子供の頃に、男の人が家畜のように殺されたことがあったの。
生皮を剥がされた、ひどい姿で。
村のお婆さん達が十字を切りながら言っていたわ。
『また悪魔がやって来た』って 。
それは、暑い年に限って起きる。
今年も、暑い年になりそう……。
BG-386居住区外周部降着場
管制エリアでチャベス上等兵とスミス一等兵を回収したエミリオ達は、APCを走らせ大きな爆発の跡が残る降着場へと到着していた。
菜園プラントからここまでエミリオ達を運んできたAPCの装甲は怪物達の強酸性の血液で所々溶かされ、前輪の強化タイヤは装輪が剥き出しになるほど融解していた。
だが、多少はガタついてはいたもののまだまだ走行には支障をきたさない程、APCは軍用車両らしくそのタフさを見せつけていた。
破壊されたドロップシップや機材の残骸の中、APCを降車したエミリオ達は呆然とその上に佇む。
APC内ではリッコ・ロス一等兵が他の中隊や母艦と連絡を取ろうと悪戦苦闘していたが、通信機から聞こえてくるのはノイズ音ばかりであった。
「参ったねこりゃ……」
ゲイシー・ライバック伍長がしゃがみ込み、ドロップシップの残骸を拾い上げながら溜息を一つ吐く。
母艦への帰還手段が無くなり、あの怪物達の真っ只中に取り残されたという現実には、この百戦錬磨の海兵隊員ですら途方に暮れるしかなかった。
「もうおしまいだよ! ゲームオーバーだ! 俺たちもあのバケモンにやられて第2の奴らと同じ目に会うんだ!」
「パクストン! 泣き言言ってんじゃないよ!」
膝をつき、喚き散らすビル・パクストン上等兵をサラ・コナー上等兵がたしなめる。
しかしコナーの一喝もパクストンの心を落ち着かせる事は出来なかった。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!? なあどうすりゃいいんだよ!? あのバケモンども絶対俺たちを襲ってくるぞ!」
「そうね、焚き火でも囲んで皆で歌でも歌う?」
シンシア・スコット一等兵がパクストンを見やりながら呆れたように呟く。
そんな彼女に向け、パクストンは恨みのこもった眼差しを向けた。
「スコット、お前はあそこにいなかったからそんな事言えるけどよ、俺たちゃ必死で逃げてきたんだぜ! あのバケモンの恐ろしさを知らねえからそんな呑気な事言えるんだ!」
「……」
パクストンの鬼気迫る表情を見て、スコットはそれ以上軽口を叩く事は出来なかった。
ライバックと同じようにドロップシップの残骸を調べていたリチャード・チャベス上等兵がエミリオの元へと駆け寄る。
チャベスはアメリカインディアンの末裔で、鋭い第六感を持ちその感覚の鋭さから小隊狙撃手に任じられていた。加えて、小隊斥候としても優秀な能力を持っており、この状況下では非常に頼りになる男であった。
チャベスは渋い表情を浮かべながら、エミリオに小声で声をかける。
「少尉、ドロップシップは何者かに爆破されています。爆薬の痕跡を見つけました」
「なんだって?」
チャベスの言葉にエミリオは眉を顰める。
怪物の襲撃による混乱でドロップシップの搭載兵器が誘爆したと思っていただけに、エミリオはチャベス上等兵の報告を聞き困惑の表情を浮かべた。
「死体はあったか?」
「ドロップシップや降着場周辺で死体は一つも見つかっていません。例のバケモノの仕業でしょうか……?」
「あれが爆薬も使ってくるなんて考えたくもないな」
エミリオは菜園プラントで死闘を繰り広げた異形の怪物を思い起こす。異形の怪物は恐ろしいほど俊敏で、狡猾な暴力性を剥き出しにして第3小隊を壊滅に追い込んだ。
ただ、どう考えてもあの狂暴な怪物が爆薬を使うほどの知性があるとも思えず、怪物以外の“敵”の存在を感じ取ったエミリオはその表情を固く引き締めていた。
「母艦とも依然連絡が取れない……本当に焚き火でも囲んで歌でも歌おうかな」
「……」
エミリオはやや冗談めいた調子でチャベス上等兵に声をかける。
チャベス上等兵はその言葉を無言で流していた。
しばし気まずい沈黙が流れたが、エミリオのインカムにロスの元気良い声が響いてきた。
『少尉! 通信が入っています! ブラヴォ中隊からです!』
「ブラヴォ中隊……コンチータ大尉か!?」
エミリオはインカムのボタンを押し、コンチータ大尉と通信を開始する。
「こちらチャーリー中隊第3小隊長エミリオ・クロサワ少尉です」
『エミリオ少尉! よかった! 無事だったのね!』
通信の向こうではブラヴォ中隊長マリア・コンチータ大尉の弾んだ声が聞こえる。
エミリオはその声を聞き、この絶望的な状況下で僅かに見えた希望に表情を緩めていた。
『エミリオ少尉、とりあえずそちらの状況を教えてちょうだい』
「チャーリー中隊は狂暴な敵性生物の襲撃を受け壊滅しました。ドロップシップも何者かに爆破されています。こちらの残存戦力は私を含めて7名です」
『そう……あなた達の中隊にもあの怪物が襲ってきたのね』
「ブラヴォ中隊も襲撃を受けたのですか?」
『こちらは中隊の戦力を集中していたのでなんとか撃退できたわ。今は精錬所の一部で陣地を構築して凌いでいる状況よ。ドロップシップはやられてしまったけどね……』
精錬所に突入したブラヴォ中隊は早々にあの黒色の怪物達の襲撃を受けた。しかし戦力を分散させず、コンチータ大尉の冷静な指揮で損害を出しつつもなんとか撃退し、ドロップシップで撤退を開始しようとした。
だが、
『エミリオ少尉、状況は非常にまずい事になっているわ。大隊長のアルファ中隊とも通信途絶、アンドロイド達はいつのまにかいなくなるし、おまけに母艦は撃沈されて私達は完全に孤立している』
「まってください! アスタミューゼがやられたんですか!?」
その言葉を受け、ライバックら第3小隊の生き残り全員がエミリオへと視線を集中させる。アスタミューゼが撃沈し、あの怪物の真っ只中に取り残されたという事実に、一同は一様に表情を暗くしていた。
『アスタミューゼは正体不明の敵艦に撃沈されたわ。精錬所にある通信施設から観測出来たの。とにかく、地球には救援を要請したからそれまで耐えるしか無いわ。エミリオ少尉、あなたは第3小隊の生き残りを率いて私達の所へ合流しなさい』
「了解しました。地球からの救援はどれくらいかかりそうですか?」
『……早くて、15日後よ』
「15日……」
エミリオの呟きに、第3小隊生き残りの表情は増々曇る。パクストンなどは「15時間だって持ちはしねえよ……」と、絶望の表情を濃くしていた。
『現在BG-386は強力な妨害電波が放射されているわ。今はなんとかジャミングを突破して通信を保っていられるけど、また直ぐに通信は妨害される。こちらからはこれ以上フォローは出来ないけど、なんとかここまで辿り着いてちょうだい』
「はい。コンチータ大尉も気をつけて」
『エミリオ少尉、敵はあの怪物達だけじゃないわよ。十分に注意しなさい。以上、通信終わり』
コンチータ大尉との通信を終え、エミリオはインカムを押さえながら深く溜息をつく。
すでに辺りは日が傾き、夜の闇に包まれようとしていた。
「皆、これからブラヴォ中隊と合流する。APCで精錬所まで向かおう」
エミリオの言葉に頷いた一行は足早にAPCへと向かう。
APCに搭乗したエミリオは運転席に座るロスへと声をかけた。
「ロス一等兵、精錬所までどのくらいかかる?」
「あまりスピード出す事はできないんですけど、3、4時間もあれば!」
「よし。疲れてるとは思うけど、APCの運転は任せたよ」
「了解でっす!」
エミリオ達を乗せたAPCは居住区から精錬所へと通じるジャングルの中に敷設された道路を、エンジン音を唸らせながら走り始めていた。
「少尉、ここらで一旦状況を整理しませんか?」
揺れるAPCの車内で、ライバックが低い声を上げる。
完全に夜の闇に包まれたジャングルの道路を、APCが前方をライトで照らしながら走っているが、周囲を映すモニターには不気味なジャングルの闇しか映っていなかった。
「そうだね……。ライバック、あの怪物は一体何なのだろうか?」
「……わかりません。一つ言えるのは、恐ろしく手強い相手だという事です」
包帯が巻かれた腕を擦りながら、ライバックは渋い表情を浮かべる。
「あの怪物どもの体液は強い酸で出来ている。それと恐ろしく俊敏で、獰猛だ。力も人間とは比べ物にならない。接近戦には十分注意する必要がありそうです」
ライバックはそこまで言い切るとパルスライフルを抱えながら口を噤む。
コナーは強酸性の血液に溶かされたクルス一等兵の最期の姿を思い浮かべ、唇をきゅっと噛み締めていた。彼女の指はスマートガンのトリガーを引くかのように、時折ビクついていた。
「わかった。神経ガスを使うってのはどう? CN-20の缶をぶち込めばいっぺんに始末できる」
「やってもいいが、効くかどうかわからんぞ……それに、逆にガスでハイになるような奴らだったらどうする」
コナーの言葉に、ライバックはパルスライフルを抱えながらAPCの壁に寄りかかる。
コナーはそれ以上言葉を発することはなく、苛ついた様子で車内をウロウロするしかなかった。
指揮官席に設けられたモニターの前では、第3小隊のヘルメット内臓カメラに録画されていた映像をチェックしていたスコットが何かに気付いたように言葉を発した。
「ねえ、この動力施設ってまるであいつらの巣みたいじゃない? ほら、これなんてまるで卵みたいだわ」
「言われてみれば卵に見えるな」
「この卵の近くにあるクモみたいな生き物の死骸は、壁に塗り固められた第2小隊に寄生していたんじゃないかしら? 彼らは“繭”として利用されたのよ。そして、植え付けられた怪物の幼虫が身体の中で成長し、胸の中から出てくる」
スコットの言葉に、エミリオ達は腹の奥から不快な嘔吐感が込み上げてくるのを感じていた。
チャベスが不快感を露わにしながらスコットに視線を向ける。
「それが正しかったとして、一体この卵は誰が産んでいるんだ?」
「それは分からない……。どこかにいるのは確かでしょうけど」
スコットが訝しげな表情を浮かべていると、それまで黙っていたパクストンがボソリと呟いた。
「アリの巣……みてえなもんじゃねえか?」
「何がアリだよ、ハチの巣だ!」
パクストンの言葉にコナーが憎々しげな声を上げる。
「どっちだっていいじゃねえか。多分、一匹の雌が仕切ってるんだ」
「ああ、
スコットはパクストンの言葉に深く頷く。
あの怪物達が一種の昆虫のような社会を築いているのが容易に想像できた。
「そうだオフクロだ。きっとすっげえ強え雌だからすっげえでけえ」
「だからアリじゃないんだよ馬鹿たれ!」
「わかってるよ」
「あれはまるでフィクションに出てくる怪物……エイリアンだ。アリなんて生易しいものじゃないよ」
「おい、コナー。エイリアンっつってもなぁ、密入国したメキシコ人とはわけが違うぜ」
「あ゛?」
パクストンの諦めが混じった軽口に、
それを見たパクストンは慌ててヘルメットを深く被り直し、座席に深く腰をかけた。
「エイリアンか……。精錬所、そして恐らく研究所にもエイリアン共は襲ってきた。つまり、広範囲に渡ってやつらのテリトリーというワケだ。居住区から離れても油断は出来ない」
「巣も複数ありそうだわ。それに、一人一体のエイリアンが生まれるとして、BG-386に住む人間はおよそ800人……“私達”も入れて、1000匹は生まれてる計算になるわね」
「あんなのが1000匹もいるのか……通常戦力で皆殺しにする事は不可能だな」
ライバック、スコット、チャベスがそれぞれの意見を述べる。
それを受けたエミリオは今にもあの怪物……エイリアンがAPCへ襲ってくる事態を想像し、外部モニターを見つめながら警戒心を強めていた。
しばらくAPCは順調に走っていたが、やがてガクンッと車体を大きく揺らしながら急停車をする。
エミリオ達は一瞬で緊張を高め、それぞれの銃器を握りしめていた。
「ロス一等兵! どうした!? 敵襲か!?」
「いえ、それが……」
ロスが困り果てた表情を浮かべながらエミリオを見つめる。
運転席に向かったエミリオは前方の道路の様子を見て、その表情を強張らせていた。
「道が……」
ジャングル内の道路は、丁度崖に面した箇所に差し掛かっていたが、降下した時の大雨の仕業か大きな土砂崩れが発生し、その道を塞いでいた。
山のような土砂は、APCはおろか徒歩で乗り越えるのも困難な様子を晒していた。
「APCはここまでだね……」
エミリオの呟きに、パクストンは盛大に溜息を吐きながら頭を抱えた。
「ああ、参ったねえ! あのバケモンどもがうようよしているジャングルを歩いていくなんてよぉ! ついてないぜ!」
「うう……ごめんなさい……」
「ロスは何も悪くないわ」
スコットがロスの頭を撫でながらパクストンにきつい視線を向ける。
涙目を浮かべるロスは心底申し訳なさそうに俯いていた。
「もうじき夜が明ける。明るくなってから装備を整え、ジャングルを移動しよう。皆それでいいね?」
エミリオの言葉に小隊全員が頷く。
果たして無事に精錬所まで辿り着けるのか、エミリオは増々その表情を引き締めていた。
翌朝。
日は昇っていたが、ジャングルは薄暗い緑の闇に包まれており、雨上がりのせいもあってジメジメとした嫌な暑さがエミリオ達を包んでいた。
エイリアンの襲撃に備えてロクに休息が取れなかった一行であったが、ジャングル内を徒歩で移動するべくその装備を整えていた。
全員ヘルメット、ボディアーマーは脱ぎ捨てている。クルス一等兵の身体をボディアーマーごと溶かした強酸性の体液の前では、ボディアーマー等の防具は意味をなさず、ジャングル内を徒歩で移動するのにも邪魔であったからだ。
それぞれのバックパックには
コナーはバンダナを鉢巻きのように巻き、ひときわ大きなバッグを背負ってパルスライフルを抱えていた。バックの中身は予備のスマートガンが納められていた。
「チャベス上等兵、ルートの選定はできたか?」
エミリオが近くの樹の上に登っていたチャベスへと声をかける。
チャベスは樹上でコンパスと地図が入った端末を交互に見比べていたが、やがてスルスルと軽快な動きでエミリオの元へと降りてきた。
「最短ルートは一つだけ。この谷を抜け精錬所へ向かうルートです。ただし、酷いジャングルですよ少尉」
チャベスが難しい表情を浮かべながらエミリオへ地図を見せる。
深い渓谷を抜けるのは大変な労力を要することは想像に難くなかった。
「1時間に3……いや2キロ進めれば良い方か」
「我々はジャングル戦の訓練はそこまで受けていませんからね……精錬所までは約40キロ。途中で休息を挟む必要もありますし、2日はかかるでしょう」
「仕方ないね……。よし、皆準備はいいか?」
エミリオがAPCを降車し、準備を終えたライバック達を見やる。
全員疲れた表情を浮かべていたが、バックパックを背負う様子には力強さを感じさせていた。
「少尉、全員準備は出来ています。APCからも持てるだけ装備は持ち出しています」
「了解した。チャベス上等兵、先導を頼む」
「了解です」
チャベスを先頭に、コナー、エミリオ、スコット、ロス、パクストン、ライバックの順にジャングルの中へと進む。
殿を務めるライバックが道路からジャングルへと入ろうとした時、遠くから何者かの視線を感じて足を止めた。
「……?」
視線を感じる方向を見つめるも、ライバックの目には何も異常を見つける事は出来なかった。
「ライバック! 何してんだよ!」
「ああ、すまん。直ぐ行く」
パクストンの言葉を受け、首をかしげながらライバックはジャングルへと入る。
ジメジメとした嫌な暑さの中、疲れきった海兵隊達の生き残りへの旅が始まろうとしていた。
その様子を、一体の陽炎が怪しく両目を光らせながら見つめていた。
「ああ、嫌だねぇ……俺は都会育ちのシティボーイだ。こんな未開の地を歩くような人間じゃないんだ。もっと平坦な道を歩きたいぜ」
「うるさいよパクストン、黙って歩きな」
「何がシティボーイよ。あんたテキサスの田舎育ちじゃない」
ジャングルへ入って数時間、エイリアンの襲撃も無くジャングルを進んでいた一行であったが、鬱蒼としたジャングルの植物に阻まれその足取りはひどく鈍重なものであった。
パクストンは文句を垂れながら重々しげに足を運ぶ。
たしなめるコナーやスコットの声も、どこか疲れた様子が浮かんでいた。
「そういう所はみんなゴルフ場になっているさ」
エミリオがパクストンへ振り向きながら冗談を飛ばす。
この真面目そうな少尉が放った唐突なジョークに、パクストンを含め一行は思わず笑みを浮かべる。
少しだけ雰囲気が和らいだのを見て、スミスは改めてこの少尉の頼もしさを認識していた。
先頭を進むチャベスだけが、表情を固くしながら山刀を振るい、道なき道を切り開いていた。
一行はしばらくジャングルを進むと、若干開けた場所に出る。
先頭を進むチャベスが手を上げ合図すると、エミリオ達は身をかがめながらパルスライフルを構える。
慎重にジャングルが開けた場所へ進むチャベスを見つめながら、緊張した面持ちで周囲の警戒を行っていた。
やがてチャベスが立ち止まり、じっと遠くにある樹上へと視線を固定しながら動かなくなった。
立ち止まり、視線を樹上へ向け続けるチャベスの様子を訝しげに見つめるエミリオの傍で、同じくチャベスの様子を伺うライバックが静かに呟いた。
「あのチャベスが怯えている……奴らしくもない」
「え?」
ライバックの言葉に、エミリオは驚いた表情を浮かべチャベスへと目を向ける。
チャベスは首から下げた先祖伝来のお守りを握りしめながら、ひらすら視線を樹上へと向け続けていた。
「奴は鼻が利きます。何かある……」
エミリオはライバックに頷くと、ゆっくりとチャベスの元へと近付く。
音を立てずにチャベスの傍へ行くと、小声で話しかけた。
「チャベス……チャベス上等兵」
「……」
エミリオの言葉を受けても、チャベスはじっと樹上を見つめ続けている。
エミリオはチャベスの肩をゆっくりと叩いた。
「チャベス上等兵!」
「ッ!」
肩を叩かれたチャベスは暑さでかいた汗とは別に、冷えた汗を額に浮かべながらエミリオへと目を向ける。
その表情は強張りきっており、お守りを血管が浮き出るほど強く握りしめていた。
「一体どうしたんだ?」
「……」
エミリオの言葉を受けても尚、チャベスは汗を垂らしながらお守りを握りしめていた。
再び視線を樹上へと向ける。
「樹の上に……何かがいます……」
「樹の上? エイリアンか?」
「いえ……エイリアンじゃありません。もっと別の、ナニカだ」
怯えながら視線を向け続けるチャベスと同じ方向を、エミリオも注意深く見つめる。
だが、いくら目を凝らしてもエミリオには何も見つける事は出来なかった。
「……私の勘違いだったようです。先へ進みましょう」
やがて首を振りながら歩き始めたチャベスに、エミリオは困惑した表情を浮かべていたが、パルスライフルを構え直しチャベスの後に続く。
ライバック達も立ち上がり、移動を再開した。
「コナー、スマートガンをバッグから出しなよ」
スコットが立ち上がりながらコナーへと声をかける。
コナーはスコットへ頷くと、パルスライフルを仕舞いバッグからスマートガンを取り出し、手早く装着した。
一行は油断なく周囲を警戒しながら、ジャングルの奥へと進んでいった。
「今日はここまでだね。野営の準備をしよう」
日が暮れ、ジャングルは深い闇に包まれ始めている。
エイリアンと遭遇する事はなかったが、極度の緊張の中深いジャングルを進んでいた一行は疲れ果てており、ロスなどは地面にへたり込みゼエゼエと息を切らしていた。
エミリオ達は渓谷の近くの開けた場所へ陣取り、野営の準備を整える始める。
「ライバック伍長。チャベス上等兵とコナー上等兵と手分けして地雷をありったけ仕掛けてくれ。安全装置は忘れずに」
「了解」「了解です」「了解!」
「パクストン上等兵とロス一等兵は侵入警報器の設置だ。モーショントラッカーと併用して設置するように」
「了解しましたよ」「了解でっす!」
「スコット一等兵は僕と野営場所の設営だ。皆の分のレーションも準備しておこう」
「はい。少尉」
「皆、疲れていると思うけど気を緩めるな。一匹でも侵入を許したら終わりだ」
エミリオの指示を受けた第3小隊生き残り達は疲れた身体を奮い立たせ、それぞれの仕事に取り掛かる。
パクストンとロスは野営場所周囲を囲むように侵入警報器のコードを張り巡らせていた。
「パクストン……ちょっといいかな」
ロスがコードを設営し、モーショントラッカーの起動を確認しているパクストンへと声をかける。
パクストンは作業の手を止めずにロスへと視線を向けた。
「なんだよロス。腹減ってんならもうちょっと待って──」
「パクストン」
ロスはパクストンの言葉を遮り、いつもの可愛らしい笑顔では無くひどく真剣な表情を浮かべていた。
パクストンは作業の手を止め、ロスの瞳を見つめる。
「あたし、あんな死に方だけはイヤ……。その時が来たら、あたしを撃って……」
ロスはAPCの中でモニター越しに見たキャロン少尉の死に様を思い浮かべ、僅かに震えながらパクストンの顔を見つめる。
パクストンは黙ってそれを見つめていたが、やがて溜息を付きながらロスの頭をぐりぐりと撫で付けた。
「な、なによぅ」
「わかったよ。その時が来たら撃ってやる。一緒に潔く死んでやるよ。でも、その時が来ないようにしてえよな」
「……うん。そうだね」
ロスはパクストンの手の暖かさを感じ、僅かに表情を緩める。
パクストンもまた、ロスの頭を撫でていく内に自身のヘタレていた気力が復活していくのを感じていた。
やがて野営の準備が終わる頃にはジャングルは完全な闇に包まれる。モーショントラッカーのブツ、ブツと鳴る探知音と、夜行性の動物達の鳴き声が時折響く以外、ジャングルは不気味なほど静まり返っていた。
交代で見張りを立てながら休息を取っていた一行は、まんじりとした不安を抱えながら疲れた身体を休めていた。
「クロサワ少尉。そろそろ交代ですよ」
ポンチョに包まり、微睡んでいたエミリオはスコットに声をかけられ重たい体を起こす。
目を擦り、頭を揉みながら自身の身体を覚醒させていた。
「僕の番か……スコット一等兵、ご苦労だった」
「コーヒーを沸かしています。飲んでください」
「ありがとう」
スコットからコーヒーが入ったマグを受け取りながら、エミリオは見張りに付く。
戦場に於いて粉末コーヒーは士気向上薬に属し、エミリオはコーヒーをその芳香と共に吸い込みながら、深部から活力が湧いてくるのを感じていた。
緑の地獄の中、エミリオは鋭い視線で周囲を警戒する。
エミリオ以外はポンチョに包まりながら眠りについていたが、ライバックやコナー、チャベスはいつでも動けるように上半身を樹木に預け、銃器を抱えながら眠っていた。
pi! pi!
「ッ!」
突如、モーショントラッカーの探知音がけたたましく鳴る。
エミリオは即座に反応し、探知音が示す方向へと視線を向けた。
そして、敷設した地雷が大きな爆発音を立てて発動した。
ドガンッ! ドガンッ! と、静寂に包まれたジャングルに似つかわしくない爆発音が次々と響き、ライバック達は慌ててその身体を起こす。
「敵襲ッ!!」
エミリオの鋭い一声を受け、小隊全員が銃を構える。
フラッシュライトを点灯し、地雷が発動した方向へと銃身を向けていた。
スマートガンを油断無く構えたコナーが、スマートガンの照準スコープ越しに蠢く怪物──エイリアンを発見した。
「いたぞぉ、いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「kyuiiiiiiiii!!」
コナーの咆哮と共にスマートガンの猛烈な砲火が放たれる。
夜の闇の中、打ち上げ花火のような火を撒き散らしながら樹々を薙ぎ倒し、エイリアンを破砕していった。
エミリオ達も一斉に銃器のトリガーを引く。地雷原を突破したエイリアン達は樹々の上を猿のように飛び回り、エミリオ達へと肉薄していた。
「shaaaaaaaaa!!」
「クソったれ! 一気に地雷を突破して来やがっ──」
「化け物めえええええぃ! チキショォオオオォォッ!!」
「kyuiiiiiii!!」
「……」
苦々しげに呻くパクストンの隣で、早くもスイッチが入ったロスが肉薄するエイリアンに向けパルスライフルのグレネードランチャーを射出する。
爆裂音を立てながら獣のような叫び声を上げライフルを振り回すロスを見て、パクストンは先程弱々しく自身を撃ち殺すように頼んでいたロスが本当にこのバーサーカーと同一人物なのかと、顔を引き攣らせながらエイリアンへと高速徹甲弾を叩き込んでいた。
「動きが早い! 気をつけろスコット!」
「チャベスこそ! うっかり酸を浴びないようにね!」
チャベスがM42Cスコープドライフルを的確に射撃し、エイリアンを仕留める。
スコットはパルスライフルを撃ちながら、菜園プラントで見たエイリアンより一回り小さく四足歩行で這いずり回るエイリアンの姿に、まるで飢えた猟犬のような獰猛さを感じていた。
「少尉! 上から来ます!」
「ッ!?」
ライバックがエミリオの頭上から襲いかかるエイリアンを見て、咄嗟に声を上げる。
エミリオは頭上へとパルスライフルを向けるも、エイリアンは恐ろしい速度でエミリオへと覆いかぶさった。
「ksyaaaaaaaaaa!!」
「グッ!?」
「少尉ッ!!」
ライバックはエミリオに覆いかぶさるエイリアンへ照準を向けるも、酸の血液がエミリオを溶かす事を恐れ引き金を引けずにいた。
エミリオは顔面へと射出されたインナーマウスを首を逸して躱し、エイリアンの腕を掴む。
「ッッ!! このおぉぉッ!!」
「kyuii!?」
渾身の力を込め、全身の反りを用いてエイリアンを蹴り上げ、後方へと跳ね飛ばす。
まるで柔道の巴投げのように蹴り飛ばされたエイリアンは、のたうち回りながら粘液の涎を垂れ流していた。
「す、凄いな……」
エイリアンを格闘で制したエミリオに、ライバックはしばし呆然とした表情を浮かべていた。
だが、直ぐに気を取り直しのたうち回るエイリアンへ向けパルスライフルの引き金を絞る。
甲高い悲鳴を上げ、投げ飛ばされたエイリアンは四肢を断裂させながら絶命した。
「ライバック伍長! 皆を纏めて精錬所の方角へ脱出しろ!」
「少尉ッ!? 何言って!?」
「僕が囮になる! 命令だ!」
「……ッ! 了解ッ!」
エミリオの鬼気迫る表情を受け、ライバックはエイリアン達と死闘を繰り広げる小隊員を纏める為、その場を離れる。
エミリオはそれを見て、闇の中から現れるエイリアン達へ向けその端正な顔を引き締めていた。
エミリオはジャングルの中に飛び込み、エイリアン達を撹乱するべく素早く走り始めた。
「さあ来い……ッ! 皆をやらせはしないッ!」
パルスライフルの残弾は20発を切っていた。予備弾倉は4つ。これなら、皆が脱出できる時間が稼げると、エミリオは僅かに表情を緩めた。
後方へとエミリオが回り込んだのを受け、エイリアン達は一斉にエミリオへと殺到する。
エイリアン達がエミリオへと群がるのを見て、小隊員達は悲壮な表情を浮かべていた。
「ライバック! 少尉を助けなきゃ!」
「コナー! 少尉の命令だ! 少尉が奴らを引き付けている間にここから脱出するぞ!」
「アンタ正気かい!? 少尉残していけるわけないだろッ!」
「当たり前だ! 俺が残って少尉の脱出を援護する! お前はチャベス達の脱出を援護しろ!」
コナーはライバックの言葉を受け、歯を食いしばりながら身を翻す。
既にライバックの指示を受け、チャベス、スコット、パクストン、ロスは野営地点から脱出を開始していた。
「死ぬんじゃないよ、ライバック……!」
「お前もな。直ぐに少尉を連れて追いつくよ」
ライバックとコナーは互いに頷き、夜のジャングルを駆け出した。
「流石に数が多い……ッ!」
エイリアン達を撹乱しながら、エミリオは渓谷の近くへと移動していた。
弾倉を交換し、パルスライフルを構えながらエイリアン達を打ち倒していたエミリオであったが、ジリジリと猟犬が獲物を追い詰めるように崖の端へと追いやられていた。
パルスライフルに装着していたフラッシュライトは先程のエイリアンとの格闘で壊され、その光を失っていたが、闇に目が慣れたエミリオは周囲の様子を存外に良く見えていた。
崖の下は急流の川が流れており、水深は深そうだがこの闇の中で溺れない自信は、流石のエミリオにもなかった。
「ッ!?」
エイリアンが左右から現れ、猛然とエミリオへと飛びかかる。
右から来るエイリアンへ銃火を浴びせ、即座に左を向くも先程と同じようにエイリアンに地面へと縫い付けられた。
「shaaaaaaaa!!」
「クッ!?」
またエイリアンを跳ね飛ばすべく力を込めるが、もう1匹のエイリアンが現れエミリオの脚へと鉤爪を立てる。
「ぐぁッ!」
脚を鉤爪で打ち抜かれたエミリオは、粘液を口から垂らしながらゆっくりと顔を近づけるエイリアンを見て歯を食いしばりながら目を閉じた。
(だめか……。皆は、無事だといいけど──)
観念したかのように、ぎゅっと目を瞑るエミリオ。
自分は上手く時間を稼げたのだろうか。皆は、無事に精錬所へと辿りつけるだろうか。
エミリオは目を瞑りながら、祖父が信仰していた東洋の神を思い浮かべ、必死になって願いを込めていた。
(神さま……どうか、皆を無事に地球まで返してください。ぼくは、どうなってもいいです。かみさま、どうか……どうか……)
エイリアンの荒い息が、エミリオの顔へと吹き掛かる。
粘液が顔に付着し、死の直前になってもエミリオはライバック達の無事を願い続けていた。
ふっと、自身に伸し掛かるエイリアンの体重が消える。
エミリオはとうとう自分が死に、何もかもの感覚が消え失せたと思い、その目をうっすらと開いた。
「ky……kyuii……!」
「え……?」
エミリオの視界に飛び込んで来たのは、
「grrrrrrrr……ッ!」
陽炎は怒りに満ちた呻き声を上げる。
そのまま片手にてエイリアンの頚椎をへし折り、勢い良く放り投げた。
「gauaaaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!」
怒りの咆哮と共に、紫電を纏わせた陽炎の姿が徐々に実体化する。
徐々に明らかになるその姿は、ジャングルの隙間から差し込む月明かりに照らされおり、エミリオは極限の状況化の中で幻想的なその光景に目を奪われていた。
その姿は、エミリオの記憶にある、あの異形の女狩人と同じ姿であり、右腕に巻かれたハンカチを見とめたエミリオは、あの幼い頃に将来を誓い合った相手の名前を呼んだ。
「シシュ……!」
「grrrrraaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!」
咆哮を上げ、エミリオを庇うようにエイリアンの群れへと跳躍するシシュ。
跳躍しながら、ショルダープラズマキャノンを連射し、スラッシャーウィップの鞭をしならせながら群れのど真ん中に降り立った。
「kshaaaaaaaaaaaa!!!」
「graaaaaaaaッッ!!」
プラズマキャノンがエイリアン達を爆砕し、スラッシャーウィップが鋭い音を立てながらエイリアン達を滅多切りにする。
その勢いに気圧されたエイリアン達は、1匹、また1匹と情けない鳴き声を上げながら退散を始めた。
やがて荒い息を吐きながら鬼神の如く仁王立ちをするシシュの足元には無数のエイリアン達の死骸だけが残り、辺りは静寂に包まれていた。
エミリオは脚を押さえながらヨロヨロと立ち上がり、肩で息をするシシュの元へとゆっくりと近付いていった。
「……シシュ?」
「krrrrr……」
シシュはマスク越しにエミリオへと視線を向ける。甘い顫動音を響かせながら、肩を僅かに震わせるのはエイリアン達を殲滅した疲労だけではなく。
溢れる想いを押さえきれず、じっとエミリオへと視線を向け続けていた。
「ウッ……」
「krr!?」
脚を鉤爪で深く抉られたエミリオは、前のめりになって倒れそうになる。
それを見たシシュは、先程エイリアン達へと踊りかかったのと同じくらい素早い動きでエミリオを抱きとめた。
「あっ……」
「krrrr……」
優しく抱きとめられたエミリオは、その無骨なマスクへと視線を向ける。
ぎゅっとエミリオを包むシシュの芳香を嗅ぎ、エミリオはひどく安心した表情を浮かべていた。
「少尉ッ!」
「grrッ!?」
パルスライフルを構えたライバックの声が響き、シシュが警戒の呻き声を上げる。
異形がエミリオを拐かそうとしている姿を見て、ライバックは照準をシシュへと向けた。
「少尉を放せッ!」
「まて、ライバック! 彼女は──」
エミリオの声と同時に、ライバックがパルスライフルのトリガーを引く。
シシュはエミリオを庇うようにその射線へと身体を晒した。
「grrrッ!」
「シシュ!?」
銃弾の殆どはマスクと鎧に弾かれていたが、一発の銃弾がシシュの脇腹を抉る。
シシュはよろめきつつも、プラズマキャノンの砲身をライバックへと向けた。
「シシュ! ダメだ! ライバックも射撃を止めろ!」
「しょ、少尉!?」
必死でシシュを押さえるエミリオに、ライバックは困惑した表情を向ける。
シシュもまたエミリオを困惑した様子で見やるが、やがて何かを決意したかのようにエミリオを両腕で抱き抱え、後方へと大きく跳躍した。
崖の縁へと立ったシシュは、エミリオに小さく頷きながらゆっくりと眼下の急流へと再びその健脚をしならせた。
「少尉ッ!?」
「ライバック! 皆と先に精錬所へ! 僕も必ず追いつく!」
エミリオはシシュに抱えられながら、急流が流れる川へ向けその身を投じる。
ライバックは異形に抱えられながら落下するエミリオの姿が、やがて急流に飲み込まれるのを見て、呆然とその流れを見つめ続けていた。
かくして、地球の青年と異星の乙女との再会は、銃火と異形の鮮血の中で果たされた。
激流の中、エミリオはしっかりとシシュの手を握り続けていた──
ドンコドンコドンコドンコドンコ(例のBGM)