ダークエロよろず短編集 作:カード読み込み
バスタードやスレイヤーズで育ったおっさんには詠唱は刺さりすぎる
ダンジョン中層・18階層─────────リヴィラの街。
ソコは今や死闘の坩堝であった。
安全と安息を提供するはずの休憩所が今や阿鼻叫喚の戦場と化し、
建物の壁は砕かれ、地面は血に染まり、かつての賑わいは消え去る。
ボールス・エルダーは
眼帯越しの左目に映る惨状を見据えながら怒号を上げていた。
「持ちこたえろ! 背後を取られるな!」
彼の周囲には既に十数匹のヘルハウンドが倒れていた。
手には漆黒の大斧——それは彼の相棒にして武器庫でもある魔道具だった。
「隊列を組め! 孤立するな!」
リヴィラに駐在する冒険者たちは必死に戦線を維持しようとしていた。
彼らにとって中層域はホームグラウンド。
地形を熟知している利点を最大限に活かして応戦する。
「あれは……?」
偵察に行っていた斥候が帰還し、慌てた様子で報告する。
「西方面から新たな一群が迫っています! しかも……」
「何だ? はっきり言え!」
「あの巨大な影は……恐らく……」
言葉を終える前に、大地が震動する。
遠方より轟音とともに現れたのは、
五頭以上のブレイン・イーターと数十匹の毒妖蛆が混合した群れだった。
ボールスは歯を食いしばる。
(こんな規模の襲撃は前代未聞だ……)
(通常、モンスター同士は争うはずなのに……)
「まさか……これは実験か?」
傍らの若い女冒険者が呟く。
「奴らは闇派閥の新兵器を試しているんだわ」
それを証明するように、怪物たちの首筋には微細な刻印が浮かんでいる。
明らかに魔法で操られている証拠だ。
「待避ラインを引け! 街の東側へ撤退だ!」
ボールスが即座に命令を下す。
「ここを捨てるのか?」という声に彼は厳しく言い放つ。
「馬鹿者! 今は生き延びることが優先だ!」
しかし時すでに遅く……
「上だ!!」
誰かの悲鳴にも似た警告。
天空からの殺意を感じた瞬間—
轟音と共に巨大な落下物体が地面を叩きつけた。
土煙の中から現れたのは……
「ゴライアスだと……? いや、何だ……」
土煙が晴れると、そこには通常のゴライアスとは明らかに異なる怪物が君臨していた。
「……鎧ゴライアス……」
誰かがかすれた声で呟いた。
目の前に聳えるのは身長7メートルを超える巨体。
全身を覆う甲冑のような皮膚は鋼鉄のように鈍く光り、
ところどころから赤い脈動が透けて見える。
普通のゴライアスであれば人型に近い胴体も、
この個体は獣のように前傾した姿勢を取り、手足が異様に太く発達していた。
そして何よりも——
「頭がない……?」
そう、そのモンスターには本来あるべき頭部が存在せず、
首の代わりに棘がいくつも突き出した管状の器官が揺れているだけだった。
「あんなものを見たことがあるか?」
一人の冒険者が震えながら仲間に問いかける。
「いや……あれは……人工的に改造された……」
その時、鎧ゴライアスの首元にある管状器官が突然振動し始めた。
低く響く唸り声のような音が徐々に大きくなり—
ドォォォン!!
衝撃波が爆風のように広がり、近くにいた冒険者たちが吹き飛ばされた。
「防御陣形を崩すな!」
ボールスが叫ぶが、既に半数以上の冒険者が負傷している。
「これは……単なる奇襲じゃない……」
「完全に我々を壊滅させるつもりだ……」
誰かの言葉通り、街全体を包囲するように怪物たちが押し寄せてくる。
四方八方から断続的な攻撃音が響き渡り、撤退路はほとんど閉ざされていた。
そして最も恐ろしいことに—
新たに北側から迫ってくる巨大な影。
片方は斧のような尾を持つ肉食恐竜のような生物。
もう一方は三つの頭を持つ恐竜種だ。
「スピノアックスと……アルマロサウルス……」
熟練の冒険者が顔色を変えた。
「下層の恐竜種だぞ……」
しかも─────────
「む、群れ、いや、ありゃ、もう軍団じゃねぇか……!」
数十を超える恐竜種たちは完璧に統制され、編成されている。
ボールスは苦々しく笑みを浮かべるしかなかった。
「まったく……今日はなんて日なんだ」
「まさか……本当にここが最期の場所になるとはな」
しかし彼の目は決して諦めてはいない。
「全員、最後の一滴まで絞り出せ!」
「今日この日、俺たちの勇気を見せつけてやろうぜ!」
冒険者たちの咆哮が街中に響き渡った。
リヴィラの戦いはまだ始まったばかりである。
前衛部隊はまさに文字通り"肉壁"となっていた。
重装の盾持ちたちが肩を寄せ合い、
背中合わせになりながら恐竜種たちの猛攻を耐え忍ぶ。
スピノアックスの斧のような尾が空気を切り裂く音と同時に、
冒険者の一人が吹き飛ばされ、鎧は破砕し、鮮血が散ったが、
それでも彼は呻きながら立ち上がる。
「下がるなッ! あと少し持ちこたえれば……!」
隣で別の戦士が叫び返す。
「知ってるよ! 背中は任せた!」
前衛たちの隙間からは短剣使いや軽装の戦士たちが刺突を試みる。
彼らの動きは華麗だが、恐竜種の硬い鱗や肉質に阻まれ、
わずかなダメージしか与えられない。
「こんな奴らどうやって倒せばいいんだ……!」
後衛では詠唱の嵐が吹き荒れていた。
魔法使いたちは限界を超えて精神力を振り絞り、
通常なら一日に数発しか撃てない威力の魔法を立て続けに放つ。
「【ライトニングボルト】!!」
「【フレイムストーム】!」
青白い稲妻が空を切り裂き、灼熱の旋風が大地を焼く。
モンスターたちに確実に命中しているが、
群れの数は減らない。むしろ増える一方だ。
「一旦確認! 各自の残存マインドを報告せよ!」
リーダー格の魔法使いが冷静に指示する。
しかし返ってきた答えは厳しいものばかり。
「私、ヤバいです!」
「俺も同じくらいだ……」
「集中力が……もう保たない……」
過剰な魔法使用により、顔色は蒼白となり、
瞳孔は開きっぱなしになったまま焦点が合わない者も多い。
額からは汗だけでなく血が滲み出す。
「まだだ……」
老齢の魔法使いが杖に寄りかかりながら言う。
「生命力を……分けてくれ」
周囲の冒険者たちが驚愕の表情を浮かべる。
「師匠! そんなことをしたら命が……!」
「わかってるさ」
老人は苦しそうに微笑んだ。
「だがな、ここで負ければ全員終わりじゃ」
彼は自らの胸に杖の先端を当てると、詠唱を始めた。
その身体が淡い光に包まれていく。
「大樹の根より吸い上げし生命力(いのち)よ。
風の囁きに乗せて命を燃やせ。血は大地に還りて新たな命(めぐみ)とならん。
汝、豊穣の女神ペルセフォネが許し給うならば……魂魄は再び輝きを取り戻さん」
「やめてください!」
制止の声も虚しく、彼は最後の力を解放した。
「【ライフフォース・アンプリフィケーション】」
老魔法使いの命そのものが輝く奔流となり、
若き術者たちの体内に吸収されていく。
彼らの瞳に再び生気が宿り始めた。
しかし老魔法使いの姿は急速に衰弱し、
まるで干からびたミイラのように痩せ細っていく。
「ぐふっ……」
吐血しながらも彼は満足げに頷いた。
「これで……時間稼ぎができる……」
この犠牲を無駄にしないために
後衛の魔法使いたちは命を燃やす覚悟で詠唱を続ける。
彼らの瞳は今や金色に輝き、
通常の何倍もの魔法力を放出し始めた。
「主よ、その右手に抱かれし光の剣を我が身に与えたまえ。
闇を祓い、迷える魂を天へと誘う翼となれ。
汝、剣の神タルタロスが許し給うならば、この刃は全ての不浄を裁く……
【天昇の剣(ヘイヴン・ブレイド)】」
「七つの月輪(げつりん)の下に誓う。
流れ星の如く鋭く、永遠の刻(とき)の如く冷たく。
弦(つる)は真実を語り、鏃(やじり)は真実を貫く。
射(い)て、弓(ゆみ)の乙女アルテミシアよ──
【星霜弓(アストラル・アロー)】っ!!」
「闇の帳(とばり)を開き、奈落の底を見せよ。
現世と幽界を繋ぐ禁忌の扉……触れる者の運命を捻じ曲げん。
我は冥府の番人ハデスに背く者……【深淵の門(アビサル・ゲート)】」
「夜の終わりを告げるものよ! 東の空を染める曙(あけぼの)の輝きよ!
その一筋の光を我が両眼に宿らせ、永劫の暗闇を打ち払わん。
汝、暁の女神エオースに誓う……この視界は真実のみを映さん!
【黎明の閃光(アウローラ・レイ)っ!!】」
「永劫の業火が縛する檻よ。煉獄の番人たる冥府の監視者よ。
罪深き魂を焼くがごとく、この者の存在を封じ給え。
炎の鎖にて絡みつき、逃げ場なき永遠の灼熱で囚えよっ!!
獄炎牢(ゲヘナ・ケージ)っ!!」
「冬将軍が息吹く凍てつく結界よ。白き花弁の如く咲き乱れ、触れる全てを水晶に変えよ。
刹那の舞にて永遠の静寂を紡ぐ氷の芸術家となりて顕現せよ
氷華幻晶(フローズン・フラワー)」
「悠久の大地の怒りよ。創造主たる母なる大地よ。
我が呼びかけに応え、古の脈動を呼び起こせ。
山を崩し谷を作りし破壊の旋律で、眼前の障害を粉砕せよ!
大地震砕(ガイア・クエイカー)……!」
「星空の彼方より来たれ。天翔ける軌跡を描く運命の使者よ。
七色の光芒纏いて、空を裂き大地を穿つ裁きの一撃となれ
流星召喚(シューティングスター)─────────」
魔法の奔流が空を埋め尽くす光景は、まさに天変地異のごとくだった。
【天昇の剣】が恐竜種の胸部を貫き、内部から灼熱の光を噴出させる。
【星霜弓】の矢は鱗の隙間を正確に穿ち、致命的な傷を残していく。
【深淵の門】からは黒い霧状のエネルギーが湧き上がり、
怪物たちを飲み込んでいった。
「これが……私たちの本気よ……!」
女魔法使いが叫ぶと同時に【黎明の閃光】が炸裂する。
眩い光条が大地を走り抜け、
進路上のモンスターたちを蒸発させていった。
前衛部隊からは歓声が上がった。
「効いている! やはり弱点はあるんだ!」
「攻め時だ! このまま畳みかけるぞ!」
ボールスは拳を握りしめた。
(よし……これならイケる……!)
だが次の瞬間——
「待て! 何かおかしい……!」
彼の直感が警鐘を鳴らす。
確かに倒されていく恐竜種たち。
だが─────────
「他は、どうした……?」
何故、恐竜種以外は距離を取っている?
鎧ゴライアスなど何もせずに突っ立っているだけだ。
なにか、恐れているように、或いは……
(実験結果を観察……っ!?)
背後から突然の咳き込みが連続して響く。
振り返った彼の目に映ったのは、
後衛の魔法使いたちが次々と倒れていく光景だった。
「どうした!?」
駆け寄ったボールスに、一人の若い魔法使いが血を吐きながら答える。
「いきなり……喉が焼けるように痛くて……息が……できな……い……」
彼の周りには微細な粒子が漂っていた。
どこか甘ったるい匂いを発するその粉塵こそが原因だ。
「何だこれは……胞子?」
その疑問への答えはすぐに現れた。
地面を這うように蠢く小さな影。
それは通常の毒妖蛆より一回りも二回りも小さかった。
それでいてマッド・ファンガスの様に胞子を密かに撒き、
気付かぬうちに冒険者の気道に入り込み、組織を溶解させるのだ。
見つけにくい小型化と
広範囲散布可能な特性を併せ持つ恐るべき魔法殺しの新種──
その毒は魔法使いの必須スキルである"詠唱"を物理的に不可能にする。
「こいつら……最初からこれを狙って……!」
ボールスの推測は当たっていた。
恐竜種は陽動に過ぎなかった。
本当の目的は後衛の戦力削減なのだ。
「まずい……前衛だけでは持ち堪えられん……!」
絶望が再び降りてきた。
リヴィラの街は今や絶望の底に沈んでいた。
恐竜種の猛攻と小型毒妖蛆の奇襲によって前衛と後衛双方が機能停止寸前。
そこに追い打ちをかけるように、新たな脅威が空から迫っていた。
「上を見ろ!」
ボールスの警告は一歩遅かった。
遥か上空から飛来した無数の光条──―それは正真正銘の銃撃だった。
ガン・リベルラ。
昆虫のような外観ながら金属製の羽根を持ち、
腹部には精巧な機構が組み込まれた異様な存在。
それぞれが冒険者の放つ投擲武器を
遥かに凌駕する精度と威力を持っていた。
「くそっ! 逃げろ!」
前衛を飛び越え後衛に到達した光の雨。
魔法使いたちの腕が千切れ飛び、膝から血しぶきをあげて倒れる者もいる。
詠唱を中断させられた彼らは防護手段を失い、ただ的になるばかりだった。
「これは……対人専用兵器だ……!」
ボールスの歯がギリギリと音を立てる。
敵は明らかに準備万端だった。
冒険者の戦術を徹底研究し、
魔法を封じる毒と機械兵装で完全に殲滅する戦略。
「ここまで計算ずくか……」
「奴らは俺たちを実験動物としか見ていない……」
後衛陣が無秩序に崩れていく。
ガン・リベルラの精密狙撃が
動きの止まった魔法使いたちを容赦なく撃ち抜く。
一人が胸を射貫かれた。
肺から漏れ出た空気が血泡となって唇から溢れ、
言葉にならない呻きが虚空に溶けた。
「助けて……誰か……」
弱々しい声が上がるが援軍はない。
詠唱不能となった魔法使いは非力な標的でしかない。
二人目が右肩を貫かれる。
激痛に身をよじる彼女の指先から魔法の媒体が零れ落ちた。
杖は乾いた音を立てて瓦礫に埋もれた。
三人目の脚部に三発が集中。
骨盤を粉砕された体が床に倒れ込む。
腰椎損傷による脊髄反射が四肢を不自然に痙攣させた。
四人は腹部を撃たれ内臓破裂。
腸管内容物と血液の混合液が腹腔に拡がる感覚に恐慌状態となった。
生存本能で這いずる魔法使いの頭蓋を最後の弾丸が穿つ。
眼球が破裂し血の涙が流れた。
無意味な抵抗は続く。
両手で頭部を守ろうとする者。
盾を掲げる者。
必死に呪文を唱えようとする者。
すべての努力は無駄だった。
ガン・リベルラは狩猟者として最適化されていた。
脆弱な部位を識別し確実に射抜く習性があった。
助けを呼ぶ声は遮られることなく消失した。
隣で倒れた仲間を振り返ることなく次の標的に移行する無慈悲さ。
前衛の重戦士たちの耳に届く後衛陣地からの絶叫。
彼らの顔から血の気が引き、歯を食いしばる音が響く。
「くそったれ! 後衛をやられたか!」
ダークドワーフのドルガは巨漢の肩を振るわせた。
全身にまとった重装甲はすでに幾多の傷を負い、血と泥で汚れている。
背後の安全地帯で行われていたはずの援護魔法は途切れ、後衛からの応答もない。
「一部は、後ろに回れっ!! 陣形を組み直すぞ、急げっ!!」
前衛が円陣を組み替えようと動く——その刹那だった。
「上だぁっ!」
空高く舞う赤い閃光。それは雷のような速度で降下してきた。
閃燕(イグアス)だ。
鳥類に似た外観ながら羽毛ではなく金属質の羽を持つこのモンスターは、
一見小ぶりだがその破壊力は侮れない。
「盾構えろ!」
ドルガの号令が飛ぶ。
重戦士たちが一斉に巨大な楯を掲げる——しかしその瞬間、閃燕の急降下攻撃!
パリーンッ!
硝子が割れるような鋭い音が連続した。
楯が破壊される音ではない——それは楯を“貫通”した音だった。
「なっ……」
呆然とする前衛たちの目の前で、
閃燕は空中で鋭角的な軌道を描き再び上昇する。
その後には——穴だらけになった楯と膝をつく重戦士たちの姿があった。
「楯が……穴だらけになってやがる……!」
「これじゃあ防御の意味が……」
破壊された防御を前に混乱する前衛たち。
その隙を狙いすましたかのように、
ブーンッ……
不気味な羽音が周囲から迫ってきた。
「来るぞっ! ホーネットだ!」
黒光りする体躯に鋭利な針を伸ばした
デッドリー・ホーネットの群れが殺到してくる!
「バラけんな! 密集しろぉっ!!」
ドルガが必死に号令するも、閃燕によって乱された隊形は修復不能だった。
前衛たちは個別に敵に対峙することを余儀なくされる。
「ぐあっ!」
「痛ぇぇぇっ!!」
右舷方向で悲鳴が上がる。
複数のホーネットがひとりの冒険者に集中攻撃を仕掛けている。
針の雨のような攻撃が鎧の隙間から入り込み——
「やめっ……ぐぅっ!?」
言葉途中で彼の体が突然痙攣し始め、そのまま崩れ落ちた。
刺された箇所から紫色の斑点が広がり、全身を侵蝕していく。
「毒だ! 気をつけろっ!!」
しかし警告が届く前に新たな被害者が出ていた。
左翼でも戦士が次々と倒れていった。
ホーネットの針は毒腺と連結しており、刺す際に大量の毒液が注入される。
それは即効性の神経毒であり——
「呼吸が……でき……な……」
唇を紫色に染めながら窒息死する冒険者。
瞳孔が開いたまま硬直した姿は恐怖を煽った。
さらに悪いことに——
「また来るぞっ!! 一体、何百匹いやがる……!」
「こんなの無理だっ!!」
新たなホーネットの群れが押し寄せる光景に、
前衛たちの士気が一気に低下する。
その一方で西側でも激戦が続いていた。
「おのれ! 蜥蜴野郎がっ!」
槍を構えたヒューマンが叫ぶ。
前方には灰色の鱗に覆われた蜥蜴人(リザードマン)の集団。
それぞれが片手に長剣を握り、もう一方に丸盾を持つ典型的な戦士型だ。
彼らはまるで訓練された兵士のように規律正しく行動していた。
前進と後退のタイミングも完璧で、一切の無駄がない。
「くっ……動きが読めねぇっ!」
リザードマンの攻撃は非常に洗練されていた。
丸盾での防御を主体としながらも、
隙を見て素早く繰り出される剣の一撃は正確無比だ。
「こいつら……まるで人間みてぇだ!」
実際に剣を交えた冒険者は恐怖を覚えていた。
単なる野生のモンスターではない——明確な戦術がある。
しかも彼らには“僚友”がいる。
「吠えるぞっ! 伏せろっ!」
蜥蜴人が一糸乱れぬ動きで射線を開ける。
そこに居たのは——ミノタウロス!
「フゥゥウウ……ッ!!」
空気を震わせる咆哮が響き渡る。
音波攻撃ではないが——それは物理的な衝撃波を伴っていた。
「ぐあっ!?」
前列の冒険者たちが衝撃でよろめく。
その隙を狙いすまして突進してきたのは——
「っ! 気をつけろ! ぐあぁっ……!」
モンスターたちは絶妙なコンビネーションを見せていた。
リザードマンが敵を釘付けにし、ミノタウロスやヘルハウンドが援護。
乱れた敵陣に鋭く進行し、的確に排除。冷静に次へ……
冒険者たちの運命はもはや風前の灯火だった。
リヴィラの街は蹂躙され、彼らの希望の灯は次々と吹き消されていく。
蜥蜴人が指揮する部隊が決定的な突破口を開こうとしていた。
「隊列を整えろ! あの蜥蜴共を突破するんだ!」
第6戦区を任されたエルフの女性司令官メイヴェルが叫ぶ。
彼女は長い金髪を一つにまとめ、
弓と双刀を駆使して戦況を切り抜けてきたベテランだが、
今の状況に焦燥の色を隠せない。
しかしメイヴェルの命令は間に合わなかった。
蜥蜴人の戦士たちが突然、前線を交代するように左右に分かれる。
まるで訓練された騎兵のように。
その空白地帯へ突入してきたのは──
「ミノタウロスだ! 気をつけろ!」
巨大な雄牛の頭と筋肉隆々の体躯を持つミノタウロスが雄叫びと共に突進してくる。
両手に携えた巨大な天然武器の大戦斧が振り下ろされると同時に──
「ぐあああっ!!」
冒険者3人が一度に吹き飛ばされた。
重厚な鎧ごと叩き割られた衝撃に胃液を吐き散らしながら転がる姿は無惨だった。
しかし本当に恐ろしいのはその後だった。
混乱に乗じて蜥蜴人たちが再び前線に戻る。
今度は各々の手に盾を掲げ、前衛を完全に塞ぐ形で布陣する。
そこに──
「来るぞ! 火炎だ!」
ヘルハウンドの群れが前進してきた。
漆黒の毛並みに赤い瞳が爛々と輝くこの犬型モンスターは、
その大きく開いた口腔から灼熱の炎を解き放つ能力を持っている。
「散開しろっ! 炎を受けるな!!」
メイヴェルの警告にも関わらず、
多くの冒険者が反応が遅れた。
密集した状態で炎に晒されればひとたまりもない。
ボオォォォッ!!
灼熱の炎が前線を舐め尽くす。
逃げ遅れた者たちの悲鳴が響いた。
「うああぁあああっ!! 熱いぃぃっ!!」
皮膚が焼き剥がされ、衣服が燃え上がる。
絶叫しながら転げ回る冒険者たち。
必死に炎を消そうと土に身を擦りつける者もいれば、
そのまま動かなくなる者もいる。
「治癒師を前へ! 救護班を送れ!」
メイヴェルが声を張り上げるが、
後方の治療拠点もまた混乱の中にあった。
一方、東側の戦線でも絶望的な光景が広がっていた。
「もうダメだ……こいつら普通じゃない……!」
リザードマンの戦士たちは明らかに戦術を理解していた。
前衛のリザードマンが防御に徹し、
後衛のミノタウロスが火力で削る──完璧な分業体制だ。
しかも──
「右から新しい群れだ! 回避しろっ!」
新手のヘルハウンドが加勢に現れる。
これで東側だけで50匹以上の狼が戦場を疾走している計算だ。
「ヘルハウンドに追われるな! 追いつかれたら終わりだぞ!」
彼らの最大の強みはその速度と執念深い追跡能力にある。
一度標的に定めた獲物は何処までも追い詰める。
「くそっ……ここまでなのか……」
年配の冒険者が膝をつく。
長年の戦いの中で培われた自信は今や微塵もない。
しかしこの時──
「諦めるな! まだ終わっちゃいねぇぞ!」
ボールス・エルダーの怒号が響き渡った。
彼は街の中央広場に立ち、
傷ついた仲間たちを見渡しながら斧を掲げる。
その眼差しには怒りと悲しみ、そして不屈の意志が宿っていた。
「リヴィラを奪われてたまるか!
この街は俺たち冒険者の夢と誇りの象徴だ!」
彼の言葉に応じるように、
辛うじて残った冒険者たちが武器を握り直す。
「そうだ! まだだ!」
「リヴィラは簡単には譲らねぇ!」
微かな反抗の灯火が灯ったが──
「何だ……あれは……」
西側の高台から突然の爆発音。
そして──
「また新しい敵……!?」
新たに現れたのは銀色に輝く鎧の集団。
一見人間の兵士のようだが、全身一体型の鎧は継ぎ目すらなく滑らかだ。
「あれは……人形?」
誰かが呟いたその言葉は真実だった。
これらはエニュオ・ファミリによって開発された
自動戦闘用人工生命体──オートマトンだ。
彼らは腕部に組み込まれた機械式の弩弓(クロスボウ)を構え、
一斉に照準を合わせている。
「総員! 後退! 掩蔽物の陰に入れ!」
メイヴェルの警告と同時──
ピシュッ! ピシュシュシュッ!!
銀の矢が雨のように降り注ぐ。
精密射撃が冒険者たちを狙い撃つ。
「くそっ!」
盾で弾道を逸らそうとした冒険者の肩を直撃。
「がああっ!!」
胸板を貫通する者もいる。
「ぐふっ……!」
降り注ぐ小型の矢の雨の前に戦闘継続は困難だ。
「このままじゃ全滅だ! 何か方法はないのか!?」
絶望が再び冒険者たちを飲み込もうとしたその時──
「おい! あそこだ!」
一人の戦士が指差した先には、
南側の崖沿いに僅かに開いた避難経路らしき地形が見えた。
「退却するならあそこしかない! だが……」
しかし南側は──
「鎧ゴライアス……!」
「あいつが塞いでやがる……」
無頭の巨人が堂々と立ちふさがっていた。
首の代わりに揺れる管状器官は定期的に鼓動を打っている。
次の衝撃波の予兆だ。
「突破は不可能か……」
しかし──
「やるしかない!」
ボールスの決意は固かった。
「あの巨体でも必ず死角はある!
左右に分かれて注意を引く!
その隙に主力が一点突破を狙う!」
彼は残存兵力を3分割する計画を立案した。
左翼と右翼が陽動を行い、
中央突破部隊が南側の隘路を目指すというものだ。
「生き延びたいなら協力しろ!
これは命令ではない──約束だ!」
その言葉に冒険者たちの目に力が戻る。
「わかった!」
「やってやる!」
最後の希望をかけて──決死の脱出路確保作戦が始まった。
リヴィラの冒険者たちは最後の戦いに臨もうとしていた。
勝敗の行方は、彼らの勇気と智慧に託されている。
この混沌の中に光明を見出すことができるのか──
それともただ終焉を迎えてしまうのか。
運命の天秤は今まさに傾き始めようとしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
前提として、ベル・クラネルは疑いようもない狂人である。
最も身近な家族、
養母アルフィア、双子の兄ソール、そして、
妹というか、なんというか、まぁ、血の繋がったエルの3人全てが
人類の可能性の極地・下界の未知の結晶たる才禍という環境に生まれ
別に嫉妬するでもなく「皆、スゴイなぁ」でスルーするいい意味での鈍感さ。
それでいて、別に才能があるモノには
勝てないなどと腐ることのない無自覚な傲慢さ。
……才能があるものが勝つとは限らないとベルは知っている。
現にアルフィアとの夜の戦いは大抵がベルの勝利に終わっていた。
結局やるかやらないか、ヤるのであれば最後まで逝くしか無いのだから
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【炉の守護者(ヘスティア)よ 穢れを退け 清き光(ひかり)を灯せ】
【孤児(みなしご)を包む温もりよ 焦熱の炉心(ろしん)が抱く優しさよ】
【迷宮(ダンジョン)の底に澱む悪しきもの
すべてを焼却(しょうきゃく)し塵(ちり)と変えよ】
【癒やす結界(バリア)は黄金色の円環(リング)となりて】
【我が仲間を守り抜け そして育(はぐく)め】
【神聖(しんせい)の炉(かまど)よ その炎(ひ)を永遠(とわ)に保(たも)て】
─────────ヘレスティア・プリタニオン
金色の光が満ちた。
荒廃したリヴィラの街並みに突如として現れたのは、
柔らかくも力強い輝きだった。
【ヘレスティア・プリタニオン】
ヘスティアの祈りによって紡がれた癒やしの結界が、
傷つき果てた冒険者たちを包み込む。
「……嘘だろ……」
煤けた盾を握りしめた戦士が愕然と呟く。
先刻まで焼けただれていた腕の皮膚が再生し始めている。
紫に腫れ上がっていた肌がゆっくりと正常な色調を取り戻していく。
「息が……楽に……」
毒に喘いでいた魔法使いが安堵のため息を漏らした。
肺腑を侵されていた苦しみが薄らいでいく。
喉奥に絡みついていた鉄錆のような嫌な味も消えていった。
「これは……奇跡だ……」
倒れていた重装戦士が驚嘆と共に立ち上がる。
砕かれた肩甲骨のあたりを優しく包む淡い光。
まるで母親の掌で撫でられているかのような安心感が湧き起こる。
致命的な損傷こそ治らないものの、動ける程度には回復しつつあった。
冒険者たちは互いに顔を見合わせた。
絶望の淵に沈んでいた彼らの心に小さな希望の炎が灯り始める。
しかし安堵の表情は長くは続かない。
癒やされただけで戦局が好転するわけではないのだ。
「癒やされるってことは……何か起きるんじゃねぇのか?」
誰かが言った。
確かにそうだ。
このような奇跡が起きたということは……
彼らの疑問に答えるように——
「皆っ!! がんばりましょうッ!! 僕も諦めませんからっ……!」
澄んだ少年の声が響いた。
岩陰から姿を現したのは——
見覚えのある白髪の少年。
赤い瞳が強い光を湛えている。
歳は十五、六といったところだろうか。
一見すると可憐な容姿だが——
その手に握る武器を見て誰もが息を呑んだ。
一本は漆黒の短剣——ヘスティア・ナイフ。
もう一本は紫紺の光沢を放つ極上の品——白幻(はくげん)。
この二刀流で戦う少年が誰かを知らない者は冒険者にはいなかった。
「ベル・クラネル……!?」
「来たぞ! 未完の少年(リトル・ルーキー)が!」
ベルの背後には数十人の冒険者たちが控えていた。
彼らは皆疲労困憊しているものの目は生きている。
ベルが率いていることは明白だった。
「皆さん! もう少しです! 共に乗り越えましょう!」
彼の宣言に応じるように——
「おおっ!」
鬨の声が上がり始めた。
【ベル・クラネル——死闘開始】
ベルは瞬時に判断した。
最優先すべきは最も危険な毒を持つモンスターの排除だ。
「まずはあそこだ!」
彼の視線の先にいたのは毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)。
地面を這い、未だ毒胞子を撒き散らすイモムシ達。
「はあぁぁぁっ!」
ベルは白幻(はくげん)を地面に突き立てた。
アルゴノゥトによって炉の灯り事
チャージされた紫紺の光芒が円周上に走る。
地中を通った斬撃波が毒妖蛆の群れを浄化していく。
「キュルルルルゥッ!?」
耳障りな断末魔と共に黄色い粘液が飛び散る。
毒素が地面に染み込んだが、
ヘレスティア・プリタニオンの結界がそれを即座に無害化した。
「次ッ!」
返す刀でベルは近くの蜥蜴人(リザードマン)に肉薄した。
盾を構えた相手に対し——
「そこッ!!」
白幻の刀身が盾の枠と胴の間の僅かな隙間を貫いた。
突き刺さった刃先から紫色の瘴気が噴出する。
「ギシャァァッ!?」
毒の牙を持つイモムシが討たれたことにより
一時的に均衡が崩れた。
「チャンスだ! 一気に畳みかけろ!」
ボールスの号令と共に前衛が雪崩れ込む。
回復した冒険者たちの戦闘力は尋常ではなかった。
彼らの目にはベルの姿が映っている——
「行け行けッ! 奴らも俺たちと同じ生物だってことを教えてやれ!」
ベルは猛然と戦場を駆け抜けた。
彼の行く手には必ず敵が待ち構えている。
正面から突撃してくるミノタウロス強化種を真っ向から迎え撃つ。
「フギィイイイイッ!!」
巨牛が怒涛の勢いで大戦斧を振り下ろす。
迫り来る鋼鉄の塊。
「ッ!」
ベルは僅かに体を捻る。
紙一重で斧を避けたが、巻き起こった旋風が頬を掠め、鋭い痛みを感じる。
一滴の血が宙に舞う。
しかし怯まない。
むしろ怒りが沸騰する。
倒れ伏す冒険者たちの血を見た瞬間——
**英雄願望(アルゴノゥト)——チャージ完了**
両腕が白く光り輝いた。
二刀に漲る破壊のエネルギー。
ベルは地面を強く蹴った。
「喰らええええッ!!」
両刀を交差させるように振るう。
ヘスティア・ナイフと白幻が弧を描き
ミノタウロスの胸部装甲を十字に切り裂いた。
「ガハァァッ!?」
致命傷を受けた雄牛が崩れ落ちる。
鮮血が地面を濡らすが——
「まだだ! 次はお前だ!!」
間髪入れず次の目標へ——
今度は空中から急降下してきた翼を持ったヘルハウンドだ。
唸り声をあげながら急降下する猛犬。
尖った爪と牙がベルを狙う。
「遅いッ!」
ベルは白幻で迎え撃った。
閃光が走る。
ヘルハウンドの腹部を深々と抉り取る一撃。
しかし──
「グルルルッ!」
一撃では止まらない。
致命傷を負いながらも憎悪に歪んだ顔で再び襲いかかる。
「しぶといなぁっ……!」
ベルは反射的に左肘で犬の鼻面を殴りつけた。
骨が砕ける感触。
しかしまだ止まらない。
今度は右脚で犬の喉笛を蹴り上げる。
「ギャインッ!!」
二度目の衝撃でようやくヘルハウンドが絶命する。
その死骸を蹴り飛ばしながらベルは次の獲物を探す。
彼の姿はもはや英雄というより
一つの嵐のようであった。
敵を屠り、味方を導きながら前進する。
その狂気じみた戦闘スタイルに
周囲の冒険者たちは畏怖さえ感じていた。
「あれが……噂のリトル・ルーキー……」
「なんて戦い方だ……」
戦場は混迷の坩堝と化していた。
ミノタウロスが暴れ回る轟音。
毒妖蛆が断末魔を上げる不快な呻き声。
蜥蜴人の金属的な鎧がぶつかり合う音。
人間とモンスターの怒号と絶叫が入り混じる。
その中にあってベルの存在はあまりにも異質だった。
だが戦いは終わらない。
東からは新たなヘルハウンドの群れが押し寄せる。
北側ではオートマトンたちが銀色の矢を乱射している。
そして南側の高台では——
鎧ゴライアスが仁王立ちしていた。
「くそッ……あいつが一番厄介だ……」
ベルは舌打ちしながら状況を分析する。
あの無頭巨人の弱点を探るために
まず周囲の雑魚を掃除しなければならない。
「皆! あと少しです! ここを抑えれば……!」
彼の鼓舞する声に応えて冒険者たちが奮起する。
しかし——
「ベル殿っ!! 上だ!!」
若い女エルフの叫び声。
ベルが咄嗟に上を見上げると——
翼を羽ばたかせるデッドリー・ホーネットの群れが急降下していた。
毒針を突き出した暗殺者たちが彼の頭上に降り注ぐ。
「ッ!!」
反射的にファイアボルトを乱射して迎撃する。が——
全てを撃墜するには手数が足りない。
「危ないッ!」
一人の冒険者がベルの前に飛び出した。
盾を高く掲げ——
「ぐぅああっ!!」
毒針が二本刺さった。
重装戦士が苦痛に歪んだ顔で膝をつく。
だが彼の命懸けの盾のおかげでベルは致命傷を免れた。
「ありがとう……ッ!」
感謝の言葉と共に再びファイアボルトを発射。
残りの蜂を焼き払う。
仲間の犠牲を背負いながら、それでも進み続ける。
それがベル・クラネルという少年だった。
彼は誰よりも泥臭く、誰よりも熱く戦っていた。
傷つきながらも倒れず——
倒れゆく者たちに手を伸ばし続けた。
それはまさに——
救いをもたらす英雄の姿そのものだった。
これが噂の——ベル・クラネル。
ダンジョンの奥深く、血と汗と涙が混ざり合う激闘の只中で
彼の赤い瞳が闘志に燃えていた。
「皆さん! 最後まで一緒に!」
その声に応じるように——
生き残った冒険者たちが再び武器を構える。
「おおぉぉぉっ!!」
絶望の淵から、僅かな希望の光に向かって泥まみれの闘争が続く——
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ベルの介入がリヴィラの戦場に一筋の光をもたらした。
だが依然として戦況は厳しかった。
そして最も脅威なのは——
「あの巨獣だけはどうにもできん……」
ボールスは歯を食いしばりながら状況を見据えていた。
眼前には無頭の巨影・鎧ゴライアス。
その圧倒的質量と装甲は通常攻撃では貫けない。
さらに厄介なことに——
「また来るぞッ! 衝撃波だ!」
無頭の管状器官が脈動を強める。
次の瞬間——
ゴォオオオッ!!
音を超えた衝撃波が大地を震わせた。
前衛にいた数名の冒険者が吹き飛ばされ
瓦礫に叩きつけられて悶絶する。
「くそッ……このままじゃ埒が明かねぇ!」
ボールスの額に冷や汗が滲む。
彼が最も警戒しているのはモンスターたちの連携だった。
リザードマンが組織的に前線を支え
ヘルハウンドが攪乱
ミノタウロスはあらゆる場所で献身的に援護し
デッドリー・ホーネットが飛び回り、聴覚を乱す
イグアスが致命的な一撃を狙い
ガン・リベルラが弱り、孤立した個体を討つ。
僅かな抵抗もオートマトンと恐竜種で揉み潰す。
まるで訓練された精鋭軍団のような統制ぶりだ。
「こんな戦い方ができるモンスター……普通じゃない」
「明らかに闇派閥の指令系統が働いている」
副官のメイヴェルが確信といっていい推測を述べる。
その時だった——
「うわぁッ!?」
新たな悲鳴が上がった。
北側を守っていた一隊が銀色の矢に貫かれている。
オートマトンの弩弓部隊だ。
精密射撃によって既に十数名が負傷していた。
「ボールスさん!」
伝令の青年が駆け込んでくる。
「西側の突破口ですが……もう限界です!」
報告によれば
退路確保のために作られた通路が閉鎖されつつあるとのことだった。
南から東へ迂回しようとしても
巨大恐竜種とオートマトンが封鎖しているため突破は絶望的。
「くそッ……八方塞がりか……!」
ボールスは拳を握りしめた。
撤退か?
だが退路はない。
かといって防衛線を維持し続けても消耗するだけだ。
どちらを選んでも死。
ならば——
「……決めた」
彼は決意した。
「ファイナル・ストライクを使う」
周囲の部下たちが息を呑む。
「それでは……!」
「ああ、これが最後の一撃になる」
ボールスは腰から古びた木製の鞘に納まった片手剣を引き抜いた。
この剣こそ彼の魔法〈ファイナル・ストライク〉のトリガーだった。
「準備しろ!
フローティング・マインを展開する!」
彼の指示に応じて守り手が位置につく。
ボールスはモンスターを睨みつけながら詠唱を始めた。
「我が剣は虚空を漂う星屑と化し!」
「見えざる刃となりて敵を穿つ!」
「敵陣を舞う無数の剣よ! 主の呼び声に応えよ!」
【フローティング・マイン】
発動する。
無数の光が球体となって空中に現れる。
半透明の球体一つひとつが刃を秘めた攻撃装置だ。
直径わずか15cmの球体が8基。
重力を無視して宙に浮かび、主の指示を待っている。
「浮遊魔法による無指向性の自動砲台……
レベルに応じて数が増えて今は8機だ」
ボールスが説明しながら配置を指示する。
「前方4基はオートマトン群に集中射撃!
残りは南北の隘路を塞ぐモンスターを狙え!
着弾地点で爆発し炸裂弾としてダメージを与える!」
魔法陣が輝き、8基のフローティング・マインが動き出す。
滑るように空中を移動しながら各々の目標へと接近していく。
「いけッ!!」
ドガガガガッ!!
最初の攻撃目標となったオートマトン群。
フローティング・マインが次々と命中し爆発する。
銀色の装甲が粉々になり部品が飛散する。
弩弓部隊が一瞬にして壊滅した。
「これで射撃妨害は一時的になくなった! 次だッ!!」
続いて南北の退路を遮っていた恐竜種へ向けて
フローティング・マインが殺到する。だが——
「効かねぇだと!?」
爆煙の中から現れたのは無傷の巨大恐竜アルマロサウルスだった。
三つ首の獰猛な爬虫類は怒り狂った咆哮を上げる。
他の個体もほとんどダメージを受けていないようだった。
「やはり……あの外殻は特別製か!」
悔恨が顔に出る。
浮遊魔法は優秀だが、強固な装甲相手には火力不足なのだ。
「くそッ……時間稼ぎにもならなかったか……」
そこで彼はついに奥の手を解放する時が来たことを悟る。
「覚悟を決めろ……俺の全てを賭けるときが来たようだ」
ボールスは片手剣を眼前に掲げる。
「命を賭ける一撃……これが俺の切り札だ」
片手剣の柄に嵌められた魔石が赤く輝く。
魔石製の武具強化アイテム・マジックシリンダー。
【ファイナル・ストライク】
発動する。
「我が剣よ!
汝が宿りし命の炎よ!
今こそ全てを燃やし尽くせ!
血肉を燃料とし
臓腑を薪として
魂の焔となりて眼前の敵を討て!!」
ボールスが吼えた瞬間——
片手剣全体が灼熱の光に包まれた。
刀身が赤熱し、火花が散る。
膨大な魔力が迸る。
周囲の空間が歪むほどの濃密な魔素が充満する。
「これが……俺の全てだ!!」
彼は迷うことなく走り出す。
片手剣を両手で握りしめ、重心を低く構え
全身のバネを使って飛びかかる——
目標は無頭の巨像・鎧ゴライアスだった!
「ぬううぅぅあああっ!!」
裂帛の気合いと共に
灼熱に輝く剣を巨獣の胸部装甲に叩き込んだ。
ドガァアアン!!!
衝撃。
凄まじい衝撃音が迷宮の空気を震わせた。
装甲に触れた瞬間——剣が爆発した。
刀身が砕け散りながら膨大な破壊力を放出する。
魔法の効果である「武器の自壊と引き換えの威力増加」
その威力はまさに極大。
巨獣の胸に巨大な穴が開いた。
分厚い装甲が完全に吹き飛び胸部表面が露出し煙を上げている。
「やった……か?」
しかし喜ぶ余裕はなかった。
剣の爆発と共にボールス自身も後方に吹き飛ばされていたからだ。
「が……ッ!」
衝撃で肋骨が折れた感触。
肺腑から血が溢れ喉を逆流する。
だが彼は笑った。
「やってやったぜ……!
これで奴の再生能力も……!」
無頭の管状器官が激しく脈動する。
傷口が修復しようと蠢くが——
「はっ! バカが、鈍いんだよ、マヌケめっ!!」
胸部の大穴から黒い液体が噴き出していた。
生命力そのものを流出させている証拠だ。
「今だッ! ベル!!」
彼の視線の先に——
白髪の少年が駆け寄ってくる姿があった。
ベル・クラネルが叫ぶ。
「ありがとうございます! これで……!」
少年が双剣を構え、赤い瞳が爛々と輝く。
彼の手に握られた黒曜の短剣《ヘスティア・ナイフ》
と紫紺の刃《白幻》が眩い輝きを放っていた。
ベル・クラネルは疾走した。その足跡に火花が散る。
彼の眼は一点のみを捉えていた──鎧ゴライアスの破損部。
「英雄願望──限界解除(リミット・オフ)!」
その刹那──―
ダンッ!!
迷宮全体が揺れる轟音と共に鐘の音が響き渡る。
荘厳な大鐘楼の音色が天井を震わせた。
「「「!!!」」」
その場に居合わせた全ての生命が身を竦ませる。
神聖なる響きが恐怖と混乱の支配する空間を貫き、
そこに高貴なる静寂をもたらす。
──―ベルの全身が燃え上がった。紅蓮の炎に包まれる。
否、違う。
それは英雄の祝福だ。
内なる炎が形を変えたもの──聖火そのもの。
「いくぞっ!!」
彼は叫ぶ。二刀流を水平に構えながら。
左手のヘスティア・ナイフにファイアボルトの魔法が収束。
右手の白幻(はくげん)にはヘレスティア・プリタニオンの聖なる炎が絡みつく。
二つの力が螺旋を描いて融合していく──
「──【聖火の英断(アルゴ・ウェスタ)】!!!!」
煌めく白光と金色の聖火が融合し、
世界樹を思わせる巨大な光柱が形成された。
ベルの身体が完全に包まれる。
まるで神話に登場する焔の化身のごとく──
「……ッ!?」
ゴライアスの残存部が急速に活性化した。
無頭の管状器官が狂ったように脈打つ。
内部から莫大なエネルギーを汲み上げる音。
臨界寸前の核炉のごとき危険な鼓動が周囲に浸透する。
──―来る。
「皆! 伏せろおおおおおおっ!?」
ボールスが最後の力を振り絞って叫んだ。
彼の警告が届く前に、
ドッゴオオオオオオン!!!
天地がひっくり返るような大爆発が起こった。
無頭の管状器官から解き放たれたのは、
物理法則を超越した衝撃波──
空間そのものを歪ませる黒き奔流。
しかし──
「ぬおおおおおっ!!!」
ベルは止まらない。
両足に聖火の推進力を得て宙を翔る。
放たれた彗星のように一直線に黒き奔流へ突入した。
その手には──
【聖火の英断(アルゴ・ウェスタ)】
黄金の剣身に聖火を纏わせた極太の光柱が
迫り来る破壊の渦を迎え撃つ。
接触の瞬間─────────────―
空間が凍結したかのような静寂が訪れた。
破壊と創造が拮抗する不可思議な均衡。
金色の光と黒い混沌が互いを食らい合おうと渦巻く。
そして──
パキンッ!
微細な亀裂音が響いた。
光の方が勝利したのだ。
「貫けぇぇぇぇっ!!!」
ベルが咆哮する。
その声が鍵となり、凝縮されていた全ての力が解放された。
黄金の光が爆発的に拡大し、黒き奔流を引き裂く。
無頭の管状器官を串刺しにしながら、
光柱は巨獣の背後の岩盤を貫通した。
ズズズ……!!
大鐘楼の余韻がまだ消えない中、
無頭巨人がゆっくりと膝をつく。
その身体に蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていく。
内部構造が露呈し、粘性のある黒い液体が零れ落ちる。
「はあっ……はぁっ……」
聖火が霧散していく。
ベルは光柱の中に立っていた。
煤けた衣裳。白い髪は乱れ、両手は痺れて震えている。
だが赤い瞳は尚も爛々と輝いていた。
周囲の冒険者たちが呆然と彼を見つめている。
「終わった……のか?」
誰かが呟いた。
その問いを肯定するかのように──
「ギ……ッ」
巨獣の巨躯が傾いた。
軽やかな音を立てて床に沈んでいく。
ダンッ……!
静寂が訪れた。
大鐘楼の最後の響きが消え去ると共に、
壮絶な戦いは終焉を迎えたのだ。
ベルは崩れ落ちそうになったが、歯を食いしばって踏みとどまった。
「はぁ……はぁ……!」
聖火の英断(アルゴ・ウェスタ)を発動させた代償は大きく、
全身が悲鳴を上げていた。
だが、この場を掌握するために必要な一手だったと自覚している。
周囲を見渡すと……
「リヴィラの冒険者たちもほぼ全滅状態だ……」
それでもベルは諦めなかった。
「まだ行ける……!」
彼は傷ついた体を奮い立たせると、再び戦場へ向かって足を踏み出した。
その姿を見て、
「おい……本当にあいつが……"リトル・ルーキー"……なのか?」
一人の冒険者が信じられないといった表情で呟く。
「英雄みたいに見えるよ……」
別の声も続いた。
ベル・クラネル。
英雄になりたい少年。
彼は今日もまた戦場を駆けるのだった。
## 【聖火の燎原】
鎧ゴライアスの巨体が岩盤に倒れ込んだ衝撃で迷宮全体が軋んだ。
その轟音の余韻が消え去ると同時に──―
今まで統率されていたはずのモンスター軍団が一瞬にして瓦解した。
「……ッ!?」
「統率が乱れてる……!」
「今だ! 奴らは孤立してる!」
リヴィラの冒険者たちの間で興奮が沸き起こった。
今まで鉄壁の連携を見せていた怪物たちが
明らかに指揮系統を失っている。
一匹一匹が困惑したように周りを見渡し
隣り合うモンスターと肩をぶつけ合う始末だ。
リザードマンの戦列にも綻びが生じ
無頭巨人の消滅で混乱を隠せない様子。
「チャンスだ! 散開しろ!」
モルドが叫ぶ。
「孤立した個体から順に仕留めるんだ!」
白髪の少年に魅了された男の声を皮切りに冒険者たちが動き出した。
生き残った者たちは血と汗にまみれながらも
疲労を忘れ立ち上がる。
負傷者は後方へ退き、戦える者が武器を握りしめる。
「くそっ! こんなところで死んでたまるか!」
「お前ら! 生き残って帰るぞ!」
雄叫びとともに彼らが突撃する。
もはや恐怖に怯える必要はない。
秩序を失い混乱に陥ったモンスターたちはただの烏合の衆と化していた。
リザードマンの戦列が崩れ始めた。
盾役が突然方向を変えてしまい、後衛の弓兵が誤射してしまう。
「ギシャァッ!?!?」
仲間を誤って射殺した弓兵が恐慌状態に陥り
暴走して味方を薙ぎ倒していく。
そんな混乱に乗じてモルドたちが突撃をかける。
「行くぞ! 散開だ!」
モルドは盾を高く掲げ叫ぶ。
彼の背後からは3人の冒険者が追随する。
彼らがモンスター群の中央に突進した途端
左右に散開して包囲網を作る。
これが彼らの基本戦術だ。
混乱するモンスターを四方から挟み込んで
一匹ずつ確実に仕留めていく。
「今だ! 魔法班!」
生き残った魔法職の冒険者たちが詠唱を開始する。
魔法の行使には高度な集中力が必要だが
今の彼らには絶対に成功させるという信念がある。
命の瀬戸際に追い込まれた時ほど
人間の意志は強く輝くものだ。
「我が杖より迸るは氷霜の嵐!
敵を氷塊へと変える冷気が奔れ!
【アイシクル・ブリザード】!!」
冷気の魔法が放たれリザードマンの一群を凍結させる。
その隙を逃さずモルドたちが突撃し
氷漬けになった敵を一掃していく。
一方で北側では別の光景が広がっていた。
デッドリー・ホーネットの群れが統率者を失い
混乱して同士討ちを始めていた。
「あの毒針に注意しろ! 死角から来るのがいる!」
副官のメイヴェルが冷静に分析し指示を出す。
彼女はLv.4。百歳を超えても処女で結婚願望マシマシな美女だ。
冷静沈着な指揮力で生き残った仲間たちをまとめあげていた。
「右舷! 防御態勢!」
「左翼! 一斉射撃開始!」
メイヴェルの的確な指示の下
冒険者たちがチームワークで攻め立てる。
混乱したホーネットは的確な射撃で次々と撃墜されていった。
モンスターたちが統率を失う一方で
人間たちの連携は徐々に完成度を増していく。
長年培ってきた絆で冒険者たちの呼吸が合わさっていく。
その様子を俯瞰していたベルは双剣を構えながら静かに頷いた。
──よかった。
彼の戦いが無駄ではなかった。
自分の命がけの攻撃が、確かに結果を生み出している。
しかし喜んでいる暇はない。
まだ多くのモンスターが残っている。
特に問題なのは──
「恐竜種が残ってる……」
アルマロサウルスやスピノアックスが
依然として健在だ。
しかもこちらの戦力を分散させるために
わざと各地に移動している様子だった。
「まずい……バラバラになるな!」
「団結しろ! グループになって動け!」
生き残った上級冒険者たちが叫び合う。
リヴィラの精鋭も多数犠牲になってしまったが
それでも数十人は動ける状態だった。
彼らがグループを作ってモンスターに対抗していく。
それぞれが自分にできることをする。
医療班は負傷者の治療にあたり
後方支援班はポーションの配布や道具の管理に追われる。
ベルはそんな光景を見渡しながら考えていた。
──どうすべきか。
単独で恐竜種と戦うこともできるが
それではリソースが偏ってしまう。
やはりここは……
「僕も……もっと動こう」
彼は深呼吸し意識を集中させる。
戦場全体が把握できるように五感を開き
脳裏に地図を描くイメージをする。
そこへ──
「おいベル! そっち行ったぞ!」
モルドの声が響く。
見ると巨大なリザードマンが一体
迷彩のように岩陰に潜んで忍び寄っていた。危険な奇襲だ。
「任せてください!」
ベルが駆け出す。
赤い瞳が獣のように輝き、双剣が弧を描く。
彼は風のように軽快な足捌きで距離を詰めると
リザードマンの胸元めがけてヘスティア・ナイフを突き刺した。
「ッ!?」
驚愕の表情でこちらを見るリザードマンの目に映ったのは
白髪の少年が月輪のような微笑みを浮かべている姿だった。
次の瞬間、短剣を通じて聖火の炎が炸裂する。
「ファイアボルト!」
爆発的な炎がリザードマンの内部で炸裂し
外皮を貫通して血飛沫が上がる。
一瞬で敵の肉体が燃え尽きて灰となって崩れ落ちた。
その光景を見て周囲の冒険者たちから歓声が上がった。
「すげぇ! あれを一撃か!」
「あれが噂の……魔法剣士!?」
ベルは何も答えず黙々と戦い続ける。
双剣と魔法を組み合わせた独自の戦術。
これが彼の強みなのだ。
だがそんなベルの視線はふと一点に釘付けになった。
「……ボールスさん!?」
地面に倒れたまま動かないボールスを発見したのだ。
彼は胸から大量の出血をしていたが
辛うじて意識はあるようだった。
「……まだ終わっちゃいねぇ……よ」
掠れる声で呟いている。
「しっかりしてください! もう少しだけ耐えてください!」
ベルは急いで駆け寄りポーションを飲ませる。
「おい……あとは任せるぞ……」
ボールスが苦しい呼吸の中で告げた。
「……首領の……命令だ……みんなを……導け……」
そして彼は意識を失った。
ベルはその言葉を受け止め決意を新たにする。
「わかりました……必ず……!」
こうして冒険者たちの死闘はさらに続くこととなった。
首魁を失ったモンスター軍団は完全に混乱状態に陥っていた。
彼らはもはや組織的な戦闘ができず
個々の生存本能のままに行動している。
これによりリヴィラの冒険者たちは有利に戦いを進めることができた。
「左翼突破! 次は正面だ!」
モルドの号令が飛び交う。
彼は生き残った仲間たちをうまく纏め
集団としての力をフルに活かしている。
魔法班は詠唱時間を共有し連携して魔法を撃ち
前衛陣は防御と攻撃を交互に行って負担を分散させていた。
それは長い時間をかけて培われてきた戦術だった。
ベルはその戦いぶりを見つめながら思う。
──すごい……
一人ひとりが役割を持って動いている。
それが全体として大きな力を生んでいるのだ。
「あの少年もすごいけど……我々だって負けてないわよ!」
メイヴェルが笑顔で言う。
彼女の顔にも疲労の色が濃いがそれでも誇りを失っていない。
「そうだな……俺たちもここで戦ってきてるんだ」
モルドも同意する。
「負けちゃいられねぇよな!」
そんな会話を聞いてベルは少し胸が熱くなる。
彼らのような人たちこそ本当の意味で英雄なのかもしれない。
時間と共にモンスターの数は減っていった。
最初に出てきた大量のモンスターはすでに半分以下に減少している。
リザードマンの主力部隊は壊滅し、巨大な恐竜種も孤立してしまった。
だが当然ながらモンスター側も黙ってはいない。
彼らは生き残るために必死だった。
特に知性を持つアルマロサウルスなどは
「ギュォォォッ!」
悲鳴のような咆哮を上げて突進してきた。
「来たぞ! 散開だ!」
モルドが警告する。
すぐに冒険者たちが距離を取ったが
それでも間に合わない者が数名犠牲になってしまう。
巨大な爪牙に捕らえられて肉塊と化す冒険者。
「くっ……!」
ベルは唇を噛む。
この戦いにおいて犠牲ゼロというのは不可能だということは理解している。
しかし目の前で仲間を失うことは心が痛む。
「怯むな! 数ではこっちが有利なんだ!」
メイヴェルが叫んだ。
彼女の冷静な判断力が状況を支えていた。
ベルも戦いに参加する。
彼は巧みに恐竜種の攻撃を回避しながら
弱点を探っていく。
その鋭い洞察力が活かされていた。
「……首の付け根!」
一瞬の隙を突いてベルが飛び上がる。
彼の体重を利用しての全力攻撃だ。
「ハァッ!!」
双剣を十字に構え落下の勢いを利用した強烈な斬撃。
ズシャアッ!!
アルマロサウルスの首筋に深い傷が入る。
そこから鮮血が噴き出し地面を濡らす。
「ナイスショット!」
モルドが叫んだ。
彼らはその隙を逃さない。
「みんな! 今だ!」
冒険者たちが一斉に攻撃を開始した。
魔法班が氷結魔法で敵の動きを封じ
前衛陣が次々と斬りかかる。
ベルも再び接近し首筋に向かって
今度は聖火の炎を込めた渾身の一撃を叩き込む。
「【残光】!!」
紫色の炎に包まれた刃が首筋を切り裂いた。
アルマロサウルスの絶叫が迷宮に響き渡る。
「あと一息だ!」
最終局面に入ったことを悟った冒険者たちの気迫が一層強くなった。
彼らは互いに励まし合いながら戦い続ける。
それはまるで一つの生き物のような連携だった。
「モルド! 背後だ!」
メイヴェルの警告。
振り返ると新たなリザードマンが迫ってきていた。
「チッ……こいつらまだ出てくるのか!」
しかし今度は彼らも慌てない。
冷静に陣形を整え迎撃態勢に入る。
もはや混乱はない。
彼らの目には明確な勝利への道筋が見えている。
「よし……もう少しだ……」
ベルは小さく呟いた。
そして最後の力を振り絞るべく双剣を構え直す。
ダンジョンの奥地。
激しい戦闘音がこだまする中。
冒険者たちの雄叫びとモンスターの断末魔が入り混じる。
しかし終わりは確実に近づいていた。
生き残った冒険者たち全員が力を合わせれば
恐竜種といえども勝算は十分にある。
それにベル・クラネルという規格外の戦力もいる。
ついに──
「やったぞぉぉぉぉ!!」
大歓声が上がった。
最後の一匹が倒れたのだ。
それは恐竜種の残党だった。
巨大な骸が崩れ落ち砂埃を舞い上げる。
戦いは終わった。
数百匹ものモンスターの大軍は完全に排除された。
犠牲は少なくない。
地面には夥しい数の亡骸が散らばっている。
リヴィラの冒険者たちも多くが倒れていた。
しかし生き残った者たちは立ち上がった。
互いに肩を貸し合いながら歩み寄ってくる。
ベルも足を引きずりながら前に進んだ。
「……やったな」
モルドが笑顔で言った。
だがその表情には深い疲労の影があった。
「……」
ベルは言葉が出なかった。
喉が渇き、体中の骨が軋むような痛みを感じる。
それでもなお彼は立ち続けていた。
「よく頑張ったな……」
メイヴェルが微笑む。
彼女の声には涙が滲んでいた。
「これからはどうするんですか?」
ベルが尋ねた。
「とりあえず生存者の確認と……」
モルドが答える。
「それから……犠牲者の弔いだな」
そうだ。戦いが終わったら
次は亡くなった仲間への鎮魂だ。
それが冒険者というものだった。
ベルは深く頷いた。
今はただ彼らと一緒にいたかった。
孤独な旅路の途中で出会った仲間たちと。
そして彼らと共に生き延びたことに感謝したいと思った。
ダンジョンの奥深くで夜明けを待つように
静かな時間が流れていく。
それはまるで永遠のように感じられたが
やがて朝日が差し込むかのごとく新しい未来が始まる予兆があった。
冒険者たちの絆はこの戦いによってさらに強く深まった。
そしてベルもまた新たな覚悟を胸に刻みながら前を向いて歩いていく。
ここからまた新しい物語が始まるのだ。
─────────彼らは闇派閥の悪辣な実験を退けた。
疑いようもなく、冒険者たちの勝利である。なんとも喜ばしい。
手放しの称賛を受けるに相応しい偉業であり、
彼らは勇者としての価値を示した。素晴らしい。
だが、忘れるな。ここはダンジョン。
人の意志と遺志を飲み込み燃え滾る契約と決意の試練場である。
異変は静かに始まった。
最初に気づいたのはベルだった。
彼は無頭巨人の最期を見届けた後、奇妙な違和感を覚えていた。
迷宮全体がわずかに振動しているのだ。
まるで巨大な臓器が鼓動するかのように。
「……何かおかしい」
彼が警戒の声を上げようとした瞬間だった。
ゴオオオオオ……ッ!!
低く唸るような地鳴りが迷宮を揺るがした。
地面から砂塵が湧き立ち、天井からは岩石の欠片が落ちてくる。
冒険者たちの歓声は一瞬にして消え、代わりに困惑と恐怖の声が広がった。
「なっ……何だ!? 地震か!?」
「いや……違う! ダンジョンが……!」
モルドが叫ぶ。
彼の指さす先──リヴィラの街の奥深くで天井が崩れ始めている。
巨大な亀裂が走り、土砂が雪崩のように降り注ぐ。
「撤退だ! 急げ!!」
メイヴェルの鋭い指示が飛ぶ。だが既に遅かった。
グワアアアアン……
耳をつんざくような金属音が響き渡る。
それは歯車がかみ合う音に似ていた。
ダンジョン全体が機械のように稼働し始めているのだ。
ベルは咄嗟に周囲を把握した。
冒険者たちの多くがまだ戦場に残留している。
彼らの大部分は負傷者であり迅速な撤退が難しい状態だ。
「くそっ……!」
彼が舌打ちを漏らした時、突如として光が走った。
暗い穴の中から一条の閃光が迸る。
「うわあああ!!」
「避難しろ! 早く!」
「どこへ……どこへ逃げればいいんだ!?」
冒険者たちの混乱が頂点に達する中
ベルはその光の源を見据えていた。
それは生物としてはありえない形状をしていた。
円筒形の胴体に八本の脚。
昆虫のような節くれだった体表。
頭部と思われる部分には赤く光る複眼が三つ。
口元には巨大な牙が覗いており
背中には禍々しい棘が無数に生えている。
「……まさか」
その言葉を言い終える前に
ジャガーノートが地上へと産み落とされた。
ゴオオオオオオ──―ン!!
凄まじい衝撃が迷宮全体を震撼させる。
大地が裂け建物が崩れ落ち
リヴィラの街が文字通り蹂躙されていく。
「そんな……嘘だろ……?」
「あれ……なんだよ……?」
「モンスター、なの……?」
冒険者たちの声は震えていた。
ダンジョンを護るために生まれた殺戮機構。
赤く光る三つの複眼が冒険者たちを睥睨する。
その眼差しは感情を持たぬ冷酷さに満ちていた。
まるで機械仕掛けの人形のように
ジャガーノートの巨大な顎が開かれ
異様な轟音と共に灼熱の吐息が漏れ出す。
「避けろ!」
ベルが叫ぶ前にすでに遅かった。
閃光が走り灼熱の波動が解き放たれる。
ズオオオオン!!
膨大な熱量が周囲を焼き尽くす。
避難しようとしていた冒険者たちが一瞬で蒸発していく。
地面は溶け石造りの建造物まで溶解した。
「くっ……!」
ベルは素早く横転して致命傷を免れた。
だが周囲には黒煙と粉塵が立ち込め視界不良だ。
状況は絶望的だった。
「全員……無事か……?」
彼が問いかけても返事はない。
動ける冒険者を探すのが困難な状況だった。
しかし希望はまだある。
ベルは両足に力を込めた。
──まだやれる。
彼は慎重にジャガーノートの動向を探った。
巨大な怪物は周囲を睥睨している。
まるで餌を探す獣のように。
(まずは情報を集めないと……)
ベルは思考を巡らせた。
これまで見たモンスターとは全く異なる特性を持つ可能性が高い。
その生態を掴むことが第一だと判断した。
しかし──
ジャガーノートの複眼がベルを捉えた。
冷たく計算された視線が突き刺さる。
「……!?」
ゾクリと寒気が走った。
その視線には明らかな殺意があった。
ベルは即座に反応し駆け出す。
ゴオオオオン!!
次の瞬間には地面が穿たれていた。
巨大な爪が大地を抉り取り砂塵を巻き上げる。
「なんてスピードだ……!」
常識を超えた俊敏さ。
まるで空気の抵抗がないかのように動く。
ベルの認識域を圧倒する速さだった。
さらに驚くべきは──
「魔法が……効かない?」
生き残った魔導士の一人が放った火球を
ジャガーノートの硬質な外皮が弾き返している。
その表面には僅かな焦げ跡すらない。
「全員! 距離を取れ!」
モルドの声が聞こえた。
どうやら彼も無事らしい。
「防御陣形だ! 奴の攻撃パターンを分析する!」
「了解!」
冒険者たちが連携を始める。
彼らも必死だ。
全滅の危機を回避しようと一致団結している。
ベルもまた戦列に戻った。
彼はジャガーノートを観察し続けながら考える。
(どうやって倒すんだ……?)
魔法無効の装甲に圧倒的な機動力。
凄まじい熱線は防御など考えるだけ無駄。
「接近戦しかない……か」
ベルは両手の双剣を構える。
彼が持つ最高の武器はこれしかない。
しかしジャガーノートの攻撃を一度でも受ければ
生還することは不可能だろう。
「無謀すぎる……!」
モルドが制止する。
「お前の身体はもう限界だ! 休息しろ!」
だがベルは聞き入れなかった。
「ここで引いたら全員死ぬ」
「だからこそお前を失うわけにはいかない!」
議論の最中にもジャガーノートは容赦なく迫ってくる。
巨大な爪が地面を薙ぎ払い
その衝撃波だけで建物が倒壊する。
「……分かった」
モルドが決断する。
「全員! ベルの援護に専念しろ! 奴を抑えるんだ!」
「了解!」
冒険者たちの声が揃った。
散会し、ヤツの気を散らして少しでもベルの生存確率を上げる。
「……っ! いきっ、ます……っ!」
一瞬、何か言いたげに息を詰まらせたベルは、
しかし、振り切って戦闘に集中する。
冒険者たちの覚悟を侮辱してはならない……!!
極限の緊張。張り詰めた空気が破裂するその一瞬前。
「─────────無粋。
負けを認めず雑音を撒き散らすほど見苦しいものはないな」
誰よりも聞き慣れた声とともに凄まじい魔力放射。
ジャガーノートすら戦慄して、
怯えだすソレは全防御貫通属性超広範囲絶対破壊殲滅魔法……
【祝福の鎖、生命(いのち)の繭、半身抱きしめるこの腕の中に】
過ぎし痛みは守護(しゅご)の記憶。
我を縛る因果の楔(くさび)は愛への枷(かせ)と変わり果てた。
【試練は我が礎(いしずえ)、苦悩は我が盾】
雷光(らいこう)走る原初の海より来る魂(たましい)。
生まれ来る命(いのち)に流れる血潮(ちしお)が示す──
【我が骨(ほね)は刃(やいば)と成りて悪を祓(はら)え】
朽ち果てし翼(つばさ)よ再び羽ばたけ。
心臓を貫くこの槍(やり)に祈り込め。
【代償はここに。溢れる慈愛(じあい)を尽き果てぬ糧(かて)とせよ】
黒き雨雲(くもぐも)切り裂き照らす光あれ。
天の階(きざはし)架かるその頂(いただき)まで──
【進め、我が子よ。父母(ちちはは)の意志(おもい)を胸に刻め】
【去りし翼に包まれし未来(あす)へ 】
【星々の誓いが紡ぐ奇跡の道標(みちしるべ)よ──】
【今こそ舞え。輝き放つ家族の詩(うた)となって】
【鳴り響け、聖鐘楼】
なんか、詠唱の内容を前向きに改変、とか適当なリクエストにも対応してくれるんですね
更新希望の原作
-
魔弾の王
-
落第騎士
-
ハイスクールD×D
-
月姫
-
モブせか
-
マジエク
-
のんびり農家
-
新妹魔王
-
八男