牙をむき出しにして暴れる。だが、いくら四肢を動かしても、拘束具はびくともしなかった。
「シシュにこれ以上何かしてみろッ!! 貴様ら全員、必ず殺してやるッ!!!」
「落ち着き給え。それは、君次第だ」
「ッッ!!」
ビショップの一言に、エミリオは抵抗するのを止める。
息を荒げながら、ビショップの顔を睨んでいた。
「彼女の為にも、そして
「……ッ!」
しばしの時が流れる。
ビショップの言葉を受け、ぐったりと身体を弛緩させたエミリオは、やがて力なくつぶやいた。
「……わかった」
エミリオの呟きを受け、ビショップは満足げに頷く。
そして、先程から端末を操作するウォルターへ視線を向けた。
「ウォルター。準備はどうだ?」
「準備は整っています。いつでも」
「よし……ではエミリオ君」
ビショップは再びエミリオへ視線を戻し、力なく身体を弛緩させるエミリオへ言葉をかけた。
「“入社テスト”を受けてもらおうか」
「なに……?」
ビショップが合図すると、エミリオを乗せた拘束台が音を立て床に沈み始めた。
「なっ!?」
「君のずば抜けた身体能力、そして黒澤流は実に興味深い。ゼノモーフを素手で仕留めるとは、我々の常識では考えられないのだよ」
「な、何を……!?」
「だから……君がどこまで戦えるのか、ぜひ私に見せてくれないかね」
「ビショップッ!?」
機械音を鳴らしながら、エレベーターのように拘束台が沈む中、ビショップは淡々と言葉を続ける。
困惑するエミリオに構わず、やがて拘束台は完全に床に沈み、地下へと進んでいった。
「こ、ここは……?」
エミリオを乗せた拘束台は、そのまま地下にある広いスペースに到着した。
一面金属質な壁面に囲まれ、天井も高い。六角形に仕切られたスペースは、まるで“闘技場”を思わせる構造を見せていた。
「ッ!?」
困惑し続けるエミリオであったが、アラーム音がひとつ鳴ると、自身を囚える拘束具が外れる。
勢いよく起き上がったエミリオは、周囲を警戒するように視線を巡らした。
『では、今から戦闘テストを行う』
「なにッ!?」
突然天井から聞こえるビショップの声。見ると、天井にはスピーカーと思わしき小さな穴があり、エミリオは困惑、そして憎悪が籠もった眼差しを向ける。
『今から、君はあるゼノモーフと戦闘してもらう』
「なっ!?」
『何故こんな事をするか、気になるだろうが……まあ言ってしまえば、ハンター達の儀式をあやかるのと、廃品の有効利用といった所だ』
「何を言っている!?」
ビショップの言葉と共に、壁面の一部が音を立ててせり上がる。
ゲートのようなそれを見たエミリオは、そこからただならぬ圧力を感じ、一歩後ずさった。
『先程話したゼノモーフの脱走だが……実は、一体だけ我々の手元に残った個体がいてね。彼女は、この惑星に存在する四体のクイーンの、一体だ』
「クイーン……!?」
『ああ、もう三体だったか。一体は、君がジャングルで仕留めた奴だよ』
ジャングルで戦った、プレデリアン……それと同格の存在が、この研究所にいる。
徐々にせり上がるゲートから、この惑星に降りて耳にした、あの甲高い唸り声が響いていた。
shaaaaaaaaa……!
『しかし我々が掌握するクイーンは脱走劇の際、脳の一部と産卵管に損傷を受けてね。制御も不可能だし、産卵体としても活用できないので、殺処分後に検体に回そうとしていたのだが……いっそ、君の実力を図る為に有効活用しようと思ってね』
そしてゲートが完全に上がり、漆黒の闇から巨大な異形が現出する。
その腕は大きいものと小さい物が左右二対、計四本生えている。頭部は二メートルほどもある冠のような器官が後方に伸びており、目の無い顔面部分はその下へ格納されていた。背中の突起も、通常のゼノモーフが備えるパイプ状ではなく、トゲ状の左右三対、計六本を備えていた。
そして、その身長は、通常のゼノモーフの三倍はあろうかという程の巨体だった。
「kshaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!」
粘液を撒き散らし、エミリオへ向け威嚇の咆哮を上げるクイーン。
エミリオは壁面へ背を預け、クイーンへ射抜くような視線を向ける。
『この先、我々の計画は少数精鋭で臨まなければならない。故に、単独でクイーンを屠れるツワモノが必要なのだよ。古武術の真髄を大いに発揮してくれるのを期待している』
「くっ!?」
ビショップの声が途切れた瞬間、クイーンは猛然とエミリオへ向け突進した。
「shaaaaaaッ!」
「ッ!」
鋭利な穂先がついた尻尾が振られ、間一髪でそれを躱すエミリオ。
前転してそれを躱したエミリオは、クイーンと距離を取るように脱兎の如く駆け出す。
「shaaッ!!」
「ガッ!?」
だが、クイーンは二対の腕を豪然と振り、エミリオの肉体を弾き飛ばす。勢いよく壁面に叩きつけられたエミリオは、反撃姿勢を取れずその場で蹲った。
「kshaaaaaaッ!!」
「くそ……!」
ズシン、ズシンと重たい足音を鳴らし、瞬く間に距離を詰めるクイーン。エミリオは痛みに耐え、立ち上がると半身に構えた。
「ッッ!!!」
「ksyaaaaッ!?」
直後。
突進するクイーンの巨体が、エミリオの後方の壁面へと叩きつけられる。
黒澤流の“合気”だ。
「シイイイッ!」
「shaaaaaッ!?」
即座に全体重を込めた横蹴りを放つ。クイーンの頭部へと放たれた蹴撃は、硬い外骨格をひしゃげさせる程の威力を放っていた。
しかし、その直後。
「shaaaaaaaaaaッ!!!」
「ガァッ!?」
痛みを全く感じないのか、クイーンは蹴られながらも尻尾を振り、鋭利な尖頭でエミリオの肩を貫く。
そのまま、エミリオを貫いた尻尾を大きく振りかぶり、お返しとばかりに“闘技場”中央へと放り投げた。
「グゥゥッッ!!」
血液を噴き出しながら、エミリオは床を転がる。
クイーンは口腔内から粘液を垂らし、エミリオへ一歩、また一歩と近づいていった。
「……くそ」
肩を抑えながら立ち上がるエミリオ。
闘志は萎えない。だが、強大なクイーンと素手で戦うには、あまりにも勝機が無い、絶望的な闘いであった。
「shaaaaaaaa……!」
エミリオを仕留めるべく、その巨体を揺らすクイーン。
それでも諦めないエミリオ。
繰り出されるであろう攻撃を躱すべく、身構えた。
だが──
「伏せてッ!」
「ッ!?」
突然、
その声を聞いた瞬間、エミリオは即座に身を伏せた。
直後。
クイーンが現出したゲート。その閉じられたゲートが、
「shaaaaaaaaaッ!!」
「……ッ!?」
漆黒の闇から、機械音が鳴る。
ガシャン、ガシャンと無機質な足音が響き、こじ開けられたゲートから一体の機兵が現出する。
そして、エミリオは、この世でたった一人しかいない、血を分けた姉の声を聞いた。
「
クイーンに勝るとも劣らない強烈な母性、そして戦意が、闘技場へと轟いていた。