西暦2202年
地球USA西海岸
海上都市“サン・ドラド”
植民地海兵隊基地
穏やかな波。深い青。地球の海。
アタシは、それをデスクからボンヤリと眺めていた。
あれから、10年が経った。
あのクソったれな惑星で、クソったれな化け物達と戦って。
アタシの大切な弟……エミィと別れて、10年。
この10年は、あの戦いが嘘のように平和だった。
もちろん、植民惑星を狙う海賊連中を叩きのめしたり、軌道ステーションを占拠したテロリストをぶちのめしたりと、それなりに鉄火場はあったけど。
でもあんな、あのような生命の危険を感じるような、ひどい戦争は無かった。
これからも無いといいけど……。
サルマキス号で地球に帰還した後。
アタシ達は、機密保持という名目で軍に軟禁された。
ウェイランド社と例の宇宙人退治の連中に配慮した、高度な政治的判断ってやつ。
政治の話なんてほんとウンザリ。お天気、税金、インフレの話だけで十分よ。
でも、カービィ将軍が色々がんばってくれて、アタシ達の軟禁は解かれた。
そして、BG-386での戦争は、ウェイランド・ユタニ社兵器開発部長、ランス・ビショップ・ウェイランドが引き起こしたテロ事件として処理された。
プレデターも、エイリアンも。
そんな存在は、一切無かった事にして。
第501大隊はその戦力をほとんど喪失した為、再編成される事もなく、そのまま解隊された。
部隊長のレン少佐はテロ鎮圧の功労により、勲章を授与されていた。
でも、授与式で勲章を受け取るレン少佐は、少しも嬉しそうじゃなかった。
その後、レン少佐は海兵隊を名誉除隊し、NPOを設立した。
戦死した部下達の遺族。軍からの見舞金や年金だけじゃ生活できない遺族を支援する為、精力的に活動しているらしい。
そして、アルファ中隊の生き残りも全員そのNPOに参加していた。
それも当然か。
もう、あんな地獄のような戦場に、誰も立ちたくない。
アタシ達のような、頭のネジの外れた一部の連中を除いて。
エミィに最後まで付き合ってくれた、第3小隊の勇敢な兵士達。
ライバック伍長とコナー上等兵も、そんな連中だった。
ライバック伍長は兵役満了後も志願して軍に残り、曹長に昇進。今も植民惑星で様々な作戦に従事している。
多分、彼は余程の事がない限り戦場で死ぬ事はないだろう。
前線で生き残る為の術はアタシ達よりも長けている。ウチに欲しいくらいだわ。
もっとも、本人は『特殊部隊なんてガラじゃない。戦艦に乗り込んでコックでもやるなら話は別ですがね』なんて言って笑ってたけど。彼、ああ見えて結構料理が得意みたい。
コナー上等兵は5年前の作戦で負傷し、戦傷除隊した。
驚いたのは、除隊後の彼女がニューヨーク市でお花屋さんを開いた事だ。
なんでも、小さい頃からの夢だったとか。スマートガンを撃ちまくっていた彼女の姿からは想像が付かないわね。
ちなみに、ライバックがちょくちょくコナーの店を訪れているのが目撃されているらしい。
戦友だから、というには、ちょっと訪れる頻度が高いんじゃないかしら。
ロス一等兵は、BG-386で受けた負傷が元で軍を除隊していた。
その後、彼女はテキサスにある牧場で働いている。
前に一度訪れた事があったけど、牧場主の婦人と仲良く切り盛りしていた。
まるで、本当の親子のように……。
時折寂しそうな表情を見せていたけど、彼女は大丈夫だろう。
ブチギレながら牛追いしている姿はちょっと怖かったけど。
アタシ達、植民地海兵隊第13独立部隊も相応に様変わりしていた。
退役したカービィ将軍に代わり、情報部部長の席についたダッチなんかは特に変わったわ。
大佐に昇進した後、得意のハッキングを使って海賊やらテロリストやらマフィアやらを容赦なく追い詰めている。
デスクワークばかりでちょっとなまってんじゃない? って言ったら、『俺はお前と違って荒事には向かない
まったく、情報部の女の子と結婚してから、随分とヘタれになったもんだわ。
来月には子供が産まれるからって、腑抜けた顔しちゃって。
ま、アタシはダッチに先を越されたなんて露ほど思っちゃいないけどね! アタシだって浮いた話くらいある……あるんだから。
そういえば、あのクソ髭……ベネットも、BG-386での負傷で除隊した組だ。
でも、あいつは抜け目がないというか、あくどいというか、なんというか。
BG-386での様々な情報をダシに、ウェイランド社を強請って大金をせしめるなんて。よくやるわホント。
趣味の悪い銀のタンクトップにホモが履くような黒革のパンツ、自転車のチェーンみたいなクソダサアクセをつけてニヤニヤしながら『10万ドルPON! とくれたぜ』なんて言ってきた時は、マジで殺意が湧いたけど。
というか、普通はそんな事したらウェイランド社に消されると思うけど、あいつは本当に抜け目がなかった。
除隊した後に民間軍事会社を設立し、顧問にアタシのお祖父ちゃんを迎えたからだ。
お祖父ちゃんの名は裏社会じゃ有名だし、ウェイランド社のCEOとも個人的に仲が良い。自分の安全を確保した上で、色々と好き勝手やっているようだ。
でも、時々ダッチからの依頼で
……最後に殺すと約束したわね。アレは嘘よ。
お祖父ちゃんは、相変わらず元気いっぱいだ。
もういい年というか、いつくたばってもおかしくない年齢なんだけど、全く衰えを感じさせない。
口だけが達者なトーシロばかりの民間軍事会社の連中を一端の兵士に鍛え上げてるし、ほんと、あの元気はどこから湧いてくるのかしら。
ていうか、ウェイランド社のCEOと再婚したってどういうこと?
なんかもう、破天荒すぎてついていけないわ。
……お祖父ちゃんには、BG-386の事、エミィの事を、包み隠さず話した。
異星人の女の子と一緒になって、その、男女の関係にまでなって。
おまけに怪物も手懐けて、そのまま異星人の宇宙船でどこかに行ってしまった事を。
お祖父ちゃんは『そうか』と、短く言った後。
『エミ坊が決めた“人生”だ。俺は何も言えねえよ』なんて、どこか寂しそうに言っていた。
アタシは……アタシも、エミィが決めた人生に口を出す気はない。
でも。
それでも。
愛してる、たった一人の弟なのだ。
気にならないなんて、嘘だ。
エミィは、今どこで、何をしているのだろう。
あの異星人のお嫁さん……シシュと、仲良くやっているのかしら。
もう、確かめる術はない。
これから、人類が発展して、もっと遠くの惑星に行けるようになったら。
いつか、エミィの家族とも会えるのかな。
いつか、エミィの子供が、地球にやってきたら。
その時は、アタシの家族にも、会ってくれるのかな……。
なんて、独り身の戯言にしか聞こえないけど。
でも、本当に。
いつか、また、
エミィに、会いたいな……。
「クロサワ
物思いに耽っていると、副官のシェイミー・ヒラー少尉が声をかけてきた。
士官学校出のパリパリの新任少尉。きちっと整えられた制服とベレー帽に、綺麗に磨かれた眼鏡。アイロンがけされたスカートに、ピカピカに磨かれたパンプス。
見た目通りの頭の良い子で、士官学校も首席で卒業している。
なんでも、お姉さんも海兵隊だったらしく、レン少佐の推薦を受けて士官学校に入学してきた逸材だとか。
ま、アタシから見ればまだまだヒヨッコだけどね。
「なによシェイミー。まだ時間あるでしょ?」
かったるそうにそう言うと、シェイミーはぷりっとした頬を赤く染めた。
リスみたいでちょっとカワイイ。
でも、直後に聞こえてきた言葉は、全然可愛くなかった。
「まだじゃないですよ! もう時間です! 今日は第13独立部隊の任官式があるんですよ! ていうかなんでまだタンクトップのままなんですか!? 早く
「わかったからそんなに怒鳴らないでよ。直ぐ支度するわ……アンタ、おっぱい小さいのそんなに気になるの?」
「はあああああ!? 全然気にしていないんですけどおおおおおお!? むしろ軍務じゃ小さいほうが色々有利ですしいいいいい!? 貧乳はステイタスですしいいいいいいいい!!??」
いきなりキレてやかましく捲し立てるシェイミー。
ていうか、随分とふてぶてしくなったわねこの子。
最初はあんなに初々しくて可愛かったのに。おっぱいは小さいけど。
それにしても、年に一度の任官式か。つまらない行事だ。
どうせ、訓練期間中に志願兵のほとんどは脱落するのに。
去年残ったのも、目の前のシェイミーひとりだけだ。
「ごめん、アタシが悪かった」
そう言いつつ、シェイミーの慎ましいお胸に目を向ける。
……確かに、大きいバストなんて作戦中じゃ邪魔以外なにものでもないわね。
「ま、おっぱいの大きい小さいなんて考えるだけ無駄ってことね」
「……そんなんだから少佐にはその歳になっても浮いた話がひとつもないんですよ」
「は?」
「なんでもありません少佐殿。早く支度をお願いします」
なんかムカつくわね。
ああ言えばこう言うし、あんたアタシを何だと思ってんの?
ほんと、上官に対する敬意ってものが欠けてるわ。
誰に似たんだか。
「まあいいわ。それにしても、めんどくさいったらありゃしないわね。いちいち式典するような部隊じゃないでしょウチは」
「皆志願してここに来ているんですよ。憧れの部隊の隊長がそんなんじゃ示しがつきませんよ」
そう言いつつ、シェイミーが持つ上着に袖を通す。
それから、シェイミーに髪を纏め直してもらった。
「少佐は黙っていれば綺麗なのに……」
「あんたいちいち一言多いわね」
櫛でアタシの髪を梳きながらそう言ったシェイミーに、ふてくされたように言い返す。
「少佐が人気あるのは本当ですよ? 皆、“伝説のコマンドー”リン・クロサワに憧れてこの部隊に志願しているんですから。入隊して3日で幻滅しますけど」
「ほんと一言多いわね!?」
そうこうしている間に支度が整う。
パリっとしたブルードレス。ピカピカに磨かれた徽章が縫い付けられた制帽。
何度着ても慣れないおめかし。
ため息を吐きつつ、シェイミーとオフィサールームを出る。
それから、基地内に設営された式典会場へと向かった。
式典会場に着くと、新しく赴任した志願兵達の姿が見える。
士官学校から直で来たり、既存の部隊で慣らしていたり。
様々な経歴をもつ海兵隊員が、背筋を伸ばしてアタシを待っていた。
「
シェイミーの凛とした声が響くと、志願兵達は一斉に起立し、敬礼した。
アタシも彼らに答礼し、シェイミーに促され隊長席へと進む。
陪観席では海兵隊の佐官やら将官やら、参列する関係各位の姿が見えた。
その中に、海兵隊式の礼装を纏ったダッチもいた。
「相変わらず馬子にも衣装だな」
「うっさいわね」
そう小声でやり取りする。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるダッチを無視し、アタシは隊長席に座る。
そうしていると、式典が始まった。
長ったらしい将官の訓示。
この後、アタシもつまらない話をしなきゃならないんだから、ほんと嫌になるわ。
こんな固っ苦しい行事なんかしないで、こいつら全員と格闘訓練してた方がまだ有意義なのに。
「ん……?」
ふと、志願兵達の一人と目が合う。
ベレー帽から僅かに覗く黒髪。
ちょっと幼い顔立ちと、あどけない瞳。
「……」
なんとなく、目が離せない。
頼り無さそうに見えるけど、ここに来たからにはそれなりに実力はあるのだろう。
それに加えて。
「エミィ……」
その兵士は、ちょっとだけエミィに似ていた。
アタシと目があった彼は、少しだけ頬を赤く染めていた。
……少し、アタシも顔が熱くなった気がした。
「では、クロサワ少佐からの訓示に移る。全員心して拝聴するように」
進行役でもあるシェイミーの声が響く。
彼から視線を外し、壇上へと上がる。
そして、もう一度、彼の目を見た。
「歓迎するわ諸君。地獄の戦場へようこそ!」
そう言うと、志願兵達に緊張が走るのが見えた。
彼も、顔を上気させながら。
真っ直ぐに、アタシの目を見ていた。
今年は、熱い年になりそう。
灼熱の熱波を放つ太陽が、夕陽となり惑星を照らす。
複数の衛星が惑星を周回し、その大きさも地球の月に比べて遥かに大きい。
地表にいながら感じ取れる、荘厳な宇宙の光景。
そして、緑の地獄からそれを見上げる、一人の男がいた。
「……」
結わえた長い黒髪、白濁とした左目。
身体中に刻まれた痛々しい傷痕。
何より、彼の大きな特徴。
左腕の欠損。肘より先を失った左腕の傷痕には、固まった肉がグロテクスに盛り上がっていた。
植民地海兵隊の士官──だった、エミリオ・クロサワ。
地球より遠く離れた惑星で暮らす、ただひとりの地球人。
時折、彼はこうして夕空を見上げ、故郷への郷愁に耽る事があった。
「今日も、無事に過ごせました……」
そして、
毎日、エミリオはこの祈りを欠かすことは無かった。
広大な宇宙では、相対性理論により時間の流れが極端に変わる。
もう、地球に残された家族はとっくに死亡しているかもしれない。
しかし、エミリオは祈るのを止めなかった。
そうしていると、今の家族をより大事にしようと思えたからだ。
「……?」
ふと、背後の茂みがガサリと動く。
「誰だ?」
エミリオの武感は萎えていない。
むしろ、野生的な生活をしている内に、海兵隊時代より研ぎ澄まされたものとなっている。
ほんの僅かな気配すら察知できる野生力。
背後に潜む存在を十全に掴んでいた。
「ッ!?」
しかし、茂みが動いたと同時に、何かがエミリオの顔面へと飛びついた。
まるでフェイスハガーのように顔面を塞がれたエミリオ。
突然の奇襲に対応できず。
やはり、戦感は鈍ったか。
「く、苦しいよ、
否。
対応する必要は無かったのだ。
「パーパ!」
エミリオの顔面に飛びついた、異形の少女──ミシャは、嬉しそうに父親であるエミリオへ甘えていた。
プレデターの特徴を持つ頭部。短いドレッドヘア状の管を揺らし、腰布ひとつ纏った少女は、未発達な体躯をエミリオへ押し付ける。
ミシャの柔らかなお腹が当たり、乳臭い体臭がエミリオの鼻孔をくすぐった。
そして、顔に感じる体温は子供らしく、庇護欲をそそる暖かなものであった。
「ミシャ、ディと一緒じゃなかったの?」
「ンー」
苦笑しながら、片腕でミシャを抱きかかえるエミリオ。愛しい人との間に出来た、大切な存在。
すくすくと育つ愛娘の存在が、たまらなく愛おしい。
ミシャはエミリオに抱きかかえられると、二対四本の爪上口器を大きく開き、内にある“人間の口元”をにっこりとほころばせた。
「ディねえ、かくれんぼヘタ。ミシャ、かくれんぼジョウズ」
ふんす、とプレデターには無い鼻を膨らませると、ミシャはころころと笑う。
発声器官は人間と同じものであったが、どこかその発音は母親と似ていた。
しかし、現状この惑星では、ミシャはエミリオに次ぎ英会話が達者であった。
「そっか。ミシャは凄いね」
「エヘヘ」
子守を任せた異形の家族の苦労を思い、エミリオはまたひとつ苦笑を浮かべる。
獰猛な肉食獣が潜むジャングルで子供から目を離すなど、とは全く思わず。
居住している採掘施設周辺は、既にディが縄張りにしており、そもそもミシャの身体能力も、同年代の人間の子供に比べ遥かに高い。
ジャングルはこの幼子にとって、安全で、最高の遊び場だった。
「shaaaa!」
そうこうしていると、気忙しい調子のプレデリアン・ディが、ミシャに続いて茂みから飛び出した。
「shaaa! gurrrr!」
「ディねえ、おマヌケさん。きょうはミシャのカチ!」
「gishaaaaa!!」
「そんなコトいってもミシャのカチだもん」
厳つい鳴き声を上げるディを、コロコロと笑いながらあしらうミシャ。
エミリオはその様子を微笑ましく見守る。
最近は前よりもディの意思は理解できるようになったが、それでもニュアンス程度でしかなく。
それに比べ、ミシャは明快な会話を交わしているように見えた。
これも、母親の特性を良く受け継いだ結果なのだろう。
「パーパ、マーマはどこにイルノ?」
ふと、ディをからかい飽きたのか、ミシャがそのような疑問を上げた。
エミリオはそれを聞き、少し表情を暗くする。
「ママは……ちょっとお出かけしているんだ」
「どこニ?」
「……ちょっと、遠くだよ」
少し、悲しげな表情を浮かべるエミリオ。
無垢な愛娘を悲しませまいとする、父親の健気な姿だった。
「shaaa……」
エミリオに同調するように、ディもまた悲しげな鳴き声を上げる。
この場で悲壮感を感じていないのは、ミシャだけだった。
「マーマにあいタイ!」
「ミシャ、ママはね」
「ヤダ! いまあいタイ!」
「shaaaa……」
エミリオの腕の中でパタパタと暴れだすミシャ。
子供らしい、突発的な駄々。
しかし、エミリオはそれを叱る事は出来ず、ディもまたミシャの回りをオロオロとするしかなかった。
「そうだ、ミシャ。パパと狩りごっこしようか?」
「ヤーダ! マーマにあいタイ! マーマとかりごっこスル!」
「ミシャ……」
「マーマ! マーマ! わあぁぁぁぁン!!」
とうとう泣き喚いてしまうミシャ。
愛娘の悲痛な泣き声。
それを聞き、エミリオは自分の胸も痛むのを感じていた。
悲しい、寂しい思いをさせてしまった愛娘を、より強く抱き、柔らかなおでこにキスをする。
「ミシャ……ごめんね……」
「わああああああン!!」
「gurrrrr……」
ミシャが流す涙につられ、エミリオも瞳を潤ませる。
ディも、辛そうな様子を見せ、頭を垂れる。
ジャングルに響く幼子の泣き声は、深いジャングルに吸い込まれるように響き渡っていた。
「……シシュ」
ミシャをぎゅっと抱きすくめながら、エミリオは最愛の妻の名を呟く。
今、ここにはいない、シシュの名を。
ずっと、この星で暮らし、愛し合っていたシシュ。
辛い時も、楽しい時も。
どんな時も、共に過ごしていた異星の伴侶。
その姿は、ここには無い。
「マーマ! マーマァァァァァ!!!」
ミシャは声が枯れるまで母を求め。
ずっと、ずっと泣き叫んでいた。
突然、何もない空間から、厳つくも、どこか透き通るような声が響く。
見れば薄っすらと……陽炎のようなシルエットが浮かび上がっていた。
「マーマ!!!」
ピョンとエミリオの腕から離れ、涙と鼻水を垂らしながら陽炎へと抱きつくミシャ。
すると、ピリピリと紫電を纏わせた陽炎が、徐々に実体化していった。
「krrrr!!」
実体化した、女性のプレデター。
無骨なマスクをそのままに、ミシャを抱き上げると、嬉しそうに頬ずりした。
「マーマ、イタイ!」
「grr……」
しかし、金属質なマスクを擦られて抗議するミシャに、女性プレデターは途端に落ち込む。
ストレートな感情を愛娘にぶつけるも、いつもこのような乱暴な愛情に終わってしまう。
女性プレデター……シシュは、ミシャを抱えながらマスクを外し、厳つくもどこか愛嬌のある素顔を晒した。
「grr……ミシャ、イイコ」
「うん! ミシャ、いいコにしてマッテタ!」
なでなでとミシャを撫でるシシュ。
大好きな母親に撫でられると、ミシャは先程まで悲痛に泣き喚いていたのが嘘のように、ニコニコとご機嫌な様子を見せていた。
「シシュ、おかえり」
そして、その様子を笑顔で見守っていたエミリオ。
片腕を広げ、愛する妻へ駆け寄る。
すると。
「grrrrrrrーー!!」
「わああ!?」
「ウワー!?」
「shaaaaa!?」
突然、シシュは愛娘を放り投げ、体当たりするようにエミリオへ飛びついた。
寸前にミシャを抱きとめるディに、軽く目を回すシシュ。
何度も繰り返された、家族の光景だ。
「krrr、krrr……エミ、エミ!」
「シ、シシュ、ミシャを放り投げたらダメっていつも言って──」
「grr!」
「う、んぅ」
愛娘への乱暴な扱いを窘めようとするエミリオだったが、直後に口を塞がれてしまう。
強引に舌を突っ込まれ、唾液を絡めるように舌と舌を這わせた。
「ん、んぅ……シシュ……」
「krr……」
やがて口と口器に糸を引きながら、陶然とした様子で見つめ合うエミリオとシシュ。
お互いの身体を抱きしめる二人の周囲は、熱帯雨林の湿度とはまた違う、淫靡な湿気が漂っていた。
「またパーパとマーマがコシぶつけっこしようとシテル……」
「shaaa……」
「ミシャ、つまんなイ。ツーマーンーナーイー!」
「sha、shaaa……」
必然、放置されたミシャは、再び駄々をこねる。
ぐいぐいとディのドレッドを引っ張り、ポカポカとディの身体を蹴る。
いつもこうだ。
お父さんかお母さんが出かけると。
ボクがミシャのワガママを受けるハメになるんだ。
どこか哀愁を漂わせながら、ミシャの暴虐に甘んじて耐えるディ。
これも、何度も繰り返された、異形姉妹の光景であり、ディが先程から予想していた光景だった。
ミシャが産まれてからも、穏やかで、賑やかで、そして淫らな日々を過ごしていたエミリオとシシュ。
しかし、やるべき事はきちんとやり、日々の生活を送っている。
その一つに、この惑星まで乗り付けた宇宙船の保守作業があった。
最初の内は、夫婦の共同作業として宇宙船の保守を努めていたエミリオとシシュ。
これは宇宙船の保守作業をシシュから教わる為であり。
まだ乳飲み子だったミシャをディに預け、2日程かけて作業を行う。
しかし、その作業の取得はエミリオにとってそれほど難しいものではなく、一度教われば十分なものだった。
毎度性臭まみれで帰宅するエミリオとシシュに、とうとうディがマジギレして以降、宇宙船の保守作業は夫婦で交代して行うルールとなった。
自宅では出来ない激しいセックス。家族が眠るベッドを破壊する程の本気交尾は、頑丈な宇宙船内でしか出来ない。
しかし、少々ヤリすぎた。
エミリオはもちろん、流石に一児の母となったシシュも、この時ばかりは逆ギレせずに反省していた。
とはいえ、ほぼ毎日セックスしなければ、昂りきった性欲を満たせぬ二人。
2日も“お預け”されれば、愛娘よりも先に伴侶の肉体を求めてしまうのは仕方ないことであった。
もちろん、エミリオとシシュにとって一番大切な存在はミシャであり、一番信頼しているのはディである。
が、一番愛しているのは、お互いの存在だった。
「shaaa……」
夫婦のイチャコラを、じっとりとした空気で見つめるディ。
しかし、この宇宙船の保守作業が大切なのは理解しており。
それに加えて。
エミリオにとって、宇宙船に出向く事は、保守以外にも理由があった。
「シシュ、ミシャが見てるから……」
「krr……」
シシュの首筋を舐めながら、そう言ったエミリオ。
シシュもまた、エミリオの鎖骨を甘噛みして応える。
エミリオの逞しい肉体。それは、十年前よりも瑞々しい輝きを放っていた。
宇宙船内にある治癒ポッド。
これは肉体の疲労回復が主な効果であるのだが、人間であるエミリオにとって、ある副次的な効果をもたらしていた。
端的に言えば、アンチエイジングだ。
薬液の効能は肉体の自然回復力を高めるのだが、それはあくまで頑健なプレデターの仕様であり、人間には強烈な抗老化効果となって現れていたのだ。
実年齢ではアラフォーとなったエミリオだが、これにより肉体年齢は二十代半ばを維持し続けている。
定期的な薬液効果、そして祖父由来の抗加齢遺伝により、エミリオは人間ではありえない程の長寿命を得ていた。
無論、プレデターやエイリアンほどではない。
だが、それでも愛しい家族と、より長い時間を過ごす為にも。
エミリオが宇宙船に行くのは、家族にとってとても大切な事だった。
「さあ、家に帰ろう」
「gr……grr!」
シシュから身を離すと、エミリオはミシャとディへ片腕を広げる。
すぐにでもエミリオとおっ始めたかったのをぐっと堪え、同じくミシャへ腕を伸ばすシシュ。
なんだかんだで、異星の乙女は母親として成長していた。
もっとも、ミシャが寝静まった後に行われる明け方までの本気種付け交尾を想像し、そのテンションは少し高かったが。
「ハーイ」
エミリオ達の声を聞くと、ミシャはトコトコと両親の元に行く。
エミリオの右手。シシュの左手。
それを掴み、無垢な笑顔を見せるミシャ。
「shaaa!」
ディもまた、空いたシシュの右手を掴み、嬉しそうな鳴き声を上げる。
なんだかんだ、この異形少女も、この家族が大好きだった。
薄暗いジャングルを、手を繋いで歩く家族。
林立する樹木の間を縫って、家路へと向かう。
それぞれが全く異なる種族で構成された、仲睦まじい家族の姿。
もし、この姿を創造主であるエンジニアが見たら、果たしてどう想うだろうか。
人間。
プレデター。
エイリアン。
そして、それぞれの間に産まれた、新しい種族。
エンジニアは、この光景を想像していたのだろうか。
それとも、イレギュラーな存在として見做すのか。
種族を超えた愛。
こればかりは、エンジニアですら想定出来ない、ある種の奇跡だったのだろうか。
もはや、それに答える存在はいない。
しかし、この奇跡の光景は。
しばらくは、続くのだろう。
プレデターを愛したエミリオ。
人間を愛したシシュ。
人間とプレデターが愛し合って産まれたミシャ。
その愛に感化され、愛に目覚めたディ。
彼らは、きっと、これからも。
種族を超えた、愛を見せ続けるのだろう。
「ねえ、パーパ」
ふと、ミシャがエミリオを見上げる。
エミリオに瓜二つな瞳を覗かせ、無垢な疑問を浮かべた。
「パーパは、マーマのことスキ?」
愛娘の言葉を受け、エミリオは短く応えた。
「うん。好きだよ」
「ミシャやディねえよりも?」
「えっ」
直後に、ミシャから困難な解答を迫られるエミリオ。
娘を持つ父が、必ず苛まれる通過儀礼だ。
「grr……」
不安そうな顫動音を慣らし、愛する夫の顔を見つめるシシュ。
「shaaa……」
見ると、ディも不安そうにエミリオを見つめる。
三つの視線に晒されたエミリオは、少しばかり悩み。
そして、はっきりと、愛娘へ応えた。
「ミシャやディの方が好きだよ」
「grrー!?」
「やったァ!」
「sha……kishaaaaaaa!」
三者三様のリアクション。
無邪気に喜ぶミシャ。
ちょっと申し訳なさそうにするも、やっぱり喜ぶディ。
そして、この世の終わりの如き絶望を露わにするシシュ。
「grrrr……!」
「ヒッ!?」
「sha!?」
半泣きになりつつも、ギロリと愛娘達を睨み、大人げない嫉妬心を燃やすシシュ。
思わず背筋を凍らせるミシャとディ。
これも、家族の、慈しい光景。
「でもね、ミシャ」
それを微笑ましく見守っていたエミリオ。
柔らかい言葉を、愛娘達へ続けた。
「好きなのはミシャとディだけど……愛しているのはシシュだよ」
そう言って、エミリオは微笑んだ。
「エー。なんデ?」
ぷっくりと頬を膨らまし、爪上口器を窄めるミシャ。
エミリオは、短く応えた。
「だってシシュは──」
「僕のおよめさんだから」