※この作品はR-18です。

ダークエロよろず短編集   作:カード読み込み

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続きます


諸星雄大の地獄紀行

 

 雨が降り頻る湿った夜気は、道場の古びた板の間にまで滲み込んできていた。

 畳の目に詰まる汗と埃の混じり合った匂いが、肺の奥底に粘りつく。

 諸星雄大はその中心で、ただ一人、槍を振るい続けていた。

 

 一閃。また一閃。素振りという名の孤独な交わり。

 己の肉体と対話する儀式だ。赤銅色の肌から噴き出す汗はもはや清涼な水ではなく、

 煮えたぎる鉛のような重さを持って滴り落ちる。筋繊維の一本一本が悲鳴を上げ、

 

 関節が軋む音はまるで壊れた人形の独り言のようだ。

 それでも彼の手は止まらない。止めるわけにはいかないのだ。

 

(あかん……またや……!)

 

 木刀が空を切り裂くたびに、網膜の裏に焼き付いたあの幻影がちらつく。

 湾岸ドームの白熱灯の下、神々しいまでに完成された美貌と技。

 蛮場流輝という名の絶対者。彼が放った一撃一撃が、

 雄大の肉体に深く刻み込まれた記憶は、今もなお鮮烈に蘇る。

 

 あれは敗北だった。ただ負けたのではない。

 魂ごと穿たれ、砕かれ、そして慈悲という名の施しを受けて土に伏したのだ。

 だが、問題はそこではない。雄大を今も苦しめ、そして逆説的に突き動かしているのは、

 その敗北の中に垣間見た「極致」の煌めきだった。

 

「右腰。重心が後ろに逃げている」

 

 脳裏に響く流輝の声。冷たく、そして甘美な囁き。

 その言葉と共に、雄大の身体は勝手に反応してしまう。

 槍を通じて流輝に「修正」されたあの瞬間の感覚が、脊髄を逆走して脳髄を痺れさせるのだ。

 彼の手によって重心を操られ、最適な角度へと誘導されたあの時──

 雄大は知ってしまったのだ。己が生涯到達できないであろう高みを、

 他者の掌の中で踊らされることで味わってしまったのだ。

 

(あぁんっ……!)

 

 喉の奥から甘ったるい声が漏れ出しそうになるのを、雄大は歯を食いしばって噛み殺した。

 背徳的な快感だった。武芸者としての誇りがズタズタに引き裂かれながらも、

 身体の芯が溶かされるような熱に抗えない己自身に対する絶望と、

 依存めいた渇望が入り混じり、胃袋を裏返すような吐き気を催させる。

 

 泥濘に沈む者にとって、天上で輝く星は忌避すべき仇敵であるべきなのに。

 どうしてもそれに手を伸ばしたいと思ってしまう愚かさ。

 それは痼った傷口を無意識に爪で掻きむしるような、倒錯した自己破壊衝動に似ていた。

 

 槍を握る掌が震える。汗か、それとも別の何かか。握力が萎えそうになるたびに、

 雄大は己の太腿をピシャリと叩いた。かつて機能を失ったその脚。

 キリコの手術と地獄のリハビリを経て再生したこの脚は、再び立つためにあるのだ。

 流輝の与えた「洗礼」という名の陵辱に屈するためではない。

 

(ワイは……ワイの槍は……あいつのおもちゃやない……!)

 

 叫んでも叫びきれない焦燥感が胸を焦がす。流輝は言った。

「お前の限界はここまでだ」と。そしてその通りになった。

 虎王はへし折られ、雄大は吹き飛ばされた。だが、その後に残ったのは後悔ではなかった。

 あの無様な敗北の中で辿り着いた「小さな真理」と、「清廉な微笑み」だけだった。

 

 それは妥協ではない。泥の中から見上げた空が、どんなに遠くても青かったという事実だ。

 だからこそ、今は立ち上がらねばならない。あの甘美な支配の手を振り払い、

 己自身の脚で、己自身の業で、再びあの場所へ立つために。

 

「もう一回や!」

 

 雄大は吼えた。獣のように、泥臭く。槍を振り上げる。

 今度は流輝に修正された軌道ではなく、己自身が模索する不器用な軌道を。

 まだ見えない。まだ遠い。

 だが、そこに至るまでの距離を埋めるには、この愚直な反復しかない。

 

 汗が目に入り、視界が滲む。その滲んだ先に見えるのは、決して届かないはずの星か、

 それとも自分自身の幻影か。湿った夜風が吹き抜け、火照った肌を撫でていく。

 その涼感さえもが、まるで愛撫のように感じられてしまう今日この頃。

 雄大は自嘲気味に笑いながら、また一閃を放った。

 

 道場には、重い槍が空気を劈く音と、男の荒い息遣いだけが響き続けていた。

 それは英雄譚には決して記されない、

 恥辱と快感と執念がない交ぜになった夜の独白であった。

 

 その独白を、困ったように見守る視線があることに、雄大は気づいていなかった。

 

 道場の入り口の影から、ふわりと甘い香りが漂ってくる。

 それは消毒液の鋭さと、花の蜜のような甘さが奇妙に融和した匂いであった。

 

「主治医としては余り無茶して欲しくは無いのだけれど……」

 

 声はした。滑らかな、しかし芯のある低音。夜露を含んだ菫の如き声色が、

 道場の湿気をふわりと切り裂く。雄大が振り返るその前に、その人物はすでに佇んでいた。

 

 薬師キリコ。

 

 廉貞学園の制服であるブレザーの上から白衣を羽織っただけの立ち姿は、

 しかしその布地の隆起だけで男の妄想を燃え上がらせるに十分すぎる情報量を内包していた。

 Fカップの山脈は、まさに重力という法則そのものを嘲笑うかのように白衣を押し上げ、

 湯槽の水面すら歪ませるほどの質量で存在主張している。

 その稜線は急峻でありながらも決して峻烈ではなく、むしろどこまでもうるみ、

 どこまでも豊饒な曲線を描いて男の掌を誘うのだ。

 

 白衣の合わせ目から覗くブラウスの生地は、

 肥大化した果実の張力に耐えかねて微かに皺を刻み、その苦悶すらもまた、

 いやらしいほどの艶めかしさを醸し出している。雄大の乾いた視線が、

 無意識にその谷間の深淵へと吸い込まれていく。

 そこは解剖学的な溝ではなく、男が堕ちるべき甘美な奈落そのものだ。

 

 翡翠を嵌め込んだ澄明な眼差しは慈雨のように温かい。

 その瞳に見つめられるだけで、雄大の張り詰めた神経が微かに緩むのを感じる。

 まるで痙攣した筋肉に効く鎮痛剤のように、彼女の眼差しは雄大の痛みを、

 そしてその奥にある倒錯した渇望をも包み込んでしまうのだ。

 

 陽光の糸を編んだ蜂蜜色の長髪が、腰のあたりで緩やかに波打つ。

 その一房がふと頬を掠めるだけで、白梅の匂いが鼓膜を潤すような錯覚に陥る。

 生命の泉。彼女の存在そのものが、枯渇した者にとってのオアシスであり、

 同時に決して触れてはならない禁断の果実でもあるのだ。

 

 彼女が一歩踏み出すたびに、その肢体はねっとりとした空気を振動させる。

 臀丘は雪峰のように盛り上がり、

 一枚布で包むだけで甘い蜜音を立てそうな柔肉の重みが、

 スカートの下で妖しく躍動する。腹部は嫋やかな柳腰へ滑走し、

 その稜線は一筆書きで描いた月虹のごとく優美だ。

 整いすぎた輪郭は、かえって人間離れしたエロティシズムを匂わせる。

 

 対する雄大はどうだ。汗と油と泥に塗れた、傷だらけの肉体。

 かつて失い、奇跡的に再生した両足は、

 まるで他人のもののように重く感じられる時がある。

 鉄と汗の匂いが染み付いた男臭い塊。

 キリコが発する「生」そのもののような芳香とは対極にある、

「死」と隣り合わせの濁った臭気。

 

 しかし、その濁濁とした空気こそが、雄大という男が生きている証であった。

 

「……キリコ先生」

 

 雄大は槍を下ろし、荒い息を整えようとするが、肺は焼けるように熱い。

 喉が渇きすぎて言葉が出てこない。

 そんな彼を見つめるキリコの眼差しは、呆れと慈愛が半々といったところか。

 

「んふふ、またそんな風に呼んで。同級生なんだから『先生』なんて呼ばなくていいのに」

 

「あかんて。ワイが患者やったんは事実やさかい。敬意は払わせてもらうで」

 

 雄大は弱々しく笑おうとしたが、顔中の筋肉が強張ってうまくいかない。

 それを見て取ったキリコは、ふうっと小さく溜息をついた。

 その吐息さえもが甘く痺れるような響きを持つ。

 

「敬意なんていらないわ。ただ……あなたがそんな風に自分を追い詰める意味がわからない。

 あの時だってそう。死ぬようなリハビリを乗り越えたのに、また壊れようとしている」

 

 キリコの手が伸びる。白く滑らかな指先が、雄大の汗ばんだ頬に触れた。

 その冷たく心地よい感触に、雄大はビクリと身を震わせる。

 

「ワイは……壊れとらんよ」

 

「嘘つき。右足の出が遅れてる。無意識に左足に重心を逃がしてるわ。

 恐怖があるんでしょう? あの子に砕かれた記憶が」

 

 図星だった。蛮場流輝という名の怪物にへし折られた恐怖。

 そしてその折られ方に潜む悦び。それらが入り混じり、

 雄大の肉体には見えない枷が嵌められてしまっている。

 

「……センセーの言う通りや。ワイは焦っとるんやろな」

 

 雄大は視線を逸らし、床を見つめた。

 

「あいつに勝ちたんや。ただ勝ちたいだけやない。

 あいつの剣筋に……ワイ自身を書き換えられたあの感覚に……抗いたいんや」

 

 それは武人としての潔い告白ではなかった。むしろ泥沼のような執着だ。

 流輝に与えられた「理想」に中毒になりかけた自分を否定し、

 己自身の泥臭さで頂点へ立つという我慢比べ。

 だが、一度甘美な支配を味わった身体は、容易には元の場所へ戻れない。

 

「フフッ……本当に愚かで可愛らしい人ね」

 

 キリコは楽しげに笑った。

 その笑声は低く湿っており、耳元で囁かれたかのような錯覚を覚える。

 

「あなたはいつもそうだわ。痛みを伴わない強さなんて信じない。

 だから私の手術を選んだ。だから今もこうして血を吐くような鍛錬をする。

 ……でもね、諸星くん」

 

 キリコは一歩近づき、雄大との距離を埋めた。

 豊満な胸が雄大の腕に触れるか触れないかの距離。甘い香りが鼻腔を直撃する。

 

「私は医者よ。壊れたものを繋ぎ止めるのが仕事。

 ……あなたがどれだけ壊れようとしても、私が繋ぎ止めるわ。何度でもね」

 

 それは宣告だった。治療という名のもとの拘束宣告。

 彼女にとって患者を治すことは救済であり支配だ。

 彼女の手にかかれば雄大は再び立ち上がれるかもしれないが、

 同時に彼女の手の中で永遠に泳がされることにもなる。

 

「……センセー、ワイにはわからへんわ」

 

 雄大は独り言のように呟いた。

 

「命を救うってどういうことなんやろか。生きてれば救いなんか? 

 そうやない。己を捨てて腐ってまで生きててなんの意味があるんやって」

 

 雄大の瞳に宿る焦燥の色は、まるでガスバーナーの青い炎のように揺らめいていた。

 己の不甲斐なさへの怒りと、決して届かない高みへの飢え。

 それらが混ざり合い、彼の瞳孔を異様なほどに収縮させている。

 その光景を見つめるキリコの脳裏に、ふと古い記憶の扉が音を立てて開いた。

 彼女の翡翠の瞳が微かに細められる。そこに映っているのは雄大ではない。

 もっと痩せ衰え、死の縁に瀕しながらも生への執着だけは異様に強かった、あの男の姿だ。

 

「……あなたのその目。似ているわね」

 

 キリコは独り言のように呟くと、記憶の底へと沈んでいく。

 十三歳の頃。

 無免許ながらもその腕前は神業に近いとすら噂されていた彼女の元へ運ばれてきた男。

 四十代半ばという年齢に見合わぬ、枯れ木のような躯。

 病魔はすでに彼の内臓を蝕み尽くし、肌は土気色に変色し、

 骨と皮だけの指先はかつて生きていたことすら疑わせるほどに冷え切っていた。

 末期患者。医学の常識から言えば、すでに手の施しようのない廃棄物。

 

 しかし、彼の目は死んでいなかった。

 雄大と同じ、いやそれ以上にギラギラとした渇望を湛えていたのだ。

 生への。男としての生への。執着にも似た、狂おしいほどの欲求。

 

「なぁ、先生よォ……俺はまだ、女の子の肌ってやつを知らねぇんだ……」

 

 病室の薄暗がりで、男は掠れた声でそう懇願した。

 その声は虫の息のようでありながら、どこか甘ったるい響きを含んでいた。

 死の淵から手を伸ばす者の切実さと、生者の世界への未練が絡みついたような声音。

 

「童貞のまま死ぬなんて……あんまりだろォ……?

 一度でいいんだ……一度でいいから、あったけぇ場所に入れてみてぇんだよ……」

 

 その言葉は、キリコの医師としての理性と、

 少女としての未熟な好奇心を同時に揺さぶった。

 彼女は答えた。「イイわよ、好きになさい」と。

 その言葉は無責任な放置ではなく、彼女なりの救済の約束だった。

 

 男の手が震えながらキリコの手首を掴んだ。

 その感触はひんやりとして硬く、まるで冷蔵庫で冷やされた古新聞紙のようだったが、

 握る力だけは信じられないほど強かった。

 死にゆく者が最後の力を振り絞って放つ渾身の一撃。

 その手が彼女の細い手首を這い上がり、やがて華奢な肩へと触れる。

 

「へへ……いい匂いだぁ……先生……あんた……天使みてぇだ……」

 

 男の指がキリコのブラウスのボタンを外そうともがく。

 その不器用な動作は滑稽ですらあったが、必死さがそこに漂っている以上、

 笑うことはできなかった。キリコは自らの手でボタンを外した。

 するりと肌が露出する。十三歳にしては発育の良すぎる乳房が、

 病室の淀んだ空気の中で白く発光するかのように浮かび上がる。

 男の濁った瞳に、一瞬だけ生気が戻った。

 

「うぉ……すげぇ……まるで……みかんみてぇだ……」

 

 みかん。そんな下品な比喩で形容されたのは初めてだった。

 だが、その言葉は妙にリアルで、キリコの胸の奥をくすぐった。

 男の枯れ木のような手が、その豊潤な果実へと伸びる。

 ざらついた皮膚が敏感な乳首を擦る感覚。

 痛みと快感の境界が曖昧になる背徳的な接触。

 乳首は珊瑚礁のように硬くしこり、男の指先に吸い付くように形を変える。

 

「んっ……ふぅ……」

 

 キリコから甘い吐息が漏れる。それは医師としての観察ではなく、

 明らかに女としての反応だった。男の指先は執拗に乳輪をなぞり、

 乳首をつまみ上げる。まるで残りわずかな命の炎を熾すように、

 指先で捏ね回すその動きには、妙な熟練感すらあった。

 

「あぁ……いいぞ先生……もっと……もっと触りてぇ……」

 

 男は涙を流していた。それは痛みによるものか、快楽によるものか、

 それとも生への感謝か。濁った涙が土気色の頬を伝い落ちる様は、

 グロテスクでありながらどこか神聖な儀式のようでもあった。

 

 

 男の手が、キリコの乳房を鷲掴みにした。

 その手つきは決して優しいものではなかった。むしろ残酷なほどに貪欲で、

 熟れすぎた果実を確かめるかのように、無遠慮に指が肉に沈み込んでいく。

 白磁のような肌に、男の土気色の指の跡がくっきりと刻まれる。

 そのコントラストの激しさが、倒錯した背徳感を煽り立てた。

 

「んっ……ふぅぅ……っ!」

 

 キリコの唇から、抑制の効かない甘い吐息が漏れ出す。

 翡翠の瞳が薄く潤み、焦点が彷徨う。医師としての冷徹な観察眼は

 すでに剥ぎ取られ、そこにあるのはただの雌の表情だけだった。

 男の指が乳輪をなぞり、珊瑚礁のような淡紅の乳首を強く捏ね上げる。

 その瞬間、脊髄を逆撫でするような電流が背筋を駆け上がり、

 キリコの脳髄を白く染め上げた。

 

「あぁ……そこ……っ! いいわ……もっと……強く……!」

 

 彼女は自ら求めていた。加減など不要だと。

 手技至上主義である彼女にとって、焦らしよりも貪りこそが至福。

 そしてこの男は、童貞だと言ったその口で、

 まるで長年の熟練者のような的確さで彼女の弱点を突いてくるのだ。

 

 男は口を大きく開け、その豊満な丘へと顔を埋めた。

 ざらついた舌が乳首を捉え、転がすように舐め上げる。

 唾液は聖油となり、敏感な肌を滑り落ちていく。

 その感触は不潔であるはずなのに、なぜか脳髄を痺れさせるような

 甘美な毒のように感じられた。

 

「へへ……すげぇ味だ……生きてる味がするぅ……!」

 

 男の口から発せられる言葉は独り言のようでありながら、

 キリコの羞恥心をこれでもかと煽り立てた。

 生きてる味。それは彼女自身が放つフェロモンと汗と、

 そして溢れ出す愛液の混合された味だろう。

 男はそれを啜り上げるように吸い付き、

 歯茎で乳首を甘噛みするというテクニックを見せつけた。

 

「あんっ! はぁぁ……っ! そんな……あぁん……!」

 

 キリコの背中が反り返る。なだらかな山脈が波打ち、

 重力さえも欺瞞であるかのように揺らぐ。

 男の手が下へと伸びる。嫋やかな柳腰から月虹のようなラインをなぞり、

 ついには雪峰のように盛り上がった臀部へと到達する。

 

 パシッ! 

 

 乾いた音が病室に響く。男の手が臀部を叩いたのだ。

 しかしそれは打撃というよりは、肉の弾力を楽しむための弾指に近かった。

 甘い蜜音が腹の底に響く。男の指が臀肉に食い込む。

 柔らかくも弾力のある肉が指の形に変形し、

 また元の形へと戻ろうとするその抵抗感が、男の嗜虐心を刺激したのだろう。

 

「いっぱい……食い込むねぇ……先生のお尻……美味そうだぁ……」

 

 男は呟きながら、もう片方の手でキリコの太腿をまさぐった。

 太腿は濡れた布地に張り付くほどに汗ばんでおり、

 男の手が滑るたびにねっとりとした湿り気を増していく。

 それは生理的な反応でありながら、雄を誘うメスの汁でもあった。

 

 キリコはもはや考えることを放棄していた。

 医師としてのプライドも、少女としての羞恥心も、

 この枯れ木のような男の貪欲な愛撫の前に溶け崩れ、

 ただ快楽という名の深淵へと墜ちていく感覚だけが残っていた。

 

(あぁ……私……壊されてる……こんなおじさんに……!)

 

 思考が焼き切れる寸前、男の指がついに秘所へと触れた。

 そこはすでに溢れ出すほどに濡れそぼっており、

 男の指を受け入れる準備を怠りなく整えていたのだ。

 

 

 その瞬間、十三歳の彼女の身体は、未知の侵入者に対する拒絶と受容の境界で激しく震えた。

 そこはまだ、誰の肉も通過したことのない聖域。薄い肉壁が守り固める小さな入口は、

 男の太い指を迎え入れるための準備など全く整えていなかった。

 しかし、溢れ出す愛液が無慈悲な潤滑油となり、異物を導き入れてしまう。

 

「んっ……あぁっ! は……入ってくる……!」

 

 キリコの口から、悲痛かつ甘美な叫びが漏れる。

 処女膣。その言葉が意味するのは、ただの未経験ではない。

 それはまだ誰にも踏破されたことのない、処女雪の如き純白の通路であり、

 内壁は襞一つ一つが未成熟の敏感さを保ち、触れられただけで過剰な反応を返す。

 

 男の指が、その窄まった入口をこじ開けるように押し進む。

 内部は熱い。まるで溶鉱炉の中に手を突っ込んだかのような熱気と圧力。

 柔らかな肉壁が、異物を締め付けようと収縮を繰り返す。

 その締め付けは強靭でありながら、なんとも哀れなほどに頼りない。

 指が動くたびに、無数の襞が掻き回され、

 まだ目覚めたばかりの神経が火花を散らすかのように快感の信号を発する。

 

「あぐっ……! き、きつい……! でも……すげぇ暖かい……!」

 

 男は狂喜した。指だけでは足りない。

 童貞のまま死ねないと叫んだ男の最後の望みは、

 この極上の肉壺に己の雄の証を埋め込み、

 命の火が消えるその瞬間まで快楽を貪ることにある。

 

 男は指を引き抜き、代わりにその赤銅色の凶器を宛てがった。

 先端が秘唇に触れた瞬間、キリコの身体がビクリと跳ねる。

 指とは比較にならない太さと熱量。それは拷問器具でありながら、

 同時に天国への扉を開く鍵でもあった。

 

「せ、先生……入れるぞ……! 命掛けで……入れるぞぉ……!」

 

 男が腰を推し進める。先端が内唇をこじ開け、

 処女膜を容赦なく突破していく。

 裂けるような痛みが走り、鮮血が薄い赤い筋となって流れ落ちる。

 それは処女喪失の証。聖なる生贄の血。

 

「いっ……! 痛っ……あぁぁぁっ!」

 

 キリコはシーツを握り締め、背中を反らした。

 痛み。しかしそれは、ただの痛みではなかった。

 身体の芯を貫かれる感覚。内臓が直接犯されるような深淵な侵入感。

 そして、その奥底で疼く、言葉にできないほどの深い渇望。

 

 男のものが、最奥へと到達する。

 子宮口。生命の泉の入り口。

 そこを男の先端が叩くたびに、キリコの脳髄は白く染まり、

 目の前に星辰の渦が爆ぜるかのような絶頂が押し寄せる。

 

(あぁ……私……壊される……こんなおじさんに……童貞の人に……!)

 

 思考が焼き切れる。医師としての彼女は、

 子宮口が亀頭で小突かれるたびに跳ね上がる心拍数を冷ややかに計測し、

 一方で女としての彼女は、その暴力的な刺激に身を委ね、

 背徳的な雌堕ちの歓喜に浸っていた。

 

 男の動きが激しくなる。死にゆく者の最後の研鑽。

 それは決して巧みとは言えなかったが、

 命を燃やし尽くすほどの情念だけが詰まっていた。

 肉と肉が打ち合う粘着質な音。汗と体液の混ざり合う匂い。

 それらが病室という閉鎖空間に充満し、キリコの理性を溶解させていく。

 

「せんせぇ……せんせぇ……! 俺……俺……!」

 

 男が絶頂を迎える。その瞬間、男の身体は痙攣し、

 生命の残り火を全て吐き出すかのように、大量の精液を子宮の奥へと注ぎ込んだ。

 熱い。どろどろとした液体が、子宮内壁を逆流し、

 腸内を満たしていく感覚。それは不潔でありながら、

 どこか母胎の羊水のような包容力を感じさせた。

 

 男は、そのまま動かなくなった。

 笑ったまま。満足げに。そして永遠に。

 その表情は、死に顔というにはあまりに生々しく、

 性交の余韻に浸る男の弛緩した顔そのものだった。

 

 キリコは、その死骸の下でまだ脈打つ男根を感じながら、

 自らの内側に注ぎ込まれた精液の重みを噛み締めていた。

 処女を失った痛みと、男を看取ったという事実。

 そしてその両方がもたらす、底知れぬ背徳感。

 それらが混ざり合い、キリコの唇から自嘲的な笑みを漏らさせた。

 

「……ふふっ。童貞で死にたくない……か。

 本当に……愚かで、可愛らしい人ね」

 

 その一言は、後に蛮場流輝が諸星雄大に投げかける言葉と、

 驚くほど相似していた。死んでも立ち上がる男と、

 欲望のために命を燃やし尽くした男。その双方が持つ、

 狂気じみた純粋さを、キリコはどこか愛おしく感じていたのだ。

 

 道場に響く雄大の荒い息遣いは、あの日と同じだ。

 再生を望む雄大と、延命を願った男。

 その根底にある衝動は、究極的には同じ種類のものかもしれない。

 キリコは濡れた太腿を擦り合わせながら、

 あの日の精液の感触を無意識に反芻していた。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 あの男の死顔が脳裏に焼き付いて離れない。満足げに逝ったその顔は、

 ある意味でキリコにとって最高の医学書だったと言えるかもしれない。

 人体という未知の領域に触れ、その深淵を覗き込み、そして支配する愉悦。

 あの日からキリコの性癖は、カテーテルのように見事に曲がり曲がってしまったのだ。

 

 以来、彼女は病院という施設を己のハーレムに見立てるようになった。

 夜勤の闇に紛れて病室を巡る彼女の手には聴診器ではなく、

 男根という名の温度計が握られている。

 入院患者特有の滞った欲望、それが身体に及ぼす悪影響を見抜く眼力は、

 もはや透視能力に近いものがあった。

 

「さぁ、我慢しないで。抜いてあげるから」

 

 囁きと同時に白衣の中へ滑り込む白魚のような指先。

 それは熟練したピアニストが鍵盤を奏でるかのように、

 硬直した肉柱を優しく、そして容赦なくしごき上げる。

 手コキ。その単純な往復運動の中に、彼女は無数のバリエーションを隠し持っていた。

 亀頭のカリを親指でなぞり、尿道口を小刻みに刺激し、

 裏筋を人差し指と中指で挟み込むように擦り上げる。

 患者の反応を見ながら加減をするその手つきは、まさしく精密機械のオペレーションだ。

 

 だが、手だけではない。彼女の口腔はさらに深い快楽へと患者を誘う。

 フェラチオ。舌という名の聖なる匙で男根の慟哭を掬い取る行為。

 彼女の喉奥は蛇のように長く伸びる舌先によって制圧され、

 熱い粘膜に包まれた亀頭は溶かされるように快感へと溺れていく。

 唾液は最高の潤滑油。彼女は咽喉を擽る低い笑声と共に、

 先走りの塩味と精子の鉄錆びた味を堪能するのだ。

 

 そして極めつけはパイズリ。Fカップという絶壁のような山脈に男根を挟み込み、

 その柔肉の圧力で搾り取る技。乳首と乳首が触れ合うほどに寄せられた谷間は、

 男にとってこの上ない墓標となる。摩擦熱で沸き立つような感覚と、

 視覚的な興奮が混ざり合い、患者たちは悲鳴にも似た喘ぎを上げる。

 

 これらはすべて「治療」と称されている。

 性的欲求不満はストレスとなり、免疫力を低下させる。

 ならばそれを解消することが医師としての務めだと彼女は信じている。

 あるいは信じ込んでいるだけなのかもしれないが、成果は出ていた。

 彼女に夜のお世話をされた患者は皆、驚異的な回復を見せるのだ。

 

「元気になってよかったわね。……ご褒美をあげる」

 

 完治した患者に対して贈られるのは、最終奥義であるセックス。

 女体という名の特効薬を処方された男たちは、

 脳髄が沸騰するほどの歓喜の中で子宮口を叩き、

 生命の根源たる精液をありったけ注ぎ込んで退院していく。

 

 ただし、その記憶は残らない。

 退院間際、彼女は自身の能力である『水』を用いて患者の脳神経に干渉し、

 淫らな記憶のみを選択的に消去するのだ。

 これは倫理的に問題があるだろうか? 

 おそらく問題だらけだろう。だがキリコにとっては些細なことだ。

 重要なのは「治った」という事実だけなのだから。

 

 そして何より皮肉なことに、この記憶消去の手術こそが彼女の魔力制御と

 人体操作の技量を飛躍的に高めていた。脳というデリケートな器官に干渉し、

 特定の記憶だけをピンポイントで削り取る難易度は計り知れない。

 それを毎夜のように繰り返すことで、彼女の手技は神業へと昇華されていったのだ。

 淫行が技術向上に繋がるというのはなんとも本末転倒な話である。

 

 ……さて。

 

 キリコは現在進行形で目の前にいる「患者」へと意識を向け直した。

 息を弾ませる雄大の肉体には流輝という名の毒が回っている。

 精神的な敗北感という呪い。それは彼女にとって治療すべき病徴に他ならなかった。

 

「ねぇ諸星くん。あなたもまだ治りきっていないみたいね」

 

 キリコはゆっくりと歩み寄る。

 その足取りは猫のように静かで、かつ捕食者のように確信に満ちていた。

 汗臭い男臭さの中に漂う白梅の香りが、雄大の鼻腔をくすぐる。

 

「ワイは……病気やないで。ただ鍛錬しとるだけや」

 

 雄大は槍を構えたまま警戒するように後ずさる。

 本能が告げているのだろう。この女は危険だと。

 甘い匂いの裏に隠された鋭い牙を見抜いているのだ。

 

「嘘おっしゃい。あなたの中にまだ流輝くんがいるんでしょう? 

 彼に与えられた感覚が忘れられないんでしょう?」

 

 図星を突かれ雄大の顔が歪む。

 キリコはそれを見逃さない。傷口に塩を塗るように優しく言葉を紡ぐ。

 

「いいのよ。無理に忘れる必要はないわ。

 痛みも快感も……全部ひっくるめて飲み込んでこそ人間なんだから」

 

 彼女の手が伸びる。汗で張り付いた道着の胸元へと。

 

「ワイの身体は……汚いで? 鍛錬でベタベタやで?」

 

「んふふ……だったら尚更好きよ。私の手で綺麗にしてあげる」

 

 白魚のような指が筋肉の谷間をなぞる。

 その冷たい感触に雄大は甘い電流が走るような錯覚を覚えた。

 これは治療なのか? それとも新たな毒なのか? 

 答えが出る前にキリコはさらに密着し、その豊満な胸を雄大の腕に押し付ける。

 

「さぁ……お注射の時間よ」

 

 それは白衣の天使の囁きではなく、白衣堕天使の誘惑だった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 キリコが迫る。雄大は後ずさるが、壁はない。あるのは己の弱さだけ。

 彼の脳裏には、キリコとの過去が鮮明に蘇る。

 彼女は患者の記憶を消す。しかし雄大にはそれが効かない。

『暴喰』。魔力破壊の概念は、他者の干渉を許さない頑強さでもある。

 だからこそ、彼女との情事は脳に焼き付いたまま消えない。

 初めて女体を知った感触。彼女の口内に含まれた時の熱。

 白衣の下で重なり合った肌の温度。

 全てが忘れられない。忘れたくとも、

『暴喰』がその記憶すら噛み砕いて消化し、血肉に変えてしまうのだ。

 これがオスの悲しさか。己を喰らった女に、こうも弱い。

 

「……センセー、近いで」

 

「んふふ、遠慮しないで。私の診察は無料じゃないけれど、

 あなたには特別にサービスしておいてあげるわ」

 

 キリコの指が雄大の道着の胸元を割る。

 汗で張り付いた肌に、彼女の冷たい指が触れる。

 火傷しそうな熱と、氷のような冷たさのコントラスト。

 雄大の筋肉がビクリと反応する。

 

「……ワイは……病人やない言うとるやろ」

 

 声が震える。武人としての矜持が悲鳴を上げている。

 だが、股間の一物は別の意味で張り詰めようとしていた。

 記憶の中のキリコの唇、舌の動き、そして子宮の奥深さ。

 それらがフラッシュバックし、理性の堤防を内側から攻め立てる。

 

「体は嘘をつかないわ。ほら、ここがこんなに……」

 

 キリコの手が下へと滑り落ちる。

 その動きはまさしく医師の診察のようでありながら、

 妖婦の手付きそのものでもあった。

 

(あかん……思い出す……あの時の……!)

 

 雄大は歯を食いしばる。

 彼女との行為はいつも唐突で、そして圧倒的だった。

 白衣という聖なる法衣を纏いながら、その下は肉食獣。

 己の童貞を喰らい尽くしたその口唇は、甘美な毒を分泌していた。

 

 しかし、だからこそ雄大は立っている。

 流輝に屈しそうになるたび、彼女という「現実」が彼を引き戻した。

 甘やかされ、支配されることへの安堵ではなく、

 生々しい痛みと快楽が混ざり合った泥沼のような現実。

 それを知っているからこそ、流輝の与える陶酔に溺れきれないのだ。

 

「……センセー。ワイはあんたの実験台やないで」

 

「実験台? 人聞きが悪いわね。私はただ、あなたを治したいだけよ」

 

「治す? 何をや?」

 

「流輝くんに蝕まれた心を。そして……私に蝕まれた身体を」

 

 キリコは耳元で囁く。

 その息遣いが耳殻を舐めるように過ぎる。

 

「忘れさせてあげることもできるのに……あなたは頑固ね。

 だから『暴喰』なのかしら。何もかも噛み砕いて飲み込んでしまうんだもの」

 

 その通りだった。

 彼女の魔法が効かないのは、彼女が悪いのか、それとも彼が悪いのか。

 いや、どちらでもない。ただ相性が悪いだけだ。

 魔力を破壊する槍を持つ男と、水で人体を操る女。

 水は槍を受け流し、槍は水を切り裂く。交わることのない二つの異能。

 だからこそ、身体だけが交わるしかないのだ。

 

 雄大はゆっくりと息を吐く。

 汗と共に、僅かな理性を絞り出す。

 

「……今日は遠慮しとくわ。明日も早いさかいな」

 

 そう言って一歩退く雄大を見て、キリコは少し残念そうに目を細めた。

 しかしその瞳には、獲物を逃さないと決めた捕食者の色が宿っていた。

 

 

「あら、本当に?」

 

 言葉と共に、キリコはその細い指先を白衣の襟に掛けた。

 まるで舞台の幕が引かれるかのように、あるいは毒蛇が脱皮をするかのように、

 その布地はゆっくりと、しかし確信犯的な遅滞をもって彼女の肩から滑り落ちていく。

 白衣が床に落ちた音は、道場の靜寂の中で妙に大きく響いた。

 そして現れたのは、抑圧された布の下で息を潛めていた、

 はち切れんばかりの豊潤なる肉の地層であった。

 

「据え膳があるのに食べないの? ……なーんて、言っても正直なところ、

 あなたのような頑固な患者には、言葉だけじゃ満足できないわよね?」

 

 キリコは唇の端だけで笑った。

 ブラウスのボタンはすでに外されていたのか、

 白衣の下から現れたのは、薄いレースのカップに裁断された下着と、

 その枠からはみ出さんばかりに膨らんだ二つの白い大陸であった。

 数値では到底表現しきれない、むしろ物理法則を冒涜するかのような質量。

 重力に抗うように天を衝くその乳房は、

 しかし微かに揺れるたびに波打ち、熟れた果実の弾力を主張してやまない。

 乳首はレース越しにもその存在を知らしめており、

 淡紅の蕾が布地に押し付けられ、主張している様は、

 剥製にされた蝶の標本のように残酷な美しさを放っていた。

 

 雄大の視線は釘付けにされた。目を逸らそうとしても、

 網膜に焼き付いたその白い残像が裏返り、脳髄の奥底を抉っていく。

 彼の脳は、他者の干渉を拒む概念の障壁を持っている。

 だが、それゆえにこそ一度通過した情報は消去できない。

 キリコの体が、彼の記憶回路の中で暴走を始めるのだ。

 

 ブラウスはすでに床に這い、残るはスカートのみ。

 キリコは腰に手を当て、緩やかに骨盤を揺らす。

 嫋やかな柳腰から、雪峰のように盛り上がった臀部への遷移。

 その曲線は、蛇が獲物に巻き付く際のしなやかさと、

 砂丘が風に削られて造形された永遠性を同居させていた。

 スカートの下、ガーターベルトのストラップが太腿に食い込む様は、

 拘束されることの悦びを享受しているかのように見え、

 男の加虐心と被虐心を同時に刺激する悪趣味な演出であった。

 

「さぁ、どう? 診察室はここよ。

 ……ベッドがないけど、畳の上なら変な姿勢もできるでしょ?」

 

 彼女は一歩踏み出す。

 そのたびに、熟れた肉が揺れる。

 歩くたびに奏でられるはずの打撃音は、

 密着した太腿同士が生み出す湿った水音によってかき消されている。

 女体の放つ色気は、もはや想起の域を超え、物理的な圧力となって雄大の皮膚を圧した。

 白梅の香りは、今や肺胞を直接侵食する毒ガスへと変貌している。

 

 雄大は喉の渇きを感じた。

 いや、渇きではない。これは飢えだ。

 かつて彼女に喰われた記憶。口内に残る彼女の粘膜の感触。

 子宮の奥底まで到達した時の、あの熱と圧力。

 それらが実験データのように、正確かつ容赦なく彼の下半身へシグナルを送る。

 

(あかん……視線が……外せへん……)

 

 武人としての矜持が悲鳴を上げている。

 だが、雄としての本能はすでに鼻の穴を拡げ、

 発情期特有の浅ましい反応を示し始めていた。

 据え膳。目の前に置かれた極上の女肉。

 しかもそれは、かつて味を占めた覚えのある至高の糜爛。

 拒絶すべきは理性だが、肉体はすでに免疫を失っている。

 

 キリコは雄大の視線が乳房に吸い付いているのを見て取り、

 満足げに胸を反らした。その動作だけで、巨大な双丘は更なる空間を占拠し、

 谷間の影を深淵へと落とし込む。

 

「……可愛らしいわね、その顔。

 まるで『暴喰』の禁忌に触れて、自分自身の食欲に苦しんでいる子供みたい」

 

 彼女の指先が、胸の谷間をゆっくりと上下に撫で下ろす。

 その指は自らの肉体を愛撫しているのか、

 それとも雄大の視線を導いているのか。

 雄大の口腔から、乾いた音が漏れた。

 ◆◆◆

 

 

 キリコはゆっくりと歩み寄ると、立ち尽くす雄大の首に腕を回した。

 その仕草は医師が患者を安撫するそれでありながら、

 同時に女郎蜘蛛が獲物を絡め取る糸を張るかのように妖艶さ。

 白魚のような指先が、汗で濡れた雄大のうなじを撫でる。

 その冷たい感触が脊髄を駆け下り、腰の奥に重たい痺れをもたらす。

 彼女は長い睫毛を伏せ、ふっくりとした唇を雄大の眼前へと突き出した。

 拒絶ではない。許容だ。そして誘いだ。

 

「さぁ……どうする? ……私からは奪わないわよ。

 最後くらい、男の子の方から……っていう乙女心、尊重して」

 

 乙女心。この女がそんな繊細なものを持ち合わせているとは思えないが、

 その言葉は雄大にとって最後の、そして最も強力なトリガーとなった。

 据え膳に手をつけない男は、愚か者か修行僧か。

 生憎と雄大は愚か者ではあるが、欲求不満の健全な男子高校生だ。

 理性という名の薄氷は、すでに限界まで張り詰めていた。

 

「……あかん……これ以上我慢したら……ワイが壊れてまう……」

 

 雄大は低く呻くと、キリコの腰を力強く引き寄せた。

 ドスンと二つの肉体がぶつかり合う。

 汗ばんだ道着と、薄いレース越しの豊潤な肌。

 その摩擦熱が互いの体温を急速に上昇させていく。

 そして雄大は、逃げ場を失ったその唇へと、己のそれを重ね合わせた。

 

 触れた瞬間、甘美な電流が脳髄を焼き尽くした。

 

 柔らかい。あまりにも柔らかい。

 まるで熟れきった果肉を押し潰すかのような、圧倒的な弾力。

 キリコの唇は、ただ触れているだけでは飽き足らず、

 雄大の唇を包み込み、吸い付き、そして貪り始めた。

 

「んっ……ちゅ……んふぅ……」

 

 粘着質な水音が道場に響く。

 それは武人同士の剣戟音とは程遠い、

 獣が交わり合う際に発する卑猥で原始的なリズムだ。

 キリコの舌が、雄大の唇の隙間からするりと侵入してくる。

 その動きは蛇のようでありながら、決して冷酷ではない。

 むしろ熱烈で、執拗で、そして何より滑らかだった。

 

 口腔内という未知の領域を蹂躙する舌先は、

 雄大の歯列をなぞり、歯茎を撫で、そして頬の内側をねっとりと塗り替えていく。

 それはキスというよりは、侵略だ。領土侵犯だ。

 しかし、その侵犯は心地よい。

 キリコの唾液は、ただの体液ではない。聖油だ。

 あるいは致死量の快楽を含んだ麻薬だ。

 それが口腔内に広がるたび、雄大の筋肉は弛緩し、

 同時に下半身の筋肉だけは異様なほどに硬直していく。

 

「あぐっ……んんっ……!」

 

 雄大も抗おうとした。彼の『暴喰』はあらゆる魔力を喰らい尽くす。

 だがこれは魔力ではない。生々しい肉体の欲望だ。

 彼は自分の舌でキリコの舌を受け止め、絡め取ろうとした。

 だがキリコの手管は一枚上手だった。

 彼女は雄大が絡めようとするたびにひらりと身をかわし、

 より深く、より敏感な場所へと潜り込んでくる。

 まるで水のように。あるいは液化した欲望そのもののように。

 

 甘い。唾液が甘い。

 それは決して砂糖のような甘さではない。

 鉄錆びと塩分と、そして女特有のフェロモンが煮詰まったような、

 背徳的な甘さだ。それを嚥下するたびに、

 喉の奥から胃袋へと熱い塊が落ちていく感覚に陥る。

 

(あぁ……ワイは……喰われとるんやない……喰っとるんや……!)

 

 雄大はハッとした。

 そうだ。自分は受動的な存在ではない。

『暴喰』を持つ男だ。目の前の極上の女体という餌を前にして、

 ただ口を開けて待っているだけなどあってはならないのだ。

 

 雄大は強引にキリコの頭を押さえつけ、

 逃げ場をなくした舌を根元から吸い上げた。

 

「んんっ?! ふぅぅ……っ!」

 

 キリコから初めて驚きと喘ぎが漏れる。

 その瞬間、主導権が逆転したかのように思えた。

 だが、それすらも彼女の掌の上だったのかもしれない。

 キリコは雄大の首に回した腕に力を込め、さらに深く口付けを重ね合わせる。

 

 互いの呼気が混ざり合い、瞳孔が開いていく。

 視界が白濁し、思考が融解していく中で、雄大は確かに感じていた。

 この女毒茸のようなキスこそが、今の自分に必要な特効薬なのだと。

 流輝という絶対者に与えられた「無」ではなく、

 この生々しく濃厚な「有」こそが、己の足で立つための汚れなき燃料なのだと。

 

 長い、長い口付けが終わった時、

 二人の唇は銀色の糸で繋がれていた。

 それはまるで、切断されたはずの運命を再び縫い合わせた手術糸のようであった。

 

 

 銀色の糸が、ふっと切れた。

 それは二人の間に張られていた最後の理性の堤防が決壊したことを告げる合図だった。

 切れ端がキリコのふっくらとした下唇の端に垂れ、ランプの光を受けて妖しく煌めく。

 その唾液の痕跡すらも、雄大の視神経を逆撫でする媚薬となっていた。

 

「んっ……ふふ……」

 

 キリコの喉の奥から、湿った笑声が漏れる。

 それは聴診器で拾われる心音のように低く、そして甘い。

 今の彼女は、もはや冷徹な『白衣の騎士』ではない。

 処方箋を書く指先が乱れ、医師としての理知が快楽の泥濘に沈んだ、

 ただの欲求不満な雌猫だ。

 キスの余韻で上気したその顔は、見てはいけないものを見てしまったかのような、

 あるいは見せてはいけないものをあえて晒しているかのような、危うい美しさを放っていた。

 

 蜂蜜色の長髪は乱れ、白魚のような頬にかかっている。

 その頬は熟れた桃のように紅潮し、熱を持っていることが一目でわかる。

 通常、彼女の肌は陶器のように白く冷たい印象を与えるが、今は違う。

 血の気が巡り、毛穴の一つ一つが呼吸をしているかのように生々しい。

 その赤みは羞恥か、それとも興奮か。

 おそらくその両方だろう。

 羞恥によって理性が麻痺し、興奮によって本能が剥き出しになる。

 そのアンビバレントな表情こそが、男という生き物を狂わせる最大の毒なのだ。

 

 そして何より雄大を魅了したのは、その瞳だった。

 翡翠の瞳は潤み、焦点が甘く溶け合っている。

 しかしその奥底には、捕食者としてのギラギラとした光が残っている。

 医師として患者を見下ろす視線ではなく、

 メスがオスを挑発し、そして貪ろうとする視線。

 まつ毛が震え、涙の膜が瞳を覆うことで、

 その視線はより一層ねっとりとした粘着質を帯びて雄大に絡みついてくる。

 

「……どう? 私の味。まだお口に残ってる?」

 

 彼女は舌先で唇を舐め回した。

 その仕草は無意識なのか、計算されたものなのか。

 おそらく彼女自身にも区別がついていないのだろう。

 なぜなら今の彼女は、己の身体が疼くままに動いているだけなのだから。

 唾液で濡れた唇は、まるで飴細工のように艶やかに光り、

 男を誘い込む入口であることを全身で主張している。

 

 この女は危険だ。

 理性が告げている。彼女に嵌められたら最後、二度と抜け出せないと。

 だが、同時に別の声が囁く。

 危険だからこそ、美味いのだと。

 毒茸こそが至高のご馳走であるかのように。

 

 雄大の中で、何かが弾けた。

 これまで彼を縛り付けていた流輝への敗北感という名の呪縛が、

 目の前の極上の女肉という強烈な現実によって粉砕されていく。

 流輝に与えられた「修正」という屈辱的な快感ではなく、

 自らの手でこの女を征服し、貪り尽くすという暴力衝動。

 それこそが、今の彼に足りないものだったのだ。

 

(ワイは……喰らう側や……!)

 

『暴喰』。魔力を破壊し喰らうその槍は、

 己の飢えを満たすためだけに存在しているわけではない。

 目の前の雌という名の獲物を、骨の髄までしゃぶり尽くすためにあるのだ。

 

 雄大は低く唸った。

 それは獣の唸り声であり、戦場での雄叫びであり、

 そしてベッドでの喘ぎでもあった。

 彼の手がキリコの腰を掴む。もはや躊躇いはない。

 ただひたすらに、貪欲に、この雌肉を我が物にするという渇望のみが彼を駆動させる。

 

「……センセー。あんたのその顔……たまらんで」

 

 雄大は歯を剥き出しにして笑った。

 それは武人の笑顔ではなく、餌に飛びつく野獣の相貌であった。

 

「覚悟しとけや。ワイの『暴喰』は……魔力だけやないんやで?」

 

 宣告と同時に、雄大はキリコを畳の上へと押し倒した。

 ◆◆◆

 畳の藺草の感触が背中に食い込む。

 それは病院の清潔すぎるベッドとは対極にある、土と汗の匂いが染み付いた粗末な寝床だ。

 だが、今のキリコにとっては、それが何よりの特等席だった。

 なぜならば、その上に覆いかぶさってくる男こそが、

 彼女にとって唯一無二の処方箋なのだから。

 

「んっ……!」

 

 雄大の手が、ブラウスの残りを力任せに剥ぎ取った。

 ボタンが一つ飛び、畳の上に乾いた音を立てて転がる。

 その乱暴さは、繊細な診察とは無縁のものだった。

 しかし、その荒さこそが今のキリコには何よりのご褒美だった。

 彼女の白磁のような肌に、雄大の日焼けした掌が押し付けられる。

 その温度差は、まるで火傷しそうなほどに熱い鉄柱と、

 冷やされた氷柱が触れ合うかのような激しさだ。

 

「センセー……あかんわ……もう我慢の限界や……」

 

 雄大は荒い息を吐きながら、キリコの豊満な胸へと顔を埋めた。

 レースという名の薄い結界は、彼の熱意によってあっけなく破られ、

 その下にある極上の果肉が露わになる。

 淫らな肉量が雄大の顔ごと包み込むかのように迫り来る。

 乳肉が彼の頬を挟み込み、息をするたびにその弾力を主張してくる。

 

「あぁ……そこ……いいわ……もっと……強く……」

 

 キリコは雄大の頭を抱きかかえ、さらに深く胸へと押し付けた。

 まるで母親が子供をあやすかのような仕草でありながら、

 その眼差しには母性など一片もない。

 あるのは、ただひたすらに雄を貪欲に求める雌の光だけだ。

 

(あぁ……この顔……この笑顔……)

 

 キリコの脳裏に、かつての雄大の姿がフラッシュバックする。

 両足の機能を失い、絶望の淵にありながらも、

 地獄のリハビリを乗り越え、弱音一つ吐かずに立ち上がった時のあの笑顔。

『ワイはまだ、立てるやろ?』

 そう言って彼が見せた清々しいまでの笑顔は、

 キリコの心に深く刻み込まれた傷跡となり、そして同時に愛おしい烙印となった。

 

 

 患者のためなら女肉を与えることを躊躇わない。

 ……ソコに乙女心というか、仄かな思いが無いわけではないが。

 ソレ以後は、患者の性欲処理も見抜きが主流になった事との

 因果関係は決して考えてはならない。

 彼女の子宮が真に渇望しているのは、この男一人なのだ。

 

「んふふ……諸星くん……あなたは本当に愚かね……」

 

 キリコは甘く囁きながら、雄大の耳元に舌を這わせた。

 蛇が獲物を絡め取るように、あるいは医師が患部を検分するように。

 その舌は長く、湿っており、雄大の鼓膜を直接震わせるかのような蠢きを見せる。

 

「私のような毒茸を……そんな風に貪っていいのかしら?」

 

「 ワイは『暴喰』やねん! 毒ごと喰らったるわ!」

 

 雄大は叫ぶと、キリコのスカートをまくり上げた。

 ガーターベルトに拘束された太腿が露わになる。

 白く滑らかな肌と、黒い革の拘束具のコントラストが、

 雄大の視神経を焼き尽くすほどのエロティシズムを放っている。

 

「せやから……遠慮はせえへん! 喰らい尽くしたる!」

 

 雄大の手が下着の中へと潜り込む。

 すでに湿り気を帯びた秘所へ。

 溢れ出る愛液は、彼女自身の欲望の証だ。

 指が秘唇を割り開き、内部へと侵入する。

 

「あぁぁっ! そこ……! いい……!」

 

 キリコは背中を反らし、畳を掻きむしった。

 痛みと快楽が混ざり合った叫びが道場に響く。

 それは武人同士の剣戟音よりもずっと淫らで、ずっと生々しい音だった。

 

 雄大は躊躇わない。

 彼の手はまさしく『暴喰』のごとく、

 キリコの身体という名の魔力を破壊し、貪り尽くさんとしていた。

 その激しさは、流輝への敗北感という呪縛を振り払うための儀式でもあった。

 彼はこの雌肉を征服することでしか、

 己が再び立ち上がるための座標を見出せないのだ。

 

(あぁ……いいわ……もっと……壊して……!)

 

 キリコは恍惚とした表情で雄大を見上げた。

 医師としての彼女は消え失せ、ただ快楽に溺れる一人の女だけがそこにいた。

 彼女の乙女心などという微かなものは、

 すでに沸騰した血液の奔流によってどこかへ押し流されてしまっている。

 残るのはただ、雄大という男に徹底的に玩ばれたいという倒錯した願望だけ。

 

 二人は互いに貪り合う。

 医師と患者でもなく、先輩と後輩でもない。

 ただのオスとメスとして。

 道場には汗と愛液と欲望が混ざり合った濃密な空気が充満し、

 それは二人を包み込む不可視の結界となっていた。

 

 ◆◆◆

 

 

 雄大は下着を引き裂くようにして脱ぎ捨てた。

 そこから現れたのは、彼の人間性を疑うほどに激しく脈打つ、赤銅色の凶器だった。

 雄大はキリコ以外の女を知らない。

 だからこそ、己のそれがどれほど異常なまでに完成されているのか気づいていない。

 筋肉質で引き締まった体格と同じようにしっかりしていて少し大きめ。

 そのサイズ感は決して暴力的なまでに巨大ではないが、

 女性器という繊細な器官を完璧に充たすのにこれ以上ないという絶妙なバランスを保っている。

 頼りがいのある、まさに男の象徴。

 

 だが、真に恐るべきはその「質」だ。

 キリコはリハビリにかこつけて、この肉棒を己の身体だけに適合するように

 入念かつ執拗な調教を施していたのだ。

 亀頭の裏側、カリの溝、尿道口の下──これらの性感帯をピンポイントで刺激し、

 キリコの粘膜に触れた時だけに最大限の快楽を放出するように

 神経回路を書き換えられている。その事実など想像すらしたことがない雄大は、

 ただ己の欲望が疼くままに腰を振るうのみ。

 

「んふふ……元気ねぇ……私のためにこんなに硬くなって」

 

 キリコはねっとりとした手つきでその柱を包み込んだ。

 掌に伝わる熱量はまるで溶鉄のよう。

 血管がボコボコと浮き上がり、雄大の心臓の鼓動そのものを伝えてくる。

 キリコの手の中で、それは勝手にビクビクと跳ね、先走りの液を吐き出し始めた。

 それは雄大の欲望であり、同時にキリコの仕上げた芸術品の証明でもある。

 

「センセー……もう、あかん……! 入れたる……!」

 

 雄大は待ちきれずに腰を進める。

 脚を大きく開き、迎え撃つ姿勢は処女膜を捧げたあの日と変わらないキリコ。

 

(さぁ……おいで。私だけのために育てられた可愛い仔虎ちゃん)

 

 先端が秘唇を割り開き、内部へと侵入する。

 その瞬間、キリコの顔が恍惚と歪んだ。

 合っている。完璧に合っている。

 キリコの子宮口の角度に合わせてほんのわずかに反り返ったその形状は、

 ズブズブと奥へと沈んでいくにつれ、

 的確にキリコの最も敏感なスポットを擦り上げていくのだ。

 それはオーダーメイドの鍵が鍵穴にはまるかのような、

 あるいは欠けたパズルのピースが嵌まるかのような、生理的かつ精神的な充足感。

 

「あぁぁっ! くるっ……! そこ……そこぉっ!」

 

「どうやセンセー! ワイの槍! 食らいきれるかっ!」

 

 雄大は獣のように腰を振る。

 今、彼の肉棒はキリコの女肉を喰らい尽くさんとしていた。

 出し入れを繰り返すたびに、粘着質な水音が道場に響き渡り、

 白濁した愛液が雄大の股間を塗りたくる。

 

(あぁ……いい……最高よ……私の作品……私だけの……!)

 

 キリコは雄大の背中に爪を立てる。

 痛みが雄大をさらに煽る。

 彼は知らない。己がただ快楽に溺れているだけではなく、

 キリコという蜘蛛の巣に完全に絡め取られ、

 飼い慣らされているという事実を。

 彼の中にある「槍」は、もう二度と彼自身のものではないのだ。

 

 だが、それがどうしたというのだろう。

 今の雄大にとって、この快楽こそが真実なのだから。

 流輝という高みに届かない苛立ちも、

 過去のトラウマも、すべてこの交わりの中で溶かされ、

 ドロドロとした本能だけが残る。

 

「ワイは……喰らうでぇぇぇっ! キリコぉぉっ!」

 

 雄大の咆哮と共に、肉棒が最奥へと叩き込まれる。

 子宮口という扉を容赦なく蹴破り、精液という名の弾丸を連射する。

 それは征服であり、屈服であり、そして愛そのものだ。

 ◆◆◆

 

 

 雄大の肉棒が、血管が爆ぜるほどに膨張し、限界点に達した。

「暴喰」の名に相応しく、彼は全てを吐き出し、全てを喰らうかのように、

 キリコの子宮という名の器へと己の魂の殻を注ぎ込んだ。

 

「くぅぅぅっ! 出るっ! 出るでぇぇぇっ!」

 

 ドクン、ドクン、ドクンっ! 

 脈動するたびに放たれるのは、ただの白濁液ではない。

 それはキリコが長年のリハビリという名の調教を経て練り上げさせた、

 孕ませるためだけに特化された猛毒であり、同時に聖水であった。

 粘度は高く、熱を持ち、そして何より彼女の子宮という土壌でだけ芽吹くように

 調整された精子たちが、怒濤の勢いで子宮腔内へと雪崩れ込んでいく。

 

「あぁぁぁっ! きてるっ! きてるわぁぁっ!」

 

 キリコは仰け反り、雄大の背中に爪を食い込ませた。

 子宮口という扉は、雄大の先端によってこじ開けられ、

 注がれる精液を一滴たりとも漏らすまいと貪欲に吸い付いていた。

 

 子宮内はたちまち白濁に満たされる。

 しかし、それはそのまま留まるわけではなかった。

 キリコの子宮は、すでに彼女の魔力による改造を受けていたのだ。

『水』を操る彼女は、自らの体内環境さえも支配下に置いている。

 注がれた精液は、彼女の子宮内膜という肥沃な大地に触れた瞬間、

 活性化し、卵子へと殺到する。そしてその役割を終えた後も、

 無駄になることはない。彼女は子宮内に、過去に注がれた精液たち──

 すでに受精し、微細な生命の核となったものたちを保存するための

「待機場所」を造り出していたのだ。

 

 それはまるで、愛する男の種を絶対に手放さないと誓った

 女の執念が生み出した物理的な牢獄であり、揺り籠であった。

 愛液と羊水に守られたその空間で、雄大の分身たちは眠りにつく。

 生まれる時を待って。

 

(あぁ……また……注がれてる……私の中に……この人の一部が……)

 

 キリコは子宮の奥底に広がる重みと熱量を感じながら、

 至福の表情を浮かべた。彼女の体質改善という名の暴挙は、

 雄大の精液を彼女以外の女には決して適合しないものに変え、

 逆に彼女自身も雄大以外の精液を受け付けない体へと変貌させていた。

 もう雄大はキリコ以外に種付けられない。

 そしてキリコもまた、雄大以外の男では満たされないのだ。

 

(ふふ……なんて重い女かしら……私って)

 

 自嘲が漏れる。好きな男の種を処分できないなんて。

 いや、処分するつもりなど毛頭ない。

 むしろ、この子宮という器いっぱいに彼の存在を刻み付け、

 体内で彼を増やし続けることにこそ、至高の悦びを感じているのだから。

 

「はぁ……はぁ……センセー……ワイ、死ぬかと思ったわ……」

 

 雄大は力尽き、キリコの豊満な胸の上に崩れ落ちた。

 彼は何も知らない。己が放った種が、この女の中でどれほど大切に保管され、

 そして未来へと紡がれようとしているのかを。

 彼にとってこれはただの性欲処理であり、あるいは慰め合いだ。

 だがキリコにとっては、契約なのだ。血と肉と精液で結ばれた、永遠の隷属契約。

 

「んふふ……大丈夫よ。さっきみたいな不自然なリラックス状態はどこにもない。

 私が保証するわ、今の彼は間違いなく絶好調よ」

 

 キリコは雄大の髪を撫でながら、愛おしげに呟いた。

 その翡翠の瞳には、医師としての冷徹さと、

 一人の女としての狂気じみた愛情が同居していた。

 道場には雨音と、二人の湿った呼吸音だけが響いていた。

 それは誰にも知られざる、暗い情事の幕切れであった。

 ◆◆◆

 

 

 雨は三日三晩降り続き、廃棄都市の瓦礫を黒く濡らしていた。

 

 かつて人々が暮らし、笑い、そして見捨てたこの街は、

 今や解放軍(リベリオン)の支配する死の箱庭と化している。

 崩れかけたビル群は墓標のように立ち並び、ひび割れたアスファルトからは雑草が生い茂る。

 その緑だけが、この死んだ街における唯一の生命の証だった。

 

「浪速の星、諸星雄大。前方の敵陣、突破するで!」

 

 無線機から飛び込んできたのは、若い通信士の悲鳴じみた叫びだった。

 状況は絶望的だ。味方の学生騎士たち勿論、大人のプロ騎士ですら、

 この狂った戦場に怯えている。解放軍が投入した戦力は、想定を遥かに超えていた。

 魔導騎士だけではない。非伐刀者の信奉者たちが操る重火器、

 そして改造された戦車までもが、雨に煙る街角から火を噴いているのだ。

 

 しかし、諸星雄大の足は止まらなかった。

 

「アホ抜かせ! こんなもん、戦場の内にも入らへんわ!」

 

 雄大は叫ぶと、大槍『虎王』を携えて瓦礫の山を駆け上がった。

 関西弁が戦場に響き渡る。その声には恐れもなければ迷いもない。

 あるのはただ、戦いそのものを喰らい尽くさんとする飢餓感だけだ。

 彼の肉体が、雨に打たれながらも異様な熱を放っている。

 それはまるで、死地にこそ滾る獣のそれであった。

 

 彼の強さは、ただの破壊力ではない。

『魔力破壊』を体現する概念干渉係の伐刀絶技『暴喰(タイガーバイト)』。

 この異能こそが、彼を戦場という名の屠殺場における無二の捕食者たらしめているのだ。

 

 敵の伐刀者が放つ遠距離魔術が、光の奔流となって雄大に迫る。

 それはプロ騎士ですら回避するしか無いほどの熱量だ。

 しかし雄大は、障壁すら張らない。『虎王』の穂先を軽く回転させ、

 その切っ先で魔術の奔流を「斬った」のだ。

 

「な、なにぃっ!?」

 

 敵の伐刀者が驚愕の声を上げる。魔力が、分解される。

 火球も、氷槍も、雷撃も、その根源たる魔力そのものが『暴喰』によって噛み砕かれ、

 四散していくのだ。雄大の前では、あらゆる魔術が無力に等しい。

 

「舐めるんやないでッッ!」

 

 雄大の反撃は一瞬だった。『虎王』を投擲する。

 それは槍というよりはもはや弾丸だ。

 空気を切り裂く音すら追いつかぬ速度で放たれた穂先が、敵の固有霊装を粉砕する。

 霊装を破壊された伐刀者は、魂を直接殴られたかのような衝撃に意識を手放した。

 

 雄大は手元に戻ってきた『虎王』を掴むと、次の獲物を探す。

 彼の動きには無駄がない。かつて流輝に指摘された「泥臭さ」は、今や削ぎ落とされ、

 研ぎ澄まされた殺意へと昇華されていた。

 しかし、その根底にあるのは、やはり泥臭いまでの生への執着だ。

 

「ひっ……! こ、こいつ……化け物かよ……!」

 

 非伐刀者の信奉者たちが、機関銃を乱射する。

 鉛の弾丸が雨と共に雄大へと殺到するが、彼の肉体に到達する前に、

 すべて見えない壁に阻まれて落下した。恒常魔力圏。

 高位の魔導騎士である彼にとって、通常兵器など児戯に等しい。

 

 雄大は嗤う。それは戦場でしか味わえない、死と隣り合わせの昂揚感だった。

 

(あかんわ……これ……クセになる……!)

 

 彼の脳裏に、ふとキリコの顔が浮かんだ。あの白衣の堕天使。

 彼女の肉体に埋もれ、子宮の奥深くまで己の全てを注ぎ込んだあの夜。

 あの生々しい「生」の感触が、今、この死地において雄大を支えている。

 死の恐怖よりも、生の悦びが勝っているのだ。

 

「ワイは……まだまだ喰い足りへんでぇっ!」

 

 雄大は咆哮し、戦車へと突撃した。戦車が主砲を向ける。火線が走る。

 しかし、雄大の『虎王』はその砲弾すらも両断した。

 研ぎ澄まされ昇華した魔力破壊の概念は、火薬の爆発という物理現象にすら干渉する。

 次の瞬間、雄大の槍が戦車の装甲を紙のように引き裂き、内部の信奉者たちを無力化した。

 

 爆発が起きる。瓦礫が崩れ落ちる。

 その中を、雄大はまるで凱旋するかのように悠然と歩く。

 彼の強さは、ただの戦闘力ではない。絶望的な状況下でこそ輝く、

 死んでも立ち上がる不屈の精神。そして、それを支える背徳的なまでの性の記憶。

 それらが混ざり合い、彼を無敵の槍へと変貌させているのだ。

 

 通信士たちは言葉を失っていた。

 プロの騎士たちも、ただ呆然とその背中を見つめるだけだ。

 

「諸星……お前、本当に学生かよ……」

 

 誰かが呟いたその言葉は、雨音にかき消され、誰にも届くことはなかった。

 

 戦場に、雄大の高笑いだけが木霊する。

 それは、死を喰らい尽くす者の、饗宴の始まりに過ぎなかった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 瓦礫の山を駆け上がり、雨を裂き、敵を砕くその姿はまさしく修羅。

 若い。無骨だが、盤石。

 オールバックの白髪混じりの黒髪を整髪料で固め、

 老眼鏡の奥から鋭い眼光を覗かせている初老の男、鷲田正晴は、

 瓦礫の影からその修羅を冷ややかに見つめていた。

 

「……ほぉ、あれが『浪速の星』か。確かに明るい。

 じゃが、明すぎる星は眼下の泥を照らせん。足元がおろそかになっておるわ」

 

 鷲田の手中にある愛刀、妖刀『斬影丸』が微かに震えている。

 それは殺意ではなく、共鳴だ。強者への、あるいは同類への。

 かつて自身もそうだった。無魔力ゆえに蔑まれ、泥水を啜って生き延びた。

 その執念だけで今の地位にある男にとって、雄大の泥臭さは眩しすぎた。

 

「鷲田さん! 諸星雄大の進行、止まりません! 

 Bランク騎士の魔力破壊は、我々の重火器を一切通しません!」

 

 傍らの信奉者が恐慌を抱いて叫ぶ。

 鷲田はゆっくりと、まるで壊れた玩具を憐れむように首を振った。

 

「当たり前じゃ。通常兵器で削り取れるなら、そもそもBランクじゃないわ。

 ……せやけど、手はある。アホな上層部がよこした、あの『淫夢』のような兵器がな」

 

 鷲田は無線機のスイッチに指をかけた。

 嫌悪感が胸の奥で渦を巻く。使いたくない。

 あれは兵器ではない。欲望の塊だ。

 だが、こうなっては選択肢はない。

 若い命を散らすよりは、冒涜の刃を振るう方がまだマシか。

 

「……第九機甲班、キメラ戦車、投入せよ。忌々しいが、祝砲や。盛大に鳴らしたれ」

 

 指令が飛ぶ。そして数秒後。

 廃棄都市の奥、闇よりも深い影の中から、それが這い出てきた。

 

 金属の軋む嫌な音。肉が裂け骨が砕ける湿った音。

 それらが不協和音を奏でる中、異形の影が雨煙を切り裂いて現出した。

 戦車。かつては鉄の城郭と呼ばれた殺戮兵器。

 だが、今は違う。

 それはもはや機械ではなく、醜怪な生物だった。

 

「……ほれ見ろ。あれが人間の狂気が生み出した『新品種』や」

 

 鷲田は自嘲気味に呟く。

 木人兵という魂なき命が抱えたバグ、「繁殖」という狂気じみた変質。

 それは人間のみならず、無機物であるこの戦車にまで及んでいたのだ。

 執拗な求愛によって戦車の鋼鉄の装甲は無惨に破られ、

 内部の搭乗員は苗床と化した。

 機械と植物、そして人間の肉体が融合した「異形(キメラ)」。

 それが今、重油と鮮血と樹液が混ざり合った粘着質な体液を

 泡立てながら、濡れたアスファルトの上を這いずってくるのだ。

 

「うわっ……! な、なんだありゃあ!?」

 

 味方の信奉者たちが悲鳴を上げる。

 無理もない。主砲からは鮮やかな極彩色の花が咲き誇り、

 甘ったるい蜜を垂れ流しているのだ。

 戦車の主砲という破壊の象徴が、生殖器官のそれへと変貌している。

 履帯の隙間からは鬱蒼とした蔦が内臓のごとく溢れ出し、

 砂礫を締め上げながら車体を侵食している。

 装甲板の継ぎ目からは、黒い重油、赤い鮮血、

 そして緑色の樹液が混ざり合った粘着質な体液が漏れ出し、

 大地を汚染していく様は、

 まるで巨大な内臓が傷口からはみ出しているかのようだった。

 

「……キショいのぉ。見とるだけで吐き気がするわ。

 ……まぁ、お前らには恰好の餌やろ」

 

 鷲田は眼鏡のブリッジを押し上げた。

 キメラ戦車は、生存本能を捨て去り、ただ生殖本能のみに突き動かされた畜生だ。

 照準装置の代わりに埋め込まれた充血した単眼が、

 赤外線などではなく、敵の発する戦意という名の

「発情フェロモン」を嗅ぎつけ、ぎょろりと雄大を捉えた。

 

 砲塔が回転する。

 だが、その音は乾いた金属音ではない。

 軋む骨盤と、濡れた粘膜が摩擦し合う淫靡な水音だ。

 まるで発情した雌が腰を振る音に似ている。

 妊娠腹のように装甲板が波打ち、産道のごとき砲身の奥から、

 濃厚で生々しい生命の塊が揉み出されていく。

 

「皆引くんや! あれは砲弾やない! 

 精液じゃ! 敵を苗床にするための、冒涜的な種じゃ!」

 

 鷲田の警告が届くか否か。

 ズブ濡れの鉄の萼が花弁のように卑猥に開き、

 その奥底にある深紅の雄蕊が震えた。

 そして発射。

 白濁した粘液を纏った鋭い枝(挿し木)が、空中へ矢継ぎ早に放たれる。

 それは物理的な破壊力よりも、新たな汚染を撒き散らす侵略の精液として機能する。

 砂に触れた挿し木は、甘い香りのする白煙を上げながら瞬時に根を張り、

 臓腑の蠕動のような醜怪な脈動と共に大量の「繁殖型変異体」を生成し始めた。

 

「……さぁ、始まりや。

 鋼鉄の硬直と植物の柔軟、相反する生殖衝動が交配して生まれた夜の宴。

 死ぬか、孕むか。選べるほどお前は賢くないやろ?」

 

 鷲田は冷ややかに、しかしどこか期待を込めて戦場を見下ろしていた。

 彼の妖刀が、自分自身の過去のトラウマを斬り裂くように、

 頼りなくも力強く震えていた。

 

 ◆◆◆

 

 

 甘い香りを撒き散らしながら、白煙と共に地面に突き刺さった「挿し木」。

 それはまるで、処女の地に突き立てられた冒涜的な楔だった。

 次の瞬間、大地が痙攣したかのように脈動し、

 粘つく土と血と樹液が混ざり合った泥沼から、「それ」らが這い出てきた。

 

 繁殖型変異体。

 通常の木人兵が「戦闘」という目的のために生み出された規律ある兵士だとすれば、

 彼らはただ一つの目的「繁殖」のためだけに生を受けた欲望の塊だ。

 灰褐色の肌は鬱血したように黒ずみ、

 その表面には浮腫んだ血管がミミズのように這い回っている。

 瞳は虚ろな翡翠色ではなく、血走った赤黒色に染まり、

 ギラギラとした発情期特有の凶悪な光を放っていた。

 

 そして何より特筆すべきは、その身体構造だ。

 彼らには性別があるようでない。

 男のような筋肉質な個体もあれば、女のように豊かな脂肪を持つ個体もある。

 だが共通しているのは、全身の至る所から

「種付け」のための器官が露出していることだ。

 股間からは勿論、肩から、背中から、

 あるいは口の中からすら、尖った枝が勃起したペニスのように突き出している。

 彼らは歩く交尾器具。森全体が一つの巨大な性器となって襲いかかってくるようなものだ。

 

「ひぃぃっ! なんだこいつら! 離せ! 離せよぉっ!」

 

 若い学生騎士の悲鳴が響く。

 彼の脚にツタが絡みついた。それは単なる拘束ではない。

 愛撫だ。太腿の内側をねっとりと撫で回し、

 股間の急所を的確に探り当てる卑猥な手つきだ。

 

「あぐっ! そ、そこ……! やめ……あぁぁっ!」

 

 ツタの先端がズボンを食い破り、下着の中へと侵入する。

 そして容赦なく肛門へとねじ込まれた。

 先端が内壁を擦り上げ、前立腺を的確に刺激する。

 苦痛と快楽が同時に走り、学生騎士は白目を剥いて悶絶した。

 

 女性騎士たちも無事ではなかった。

 彼女たちを狙った繁殖型変異体は、より執拗だった。

 豊満な胸を鷲掴みにし、乳首をつまみ上げながら、

 脚を無理やり開かせて秘所へと頭を埋める。

 長く分岐した舌のようなツタが、花びらを割り開いて侵入し、

 子宮口という扉をこじ開けようと蠢く。

 

「いやぁっ! 入ってくる! 何か入ってくるぅっ!」

 

 彼女たちの絶叫は、悲鳴か喘ぎか判別がつかないほどに甘く濡れていた。

 鎧は引き裂かれ、肌が露わになる。そこへ白濁した樹液が吐きかけられ、

 粘着質な音を立てながら肉体を侵食していく。

 

 雄大はその惨状を目の当たりにし、戦慄した。

 

(なんやこれ……なんやこれぇっ!?)

 

 これは戦争ではない。集団凌辱だ。

 殺し合いではなく、孕ませ合いだ。

 老若男女問わず、あらゆる生物を苗床と化すこの狂気。

 理解できない。理解したくない。

 だが、身体は正直に反応してしまう。

 そのねっとりとした光景は、雄大の中にある

 キリコとの記憶というスイッチを無理やり押し込もうとしているかのようだ。

 

「舐めるんやないでぇぇっ!」

 

 雄大は吼えた。拒絶だ。怒りだ。

 己の中の欲望に抗うように、『虎王』を振り上げる。

 

「ワイの前で……こんな……淫らな真似……許さへんでぇぇっ!」

 

『暴喰』が火を噴く。

 魔力破壊の概念は、物理的な破壊だけでなく、

 この「繁殖」という魔力による干渉すらも無効化する。

 迫りくるツタを薙ぎ払うと、それはまるで枯れ木のように砕け散り、

 飛び散った樹液すらも蒸発していく。

 

「ワイは……喰らう側や! 喰われる側やないんやぁぁっ!」

 

 雄大の槍閃が唸る。

 それはキリコに注ぎ込んだ熱量と同じ、

 あるいはそれ以上の激しさで、この冒涜的な森を切り裂いていく。

 

 だが、繁殖型変異体は無尽蔵だ。

 倒しても倒しても、キメラ戦車という母体から

 新たな種が射出され続ける限り、この悪夢は終わらない。

 

 鷲田正晴は瓦礫の上で冷ややかに笑った。

 

「さぁ、どうする『星』ちゃんや。

 その槍で、欲望の海をどこまで切り裂けるかな?」

 

 雨は激しさを増す一方だった。

 それはまるで、止むことのない涙のように、

 あるいは誰かの愛液のように、

 二人の戦士と冒涜の森を冷たく濡らし続けていた。

 ◆◆◆

 

 氷堂美鈴は、泥水を啜って生きてきた。

 

 孤児院の薄汚れた壁に囲まれ、与えられる愛情も食事も最低限。

 そんな地獄で彼女を救ったのは、顔も知らぬ両親が遺した二つの遺産だった。

 一つは伐刀者としての資質。もう一つは、見る者すべてを釘付けにする美貌と肉体。

「あんたは恵まれてるわね」と、妬みを込めて孤児院の年長者たちは言った。

 恵まれている。その言葉に、美鈴はいつも唇を噛み締めた。

 これは恵みではない。呪いだ。這い上がるための、たった二つの武器に過ぎない。

 彼女はこの武器を磨き続けた。伐刀者としての能力を極限まで高め、

 Cランク騎士の地位を手に入れた。それは努力の結晶だった。

 しかし、それだけでは足りない。彼女は知っていた。

 この男社会において、女は強さだけでは認められない。

 美鈴は、自らの肉体という武器も躊躇なく活用した。

 細く括れた腰と、重力に逆らうかのように形良い双丘。

 長い手足はバレエダンサーのようにしなやかで、肌はきめ細かく、透き通るように白い。

 彼女はそれを恥じることなく、時に上官への夜伽の道具として差し出した。

「体はただの道具だ」と自分に言い聞かせて。

 心を殺し、痛みを無視し、ただひたすらに「生き抜く」という目的のためだけに、

 彼女は自らの全てを切り売りしてきたのだ。

 その結果が、今この戦場だった。

「来るな……来るなぁっ!」

 美鈴は必死に固有霊装である細剣を振るう。

 氷の刃が空気を切り裂き、迫り来る繁殖型変異体の触手を凍らせては砕く。

 しかし、数が多すぎる。彼女の冷気は、相手の熱量に圧倒され、

 じりじりと後退を余儀なくされていた。

「氷堂! 伏せろ!」

 仲間の騎士が叫んだ瞬間、戦車の砲撃が美鈴のすぐ脇で炸裂した。

 爆風で彼女の身体は吹き飛ばされ、瓦礫の山に背中を打ちつける。

 衝撃で剣は手から離れ、ガチャリと音を立てて遠くに落ちた。

「あっ……!」

 起き上がろうとした瞬間、足首に粘つく感触が絡みつく。

 見れば、地面から生えた無数のツタが、彼女の白いふくらはぎを這い上がってきていた。

 その感触は冷たく、ぬめっており、まるで死体の舌で舐められているかのようだ。

「いやっ! 離せ!」

 美鈴は必死にもがくが、ツタはますます強く彼女の身体を縛り上げていく。

 太腿、腰、そして胸の膨らみへと、それはまるで意思を持った手のように、

 彼女の曲線をなぞりながら這い上がってきた。

「ひぁっ……!」

 ツタが鎧の隙間に入り込み、服の上から乳首を的確に捉えた瞬間、

 美鈴の口からは抑えきれない甘い悲鳴が漏れた。

 それは痛みではなかった。むしろ、背徳的な快楽に近い。

 彼女は知っていた。この感覚を。

 そう、これは上官たちの下で、心を殺して受け入れてきた、あの感触。

(違う……これは違う……! 私は道具なんかじゃない……!)

 心の叫びも虚しく、別のツタが彼女の太腿を無理やりに開かせる。

 ガーターベルトで固定された白い太腿が露わになり、

 雨に濡れてテカテカと妖しく光る。ツタはまるで熟練した愛撫者のように、

 彼女の下着の上から秘裂をなぞり始めた。

「やめて……そこは……やめ……ああぁっ!」

 ツタが下着を食い破り、内部へと侵入した。

 ぬめった異物が膣壁を擦り上げる感覚に、美鈴の背中が弓なりに反り返る。

 脳裏にフラッシュバックするのは、これまでの苦難の日々。

 孤児院でのいじめ。訓練校での差別。上官たちの下卑た笑い声。

 それらすべてを耐え抜いて、やっとここまで来たのに。

「こんな……こんなところで……終われない……!」

 彼女の瞳から涙が溢れ出る。しかし、身体は正直だった。

 幾度となく男たちの慰み者にされた身体は、

 もはや性的な刺激に抗うことができないように出来ている。

 侵入したツタが子宮口をコツンと突いた瞬間、美鈴の視界に星が散った。

「あぁ……イく……イってしまう……!」

 彼女は白目を剥き、ビクビクと身体を震わせて絶頂に達する。

 その瞬間、ツタから白濁した樹液が子宮の奥深くへと注ぎ込まれた。

 それはまるで、長年彼女が男たちから注がれてきた、屈辱の精液のように。

(ああ……これで……私も……おしまい……)

 美鈴の意識が薄れゆく中、彼女は確かに感じた。

 子宮の奥で、何かが着床する音を。

 それは彼女が今まで拒否し続けてきた「女」としての宿命の音だった。

 身体が、苗床としての役割を受け入れた瞬間、繁殖型変異体は

 獲物が絶頂に達した瞬間に種付けを行うようプログラムされている。

 それはまさしく、快楽という名の毒牙だった。

 美鈴の下腹部が、見る見るうちに膨れ上がっていく。

 そこに宿っているのは、新しい命ではない。

 新たな「繁殖型変異体」を生み出すための苗床だ。

 彼女は自分を道具だと偽り、心を殺してきた。

 しかし、最後の最後で、彼女は本当に「道具」へと成り果てたのだ。

 それはなんと皮肉な結末だろうか。

 彼女が這い上がるために使った武器は、

 結局は彼女を奈落の底へと突き落とすための楔でしかなかった。

「……あ……ぁ……」

 美鈴の口から漏れるのは、もはや言葉ではない。

 彼女はただ、快楽に歪んだ表情で、無機質な繁殖装置と化していく。

 それを遠くから見つめる雄大の手が、怒りに震えていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 雨はただひたすらに黒く、冷たく、そして粘ついて降り注ぐ。

 それは天の涙などではない。この廃棄都市という巨大な子宮の羊水だ。

 そしてここは地獄だ。間違いなく地獄だ。

 だが、その地獄には赤鬼も青鬼もいない。

 いるのは、ただ欲望のままに蠢く無数の触手と、それに組み敷かれる哀れな生贄たちだけだ。

 

「うおおおおぉぉっ! 離せぇぇっ! 離せやコラァァッ!」

 

 雄大は叫びながら『虎王』を振るう。その一撃は確かに『暴喰』の力を宿し、

 目の前の繁殖型変異体を木っ端微塵に砕き散らした。

 だが、砕けた肉片からすら新たな種が飛び散り、雄大の頬をかすめる。

 それすらもまた、冒涜的な授胎の儀式の一部であった。

 

 視線の先、瓦礫の影で、かつて雄大が世話になった初老の双斧騎士が悶絶していた。

 その屈強な肉体は、数多の戦場を駆け抜けた歴戦の証である無数の傷跡と共に、

 今は若い繁殖型変異体たちによって陵辱されていた。

 彼は雄叫びを上げようとしていたのだろう。その口からは言葉は出ない。

 変異体の先端が彼の口内を犯し、喉奥を蹂躙しているからだ。

 そして股間。男としての尊厳を象徴すべき部位は噛み砕かれ、

 代わりに太くねっとりとしたツタがねじ込まれている。

 前立腺を刺激され、強制的に精液を搾り取られるその姿は、

 武人としてではなく、ただの肉便器としての悲哀に満ちていた。

「頼む……殺してくれ……」

 その目が雄大を捉える。助けを求めているのではない。

 見られたくないという羞恥と、死への渇望。

 雄大は槍を投擲しようとした。だが、その間にも新たなツタが

 初老の騎士の肛門へと潜り込み、内臓を食い破っていくのが見えた。

 彼は泡を吹き、白目を剥いて絶頂した。死という名の、あるいは苗床としての。

 

「クソッ! クソッたれがぁぁっ!」

 

 雄大は別方向へ駆ける。そこには、今回が初対面だが話してみれば

 気が合った同年代の活発な大鎌使いの少女がいた。

 彼女は常に前へ出るタイプで、その笑顔は戦場においても曇らなかった。

 だが今、その笑顔は歪んでいる。

「あぁぁっ! いやっ! 入ってくる! お腹の中に……何か入ってくるぅぅっ!」

 彼女は四つん這いにされ、背後から無数の変異体に貫かれていた。

 大鎌は折れ、防具は引き裂かれ、白く滑らかな肌が露わになっている。

 そこに無数の手が伸び、乳首をつまみ上げ、クリトリスを弾く。

 彼女は悔し泣きしていた。こんな形で負けるなんて、と。

 しかし身体は正直だ。子宮口を小突かれるたびに、

 彼女の腰は自ら動き、深く受け入れようとしている。

「諸星くん……見ないで……見ないでよぉぉっ!」

 その叫びは悲鳴か、それとも喘ぎか。

 彼女の下腹部が不自然に膨らみ、臍が浮き上がる。

 中で何かが脈動しているのが外からでもわかる。

 それは新たな苗床の誕生を告げる、冒涜的な胎動だった。

 

「待ってろ! 今助けたる!」

 

 雄大は必死に手を伸ばす。だが、その手は届かない。

 彼と彼女の間には、見えない壁があるわけではない。

 あるのはただ、「数」という絶望的な厚みだけだ。

 次々と湧き出る木人兵たちが雄大を阻み、彼を嘲笑うかのように

 少女の身体へと群がっていく。

 

 そして次に見たのは、自分を慕ってくれた後輩の槍使いの少年だった。

 純朴で、真っ直ぐで、いつか自分を超えると信じていた少年。

 その彼が、今は大人の男のような変異体に背後から抱え込まれ、

 子供のような無力な姿で貫かれていた。

「先輩……痛いよぉ……お腹……痛いよぉ……」

 少年の尻からは血と樹液が混ざった液が垂れ流され、

 その顔には苦痛と、理解できない快楽が入り混じった表情が張り付いている。

 変異体は彼の中に種を注ぎ込むだけでなく、

 その肉体そのものを書き換えようとしているのかのように、

 内臓をねじり回すような激しいピストン運動を続けていた。

 男として生まれた彼が、苗床として「雌」として再生される瞬間。

 

「やめろぉぉぉっ! やめろやめろやめろぉぉぉっ!」

 

 雄大は狂ったように槍を振り回す。

『暴喰』が唸りを上げ、変異体を粉砕していく。

 だが、それはまるで蟷螂の鎌だった。

 目の前の敵を倒しても、その背後にはさらに千、二千の敵が控えている。

 キメラ戦車という母体から射出される欲望は無限だ。

 この地獄絵図の中で、雄大はただの一匹のオスに過ぎない。

 群れから逸れ、取り残され、そして追い詰められていく孤独な獣。

 

(あかん……ワイは……ワイは……!)

 

 雄大の手が震える。

 キリコとの記憶が蘇る。あの夜の激しい交わり。

 精液を注ぎ込み、子宮を満たしたあの征服感。

 それとこれとは違う。そう叫びたいのに、

 脳髄の奥底で快楽のスイッチが無理やり押し込まれていくような錯覚。

 目の前で繰り広げられる集団凌辱は、

 雄大の中にある「雄」としての本能を逆撫ですると同時に、

 底知れぬ恐怖をもたらしていた。

 

 助けられない。誰も。

 この数千の木人兵の暴虐の前では、Bランクなどという肩書きは無意味だ。

 ただ見ていることしかできない。仲間たちが望まぬ快楽と絶望の出産に泣き叫ぶ様を。

 それは雄大にとって、流輪に敗北した時以上の屈辱だった。

 

「ワイは……立ち上がるんや……! どんな時でも……!」

 

 雄大は自分に言い聞かせるように吼えた。

 だがその声は、雨音とかき消される少女たちの喘ぎ声にかき消され、

 どこへも届くことはなかった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 雨は生々しい、女の愛液にも似た粘度を持って、

 廃棄都市という巨大な墓場を濡らし続けている。その雨の中で、雄大は見ていた。

 仲間たちが、先輩が、そして慕ってくれた後輩が、

 人ならざるものに蹂躙され、苗床へと変えられていく光景を。

 彼の手は震えている。『暴喰』の力も、数千という欲望の奔流の前では、

 たかが蟷螂の斧に過ぎなかったのだ。

 

 その光景を、高みから見下ろす男がいる。

 鷲田正晴。四十九歳。

 崩れかけたビルの一室、雨風をしのぐだけのその場所で、

 彼は老眼鏡の奥の琥珀色の瞳を細め、眼下の地獄絵図をただ靜かに観察していた。

 その顔の右側には、長い年月をかけて刻まれた大きな刃傷が走り、

 彼の人生の苛烈さを如実に語っている。

 

「……無駄や。無駄やで、若いの。

 その槍は確かに強い。じゃが、お前が戦っとるのは『理不尽』そのものや。

 理不尽は、力だけじゃ斬れんのやで」

 

 彼の声は、まるで壊れたオルゴールのように、低く、そしてどこか乾いていた。

 痩せてはいないが無駄のない、長い年月をかけて血と汗で刻まれた肉体。

 その上に着込んだ質素だが上質なスーツの袖をまくり上げれば、

 過去の戦闘で負った無数の古傷が、蚯蚓の腫れのように浮き上がっている。

 

 幼少期。彼は無魔力だった。

 伐刀者としての資質を持たず、それでいて伐刀者の家係に生まれたという

 皮肉な運命。彼は蔑まれた。無能と罵られ、家を追われ、路地裏で泥水を啜った。

 二十歳の頃には借金まみれになり、人生そのものを諦めかけた。

 そんなある雨の日、出会ったのが妖刀『斬影丸』だ。

 それは彼の心の隙間につけ入り、甘く囁いた。

『お前のその卓越した剣技。それを生かしたいとは思わんか?』

 契約は、ほとんど強姦に近かった。

 妖刀が彼の手に吸い付き、彼に膨大な力を与えた。

 その瞬間の感覚を、鷲田は今でも鮮明に覚えている。

 それはまるで、処女が無理やりにこじ開けられるような痛みと、

 それに反比例して押し寄せる、脳髄を焼き尽くすほどの快楽だった。

 

 以来、彼は妖刀と共にある種の共存関係を築いてきた。

 様々な騎士学校や勢力から追われる日々。

 彼の剣技は我流の居合術だ。

 一撃必殺。相手の魔力を吸い尽くすその太刀筋は、

 見る者すべてを戦慄させた。

 彼はその力で、連盟に不当な評価を受ける仲間のために戦い、

 利用できるものは何でも利用する冷徹さを身につけた。

 そして今は、解放軍という巨大な力の一部となっている。

 

「……しかし、これはまた趣味の悪い。まるで悪夢の交尾やないか」

 

 彼は眼下で繰り広げられる、繁殖型変異体たちの狂宴を冷ややかに見つめる。

 かつての自分もまた、力を求め、渇望し、そして身を滅ぼしかけた。

 だからこそわかる。この変異体たちの行動は、ただの欲望ではない。

 これは、存在そのものに刻まれた「飢え」なのだ。

 満たされることのない、埋まることのない、虚無の叫び。

 

 彼の手の中の『斬影丸』が微かに震える。

 それは獲物を前にした興奮か、あるいは同族への嫌悪か。

「……お前も、ああなりたいか?」

 鷲田は愛刀に語りかける。

 もちろん、返事はない。

 彼は短く刈り込まれたオールバックの白髪混じりの髪を、

 無意識に撫で付けた。整髪料で固められたその髪型は、

 戦闘中であろうと決して崩れることはない。

 これは彼なりの覚悟であり、妖刀という災厄に飲み込まれまいとする、

 たった一つの矜持の表れだった。

 髪が乱れる時は、すなわち彼の心が妖刀に食い破られた時なのだ。

 

 彼の下半身は、驚くほどに大人しかった。

 かつて、二十五歳の頃に港町の娼婦で捨てた童貞。

「初めての感想はどう?」と揶揄われたあの夜以来、

 彼は特定の相手を作ることはなかった。

 性欲は、ある。しかしそれは、戦いの前の昂揚感や、

 獲物を仕留めた後の倦怠感に似て、あまりにも淡泊だった。

 一度、酒場の女の子と寝た時も、温もりに安心しかけた自分に気づき、

 急に怖くなって中断してしまうと苦笑された。

 自分に安らぎなど求めることができないと、改めて思い知った瞬間だった。

 彼の性器はやや小さめで色は淡く、その機能はただ

 生理的な排洩と、最低限の生殖のためにあるようだった。

 彼の真の生殖器は、この妖刀『斬影丸』なのだ。

 相手を斬り、魔力を吸収し、自らの力へと変換する。

 それが彼にとってのセックスであり、彼にとっての快楽だった。

 

「……せやけど、このままやと全滅やな。せっかくの『星』が、曇ってしまう」

 

 鷲田は眼鏡のブリッジを押し上げた。

 その指先は、長年の戦いで節くれ立ち、傷だらけだ。

 彼の伐刀絶技は〈魔糸演舞〉。

 自身の魔力を目に見えないほど細く鋭利な糸状にして射出し、

 敵を切り刻む能力だ。この糸は、単なる拘束だけでなく、

 敵の魔力の流れを探り弱点を見つける探査の役割も果たす。

 彼の老眼鏡越しの鋭い眼光は、すでにこの戦場全体に張り巡らされた、

 無数の魔力の糸を通して、誰がどこで、どのように犯され、

 苗床へと変わっていくのかを捉え、情報の奔流が、彼の脳内を満たしていく。

 

「……哀れやな。じゃが、これが戦いや。綺麗事だけでは、生き残れんのやで」

 

 彼はそう呟くと、ゆっくりと外套を羽織り、廃ビルの窓から外へと飛び降りた。

 黒を基調とした機能的な戦闘服が、雨に濡れて鈍く光る。

 彼の目的は、この戦場の「観察」だった。

 このキメラ戦車と繁殖型変異体が、実戦でどこまで使えるのか。

 そのデータを取ることが、上層部から与えられた任務だ。

 だが、彼の心の奥底には、もう一つの目的があった。

 それは、『浪速の星』という名の若き槍使いを、その目で確かめること。

 絶望の淵で、それでもなお立ち上がろうとするその姿に、

 かつての自分を重ね合わせているのかもしれない。

 あるいは、自分が決して手に入れられなかった「輝き」への、

 歪んだ嫉妬と憧憬が、彼を動かしているのかもしれなかった。

 

「さぁ、見せてみぃ、諸星雄大。

 お前のその槍が、ただの『理不尽』に砕かれるだけの、

 脆いガラス玉かどうかをな」

 

 彼の手の中で、妖刀が獲物を求めて、低くうなり始めていた。

 

 

 




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