※この作品はR-18です。

ダークエロよろず短編集   作:カード読み込み

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新刊でダンまち熱が再燃したので……
なぜ、わたしは出力がアレなのだ


アキの冒険

 アキは『世界勢力』の一角。

 獣人が大勢を占める帝国の高位貴族の家系に生まれた。

 その家名は「オータム」。

 帝国中央に広大な領地を有し、

「月光の庭園」と呼ばれる白亜の城を代々守り続けてきた名家である。

 アキの祖父はかつて帝国軍の大将軍であり、父は宰相として政務を執っていた。

 母は帝室に連なる血筋を持つ優雅な貴婦人であり、

 傑出した美貌から美姫と称えられ、厳格ながらも慈愛に満ち

 愛情を持ってアキに接してくれる良き母親だ。

 幼少期から高度な教育を受け、政治学から剣術まで幅広く修めさせられ、

「オータム家の娘として恥じぬ生き方をせよ」

 という言葉を日々胸に刻み込み、努力を怠らなかった。

 だが、そんな彼女の人生はある日突然変わることになる。

 10歳になったばかりの時、

 留学のため帝都を離れたアキが何気なく振り仰いだ故郷。

 ソレが一瞬にして消し飛ばされたのだ。

 

 後に知った原因は、『黒竜の鼾』

 ——それは最強の怪物である黒竜が発した、

 単なる息づかいに過ぎなかった。

 風印され、うとうと眠る竜王が寝ぼけて放ったブレス。

 それが偶然にも帝都を直撃したという、稀によく有る悲劇。

 文字通り、「不運としか言いようもない」出来事であり、

 極めて大きい規模の災害となった。

 

 その光景は今でも鮮明に記憶に焼き付いている。

 あの日、遠く離れた帝都の外れから見上げた青空に

 突然走った黒い稲妻のような光跡。

 耳をつんざく轟音と共に現れた巨大な光の柱は、

 まるで天から降ってきた死神の鎌のように見えた。

 その漆黒の奔流は視界の隅から猛スピードで拡大し、

 次第に故郷の街全体を覆っていく。

 最初は何かの自然現象かと思い、

 あるいは神が複数降臨して混線でも起こしているのかと考えた。

 しかし周囲の人々の絶叫や混乱を見るうちに、

 これが尋常ならざる事態だと気づいた時、心が凍りつく。

 黒い炎が故郷を飲み込むまでの僅かな時間、

 アキは自分の目を信じることができなかった。

 美しかった城壁も広がる庭園も、

 全てが一瞬で灰燼に帰していくさまをただ呆然と眺めるだけ。

 その光景は永遠のように長く感じられながらも、

 実際にはほんの一瞬の出来事だった。

 その後に残ったのは静寂と恐怖だけだった。

 アキはその場で膝から崩れ落ち、泣き叫びたくても声が出ない。

 故郷の全てが奪われたという衝撃はあまりに大きすぎて、感情が追いつかず

 何もかもが消えていくのをただ見つめることしかできなかった。

 

 

 

 だが、真の悪夢はソレからだった。

 膨大な量と濃度の汚染瘴気が風に乗って拡がり、

 耐性の低い庶民はナニが起きたかもわからず即死する。

 その数は帝都周辺人口の8割ほどで、数百万以上にも及んだ。

 さらに被害はそれだけでは終わらず、

 生き残った人々の間に狂暴化や奇形化など様々な異常が生じ始めたのだ。

 残された領主たちは懸命に救助活動を行ったものの、

 瘴気による侵食は止まらず犠牲者が増え続ける一方だった。

 アキの護衛騎士団は鍛え抜かれた肉体で耐え、

 側仕えのメイドも高位貴族の出身ゆえ高い耐性を持ち、

 ふらつく程度で済んだことは幸運だったと言えるだろう。

 だがそれでも彼らは、目の前で国が滅ぶ光景を見過ごすしかなかった。

 

 

 しかし、ソレだけならば、まだなんとかなったかもしれない。

 確かに大きな打撃を受けたものの、

 帝国の底力をもってすれば復興への道筋は描けたはずだった。

 豊富な資源と労働力を持つ強大国ならではの回復力があり、

 帝国全土に散らばる都市国家群からの支援も期待できる状況であった。

 一時的に領土が縮小しても、

 超長期的な視野で考えれば十分立て直しが可能と考えられたのである。

 

 ところが、そうした希望的観測は残酷な現実によって打ち砕かれた。

 帝国の未曾有の惨事に対し、周辺諸国は予想外の行動に出たのである。

 長年、帝国の威光の下に屈服し、

 形式上は盟友として振舞ってきた隣国や同盟関係にある諸侯たちが、

 この機会を利用して一斉に反旗を翻してきたのだ。

 彼らは救援物資を運ぶという口実で軍隊を送り込みながら、

 実は略奪行為を働くためであった。

 

 威圧され帝国を卑屈な笑顔で見上げていた彼らにとって、

 これは絶好のチャンスだったのである。

「弱肉強食」の原則が支配する政治の世界において、

 このような卑劣な企ては決して珍しくはないとはいえ、

 帝国が受けた精神的な衝撃は計り知れなかった。

 これまで築いてきた信頼関係や友好条約などは何の意味もなく、

 結局は互いの利益のみが重要視されていることを痛感させられたのだ。

 

 更に悪いことに、

 これらの裏切り行為が引き金となって各地で連鎖反応が起こり始めた。

 帝国の辺境地域を治める地方領主たちまでもが独立宣言を出し始めたり、

 帝国中枢への忠誠を放棄したりする動きが波及していった。

 元々不満を抱えていた臣民たちの間にも動揺が広がり、

 混乱の中で治安は急速に悪化していった。

 

 アキもまた、執拗に狙われ続けた。その理由は多岐に渡る。

 まず一つ目として挙げられるのが、

 彼女が生き残った数少ない皇室の血筋であるという価値があった。

 帝都が壊滅し、皇帝一族の大半が戦禍に巻き込まれて命を落とした今、

 アキはまさに希少な財宝以上の価値を持つ存在となっていたからだ。

 

 しかし最大の理由は

 帝国への忠誠を誓わされる為、定期的に行われる遠征において、

 王族の誇りを傷つけられ、弱者の悲哀に鬱屈とする諸侯が、

 歓迎に出迎えた姫に微笑みかけられただけで跪き、

 笑顔で帰国して、皆争って帝都訪問を望んだ母譲りの美貌。

 特にその瞳は夜空に浮かぶ三日月のように神秘的で冷たい輝きを宿しており、

 一度視線が合えば誰もが虜になってしまうような魅力を持っていた。

 彼女の立ち居振る舞い一つひとつも洗練されており、

 どこか儚げな雰囲気を持ちながらも芯のある強さを感じさせる佇まい。

 それらすべてが組み合わさり、他者を惹きつける力となっていた。

 帝国内外の権力者たちは、その力を手中に収めようと画策するほどだった。

 彼女自身はその美貌が原因で狙われているとは思いもしなかったが、

 周囲の大人たちがどれほど警戒しているかは幼い頃から肌で感じ取っていた。

 

 

 叶わぬ恋と劣情に身を焦がし、アキの父を妬み、憎んだ彼らにとって、

 母と同等、いや、幼いながらもソレを超える麗しさを匂わせる少女は

 ある意味において帝国国土以上の価値があった。

 何よりも、アキの存在そのものが彼らにとって脅威だった。

 若き日の父君と同じく聡明な頭脳を持ちながらも

 柔軟な思考ができるという評判も相まってか

 既に次世代を担う人物として噂されていた。

 そして何より最も恐れていたのは

 帝国崩壊後、その余波によって荒廃した国土を再建するためには

 国民の支持を得ることが不可欠となることだ。

 その時に求められるであろう人物像を考えると

 この姫様こそが理想的なカリスマ的存在となるだろう。

 だからこそ諸侯たちはアキを手に入れようと躍起になっていた。

 彼女さえ手中に収めてしまえば

 他の候補者たちを退けて自分たちの傀儡政権を作ることができるかもしれない。

 あるいは単純に自分好みに育て上げて后とし、

 子孫を残すことで正統性を主張することだって考えられる。

 いずれにせよ諸侯たちにとっては非常に美味しい獲物なのであった。

 それ故にアキは身柄を狙われる立場となり

 時には暗殺者によって命を奪われそうになり

 またある時は拉致されかけたりといった危険な目に遭うことになった。

 しかし幸いなことにいつも側近たちの尽力により難を逃れていた。

 だがその反面、アキ自身も自分を守るために必死で勉強をしていた。

 どうやって敵の攻撃を防ぐことができるか

 どのような手段を使えば味方を守れるのかなどを研究していたのだ。

 そんな中で彼女は一つの答えに辿り着く。

 それは『自分が強くならなければならない』ということだった。

 

 

 

 

 

 

 帝都が『黒竜のブレス』によって焼失してから一年余りが経過した。

 アキは帝国北部に位置する辺境伯のもとに預けられていた。

 義理の親戚であり、かつては領地同士で貿易を盛んに行っていた家系の当主。

 公的にはオータム家の唯一の生存者として扱われており、

 表向きは賓客待遇で暮らしていた。

 

 しかしその環境は日に日に劣悪なものへと変貌していく。

 当初は同情と哀悼の言葉を投げかけていた辺境伯夫妻の態度は

 徐々に偽善的なものへと変わり、やがて露骨な利己主義に染まっていった。

 彼らの本心は明白だった———

 混乱に乗じて帝国の領土分割を目論む周辺諸侯たちが

 こぞって「庇護すべき皇族の遺児」の身柄を要求し始めたのだ。

 アキという存在は外交上の切り札となりつつあり、

 その取り合いが始まっていたのである。

 

 

 護衛役を務めていたオータム家の古参騎士たちが最後の敬礼をする朝のこと。

 彼らは密かに武装し始めた辺境伯の私兵を見据えながらこう告げた。

「我々の任務はお嬢様をお守りすることのみです。

 故国再興の道筋を踏み違えるわけにはいきません」

 

 その判断は遅すぎたかもしれない。

 既に辺境伯の館内では裏切りが進行しており、

 厨房にいた使用人たちまでもが報酬目当てに買収されていたからだ。

 夜陰に紛れて脱出しようとした一行を取り囲んだのは旧知の仲間ではなく

 油断の隙間から喉笛を狙ってくる刺客たち。

 金属製の短刀が月光を反射しながら閃いた瞬間、

 アキを背にかばいながら老騎士長が盾になって致命傷を負った。

 

「逃げてください! 北の山岳地帯なら潜伏できます!」

 血塗れの掌がアキの細腕を押し出すように突き放す。

 次の刹那には襲いかかる刃が老人の首筋を裂き、

 噴水のように紅潮した生命が草地を濡らした。

 護衛たちは一人また一人と倒れていき、最終的に立ち上がったのは

 片足を引きずりながらも辛うじて立ち去ろうとする若い従卒だけ。

 彼はアキに向かって呟いた。

「あなたは……生き延びなければなりません……

 オータム家の血が……ここで途絶えるべきではないのです」

 

 しかし彼もまた背後から忍び寄る別の刺客によって胸を貫かれ絶命した。

 アキの眼前で繰り広げられた死闘の果てに残されたのは

 赤茶けた地面に横たわる屍と硝煙の臭いだけだった。

 少年騎士の蒼白な唇からは最後の祈りの言葉がかすかに漏れていた。

「どうか……強くなって下さい……アキ様……」

 

 独り取り残された少女は膝を震わせながらも立ち上がるしかない。

 逃走中に携行品を奪われ裸足となった足先からは温い血液が滴り落ちる。

 目的地として示された山岳地帯を目指して歩き始めるも

 道半ばで飢えと疲労が身体を蝕んでいく。

 夜になると寒さが骨身に沁み入り吐く息も白く曇った。

 だがそれ以上に彼女を苛むものは

 目前で吹き消された命の灯火に対する悔恨だった。

 

 なぜ? なぜ皆が死ななければならなかった? 

 ただ逃げ延びることさえ許されないのか? 

 問いかけに対する答えは自ずと導き出される。

 強ければ死なずに済んだ。力があれば抗えたはずだ。

 あらゆる暴力から身を守るチカラ———

 それを手に入れなくてはならない。

 そうしない限り自分自身はもちろんのこと

 未来永劫続くであろう帝国の血脈さえ断たれてしまうかもしれない。

 

 夜明け前の薄闇の中をひたすら彷徨ううちに

 霧深き谷間から低く唸るような咆哮が響いてきた。

 モンスターである。しかも多数。

 通常であれば山奥に潜む種族だが

 近年の汚染瘴気に影響された個体が群れを形成しているらしい。

 岩場を這いずる鱗付き巨躯、鋭い牙を剥く狼型生物

 翼膜をバタつかせて低空を旋回する鷹頭の怪鳥……

 十数匹が狩猟本能を剥き出しにして追って来る。

 

 アキは咄嗟に崖っぷちへと駆け上がり

 急傾斜を滑るように下った。木々が繁茂した斜面に身を隠し息を殺す。

 遠吠えと枝折れの音が錯綜するなかで必死に体を丸めた。

 だが所詮は児童の体力、持久戦には耐えられない。

 呼吸を整える暇もなく追跡者たちは距離を詰めてくる。

 

 そこに割って入ったのは一頭の影だった。

 漆黒の毛並みを持つ大型の犬——否、狼である。

 獰猛な牙列を光らせながら猛然と跳躍すると

 アキを追い詰めた鷹頭怪鳥に噛みつきそのまま地べたへ叩き落とした。

 周囲の狼型モンスターらも次々と挑みかかる。

 その戦いぶりは凄まじく野生の本能を極限まで研ぎ澄ませた

 本物の捕食者の迫力があった。

 

 だがそれでも多勢に無勢。

 苦悶の呻きとともに一匹また一匹と倒れていく。

 アキは呆然と立ち尽くすほかなかった。

 目の前で繰り広げられる生死の応酬を前に

 助けてくれた獣たちの健闘を無駄にできないと悟る。

 ここはもう誰も助けに来てくれない無法地帯なのだ。

「だったら……自分で生き残るしかない」

 

 思わず呟いた決意は虚ろな空気に吸い込まれた。

 けれどそれは紛れもない真理だった。

 生き延びるために必要なのはただ一点———

 いかなる困難や敵意に晒されようと

 最後まで自分の意志で立ち向かえるだけの覚悟と力量。

 もし次に同じ局面を迎えたときには

 今度こそ自分ひとりで打開せねばならない。

 

 彼女は死闘の現場から離れたあと

 川辺で泥と涙を洗い落としながら拳を握り締める。

 指先が皮膚を刺すほどの痛みが魂に火をつけた。

 オータム家の誇りを継承する者として

 こんなところで挫けている場合じゃない。

 この旅路の果てに待つ再建の機会のためには

 まず最低限の自衛能力を獲得しなければ話にならない。

 

「私は必ず……生き抜いてみせます」

 呟きに応じる者はいない。

 だがその声音には鋼鉄のごとき硬度が宿り始めていた。

 黒竜の瘴気に呼び寄せられたモンスターたちの咆哮が依然として林を震わせる。

 その怨嗟に似た遠鳴りを背に戦慄しながらも歩みを進めるアキの瞳に

 恐怖と同時に新たな火花が灯った瞬間であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アキは煤けた煉瓦の壁を背に、息を殺して蹲っていた。

 肺腑が灼けるように熱い。喉奥から血の味が込み上げてくる。

 瓦礫の隙間から覗けば──―

 

 * * *

 

 先刻まで激戦を繰り広げていた筈の帝国精鋭騎士団と敵国歩兵連隊の残骸が

 そこかしこに横たわっている。しかし、今は剣戟の響きではなく

 獣のような唸り声と重厚な足音だけが鳴り響いている。

 

「グォォォ……!!」

 角を生やした巨漢────ミノタウロスの一体が瓦礫の上を悠然と歩んでいく。

 その掌は馬上槍で串刺しにされた敵将の首根っこを掴んでいる。

 兜ごと肉塊と化した頭蓋を引き摺るたび、砂塵と鮮血が乾いた大地に模様を描いた。

 

 別の方向では銀色の鱗が陽炎越しに蠢く。

 蛇尾のトカゲ──リザードマンの一団が敗残兵を喰らい合っている。

 帝国の旗章が縫い付けられた外套は既に骨片と共に剥ぎ取られ、

 赤褐色の舌が唾液を滴らせていた。

 

 もっと酷いのは南区画だ。

 百隻以上の避難船が停泊していた桟橋方面は地獄絵図。

 陸から海へと雪崩込んだハーピーの大群が

 救命艇から飛び降りる高官や貴族たちを次々と攫い上げる。

 宙吊りにされた肥満体は羽根爪で解体されながら雲間に消えてゆく。

 

 そして最も異様なのは──―敵味方関係なく虐殺されるという事実だった。

 帝国の軍艦が岸壁に乗り上げる直前には

 火矢を射かける周辺諸侯の海賊船団が接近していたというのに

 今や双方とも水中でスキュラの触手に絡まれ藻掻いている。

 

「……っ」

 アキは唇を噛む。鉄錆のような苦みが口の中に広がる。

 嗚呼、ほんのひと月前までは──

 あの人間たちは我が国を滅ぼさんと群がる蝗のように見えただろう。

 だが今は違う。

 彼らが殺戮される光景を見て、安堵よりも深い苦味が胸を焼く。

 

 〈全て平等に消される〉

 〈人間同士の喧嘩など些末事〉

 黒竜が齎したのは破壊だけでなく

「地上の争いそのもの」が無意味だという嘲笑だった。

 

 遠くで鐘楼が爆ぜる音がした。

 かつて民衆の信仰を集めた大聖堂の尖塔が倒壊する。

 石片と共に落ちてきたのは白亜の十字架。

 幾人もが額に押しつけ祈った聖印だ。

 それが今や豚鬼──オークの蹄によって踏み砕かれている。

 

(醜い……!)

 

 アキは拳を握り締めた。怒りなのか恐怖なのか分からない激情が

 小さな胸郭を一杯にする。

 だが奇妙なことに涙は出ない。

 代わりに喉元で渦巻くのは──重苦しい灼熱。

 

 瓦礫の影から立ち上がる。

 裸足の裏に鉄屑が食い込む痛みも忘れて

 ただ燃えるように疼く腹を抑えながら走り出す。

 追ってくる魔物の気配が背中を炙る。

 右肩越しに迫るオーガの太い腕。

 風圧だけで髪が逆立つほどの巨体が頭上にかざした棍棒を振り下ろす。

 

(逃げられない──―)

 

 刹那──

 アキの脳裏に祖母が遺した言葉が蘇る。

【影は光なしでは伸びぬ。されど影そのものを縫い止めることは出来ぬ】

 

 思考と動作が寸分のズレもなく同期した。

 地面に這う己の影がふっと歪む。否、自分が跳躍するより早く

「影」そのものが前方へ引かれたのだ。

 

 ガツッ──! 

 

 オーガの棍棒が虚空を殴り、砂埃を舞い上げる。

 寸毫の差で躱したアキは空中で身を捻りながら疾走を再開する。

 幼い四肢が軋む程の全力疾走。

 背後の轟音が徐々に遠のいていく。

 

 影が教えた活路。

 偶然の産物かそれとも潜在魔法の萌芽か──

 どちらにせよ確かなことが一つある。

 

(……私は生きる)

(どんな世界の理不尽にも抗ってみせる)

 口内の鉄臭い液体を吐き捨て

 灰煙とモンスターの唸りに満ちた地獄をアキはただ只管に駆け抜ける。

 廃墟の只中で、絶え間なく追撃してくる魔物の唸り声と破壊音に包まれながら。

 右手甲の古い痣が微かに熱を持っているのに気づくと祖母が教えてくれた言葉を反芻する。

「影を捉えるのではない。影の源たる動きそのものを読むのだ」

 

 

 

 かつては壮麗だった大聖堂跡。崩れ落ちた天使像の傍を駆け抜ける。

 頭上で響くギャーギャーという鳴き声。

 天井から逆さに垂れ下がるハーピーの群れを避けながら。

 曲がり角に隠れて息を整える。

 

 アキは壁面の崩れた聖歌隊席の陰に身を押し込んだ。

 湿ったレンガの匂いと黴の甘い香りが鼻腔を刺す。

 肋骨が内側から暴れ、吸い込む空気は熱く焼けた鉄のようで喉を苛む。

 

「……まだ」

 

 喘ぐような独り言。背中越しに響くのは巨体が建材を踏み砕く音だ。

 追跡者は一体ではない。先ほどのオーガとは別個体の、おそらく同族の雄。

 棍棒を引きずる金属音が廊下の奥で反響する。奴らは群れる習性を持つ。

 

(考える時間はない)

 

 聖堂の奥──祭壇の残骸がある方向へ視線を走らせる。

 大理石の階段は一部が崩れ落ち、巨大な水晶の柱が傾いでいる。

 その先に見えるのは割れたステンドグラス越しの蒼空だ。

 雲一つない昼下がりの青が、ここだけ妙に清冽に見える。

 

 その刹那。

 

「ギィェッ!」

 

 上から悲鳴が落ちてくる。

 天井から垂れていたハーピーの一羽が、こちらを見つけて鳴いた。

 長い金髪の房を風になびかせた鳥人は三本脚を器用に操り、梁から梁へ滑るように移動する。

 

(見つかった)

 

 ハーピーは素早い。

 一対一ならともかく、今の疲弊した身体では逃げきれまい。

 群れもすぐに──

 

「ケヒッ!」

 

 案の定だ。仲間の警告に呼応するように三羽四羽と降下を開始する。

 鋭い嘴と鉤爪を光らせながら円を描いて落下してくる鳥人の輪唱。

 オーガの重鈍な足音とは質が異なる。

 

 アキは咄嗟に階段のそばに転がっていた松明台の鉄枠を拾い上げた。

 護身具としては心許ない。だが──

 

「グゥォっ!」

 

 野太い雄叫びと共に通路からオーガが現れる。

 両手に握るのは鉄杭のような棍棒。先端にまだ熱を持つ血痕が滴っている。

 この狭い空間では回避の余地がない。挟撃だ。

 

「……っ!」

 

 覚悟を決めたアキの視界の端──

 ハーピーの一羽が速度を上げて降下し始めた。

 首筋に鉤爪が届く刹那。彼女は地面を蹴った。

 正確には己の影へ向かって。

 

【影は光なしでは伸びぬ。されど影そのものを縫い止めることは出来ぬ】

 

 祖母の声が耳朶に甦る。左足を地面に踏みしめたまま右足を半歩前へ。

 重心のズレに伴い、影の頂点が微妙に位置を変えた。

 

 “ズズン”

 

 直後、ハーピーの鉤爪が空を切る。

 まるで時間が歪んだかのように獲物を逸れた鳥人は、

 よろめきながらも空中で姿勢を制御し再上昇を試みる。

 

(いける!)

 

 次の瞬間にはアキは鉄枠を投擲していた。

 渾身の力を込めた棒状の凶器は、

 壁面へ降下してきたハーピーの翼膜へ命中。

 薄紙のように裂けた羽毛を撒き散らしながら墜落する仲間の姿に、

 

「ギィエッ!」

 

 他のハーピーが怯むのが見えた。

 

 オーガの影が大きく膨れ上がる。

 巨体が目前へ迫ったのだ。棍棒が轟音を立てて振り下ろされる。

 だがアキの動きは先刻より精密だ。

 影の輪郭と光源の角度を計算に入れている。

 踏み込む足の裏に伝わる感触──これは瓦礫を踏んだ瞬間。

 回避直後の一瞬の硬直こそ最大の危険。

 

「ギアァッ!」

 

 突如として響くハーピーの怒号。

 堕ちた仲間を踏み潰したオーガの肩へ、鳥人の鈎爪が炸裂した。

「ギャアァァ!」

 

 悲鳴を上げたのはオーガの方だ。

 頑強な肉体も予期せぬ背面攻撃には脆い。

 巨大な棍棒が宙を泳ぎ──

 

 “ゴッ! ”

 

 祭壇の傾いた柱へ直撃する。

 粉砕音と共に水晶の破片が爆散した。

 

(今だ!)

 

 アキは弾かれたように走り出す。

 砕けた破片を避けるためハーピーとオーガの注意が逸れた一瞬。

 階段の残骸を駆け上がると割れたステンドグラスへ。

 硝子片の雨を浴びながら屋外へ飛び出す。

 

 背後では二種の魔物が争う咆哮。

「ケヒヒ!」「グモォッ!」

 

 互いの縄張り意識が優先されたのか──

 あるいは共倒れを望む竜の悪意が染みついているのか。

 少なくともアキにとって今は好機。

 

(まだ……終わらせない)

 裸足の裏から伝わる大地の鼓動を確かめながら走る。

 肩で呼吸するたび血の味が滲む。

 しかし体内の熱は確かに高まりつつあった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 廃墟と化した帝都ヴァールハイト。

 かつて七つの大橋が架かり、

 星河のように輝いた「水の都」は、今や血と臓物が流れる汚濁の沼だ。

 

 アキは崩れかけた凱旋門の柱陰にうずくまった。

 呼吸のたびに肺が軋む。

 背中の裂傷から滲む血が粗末な麻布の衣を赤黒く染めていた。

 

 視界の端で——

 風車小屋のような巨大な翼を持つワイバーンが旋回し、教会の尖塔に爪を掛けた。

 尖塔が崩れる音。続いて響くのは哄笑とも哭声ともつかぬ怪物たちの咆哮。

 

 **グチャリ……**

 

 それは昨日まで祖国の兵であった者たちが、

 ゼリーのように歯切れのいい粘液を滴らせながら咀嚼される音。

 隣国の指揮官はすでに人形と化していた。

 鎧兜ごと腹部を切り裂かれ、

 腸管が魚の釣り餌のように引っ張り出されている。

 

(……守るべき者たちが)

(……討つべき敵さえも)

 

 地平には黒竜のブレスが降り注いだ夜に見た、

 天を焦がす黒煙の残滓が未だ漂っていた。

 無秩序な蹂躙は帝国という概念そのものを嘲弄している。

 守るべき民草が貪られ、討つべき仇敵がケダモノに喰われる。

 この世の法則が根こそぎ否定される混沌。

 

「うぅ……助けてぇ……」

 

 瓦礫の隙間から幼子の呻きが聞こえた。

 伸ばした手が焼け爛れて指を失っている。

 母を探す声はすぐ近くにいた盗賊風のオークに遮られた。

 骨を削る咀嚼音。

 

 アキは目を閉じた。

 涙が溢れないよう歯を食いしばる。

 喉の奥で咽ぶ嗚咽だけが零れ落ちる。

 

(なぜ……私が……)

(オータム家の嫡子である私が……)

(貴族たる私が……)

 

 屈辱で眼球が破裂しそうだった。

 手足が震えるのは恐怖ではなく怒りと羞恥のため。

 帝国の守護者として英才教育を受けた淑女が、

 今この瞬間「逃げる」以外の選択肢を持てない。

 偉大な帝国の頂に生まれながら、

 護るべき市民の断末魔を背景に這い蹲っている現実。

 

 足音が近づいた。

 踵を返そうとした刹那——

 

 視界の片隅に光るもの。

 瓦礫の山に埋もれた黄金の徽章。

 オータム家騎士団総帥の襟飾りだ。

 かつて父と共に戦場を駆けた忠臣の亡骸が沈んでいる。

 

(……行け)

 

 死者の声が幻聴として響いた。

 あるいは内なる自分が発した叱咤かもしれない。

 腰を上げた拍子にバランスを崩し、膝を擦りむく。

 それでもなお立ち上がる。

 

「必ず……」

「……必ず生き延びてみせる」

 

 空へ誓う。

 黒煙に覆われた空ではなく、

 その向こうに存在するはずの真白き晴天へ。

 帝国再建という目標のために。

 王族としての誇りを取り戻すために。

 

 瓦礫を蹴り飛ばしながら走り出す。

 背後で何かが崩れ落ちる音。

 おそらくは崩れた建物に巻き込まれたモンスターの断末魔だろう。

 だが振り返らない。

 振り返ればまた感情に飲まれる。

 

(この屈辱……忘れはしない)

(だが今は生きねば)

 

 足裏の痛みなど問題ではない。

 胸郭の奥で沸騰する復讐心だけが現在の支えだった。

 アキは血と泥に塗れた姿のまま逃走を続ける。

 地獄から抜け出すための屈辱の逃避行。

 そこに未来へ向けた小さな種火が宿っていることに気づかないまま——

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 瓦礫の山を越えるたびに悪臭が鼻を突く。

 腐敗した肉の匂いと金属の錆びた香りが混ざり合い、

 乾いた風が塵埃とともに運んでくる。

 

 アナキティ・オータム——

 かつて月光の皇女と謳われた少女は、

 帝国が滅んで2年余りを放浪の日々に費やしていた。

 彼女の持ち物はボロ布一枚と

 帝国騎士の名誉の象徴である銀剣だけ。

 

(此処も……死の淵か)

 

 廃墟となった交易都市アウレリアは

 かつて商業の要衝として栄華を誇ったが、

 三年前の黒竜の瘴気により住民の九割が変異し、

 理性を失った怪物が跋扈する領域と化していた。

 

「やはり情報通りだな」

 

 瓦礫の陰で囁く男の声。

 反射的にアキは影に溶け込んだ。

 視覚遮蔽《シャドウハイド》——

 影魔法の基本技で彼女が編み出した独自の応用。

 光源の角度を利用し、己の気配を影に同化させる。

 

「おいガレス、まだ嗅ぎ回るのか?」

「無論だ。このエリアの汚染レベルが想定以上だ」

 

 斧を背負ったドワーフと槍兵が歩いてくる。

 装備の徽章は——道化師。

【ロキ・ファミリア】の眷属だ。

 

 アキの鼓動が早まる。

 世界の中心─────────冒険者の都オラリオ。

 かつて貴族の嗜みとして教育された内容によれば、

 その中でも相当な有力ファミリアだ。

 その時、アキの脳裏を過ったのは強者に縋る安堵ではなく、

 ……コレで私も強くなれる、黒竜を討てる、

 という飢えに等しいチカラへの執着であった。

 

 

「例の報告書は本当かもしれんな。

 国土全域に広がる瘴気の残留濃度が異常だ」

「それだけじゃねぇ。変異モンスターの出現率も——」

 

 ガレスと呼ばれた老兵が眉をひそめると同時に

 彼の影が微かに揺れ……

 

 アキは踏み出した。

 瓦礫の隙間から銀剣を抜く音が響く。

 二人の戦士が瞬時に臨戦態勢に入るが——

 

「影を縫え」

 短い詠唱。指先から放たれた銀糸が地面に広がる影を貫く。

 

 シュイン———

 

「なっ!?」

 

 ガレスの身体が刹那に沈み込む。

 重力加速度に反して地面に吸引されたのだ。

 バランスを崩したドワーフの喉元にナイフが閃く。

 

「止まれ」

 

 低く鋭い声。

 アキは指一本でガレスの脈拍を捉えていた。

 影を通して感知した血管の流れ。

 無理に動けば刃先が動脈を断つ。

 

「俺たちに敵意はない」

 槍兵が穏やかに言った。

「寧ろ協力者を探している。君みたいな——」

 

 言葉を途中で切る。

 彼の瞳孔が僅かに収縮したのをアキは見逃さない。

 

「ファミリア入りを志願してる」

 短く言う。喉仏に突き付けた刃は引かない。

「ただし条件がある。私の目的に手を貸すことだ」

 

 影の中で交渉が始まる。

 瓦礫の外では瘴気を纏ったゴブリンが徘徊するが

 二人の戦士は一瞥もしない。

 得体の知れない少女の瞳に映る“意志”の重みに惹かれていた。

 

「面白いな。目的とは?」

 ガレスの問いかけ。

 突きつけられた刃など意にも介さぬ様子にも怯まず、

 

「黒竜を討つ」

 静かに言い放った。

 その響きに隠された狂気が空間を歪ませる。

 

 沈黙。

 風だけが朽ちた市場の空を撫でていく。

 

「分かった」

 意外にもドワーフは即答した。

「ロキとフィンにお主を推そう。ただし条件がある」

 

 影の縛めが緩む。

 アキは刃を引いた。

 掌に刻まれた影文字が淡く発光する。

 これが彼女の武器であり防具。そして人生。

 

「条件とは?」

 

 瓦礫の瓦に月が覗く。

 今夜も帝国の残骸に死臭が漂っている。

 しかしアキの心臓は違う。

 新たな同盟の可能性に微かに温かい血が巡りはじめていた。

 

「まずは飯を食って、眠れ。話はそれからにせい」

 ガレスの髭が月光に浮かぶ。

 隣の青年兵も微苦笑を浮かべている。

 

(これで……いい)

 

 帝国再興は遠い夢だが

 黒竜への復讐には一歩近づく。

 その刹那の希望だけを糧に

 アキは血染めの靴裏を瓦礫から引き剥がした。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 救世主がギルドを通じて無料配布した訓練レシピ。

 真面目にやっていれば数年でのランクアップを可能とし、

 才能ややる気によっては複数回の階位上昇も見えてくる。

 実際、これまでの実績では一年で二段階上昇した者もいた。

 その驚異的な成長速度の秘密は、

 救世主独自の身体強化理論に基づく特異な鍛錬方法にある。

 筋肉の微細な繊維構造を意識し、魔力循環の停滞ポイントを把握することで、

 通常の鍛錬では到達しえない深い筋組織の活性化が促される。

 特に初心者において顕著なのは、

 全身の魔力パイプ拡張による基礎能力の底上げ効果だ。

 最初は軽い徒手体操から始まり、

 徐々に特定部位への魔力集中トレーニングへと進む。

 この段階で重要なのは「呼吸法」だ。

 通常呼吸より深い吸気と緩やかな吐気により、

 新鮮な酸素と一緒に微量の魔素粒子を肺胞レベルで吸収し、血液に溶け込ませる。

 そうして全身に行き渡った魔素が未発達な魔力回路をゆっくりと拡張していく。

 最初の一週間で感じられるのは全身のだるさと筋肉痛だが、

 これを越えると確実に身体が変わる。

 アキ自身も当初は信じていなかったが実際に実践してみて変わった。

 一ヶ月で以前の倍の重量を持ち上げられるようになった時、

 その理論の正しさを全身で理解したものだ。

 

 

 確固たる目的があり才能と環境に恵まれたアキは3年でLv.4に到達。

 だがソコで英雄候補の壁にぶつかって足踏みする。

【ロキ・ファミリア】の精鋭たちからは

「惜しい」「あと一歩」という評価を受けるものの

 決定的な成長のきっかけを掴めずにいる。

 戦闘センスも魔法適性も申し分ない。

 影属性への適合率も異常値を叩き出している。

 

 第一級冒険者と称されるLv.5、6は英雄候補。

 来る黒竜戦においては『救世主』と『始祖』の手足として同行する予定だ。

 彼らの戦闘力と経験はこの未曾有の危機に対して決定的な役割を果たすだろうからだ。

 そのため、Lv.5以上の第一級冒険者は各勢力にとって重要な資産である。

 彼らは神々の眷属として授かった能力と技術を最大限に発揮し、

 人類史上最悪の災厄に対抗するために選ばれた勇者たちなのである。

 来るべき決戦に向け、各々が自らの力を研鑽している。

 

 

 主な役割は黒竜の眷属たる無数の竜族への対処である。

 撒き散らされた竜を討ち漏らせば、

 黒竜は滅ぼせても人類滅亡もあり得るため、

 その責任の重さは計り知れない。

 第一級冒険者といえども、単体で竜を仕留めることは容易ではなく、

 ましてや群れとなった眷属竜の迎撃には高度な連携と戦術が必要不可欠になる。

 フィン・ディムナが指揮を執る【ロキ・ファミリア】においては

 アキのような特殊な魔法を持つ者は遊撃隊として配置されることも多い。

 影属性の特性を最大限に活かし、

 死角からの奇襲や罠の設置で敵の足並みを乱すのが彼女の得意戦術だ。

 しかし、その一方で決定打に欠けることも事実であり、

 最終的には英雄級の火力を持つ者たちの援護に徹することが求められる。

 

 さらに言えば、黒竜との直接戦闘においては

 英雄たちが主導権を握り続けなければならない。

 一瞬でも支配を奪われれば

 あの古き王者は大陸そのものを塵芥へと変えるだろう。

 それゆえに第一級冒険者たちは常に「英雄の盾」として機能しなくてはならず、

 そのプレッシャーは尋常ではない。

 特にアキのように若くして高い地位に就いた者ほど

 己の未熟さと向き合わなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 Lv.7以上は特級冒険者と呼ばれる英雄。

 彼らは人類の最後の砦であり、それぞれが一軍団に匹敵する力を持つ者たちだ。

 既にLv.8に到達したのは三人のみ。

 一人は『始祖』『吸血王』プレヒト・アーデ、

 もう一人は大精霊ソーロッドの寵愛を一身に受けたソール・クラネル。

 彼らは既に単独で古代級モンスターを撃破可能な実力を保有している。

 特にソールはその成長速度が異常で、

 わずか半年でLv.1からLv.7への壁を突破したことは伝説となっている。

 将来的には前人未到のLv.10すら見据えると言われる二人の超英雄だ。

 彼らの戦闘力はまさに常識の埒外にある。

 アキの目標は、いつかこの特級冒険者たちと肩を並べること。

 黒竜との最終決戦において、彼女が担うべき役割は大きい。

 そのために彼女は今日も修練を怠らない。

 いつか訪れるかもしれないその日に備えて。

 彼らと共に黒竜と戦う──それはアキが血の滲む思いで追い続ける崇高な地位だ。

 

(こんなところで、足踏みしていられないのに……!)

 

 

 ダンジョン中層・大樹の迷宮。

 その一角でアナキティ・オータムは冷たい汗を拭う暇もなく指示を飛ばしていた。

 

「アンジェ、右翼崩れる! ティアは支援射撃!」

「了解!」「任せて!」

 

【ロキ・ファミリア】女性隊が完璧な陣形で展開する。

 しかし彼女たちを取り囲むのは無数の暗紫色の眼窩を持つゴブリン──

 己の命など考慮にも入れぬ特攻を全ての個体が仕掛ける異常。

 不死隊の異名に偽りはない。

 ダンジョンのリソースを独占し大量生産・集中投入される厄災。

 斬っても射抜いてもダンジョンから生まれいでる肉塊が波となって押し寄せる。

 

「このまま消耗戦だと……!」

 背中合わせになった戦士が荒い息で訴える。

 アキは歯噛みする。Lv.4の限界は如実に刻まれていた。

 自分一人で突破口を開くには技も魔力も足りない。

【影縫い】で足止めしても延々湧き出す新手に意味がない。

 

(焦るな……だが時間も惜しい……!)

 

 焦燥が脳髄を焼く。

 今ここで壁を破らなければずっとLv.4の檻から出られない。

 

 その時──

「アキ! 前!」

 剣士アンジェの叫び。

 

「何……?」

 

 前方の通路が一瞬揺らぐ。

 次の瞬間──

 ドォォン!! 

 

「……ッ!」

 

 轟音と土煙の中から巨大な影が現れた。

 黒曜石のような鎧をまとった巨人型ゴブリン──おそらく王種。

 全長2メートルはある肩に担ぐ巨大戦槌が脈動している。

 

「キング級……!? しかもダンジョン改造の武装……!」

 

 仲間の息を呑む声が重なる。

 通常ゴブリンキングは深層域以降。

 ここ中層ではありえない進化。

 アキの脳裏に嫌な符号が結ばれる。

 

(黒竜の因子……ダンジョン汚染……)

 

「退け! 全員壁際に密集!」

 咄嗟の判断。

 だが遅すぎた。

 

 ゴブリンキングの戦槌が振るわれた瞬間──

 衝撃波が地面を抉り飛ばす。

 岩屑の嵐が吹き荒れ隊列を吹き飛ばす。

 アキも堪らず後方に弾き飛ばされる。

 

「アンジェ!? ティア!?」

 視界が眩む。

 左肩が熱い。折れた肋骨が肺を押し上げ咳が出る。

 土埃に霞む先で倒れ伏す仲間たちの姿が見える。

 

(……いや)

 

「……負けない」

 

 拳を握り直す。掌の皮が破れ血が滲む。

 その時ふと耳に届く声。

「……大丈夫よ……アキ……私たちまだ……戦える……」

 ティアが微笑んだ。片腕が不自然に垂れていた。

 それでも弓を離さない。

 

(そうだ……私一人じゃない)

 

 再び迫るゴブリンキングの剛撃。次で全滅確定。

 アキは目を閉じ深く息を吸う。

 影が地面に落ちている。

 それは彼女だけの魔法。

 

(影は光の不在だ)

 

(ならば光を拒む空間を作る──)

 

 掌を大地に押しつける。

 指先から青い燐光が迸った。

 

「≪深淵の帷≫(ゲヘナ・ヴェイル)!」

 

 周囲の影が急速に濃密化し渦を巻く。

 異様な速度で闇が部屋全体を侵食。

 ゴブリンキングが狂奔。戦槌が空を切る。

 けれど影の中では質量が歪み力が分散される。

 

「ここで終わるわけにはいかない」

「帝国を再興する前に……仲間一人失ったら……赦されない」

「だから──今超える」

 

 光が内側から爆ぜた。影の嵐が凝縮し、真紅の火球に変わる。

 影の空間内で逆流させた光熱エネルギーが一点集中。

 ゴブリンキングの胸部装甲に激突。

 爆音とともに紫電が迸る。

 

 ドゥンッ!! 

 

 巨体が仰け反り倒れ伏し、響く仲間たちの歓喜の叫び。

 

「勝った……」

 だがアキの身体は限界を超えた。視界が霞む。魔力枯渇。全身の痙攣。

 

(これが……壁を破った証……?)

 

 震える膝を抱えて座り込む。

 それでも胸を張る。たとえ一時的な突破であっても──

 前へ進んだ。

 

「まだ……」

「足りない」

 

 昏倒する寸前アキの口元がかすかに動く。

 新たな戦いがすぐそこまで迫っていることを悟っているかのように。

 

「─────────は?」

「ウソ、だろ……」

 

 ゴブリンキングが瓦礫から起き上がる瞬間は、

 まるで地獄の釜が逆さにされたかのようだった。

 

 折れた右肩の骨が肉を突き破りながら再生する。

 切断された足首が泡立つように骨髄から再構築される。

 

「悪いな、俺のはソコじゃねえんだわ」

 

 その台詞にアキたちの動きが凍りつく。

 言葉自体が瘴気のように肌を刺す。

 ゴブリンが標準語を使う? いやそれどころか……

 

「ソレって……まさか」

 

 ティアが震える指を向ける先──

 ボルゴスの腹部には漆黒の文様が浮かび上がっていた。

 六芒星を基盤に複雑な鎖が絡む印章。

 闇派閥の一角、邪神エニュオの眷属を示す刻印だ。

 

「どうやって言葉を?」

 

 アキの問いは皆の意識を落ち着かせるため。

 本能が警戒信号を発する中で尚、時間稼ぎに徹する判断力。

 フィンが次期リーダーの筆頭と認める器。そこへ──

 

「学んださ。お前ら人間と同じように」

 

 

 ぞくり。

 

 冗談のような告白にティアが吐息をこぼす。

 彼女は弓弦を引いたまま固まる。

 恐怖と生理的嫌悪で指が痺れ動かない。

 

(冷静になれ)

(戦術を変えろ)

 

 アキの視線が仲間へ飛ぶ。

 戦線を保っている者、崩れそうな者。

 五秒以内に陣形修正の指令を下す必要がある。

 

「……戦い方を教わった。この城塞を築いたのも我らの功績だ」

「感謝しろ。こうして楽しませてやってるんだからよぉ」

 

 言葉尻に乗った侮蔑が空気をさらに毒す。

 

(ダンジョン産の強化種ではなく人工進化体?)

(闇派閥の介入があると言うことか?)

(そんなものは想定外)

 

 考えている場合ではない。

 ボルゴスが語る刹那——

 

 不死隊の群れが異常な密度で包囲網を形成。

 指揮官クラスと思しきレッドキャップまで参戦する気配。

 

「アンジェ! 左翼を頼む!」

「ティアは中央を狙い撃って!」

 

 判断の速さは彼女の武器。

 呼吸を整え直す仲間達の反応で波が押し返される。

 

 だが──

 

「おっと待ってくれよ姉ちゃん」

 

 再び口を開いたのはボルゴスではなく、

 その背後に控えていた一匹の小型ゴブリンだった。

 

「ボルゴスは言ってたんだよ。お前みたいな強い女の子が一番美味しいってさぁ」

「黙れッ!」

 アキの咆哮が鞭のように響き渡る。

 

 

 

 レッドキャップがにやりと嗤った。その刹那——

「みんな目を閉じて息を止めろ!」

 

 アキの命令は一瞬遅かった。

 小柄なゴブリンが背負っていた奇妙な革袋から、緑色の霧が噴き出したのだ。

 甘ったるく刺激的な香りが瞬く間に空間を満たす。

 

「ぐっ……」

 

 先頭にいた剣士アンジェが膝をついた。

 喉を押さえもがくように震える。その目は白く濁っている。

 

「毒……!?」

 

 アキが歯を食いしばる。

【ロキ・ファミリア】の斥候班でさえ察知できなかった未知の兵器だ。

 

「違うなぁ~。この天才ゴブリン、

 ブリスロウの傑作をただの毒と一緒にしないでほしいよ

 ブリスロウが嗤う。

「これは僕が育てたカビよぉ~。一息吸えば三日は寝込んでしまう優れもの~」

 

「全員後退! 距離を取れ!」

 

 アキの声が虚しく響く。既に数名の隊員が膝から崩れ落ちていた。

 魔法使いティアが杖を振り上げるが——

「……ぁ……」

 

 詠唱途中で彼女の舌が痺れたのか。魔法式が霧散する。

 

(クソッ……ここまでか……!)

 

 絶望がアキの背中に忍び寄る。

 ボルゴスがゆっくりと巨体を前に進めている。

 再生した戦鎚が地面を引きずる音が迫ってくる。

 

「影よ盾となれ!」

 咄嗟に影魔法を展開するアキだが——

 

 ゴボッ……!

 

 肺の奥から不快な熱が込み上げる。

 咄嗟に飲み込んだ毒胞子が体内で猛威を振るいはじめた。

 視界がちらつき足元がふらつく。

 

「お疲れさま~冒険者さん? ご丁寧に命令までしてくれちゃって~」

 ブリスロウが跳ねるように近づく。

 小さな身体から繰り出される動きは毒蛇のごとく俊敏だ。

 

「ッ……離れ……!」

 

 抵抗しようとするアキの腕をブリスロウが掴む。

 少年のような柔らかい指先が異様に冷たい。

 

「人間の女の子って最高なんだよねぇ~泣き顔とか特にさぁ~」

 

 レッドキャップの唇が耳元に寄せられる。

 毒々しい息が吹きかかる感覚に全身が粟立つ。

 

「お前の魔法も面白かったけどさ……

 もう使えなくなっちゃうから意味ないよね~」

 

 ゴブリン不死隊が三方から集まってくる。

 指揮官クラスと思しきレッドキャップたちが舌舐めずりをしている。

 

(終わりか……?)

 

 意識が遠のく中でアキは悔しさに顔を歪める。

 仲間たちはほとんど戦闘不能。

 自分も魔法を使えなくなる瀬戸際。

 

 だがその時——

 

「いい加減にしなさいよ」

 

 凛とした声が毒霧を裂いた。

 アンジェが苦悶の表情を浮かべながらも剣を握り直している。

 痺れたはずの足で必死に立ち上がり

 

「私たちを誰だと思ってるわけ? 

【ロキ・ファミリア】を舐めるんじゃないわよ!」

 

 彼女の目に炎が灯る。

 痛みと毒素で歪む顔に宿るのは怒りと矜持。

 

 

 

 

 

 ゴブリンキングの巨躯は毒霧すらものともせず、

 むしろそれを栄養とばかりに吸収するように見える。

 胸板に刻まれた黒い六芒星が妖しく脈打ち、

 傷ついた配下たちの生命力を吸い上げているかのようだ。

 レッドキャップのブリスロウがその足元で嘲笑を漏らす。

 

「あ~ぁ、人間のメスなんてすぐに弱るって~。

 ブリスロウちゃんのお薬は特別製なんだから~」

 

 ブリスロウの言葉に呼応するかのように毒霧が渦を巻く。

 アンジェは必死に剣を構えているが、その刃は震えている。

 ティアは弓を落とし、もがくように地面を掻いていた。

 仲間たちのうめき声がアキの耳に突き刺さる。

 

(ダメだ……このままじゃ全滅する)

 

 アキは奥歯を噛みしめた。

 毒が全身を蝕み、影魔法を使う気力さえも削られていく。

 それでも彼女は膝を折らない。

 ブリスロウの手を振りほどき、震える足で仲間たちの前に立ちはだかる。

 

「まだ終わっていない……」

 

 その声は掠れていたが、確かな意思が込められていた。

 ボルゴスが大きな目を見開き、首を傾げる。

「ほう……? まだ吠えるか、影女」

 

「吠えるくらいさせてもらうわよ。

 アンタみたいな蛮族に言われたくはないわね」

 

 アキは虚勢を張った。

 だがその瞳には一片の諦めもない。

 ボルゴスは肩を揺らして笑い声をあげた。

 

「面白い……本当に面白いぞお前」

 巨漢の指が戦鎚を軽く叩く。

「毒に犯されながらも戦意を失わない。そういう奴こそが楽しめそうだ」

 

 そう言うとボルゴスは突然膝をついた。

 アキは一瞬身構えたが、それは攻撃の準備ではなかった。

 ゴブリンキングは、まるで誓約を捧げる騎士の様にアキを見上げた。

 

「……ッ!?」

 

 思わず身を捩ろうとするが、身体が言うことを聞かない。

 ボルゴスの双眸は人間よりも遥かに獰猛で美しい光を宿していた。

 

「お前は特別だ。影女」

 低い声が耳朶を震わせる。

「普通の人間は泣き喚いて助けを乞う。だがお前は違う」

 

 

 それが一層怖気を誘う。

 こんな殺戮鬼に高潔さを感じてしまう自分が気持ち悪い。

 

「死ぬ時は美しいままで居てくれ」

 そう言ってボルゴスが身を引いた瞬間—

 ドスッ!! 

 

 影が蠢いた。

 

「!?」

 

 突然地面から黒い棘が飛び出しボルゴスの足元を貫く。

 ゴブリンキングの巨体がぐらつく。

 

「なにぃ……!?」

 

 影がアキを中心に放射状に広がっていく。

 毒によって朦朧とした意識の中、彼女は最後の力を振り絞った。

 

【影縫い・影針(えいしん)】

 

 アキが持つ最速の影魔法。

 針状の影を地中から発射し敵の行動を封じる奥義だ。

 

「チィッ! 小賢しい真似を!!」

 

 ボルゴスが憤慨して足元を確認する。

 が、針は靴裏ではなく膝関節の腱に集中している。

 単純に踏み潰せる代物ではない。

 

「全員……脱出するのよ……!」

 

 アキがうめくように叫ぶ。

 一瞬だけできた隙。

 アンジェが剣を捨て仲間たちを支え起こす。

 ティアは涙を流しながらも弓矢を拾い上げる。

 

「バカめ! 逃げられると思うなよ!」

 

 ブリスロウが小瓶を高く掲げた。

 さらなる毒を散布しようという魂胆だ。

 しかし—

 

 ビュウッ!! 

 

 疾風の音と共に矢が横切った。

 

「きゃっ!?」

 

 矢はブリスロウの小瓶を射抜き、毒液を周囲にまき散らした。

 当然そのうちブリスロウ自身も毒霧に包まれる。

 悲鳴をあげながら悶えるゴブリン。

 

「これくらいの報いは受けてもらいましょうか」

 

 声の主はティアだ。

 彼女は自分の矢尻に解毒薬の残滓をつけたのだ。

 毒に対する反撃として最も皮肉な手段を選んだ。

 

「よくやったわ……」

 

 アキは最後の力を振り絞り影を操作する。

 不死隊たちが接近すれば足元から影針が襲い掛かるトラップ。

 仲間たちが出口に向かって走り出すのを確認しながら、

 

(これが私の限界……)

 

 意識が徐々に薄れていく。

 影魔法は使い手自身の生命エネルギーを消費する諸刃の剣だ。

 疲労と毒でガタガタになったアキには酷な過負荷だった。

 

「捕らえろ! 奴を生け捕りにするんだ!」

 

 ボルゴスの咆哮が毒霧の中を切り裂く。

 不死隊が猛烈な勢いで追いついてくる。

 

(逃げ切れ……ない……か)

 

 アキが膝から崩れ落ちそうになったその時。

 

「アキ! 受け取れ!!」

 

 聞き覚えのある声とともに何かが飛来する。

 それは薬瓶だった。

 アンジェが走りながら投げてきた解毒剤だ。

 

「……ありがと」

 

 蓋を開け一気に呷る。

 胃が灼けるような感覚。

 そして全身に広がる清涼感。

 僅かながら意識が覚醒していく。

 

「逃げるわよ……みんな……!!」

 

 毒霧を切り裂き仲間たちが出口を目指す。

 ボルゴスの怒声が背後から響く。

 アキはふらつく身体を支えながら最後尾を守る。

 

(これが勝利なのか……負けてはいない……だけど)

 

 

 

 

 

「がんばって……!!」

 

 アキの叫びは毒霧を裂いて仲間たちへ届く。

 しかし彼女自身の足取りは鉛のように重く、肺腑の灼熱感は増すばかりだ。

 アンジェとティアは既に極度の衰弱状態。

 他の隊員たちも膝をつき喘いでいる。

 最後の退路は背後の石扉ただ一つ──そこに駆け込む猶予はほぼ尽きていた。

 

(あと少し……耐えろ!)

 

 アキの影が蠢動する。

 地面を這う不定形の触手が不死隊の足首を絡め取る。

 だがそれは一時凌ぎに過ぎない。

 敵勢が迫る轟音が石壁を震わせていた。

 

 その時だった。

 不死隊の最前列──ゴブリン不死隊が敬礼するように道を拓けた。

 

 ボルゴスが前進する。

 漆黒の文様を宿した胸が異様な輝きを帯びる。

 そして──

 

「■■■■ ■■■■■■……!」

 

 重低音が唸りを上げる。それは人語ではない。

 ゴブリンの原始的な吼え声でもなかった。

 古い書庫から溢れ出たような澱んだ言霊。

 神聖と腐敗が混在する禁断の韻律だ。

 

「……ッ!?」

 

 アキの肌が粟立つ。

 その旋律を脳が拒否した。

 本能が警告音を鳴らす。

(これは……魔法の詠唱……!?)

 

 無理もない。

 モンスターに高等魔法を扱える個体など存在しない。

 それが【ロキ・ファミリア】を含む冒険者の共通認識だった。

 ゴブリンキングは人間を超越する膂力を持つ怪物。

 だが知能は獣並みというのが定説だったはずだ。

 

「嘘……でしょ……!?」

 

 アンジェの呆然とした声が毒霧に混じる。

 ゴブリン不死隊すら警戒するように道を開ける。

 明らかに通常の戦闘行動ではない。

 高位司祭による儀式戦略のごとき荘重な風格があった。

 

「■■■■■ ■■■■……!」

 

 詠唱の波動が濃密になっていく。

 それに比例して空気が澱む。

 重圧が物理的な質量を持ってのしかかる。

 影魔法で作った障壁すら軋み始めた。

 

(冗談じゃない……一体何なのコイツは……!)

 

 アキの思考が加速する。

 眼前で行われている現象は幾多の文献を漁っても類例がない。

 古代詩篇に記述された召喚歌に近い? 

 だが素材となる精霊や神性の兆しはどこにもない。

 むしろこの詠唱は──

 

(「封じる」ための言霊……?)

 

 詠唱内容を読み解く間もなく結論に辿り着く。

 この呪詛は放たれるのではない。

 周囲に撒かれるわけでもない。

 "空間そのものを変質"させる局地的大規模魔法の可能性が高い。

 

「みんな止まるな! 全力で走れ!」

 

 アキが叫ぶ。それは悲鳴に近い命令だった。

 だが毒に侵された身体では誰ひとりとしてスピードを上げられない。

 唯一アンジェが奮起し仲間の手を引っ張るがそれも限界だ。

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 詠唱が終焉へと至る。

 ボルゴスの胸部の六芒星が禍々しい光を迸らせた。

 地面が軋み、空気が捻じ曲がる。

 

 ドォオオオンッ!! 

 

 地獄の底から響くような音響が迷宮全体を震撼させた。

 黒い円環が空中に描かれ、中心点が徐々に拡張していく。

 まるで直径100m近くもある巨大な籠が完成するように。

 

「あ……」

 

 アキの声が途切れた。

 詠唱による魔法障壁の影響で空間が歪み始めている。

 彼女自身の影魔法も制御を喪失し始めたのだ。

 波打ち、分裂し、形を保てない。

 今まで幾度となく窮地を救ってきた影術が──ただの幻影と化す。

 

「こ……こんなことが……」

 

 アンジェの顔から血の気が失せる。

【影縫い】こそアナキティ・オータムの最大の武器。

 それが無効化されたということは即ち──

 

(終わりだ……)

 

 アキの胸を絶望が埋め尽くす。

 不死隊の軍勢がついに射程に入ってきた。

 百鬼夜行のような足音と雄叫びが波のように押し寄せる。

 ブリスロウが哄笑しながら転がるように接近してきた。

 

「おしまいだよ~~~影女ァ~! 

 ボルゴス兄様の禁域魔法《永劫幽閉(エターナル・プリズン)》! 

 一度囚われたら二度と出られない~」

 

「ふざけるなッ!!」

 

 アキは半ば自棄になりながら手を伸ばす。

 影を呼び起こそうとするが指先から滲むのは塵のような闇のみ。

 形を成すことなく宙に消えていった。

 

(使用自体が封じられる……? 身体も重い……ステイタスが低下……?)

 

 

 

 

 気づいた時には遅かった。

 見えない枷が両脚を雁字搦めにしていた。

 本来Lv.4相当の力量を持つ肉体がまるで老人のように鈍い。

 

「いや……助けて……!」

「お願いだ……誰か……!」

 

 ティアが呻き声を上げる。

 弓を必死に握ろうとするが指先が震えて叶わない。

 他の仲間たちも同じ状態だった。

 動けば動くほど疲労が倍増する悪循環。

 ボルゴスの魔法が"活力"そのものを搾取しているのだ。

 

「……」

 

 アキは歯軋りする。

 視界の隅で不死隊の先鋒が跳躍する姿が見えた。

 刃のように研ぎ澄まされた爪。

 涎を滴らせた牙。

 どれひとつとっても冒険者を嬲り殺すに充分すぎる凶器だった。

 

(すまない……みんな)

 

 最後の瞬間、仲間たちを庇うように前に出る。

 毒と疲弊で震える四肢を叱咤し仁王立ちする。

 せめて時間稼ぎになればと思った。

 Lv.4程度ではこの局面を打破できない。

 だがせめて一人でも多く生き延びさせるために──

 

「許さない……アンタなんかに……屈しない……!!」

 

 叫んだのは闘志ではなくプライドだったかもしれない。

 それでも声に出さずにはいられなかった。

 

「勇ましいな影女」

 

 ゴブリンキングの声が鼓膜を震わせる。

 いつの間にか間近に迫っていた巨大な影。

 頭上から圧殺するかのごとく見下ろされる。

 

「その目……まだ闘争心を捨てていないのか」

 ボルゴスは鼻を鳴らし、それから微かに笑った。

「良い。非常に良い」

「ならば存分に味わうがいい」

 

 戦槌を一閃──という動作ではない。

 巨大な指がそっとアキの額に触れただけだ。

 なのに全身が砕かれたような衝撃が走り、意識が弾き飛ばされた……

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……ッ!」

 

 頭蓋骨を鷲掴みにされるような痛みでアキは覚醒した。

 瞼が重い。

 眼球を無理やりこじ開けると、視界いっぱいに広がっていたのは──

 

 **巨大な掌**。

 

 硬質な鱗状の皮膚と太い血管が浮き出たボルゴスの右手だった。

 それがアキの細い顎を掴んでいる。

 親指が無造作に彼女の口唇を押さえつけ、喋ることすら許されない。

 

「目が覚めたか。影女」

 

 背後から降り注ぐ低い声。

 ゴブリンキングの膝により掛かるように座り込んでいるアキは必死に首をもたげた。

 

「なっ……!?」

 

 眼前に広がったのは悪夢の光景だった。

 

 

 

 部屋全体が赤黒い灯火で照らされていた。

 

「や……めて……」「ぅうっ……」

 断続的な啜り泣き。呻き声。

 そして醜怪な嘲笑が天井に反響する。

 

 アキの仲間たち──【ロキ・ファミリア】の女性冒険者たちが、

 床や柱に押さえつけられながら無惨な格好で陵辱されていた。

 

 アンジェは背中から覆い被さるゴブリンの体重に呻いている。

 騎士装束はナイフで切り裂かれ半裸に近い。

 白い背中に幾筋もの歯型が刻まれており、

 結合部分から流れ落ちる粘液がタイルを濡らしていた。

 

 ティアは四つん這いの姿勢で髪を掴まれている。

 ドレス型の防具は胸元だけを残して引き千切られていた。

 眼下のレッドキャップが恍惚の表情で腰を打ち付けている。

 

 他の若い女性冒険者たちも例外ではない。

 中には意識を失っている者もいる。

 だがその肢体は休むことを許されず、

 醜悪な肉竿によって交互に犯されていった。

 

「ひ……卑劣……な……」

 

 アキが震える声を絞り出した。

 言葉とともに唾液が糸を引く。

 ボルゴスの手は依然として彼女の顎を固定している。

 

「卑劣? 我々にとっては正しい形だ」

 ゴブリンキングは愉しそうに喉を鳴らした。

「貴様らは人間。我々はゴブリン。食物連鎖の頂点同士だ」

 

「ッ……!」

 

 アキの眦に涙が滲む。

 これは単なる敗北ではない。

 人間としての尊厳を根底から踏み躙られているのだ。

 

「さて……」

 ボルゴスの指がアキの顎から滑り落ち、

 頬を撫でながら耳元に近づく。

「次は貴様の番だが……ただ犯すだけでは芸がない」

 

「何を……」

 

「我が軍は残念ながら、派閥中では底辺よりでな……」

 手軽に増やせるという強みも、

 オラリオの冒険者の質と量の向上により通用し難くなっており、

 何より、エニュオ・ファミリア団長ヴァーリの開発した

 ある程度の時間やコストをかければ

 Lv.2~3級を量産できるディースシスターズによって需要が奪われてしまった。

「質の向上は急務。我は王として部下に範を示さねばならん……」

「……? ナニを言いたい、のっ……!?」

 股間に触れた生暖かく硬い感触に総身を震わせる。

 

 

 勃起した醜悪な肉塊がアキの股間に押し当てられた瞬間、

 

「ひッ……あぁあああッ!?」

 

 咽喉から迸った絶叫は、既に凌辱を受けている仲間たちの嗚咽に溶け込んだ。

 自由を奪われた四肢が反射的に暴れようとするが、ボルゴスの巨躯は微動だにしない。

 むしろその抵抗を愉しむように、巨大な掌がアキの腰を掴み直し、

 

 **ズグッ! **

 

「あ゛ッ──―ッ!?」

 

 予備動作なく貫かれた。処女膜の抵抗など無意味だった。

 Lv.4冒険者の鍛えられた肉体すら受け止めきれない質量と硬度が、

 狭隘な器官を容赦なく蹂躙する。

 内部組織が悲鳴を上げるリアルな痛みと屈辱が脳髄を焼き尽くす。

 

「ひぃぃいっ……やっ……やめっ……んぐッ!」

 

 口腔を蹂躙するゴブリンの舌と、子宮口を押し上げる異物感。

 全身の神経が逆流するような感覚に、アキの瞳孔が恐怖で開く。

 

「ククク……これが貴様らの『誇り』か?」

 

 ボルゴスの嘲笑が耳元で炸裂する。

 その声はもはや人語とは思えぬほど歪んでいた。

 

(動け……動かなきゃ……みんなを……)

 

 必死に影魔法を練ろうとするアキの意志は、しかし虚空を掴むばかり。

 ボルゴスの詠唱した《永劫幽閉》による空間制圧は完全だった。

 体内魔力循環そのものが阻害され、

 Lv.4冒険者の肉体能力すら大幅に低下している。

 

「無駄だ……」

 ボルゴスの声が愉悦に満ちている。

「我の魔法は単なる隔離ではない。領域内すべての生命力を抽出し『餌』と変換する」

「貴様の抵抗も、悲鳴も……全てが我々の糧となる」

 

 パンッ! パンッ! 

 規則正しいリズムで打ち付けられる腰骨の鈍い音。

 結合部からは鮮血混じりの分泌物が滴り落ちる。

 

「あっ……あぐっ……も……だめ……」

 

 涙と唾液で塗れた顔を横に向ければ、

 仲間たちの絶望が次々と瞳に映った。

 アンジェは意識を失いかけながらもゴブリンの抽送に揺さぶられ続けている。

 ティアは虚ろな目で虚空を見つめ、涙だけを零していた。

 

(私が……負けたら……みんなが……)

 

 この部屋だけが異常ではない。

 壁面には無数の女性用防具の残骸が吊るされ、

 血痕や淫液が乾いた跡が無数に刻まれている。

 ここで何世代もの捕虜たちが同じ運命を辿ってきた痕跡だった。

 

「貴様だけは……」

 ボルゴスが突然腰を止め、アキの顔を覗き込む。

「特別扱いしてやる」

「他の雌と違い、我専用の『苗床』とする」

 

「……ッ!?」

 

「我らゴブリンは交われば必ず孕む。だがそれでは成長が緩慢だ」

「貴様のような『強い魂』を持つ器なら話は別」

「我の因子を受け入れつつ、知性と闘争本能を維持した仔を生ませる」

「【ロキ・ファミリア】の遺伝子とゴブリンキングの力……最高の兵士が誕生する」

 

「ふざ……けるな……そんなこと……許さない……!」

 

 アキの憎悪に満ちた視線を受け止め、ボルゴスは歓喜した。

「いいぞ……もっと憎め。もっと抗え」

「その炎こそが最良の潤滑油になる」

 

 再開された抽挿はより野蛮さを増した。

 アキの子宮が潰されるような圧迫感と、

 陰茎表面から分泌される粘液のヌメリが感覚を麻痺させていく。

(こんなの……人間のすることじゃない……)

 

 ボルゴスが低く唸り始める。

 射精の前兆だ。アキの全身が鳥肌立つ。

「やだ……中は……絶対に……ッ!」

 

「心配するな……」

 

 ゴブリンキングの指がアキの腹部を強く押さえた。

「ここに我の『種』を植え付けてやる……何度でも……何度でもな」

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その後、アキは何度意識を失いかけたか分からない。

 

「あッ……ひゃん……いっ……ぐぅっ!」

 

 理性を保とうとすればするほど、身体の反応は裏腹だった。

 最初の破瓜の痛みは消え失せ、

 代わりに膣壁を擦り上げられるたびに腰の奥が痺れる感覚が走る。

 

(これは媚薬効果……!?)

(いや違う……ボルゴスの……)

 

 気づいた時には遅かった。

 ゴブリンの性器は単なる生殖器ではない。

 その表面から分泌される粘液には催淫成分が含まれている。

 さらに恐るべきことに──

 

「感じているだろう? 我が雄根を」

 ボルゴスがアキの耳朶を甘噛みしながら囁く。

「我らゴブリンは常に進化する……女を悦ばせる技もな」

 

 事実だった。

 単調だったリズムの中に微妙な変化が生まれ始めていた。

 ある時は浅く素早く擦り上げられ、

 別の時は深いところをゆっくりと捏ねるように押し込まれる。

 アキの弱点を探り当てるための精密な動作だった。

 

「ひッ……ひぃん……そ……そこ……っ!?」

 

「見つけたぞ」

 ボルゴスが狙いすました角度で一点を集中攻撃する。

 瞬間、稲妻のような快感が脊椎を駆け抜けた。

 

「あ゛──ッッ♡!?」

 

 拒絶と羞恥の悲鳴は一瞬で嬌声に変わった。

 アキ自身が信じられないほど甲高い声。

 それを聞いたボルゴスが満足げに頷く。

 

「素晴らしい……やはり貴様の器は逸材だ」

「快楽を知った身体はより多くの『愛』を求め始める……」

「もう抵抗できまい」

 

「嘘……嘘だ……こんなの……わた……あっ♡」

 

 否定する間もなく再び快感の波が押し寄せる。

 子宮の入り口付近にある敏感なスポットを亀頭が正確に突き上げる。

 同時にボルゴスの指がアキの乳首を執拗に転がし始めた。

 

「あっ♡あっ♡あぁあッ! ダメッ! そこッ!」

「やっ♡やぁあッ♡イッちゃ……んッ♡」

 

 全身を硬直させても襲いくるオーガズムの津波。

 背筋を反らせながら絶頂を迎えるアキ。

 その瞬間の弛緩と痙攣を利用し、ボルゴスはさらに深い位置まで侵略した。

 

 

 

 女性としての尊厳も冒険者としての矜持も、

 デカチンポに突き崩され、トロ顔で喘ぐアキ。

 

「あひぃぃっ♡ おくっ……あたってるぅ……♡」

 

 理性の最後の砦が崩れ去る音が脳内に響いた。

 ボルゴスの巨根が子宮口を直接押し上げるたび、

 かつて影を操っていた指先が今は虚空を掻き毟る。

 

「そうだ……もっと啼け」

 ボルゴスの囁きが耳朶を舐める。

「貴様の魂を食らい尽くす前に……快楽で蕩かしてやる」

 

 ゴブリンの亀頭冠は鋼鉄のように堅く、カリ首が膣襞を刮ぐように往復する。

 そして──決定打となったのが粘液の毒だ。

 媚薬性の分泌物が粘膜から浸透し、アキの脳幹を直撃する。

 冒険者の誇りも影魔法の技も、今は一切思いつかない。

 

「ふぁっ♡ あ゛ッ……♡ だめ……またっ♡ イクッ……んひぃぃぃッ♡」

 

 無意識に腰が上下してしまう。

 自ら結合深度を調整し快楽を貪る仕草──まさに牝の本能そのもの。

 床に広がった愛蜜は既に水溜まりとなり、

 時折ボルゴスの睾丸が当たって跳ねる音すら生々しい。

 

 

 

「さぁ……そろそろ本番といこうか」

 

 ボルゴスが突如動きを止めると、アキは切なそうに身をよじった。

「やっ……なんで……動いて……♡」

 

「何を言い出す。まだまだ序の口だ」

 

 嘲弄とともに男根がさらに膨張する。

 まるで内臓全体が拡張される錯覚にアキの眼が焦点を失う。

 

「ひぐっ……おっきくなっ……て……♡ こわれちゃっ……♡」

 

 次の瞬間──

 

 ビュルルルルッ!!! 

 

 大量の精液が堰を切って放たれた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ♡♡♡」

 

 全身を電流が駆け巡り、視界が真っ白に染まる。

 ゴブリンの特異な射精法は哺乳動物とは比較にならない持続性と濃度を誇る。

 子宮を満たしてもなお続き、逆流したザーメンが結合部から泡となって溢れ出す。

 

「さぁ……これが始まりだ」

 ボルゴスが耳元で囁く。

「毎晩……朝まで……満タンにしてやる」

 

 ──-

 

 一方その頃、部屋の隅ではアンジェが崩壊寸前だった。

 

「う゛……ぅぅ……」

 元騎士の誇り高き瞳は涙で曇り、

 唇からは泡立った唾液が垂れている。

 ゴブリン不死隊の一匹が背面座位で抽送を続ける度に、

 膣口からはアキ以上の白濁液が噴き出した。

 

「まだ出るぞ~このメス豚~」

 ブリスロウが嬉々としてアンジェの乳房を揉みしだく。

「初日から三回中出ししたのに締まりは最高だぜ~♪」

 

 隣ではティアが人形のように揺さぶられていた。

 何度も気絶と覚醒を繰り返すうちに、

 反抗的な性格は涙と嗚咽のみを口にする道具へと堕ちた。

 

「やめてぇ……お願いだから……もう赤ちゃんの部屋に入れないで……」

 震える声で懇願するが、ゴブリン達は哄笑するばかり。

 彼らにとって子宮は単なる「保存容器」なのだ。

 

「よしよし~次はキミの番だ~♪」

 ブリスロウが指を弾くとアンジェの拘束が緩む。

 代わりに目の前には別のレッドキャップ──

 全身を鮮血に染めた狂戦士タイプが舌舐めずりしていた。

 

「さぁ立てよゴミ虫共」

 ボルゴスが全体を見渡し号令をかける。

「これから本格的な“繁殖訓練”に入る」

 

 その宣言通り──

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「……あ゛っ……はぁっ……!」

 

 アキの喉から漏れた喘ぎは、もはや人間のそれとは呼べなかった。

 子宮口を抉るゴブリンキングの剛直が引き抜かれるたび、

 膣壁が引き摺られる焼けつくような摩擦熱。

 そして再び深く押し込まれる衝撃に合わせて膣肉が痙攣的に収縮する。

 結合部からは絶え間なく粘液が溢れ続け、

 既に床には濁った水溜まりができていた。

 

(あれ……?)

 

 霞がかっていた意識が唐突に晴れた。

 強烈な快楽と屈辱の渦の中で、一粒の理性が燻っていた火種に点火する。

 まるで冷水を浴びせられたように脳裏が明晰になる。

 

「……ッ!」

 

 歯を食いしばり瞼を開く。

 涙でぼやけた視界の向こうには、巨大な影がこちらを見下ろしていた。

 ボルゴスだ。人間の五倍はある体格に黒い六芒星の刺青。

 その股間から突き出た異形のペニスが今なおアキの胎内を占有している。

 

「ふ……」

 

 反射的に吐き気が込み上げる。

 けれど同時に──恐ろしいほどの冷静さが彼女を支配した。

 身体は屈服していても精神までは売っていなかったのだ。

 

(私はまだ……生きている)

 

 この奇跡的な覚醒は偶然ではない。

 ゴブリンの精液に含まれる催淫成分が一定量を超えると、

 逆に抗体作用が働く特性を持っていたらしい。

 あるいはアキ自身の精神力が奇跡を呼んだのか。

 どちらにせよ彼女は今──正気を取り戻していた。

 

「どうした? 急に静かになったな」

 

 ボルゴスが怪訝そうに眉を寄せる。

 快楽に溺れていた獲物が突然無表情になったことで興を削がれたようだ。

 

「まさか……まだ抵抗するつもりか?」

 

「……当然よ」

 

 喉から絞り出した声は掠れていたが芯があった。

 それは【ロキ・ファミリア】が誇る冒険者。

 帝国貴族としての矜持だ。オータム家の名誉を守るために。

 

(影魔法は使えない……体力も限界……)

(それでも……諦めたりしないわ)

 

 アキは自らの状況を客観的に分析した。

 四肢はボルゴスの巨体に組み敷かれ動けない。

 腹部には妊娠初期のような膨らみがあり、

 そこには夥しい量の精子が充填されている。

 まさに性玩具と化した自分。

 それでも尚──思考停止は選択肢外だった。

 

(仲間を……解放する方法を考えないと)

 

 周囲を見渡す余裕すらあった。

 アンジェは後ろからゴブリンに抱きつかれ泣きじゃくりながら

 ティアは虚ろな目で虚空を見つめている。

 他にも十数人の【ロキ・ファミリア】女性冒険者がゴブリンたちに囲まれていた。

 

(全員を同時に助けるのは不可能……)

(まずは脱出経路の確保が必要……)

 

 アキの脳内で迅速に戦略が組み上がっていく。

 まずボルゴスの動きを止めなければ計画は破綻する。

 ゴブリンキングの拘束力は強靭だが無敵ではない。

 アキは現在、この化け物に膣を犯されている状態

 ──つまり身体の一部が接合している。

 この密着した状態を利用して仕掛けられないか? 

 

「おい……聞いてるのか」

 

 苛立ったボルゴスが更に腰を沈めた。

 しかし──アキは敢えて無反応を決め込む。

 この反応の変化こそが罠だ。

 

「……」

 

 目を閉じ深呼吸するフリをして全身から力を抜いた。

 すると膣圧が緩み、ボルゴスは意外そうな表情をする。

 

「ふむ? もう飽きたか? 飽きっぽい女だ」

 

 そう言いながらも腰の動きが若干変わる。

 これまでは暴力的な抽送だったが、

 今は玩具を試すようにゆっくりとした挿抜に切り替えた。

(チャンス……)

 

 アキは慎重にタイミングを見計らう。

 ボルゴスのリズムが一定になった時を狙い──

 

 キュウッ! 

 

 突然膣口を強く締め上げた。

 それはかつて『影縫い』で培った繊細な筋肉操作技術の応用。

 普段であれば相手の足を縫い止める役割を担う力が

 今回は男性器を喰いちぎるかのように強烈に咬む。

 

「ッ!?」

 

 驚愕したボルゴスの動きが止まった。

 巨大なペニスに思わぬ刺激を与えられ慌てている。

 その一瞬の隙を見逃さない。

 

 パッと目を見開き視線を天井へ向ける。

 そこには蜘蛛の巣のように張り巡らされた管状の何かがある。

 おそらく給排気用のダクト・のようなものだろう。

 あそこまで辿り着ければ──

 

「ッ……てめェ……!」

 

 ボルゴスが怒号と共に乱暴な抽送を再開した。

 だがその無策な動きはすでに読めている。

 アキは膣内の蠕動運動を変え迎撃した。

 浅い部分と深い部分で異なる圧力を与えつつ

 収縮リズムを複雑化させる。

 俗にいう「名器」テクニックである。

 

「ぐっ……! な……なんだこの吸い付きはッ……」

 

 ボルゴスが困惑しながら腰を振る。

 その間アキは情報を整理した。

 今の自分には戦闘能力がない。でも頭脳はある。

 過去に蓄積した知識──影魔法理論だけでなく

 拷問回避の心得も今こそ活かすべき時だ。

 

(逃げ道は天井……次にあのダクトを目指す)

(問題は下半身が塞がっていること……)

 

 ここで重大な仮定を導き出す。

 もしボルゴスを絶頂させることができれば─

 射精直後はどうしても萎えてしまう。

 その刹那に拘束が緩むはずだ。

 

(でも……私には媚薬効果がまだ残ってる……)

(快感に飲まれたら元も子もない)

 

 リスクは高い。

 それでもやるしかない。

 アキは覚悟を固め再び腰を振った。

 ただし今度は演技ではなく本気で性感を追い込む。

 ボルゴスの反応を確かめながら的確にポイントを責める。

 

「くっ……おぉ……貴様……!」

 

 ゴブリンキングの声が濁る。

 荒くなった鼻息に加え股間の脈動が激しくなる。

 もうすぐだ。あとひと押し──

 

 ギュウゥゥッ!! 

 

 アキが渾身の力を込めて膣を収縮させた。

 同時に括約筋を絞り尿道を締め上げる。

 人体改造レベルの自律神経操作だが

 冒険者として日々鍛錬を積んできた賜物だった。

 

「あぐっ……があぁああッ!!」

 

 ついにボルゴスが仰け反り絶叫した。

 大量の熱い奔流が子宮口を突き破る勢いで噴出する。

 その直後──ペニスの硬度が急速に失われていく。

 射精後の生理的反応である。

 

(今しかない!!)

 

 アキは素早く体位を変えようとした。

 しかし──

 

 ズシンッ!! 

 

 ボルゴスの拳が床板を粉砕する音が響く。

 怒りに燃える眼光がアキを射竦めた。

 

「貴様……どういうつもりだ……!!」

 

 巨体が再び覆いかぶさってくる。

 アキの計算は一歩及ばなかったようだ。

 

「やっぱり簡単にはいかないわよね……」

 

 苦笑いしながらも眼差しは挑戦的だった。

 この状況でさえ戦術を組み立て続けるアキ。

 頂点に君臨する一族の末裔らしく

 どんな窮地でも足掻くことを諦めない。

 

 

 

 

 

 ──その時だった。

 

「ッ……!?」

 

 不意に右胸の頂点に走った刺激にアキの身体がビクリと跳ねた。

 それは今までの粗野な凌辱とは全く異なる感触だった。

 

 ボルゴスの太い指先が、驚くほど繊細なタッチでアキの乳首を摘んでいる。

 まるで硝子細工でも扱うかのような優雅さで、

 人差し指と親指が蕾を挟み込み、軽く捻りながら押し潰していく。

 

「なっ……」

 

 想定外の行為に思考が空白になる。

 その一瞬の隙をボルゴスは見逃さなかった。

 

「ほう……これが欲しかったのか?」

 

 嗤うような声と共に左手も伸びてくる。

 左右対称にピンと尖った胸の飾りを同時に愛撫された。

 硬く凝った突起を押し込んだり引っ張ったり

 時に円を描くように転がしたり──

 全てが絶妙な圧力と速度で繰り出される熟練の技だった。

 

「やっ……待っ……そんな風に……♡」

 

 咄嗟に身を捩ろうとしても巨体に阻まれる。

 逆にその微かな抵抗が刺激となり

 乳首が一段と硬く屹立していくのが分かる。

 

(こいつ……本当にゴブリンなの……?)

 

 混乱するアキの脳裏を疑問符が埋め尽くす。

 ここまで緻密な性感帯へのアプローチなど想像できなかった。

 ゴブリンといえば単純な暴力と欲望だけで動く生物のはず。

 

「貴様は面白い女だ」

 

 ボルゴスの低音が耳朶をくすぐる。

 彼の声には今まで聞かなかった知性の煌めきがあった。

 

「普通の人間はここまで抵抗しない。ましてや快楽を使い返すなど」

 

 指先の動きが加速する。

 摘まれた乳首を基点に円運動が広がり

 乳腺をマッサージするように柔らかく圧迫された。

 

「ッ~~~~♡♡♡」

 

 声にならない悲鳴が喉の奥で木霊する。

 ゾワゾワと背筋を這い上がる痺れ。

 乳頭からの快感信号が全身の神経を乗っ取っていく。

 特に子宮に直結した快楽中枢が

 火花のように爆ぜながら疼きを訴える。

 

「見ろ……この反応。乳首だけで潮吹きしそうじゃないか」

 

 指摘された通りアキの秘部から新たな愛液が溢れていた。

 それは先ほどまでの暴力的抽送による痛みとは別次元の濡れ方だ。

 理性では認めたくないが──明らかに悦んでいる。

 

「ち……違うッ……これは媚薬のせいで……っ♡」

 

 苦し紛れの弁明も途中で遮られる。

 ボルゴスが片手で胸を愛撫したまま

 もう一方の手で彼女の顎を掬った。

 

「その媚薬にも順応してしまった身体だ」

「貴様の意志とは関係なく……この乳首は私の指を求めている」

「正直になれ……影女」

 

 言い終わると同時に乳首を強く抓り上げた。

 そしてその鋭い刺激と同時に──

 

 ズンッ!!! 

 

 再度深く突き立てられた腰。

 アキの最も敏感な弱点をピンポイントで捉えられた。

 

「ひッ♡ あ゛ああッ♡♡♡」

 

 全身が弓なりに反り返る。

 脳裏を稲妻が疾走するようなオーガズム。

 視界が白飛びし星屑が散った。

 乳首と膣の同時攻撃に理性が瓦解する。

 

(駄目……耐えなきゃ……っ)

(ここで負けたら全部……奪われる……っ!)

 

 意識の深層で警鐘が鳴るがもう遅い。

 ゴブリンキングの巧みな愛撫は獣のような乱暴さではなく

 支配するために磨かれた技巧そのものだった。

 

「可愛らしい顔だ……」

 

 恍惚としているアキの表情を眺めながら

 ボルゴスが舌なめずりする。

 漆黒の瞳には獲物を嬲る愉悦と同時に何か別の感情が宿っていた。

 

(待って……こいつ……)

(私をただの苗床じゃなくて……)

 

 戦慄する洞察力。

 確かにボルゴスは他のゴブリンと一線を画していた。

 単なる繁殖行動を超え、アキという個人に対する興味を示している。

 それは王としての支配欲なのか

 それとも──

 

「貴様のような強い牝が堕ちる過程は格別だ」

「これから毎日……我好みの『完璧な母体』に仕上げてやる」

 

 宣告と同時に乳首への愛撫が再開された。

 今度は親指の腹で円を描くように撫で回す。

 同時に腰の抽送もリズミカルに再開。

 その一つ一つがアキの防御機構を剥ぎ取っていく。

 

「んひぃぃ♡ もうっ……許しっ……♡」

 

 必死の懇願もただの媚声に変わり果てる。

 ボルゴスの言う通り、

 この身体は快楽を拒むどころか積極的に受け入れ始めていた。

 

「美しいな……影女」

 

 褒め言葉は侮蔑ではなく本心から来るもののようだった。

 その穏やかな声色こそが一番恐ろしい。

 アキは理解してしまった──

 この化け物は彼女を肉欲を満たす玩具としか見ていないが

 同時に"価値のあるメス"として評価していることも。

 

「さぁ……第二幕の開始だ」

 

 アキの耳元で囁く声。

 次なる一手が何であるかは明白だった。

 絶頂直後の弛緩した身体へ

 さらなる快楽の洪水が押し寄せようとしている。

 

「あ……あぁ……♡ また……来ちゃっ……♡」

 

 もはや抗議の言葉すら紡げない。

 美しさ故に抗えない運命を背負った彼女は

 ただ喘ぎ声だけを奏でることしか出来ないのだった──

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 薄暗い岩室に艶かしい水音が響き渡る。

 

 ジュポッ……ヂュプ……

 

 粘膜が擦れ合う卑猥な音色。

 そして混じるのは悩ましげな喘ぎ声。

 

「や……っ……やら……あ゛……♡」

 

 アキの豊満な双丘が上下に揺れる。

 騎乗位の体勢で串刺しにされながらも

 自然と腰がくねってしまう矛盾した身体反応。

 その淫靡な踊りにボルゴスは満足げに微笑んだ。

 

「素晴らしい……自分で動き始めたぞ」

 

 挑発するように乳首を摘まむ指先が

 再び繊細な愛撫を開始する。

 硬くしこった突起を人差し指で転がしながら

 残り四本の指は乳房全体を包み込むように揉みしだく。

 

「ッ~~♡♡♡」

 

 ビクンと跳ねるアキの身体。

 同時に膣肉がキュウッと収縮し

 挿入中のペニスを締め上げる。

 ゴブリンキングの満足げな笑みが深くなる。

 

「ここは好きだろう? 胸の先を摘まれると奥まで熱くなる」

 

 事実その通りだった。

 乳首から脊髄を通じて送られてくる快感信号が

 ダイレクトに子宮を疼かせる。

 結果として膣道全体が湿潤し

 滑りを増したボルゴスの肉棒がより容易に出入りするようになった。

 

「貴様の弱点は全て把握した」

「今後はそこを中心に攻めてやる」

 

 警告と共に腰振りが加速する。

 上下動ではなく前後に揺さぶるような小刻みなピストン。

 亀頭の凹凸がGスポットを正確に抉る技量に

 アキの理性はさらに溶解していく。

 

「あッ♡ あんッ♡ そこっ……やめてぇっ♡」

 

 拒否の言葉すら甘ったるい響きを持つ。

 頭では必死に否定しようとするが

 肉体は既にゴブリンの性技に馴染み始めていた。

 そしてそれに比例して愛蜜の分泌量が増えている。

 

「嘘をつけ……腰が勝手に動いているぞ?」

 

 冷たく指摘されると同時に乳首を強く引っ張られた。

 痛みと快感の混淆に視界が揺らぐ。

 その刹那──

 

 ドロォ……ッ

 

 結合部から粘度の高い液体が滴り落ちた。

 愛液とは明らかに異なる臭気を帯びた透明な汁。

 ゴブリンの精液だ。

 先程までの膣内射精の残滓が

 新たな抽送により押し出されたのである。

 

「汚いなぁ~」

 

 遠くでブリスロウの声が聞こえる。

 彼は今ティアを背面座位で犯しながら

 二人の交わりを面白おかしく観察していた。

 

「アキちゃんのおまんこから溢れてきた~

 あんなに出したのにまだ飲みきれなかったの~? 

 それとも美味しくて飲み干せなかったとか~?」

 

 ゲラゲラと馬鹿笑いするゴブリン狩人。

 だがアキには反論する余裕もない。

 眼前で繰り広げられる乳首攻めと膣内ピストンが

 全ての思考を占領してしまっていた。

 

「黙れ」

 

 短く制するボルゴスの声。

 その目つきは真剣そのものだ。

 他の仲間と違って彼はアキとの"儀式"に集中している。

 

「今夜限りで貴様は変わってしまう」

「我が手により完全に染まり切るまで決して終わらせん」

 

 宣言すると同時に両乳首を摘み上げながら

 下からの突き上げを最大出力で実行する。

 一瞬にして世界が白く染まる壮絶な快感。

 子宮口を叩く亀頭の熱さに絶叫が漏れる。

 

「ひぐぅぅぅ♡ そんっ……なっ……同時にぃぃぃッ♡♡♡」

 

 頭の中がショートした。

 アキは自分の意思とは無関係に腰を激しく振り始めている。

 搾乳するような乳首の搾り方も相俟って

 脳内麻薬が過剰放出される状態だった。

 

(嫌……こんな感覚……知らない……っ♡)

 

 未知の快楽が恐怖と陶酔を呼び起こす。

 自分という存在の境界線が曖昧になりつつある恐怖。

 同時にこれまで抑圧してきた本能的な悦びが

 堰を切ったように湧き出てくる開放感。

 

「ハァ……いいぞ……その表情だ」

 

 ゴブリンキングの吐息が首筋にかかる。

 汗ばんだ肌が吸い付くようだ。

 あまりの情熱ぶりにボルゴス自身も昂奮を抑えきれない。

 

「感じるか? 子宮が降りてきたぞ」

「準備完了というわけだな……我が種を受け入れる覚悟ができたようだ」

 

 警告めいた呟きの直後

 ボルゴスのモノが更に膨張した。

 通常サイズの倍以上に隆起する凶悪な変形。

 アキの膣内が完全に占拠される感覚に怯える間もなく

 

「ッッ!? ♡♡♡」

 

 突如下腹が焼けるような熱を感じた。

 それは膣内射精とは異なる異質な感覚。

 ゴブリン特有の精液──

 通常の人間とは根本的に異なる生命活性物質を含んだ液体が

 子宮の内側で猛烈な反応を引き起こしている。

 

「これが本当の始まりだ」

 

 ボルゴスの声が遠のく。

 視界は白昼夢のように明滅し

 自分がどこにいるかも曖昧になっていく。

 ただ一つ確かなことは──

 

 膣内で蠢く異物感と

 それに絡みつく愛液の温度だけだった。

 

 ◆◆◆

 

 ──翌朝。

 

 岩牢に朝陽が差し込むことはなかった。

 だが空気の澱み方から外界の時間が経過したと判る。

 アキは泥のように眠っていたが喉の渇きに促され薄目を開けた。

 

「……ッ!?」

 

 己の姿を見て愕然とする。

 昨夜と同じ服装──

 戦闘用ドレスコルセットこそ辛うじて原型を留めているが

 ほぼ布切れ同然だ。

 露出した肌には無数の歯型と痣。

 そして何よりも衝撃的なのは腹部の膨らみだった。

 

(これ……昨日の……)

 

 認識した途端胃が締め付けられるような不快感。

 子宮内で凝固した精液と卵子が融合し

 微小な生命活動を始めている──その感覚。

 

「おはようございます~アキさん♡」

 

 跳ねるように起き上がり振り向くと

 昨日同様、邪悪な笑顔のブリスロウが立っていた。

 傍らには小型のトレイを持っており

 湯気の立つカップと焼きたてのパンが並んでいる。

 

「お腹空いたでしょう? 昨日はずっと犯されてたから

 水分補給も食事も疎かになってたし~」

 

 茶目っ気たっぷりに言う彼だが内容は残酷極まりない。

 アキは言葉を失ったまま睨みつけることしかできない。

 

「まぁまぁ落ち着いて~今日はボルゴス様もご不在なので

 少し休憩タイムですよ~僕が看護係になりますからね~」

 

 言ってテーブルを差し出してくる。

 確かに身体は限界近く消耗しており

 栄養補給が必要不可欠だった。

 だが善意のように見える献身が最も恐ろしい場合もある。

 

「……要らないわ」

 

 絞り出すような拒絶。

 その答えを予期していたのかブリスロウは肩を竦める。

 

「そうですか~でも喉はカラカラですよね~? 

 せめて水だけでもどうですか~? 毒なんか入ってませんよ~

 だって貴重な実験サンプルなんですから~」

 

 実験サンプルという表現にゾッとする。

 彼の言葉尻から漂う非人間的なニュアンスは

 ゴブリン狩人が持つ独特の冷酷さを露呈していた。

 

「飲む……けどあなたが毒味しなさい」

 

 条件を提示するとブリスロウは嬉々として従う。

 実際に一口飲んでみせ安全性を確認した上で

 改めて杯を差し出す様子に不気味な潔癖さを感じた。

 

(本当に何も入ってないのかしら……?)

 

 猜疑心に駆られながらも

 結局飢えと渇きには抗えず受け取ってしまった。

 僅かな量を口に含むと予想外に清涼な味わいに救われた気分になる。

 続いてパンにも齧りつく。

 久々の炭水化物の恩恵か一気に食欲が蘇った。

 

「食欲あって安心しましたよ~」

「昨日は随分派手にイッてましたから

 それで気絶でもしたら面白くないですし~」

 

 悪意ある指摘にフォークを持つ手が震える。

 ブリスロウは満足げに室内を見渡す。

 壁際には昨日囚われた仲間たち──

 アンジェとティアをはじめ十数人の女性冒険者が並んで寝かされていた。

 皆一様に虚ろな表情で虚空を見つめている。

 

「さてさて~今日も楽しい一日が始まりますねぇ~

 ボルゴス様がお帰りになるまでどう遊ぼうかな~♪」

 

 歌うような口調で立ち去るゴブリン狩人。

 アキは一人取り残された。

 昨夜の記憶が断片的に甦る。

 乳首を摘まれながら子宮を殴打された屈辱的快楽。

 未だ残るその感触に戦慄しながらも

 同時に仄かな期待感も芽生えてしまっている自分に怯える。

 

(絶対に負けない……)

(この子宮も……未来も……誰にも渡さない……)

 

 決意を新たに拳を握りしめるアキ。

 だがその胎内では──

 微小な生命反応が着実に育ち始めていた。

 

 ◆◆◆

 

 その日の夕暮れ。

 帰還したボルゴスは上機嫌だった。

 どうやら報告した結果、称賛されたらしい。

 

「ほう……しっかり食事を取ったようだな」

 

 アキの体型チェックをするような目線。

 確かに昨夜より幾分か健康的な印象だ。

 それが彼にとっては所有物の管理に満足した証拠だった。

 

「素晴らしい……我が種も良好に育っている」

 

 言いながら彼女の腹部を優しく撫でる。

 妊婦のような大きさはないが明らかに膨満感がある。

 内部で異様な動きを感じるアキの恐怖とは裏腹に

 ボルゴスの表情は慈父の如く穏やかだった。

 

「今日からはさらに効率的な"交配"を行おう」

「貴様の適応性を考慮し新しい手法を編み出した」

 

 宣言とともに彼は奇妙な器具を取り出した。

 ゴムのような質感のイボだらけの棒。

 明らかな異物挿入道具だった。

 

「これを装着することで長時間の調教を可能にする」

「睡眠中も食事中も決して離れず胎内を占有デキる」

 

 淡々と語る内容は拷問に等しい。

 しかしアキはもう慣れてきていた。

 抵抗するのも疲れたわけではない。

 むしろ冷静に観察する余裕すら出てきている。

 

(これも一種の実験台か……)

(ならば利用するまで)

 

 諦念ではなく新たな戦略。

 監禁生活における生存術として

 自ら進んで協力するフリをして有利な条件を引き出す作戦だった。

 

「分かりました……お好きにしてください」

 

 珍しく素直な態度を見せると

 ボルゴスは拍子抜けしたように眉を上げた。

 アキの瞳に宿る不屈の光を見逃さない。

 それは明らかに降伏した者ではなく

 逆転を狙う策略家の輝きだった。

 

「ほう……良い心掛けだ」

「だが油断するなよ? 我の目的はあくまで……」

 

 そこまで言ったところでボルゴスの携帯していた通信装置が鳴った。

 非常に簡易な通話機能であり

 頻繁に使用されることはない重要な連絡網だ。

 慌てて拾い上げるとボルゴスの表情が一変する。

 

「……」

 

 沈黙のまま聞き入る姿に

 アキも思わず息を潜めた。

 そして数秒後──

 

「了解した」

 

 短く答えると通信を切断した。

 ゴブリンキングの顔色が明らかに豹変している。

 何事か深刻な知らせであったことは明白だった。

 

「悪い知らせか?」

 

 思わず尋ねてしまった。

 本来なら迂闊な発言だと反省するべき局面なのに

 あまりのボルゴスの険相に好奇心が勝ってしまったようだ。

 

「……明日……【ロキ・ファミリア】の主力部隊が到着するらしい」

 

 低い呟きが響く。

 それは希望の灯と絶望の炎が同時に点火した瞬間だった。

 援軍の到来は救いを意味する一方で

 ゴブリン討伐隊とて容赦ない処刑者になる可能性が高い。

 

「急いで引き上げなければならない」

「貴様らを連れ帰る時間的猶予はなくなった」

 

 悔しげに言い捨てるボルゴス。

 しかしその目に諦観はなかった。

 むしろ新たな標的を見つけた猟犬の如き閃きすらある。

 

「よって残り二十四時間で最大限の成果を得る必要がある」

「昨夜以上の速度で貴様らを孕ませる」

 

 命令とともに奴隷商から借り受けた"新型調教具"が宙を舞う。

 アキは迫り来る脅威を前にして

 初めて味わう安堵と焦燥の板挟みに置かれた。

 彼女たちの運命は……




続くかな……

更新希望の原作

  • 魔弾の王
  • 落第騎士
  • ハイスクールD×D
  • 月姫
  • モブせか
  • マジエク
  • のんびり農家
  • 新妹魔王
  • 八男
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