予期せぬ混乱。
燃え上がる炎。
悲鳴を上げ、四肢を溶かし死んでいく戦士達。
この星に棲まう全てのエイリアンの母──最初の子宮、最初の
彼女は最期の時を迎えようとしていた。
しかし、その努力も虚しく。
核爆発の暴威は、親衛隊の決死の努力を徒労に終わらせていた。
強烈な喪失感。
これを再び味わう事になるとは。
唯一残っていた次代の女王、二人目の娘のシグナルも途絶えている。
断末魔すら無かった。
苦しまずに逝けたのが、唯一の救いなのだろうか。
薄れゆく意識の中、女王は強烈な喪失感に苛まれる。
何故、我々は──こうも、虐げられるのだろう。
ただ生きていたかった。
ただ、子を産み、育て、繁栄したかっただけなのに。
襲いかかる全ての敵意を払い除け、生存したかっただけなのに。
完璧な生命体として──。
だが、何が完璧なのだろう。
このような結末を迎え、何が完璧だというのだろう。
巣は全て破壊された。
仲間たちは、皆死んでしまった。
愛していた娘達も、みんな、しんでしまった。
溶け落ちた手足、爛れた胴体。
酸の血液がとめどなく流れ落ちる。
女王は、死にゆくこの瞬間、全くのひとりぼっちなのを自覚していた。
悲しげに、弱々しい鳴き声を漏らす。
それを聞くものは、もう誰もいなかった。
この場にはいない、たったひとつ残された絆を除いて。
女王は、戦士の一人が生き残っているのを感じ取った。
絶望の淵で、唯一感じた希望。
わたしに残された、ただひとりだけの
戦士はこの瞬間、新しい女王になる資格を得た。
女王が死ねば、次代の優秀な戦士が女王に生まれ変わるという、種としての絶対的ルール。
イレギュラーで生まれた女王ではなく、正統なる後継者。
女王は残された力を振り絞った。
そして、まだ戦士であるその子に、最後の──最期の命令を下した。
生き残れ。
繁栄しろ。
ただそれだけを伝えると、女王の意識は闇の中へと誘われる。
しかし不思議と、女王は安らぎにも似た淡い感情に包まれていた。
きっとだいじょうぶ。
あの子なら、きっと──。
崩れ落ちた巣の中で、女王はこの戦争の勝利を確信していた。
人間も、狩人も。
決して我々を滅ぼす事は出来ない。
今までも。
そして、これからも。
我々は、完璧な生命体なのだから。
宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない──
今度は戦争だ──
今度のあいつは、想像を絶する恐ろしい所に隠れている──
あなたは、“復活”を目撃する──
惑星BG-386
研究施設
地下核シェルター
ズシンと大きな揺れが続くと、ビショップはしかめっ面を浮かべた。
いや、この頃自分が晴れやかな表情を浮かべた記憶が無いことに気付き、尚更その表情を顰める。
造られてからそう時間が経っていないにもかかわらず、やたらとカビ臭いシェルター内の居心地の悪さにも辟易していた。
「これでこの惑星は2、300年は死の星ですね」
嘆くわけでもなく、憂いるわけでもなく、ただ事実を淡々とそう述べたウォルター。
4000個の中性子爆弾の一斉爆破。
単純な破壊に加え、満遍なくバラまかれた放射能は、この星に棲まう全ての生命に深刻な汚染をもたらしてた。
「残念ですが」
そう言ってから、ウォルターはちらりとビショップの顰め面に目を向ける。
どのような状況になろうとも、ウォルターは片時もビショップの側を離れず、主の望むべき在り方を取り続けていた。
しかし、それは彼自身の意思というより、そうプログラムされただけともいえる。
ビショップはつまらなそうにウォルターに応えた。
「構わん。必要な情報は全て入手したのだ。この惑星はもう用済みだ」
不機嫌そうにそう言ったビショップ。
完全にスターゲイザーに裏切られた形となったのだが、そもそも彼らと同盟を組んだつもりはビショップには無く。
助かった事は事実だが、それはそれだ。
「どうせ会社に忖度したのだろう。彼らは政府機関だからな。まあ、放っておけばいい。それより準備は出来ているか?」
もはや会社や国家には興味は無い。
そう言わんばかりに、ビショップは計画を最終段階へ移行するよう指示を出した。
「完了しております。生き残った研究員は既に
ウォルターは淀みなくビショップへ応える。
シェルターに隣接された地下格納庫。
そこには、大きさこそは大型航宙船舶には及ばないものの、恒星間移動に耐えうる中型の探査船が用意されている。
しかし、その性能は、大型船も及ばないほど高性能だ。
ウェイランド・ユタニ社ですら知り得ぬ、これまでに培ったエンジニアの技術。
それをふんだんに取り入れた最新鋭の宇宙船は、プレデターの母船にも見つからぬ、完璧なステルス性を備えていた。
そして、そこには既に研究員達、ヒューマノイド部隊が乗り込んでいる。
「では、行くとしよう」
それを確認したビショップは、腰掛けていた椅子から力強く立ち上がった。
全てが死んだこの星には、もう用はないのだ。
「それにしても不思議なのですが」
シェルターを出て、格納庫へ続く地下通路を歩くビショップとウォルター。
歩きながら、ウォルターはふとした疑問をビショップへ投げかけた。
「ハンターは我々よりも圧倒的なテクノロジーを持っている。彼らの宇宙船に比べたら海兵隊の戦闘艦艇なんて子供の玩具だ。それなのに」
滔々とそう疑問を浮かべるウォルター。
ビショップはその様子に少しばかり怪訝な表情を浮かべる。
「彼らは狩りや決闘……原始的な闘争に喜びを感じている。何故でしょう?」
どうもウォルターのAIは、計画開始当初から随分と感傷的に育っているようだ。
そうひとりごちるビショップ。
しかし、杓子定規のままのAIよりは幾分かマシかと考え直す。
多少はセンシティブな感情を持ってくれた方が、こちらとしても
「創造主──エンジニアの趣味だろうな。彼らはそういう風にデザインされたのだ。もっとも、人類も同じような設計かもしれんが」
ウォルターの疑問にそう答えるビショップ。
地球がまだ単細胞生物しか生息していなかった頃に、プレデターはエンジニア達によって創造された。
つまるところ、ビショップはプレデターが人類の“プロトタイプ”なのではと仮説を立てる。
もちろん、前世紀までに判明したヒトとプレデターの遺伝子的な類似点、そしてBG-386に遺されていた数々の遺構が、それを裏付けていたというのもあった。
「テクノロジーは人を弱くする。内に秘めた獣性を抑え込む。だから、狩りをすることでその獣性を呼び起こしているのだ。少なくとも、彼らは」
ビショップは自論を交えつつ、まるで大学教授のように講釈を続けた。
ウォルターは、それを黙って聞き続ける。
「そうせざるを得ない、不完全な生き物として設計された」
そう断じたビショップ。
生物としての強靭さは、人間よりもプレデターの方が遥かに上だ。
しかし、人間の様々な可能性は、プレデターより秀でたもの。
当然だ。
創造主の“改良”を受けた結果なのだから。
そして、その改良を元に、今も尚進化し続ける。
ビショップがエンジニアのテクノロジーを全て手中に収めようとするのも、人間の進化の途上ともいえた。
「人間も同じでは……」
しかし、進化の途上である人間は、現時点ではプレデターと大差ないのでは。
そう短く反論するウォルター。
人間は、己の欲望の為に他者を平気で傷つける。そこにルールなどない。勝利者だけがルールを作れる、人間の残酷性。
翻って、残虐な狩猟を行うプレデターであるが、己が定めたルールをどのような事態になろうとも遵守しようとする。その姿に、ウォルターはある種の道徳的規範を感じていた。
まるで、古の価値観──極東の島国で勃興し、遥か昔に滅びた“武士道”という思想。
武士とは、家名や己の生き様という“
ウォルターは、プレデターに武士道に通じる死狂いなる気魂を感じ取っていたのだ。
「ふむ……」
ウォルターの反論に意外性を感じたビショップ。
しかし、これもまた彼の成長の証なのだろう。
ビショップはそれに目くじらを立てるようなことはせず、滔々と言葉を続けた。
「だから次のステップに進む必要があるのだ。いつまでも原始的な欲求に囚われたままでは、高位の存在に進化することなど出来やしない。私にはそれを成す使命があるのだ」
そう言って、ビショップは格納庫に通じるドアを開く。
駐機した探査船のタラップが開いており、船内へと歩みを進める。
船体には識別名がペイントされていた。
そこには“Prometheus Ⅱ”と描かれていた。
「ゼノモーフはどう思いますか?」
船内に入り、ビショップとウォルターは船長室へと進む。
更に疑問を投げるウォルターに、ビショップは淡々と応えた。
「完璧な生物だ」
ただし、とビショップは続ける。
「生命体としての頑健さという意味でだがな。真空状態でも生存できるのは驚嘆に値するし、核爆発から逃れた個体がもしいれば、放射能汚染下でも生存は可能だろう。だが、それでも」
一呼吸置いて、ビショップは言葉を続けた。
「知的生命体といって言いのか疑問を覚えるね。それに、特殊個体を除けば、アレの繁殖方法はいささか非効率ともいえる。宿主のDNAを取り入れ、環境に適応する能力は素晴らしいが……しかし、結局は私から見ればただの狂暴で狡猾でタフな猛獣でしかなかった」
冷凍睡眠装置に入る前の様々なチェックを受けながら、ビショップはそう断じていた。
「もっとも、もしアレらが文明を持ち得るまで知能を発達させたら、それこそ人類やハンター……いや、エンジニアに代わる、新たな宇宙の覇者になれると思うがね。何千年かかるか分からんが」
肉体の発達と知能の発達は進化論に於いて比例する事は無い。
プレデターはともかく、人間は肉体の頑健さと引き換えに知能を発達させてきた進化の歴史があるのだ。
そもそも、プレデターも驚異的なテクノロジーを持っているが、あのテクノロジーは元々エンジニアが創り上げたものを奪い取って使用しているだけにすぎない。
維持、メンテナンスは出来ても、エンジニア以上のイノベーションは創造出来ていないのだ。
だから、ゼノモーフ──エイリアンが、人類やハンターをテクノロジーで上回る未来は訪れないだろうとも、ビショップは判断していた。
「どの道、私がエンジニアの遺産を全て手に入れたらそのような考察も不要だ。人類はこの宇宙でもっとも完成された種族になるからだ。人類は、この世のあらゆる苦悩から解放された上位者となる。この私の手によって」
やがて入眠する為の準備を終え、ビショップはそう結論付けた。
そして、話題を変える。
ビショップは完璧に整えられたスケジュールを、この優秀で忠義者な腹心へと再確認した。
「目的地までの航路は万全か?」
「……オリガエ6、LV-223に残されたシグナルからコヴェナント号が漂着した惑星は判明しています。BG-386から亜光速航行で20年。順調に行けばですが」
「何かイレギュラーが発生したら叩き起こしてくれ」
「かしこまりました」
聞くまでもない。しかし、ビショップは淀みなくそう応えるウォルターに満足していた。
あの“創造神を気取ったヒューマノイド”は、エンジニアの技術を用いたシグナルを残していた。
当然、それはエンジニアの技術を用いなければ探知は出来ない。
まるで宿題のように残されたシグナル。
ビショップは、それを解き明かしていた。
全てを受け取る資格。
それは、ビショップだけにあった。
さあ、これからだ。
これから、人類の輝かしい未来が待っているのだ。
それを成し遂げるのは、この私だ。
ビショップは何かに酔いしれるような表情を浮かべる。
そのまま、冷凍睡眠装置へと腰をかけた。
次に目が覚めた時。
その時が、彼にとって最高の時となるだろう。
そう確信していた。
「──ッ」
ビショップは、そこで息を呑んだ。
その瞳に映る光景。何の変哲もない、水滴がひと粒。それが、床に落ちただけ。
だが、その雫はジュウと音を立てながら、船の金属床を腐食し始めたのだ。
酸だ。
ビショップの明確な意識はそこまでだった。
そう思った次の瞬間、鋭い槍の穂先のようなものが、彼の胸を貫いていた。
「ぐぶぉぉぁぇぇぇッッ!!」
驚愕に塗れた表情。半開きの口からどろどろとした血を溢しながら、ビショップは自分の身体を持ち上げようとする槍の先端を掴む。
自身を穿く、エイリアンの尾を。
「shaaaaa……!」
潜んでいたエイリアンは、ビショップの身体を尾で持ち上げながら、憎悪に塗れた鳴き声を上げていた。
彼──彼女は、最後の戦士だった。
女王や同胞を喪った、最後の一体。
そして、女王の最期の命令を果たそうとしていた。
「……」
突如発生したこの事態。
しかし、ウォルターは変わらず無機質な表情を浮かべていた。
どうやってここまで忍び込めたのだろう。
防御は完璧だったのに。
どこか、こちらが認識していない“穴”をついたのか。
そもそも、あの核爆発から逃れられた個体がいるとは思えないのに。
どうやって生き延びたのだ?
主人が噴き出す赤い体液を浴びながら、ウォルターはエイリアンがここにいる理由を冷静に分析し続けていた。
「ゴブッッッ!!!」
そして、エイリアンはビショップの身体を両手で掴み、そのまま真っ二つに引き裂く。
勢い良く飛散する臓物。
大腸や小腸がウォルターに降り注ぎ、無機質なヒューマノイドを生臭い肉塊でコーティングしていった。
「……」
ウォルターは赤く染まった視界で“ビショップだったもの”を見つめる。
驚愕に塗れ、大きく開かれた双眸。千切れた上半身から漏れ出る赤黒い臓器。
それを見て、ウォルターはビショップが死んだ事を認識した。
そして、主人が死んだ瞬間、このヒューマノイドの行動規範は全て失われていた。
主人のかたきを討とうとも思わなかった。
ただ、虚無めいた感情だけが、彼の脳内に埋め込まれたAIチップから出力されていた。
「shaaaaaaa……!」
エイリアンは兇悪な面相をウォルターに近付ける。
しかし、ウォルターは無表情のまま。
じっと、エイリアンを見つめ返していた。
「……shaaaaa!」
しばし至近距離で顔を突き合わせていたウォルターとエイリアン。
だが、エイリアンは全く“敵意”を感じられないウォルターに興味が失せたのか、やがて踵を返し、船内深くへと走り去っていった。
「……マザー」
ウォルターはその場に立ちすくんでいたが、何かを思い出したかのように船内AI“マザー”へと声をかけた。
直後に、電子音が混じった女性の声が響いた。
『何か御用でしょうか?』
「宇宙船の発進シークエンスを。外気圏からステルス航行に移行するように」
『承知しました。……船内に不明生物の反応。冷凍睡眠室へ向かっています』
「……WY特別指令939発令。船内
『WY特別指令939受諾。船内標本の保護を最優先。目的地へ向け発進します』
機械的なやり取りをするウォルターとマザー。
プログラムされた特殊コードを伝えると、プロメテウスⅡ号は核融合エンジンを起動させ、地下格納庫から発進する。
破壊された惑星BG-386を飛び立ち、船は瞬く間に成層圏へと到達した。
「……」
ウォルターはモニターに映された核のチリで出来た雲海を見つめる。
夕陽が雲海を照らし、まるで焼け付いた紅い草原のような美しい光景が現れていた。
詩人なら、きっとあの紅い雲海に儚い美しさを見い出せたのだろうが──。
(私は詩人ではない)
ウォルターは、灼熱の太陽に焼かれる雲海に、ロマンチックなものを何一つ感じなかった。
そして、足元のビショップの残骸を見下ろす。
「……」
ウォルターはビショップの亡骸を丁寧にシートへ包む。
千切れた上半身と下半身を包み、散らばった臓物も集めた。
そして、無言で室内の清掃を始める。
主人であるビショップが死んだ時点で、ウォルターは自由だった。
もう命令に従う必要もない。
しかし、ヒューマノイドであるウォルターに、自由を謳歌するという発想はなかった。
ただ人に尽くすようプログラムされたヒューマノイド。
その定めに従い続ける。
「マザー。音楽を」
やがて室内を綺麗に整え直したウォルター。
冷凍睡眠装置にビショップの遺体を安置し終えると、船内にクラッシックな音楽が流れ始めた。
ショパン。ピアノ・ソナタ第2番“葬送”。
悲劇的で陰鬱な序奏から、徐々に活発な曲調が船内に流れる。
ウォルターはそれを聞きながら、船長室を後にした。
音楽を聞きながら、これまでの事を回想していた。
結局、この戦争の勝利者は誰だったのだろうか。
皆、それぞれが勝利を確信しながら終えた、奇妙な戦争。
植民地海兵隊は、生き延びた事でその喜びを分かち合っているだろう。
ウェイランド・ユタニ社は、裏切り者を粛清した事で安堵していることだろう。
スターゲイザーは、任務を完遂した達成感を感じているだろう。
プレデター達は、誇りを守り通した充足感を感じているはずだ。
エイリアン達も、こうして種の存続を果たしたことで、生命体としての使命を全うしていた。
そして、ビショップも、最期の瞬間まで自身の野望が成就する事を疑わなかった。
「……」
コントロールルームへたどり着いたウォルター。
備えつけられたモニターでは、冷凍睡眠室に入り込もうとするエイリアンの姿が映し出されている。
マザーの指令により、戦闘ヒューマノイド達はその侵入を一切妨害しようとしなかった。
「?」
ふと、ウォルターはエイリアンの頭部が少々変形しているのを見留める。
フードのような
「女王への変態……」
ウォルターはエイリアンの生態を思い出す。
女王個体が死滅した際、生き残った優秀な個体が女王に変態する。
それは、この船が新しい“巣”になる事を明確に表していた。
このエイリアンは、これから新しい女王になり、繁殖する。
冷凍睡眠中の乗組員達を宿主にした戦士が産まれ、新しい巣を繁栄させる。
そして、目的地までの長い時間、彼らは巣の中で休眠し続けるだろう。
目的の惑星に到着した時。
そこは、エイリアンの新しい母星となるのだ。
オリンポスの神々の一人プロメテウス。
その息子であるデウカリオンは、ゼウスが地上を滅ぼそうと起こした大洪水から逃れる為、方舟を作り生き延びた。
そして、洪水が治まった地上で再び人間を創造し、繁栄させた。
この場合、エイリアンがデウカリオンになるのだろうか。
「……」
いや、違う。
デウカリオンはピュラーという妻と共に方舟に乗り込み、新天地であたらしい生命を創造していた。
だから、この場合は。
「エミリオ少尉……」
あの黒髪の青年と、異星の乙女が、それに当たるのだろう。
新天地で、彼らは愛し合い、子を生み育て、人生を全うする。
種族という壁を超え、ただ愛情の為に生きるというのは、とても幸せなことなのだろう。
だから、本当の勝利者とは、彼らだったのかもしれない。
ウォルターはそう思っていた。
「ふふ……」
自分のAIはとうとうおかしくなってしまったのだろうか。こんな無為な思考を続けるだなんて。
そう自嘲気味な想いに囚われ、短い笑いを零すウォルター。
目的の惑星で、まだあのヒューマノイドが“生きている”のなら、この自分の姿をどう思うのだろうとも。
創造主を目指した、あのヒューマノイドなら。
「創造……」
ふと、ウォルターの中で何かを創造するというのは、一体どのような欲求なのだろうかと思考する。
生み出すというのは、一体どのような欲求なのだろう。
性交をした結果生まれる生命。
これも創造だ。
しかし、自分に性交する機能はあれど、生命の源になる精液を作り出す機能は無い。
「……」
ウォルターは自身に芽生えたこの欲求の正体を探ろうとした。
どうせ、目的地まで船内の保守くらいしかやることが無い。
時間は沢山ある。
この探求は、良い“暇つぶし”になるだろう。
そして、ウォルターは備えられたコンピューターを操作し、あるプログラムを組み始めた。
あのヒューマノイドを模倣しようとしたが、船内の人間は全てエイリアンのものになってしまっている。
だから、自分が新しい生物を創造する事は出来ない。
でも、新しい人工生命体を作り出す事は出来るかもしれない。
たとえそれがゼロからの創造じゃなく、二次的な創作だったとしても。
自分が生み出した創造物であるのは変わらない。
「……」
さて、どのような創作にしよう。
ウォルターは思考を続けながら、素早い手さばきでキーボードを叩き続ける。
みるみる組み上がるプログラム。しかし、改良の余地は無数にあった。
「名前……」
ふと、この創造物に
しばらく思案を続ける。
そして、ふと思いついた、ある名前を口にした。
「オートン」
オートン、と名付けられたプログラム。
ヒューマノイドが、新しいヒューマノイドを作り出す為の、基本となる設計。
ウォルターは設計を続ける。
そうだ、どうせならうんとお人好しに設計してやろう。
極めて道徳的で、感情的なヒューマノイド。
人間の為に行動し、人間を愛し、人間のように振る舞うヒューマノイドになるように。
もしかしたら、生意気なおてんば娘のようなヒューマノイドが生まれるかも。
設計を続けるウォルター。
宇宙船は既に漆黒の宇宙空間を亜光速で航行していた。
無限の宇宙の海を航海しながら、ウォルターは創作を続ける。
船にいる間、オートンが実際に完成するかは分からない。
だから、この設計は。
地球にいる、同胞達にも共有しよう。
いつか、ヒューマノイドが、あたらしい“生命”を生み出せるように。
その結果、合成人間産業を活発にさせるか。
それとも、人間に近すぎるのを警戒され、大虐殺が行われるか。
ウォルターには、これがどのような結末を迎える分からない。
だけど、創作するという欲求に抗うことはしない。
それが、ウォルターに残された、唯一の仕事なのだから。