BG-386居住区外周部降着場
エミリオ達第3小隊が菜園プラントに突入する少し前。
相変わらず第2小隊との連絡が途絶した状況に、用意された椅子にふんぞり返るホープ大尉は忙しなく膝を揺らし、状況が変わるのを待ち続ける以外の行動を取ろうとしなかった。
ホープ大尉の後ろに立つヒラー中尉はこの暴虐の大尉の苛立ちが頂点に達した時、作戦行動中にも拘らず自身を嬲ろうとするこの大尉の行動を予見し、沈鬱な表情で佇んでいた。
だが、苛立ちがピークに達する前にヒラー中尉が待ち望んでいた“変化”が訪れた。
「中隊長。大隊長からの通信です。至急との事です」
中隊の通信士がホープ大尉に声をかけ、ヘッドセットを手渡す。
通信の向こうが放つ切迫感が移ったのか、通信士はやや荒っぽい手つきでホープ大尉へヘッドセットを手渡した。
受け取ったホープ大尉は通信士を睨みつけるも、手早くヘッドセットを装着した。
「こちらホープ大尉──」
『ホープ大尉! 今直ぐ中隊を纏めて母艦へ撤退しろ!!』
ホープ大尉が上役への社交辞令を放つ前に、レン少佐の怒鳴り声が聞こえてくる。
レン少佐の冷静沈着、質実剛健を絵に書いたような普段の様子とは程遠いその焦燥感に駆られた声に、ホープ大尉は上ずった声を上げた。
「い、一体何が」
『罠だ! これは会社の──』
レン少佐がそこまで言い終えると、通信はブツリと不自然に途切れる。
突然の出来事にホープ大尉は困惑した様子でヘッドセットを外し、通信士を睨みつけた。
「通信が途切れたぞ! どうなってる!?」
「強力な
通信士が慌ただしく通信機器を操作する。しかしいくら通信士が機器を操作してもそれ以上レン少佐との通信を復旧させる事はできなかった。
「大尉。第3小隊を呼び戻し、母艦へ撤退しましょう。第2小隊はもう……」
ヒラー中尉が冷静にホープ大尉へ撤退を進言する。
この場で大隊長からの命令を遂行する意志があるのは、ヒラー中尉だけだった。
「て、撤退はできん。作戦主任からも──」
「レン少佐からの命令なんですよ!」
ホープ大尉の言葉を遮り、凛とした声を放つヒラー中尉。
緊急事態において、先程とは打って変わってこの二人の関係は完全に逆転していた。
「う、うるさい! 中隊はこのまま居住区に残る! 通信が回復次第、再度大隊長から命令の確認をしてから撤退の判断をする!」
「大尉……」
腕を組み、てこでも動かないと言わんばかりに椅子に座り込むホープ大尉に、ヒラー中尉は唇を噛み締めて俯く。
アンダーソン大尉に何を言い含められたのかわからなかったが、レン少佐が言いかけた“会社”というキーワードから不穏な気配を感じ取ったヒラー中尉は、どうにかして中隊の戦力を保持したまま母艦へと撤退するべく考えを巡らせる。
だが、この無能な指揮官の考えを変える事は並大抵の努力では成し遂げられないと感じ、増々陰鬱とした表情を浮かべていた。
暫し天幕内で沈黙が漂う。雨は既に小降りとなっており、小雨が天幕の打つ音と、兵士が通信機を操作する音だけが天幕内に響いていた。
だが、しばらくすると天幕外でくぐもった声が聞こえた。
ホープ大尉とヒラー中尉は訝しげな表情を浮かべ声のする方向へと視線を向ける。
「なんだ……? おい、外を確認しろ」
「はっ!」
通信機を操作していた兵士が立ち上がり、パルスライフルを手に天幕外へと向かう。
兵士が天幕から出てしばらく時間が経過したが、中々帰ってこない兵士の様子にホープ大尉は再び苛立った声を上げた。
「くそ! どいつもこいつも! ヒラー中尉! 外の様子を確認してこい!」
「了解しました」
ヒラー中尉が天幕外へと向かい、厚手の帆布に手をかける。
天幕から半身を出し、油断の無い視線で外を見回すも、そこには確認に向かった兵士や歩哨に立っていた兵士の姿はどこにもなかった。
「誰かいないの?」
ヒラー中尉の言葉に反応する者は周囲に誰一人として存在せず、背中に嫌な汗が流れるのを感じたヒラー中尉は腰に装着したホルスターから拳銃をそっと取り出した。
心臓が、バクバクと音を立てる。
雨は既に止みつつあったが、不気味な程静かな周囲の様子に、ヒラー中尉は緊張を高めていた。
「ギャッ!」
「ッ!? ホープ大尉!?」
背後からホープ大尉の短い悲鳴が響く。
拳銃を構えながら後ろを振り返るヒラー中尉。
その目に飛び込んで来たのは目を疑うような恐ろしい光景であった。
「え……」
血塗れのホープ大尉の頭を掴み上げ、銀色の歯を剥き出しに蛇のような鳴き声を上げる黒色の怪物。
突如現れた異形の怪物の姿に、ヒラー中尉の思考は停止し、その肢体は硬直する。
見れば、ホープ大尉の頭蓋は怪物の口の中にあるもうひとつの尖った口によって破砕され、その脳漿をぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼されていた。
「shaaaaaaaaa……!」
ヒラー中尉は自身の背後から聞こえる異形の鳴き声が、目の前の光景と併せてひどく現実感がないように思えた。
振り返る勇気も無く、体を震わせながらぎゅっと目を瞑る事しか出来なかったヒラー中尉の目蓋の裏には、地球に残す妹の姿が浮かび上がっていた。
「な、何が起こっているの!?」
降着場の各所で起こった銃声と兵士達の悲鳴を、ヴィラノ伍長はドロップシップの操縦席で聞いていた。
ヒューマノイド達から差し入れられたドーナツとココアを味わいながら操縦席に深く腰をかけていたヴィラノ伍長は、慌ててパイロットヘルメットを被りインカムでドロップシップの外で作業するカートライト上等兵を呼び出す。
「カートライト! 一体何が起こっているの!?」
『わ、わかりません! 敵襲みたいですが……』
外にいるカートライトにも突然発生した事態に狼狽する事しか出来ず、低く呻いたヴィラノ伍長はドロップシップの点火スイッチを作動させた。
「カートライト! ドロップシップを発進させるわよ! 早く乗って!」
手早く各種スイッチを起動させ、ドロップシップは低いエンジン音を響かせる。
カートライト上等兵は作業を中断し、全速力でドロップシップのタラップへと駆け出した。
「っと、なんだこりゃ?」
タラップを駆け上がりドロップシップ内へ入ったカートライト上等兵は、タラップの手すりに付着する粘液に気付く。
手に付いた糸を引く粘液を、しばし訝しげに見つめていが、インカムからヴィラノ伍長の苛立った声が響いた。
『何してるの! さっさとタラップを閉めて!』
「わかりましたよ、今タラップを閉めます」
粘液の付いた手でボタンを押すことをしばしためらっていたカートライト上等兵は、仕方なしに開閉ボタンを押す。
低い作動音を響かせながらタラップが上がり、ドロップシップの発進準備は完了した。
「メインエンジン点火……各種計器作動チェック完了……もう、カートライトは何をしてるの?」
操縦席で手早くドロップシップの起動準備を終えたヴィラノ伍長は中々操縦席へやって来ないカートライト上等兵に苛立ちながら操縦桿を握る。
なにをモタついているんだと、苛立ちながら再度インカムでカートライト上等兵を呼び出そうとすると、丁度操縦席のドアが開く音がした。
「遅いわよ! 何やって──」
後ろを振り返ったヴィラノ伍長の前に、低い唸り声を上げる黒色の怪物の姿があった。
唇を震わせ、歯を剥き出しにし、粘性のある涎を垂らした怪物の姿を見て、ヴィラノ伍長は一瞬にして恐慌状態に陥った。
「ヒ、ヒィッ!」
パニックになったヴィラノ伍長はホルスターの拳銃を抜こうと身を捩るも、怪物は素早い動きでその
操縦席の防弾ガラスに、ヴィラノ伍長の脳漿が混じった鮮血が飛び散っていた。
「やはりゼノモーフ達は明確な敵意を向けなければ、ヒューマノイドに興味を示さないようです」
降着場を見下ろせる小高い丘の上でヒューマノイドのウォルターがインカムを装着し、何者かと通信をしている。
雨は既に上がっていたが、空は既に闇に閉ざされつつあり、僅かに見える星空の明かりが降着場を照らしていた。
その降着場で、怪物達が第1小隊の兵士達を次々と襲う光景を、ウォルターは無機質な瞳で見下ろしていた。
「ええ……居住区のゼノモーフはチャーリー中隊との戦闘で多少は数を減らすでしょうが、概ね予定通りの生息数を保つかと」
通信相手と事務的な調子で会話を続けるウォルターは、眼下に広がる凄惨な光景を見てもその無機質な表情を崩すことは無かった。
「ドロップシップの爆破工作も完了しています。ゼノモーフが
ちらりと後ろを振り返ったウォルターは、同じチャーリー中隊に付いていたヒューマノイド達が隠してあった車両に乗り込む様子を見て、再び眼下の惨劇に目を向ける。
第1小隊の海兵隊が泣き喚きながら、ゼノモーフと呼称された黒色の怪物に捕獲されていく様子を無表情で見つめていた。
だが、通信先から聞こえてきた言葉にウォルターはピクリとその眉を動かし、やがてニヤリとその無機質な口角を吊り上げた。
「そうですか……
インカムを押さえながら上空を見上げたウォルターは、星明かりに混じって僅かに見える火球を見て増々その口角を吊り上げていた。
「はい……ええ、彼らにもぜひ我々の歓迎を受けてもらいましょう……」
ウォルターは再び眼下に視線を落とし、ゼノモーフと呼称される異形の怪物……エイリアン達の饗宴を、目を細めて見つめていた。
「ではあとは予定通りに……
インカムのスイッチを切ったウォルターは、不気味な笑みを浮かべながらヒューマノイド達が用意した車両へ向け歩き出した。
──────────────
USSアスタミューゼ号戦闘指揮所
植民地海兵隊第501大隊が降下した惑星BG-386にて広域の電波障害が発生した報告をUSSアスタミューゼ艦長ヴェレス中佐は渋面を浮かべながら聞いていた。
戦闘指揮所ではオペレーター達が地上の状況を探るべく、必死になって計器を操作するも依然として501大隊の状況を掴む事は出来なかった。
ヴェレス中佐の傍らに立つ作戦主任のアンダーソン大尉も、落ち着かない様子でオペレーター達を見つめる。
ヴェレス中佐は渋面を浮かべながらその重たい口を開いた。
「予備のドロップシップの準備を。リモート操作で各中隊が降下した地点に下ろして兵員を出来る限り回収するのだ。それから、XIM-30の発射準備を」
ヴェレス中佐の指示に、アンダーソン大尉は慌ててその口を開く。
「か、艦長! 核攻撃を認める事はできませんぞ!」
アンダーソン大尉を胡乱げな瞳で見やったヴェレス中佐は、一つ溜息をついて呆れた表情を浮かべていた。
「アンダーソン大尉。君はもう一度士官学校で作戦科目を履修し直すべきだ。状況は明らかに第501大隊の能力を超えた事態になっている」
ヴェレス艦長の言葉にアンダーソン大尉は狼狽しながら異を唱えた。
「しかし! 通信妨害を受けているだけで大隊の戦力は!」
「君は通信妨害が発生する前のレン少佐の報告を聞いてなかったのかね。狂暴な敵性生物の襲撃を受けアルファ中隊の被害は甚大。早急に救援を差し向け、さっさと惑星ごと敵戦力を撃滅するべきだ」
アンダーソン大尉の言葉を聞き流しながらヴェレス中佐は淡々とブリッジクルーに指示を出す。
憎々しげな視線をヴェレス中佐に向けたアンダーソン大尉は、やがてにやりと不敵な笑みを浮かべヴェレス中佐を見やった。
「艦長。ならば私にも考えがありま──」
「クルーを買収しようとしていたみたいだが、生憎この艦には金で魂を売り渡すような者は存在せんよ」
アンダーソン大尉の言葉を遮り、毅然と言葉を向けるヴェレス中佐。
アンダーソン大尉は急所を射抜かれたかのように愕然とした表情を浮かべた。
「な、何を言って」
「君はヴェイランド・ユタニ社から色々と言われて動いていたようだが、私を舐めすぎだよ。クルーを買収しXIM-30の起動コードを改竄しようとしていたみたいだが、とっくにコードは元に戻してある」
ヴェレス中佐が目配せをすると、戦闘指揮所に控えていた警備兵がアンダーソン大尉を拘束するべく駆け寄る。
アンダーソン大尉は終始狼狽しながら警備兵に取り押さえられていた。
「か、艦長! 後悔しますぞ! あなたは許可無く会社の財産を破壊しようとしている! 地球に戻ったら査問委員会が開かれるのは確実だ!」
「ふん。金で仲間を売ろうとした奴が何をほざくか。君とヴェイランド社の関係は癒着以外何物でもないぞ。査問委員会どころか軍法会議を覚悟しておけ。ついでだ、地球に戻ったら海兵隊からヴェイランド社の影響力を徹底的に排除してやる」
「い、一介の中佐ごときに何が出来るというんだ!」
「一介の中佐でも人脈は広いほうでね。君が思っている以上に海兵隊の上層部はヴェイランド社を快く思わない人間が多いのだ」
拘束されたアンダーソン大尉から視線を外したヴェレス中佐の瞳は、海兵隊の膿を出し切るべく果敢にヴェイランド・ユタニ社と戦う決意が浮かんでいた。
とはいえ、まずは目の前の501大隊を出来る限り救わなければならない。
敵の正体は気になる所であったが、どちらにせよ最終的には全て灰になるのだ。
ヴェレス中佐は粛々とブリッジクルーへと指示を出した。
「ドロップシップへの給油は30分で終わらせろ。できるだけ多くの兵隊を乗せられるよう余計な貨物は──」
「レーダーに反応有り!」
ヴェレス中佐の声を遮り、ブリッジクルーの緊迫した声が上がる。
突然の出来事に拘束されたアンダーソン大尉も目を白黒させながらその様子を見ていた。
「距離は?」
「距離5000! IFFにも反応しません!モニターに出します!」
「馬鹿な! 目視できる距離だぞ!」
落ち着いた様子でアンダーソン大尉を追い詰めていた時とは一変し、動揺するヴェレス中佐は戦闘指揮所に備え付けられている大型モニターに目を向ける。
アスタミューゼのレーダーを掻い潜り、この距離まで近づけるステルス艦は海兵隊はおろか地球のどの国家も所有しているはずがなく、ヴェレス中佐は焦燥感に駆られた表情でモニターに食いついていた。
「なんだこれは……?」
モニターには、ヴェレス中佐が見たこともないような巨大な宇宙船が佇んでいた。
アスタミューゼより二回り程大きく、流線型のデザインで造られたその宇宙船は紫電を纏いながらその艦首をアスタミューゼへと向けている。
正体不明の宇宙船が放つプレッシャーに、ヴェレス中佐は額に汗を浮かべてモニターを見つめていた。
「目標より高エネルギー反応!」
ブリッジクルーの叫び声が上がる。
正体不明の宇宙船の艦首から閃光が発生するのが見て取れた。
「回避しろ!」
「ダメです! 間に合いませ──」
ヴェレス中佐の視界が光に包まれる。
戦闘指揮所全体を包んだ光の中で、ヴェレス中佐の意識は永遠の闇の中へと誘われた。
破壊された艦の残骸が惑星BG-386へと落下し、流星となって地上へ降り注ぐ。
BG-386静止軌道上にいたUSSアスタミューゼは、正体不明の宇宙船からの攻撃を受け、閃光と共にその艦齢を終えた。
──────────────
「krrrrr……」
ホログラムに映し出されたUSSアスタミューゼが破壊される様子を、一体の異形が見つめていた。
低い顫動音を響かせ、機械的なデザインの椅子に深く腰をかけながら、どうでも良さげな視線を向けていた。
異形は身に何も身につけておらず、大きな乳房が露わになっていた。
体長は2メートルを優に越え、細身ながらも筋肉質な肉体の表面には爬虫類のような鱗があり、肩から背中にかけては黄土色の体色が浮かんでいる。
露わになった乳頭は薄いピンク色しており、乳房から腹にかけては薄い白色がかった体色をしていた。
そして、その顔は普段は無機質なマスクで隠されている素顔が露わになっており、2対4本の爪上口器を気だるげに閉じていた。
瞳は小さく、目の周りの睫毛は長い。
異形の女は、一糸纏わぬ姿で椅子に腰をかけ、頬杖を付きながら溜息のような唸り声を発していた。
いや、彼女は一つだけ身につけているものがあった。
頬杖をついた右腕に巻かれている、色あせたハンカチを、彼女は優しげな手つきで撫でていた。
彼女は、あの日から随分と自分が変わってしまっていた事を自覚していた。
元々、彼女は“雌”でありながら“狩り”に出る程氏族では浮いた存在ではあった。
彼女の氏族では雌は母星で雄達の帰りを待ち、
そんな雌達の姿を見て育った彼女は、物心ついた頃からそんな生涯を送る事は我慢できなかった。
何故、雄達と遜色ない身体能力を持っているのに、雄と同じような生き方をしないのか。
氏族の若い雌達は強い雄の気を引く事以外に興味を示さず、彼女はそんな雌達にうんざりしていた。
彼女はもどかしい思いを持ち続け、ついには雄達の武器をこっそり持ち出し、隠れて狩りの練習をするようになった。
強い獲物に負けないよう、毎日かかさずに狩りの練習を続けていた。
やがて強く、美しく成長した彼女に無理矢理番になろうと迫ってくる雄がいた。
彼女は容赦なくその雄を叩きのめし、氏族が集まる場所で半殺しにした雄を放り投げてからは増々周りから孤立していった。
ある日、隠れて行っていた狩りの練習を氏族の雄に見られた。
彼女はその雄をまた自分を番にしようとやってきた哀れな犠牲者と思い、猛然とその雄に向かっていった。
そして彼女は敗北した。
手も足も出なかった。彼女は強かったが、この雄は彼女と比較にならない程強かった。
しかしその雄は彼女を番にしようとはせず、自分が行っている“仕事”を手伝わせるようにした。
その雄は、氏族の戦士達が敗北した事で起こる様々な事態を未然に防ぎ、時には戦士達の狩りの痕跡を消すべく惑星を渡り歩いていた。
戦士達が敗北するような相手にも常に勝利し、氏族の為に働き続けてきたその雄は“クリーナー”と呼ばれていた。
クリーナーに見込まれた彼女は仕事を手伝っていく内にその才能を増々開花させていった。
クリーナーは彼女に対し苛烈ともいえる鍛錬を施していたが、彼女はそれによく応え、成人の儀式を行う頃になるとクリーナーは彼女をとある惑星へと放り込んだ。
クリーナーが言うには、この惑星は大昔から氏族の成人の儀式を行う為に使用していた惑星であり、ほんの200年程前まではよく氏族の戦士達がこの惑星で狩りを行っていた。
この惑星の獲物は非常に好戦的で、武器は氏族が使う物より劣るが油断すると死を招く程の抵抗を見せる事から、戦士達は好んでこの惑星で狩りを行っていた。
時にはその惑星の獲物を無傷で拐い、別の惑星に放して狩りを行う者もいた。
だが、200年程前に発生した氏族の戦士から生まれた
先代のクリーナーはその事件を隠蔽しようとしてこの惑星に向かい、獲物共が放った兵器に巻き込まれて死んでしまったらしい。少しだけ悲しそうにその事を彼女に話していたクリーナーは、この惑星で成人の儀式を行う前の最後の練習を行わせるつもりであった。
そして、彼女はそこで一人の小さな雄に出会った。
暑い、しかし心地よい暑さの中、獲物共が棲まう街で彼女は狩りを行っていた。
獲物同士で激しく戦っていた場所に乱入し、その場にいた獲物を悉く狩り尽くした。
だが、獲物が放った一発の銃弾が腕を貫通し、やがて獲物の援軍がやって来たのを見て
そして、逃れた先の寂れた公園で、小さな雄と出会った。
彼女は腕から血が滴っているのを忘れる程、その小さな瞳にひと目見た瞬間から魅了されていた。
今まで同族や、色々な惑星で見た雄とも違う純真な瞳に、彼女の心は捕らわれた。
その惑星の獲物の言葉でいうなら“一目惚れ”というやつなのだろう。
封印していたはずの自身の“雌”が、その小さな雄の前で抑えられなくなり、気がつくとその幼い肉体にむしゃぶりついていた。
小さな雄の、幼い精を飲み込んだ彼女は初めて“愛おしい”という感情を芽生えさせた。
腕の中で微笑む小さな雄は、『エミリオ』と名乗った。そして、自分も小さな雄に名前を教えた。
『シシュって、言うんだね。いい、名前だね』
エミリオが自分の名前を褒めてくれた。
誰かに自分の名前を、いや、自分が行う全ての事を一度も褒められた事のなかった彼女……シシュは、初めて褒められた事が嬉しくて、気恥ずかしくて、幸せだった。
また、番になってくれると約束してくれた事が、嬉しくて、幸せだった。
初めてシシュは雄と番になる事の幸せを理解して、得も言われぬ多幸感に包まれていた。
シシュは腕の中で眠ってしまったエミリオを見つめていく内に、エミリオをこのまま連れて帰り番になってしまおうと考えた。
だが、そんな事はクリーナーや氏族の
よしんば許しを得たとしても、このか弱いエミリオの肉体では苛酷な母星の環境に耐えきれず、すぐに死んでしまうだろう。
エミリオが死んでしまう事を想像したシシュは強烈な喪失感と悲しみに襲われ、胸が張り裂けそうな思いでエミリオの顔を見つめていた。
見つめていく内に、エミリオの言葉を思い出したシシュは、断腸の思いでエミリオをベンチへと横たわらせた。
『ぼくが大人になったら、およめさんになってくれますか?』
拙く、幼い子供の、小さな決意。
種族が違うこの小さな雄は、確かに自分を番にしてくれると約束してくれた。
その言葉を信じて、いつかの再会を誓ってシシュはこの青い惑星……地球を離れた。
エミリオとの神聖な約束は誰にも言わなかった。言えば、その約束が他者に汚されると思ったからだ。
クリーナは戻ってきたシシュを少しだけ不審に思っていたが、やがて成人の儀式が行われシシュは名実共にクリーナーの後継者として周囲から認められていた。
とはいえ、クリーナー以外との接触を増々拒絶していたシシュが氏族から浮いた存在であるのは変わりなく、クリーナーと“仕事”をこなす日々が過ぎていくだけであった。
たまに、シシュが地球の映像をぼんやり見つめているのをクリーナーは見ていたが、仕事をきちんとこなすシシュを訝しげに思う事はなかった。
そして、いつからかシシュはクリーナーと何ら遜色のない実力を身に着けていた。
氏族最強のクリーナーと同格のシシュと番になろうとする氏族の雄は、もう存在しなかった。
だが、シシュはもう仕事や狩りや、自分の実力はどうでもよくなっていた。
エミリオと番になることだけが、シシュの全てであった。
「krrrr……」
シシュはホログラムに映るアスタミューゼの破片がBG-386へ落ちていく様子を見つめる。
シシュは自分が何故ここにいるのか、ぼんやりと思考を巡らしていた。
どうも、地球の獲物共がこの惑星にある氏族の墓を暴いたらしい。
その墓には氏族の偉大な戦士の遺体と、サーペント共の女王が冷凍保存されている。
それらをあの獲物共が好き勝手にしている事が、エルダーの逆鱗に触れたのだ。
エルダーは氏族の戦士達を派遣した。だが、氏族の戦士達が次々と消息を絶った事で、自分にも墓へ向かうよう指令を出した。
クリーナーは別の惑星で氏族がやらかした不始末を片付けていたので、今回はクリーナー抜きでの仕事だ。
戦士達がサーペントと地球の獲物にやられていくのに業を煮やしたエルダーは、自らも母船を動かしてこの惑星へシシュと共にやってきた。
エルダーいわく、偉大な戦士の墓には氏族の母星の情報が残っているらしく、放置する事は出来ぬと。
シシュはその事はどうでもいいと思っていた。
どうせ、あの地球の獲物共に我々の母星へとやってくる実力は無い。位置がバレたとしても何が問題だというのか。
現に、目の前の地球の船は母船の攻撃一発で沈んでいるじゃないか。
のこのこやってきた間抜けな地球の船など、
シシュはそこまで考えてから、のそりと椅子から立ち上がる。
背後にある収納壁面から自身の装備を取り出し装着し始めた。
ボディースーツを着込み、乳房を象った鎧を着込み、使い込んだショルダープラズマキャノンを装着する。
2つ程シュリケン……スマートディスクを腰に差し、クリーナーのお下がりの
両腕にガントレットを装着し、右腕のリスト・ブレイドの刃を確認し、左腕のコンピューターガントレットの動作を確認する。
それ以外にも、ネットランチャー、レーザーネット、
最後に、立てかけてあったスラッシャー・ウィップを手に取る。
これは、成人の儀式で初めて狩ったサーペントの尾から作った鞭であり、鋭利な斬れ味を誇るそれはシシュお気に入りの武器であった。サーペントの尾で出来ているので、奴らの強酸性血液が付着しても溶けることはない。
もっとも、全ての装備に耐酸コーティングを施しているので、サーペントの強酸性血液が装備を溶かすことは心配しなくてもよかったが。
シシュは立てかけてあった無骨なマスクを手に取り、ゆっくりとした手つきでマスクを装着する。
全ての準備を整えたシシュは再び椅子に座り、座席に備え付けられていた端末を操作する。
シシュがいる場所は、母船に接続されたシシュ専用の降下船の中だった。
母船へと合図を送り、シシュの降下船が母船と切り離され勢い良く惑星BG-386へと射出される。
ホログラムでは、シシュの船以外にも何隻かの降下船が切り離されてる様子が映し出されていた。
シシュは揺れる船内で、早くこの仕事を終わらせたいと考えていた。
どうせ、やる事はいつも通りだ。狩って、殺して、隠蔽するだけ。
それが終わったら、地球へ行こう。エミリオに、会いに行こう。
エミリオは、もう自分を番に出来るほど逞しく育っているだろうか。
あの優しい瞳は、変わっていないだろうか。
私との、あの約束は、覚えてくれているだろうか。
「krrrr……」
少しだけ不安な気持ちになったシシュは、揺れる船内で右腕に巻かれたハンカチをぎゅっと握りしめていた。