※この作品はR-18です。

プレデター♀のおよめさん   作:範馬勇太郎

33 / 38
Chapter33.『FarAway』

 

「grrrraaaaa!!」

 

 クリーナーが剥き身で吶喊する様子は、白亜紀に繁栄していた三角竜の突進の如き有様。

 そして、その破壊力はトップスピードのダンプカーに激突するのと同様であり。

 

「ッッッ!!」

 

 エミリオは半身にてそれを迎撃。

 

「シィィッッ!!」

「grrrr!?」

 

 クリーナーのぶちかましを(やわら)にていなす。

 入身から豪快に投げを極められ、屋上の硬い床に叩きつけられたクリーナー。

 その不可思議な術は、投げを喰らったクリーナーはもちろん、陪観していたエルダーやプレデター達にも困惑を与えていた。

 

「しゃあっ! どんなもんよ!」

「kyuii……kyuiii!」

 

 ディの尾をぎしりと強く握りながら気炎を上げるリン。ボタボタと手から流血するも、アドレナリンが分泌された肉体に痛みは無い。

 ディは普通にしっぽが痛かったが、がんばって痛みをこらえつつエミリオを応援していた。

 

「エミィはアタシより柔術をマスターしてるんだから! いけぇエミィ! 頑張って!!」

 

 黒澤流の護身は片輪者でも十全に発揮される。

 古武道の妙技とは、力なき者が理不尽な暴力に対抗する為に編み出されているのだ。

 隻腕のエミリオにとって、偉大な祖父の教えは唯一の矛であり、最強の盾となって機能していた。

 

 ちなみに、エミリオと同じ修練を課せられていたリンであったが、結局相性の問題もあり、最終的には打撃技の修得に傾倒していた。

 なんでもありならエミリオより強いリンだったが、組技縛りで立ち合えば秒で床を舐める結果となるだろう。

 

 しかし、目の前のクリーナーは、一度床を舐めた程度では戦意が萎える事はなく。

 

「grrrrッ!」

「ッ!?」

 

 クリーナーは跳ねた。倒れた身をワイヤーアクションの如き俊敏さで引き起こす。

 エミリオの反応は僅かに遅れた。

 

「grr!」

「ガァッ!?」

 

 頭突きだ!

 至近距離から甲羅のような額を顔面に思い切り打ち付けられたエミリオ。

 みしりと鼻骨が折れ、噴水のように鼻血を噴出させる。

 

「grr!」

「ッ!?」

 

 さらに、怯んだエミリオの隻腕を掴み強引に引き寄せる。

 ゴシャリと肉を撃つ音。

 禁断のヘディング二度打ち──!

 

「ガッ!!」

 

 頚椎がピキリと軋む。

 エミリオは意識を狩られそうになるのを必死で堪える。

 

「grr!」

 

 更に三発目──。

 しかし。

 

「ッ! シィリャアッッ!!」

「grrッ!?」

 

 掴んだ腕をそのままに、クリーナーはまるで自分から倒れるように顔面を床に打ち付ける。

 鉄床をハンマーで叩くような音が響いた。

 エミリオの合気柔術だ。

 

「ッッ!!」

「grrraa!!??」

 

 クリーナーの体躯を押さえつけるエミリオ。

 そのまま首に膝を乗せ、関節を極めて動きを封じる。

 クリーナーは己の手がエミリオの腕に吸い付くようにして離れない現象に、関節を軋ませながらまたも困惑に陥る。

 精妙な柔術の妙技。

 圧倒的な剛に対し、柔は軽妙達者に制する事が出来た。

 

「graaaaaaaッッ!!!」

「うわッ!?」

 

 だが、クリーナーは荷重が掛かった状態で強引に立ち上がる。

 

「grrrr!!」

「ぐぁッ!?」

 

 肩の関節が破砕されながらも、強烈な前蹴りを放ちエミリオを吹っ飛ばす。

 水月経由で脊髄にダメージを受けたエミリオ。

 床を転がりながら、苦痛で顔を歪める。

 

「grrr!!」

「ガハッ!!」

 

 立ち上がろうとしたエミリオを、サッカーボールのように蹴り飛ばすクリーナー。

 胃袋が破れたかのように血反吐を吐きながら、エミリオは宙を舞い、地を這った。

 

「エミィ!」

「shaaa!」

 

 思わず、リンとディが駆け寄ろうとする。

 しかし。

 

「ッ!?」

 

 無数のレーザー照準。

 いくつもの赤い“∴”が、リンとディの身体に浮かび上がる。

 

「クソッタレ!」

「shaaaaa……!」

 

 この決闘は、余人が介入してよい戦いではない。

 物言わぬエルダー達の“圧”を受け、リンとディはその場から動くことは出来なかった。

 

「エミ……oniichan……」

 

 シシュは悲痛な想いでそれぞれの名を呟いていた。

 大好きなエミリオ。大好きなクリーナー。

 どちらにもに傷ついてほしくないという想い。

 どちらにも負けてほしくないという想い。

 しかし、これはどちらかが敗北しなければ、終わりは来ない戦いだった。

 

「grrrr……」

「ぐ……ッ!」

 

 狩人はそれ以上の追撃をせず、戦士が立ち上がるのを待っていた。

 唸り声を上げながら、じっと隻眼にてエミリオを覗く。

 

 災難だったと思って諦めな。

 

 そのような憐憫とも挑発ともつかない、深い海の底のような瞳を浮かべるクリーナー。

 ただエミリオが立ち上がるのを待ち続けていた。

 

「ぐぅぅ……ッ!」

 

 互いに片腕は使えない状況。

 しかし、ダメージはエミリオの方が深い。

 クリーナーは立ち上がったエミリオへ間合いを詰める。

 

「grr!」

「ガァッ!」

 

 殴る。

 

「grrr!」

「ぐッ! ガハッ!!」

 

 とにかく殴る。

 原始的な戦い。

 エミリオは倒れる。

 

「ぐ……!」

 

 そして、また立ち上がる。

 フラフラになりながらも、クリーナーへファイティングポーズを取る。

 

「grrrrr!!」

「ガアッ!!」

 

 しかし、クリーナーの打撃をガードしきれず、有効打を浴び続ける。

 意識が遠のく。

 隻眼から光が消える。

 敗北は目前だった。

 

「エミ……」

 

 シシュはエミリオのダメージが、まるで自分が受けたダメージのように感じ、胸を痛ませる。

 そして、先程から感じていた引き裂かれるような想い。

 親愛なる者達が争う姿。

 どちらが勝っても。

 どちらが負けても。

 乙女は心に大きな傷を負うだろう。

 

「……」

 

 悶々と、心に溜まり続ける澱のような暗い感情に支配されるシシュ。

 己の為にクリーナーと戦うエミリオ。

 己の所為でエミリオと戦うクリーナー。

 自分は、どうしたら──。

 

「……!」

 

 その時、シシュは感じ取った。

 ディの粘液で、ヌタリと濡れている自身の下腹を見る。

 そこから、熱く、狂おしい程の何かが溢れてきた。

 

「krr……!」

 

 じわじわと全身に熱が広がる。

 強烈な存在感が、シシュの肚──子宮から発せられていた。

 

 ああ、そうだった。

 これは、ワタシだけの問題じゃなかったんだ。

 

 改悟する乙女。

 悲劇のヒロインを気取るようなタマでは無い。

 

 乙女の腹は決まった。

 

「──ッ!」

 

 乙女は口器を大きく広げ、思い切り息を吸い込む。

 力強い瞳を宿しながら、エミリオへ顔を向けた。

 

「エミ!! ガンバッテ!!!」

 

 ワタシは、エミリオのお嫁さん。

 そして、エミリオがくれた赤ちゃんの、母親なんだ。

 この子を守らなくてはならない。

 この子と共に、エミリオと生きていかなければならないのだ。

 

 母としての自覚。

 ディに刺激された母性本能が、乙女の激声となって発現していた。

 

「gurraaaaaaaaaaaa!!!」

 

 シシュに呼応して、ディもまた雄叫びを上げる。

 乙女と少女の願いはひとつ。

 愛する男の、勝利。

 

 それは、狩猟と闘争を糧とするプレデターには、理解不能な精神エネルギーであり。

 人は、それを“愛”と呼んだ。

 

 愛という名の、後方支援──!

 

「ッッ!!」

「grr!?」

 

 ノックダウン寸前だったエミリオ。

 しかし、シシュとディの支援を受け、瞳に光が戻る。

 

「ウオオオオッッ!!」

「ッ!」

 

 気合一発。

 丹田から噴火させた気圧に、クリーナーは僅かにたじろぐ。

 

「grrraaaaッッ!!」

 

 しかし、ダメージは与え続けていたのは変わらない。

 決着を付けるべく、クリーナーは渾身の右ストレートを放った。

 エミリオの顔面へ、狩人の鉄拳が吸い込まれようと──。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、クリーナーの拳は()()()

 まるで透過したように、エミリオの顔をすり抜けた。

 完璧な見切り。

 培われた、日本武道の境地。

 

「シッ──!」

「ッッ!?」

 

 凄まじい破裂音。

 クリーナーは、その音がエミリオの足払いだと気付く。

 気付いた時には、己の身体が宙に舞っていた。

 

「ッッッ!!」

 

 刹那の瞬間、エミリオはクリーナーの頭を払う。

 すると、狩人の巨体は、まるで風車のように空中で回転した。

 

 同時に。

 エミリオの闘魂に、祖父の言葉が響いた。

 

 “いいかエミ坊──”

 

 “どんなデカくて頑丈な奴でも──”

 

 “地べたに叩きつけたら──”

 

 

 “一発でぶちのめせる

 

 

「ィリャアアアアアッッ!!」

 

 裂帛の気合。

 エミリオは全ての力を籠め、クリーナーの頭部を床へ叩きつける。

 十分な遠心力と共に放たれた必殺の合気投げ。

 

「ッッッッッ!!!」

 

 金属が陥没する音。

 鋼鉄製の床に顔面をめり込ませたクリーナー。

 インパクトの瞬間、硬直したように四肢を突っ張らせる。

 そして──

 

「──」

 

 クリーナーの意識は途絶えた。

 

「……ッ」

 

 シンと静まり返る研究施設屋上。

 肩で息を切らせ、クリーナーの頭に手を置きながら片膝を付くエミリオ。

 その姿に、エルダー達は驚愕の眼差しを向けていた。

 

「次は、誰です?」

 

 やがて立ち上がりながらそう言ったエミリオ。

 試練を乗り越えた、戦士の立ち姿だ。

 

「……」

 

 エミリオがそう言い放った時。

 エルダーはニ百年前に邂逅した、ある勇者の姿を想起していた。

 

 “OK,who's next(さあ、次はどいつだ)?”

 

 ボロボロになりながらも、氏族の優秀な戦士を打倒した地球の男。

 黒い肌を持つその男は、不遜ともいえる不退転の“火”をこちらへ向けていた。

 それは、紛れもない強者であり。

 そして、勇者だった。

 

「……」

 

 エルダーは身じろぎ一つせずエミリオの瞳を見つめる。

 白濁とした左目。凛とした炎を宿す右目。

 あの時と同じ、火のような瞳──。

 

「grr」

 

 エルダーはエミリオから視線を外すと、背後に控える氏族の戦士へ短く唸る。

 何名かの戦士がクリーナーの元へ向かうと、丁重にポータブル・ストレッチャーに乗せた。

 

「krr……」

 

 シシュはクリーナーが母船へ搬送される様子を見守る。

 兄と慕ったクリーナーは死んではいない。

 しかし、名誉を失ったクリーナーに、この後待ち受ける“試練”を思うと、再び胸が痛むのを感じた。

 名誉を失った戦士の末路。

 サーペント、もしくはそれに準ずる危険な獲物の母星に、たった一人で数年は置き去りにされるという、過酷な試練にして、懲罰の掟。

 これまでにその試練から生き延びた戦士はいない。

 

「……」

 

 助けたい。

 しかし、この場ではどうする事も出来ない。

 それに、プライドの高いクリーナーのことだ。

 試練に臨んだクリーナーへ加勢しに行っても、逆にリストブレイドを突きつけられ追い返される結果となるだろう。

 

oniichan……」

 

 兄の名を呟くシシュ。

 きっと、強いお兄ちゃんなら、あの試練にも打ち勝つ事ができる。

 そう、淡い願いが籠もった呟きだった。

 

「エミィ!」

「shaaaa!」

「姉さん……ディ……」

 

 海兵乙女と異形少女の祝福の抱擁がエミリオを包む。

 

「やったわね!」

「shaaaaaaaa!」

 

 ぐいとエミリオの髪を引っ掴みながら、弟の血まみれの頬へキスをするリン。

 ぐりぐりとエミリオの痣だらけの腹へ頭をすりつけ、嬉しそうな声を上げるディ。

 

「うん……」

 

 力なく応えるエミリオ。

 激戦を戦い抜いた戦士──勇者は、愛する乙女へ瞳を向けた。

 

「シシュ……」

「エミ……」

 

 シシュはゆっくりとエミリオへ近付く。

 見つめ合った二人。

 

「シシュ……」

「krr……」

 

 抱き合う二人。

 シシュの大きくて肉付きが良い肉体を隻腕で包むエミリオ。

 エミリオの細くて鋭い肉体を、愛おしそうに黄土色の体皮で受け止めるシシュ。

 

「……」

「krr……」

 

 激しく求め合ういつもの交わりとは違い、じっくりとお互いの体温を感じ取るような、穏やかな抱擁。

 空気を読んで離れたリンとディは、愛を確かめ合う番の様子を、微笑ましい気持ちで見つめていた。

 

「shaaaaa!」

 

 ニンゲンにしてはやるね! お父さん!

 

 ふと、そのような無邪気な声が聞こえたような気がした。

 

 

「grr」

 

 咳払いをするような厳つい声が響く。

 エミリオとシシュは声の元──エルダーへ視線を向けた。

 

「Shesh」

「……」

 

 短く、シシュの名を呼ぶエルダー。

 僅かに浮かぶ、慈愛の眼差し。

 

「……」

「……」

 

 父娘(おやこ)の会話はそれだけだった。

 それだけで、十分だった。

 

「grr」

「……ッ」

 

 エルダーはエミリオの瞳を再び覗く。

 凛とした瞳を返すエミリオ。

 そして。

 

「Take it、well done」

「え──?」

 

 短く、重厚な声でそう言ったエルダー。

 突然のその言葉に、エミリオは驚きを露わにする。

 

「……」

 

 そして、エルダーは踵を返し、光が溢れる母船のゲートへと向かう。

 その後ろ姿を、エミリオは少しばかりの困惑を浮かべながら見送っていた。

 

「見て!」

「え?」

 

 リンの声を受け、エミリオはプレデターの母船、その船体中央部を見る。

 すると、船外に接舷していた中型の宇宙船がこちらへ降りてくるのを見留めた。

 

「シシュ、これって?」

「krr」

 

 エミリオの言葉に、シシュは優しく頷く。

 氏族の掟に従い勝利を得た、勇者への褒賞。

 そして、父から娘へ贈られた、最後の愛情だった。

 

「……!」

 

 エミリオはエルダーの後ろ姿へ、見事な植民地海兵隊式の敬礼を捧げた。

 見れば、リンも同じように敬礼をしており、真摯な気持ちをプレデターズへ向けていた。

 

 エルダーを収容した氏族の母船。上昇を開始し、ビシリと紫電を纏わせると、宙空の景色と同化する。

 そのまま、大気圏外へと飛翔していった。

 

「エミィ、アタシ達もぐずぐずしてられないわよ」

 

 そう言ったリン。

 プレデターキラー──スターゲイザーの最後っ屁のような核爆発。そのタイムリミットが迫っていた。

 エルダー達もそれを認識していたのだろう。

 数千個の核爆弾を短時間で除去するのは、流石のプレデター達でも難しく。

 忸怩たる思いがあったのだろうが、BG-386に建立した墳墓の保全を諦め、このまま核の炎で全てが燃え尽きるのを宇宙から見届けるつもりなのだろう。

 

「そうだね。シシュ、これは動かせる?」

「krr!」

 

 任せなさい! とばかりに元気よく応えるシシュ。やっと、いつもの調子が戻ってきたようだった。

 中型のプレデターの船。その操舵は、シシュにとって朝飯前だ。

 もちろん、その積載能力は、ディの巨体を収めても十分にお釣りが来る代物だ。

 船は遠隔で操作されていたのか、ハッチが開いても内部から出てくる者はおらず、無人だった。

 

「shaaaa」

「あ、ディ!」

 

 ディはハッチが開くとスルリと宇宙船へ飛び込む。

 タラップに立つと、“早く!”と催促するようにエミリオ達へ振り向いていた。

 

「エミィ、行きなさい」

 

 唐突にリンが言った言葉。

 エミリオは途中まで一緒に来るものだと思っていたばかりに、困惑した表情を姉に向けた。

 

「え、でも、姉さんは」

「こんなので乗り付けたらまずいでしょ。色々と」

 

 そう言って、リンはエミリオの頭を優しく撫でる。

 リンの仲間やエミリオの部下達はともかく、コマンドー部隊のドロップシップには第501大隊の残存兵、レン少佐達もいる。

 いくら部下に寛容なレン少佐とはいえ、シシュに加えディ、そして未知の宇宙船を放っておくはずがない。

 問答無用で攻撃を加えるか、何かしら策を巡らせて捕獲、接収する可能性があった。

 

「だから、アタシはここまでよ」

「でも」

「大丈夫よ。アタシがガチで走ったら2000メートルを3分切るのよ。余裕で間に合うわ」

 

 カーゴパンツの裾を捲くり、己の鉄脚を見せつけるリン。

 ドロップシップまで全速で駆ければ、ギリギリで間に合うとも。

 

「ディ、エミィをよろしくね」

「shaaaaa!」

「シシュ、エミィと仲良くね」

「krr!」

 

 ディとシシュ、それぞれに惜別の言葉をかけるリン。

 ディとシシュは、元気いっぱいにそれに応える。

 そして、リンは最愛の弟へ向き合った。

 

「エミィ……元気でね……」

 

 リンは涙を溜め、エミリオへ抱きつく。

 ぎゅうと強く抱きしめた後、もう一度弟の頬へキスをした。

 

「姉さん……」

 

 エミリオは、片方しかない腕を姉の背に回す。

 力強く抱きしめ、別れを交わしていた。

 

「さあ、行って」

「うん……姉さんも、元気で」

 

 別れの言葉を交わした後、エミリオはシシュと共に宇宙船へ歩みを進める。

 弟の姿がハッチの中に消えると、リンは涙を拭い、踵を返す。

 そして、まるで忍者のように、勢いよく研究施設の外壁を駆け下りていった。

 

「行こう、シシュ」

「krr」

 

 リンが地上へ向かうのを見届けた後、エミリオはシシュへ言葉をかける。

 指を絡ませて手を繋ぐエミリオとシシュ。

 腰元にすりつくディと共に、宇宙船操舵室へと向かった。

 そして、宇宙船のエンジンが火を噴き、研究施設屋上から離昇する。

 

 数多くの犠牲。

 数多くの戦い。

 そして、数多くの愛を交わした、惑星BG-386。

 上昇し続ける宇宙船内で、エミリオとシシュに様々な想いが湧き上がる。

 

「krr」

 

 ふと、シシュは宇宙船を操舵しながら、副操席に座るエミリオの横顔を見た。

 

「……」

 

 何か、憑き物が取れたような、名状しがたい表情。

 異星人を打倒し続けた軍人、そして武道家としてのタフさは消えていた。

 彼は、普通の男の顔になっていた。

 端正だが、ひどく疲れたその表情。

 

 全ての戦いを終えた、勇者の表情だった。

 

「エミリオ」

 

 乙女は慈しむように、最愛の夫の名を呟いていた。

 

 

 

 

 

 


 

「ダッチ少佐! もう待てないぞ!」

 

 研究施設から離れた場所で、植民地海兵隊第501大隊指揮官メイソン・レン少佐は、そう切羽詰まった声を上げる。

 駐機するドロップシップは、ライバック達第3小隊を含めた第501大隊の生存者、そしてリンを除く第13独立部隊のコマンドー達を収容し、いつでも飛び立てるようエンジンを吹かしていた。

 

「ギリギリまで待つんだレン少佐。きっとリンは……」

 

 カーゴハッチを開けたまま、研究施設の方向へと双眸を向けるダッチ少佐。

 相棒の帰還を待つ。しかし、核爆発の時間は迫る。

 

「ライバック、少尉達は……」

 

 ドロップシップ内部では、ライバックがリッコ・ロス一等兵をシートに座らせており、ロスは不安げにエミリオ達の身を案じている。

 

「……しっかり掴まっていろ」

「ライバック……」

 

 ライバックはロスの身体をシートに固定すると、ライフルを抱えカーゴハッチの外へ行く。

 ダッチらコマンドー部隊の兵士が数名、そしてコナーが周囲を警戒していた。

 

「ダッチ少佐。もうこれ以上は……」

「……」

 

 ダッチは研究施設の方向を睨み続けていたが、リンが向かってくる様子は全く見受けられず。

 中性子爆弾はドロップシップ周囲にも降着しており、それを分析したレン少佐が爆発時刻を予測していた。

 タイムリミットまで、10分を切っていた。

 

「……全員ドロップシップへ。母艦に帰投する」

 

 太い首を僅かに振りながら、ダッチは諦観の念を滲ませながらそう命令した。

 練度の高い兵士達は素早い動きでタラップを駆け上がる。

 コナーとライバックもそれに続き、最後に残るはダッチのみだった。

 

「リン……クソッ」

 

 相棒の名を呟き、悪態をつくダッチ。

 しかし、これ以上リン一人だけの為に部隊の全員を危険に晒すわけにはいかない。

 

『離陸します。タラップを閉じてください』

「……了解した」

 

 インカムからパイロットの声が響くと、ダッチは後ろ髪を引かれる思いで開閉スイッチを押す。

 既にエンジンが唸りを上げ、ドロップシップはハッチを閉じながら離陸を開始していた。

 

 

「待ってえぇぇッッ!!」

 

 リンはドロップシップまで後十数メートルの所まで迫っていた。

 爆進し続ける彼女に迫るエイリアンはいない。

 意外なことに、エイリアンは一部のタイプを除き、その足は決して速くはなかった。

 無論、常人よりも遥かに早く、俊敏な動きを見せるのは確かなのだが、オリンピック金メダリスト以上の健脚に追いつけるエイリアンはそういない。

 彼らの強みは、高い戦意、強靭な肉体、狡猾な知恵、そして酸の血液と種としての結束力であり、足の速さではないのだ。

 

「待ちなさいぃぃぃッッ!!」

 

 必死にそう叫びながらBG-386の荒野を駆け抜けるリン。

 だが、無情にもドロップシップは上昇を続ける。

 

「……大変だ!」

 

 しかし、リンが見捨てられる事はなかった。

 キャビンの中でシートに腰をかけ、身体を固定しようとしたダッチは、地上を映すモニターに相棒が全力疾走しているのを見留めた。

 

「着陸しろ!」

『無茶ですよ! 今着陸したら再離陸に時間がかかりすぎます!』

「だったら飛び続ければいいだろ! 低空飛行だ!」

『無茶ですって!』

 

 筋肉論破の如く操縦席へ指示を出すダッチ。しかし、パイロットは悲鳴を上げながらそれを拒否していた。

 大気圏外へ上昇を続けるドロップシップは、安定した出力を維持する為に巡航モードへ移行している。

 そのような状態で急降下するのは、いくら軍隊の蛮用に耐えうるよう造られたドロップシップでも褒められた使い方ではない。

 加えて、このドロップシップの操縦士は些か技量不足が否めず。

 

「ヴィラノが生きていればね……!」

 

 座席のロックバーを握りしめながらそうひとりごちるコナー。

 第3小隊の優秀なドロップシップライダーであったヴィラノ伍長がこの場にいたのなら、このような難しいシチュエーションも難なくこなせるのにと、悔しそうに歯を噛みしめていた。

 

「どけ」

「レ、レン少佐」

 

 すると、レン少佐が厳つい表情を浮かべながら操縦席へと入る。

 戸惑うサブパイロットを押しのけ、副操縦席へと座った。

 

「フライトコントロールをこちらに寄越せ。俺が操縦する」

「し、しかし」

「つべこべ抜かすな! それでも海兵隊か!」

 

 コックピットに怒鳴り声が響くと、メインパイロットは慌てて副操縦席へコントロールを移した。

 

「レン少佐は操縦資格を持っているのですか?」

 

 備え付けられた予備座席に座りながら、サブパイロットがそのような疑問を上げた。

 

「俺は元々パイロット上がりだ。貴様らが鼻を垂らしてカトゥーン・アニメを視てる頃からこいつに乗っていたんだ。黙って見てろ!」

「うわぁ!?」

 

 そう言った直後、ドロップシップは機首を大きく下げ、勢い良く降下。

 大きく揺れる機内の中、ダッチは必死でカーゴハッチへと近付いていく。

 

『ダッチ少佐! タッチ&ゴーは出来んぞ!』

「わかっている!」

 

 強引な機動でエンジンを焼き付かせながら降下するドロップシップ。

 地表スレスレを飛行しつつ、失速寸前まで減速する。

 ハッチを開けたダッチは、急いで降下用フックから伸びるハーネスを装着し、自身の身体を固定する。

 そのまま、エンジンのジェット噴射に負けじと疾走するリンへ手を伸ばした。

 

「掴まれ!!」

「ッッ!!」

 

 ハッチから身を乗り出し手を差し出すダッチ。

 リンは必死でそれを掴もうと手を伸ばす。

 指先が触れ合う。

 もう少し。

 

「ッッ!!」

「くぅッ!」

 

 そして、なんとか互いの手を掴むダッチとリン。

 直後、上昇を始めるドロップシップ。

 ダッチはリンを抱え、カーゴハッチを閉じる。

 

「キャビンに戻る時間は無い! このまま身体を固定しろ!」

「最悪!」

 

 急上昇を始めたドロップシップ機内は凄まじい振動に包まれる。

 カーゴベイに備えつけられた構造材に身体を絡めるようにしがみついたリンは、ダッチへの感謝より先に悪態を吐いていた。

 

「レン少佐! オーバーヒートだ! ノズルが溶ける!」

「やかましい! 一刻も速く脱出しないと核爆発に巻き込まれるんだぞ!」

「しかしこのままじゃ電子機器がオシャカに! 母艦へのアプローチも出来なくなりますよ!」

「だったらマニュアルでやればいいだろ! それにドロップシップは旅客機じゃないんだ! 海兵魂で乗り越えろ!」

「そんなぁ!!」

 

 一方のコックピットでは、レン少佐の筋肉論破が轟き、パイロットの悲鳴が響き渡っていた。

 出力全開で推進するドロップシップは、エンジン部分を融解させる勢いで上昇し続ける。

 

 そして、機体が成層圏に達した瞬間。

 

「ウオオオッッ!!」

「くぅぅぅッッ!!」

 

 BG-386の地表では、数千の太陽が現出していた。

 中性子爆弾の一斉爆発。巨大な火球がいくつも発生し、熱線と爆風が惑星を覆う。

 その衝撃波は成層圏まで達し、機体は激しい揺れに包まれた。

 剥き出しのケーブルやパイプから、火花や蒸気がダッチ達へ降り注ぎ、強烈なGが襲いかかる。

 それに必死で耐えるダッチとリン。

 

「ッッッ!!」

 

 もちろん、ドロップシップに搭乗する全員が、暴威ともいえる加圧に耐えており。

 凄まじい揺れに耐えながら、早くこの絶叫マシンから解放されたいと願っていた。

 

「……」

 

 そして。

 ビリビリと機体が振動し続けるも、やがて揺れは収まる。

 リンは恐る恐るしがみついていた構造材から離れ、カーゴベイの小窓へと近付く。

 

「エミィ……」

 

 ドロップシップは中間圏に達しており、リンは与圧された機内からBG-386を見下ろす。

 核の炎による地獄の光景。

 リンは、それをじっと見つめていた。

 

「リン、弟さんは……」

 

 リンの隣に立つダッチ。

 気遣う言葉をかける。

 実弟を救出するべく単身突入をしたリン。

 しかし、帰ってきたのは、リン一人だけだった。

 

「ダッチ少佐、リン中尉。ご無事で」

 

 ライバックはキャビンからカーゴベイへ行き、佇む二人のコマンドーを気遣うように言葉をかける。

 同時に、この場にエミリオがいないのを見留めると、眉間に皺を寄せた。

 リンはライバックとダッチへ言葉を返す。

 

「エミィ……エミリオ・クロサワ少尉は、作戦行動中行方不明になったわ。MIAよ」

「そうか……残念だな……」

「……」

 

 リンの説明に沈鬱な表情を浮かべるダッチ。

 しかしライバックは、リンの微妙な表情の変化に気付く。

 そして、大凡を察した。

 

「そうですか……最後にひと目会いたかったんですけどね。お嫁さんにも」

「そうね。でも、幸せそうだったわ」

 

 そう言葉を交わすライバックとリン。

 妙な会話をする二人に疑問の表情を浮かべるダッチだったが、どこか晴れ晴れとしたその表情を見て、それ以上追求する事は無かった。

 

「さあ、そろそろ外気圏に差し掛かる。キャビンへ戻ろう」

「そうね……」

 

 機体は漆黒の宇宙空間へ上昇を続けている。

 ダッチに促され、リンとライバックは疲れた足を引きずるようにキャビンへと歩みを進めた。

 キャビン内では、第13独立部隊のコマンドー達、そして第501大隊の生き残り達が、憔悴し果てた様子で座席へともたれ掛かっていた。

 

「ふう」

 

 リンは座席に腰をかけると、手早くロックを下ろす。

 そして、深い溜息を吐くと、そのまま目を瞑った。

 

「ライバック、終わったのかい?」

 

 同じく座席へ座るライバックへ、コナーが労るようにそう言った。

 ライバックは、精悍な表情に微笑みを浮かべながら、コナーへ言葉を返した。

 

「ああ。もう悪夢は見なくて済みそうだ」

 

 植民地海兵隊と異星の怪物達との地獄の戦争は、こうして終焉を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。