惑星BG-386
研究施設外周
「撤退していく……?」
異変は直ぐに分かった。
ライバック伍長はライフルスコープを覗きながら、研究施設内部へ撤退していくアンドロイド達を見留めていた。
それまで散発的に続いていた銃撃を止め、急いで撤退していくその様子は、明らかに何かの前兆に見えた。
「ライバック、上だよ」
「む?」
隣でパルスライフルを構えるコナー上等兵が、ライバックへ上空を見るように促す。
スコープ越しに上空へ視線を向けると、何か白い物がゆっくりと降下してくるのが見えた。
「パラシュート……? ダッチ少佐、サルマキス号から支援物資でも投下させたんですか?」
それがパラシュートに括り付けられた円錐形のコンテナだと気付くと、ライバックは
「いや、母艦には何も指令を出していない……あれは……」
ライバックの言葉を受け、ダッチも上空を訝しげに見上げる。
パラシュートに括り付けられたコンテナをしばし見つめていたが、やがてその正体に気付いた。
「あれは中性子爆弾だ」
「え?」
「なんだって!?」
ダッチの言葉に驚愕の声を上げる兵士達。
見れば、パラシュートはひとつだけではなく、視認できるだけでも十個以上は確認できた。
「誰かが俺達のマッチョ比べをドローゲームにしたいらしい」
軽い口調でそう言ったダッチだったが、その目は全く笑っておらず。固い表情のまま上空へ視線を向け続ける。
やがて、パラシュートはダッチ達が陣取る場所から、そう離れていない場所へ着地した。
「核爆発か……ここに居座り続ければ、苦しみもなく一瞬で蒸発できますね」
「そうだなライバック伍長。こんなことなら戦死保険にでも入っておけばよかったよ」
「今からでも遅くはないですよ。どれだけ持つか分かりませんが、今直ぐ爆発する様子は無さそうだ」
無造作に地表に転がる核兵器を見ながら、そう軽口を交わす歴戦の兵士達。
しかし、状況はまったく軽くはなかった。
「少佐ァ! カカシ共がまた来ましたぜぇ!!」
追い打ちをかけるかのように、ベネット大尉の緊迫した叫び声が聞こえた。
ダッチ達は視線を前方に向けると、こちらへ向かってくるエイリアンの群れを見留める。
ダッチは即座に兵士達へ声を張り上げた。
「全員配置につけ! ベネット! グズグズするな!」
「少佐ァ! こいつはさっきよりも大群ですぜぇ! もうゴリラ女は置いて撤退しましょうや!」
「今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ!」
即座に戦闘体勢に入る兵士達。
ライバックはスコープ越しに前方を見る。
エイリアンの大群がジャングルから押し寄せ、それがまるで黒い津波のように見えた。
「ブッ殺してやる! テメェらなんかこわかネェェェ!!」
グレネードを乱射しながら装甲パワーローダーを操るベネット。
爆裂音と共にエイリアンが十数体同時に爆砕するも、黒い津波を押し留めるには至らず。文字通り焼け石に水といった具合だった。
常にシニカルな調子を崩さないベネットですら、その圧力を受け、ローダーの中で冷えた汗を流さずにはいられない。
「くそッ! 懲りない連中さねッ!」
コナーも悪態と共にパルスライフルから弾丸を吐き出す。
半自動照準機能を用いなくても、弾は一発とて無駄撃ちされず、全弾が黒い異形へと吸い込まれていった。
kyuiiiiiiiiiiiiッッッ!!!
悲鳴のような鳴き声が、雷鳴の如く響き渡る。四肢を断裂させ、絶命していく無数のエイリアン。
だが、黄緑色の体液を撒き散らしながらも、破砕される同胞の死骸を乗り越え、エイリアン達は突進するのを止めなかった。
「ダッチ少佐!」
「……ッ」
スコープドライフルの弾倉を替えながらライバックは切迫した声を上げる。
このままでは核爆発が無くとも、全員がこの黒い津波に飲み込まれて磨り潰されてしまうのは時間の問題だった。
ダッチは短くほぞを噛むと、やがて部下へ指示を出す。
「ジャクソン、ハリス。ドロップシップまでのルートを確保しろ。レン少佐達にも脱出の準備をさせるよう伝えるんだ」
「はっ!」
「了解しました! ……リン中尉は」
「俺が何とかする。いいから早く行け」
ダッチの指示を受け、二名のコマンドー隊員が、撤退路を確保するべくその場を後にした。
「エミリオ少尉……!」
間断なく狙撃をし、エイリアンを打ち倒すライバック。
未だ研究施設に囚われているであろう無垢な少尉を心配するも、目の前の大群にそのような“他人の心配”をシている場合ではないと自覚していた。
「大丈夫だよライバック! 少尉ならシシュちゃんと一緒に脱出するさ!」
「……ああ、そうだな!」
ライバックを元気付けるようにコナーが激声を発する。パルスライフルの射撃音に負けないその活発な声に、ライバックは幾分か前向きな気持ちを取り戻す。
(そうだな……少尉なら、死んでもシシュを助け出しているだろう)
あの超人めいた少尉なら、囚われたシシュも救い出し、そのまま異星の宇宙船で脱出を果たすだろう。
そう考えると、自分達がこの場で頑張っている必要はあまりなさそうだ。
緊迫した状況の中で、ライバックは口角を引き攣るのを抑えきれなかった。
「リン中尉と通信は取れないんですか!?」
ともあれ、同じ海兵隊員が研究施設内部へ留まっている事実は無視できない。
ライバックはマシンガンアームを撃ちまくるダッチへ声を張り上げる。
「駄目だ! あの馬鹿、ローダーに装着していた通信機をぶっ壊したみたいだ! 連絡が取れん!」
割と洒落にならない事実を言ってのけるダッチ。
ライバックは蒼白になりそうになるも、ダッチの言い草から、このようなピンチはコマンドー達にとって日常茶飯事なのだと察していた。
「じゃあギリギリまで踏みとどまるしかないですね!」
「そういうことだ! 嫌なら逃げてもいいんだぞ!」
「給料分は仕事をしますよ!」
激しい銃撃を続ける海兵達。
しかし、じりじりと阻止線は後退し、ダッチ達はそれ以上無駄口を叩く事は出来なかった。
「──ッ!?」
ふと、戦場に感じる違和感。
ライバックは頭上にヒリヒリとしたプレッシャーを感じ、トリガーを引く指を僅かに震えさせていた。
「なんだいアレ?」
隣でパルスライフルを撃つコナーが、戦闘中にもかかわらず上空を訝しげに見上げる。
つられて空を見上げると、夕焼けに染まった空が
「まさか……!」
この推量は百点満点だった。
ライバックは上空に佇む巨大な陽炎──紫電を纏わせるその陽炎が、ジャングルでシシュを目撃した時と同じものだと気付いていた。
海兵隊員達は銃撃を止め、皆一様に上空の違和感へ視線を向ける。
見れば、猛攻を加えていたエイリアン達も、同じ様に“未確認飛行物体”へ注意をそらしていた。
「ダッチ少佐、アレは──」
ライバックがそう声を上げた瞬間。
紫電がより大きく煌めくと、上空の空気がアスファルトから立ち上る熱気のように揺らめく。
直後に、隠形を解除した巨大飛行物体が出現した。
「Jesus……」
誰かがそう呟く。
思わず祈りの言葉を吐きたくなるようなその光景。
地球の軍隊が所有するどの航宙艦艇よりも大きく、船体の材料も明らかに地球のものとは違う宇宙船が、海兵隊とエイリアン達の上空に浮かんでいた。
ダッチ達が見慣れているゴテゴテと角張った植民地海兵隊の艦艇とは違い、メタリックな流線型の船体は、ある種の機能美を感じさせていた。
そして、ライバックはその船底部分に、いくつかの“穴”が開けらてれるのを見留めた。
「ッ!」
ライバックは、直感でそれが“
「伏せろおおおおッ!!」
ライバックの叫び声を受け、弾かれたように身を伏せる海兵隊員達。
伏せた瞬間、宇宙船から無数のエネルギー弾による爆撃が開始された。
「うおおおおおッ!?」
「うわああああッ!!」
グレネード弾とは比較にならない程の激しく大きな爆発。ライバックとコナーは猫のように身体を丸めて、それに必死に耐える。
kyuiiiiiiiiiiiiッッッ!!!
宇宙船の縦断爆撃はエイリアン達にも容赦なく降り注がれており、異形の怪物達はそれまでの戦意が嘘のように光弾から逃げ惑う。
しかし、この爆撃から逃げ切れた個体は少なく、研究施設外周は大量の白身が混じった黒いミンチ肉で埋め尽くされていった。
「厶ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!!!」
「ベネットォォォォォォォッッッ!!!」
当然、海兵隊員達も無傷では済まなかった。
ベネットが乗るローダーに、光弾の爆風が直撃。
まるで蒸気が抜けるようなベネットの悲鳴が響き渡った。
「しっかりしろッ!」
猛烈な爆風が吹き荒ぶ中、ダッチはローダーから脱出したベネットへと駆け寄る。
ベネットはぶすぶすと火傷の煙を燻ぶらせ、焦がした口髭を歪めながら倒れていた。
「へ、へへへ……せ、戦友ってのはいいもんだなぁ、少佐ァ……」
「ああ、そうだな。お前はよくやったよ。もう休め」
「起こさないでくれ少佐ァ……死ぬほど疲れている……OK?」
「OK!」
ドスン! と米俵のようにベネットを乱暴に担ぐダッチ。
死んだように気絶するベネットを見て、ダッチは一瞬深い哀しみに包まれる。しかし、直後に口髭からイヒヒッと妙な息が漏れたのに気付き、とりあえず死ぬことはなさそうだと安堵していた。
宇宙船からの爆撃は未だに続くも、陣地周辺への爆撃は幾分か止んでいる。
その隙を逃さないダッチではなく。
「全員撤退だ! 急げ!」
ダッチの命令を受け、コマンドー達は機敏な動きで撤退行動へ移る。
逡巡しているのは、ライバックとコナーだけだった。
「何をしている! さっさとドロップシップへ引くんだ!」
「ですが、リン中尉達は!」
「分かっている! だが、このままじゃ俺達やレン少佐達も危ない!」
「少佐! 見捨てる事なんてできないよ!」
「コナー上等兵! 議論をしている暇はない! あれを見ろ!」
ダッチの言葉を受け、コナーは陣地付近に転がっていた核爆弾のコンテナへ視線を向ける。
爆撃の余波はコンテナを著しく損傷させていた。
「誘爆はしないだろうが中性子線が漏れ出る可能性がある! どの道ここは危険だ!」
ダッチはそう言って、ベネットを抱えたまま陣地を脱出するべく駆け出す。
被曝の危険がある切迫としたこの状況でも、ライバックはちらりと研究施設を見上げ、エミリオ達の身を案じていた。
「ライバック、しょうがないよ」
「……ああ」
猛烈な爆撃が行われたのにもかかわらず、研究施設はほとんど無傷といっても差し支えなかった。
施設の防御フィールドが展開されたのもあるだろうが、宇宙船は意図的に研究施設への攻撃を控えていたようにも見えた。
ライバックは短くエミリオ達の生存を祈ると、コナーと共にダッチの後を追いかけていった。
「うわッ!?」
眼下に広がる大量破壊。
爆風の余波は、研究施設屋上にいるエミリオ達ですら逃れられなかった。
足元がグラつき、エミリオはたたらを踏む。
「gurr!」
しかし、エミリオの身体をしっかり支えるプレデリアン・ディ。
長い爪がエミリオの裸身に当たらないよう、器用に掌を使ってその肩を支える。
お父さん、しっかりしてよ!
そのような無邪気な声が、エミリオの脳裏を掠めていた。
ともすれば、自分の頭蓋骨を簡単に食い破り、プリンのような脳髄を啜る事が簡単に出来てしまうであろう怪物の抱擁。
だが、もうそのような杞憂は、エミリオには浮かばなかった。
まだ、娘、という実感は湧いていないが。
そもそも、この子は男の子なのだろうか。それとも女の子?
「gurr」
そのようなエミリオの疑問に、ディは唸り声をひとつ。
失礼しちゃう。
ボクはお母さんより
そう言いたげなディの様子を見て、エミリオは思わず吹き出しそうになった。
ディの怪獣のような下顎見ると、何かをおねだりするように、ヌタヌタと粘液に塗れた爪上口器をパクパクと開いている。
親愛を無視するような無粋は、エミリオには出来なかった。
「……ありがとう、ディ」
「gurrrrー!」
敵意には敵意を。親愛には親愛を。
エミリオはこの世界の全ての生命体に課せられた、ひどく簡単なルールに従った。
ディの長い頭へ手を伸ばし、ドレッドヘアを梳くように撫で付ける。
すると、ディはインナーマウスが器用に伸ばし、エミリオの手の甲を甘く噛んで親愛に応えた。
「くすぐったいよ」
「gurrrr!」
場にそぐわぬ、どこかほわりとした空気が流れる。
エミリオとディの心温まる交流。
「grrrrrr!」
「わっ!?」
「guuー!?」
しかし、それに待ったをかけるように、シシュが厳つい唸り声を上げ、エミリオとディの間に強引に乙女肉体を押し込んだ。
そのままエミリオを強引に引っ浚い、ディと顔を突き合わせる。
「grrrr……!」
「shaaa……!」
至近距離で威嚇し合う異星の乙女と異形の少女。
シシュはマスクの中で爪上口器を大きく開き威圧し、ディもまた同じ様に口器を広げて威嚇の声を上げる。
コレはワタシのだ!
ワタシだけの雄なんだ!
お母さんだけズルい!
ボクだってお父さんともっと仲良くしたい!
エミリオは乙女と少女の威嚇音が、そのように聞こえた。
「やめなよこんな時に……」
「grrrr!」
「shaaa!」
エミリオは少々の疲労感を滲ませながら、乙女と少女の可憐な争いを仲裁していた。
「だーかーらー! イチャイチャしてる場合じゃないって言ってるでしょうが!!」
「ごめんなさい!」
「krrrr!」
「kyuii!」
直後、雷のようなリンの叱責を喰らい、親子は揃って萎縮していた。
「ていうかアンタ! アタシの仲間もいるのに派手にやりすぎよ!!」
エミリオ達が心温まるスキンシップをしている間、頭上の宇宙船──シシュやクリーナー達の氏族の船、プレデターの母船は激しい爆撃を継続している。
ダッチ達の陣地付近へも容赦なく光弾が降り注がれおり、あのいけ好かない髭面の大尉が乗るローダーがふっ飛ばされたのを目撃したリンは、じっと宇宙船を見上げるクリーナーへ食って掛かった。
もちろん、ゴキブリ並みにしぶといベネットがあれしきで死ぬとは思ってはいなかったが、このまま仲間を危険に晒すわけにはいかない。
「今直ぐ爆撃を止めるよう伝えなさい!」
クリーナーの胸ぐらを掴むリン。
突っかかるリンの威勢を受けても、クリーナーは岩のように動かない。
「grr」
「ッ!?」
短く唸り声を上げると、クリーナーは邪魔だと言わんばかりにリンと突き飛ばす。
冷酷ともいえるその態度を受け、リンは一瞬で温まった。
「上等──ッ!」
髪の毛を逆立てながら愛刀を構えるリン。
エミリオとシシュらとは違い、リンとクリーナーは分かり合えない定めなのだろうか。
戦意を滾らせた海兵乙女は、こめかみに青筋を立てながらクリーナーへと襲いかかろうとした。
「姉さん落ち着いて! 爆撃はもう止んだよ!」
「krr!」
「shaaa!」
慌てて止めに入るエミリオ達。
頭上の宇宙船はリンの激声を受けたからか、既にエネルギー弾の射出を停止し、宙空に静止している。
「あんた達ッッ!!」
しかし、それでもリンは収まりが付かず。
エミリオとシシュがリンの両腕にそれぞれ飛びつき、ディがその腰部へフットボール選手のようにタックルして止める。
人外の膂力、それも三体分を受けては、いかな達人とはいえ、微動だに出来ない──
「邪魔よッ!!」
「うわっ!?」
「krr!?」
「shaaa!?」
はずが、リンは怒りに任せ、エミリオ達を引きずるようにクリーナーへ迫る。
エミリオはもちろん、シシュやディもその怪力に慄きを隠せずにいた。
立て続けに起こる異様な光景。リンの情緒はとっくに捻挫しており、それが原因なのかは不明だが、火事場のクソ力を超えた説明の付かないゴリラパワーを発揮していたのだ。
「うがあああッ!!」
「……」
エミリオ達を引きずりながら猛然と迫るリンを前に、クリーナーは平静を保っており。
ため息をひとつ吐いたのか、少々気だるげにある方向を指差した。
「……」
「あん?」
リンは思わずそれに視線を向けると、パラシュートに括り付けられたコンテナを見留める。
「XIM-30!? 核爆弾じゃない!」
「え!?」
リンの悲鳴にも似た驚愕の声を受け、エミリオもまた切迫した声を上げる。
見ると、爆撃の跡地にいくつものパラシュートが降下しており、その全てに円錐形のコンテナがぶら下がっていた。
姉の言葉を裏付けるように、エミリオはそれが士官学校で学んだ大量破壊兵器のシルエットであるのを思い出していた。
「ね、姉さん──」
リンを案じるように声をあげたエミリオ。
しかし、直後に頭上から伸し掛かるようなプレッシャーを受け、それ以上言葉を発せずにいた。
「ッ!?」
見上げると、破壊活動を停止したプレデターの母船がゆっくりと──そのスケールだと緩慢な動きにしか見えなかったが、実際は隕石が落ちてくるようなスピードで、エミリオ達の元へ降下してくるのが見えた。
「krr……」
「シシュ……?」
不安げな顫動音を漏らすシシュ。
目を背けていた“現実”。
とうとうそれと対峙する時が来たのを受け、不安をごまかすようにエミリオの右手を握る。
「……大丈夫。僕がいるから」
「krr……」
ぎゅっと、シシュの指に五指を絡めるように、その黄土色の手を握り返すエミリオ。
愛する雄の力強く、熱い体温を感じ、シシュは徐々にその不安が解されていくのを感じていた。
「gurrr!」
ボクも忘れないで!
ドシンと、ディがシシュの肩を抱くように覆いかぶさる。
「krr……」
背中にも無邪気な暖かみを感じたシシュは、先程までエミリオを巡りいがみ合っていたディの下顎をゴシゴシと撫でた。
そして、マスクの下で腹をくくったように口器を噛み締め、宇宙船が降下するのを見つめる。
「お仲間の登場ってわけね」
「……」
身じろぎもせず同胞の船が降着する様子を見ていたクリーナーの横で、リンが剣呑な表情でそう問いかける。
巨大な宇宙船は、驚くほど静かに研究施設屋上へと着地していた。
もちろん、屋上のポートデッキには収まりきらず、船体の大部分が屋上からはみ出ている形となったが、中腹部分に備えられたゲートハッチが開くと、内部から眩しい光が放たれた。
「……」
眩しそうにそれを見つめるリンやエミリオ達を置いて、クリーナーは数歩前に出る。
そのまま片膝を付き、祈りを捧げるように両の手を組み合わせた。
恭しく何かを出迎えるようなその姿勢。
それを見て、リンは僅かに息を呑む。
「──elder」
クリーナーは跪きながら、氏族の言葉を虚空へと向ける。
生物的で、重たい電子音のようなそれは、彼らが同族へ用いる本来の発音なのだろう。
そして、その言葉には強い畏敬の念が込められていた。
クリーナーの言葉に呼応するように、虚空から紫電が迸る。
「nani ga attan」
クリーナーの前にクローキングを解除した一体のプレデターが現れる。短く氏族の言葉をクリーナーへ返していた。
ビロードで拵えられたかのような荘厳なマントを纏い、使い込まれたマスクを脇に抱え、装飾が施されたスピアを儀仗のように携える戦士達の長。
シシュ達と少々異なる形状の二対四本の爪上口器を備えた面相。眉や頭部に生えた触覚のようなヒゲ、更にドレッドヘアーのような管はシシュ達より長く、この個体に刻まれた深い年輪を伺わせていた。
そして、それらの特徴は、彼が“特別”だという事を雄弁に物語っていた。
エルダーと呼ばれるプレデターへ、クリーナーは跪きながら報告を始める。
「nanka ningen toSheshga sex shitetansuyo.majide hikuwa」
「majide」
「maji.ato nanka ningen no mesu tokainde amedhaga nariyuki de issyo ni nattawa.ukeru」
それまで寡黙だったとは思えないほど、クリーナーは滔々とエルダーへ報告を続けた。
爪が食い込むほど掴まれ、エミリオの手の甲から一筋の血が流れる。
「シシュ……」
だが、エミリオはその痛みを黙って受け止めていた。
乙女の不安を和らげるように、優しくその手を握り返すだけだった。
エミリオは乙女の様子を見て大凡を察していた。
きっと、この人がシシュ達の長で──シシュのお父さんなのだと。
「grrrr……」
クリーナーの報告を聞き終えたエルダー。
聞き終えた後、厳つい唸り声を上げると、シシュとエミリオ、そしてディへ焼け付くような眼光を向けた。
「……」
そのまま、じっとシシュを睨むエルダー。
強烈な圧迫感を感じたシシュは、マスクの下で口器をきゅっと噤み、全身を強張らせていた。
(まるで蛇に睨まれた蛙ね)
エルダーが現れてから警戒態勢を取り続けるリン。
見ると、宇宙船のゲートハッチには十数名のプレデター達が近衛兵のように整列しており、エルダーの後背からあらゆるものを警戒するように直立している。
もしリンがおかしな動きを見せたら、たちまち無数のレーザー照準が向けられ、直後にはプラズマキャノンの斉射を喰らい肉片と化すだろう。
圧倒的な戦力差。
リンは状況を見守るしかない。
「……」
「……ッ」
シシュはエルダーの無言の圧力にひたすらに耐えていた。
エルダーの双眸は実の娘へ向けるような暖かみのあるものではなく、冷たく、厳しい光を放っていた。
シシュは氏族の作法に従い、エルダーへ直接弁明しようとはせず、ただその“裁定”を待ち続けていた。
クリーナーが報告した事は事実であり、それをこちらから改めて申し開きしようものなら、エルダーの逆鱗に触れ、即座に脊髄を抜かれる羽目になるだろう。もちろん、エミリオやディも含めてだ。
親子関係など、氏族にとって
彼らの掟では、情愛で物事は決まらないのだ。
故に、シシュとエミリオの関係を認め、ディを含めてこの惑星から脱出させる段取りを、エルダーがわざわざ整えてくれるはずが無く。
「……」
エルダーは無言のまま、ゆるりとスピアの切っ先をシシュへ向ける。
そして、ゆるりと、隣のエミリオにも向けた。
「これって……」
「……」
エミリオの呟きに、シシュは無言を貫く。
ただ、その手を握る力を強めていた。
シシュが明確に感じ取ったエルダーの意図。
それは、物事を決める上で、非常にシンプルな手段であり、彼ら氏族の絶対的なルールだった。
名誉なき者は一族にあらず。
そして、名誉の為に戦わぬ者に、名誉はない。
我を通すなら、名誉の証を立てよ。
エルダーの強烈な意思を感じ取ったシシュ。
同時に、シシュと深く繋がり合ったエミリオは、乙女の心を機敏に感じ取りそれを理解した。
「grr」
「……」
エルダーは傍らに跪くクリーナーへ短い顫動音を鳴らす。
その“意”を受け、クリーナーが立ち上がった。
「……」
立ち上がったクリーナー。
そのまま、無言で装着した各種武装を外し始めた。
ショルダープラズマキャノンを外し、屋上の床へ放り捨てる。
腰部のベルトを外し、シュリケンやレイザーディスク、メディコンプキット……“狩り”に必要な様々な道具を捨て剥き身になるクリーナー。
ともすると、それは戦士としての純度が高まっていくようにも見えた。
「アンタ……」
「……」
リンの言葉を無視し、装具を捨てきったクリーナー。
言外に、これまでの“同盟”が終わった事を伝えていた。
「grrr……」
最後に、クリーナーはその傷だらけのマスクへ両の手をかける。
五指をゆっくりとマスクへ這わせ、儀式めいた手付きでマスクを外した。
ゴトリ、と、マスクが重たい音を立てて落ちた。
「grrr……」
唸り声を上げるクリーナー。その素顔が露わになる。
顔面の左半分はひどい火傷の痕が残り、左目も白濁としている。二対四本の爪上口器は、上外顎の左側が溶け落ちたように欠けていた。
彼が経験してきた数々の闘い。
その熾烈な戦績が伺えた。
「grrruuooooaaaaaaaaaaaaaッッ!!」
直後、双手を広げ、欠けた爪上口器を大きく広げ、強烈な咆哮を上げるクリーナー。
闘志が籠もった隻眼の瞳は、シシュとエミリオへ向けられていた。
「kyu……ッ」
阿修羅のようなクリーナーの咆声を受け、シシュは思わず身を竦めてしまう。
覚悟はしてきた。
していたつもりだった。
氏族の厳しい掟。
愛する雄と逃避するには、エルダー──氏族の戦士達へ、名誉という“我儘を貫き通す強さ”を証明せねばならない。
だから、この局面は想定していた。
最後にクリーナーが、弟子であり妹分のシシュの前に、師匠としてのケジメをつけるべく立ちはだかるのも、覚悟はしていた。
「krr……ッ」
だが、シシュは動けなかった。
抜身の刀剣のようなクリーナーの強さ。それ以上に、自身を守り育ててくれたクリーナーの、不器用な優しさ。
それらが乙女の心をかき乱し、乙女の立ち向かう力を奪っていた。
「シシュ」
優しくて、力強い言葉が聞こえた。
シシュの手を離し、一歩前に出たエミリオ。
クリーナーと同じような隻眼──慈愛に満ちた眼差しを、シシュへ向けていた。
「大丈夫……心配しないで」
「エミ……!」
エミリオの言葉を受け、シシュは感情が逆立つ思いを感じていた。
そして、マスクを外した乙女。
異星の番、その見つめ合いを妨げるものは無い。
「エミ……」
ふと、シシュはエミリオへ縋るように寄り添うと、衆人が見ているにも構わず、強引にその口を吸った。
「krr……エミ」
「ん……シシュ」
フレンチキスのように、互いの口器を啄む。いつものような凄まじい体液の交換作業ではなく、あくまで触れ合う程度。
断ち切れぬ“絆”の再確認するように、異星の番は口吻を触れ合わせていた。
「……」
「……」
そして、エミリオと見つめ合ったシシュは、やがてエミリオを送り出すように数歩後ずさる。
それに応えたエミリオ。
凛然と隻眼を光らせ、クリーナーの前へと進んだ。
「shaaa!」
ボクだって!
ふと、ディが鋭い鳴き声を上げ、エミリオの加勢をするように身を乗り出す。
「sha!?」
しかし、直後に何者かに引き止められる。
グイと、その巨躯を強力な力で引っ張られた。
「黙って見てなさい。これは──」
リンだ。
エミリオと良く似た瞳を潤ませ、毅然とディを制止する。
見ると、ディの刃物の如き尻尾を、両手で思い切り掴んでおり、掌からぼたぼたと赤い血が流れ出ていた。
しかし、リンはその傷を意に介さず、視線を最愛の弟へ向けていた。
「これは、エミィが終わらせないといけない……通過儀礼なのよ」
リンはプレデター達の掟を短時間で理解していた。
そして、自分達が生きてこの星から脱出するには、目の前のクリーナーを打ち倒さなくてはならない事も。
もちろん、実弟と義妹が幸せに添い遂げる為にも、だ。
「shaaaa……」
リンの言葉を理解したように、ディは力を抜き、同じ様にエミリオの後ろ姿へ頭を向ける。
エミリオとクリーナー以外は、その決闘を見届ける事しか許されないのだ。
「……」
「grrr」
対峙するエミリオとクリーナー。
お互い、武器は何も身につけていない。
卓越したテクノロジーで戦い続けていた戦士達は、最終的に原始的な手段でその雌雄を決しようとしていた。
「エミ……!」
シシュの祈るような呟き。
それが、開始の合図となっていた。