※この作品はR-18です。

ダークエロよろず短編集   作:カード読み込み

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薬師キリコ・快楽の沼

 

 

 瓦礫の雨、血の雨、そして樹液の雨。

 その泥沼のような戦場に、一筋の異質な光が差し込んだかのように、

 一人の女性が現れた。

 佐伯星奈。武曲学園特別支援クラス兼音楽教師。

 本来、前線に出るべきではない彼女が、なぜここにいるのか。

 答えは単純だ。「献身」だ。生徒を、あるいは仲間を守りたいという、

 盲目的とも言える母性が彼女をこの地獄へと駆り立てたのだ。

 

 彼女の姿は、戦場には不似合いなほどに華奢で、それでいて淫靡だった。

 胡桃色のサイドテールが、雨で濡れて重くなり、

 首筋に張り付いている。ぱっつん前髪の間から覗く大きな瞳は茜色で、

 幼さの残る童顔には、泥水の跳ね返りが点々とついているが、

 それすらもどこか艶めかしい。身に纏っているのは、騎士の戦闘服ではなく、

 雨に濡れて透けたブラウスとタイトスカートという、日常の制服だ。

 これが逆に、男たちの加虐心を煽る。

 戦場という非日常に置かれた「日常の象徴」が、

 制服が濡れて肌に張り付き、肉体のラインを露わにしている。

 ブラウスの胸元は、Fカップという豊満な双丘によって過酷な張力を生み出し、

 ボタンが今にも弾け飛びそうだ。雨と汗に濡れた布地は肌に吸い付き、

 乳房の丸みと、頂点に僅かに尖る乳首の形まで明瞭に浮かび上がらせている。

 淡いアプリコット色の乳輪の存在すら、白いブラウス越しには想像できてしまう。

 腹部は、声楽訓練によって鍛えられた内部筋肉が、表層の柔軟な脂肪の下に潛んでいる。

 指で押せば沈むが、その奥には鉄のような芯がある。

 その緊縛された腹筋と、反対に豊満な胸と臀部のコントラストが、

 背徳的なエロティシズムを放っていた。

 臀部はキュッと締まった小尻だが、濡れたスカートに包まれたその形は、

 男の手のひらにすっぽりと収まるほどの愛らしさと、

 尻肉の弾力を主張してやまない。

 尾てい骨の上にある小さな黒子が、見え隠れするスカートの腰囲みから

 覗いているかもしれないという妄想が、観察者の理性を削ぐ。

 

 彼女は聴覚障害を持っていて手話と読み取り補聴器を使用している。

 だからこそ、彼女のコミュニケーションは「表情」に頼る部分が大きい。

 常に微笑で武装。困ったときは首を傾げて瞼を伏せる仕草。

 その仕草が、この地獄絵図の中でどれほど残酷な庇護欲を煽るか。

 それは性欲と同一線上にある。

 男たちは彼女の微笑を見ると、守りたいと思うと同時に、

 壊したい、あるいは自分のものにしたいという暗い衝動に駆られるのだ。

 

 そして何より、彼女の「声」。

 かつて合唱コンクール全国大会で連続優勝を飾った伝説のソプラノ。

 その歌声は、あまりに美しく、そして危険だ。

 伴奏を聞き惚れたピアニストが落下骨折した事件。

 彼女の指導を受けたコーラス班が集団的カルト症状を呈したという報告。

 "歌姫災害"。それが彼女の二つ名だ。

 彼女は口を開かない。歌えば、戦場が狂うからだ。

 だが、抑制された口唇から漏れる息遣いすらが、

 聴覚の不自由な彼女自身には自覚がないほどに、

 甘く、湿って、そして淫らな響きを持っていた。

 

 繁殖型変異体たちが、その甘いフェロモンに反応した。

 彼女の「献身」の対象となる生徒たちを守るため、

 彼女は自らを盾にする。それは自らを苗床にするという、

 極限の自己犠牲の形かもしれない。

 だが、それを待っていたかのように、無数の触手が彼女に伸びる。

 

「……(助けて……)」

 彼女の手話。切迫した要求。

 それは声にならない悲鳴であり、同時に誘いでもあった。

 雄大は見た。

 雨水と樹液で塗れた彼女の肌が、

 変異体のツタに絡め取られていく様を。

 ブラウスが破れ、豊満な乳房が露わになる。

 雨に打たれた淡いアプリコット色の乳輪が、

 寒さと恐怖、そして微かな興奮で硬くしこっている。

 彼女の絶頂寸前の喘ぎは、喉奥で砕けて破裂音に近いという。

 子宮口が刺激されると胸に巻き付いた腕へ爪痕を刻む。

 彼女の心は、すでに「舞台上の偶像」になりきっている。

 この惨劇も、彼女にとっては一つの「劇」なのかもしれない。

 自らの裸体を鏡で見て悦に入るセルフビジュアル嗜好を持つ彼女は、

 無数の触手に貫かれ、苗床と化す自分の姿を、

 どこか客体として眺めているようでもあった。

 

「星奈先生! 逃げてや!」

 

 雄大は叫ぶが、その声は彼女には届かない。

 あるいは、届いていても無視しているのか。

 彼女はただ、微笑んでいる。

 悲劇のヒロインのように。

 雄大の脳裏に、再びキリコの顔が浮かぶ。

 あの夜の、あの雌の顔。

 それと重なりつつ、そして決定的に異なる、

 純潔と汚辱が同居した星奈の表情が、

 雄大の「暴喰」の槍を、さらに激しく震わせていた。

 

 

 雨音と悲鳴とが混ざり合う不協和音の中で、突如として「それ」は響いた。

 

 耳ではなく、肌で感じる振動。骨髄を揺らすような、甘く痺れる波動。

 佐伯星奈の口から漏れ出したのは、言葉ではなかった。

「あぁ……ぁ……ぁぁぁっ……!」

 それは歌だったのかもしれない。かつて全国大会を制した伝説のソプラノ。

 だが今の彼女が発しているのは、旋律から外れた、

 苦痛と快楽が臨界点を超えて融解した淫靡な喘ぎでしかなかった。

 聴覚障害ゆえに抑圧されていた声帯が、木人兵という異物による

 強烈な刺激によって引きちぎられ、彼女自身すら制御できない

 本能の啼き声として暴れ出したのだ。

 

 その「歌」は、戦場という名の獣の欲情に火をつけるには十分すぎた。

 繁殖型変異体たちの充血した単眼が一斉にギラリと輝く。

 赤外線探知よりも遥かに正確な発情フェロモンの感知。

 彼らは星奈という名の巨大な蜜源に向かって、雪崩のように殺到し始めたのだ。

 

「うぉぉぉっ……!」

「ぎゃぁぁっ……!」

 これまで雄大たちを狙っていた木人兵たちが一斉に方向転換する。

 その殺到ぶりは凄まじく、瓦礫を蹴散らし、味方同士で押し合いへし合いながら、

 ただ一点の雌肉を目指して突き進む。

 あまりの数と欲望の圧力に、先頭の個体は後続に押し潰され、

 ある者は融合し、ある者は絡み合いながら、

 一つの巨大な肉と樹木の塊となって星奈へと飛びかかった。

 

「ひぐっ……! あぐぅぅっ……!」

 星奈の細い体が、その醜怪な波動の中に飲み込まれていく。

 ブラウスは一瞬にして引き裂かれ、Fカップの乳房が雨空の下に弾け出た。

 白く豊かな果肉が無数の手に鷲掴みにされ、乳首という急所をねじり上げられるたびに、

 彼女の喉からは破裂音にも似た悲鳴が迸る。

 それはもはや教師の声ではない。ただのメスの啼き声だ。

 

 スカートも無残に引き裂かれ、キュッと締まった小尻が露わになる。

 ガーターベルトで固定された白い太腿が、

 粘つくツタに絡め取られ、無理やりにM字に開かされた。

 彼女は抵抗しようとしたのだろう。

 手話で「やめて」「離して」と形を作ろうとするその手もまた、

 別のツタに捕捉され、空中で踊らされることしかできない。

 

 そして決定的な一撃。

 融合した木人兵の中心から突出した、太くねっとりとした触手が、

 星奈の秘裂を容赦なく貫いた。

「あぁぁぁっぁぁぁぁっ!!! 」

 絶叫。しかし声にならない声。

 彼女の子宮口という扉は一息でこじ開けられ、

 内部を蹂躙する異物の感触に、彼女の背中は弓なりに反り返った。

 子宮を揺さぶられるたびに、彼女は強制的な絶頂へと突き落とされる。

 それは「歌姫災害」などという生易しいものではない。

 現実の強姦劇だ。

 

(……あぁ……私……舞台に……立ってる……)

 朦朧とする意識の中で、星奈は思う。

 自らの裸体を鏡で見て悦に入るセルフビジュアル嗜好。

 その彼女にとって、無数の男(木人兵)に囲まれ、

 貪り尽くされるこの状況は、ある種究極の「舞台」だったのかもしれない。

 彼女は自らを犠牲にする。生徒たちを守るために。

 そしてその犠牲こそが、彼女を至高の悦びへと導く聖油でもあったのだ。

 

 白濁した樹液が彼女の中に注ぎ込まれ、下腹部が不自然に膨れ上がっていく。

 それは新たな苗床の誕生を告げる受精の瞬間であり、

 同時に彼女という聖女が欲望の祭壇で永遠に汚される葬送でもあった。

 

 雄大はその光景を見ていた。

 歯を軋らせている。怒りか、屈辱か、あるいはそれを見逃す己への嫌悪か。

 星奈が囮になったことで、戦場から木人兵たちの気配が一瞬だけ消えていた。

 周囲にはまだ動ける仲間がいる。血まみれで震える後輩たち。

 撤退のチャンスは今しかない。

 

「走れぇぇっ! 逃げるんやぁぁっ!」

 

 雄大は叫ぶと、近くの負傷した騎士を担ぎ上げた。

 星奈の「歌」はまだ続いている。

 雨音にかき消されそうなほど掠れてはいるが、

 その淫靡なリズムは木人兵たちを束縛し続けている。

 彼女はまだ犯され続けているのだ。

 種付けされ、苗床とされながらも、その身を挺して彼らの退路を開いている。

 

 背後から聞こえる湿った水音と喘ぎ声。

 雄大は振り返らなかった。

 振り返れば、足が止まる。

 彼にできるのはただ前を向き、生き残った者たちの手を引き、

 この地獄から脱出することだけだ。

 

「星奈先生……ワイは……ワイは忘れへんで……!」

 

 雨は降り続いている。

 それは涙なのか、羊水なのか、それとも誰かの精液なのか。

 雄大は泥水を蹴立てて走り出した。

 背後には欲望の嵐が渦巻き、そこには一人の女教師が

 永遠に苗床として呑み込まれていく惨劇があった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「走れぇぇっ! 逃げるんやぁぁっ!」

 

 雄大の咆哮が、泥濘んだ戦場に響く。

 背後では、佐伯星奈が無数の木人兵に群がられ、

 淫らな「歌」を唱え続けている。

 彼女の犠牲が作ったこの一瞬の隙間。

 それは決して無駄にしてはならない、血で濡れた退路だ。

 若い騎士たちが、泥水に滑りながらも必死に走り出す。

 だが、雄大の足は止まっていた。

 前へ。退路の前方。

 瓦礫の山の頂に、一人の男が佇んでいたからだ。

 

 鷲田正晴。

 解放軍の指揮官にして、妖刀使い。

 彼は雨に打たれながらも、その姿勢を崩さない。

 整髪料で固められたオールバックの白髪混じりの髪は、

 戦場の嵐の中でさえ、死守すべき矜持のように微動だにしない。

 老眼鏡の奥の琥珀色の瞳は、雄大を捉え、舐め回すように値踏みしていた。

 

「悪いが、お前は逃がせんなぁ」

 

 鷲田の声は、雨音に混じって低く響く。

 それは古いレコードのように、ところどころ掠れていたが、

 その一言一句が、雄大の五臓六腑に突き刺さった。

 

「なんやて……!?」

 

 雄大の喉が灼熱する。

 腹の底から湧き上がる憤怒が、全身を駆け巡った。

 仲間を守るために逃げようとした雄大の善意を、この老兵は

 土足で踏みにじろうとしているのだ。

 

「貴様ぁ……! 邪魔すんなや! そこをどかんかいィィッ!」

 

 雄大は咆哮する。

 顔面は朱に染まり、血管が額に浮かび上がる。

 だがその怒号は虚空に溶けるばかりで、鷲田には届かない。

 彼はただ静かに嗤っていた。

 

「邪魔? 君なぁ、儂は何もしとらんよ? 

 君らが勝手にここにおって、勝手に敗走しとるだけやないか? 

 まぁ……目の前を蝶々が飛んどったらつい捕まえたくなる

 心理っちゅうのもあるやろうしなぁ」

 

 鷲田は芝居がかかった仕草で首を捻り、妖刀『斬影丸』の柄に手を添えた。

 その動作には隙がなく、まるで一流の狩猟家のようだ。

 獲物を見つけた瞬間に毛を逆立てる狼のような獰猛さ。

 同時に、熟練の調教師のように悠然と距離を測っている。

 

「おい……聞いとんのか、ジジイ!」

 

 雄大は言葉を失いかけたが、すぐに自分を取り戻す。

 ここで激情に任せて飛び込んでいけば、鷲田の思う壺だ。

 彼の「理不尽」という名の檻の中に容易く囚われてしまう。

 冷静になれ。間合いを測れ。これが生き延びる唯一の道だ。

 

 

 

 無造作に放たれた挿し木が、雨を裂いて雄大の顔面へと迫る。

 それは精確な死の誘いだったが、同時にあまりにも粗雑な求愛でもあった。

 雄大は上半身を傾け、わずかに肌を擦る程度でそれを躱す。

 湿った風圧が頬を撫で、鳥肌が立つ。

 その快感に近い戦慄を背中で受け止めたまま、彼は即座に身を起こした。

 旋回する大槍『虎王』。

 その赤銅色の穂先が、忍び寄っていた木人兵の胴を薙ぎ払う。

 断面から吹き出す樹液は白濁し、まるで雄大に見せつけるかのように

 淫靡な放物線を描いて泥水へと溶けていった。

 

 残骸に一瞥すら与えず、雄大は疾走する。

 泥濘みを蹴り上げる足裏の感覚。心臓の鼓動が耳奥で反響する。

 それは昂揚だった。怒りでも恐怖でもない、純粋な興奮。

 目の前の初老の男という獲物に対する、オスとしての本能的な欲情。

 

「死ねぇぇッ!」

 

 叫びと共に突き出された穂先は、空気を犯し、雨粒を砕き、

 鷲田の喉元へと殺到した。

 一撃必殺。速く、重く、そして執拗に。

 それは雄大がキリコの子宮という名の蜜壺へと何度も叩き込んだ

 ピストンの豪槍そのものだった。

 

 だが、鷲田は動じない。

 老眼鏡の奥の琥珀色の瞳が、雄大の殺意という名の精液を

 正確に見切ったかのように細められる。

 

 ──閃。

 

 抜刀。

 それはあまりにも静謐で、それでいて凄絶な一撃だった。

 雄大の槍筋を紙一重で逸らし、妖刀『斬影丸』が雄大の脇腹を薙ぐ。

 風切り音が鼓膜を劈く。

 雄大は咄嗟に身体を捻り、転がるようにしてその刃をやり過ごした。

 

 ズズッ……! 

 

 鋭い痛みが脇腹を走る。

 避けたと思ったのに、皮膚の表面が薄く切り裂かれていた。

 血が滲み出し、雨に溶けて赤い筋を作る。

 それは処女喪失の痛みにも似て、雄大の脳髄に鋭利な快楽信号を送り込んだ。

 

「……ほぉ。避けたか。じゃが、儂の糸には触れとるで」

 

 鷲田の声が耳元で囁くように響いた気がした。

 彼はすでに刀を納め、元の場所に佇んでいる。

 まるで何事もなかったかのように。

 だが、雄大は気づいていた。己の体から魔力が少しだけ削ぎ落とされたことを。

『斬影丸』は斬った相手から魔力を吸収する。

 つまり、今の接触は単なる攻撃ではなく、鷲田による「味見」だったのだ。

 雄大の魔力という名の体液を一口啜り、その味を確かめたのである。

 

「クソッ……! 何さらしてくれとんねん!」

 

 雄大は槍を構え直し、低く唸った。

 脇腹の傷は浅い。だが、そこから漏れ出すのは血だけではない。

 鷲田という男に触れられたという事実が、

 彼の中に奇妙な疼きを生み出していた。

 殺意と性欲が表裏一体となったような、背徳的な疼き。

 

 雨は激しさを増す一方だ。

 二人の男は瓦礫の上で対峙し、互いの獣臭を嗅ぎ合う。

 それは剣戟でありながら、交尾でもあった。

 突き入れられれば死ぬ。あるいは孕むか。

 絶対に相容れない二匹の獣が、今ここで牙を剥き合い、

 次なる挿入の時を待っていた。

 

 

 脇腹の薄い裂傷から滲む血は、雨に濡れたシャツの下で

 鮮やかな薔薇色に滲み拡がり、雄大の肌に張り付いていく。

 その湿った痛みは、警告であると同時に、奇妙なほどに

 脳髄を痺れさせる快感スイッチでもあった。

 相手の刃が己の肉体の表面をなぞったという事実。

 それは逃れがたい交尾の第一歩のように、雄大の闘争本能を逆向きに勃起させた。

 

 周囲の木人兵たちが、再び獲物の隙を窺って蠢き始める。

 充血した単眼が一斉に雄大の肢体を追尾し、卑猥な先端を備えた無数の「挿し木」が、

 発情期の雄しべのように空中で震えている。

 いつ射精(射出)されてもおかしくないその射線は、

 無防備な背中や脇腹を狙って錯綜していた。

 

 だが、雄大は愚かではなかった。

 若さに似合わぬ、泥水を啜って生き延びた者特有の

 卑怯なまでの賢さで、彼は立ち位置を変える。

 

「……ほぉ」

 

 鷲田の口から、感心したような、あるいは欲情したような濡れた吐息が漏れた。

 雄大は、鷲田の身体を遮蔽物として利用していたのだ。

 木人兵の射線上に鷲田を置き、彼を「盾」として外部からの干渉を強制的に排除する。

 さらに瓦礫の稜線を巧みに使い、自らの身体を半ば埋没させることで死角を消していく。

 それはまるで、他の男たちの視線から愛人を隠すかのように、鷲田という男との

「蜜月」を外部から侵犯させまいとする独占欲にも見える立ち回りだった。

 

「中々の食い合わせやないか。

 外野の種付けなど糞食らえ、とばかりに儂だけを見とるか?」

 

 鷲田は妖刀『斬影丸』を構えたまま、その場を一歩も動かずに嗤う。

 そして、不可視の網を張り巡らせた。

 

 伐刀絶技、〈魔糸演舞〉。

 鷲田の魔力は、目に見えないほど細く鋭利な糸状となって

 空間に充満している。それは単なる殺意の糸ではない。

 敵の魔力の流れを探り、弱点という名の性感帯を見つけ出す執拗な指先だった。

 

 ピリッ、と雄大の首筋に靜電気のような刺激が走る。

 魔糸が触れたのだ。

 それはまるで、冷たい指が首の後ろを撫で上げ、

 背骨をなぞって尾てい骨へと滑り降りていくような

 恐怖と陶酔が入り混じった接触だった。

 魔力の流れ、つまりは雄大の「性感」の波形を、

 鷲田はすでに手に取るように把握し始めている。

 

「……くっ!」

 

 雄大は肌を粟立たせつつも、その糸の軌道を読み取る。

 感じるのだ。皮膚の表面を這う不可視の愛撫の軌跡を。

 彼は最小限のステップで、ただ微かに身体を捻るだけで

 その魔糸の網目を擦り抜けていく。

 全身の神経を皮膚に集中させ、相手の掌の上で踊るような

 この際どい距離感。それは、深く貫かれる寸前で

 相手の欲望の形を味わう前戯にも等しい。

 

 雄大は槍を旋回させる。

『暴喰』の穂先が、雨粒ごと空間を切り裂き、

 張り巡らされた魔糸を「喰らい」破っていく。

 魔力破壊の概念が、鷲田の魔力による拘束をねじ伏せる。

 それは雄大がキリコとの情事で培った、

 与えられるだけの快楽に抗い、自らの意志で

 相手の奥底へと突き入れるための技術だった。

 

「お前の槍、確かにええ味が出とるわ。泥臭さの中に潛ませたその芯の強さ……

 男のソレが勃ち上がるほどに凶暴で、それでいて抑制が効いとる」

 鷲田の眼鏡が、雨に濡れて妖しく光る。

 

 

 

 雄大の槍が唸りを上げて突き刺さる。

 それは単なる物理的な刺突ではない。

 大槍『虎王』に宿った『暴喰』の概念が、

 先端から赤熱した欲望の奔流となって噴き出し、

 鷲田という男の肉体ごと空間を喰らい尽くそうとしていた。

 

「喰らえぇぇッ! タイガーバイトッ!」

 

 雄大の咆哮と共に、魔力破壊の波動が瓦礫を砕き、雨粒を蒸発させながら迫る。

 全てを拒絶し、破壊するその槍は、

 処女膜のような障壁すらも強引にこじ開けて侵食する獣の凶器そのものだった。

 

 だが、鷲田は退かない。

 彼は妖刀『斬影丸』を静かに、しかし確かに振るった。

 

 ──ガギィィィッ! 

 

 金属同士が噛み合う嫌な音が響く。

 いや、それは金属音ではなかった。

 骨と骨が軋み、肉と肉が擦れ合うような、

 あまりにも生々しく湿った摩擦音だった。

 

『斬影丸』の刀身が、雄大の槍を受け止める。

 だがそれは、弾くためではない。

 受け入れ、啜り上げるためだった。

 

 雄大は感じた。

 自分の放った破壊の魔力が、刃物に触れた瞬間に

 その殺傷性を失い、まるでスポンジが水を吸い取るように

 鷲田の刀へと吸収されていく感覚を。

 

「……っ!? 何やこれ……! ワイの魔力が……!」

 

 雄大の魔力が、根こそぎにされていく。

 それは強制的な搾精にも似ていた。

 自らの意思とは無関係に、奥底に蓄えられた体液が

 外部へと引きずり出され、相手の中へと注ぎ込まれていく。

 脱力感と、それとは裏腹に脊髄を駆け上がる痺れるような快感。

 抗えない力に支配され、自らの存在を他者の内へと溶かし込まれる

 背徳的な陶酔感が、雄大の膝を震わせた。

 

「んぅ……ッ!」

 

 鷲田の口から、抑えきれない吐息が漏れる。

 彼の眼鏡が曇る。それは雨のせいだけではない。

 至高の快楽に浸った男の熱気だ。

 

「ああ……ええ味や……! 

 この若さ特有の勢いと、泥水を啜って得た苦味……

 絶望の中で育ったお前の魔力は、まさしく極上やでぇ……!」

 

『斬影丸』が震えている。

 それは獲物を前にした歓喜か、それとも射精の予兆か。

 妖刀はかつて鷲田と契約した時と同じように、

 彼の中に在る空虚を埋めんとばかりに雄大の魔力を貪り尽くす。

 鷲田にとって、これは単なる戦闘ではない。

 若き雄獣を手懐け、その精気を啜り尽くすための

 冒涜的な晩餐だった。

 

「返せや……! ワイの魔力返せぇぇッ!」

 

 雄大は必死に槍を押し込む。

 吸い取られるままに任せるわけにはいかない。

 自分のものは自分のものだ。キリコに注ぎ込むためのものだ。

 彼は腰を入れ、さらに深く槍をねじ込んだ。

 

 それは交尾だった。

 雌として魔力を受け入れる鷲田に対し、

 自らの存在を刻み込もうとする雄大。

 二つの刃が絡み合い、互いの体液(魔力)が混ざり合う。

 雨は二人の体液を洗い流すかのように降り注ぐが、

 二人の間に生まれた熱だけは冷めることはなかった。

 

 

 雄大の大槍『虎王』が唸りを上げ、空間そのものを喰い破らんとする勢いで突き出される。

 伐刀絶技『暴喰』。

 触れるもの全ての魔力を破壊し尽くす概念干渉係の力は、

 雨粒すらも蒸発させ、瓦礫を粉砕しながら鷲田へと殺到した。

「おお、怖い怖い」

 鷲田はまるで道端の小石を避けるかのように、

 半身を引いてその穂先をかわす。

 否、かわしたのではない。彼の手にある妖刀『斬影丸』が、

 雄大の槍の軌道をほんのわずかに逸らし、その勢いを殺いだのだ。

 刃と刃が触れ合った瞬間、またしても雄大は感じた。

 自分の魔力が、傷口から血が流れ出るように

 刀身へと吸い込まれていくあの背徳的な感覚を。

「チッ……!」

 雄大は舌打ちし、すぐさま槍を引き戻して第二撃を放つ。

 袈裟懸けの一閃。横薙ぎの一掃。そして喉元への鋭い突き。

 若さと根性が漲る猛攻は、しかしその悉くが空を切るか、

 あるいは『斬影丸』に受け止められ、魔力だけを奪われていく。

「無駄や無駄や。そんな猪突猛進なセックスじゃ、イかせられへんで?」

 鷲田の口元が、微かに歪む。

 それは嗤いだった。

 彼は雄大の攻撃を真正面から受け止める気などさらさらない。

 彼の戦いは「長期戦」だ。

 触れれば魔力を奪う妖刀『斬影丸』。

 その特性を最大限に活かし、のらりくらりと致命傷だけを避けつつ、

 相手が疲弊し、枯渇するのを待つ。

 それはまるで、年老いた娼婦が若い男の精気を

 じわじわと搾り取るような、狡猾で陰湿な搾取だった。

「なんやそのへなちょこな太刀筋はぁッ!」

 雄大の声に焦りが混じる。

 戦えば戦うほどに、自分の体力と魔力だけが削られていく。

 逆に鷲田は、奪った魔力でその身を満たし、

 まるで若返ったかのように動きにキレが増していく。

 攻めているのは雄大なのに、犯されているのは自分の方だという錯覚。

 汗と雨に濡れた雄大の肌は、戦闘とは別の理由で火照り始めている。

 周囲では木人兵たちが蠢いているが、

 この二人の異様な雰囲気に呑まれたのか、

 あるいは鷲田の放つ魔力に怯えたのか、

 不用意に近づこうとはしない。

 それはまるで、二匹の獣の交尾を遠巻きに見守る観客のようだった。

「もっとや。もっと深く来い。お前のその若さも根性も、全て儂が味わい尽くしたる」

 鷲田は手招きするように『斬影丸』を揺らす。

 雄大は歯を食いしばり、泥濘んだ地面を蹴った。

 このままではジリ貧だ。

 打開するには、一か八かの深追いしかない。

 たとえそれが、相手の仕掛けた快楽の罠だとわかっていても。

 

 

 雄大の肺は灼けるように熱く、喉の奥から鉄錆びた味が滲む。

 魔力が、削がれている。

 鷲田と刃を交えるたびに、自らの魂の一部が

 引きちぎられ、相手の中へと注ぎ込まれていくあの背徳的な感覚。

 これ以上、この搾取の輪舞に付き合っていれば、

 自分は干からびて朽ち果てるだけだ。

 

(ならば……一撃や! 全てを込めた一撃で、

 この糞ジジイごと喰らい尽くすんやぁぁッ!)

 

 雄大は泥濘んだ地面を蹴った。

 迷いを捨てた。

 焦燥という名の媚薬に酔いしれ、己の全てを

 賭け金としてテーブルに叩きつけるギャンブラーのように。

 大槍『虎王』が、赤熱した鉄塊となって唸りを上げる。

 

「おおおおおぉぉぉッ!」

 

 咆哮と共に突き出されたのは、渾身の刺突。

 魔力破壊の概念を極限まで凝縮し、鷲田の眉間という急所へと

 一直線に殺到する獣の牙だった。

 外せば死ぬ。いや、外しても死ぬ。

 だが構わない。この停滞した陵辱地獄から抜け出すには、

 相手ごと貫き、その内臓をかき回すしかないのだ。

 

 鷲田は動かない。

 老眼鏡の奥の瞳が、ただ静かに雄大の殺意を受け止めている。

 まるで、自ら足を開き、猛る男を受け入れる用意ができた雌のような

 冷酷な従順さで。

 

(当たった……!)

 

 槍の穂先が、鷲田の魔力圏を突き破り、

 その肉に到達する寸前──雄大は確信した。

 

 だが、その瞬間、世界が反転した。

 

 ズドンッ!! 

 

 鷲田の腰が沈み込む。

 納刀していた妖刀『斬影丸』が、

 鞘の中で唸りを上げ、限界まで圧縮されたバネが弾けたかのような

 神速の抜刀術を見舞ったのだ。

 

 それはただの一撃だった。

 だがその一撃は、雄大の槍筋という名の粗暴なピストンのリズムを

 完璧に見切り、最も脆い瞬間を狙って割り込んできた。

 刃と刃が交差した刹那、『斬影丸』は『虎王』を弾くのではなく、

 その側面を這うように滑り込み、

 槍を持つ雄大の手首という名の性感帯を的確に掠め取った。

 

「あぐっ……!?」

 

 手首から熱い痺れが走り、一瞬槍から力が抜ける。

 そのほんの一瞬の空白。

 それこそが、鷲田の必勝パターンの『着地』だった。

 

 鷲田は踏み込む。

 抜き放たれた妖刀はそのまま軌道を変え、

 今度は雄大の脇腹という無防備な部分へと滑り込んできた。

 

 ──ブスッ。

 

 肉が裂ける鈍い音。

 だが痛みは遅れてやってくる。

 まず感じたのは、圧倒的な「奪われ感」だった。

 

「……っ! あぁぁぁぁっ!!」

 

 雄大の口から悲鳴とも喘ぎともつかない声が迸る。

『斬影丸』が雄大の脇腹に食い込みながら、

 その傷口から彼の魔力という名の精気を一気に吸い上げていったのだ。

 それは緩やかな搾取ではない。

 傷口から強力なポンプをねじ込まれ、

 内臓ごと吸い出されるような暴力的な快楽と苦痛だった。

 膝から力が抜ける。視界が明滅する。

 脳髄がトロトロに溶かされ、白濁した液となって

 相手の中へと注ぎ込まれていくような倒錯した絶頂感。

 

「ああ……ええ声や。やっぱり若い子の悲鳴は格別やで」

 

 鷲田の声が耳元で囁く。

 彼は雄大の身体を支えるように抱き込みながら、

 その脇腹に深々と刀身を埋めたまま、さらに魔力を啜っている。

 それは慈悲などではない。

 獲物が完全に抵抗不能になるまで味わい尽くすための拘束だった。

 

「ほら、もう終わりや。

 お前みたいな直情的な子は嫌いやないんやけどなぁ……

 攻め方が単純すぎるねん。すぐにイってしまっては、

 女も飽きるいうもんやで?」

 

 鷲田は冷ややかに嗤う。

 雄大は槍を落とし、鷲田の肩に縋り付くような形で崩れ落ちそうになっていた。

 雨は容赦なく二人を打つが、二人の間に生まれた熱だけは

 冷めることなく、雄大を絶望的な敗北という名の快楽の底へと沈めていった。

 

 

 脇腹に埋め込まれた妖刀『斬影丸』が、雄大の内側で蠢いている。

 それは単なる金属の塊ではない。

 生き物のように脈打ち、雄大の血管に根を張り、

 内臓という内臓から栄養分を啜り上げる寄生虫のように、

 彼の魔力という名の生命の源泉を貪り食っていた。

 

「あぁ……あぁぁっ……! やめ……やめろぉっ……!」

 

 雄大の口から漏れるのは、拒絶の言葉とは裏腹に甘く濡れた喘ぎだった。

 体の中身が、魂ごと吸い出されていく。

 それはあまりにも生々しく、そして決定的な陵辱だった。

 キリコとの情事で培った「他者を喰らう」ための力。

 流輝に敗北し、それでもなお立ち上がるために絞り出した意志。

 それら全てが、白濁した体液のように『斬影丸』へと吸い込まれ、

 鷲田という男の欲望を満たすための養分へと変換されていく。

 

「んくっ……うまい……! なんちゅう濃厚な味や……! 

 泥水啜って這い上がってきた奴の生命力は格別やでぇ……!」

 

 鷲田は恍惚とした表情で目を細める。

 老眼鏡の奥の瞳は爛々と輝き、獲物の精気を啜る獣のそれだった。

 彼は知っている。魔力とは運命であることを。

 そして今、この若き騎士の運命を一本の刀で貫き、

 その全てを己が腹の中へと収めようとしているのだ。

 

 ズズッ……ズズズッ……! 

 

 吸収速度が上がる。

 もはや搾取ではない。処刑だ。

 雄大の心臓が、悲鳴を上げる。

 ドクン、ドクンと打つたびに、血と一緒に魔力という名の未来が流出していく。

 

(あかん……ワイの……ワイの力が……消えていく……!)

 

 視界が霞む。

 雨音が遠ざかる。

 代わりに聞こえるのは、自分の中から何かが

 抜け落ちていく空虚な音だけだった。

 過去の苦難。妹を守れなかったあの日の絶望。

 それを乗り越えてきたという誇り。

 それすらも今、鷲田に「味わい尽くされ」ようとしている。

 

「ほら、まだや。まだ出とるで。

 お前の中にある『死んでも立ち上がる』っちゅう

 その綺麗ごとの根源……その甘ったるい希望汁を、

 最後の一滴まで絞り出したるさかいな」

 

 鷲田は雄大の耳元でそう囁くと、

 さらに深く刀身をねじ込んだ。

 内臓を裂く激痛と、魔力が根こそぎにされる感覚が同時に雄大を襲う。

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 雄大は弓なりに反り返り、白目を剥いて絶叫した。

 それは苦悶か、それとも強制的な絶頂か。

 彼の中に残っていた最後の一片が、

 無理やりこじ開けられて引きずり出された瞬間だった。

 

 プシュウゥゥゥ……。

 

 雄大の全身から力が抜け落ちる。

 まるで人形の糸が切れたように。

 彼の身体はもはや、ただの肉袋でしかなかった。

 魔力が完全に枯渇したのだ。

 二度と湧き出すことのない砂漠。

 何も生み出せない不毛な土地。

 彼は空っぽの器へと貶められたのだ。

 

 鷲田はゆっくりと刀を引き抜く。

 刃には一滴の魔力も付着していなかった。

 全て啜り尽くしたのだ。

 

「……ふぅ。ごちそうさんや」

 

 鷲田は血振るいもせず、ただ静かに刀を納めた。

 足元には雄大が転がっている。

 目から光は消え、口は半開きで涎を垂らしている。

 かつて『浪速の星』と呼ばれた男はもういない。

 そこにあるのは、過去も現在も未来も奪われ、

 ただ無様に呼吸だけを続ける無力な形骸だけだった。

 

「これで終わりや。お前はもう、二度と立てへん」

 

 雨は降り続いている。

 だが雄大にはもう、その冷たさすら感じることはできなかった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 廃棄都市奪還。

 それは、泥と血と樹液に塗れた悪夢の終焉を告げる、一筋の曙光だった。

 そしてその光の中心に、男が立っている。

 諸星雄大。『浪速の星』。

 式典会場となった仮設テントの下、彼に向けられる賛辞は、

 もはや尊敬という枷を外れ、狂信的な崇拝へと変貌していた。

 

「雄大さんッ! ありがとうございます、ありがとうございますッ!」

「諸星先輩ッ! 貴方のおかげで僕たちは生き延びられたんですッ!」

 若き学生騎士たちが、まるで聖地に巡礼するかのように彼に群がる。

 彼らの眼差しは熱に浮かされ、頬は紅潮し、

 口角からは涎が垂れそうなほどの恍惚に歪んでいる。

 それは純粋な感謝などではない。

 生き残った者だけが放つことのできる、傲慢で粘着質なフェロモンだった。

 雄大という「生」の象徴に触れ、その体温を分け与えてもらうことで、

 己の内に巣食う死の恐怖を埋め合わせようとする、卑しい欲情だ。

 

 雄大の肉体は、雨と汗で艶めかしく湿っていた。

 傷つき、血に汚れたその筋肉質の体躯は、

 それゆえにこそ、剥き出しの雄性を際立たせていた。

 シャツの下に透ける胸筋の起伏。

 締まった腰回りから、太腿へと続く獰猛な筋の流れ。

 それらが呼吸に合わせて微かに躍動するたびに、

 周囲の女たち──そして男たちまでもが、喉を鳴らして見入っていた。

 彼から発せられるのは、血と鉄、そして男の匂いが混濁したムスク。

 戦場という極限のベッドで極寒の死と交わり、

 その冷たい精を注ぎ込まれたことで逆説的に火照り返った倒錯した熱気だった。

 

「……ああ、ええ声や。ええ匂いや」

 雄大は笑う。

 あの雨の地獄で、鷲田に魔力という名の精気を根こそぎ搾り取られたはずの男が、

 今、こうして熱狂の中心に在る。彼の内側は空っぽのはずだ。

 過去も、現在も、未来も、全て啜り尽くされ、

 ただの空の器に成り果てたはずなのに。

 だが、そこにある「空白」こそが、

 人々の欲望を吸い込むブラックホールのように機能していた。

 何もないからこそ、他人の妄想をいくらでも投影できる。

 彼は英雄の偶像として、人々の前でポーズを取り続けていた。

 

 その異様な熱気の中、ただ一人、氷のような靜寂を纏って彼を見つめる女がいた。

 薬師キリコ。

 彼女の右眼に集められた魔力が、冷徹に雄大を解剖する。

『視診(ドクタースコープ)』。

 透かすような視線が、雄大の皮膚の下、筋肉の繊維、血管の奔流、

 そして骨髄の奥底までを舐め回すように走査する。

 

(……おかしいわ)

 キリコの眉が、微かに顰められる。

 彼の肉体は確かにそこにある。傷は塞がり、筋肉は機能している。

 だが、命の灯火たる魔力が──見当たらない。

 彼の血流は、ただの赤い液体としてしか機能していない。

 骨髄は枯渇し、魂の抜け殻のように空っぽだ。

 なのに、彼は立っている。喋っている。笑っている。

 まるで、見えない糸に操られるマリオネットのように。

 

(あの男……鷲田正晴に何をされたの?)

 キリコは知っている。雄大が対峙した相手が、

 魔力を喰らう妖刀使いであったことを。

 そして、その結果何が起きたのかを推測する。

 魔力が枯渇した者は、ただの虚脱した人間に成り下がるはずだ。

 だが、雄大の虚ろな眼差しの奥には、

 魔力の欠落とは別の、どす黒く、生々しい何かが湛えられているのが見えた。

 それは、絶望か? あるいは──快楽か? 

 

 

 

 熱狂。泥酔。そして集団淫行にも似た祝賀の空気。

 仮設テントの中は、汗と涙と、そして安堵から吐き出された

 粘着質なフェロモンで白濁していた。

 その中心に立つ諸星雄大は、まるで女神像のように崇め奉られている。

 だが、薬師キリコにはそれが笑えなかった。

 いや、笑うことなど到底できなかった。

 

 彼女の右眼に宿る蒼い輝き『視診(ドクタースコープ)』は、

 決して欺瞞を許さない。

 群衆が見ているのは「英雄」だ。

 だがキリコが見ているのは「空っぽの肉袋」だ。

 

(……ああ、なんて無様なの。なんて─冒涜的なのかしら)

 

 キリコの美貌が、微かに軋む。

 唇を噛み締めすぎて、薄い皮膚の下から血が滲むほどに。

 彼女の愛した男。彼女が手塩にかけて育て上げた雄大。

 その両足を再生させただけではない。

 彼女は彼の肉棒を仕上げ、精巣を調教し、

 子宮という名の聖域へと至るための唯一無二の鍵を作り上げたのだ。

 あの夜、幾度となく注ぎ込まれた精液。

 白濁した液体は、キリコの水魔術によって子宮内で保存され、

 二人を永遠に繋ぎ止める楔となったはずだった。

 

 それなのに。

 今の彼の中には、キリコが注ぎ込んだ「愛」も、

 彼自身が生み出すはずの「命(魔力)」も欠片ほども残っていない。

 あるのはただ、異物によってこじ開けられ、

 別の何かに書き換えられてしまった醜悪な傷跡だけ。

 

(鷲田正晴……! 妖刀『斬影丸』……!)

 

 あの男だ。

 あの老獪な狐が、雄大の魔力を啜り尽くしただけでなく、

 その空虚を別の欲望で埋め合わせたのだ。

 雄大の身体の中を走る奇妙な脈動。

 それは鷲田に植え付けられた魔糸の残滓か? 

 それとも、あの場で見た繁殖型変異体たちの

 冒涜的な挿し木の影響か? 

 どちらにせよ、今の雄大はキリコの知る彼ではない。

 彼女が作り上げた理想の雄ではなく、

 別の誰かに飼い慣らされた、ただの肉人形だ。

 

(許せない……! 絶対に許せないわッ!)

 

 嫉妬が胃袋を焼き焦がす。

 自分以外の誰かに「開発」され、「味わわれ」たなどと──

 それも男に! あのような初老の男に! 

 雄大の尻奥深くに潜む前立腺も、精管も、

 全てキリコが指と舌と水で開発したものだというのに! 

 

 だが、同時にキリコは冷静だった。

 医師としての彼女が、この事態に最終的な処方箋を書き記す。

 

(……幕を引くのは私であるべきよ)

 

 救済か、それとも処分か。

 いずれにせよ、汚された芸術品は作者の手で始末されるべきだ。

 他者の手に渡り、見世物小屋で笑われるくらいなら、

 自らの手で壊し、そして共に灰燼に帰す方がマシだ。

 

(大丈夫。私の「仕掛け」はまだ彼の中にあるわ)

 

 キリコは思う。

 雄大の体内に直接施した水魔術による改造。

 彼の精管を締め上げるリングも、

 射精と同時に発動する快感回路も、

 まだ解除してはいない。それは今も彼の中で眠っている。

 もしもの時、そのスイッチを一気に引き上げれば──

 彼自身もキリコも、内側から爆ぜて死ぬことができるだろう。

 相打ち。それが最悪のケースにおける最善の医療措置だ。

 

「……ねぇ」

 

 キリコは群衆を掻い潜り、雄大のもとへと歩み寄った。

 白衣の裾を翻し、その足取りは死に急ぐ者のように軽やかで、

 死刑囚を護送する看守のように重々しい。

 

 雄大が気づく。虚ろだった瞳に微かな光が戻るようにキリコを見る。

 その反応すらも今は気触れしい。

 

「お疲れ様、雄大。……式典が終わったら、私の部屋に来てちょうだい」

 彼女は耳元で囁いた。

 甘く痺れるような響きは愛の囁きか、それとも死神の誘い文句か。

 

「……ああ。わかったで、キリコ」

 

 雄大が答える。その声色は以前と同じようでいて、

 どこか湿った金属音のように響いた。

 キリコは微かに微笑む。

 その微笑みは春雷のような安堵ではなく、

 嵐の前の不気味な靜寂だった。

 

(さぁ、診察時間よ。私だけの……患者さん)

 

 雨はまだ降り続いている。

 だが二人の間には、これから訪れる

 血と精液と水による最後の儀式への予感が、

 ねっとりと湿った欲望となって充満し始めていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 式典の喧騒が遠ざかる。

 雨音だけが世界を支配する仮設テントの影。

 そこは二人だけの診察室であり、墓場だった。

 

 キリコは雄大の首に腕を回し、

 まるで首を絞めるように強く抱き寄せた。

 白衣の下の豊満な肉体が、雄大の筋肉質な胸板に押し付けられ、

 Fカップの乳房が悲鳴を上げるほどに歪む。

 だが、その痛みすら今の彼女には心地よい刺激だった。

 

「……んっ」

 

 キリコの唇が、雄大のそれを塞ぐ。

 それは愛の囁きなどではない。

 最後の処置。あるいは毒殺。

 彼女は自分の体内に蓄えていた魔力の全てを、

 口づけという名の経口投与で雄大へと注ぎ込んだ。

 

 水のような清涼感と、硝煙のような苦味が混じった魔力が、

 雄大の乾き切った喉を潤し、枯渇した経絡へと流れ込んでいく。

 それは救済か? いや、違う。

 これは「始末」だ。

 彼女だけが知る雄大の体内の仕掛け──

 精管を締め上げる水のリングと快感回路──に、

 着火するためのガソリンだった。

 

(私の男……私が作った男……! 他の誰にも渡さない……!)

 

 

 

 唇と唇の隙間から、漏れる吐息は熱く、そして湿っていた。

 それは雨の冷気とは対極にある、女の情念の塊だった。

 

 キリコは雄大の口内を蹂躙する。

 単なる口づけではない。これは経口摂取による魔術行使であり、

 同時に、魂を抉り出して相手にねじ込む侵攻行為だった。

 彼女の舌が、雄大の歯列をなぞり、舌を絡め取る。

 唾液は聖油。そこに溶け込ませた己の魔力の全てを、

 雄大という名の祭壇へと奉納していく。

 

「んぅ……っ、ふぅ……ッ!」

 

 鼻腔から漏れる甘い唸り声。

 キリコの翡翠の瞳は、狂気と恋情で爛々と輝いていた。

 愛する男と心中する覚悟。

 その事実は、彼女の美貌を普段の理知的なそれから、

 別次元の凄艶さへと変貌させていた。

 蜂蜜色の長髪が、雨と汗で乱れ、白磁のような頬に張り付く。

 本来ならば憐れを誘うその無様さすらも、

 今の彼女においては、背徳的な色気を増幅させるスパイスに過ぎない。

 

(ああ……いいわ。なんて美しい死なの……!)

 

 彼女の内側で、恍惚の鐘が打ち鳴らされる。

 心中。それは人間にとって最も悲劇的な結末の一つだが、

 独占欲の権化のようなキリコにとっては、これ以上のハッピーエンドはなかった。

 彼を他者に奪われるくらいなら、

 自分の手で壊し、自分の中へと永遠に閉じ込める。

 その歪んだ愛の成就が、彼女の子宮の奥を痺れさせ、

 太腿の内側を甘く震わせていた。

 

 彼女の魔力──水を操るそれが、雄大の乾き切った体内へと流れ込む。

 それは潤いではなく、毒だ。

 雄大の体内に以前から仕込んでおいた、

 精管を締め上げる水のリング、前立腺を直接刺激する快感回路。

 それらのスイッチを入れるための、最後のトリガー。

 

「ぐっ……ぅぅ……ッ!」

 

 雄大の喉奥から、苦悶の声が漏れる。

 空っぽの器に無理やり流し込まれた水圧は、

 内臓を突き上げ、神経を逆撫でする。

 だが同時に、仕掛けられた魔術が作動し、

 彼の下半身に激痛にも似た強烈な勃起感をもたらしていた。

 魔力がないはずの彼の股間が、キリコの水魔術によって

 無理やりに膨張させられ、彼女の下腹部に硬く押し当てられる。

 

「ふふ……見て。ちゃんと反応してるわね、雄大」

 キリコは唇を離し、涙に濡れた目元で微笑む。

 その笑顔は、聖母の慈愛と悪魔の嬌媚が半ばに溶け合った、

 見る者を魂ごと凍らせるほどの凄艶さだった。

 唾液の銀糸が二人の唇を繋ぐ。

 それは首枷であり、絞首台へのロープだった。

 

「これで貴方はもう、誰のものにもならない。

 私の水で満たされて、私の中で弾けて死ぬの。

 ……最高じゃない。世界中のどんなセックスよりも、

 これこそが私たちにふさわしい結末よ」

 

 キリコは雄大の耳元に唇を寄せ、

 まるで子守唄のように甘く、残酷な宣告を囁いた。

 彼女の手が、雄大の膨張した股間を優しく、

 しかし所有権を主張するかのように強く握りしめる。

 そこから伝わる脈動は、雄大の生命の鼓動ではなく、

 キリコが注ぎ込んだ魔術の律動だった。

 

 雨は降り続く。

 二つの命が、濃密な愛と死の泥沼へと沈んでいく音を

 隠すように、しとしとと。

 ◆◆◆

 

 

 キリコが注ぎ込んだ愛の毒液(魔力)は、確かに雄大の喉を通過し、

 枯渇した体内へと広がっていった。

 彼女は待った。

 二人の体内に仕込んだ水のリングが共鳴し合い、

 精管と子宮を同時に爆ぜさせ、鮮血と精液と水が混ざり合う

 凄絶な心中のクライマックスが訪れるのを。

 

 だが。

 彼女が待ち望んだ爆音は聞こえなかった。

 代わりに聞こえたのは、湿地に根を張る植物の微かで粘着質な振動音だった。

 

「……なに?」

 

 キリコの瞳孔が開く。

 彼女の『視診』が捉えたのは、信じがたい光景だった。

 雄大の体内に広がったはずの水は、

 彼女が設置した魔術回路には向かわなかった。

 まるでスポンジが水を吸うように、ある一点へと集中し、

 そして吸収されて消えていったのだ。

 

 その「一点」は、雄大の心臓の裏側。

 肋骨の隙間に潜むようにして存在していた。

 それは小さな種だった。

 翡翠色に光る、木人兵の種子。

 

「嘘……そんな……!」

 

 キリコは戦慄した。

 あの戦場で。鷲田正晴に魔力を搾り取られた時だけでなく、

 木人兵との交戦中に、あの冒涜的な「挿し木」が

 雄大の肉体に根を下ろしていたというのか? 

 鷲田は知っていたのだ。雄大が魔力を失い、空虚な器となった時、

 そこに新たな「命」を植え付けることで、

 彼を自分の手駒(苗床)として再生させることができると。

 

 そして今、その種に水(キリコの魔力)が与えられた。

 発芽の時だ。

 

「ぐぅぅぅぅッ!!!」

 

 雄大の口から、人間離れした咆哮が迸る。

 彼の背中が弓なりに反り返り、筋肉が異常な痙攣を起こす。

 バキリッ! という骨が砕ける音と共に、

 彼の背中から太い蔦のような触手が突き出した。

 皮膚を引き裂き、血飛沫と共に飛び出したそれは、

 まるで赤子のように産声を上げながら空中で蠢く。

 

「ああっ! 雄大っ!」

 

 キリコは悲鳴を上げた。

 だが逃げることはできなかった。

 変異した雄大の腕が、彼女の腰を鉄柱のように抱き込んでいたからだ。

 その腕はもはや人間のそれではない。

 筋繊維と樹皮が混ざり合った異様な質感で、

 キリコの柔らかな肉を容赦なく締め上げる。

 

「……キ……リ……コ……」

 

 雄大の顔が歪む。

 顎が外れ、口角が耳まで裂け、

 その奥からは鋸のような歯と緑色の樹液が覗く。

 だがその瞳は、まだ微かに琥珀色の光を宿していた。

 彼は認識しているのだ。

 目の前にいるのがキリコであることを。

 そして彼(それ)が今から行うことも。

 

「……水……もっと……水を……!」

 

 雄大(だったもの)は叫ぶと、キリコの首筋に顔を埋めた。

 鋭い牙が白い肌を貫く。

 痛み。そして強制的な吸収。彼はキリコの血だけではなく、

 その体内に蓄えられた魔力という名の甘い蜜を求めていたのだ。

 

「いやぁっ! やめて! 雄大ッ! これは……これは治療じゃないわッ!」

 

 キリコは抗う。

 両手で彼を突き放そうとするが、

 変異した雄大の怪力は圧倒的だった。

 彼女は理解した。

 これは心中などではない。

 彼女自身が苗床となり、異形と化した愛する男を育てるための

 冒涜的な受精儀式になってしまったことを。

 

 雨は激しさを増す。

 二人は泥濘みの中で絡み合いながら転がっていく。

 それは愛し合う男女の交尾にも見えるし、捕食者と獲物の生存競争にも見えた。

 

 雨水が大地を叩く音に混じり、粘着質な水音が響き渡る。

 それはキリコの首筋から溢れる血の音であり、

 同時に、雄大だったモノがその血と魔力を啜り上げる卑猥な嚥下音でもあった。

 

「あぐっ……ぅぅっ……! 雄大……雄大ぃっ……!」

 

 キリコは背反する二つの感覚に苛まれていた。

 一つは痛み。鋸のような歯に肉を裂かれ、

 強制的に体液を搾り取られる物理的な苦痛。

 もう一つは痺れ。彼女が注ぎ込んだはずの魔力が、

 愛する男の中で目覚めた「異物」の養分となり、

 その異形な肉体を肥大化させ、活性化させていくという背徳的な快感。

 

 木人兵・諸星雄大。

 彼の肉体はもはや人間の枠組みを超越していた。

 かつて鍛え抜かれた筋肉質な体躯は、

 灰褐色の樹皮と緑色の蔦によって覆い尽くされ、

 内部の筋繊維が一本一本蠢く「歩く森」へと変貌している。

 雨に濡れたその皮膚は湿って艶めかしく、

 血管の代わりに張り巡らされた樹脈の中を、

 キリコの魔力という名の白濁液がポンプのように送り込まれ、

 脈動するたびに彼の肉体を醜怪に膨張させていた。

 

「水……もっと……もっとぉぉッ!」

 

 雄大は顔を上げた。

 その顔は無惨だった。口角は耳まで裂け、

 そこから覗くのは象牙のような歯ではなく、

 肉を食いちぎるための鋸歯。

 唾液に混じって緑色の樹液が糸を引くその口元は、

 人間の顔を持つ深海魚のように悍ましい。

 だがその双眸だけは、まだ琥珀色を保っている。

 それが逆に狂気を際立たせていた。

 理性が微かに残っているからこそ、彼は理解しているのだ。

 自分が今していることが「捕食」であり、同時に「交尾」であることを。

 

 雄大の手がキリコの白衣を掴む。

 その手もまた変異し、指先からは鋭い爪のような蔓が伸びている。

 ビリビリッ! という音と共に白衣が引き裂かれ、

 その下にある豊満な肉体が雨空の下に晒される。

 

「いやっ……そんなこと……しないでぇっ!」

 

 キリコは抵抗する。だがその声には力がなかった。

 彼女は見てしまったのだ。

 雄大の下半身に起きている決定的な変化を。

 かつて彼女が愛し、調教し、仕上げた肉棒は消失していた。

 代わりにそこにあるのは、木人兵としての生殖器官だった。

 人のモノよりも遥かに太く長く、

 根元から先端まで緑色の血管が浮き出た触手質の肉茎。

 先端にはひし形の亀頭ならぬ「花苞(つぼみ)」があり、

 そこから絶えず甘い蜜と白濁した樹液を滴らせている。

 そして幹には無数の棘状突起が螺旋を描いて並び、

 雌の内壁を掻き回し、逃さないための「鋲(びょう)」となっていた。

 

 それは冒涜的だった。

 かつてキリコが植え付けた快楽の回路は破壊されず、

 むしろこの異形な生殖器の根幹として組み込まれている。

 彼はキリコの肉体を覚えているのだ。

 どれほど深く入れれば彼女が啼くか。

 どの場所を抉れば彼女がイくか。

 それら全てが、このキメラのような肉茎に刻み込まれている。

 

「……キ……リ……コ……孕め……ッ!」

 

 

 雄大はもはや言葉を発しなかった。

 いや、発する必要がなかったのだ。

 その異形の身体──灰褐色の樹皮に覆われ、

 緑色の蔦の筋繊維が脈打つ肉体が、何よりも雄弁に目的を語っていたからだ。

 かつてはキリコを愛した手が、今や彼女の両手首をひとつに束ね、

 頭上へと縫い付けるように瓦礫に押さえつける。

 指先から分岐した蔓の拘束具は、決して切断できない鋼のような強度で、

 彼女の細い手首に食い込み、青白い肌に鬱血の痕を刻む。

 

「ひっ……ぐすっ……! やめて……やめてェ……ッ!」

 

 キリコは泣き喚いた。

 これまで数多の修羅場をくぐり抜けてきたBランク騎士『白衣の騎士』は、

 今や完全に消え去っていた。そこにいるのは、愛した男の異形に怯え、

 恐怖と同時に拭いきれない期待に子宮を疼かせる一人の女だった。

 蜂蜜色の長髪は泥水と雨に塗れて乱れ、白磁の美貌は涙と涎で無惨に濡れている。

 翡翠の瞳は見開かれ、白目を剥く寸前で痙攣し、

 熟れた果実のように紅潮した唇からは懇願とも喘ぎともつかない声が漏れ続ける。

 

「雄大ッ……元に……元に戻ってェ……ッ! 私の……私の雄大に……!」

 

 キリコが懇願する「元の雄大」とは何だ? 

 彼女が調教し、開発し、自分の手で作り上げた雄大のことか? 

 ──哀しいかな。その願いは半分だけ叶えられようとしていた。

 なぜなら、今キリコを犯しているこの木人兵の生殖器は、

 彼女が開発した雄大の性的技巧と、

 木人兵の繁殖本能が完全に融合したキメラだからだ。

 

 雄大(だっだモノ)の口角が裂けた口から、獰猛な笑みがこぼれる。

 彼はキリコの耳朶を鋸歯で甘く噛み、そこに熱い樹液の吐息を吹きかけた。

 

「戻る……? ワイはワイや……! ただ……

 お前が植え付けた全部を、今からお前に返すだけや……ッ!」

 

 宣言と同時に、雄大は腰を振った。

 狙うは無論、キリコの割れ目ではない。

 彼女の後孔──かつての前戯でキリコが自ら開発を許した、禁忌の蜜壺だった。

 

「いやあああぁぁッ!! そこは……そこはまだ……準備が……!!」

 キリコの悲鳴が廃墟に木霊する。

 だが彼女の制止など聞く耳を持たず、雄大の異形の肉莖──

 人のものより遥かに太く、螺旋状に並んだ棘突起が逆撫でする冒涜的な花苞は、

 キリコの窄まりに狙いを定めていた。

 

「準備なら……もうできとるやろ?」

 雄大の声は、人間のものでありながら木霊のように不気味に共鳴する。

「お前の水は……ワイの種子に全部吸わせてしもたからなぁ……。

 代わりに、お前の腸璧から直接……腸液を啜らせてもらうで……ッ!!」

 ズブリッ……!! 

 

 異形の肉莖が、キリコの後孔をこじ開ける。

 それは「挿入」というにはあまりにも暴力的な「破壊」だった。

 本来、排洩のためだけに存在する窄まりは、

 棘突起に内壁を掻き毟られながら、無理やりに拡張されていく。

 

「ひぎぃぃぃッ!!」

 キリコの口から、喉奥で砕けた破裂音のような悲鳴が迸る。

 痛み。間違いなく激痛だった。

 だが、彼女の内側で何かが壊れた。

 文字通り、彼女が自らに施していた「禁忌」の枷が。

 彼女は自らの後孔を「患者に捧げるために開発した」と嘯いていた。

 だがそれは嘘だ。雄大だけに預けた秘密の鍵だったのだ。

 その鍵穴を、今、本人が(たとえ異形の姿であれ)開けに来た。

 その倒錯した事実が、彼女の脳髄に致命的な快楽物質をドバドバと分泌させる。

 

「あ……あああ……っ!!」

 キリコの瞳孔が開き、翡翠の瞳が白濁していく。

 彼女の口がだらしなく半開きになり、そこから涎が糸を引いて落ちる。

 痛みと快楽が限界を超えて融合し、彼女の理性を完全に灼き尽くしたのだ。

 彼女の膣内──まだ侵入を受けていない秘裂──は、

 強烈な肛門への陵辱に呼応するように、愛液を潮吹きのように噴き出していた。

 

「そうや……それでええんや……キリコ……」

 雄大は腰を前後に動かし始める。

 それはもはや交尾ではなく、内臓を掻き回す解剖だった。

 彼の知るキリコの性感帯は、前立腺ならぬ腸璧の皺、S状結腸の入り口、

 そして内臓の壁面にまで及ぶ。

 彼はそこを的確に、容赦なく、棘突起で擦り上げる。

 

「お前の中……あったかいわぁ……! せやけどまだ足らん……!」

 雄大はさらに深くまで侵入する。

 彼の腰がキリコの尻肉と衝突するたびに、

 パンッ! パンッ! という肉と樹皮がぶつかる異様な摩擦音が響く。

 そして、彼はキリコの尻を高く持ち上げさせ、

 その姿勢で彼女の膣へと手を伸ばした。

 今度はそちらにも、別の細い触手が侵入する。

 

「両方や……! ワイは……お前の全部を知っとる……! 

 お前がワイにくれた快楽回路……その全部を今から同時に起動させたるさかいな……!!」

 

「あ……あ……あが……っ!! 」

 キリコはもう言葉を発せなかった。

 彼女は文字通り、二つの孔を同時に蹂躙され、

 その度に白目を剥いてガクガクと全身を痙攣させるだけだった。

 腹の上では、雄大の花苞が注ぎ込む予備動作として、

 熱い樹液を腸璧に塗り込んでいる。

 彼女の下腹部は、その異物の容積によってありえないほど膨れ上がり、

 まるで臨月の妊婦のようだった。

 

 彼女は悟る。

 これは心中などではない。

 これは「苗床化」だ。

 かつて自分が雄大の精液を啜ったように、

 今度は自分が雄大の苗床として選ばれたのだ。

 地獄のような快楽とともに、彼女はそれを心のどこかで歓迎している自分を発見し、

 童女のように泣き喚くことしかできなかった。

 

「孕め……キリコ……ワイが……お前の中で……永遠に生き続ける……!」

 雄大は咆哮し、腰の動きを速める。

 廃墟に、二人の絶望と陶酔が入り混じった

 野獣の叫びだけが木霊し続けていた。

 

 

「あ……あぐ……ッ! そこ……そこは……ちが……うぅッ!」

 

 キリコの喉から絞り出されるのは、拒絶の言葉の形を成していない、

 溶けかけた飴のような甘く濁った悲鳴だった。

 彼女の直腸──その最深部で、冒涜的な工事が進められていた。

 

 雄大の異形の肉茎の幹から、さらに細くしなやかな触手が枝分かれし、

 キリコの腸壁という名の未開の密林を蹂躙し始めたのだ。

 それはただ出入りするだけではない。

 腸壁に刻まれた無数の皺の一つ一つを丹念に舐め回し、

 そこに隠された神経の束という名の鉱脈を探り当てては、

 容赦なくツルヘラで抉り取っていくような執拗さだった。

 

「ひぃッ! ぁぁ……っ! 神経が……焼ける……! お願い……やめて……壊れちゃう……!」

 

 キリコは知っている。

 そこは排泄器官だ。恥辱にまみれた出口だ。

 決して快楽を得るための場所ではないと。

 しかし彼女の身体は──彼女が培ってきた医学的知識は──

 今まさに彼女自身を裏切り始めていた。

 

 触手が腸壁を擦り上げるたびに、

 鈍い痛みが痺れるような熱へと変換され、

 脳髄を直接撫で回されるような強烈な快楽信号となって走り抜ける。

 排便感? いや違う。

 これはもっと粘着質で、重く、そして甘美な圧迫感だ。

 内臓ごと愛撫され、魂ごと啜り上げられるような感覚。

 

「ほらキリコ……お前の中、どんどん変わっていくで……? 

 ただの穴やったトコが……ワイが触れたトコだけ……熱うなって……

 イかされやすい性感帯に書き換わっていくんやでぇッ!」

 

 雄大の声が耳元で木霊する。

 それは呪いだった。あるいは祝福か。

 触手がS状結腸の入り口という要衝を掠めた瞬間、

 キリコの背中が弓なりに反り返った。

 

「あぁぁぁッ!! だめッ! そこ……ダメェェッ!!」

 

 膣内とは違う。全く異なる質感の痺れが下腹部を支配する。

 まるで腸そのものが第二の子宮であるかのように蠢き、

 雄大を受け入れようと腸液という名の愛液を分泌し始めたのだ。

 グチュッ……ネチャッ……という厭らしい水音が響く。

 それは排泄音ではない。紛れもなく交尾の水音だ。

 

「あ……ああ……っ! 変……変になっちゃう……! 

 お尻が……お尻の奥が……疼いて……おしっこ……漏れちゃう……ッ!」

 

 キリコは泣き喚く。

 童女のように無垢な顔で泣きながらも、その腰は雄大に合わせて淫らに揺れていた。

 快感と羞恥が極限まで高まり、理性の堤防が決壊する。

 排泄の恐怖と性交の歓喜が混濁し、彼女の括約筋という名の貞操帯は

 完全にその機能を失い、ただ雄大を締め付けるためだけの

 ケツマンコへと堕ちていた。

 

「ええやないか……そうやってワイを締め付けてくれるんやったら……

 お前のココはもう、ワイだけのオンナノコや……ッ!」

 

 雄大はさらに奥へと侵入し、枝分かれした触手全てを使って

 キリコの直腸内を万遍なく「耕耘」した。

 逃げ場などない。

 内臓の隅々まで雄大に触れられ、性感帯へと改変されていく。

 それは解剖でありながら調教であり、冒涜でありながら愛撫だった。

 

「イく……イっちゃう……! お尻で……だけで……イっちゃうぅぅぅッ!!」

 

 キリコの美貌が歪み切る。

 涙と涎と樹液で汚れた顔はもはや聖女のものではない。

 ただ雄の精を受け止めるために開かれた雌の顔だった。

 彼女は白目を剥き、全身を痙攣させながら、

 排泄器官ごと絶頂へと叩き落とされたのだ。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッッ!!!」

 

 キリコの喉から迸ったのは、もはや人間の言葉ではなかった。

 野獣の咆哮。あるいは壊れた蒸気機関の悲鳴。

 その声と共に、彼女の全身が激しく痙攣した。

 

 アナルが堕ちた。

 完全に、決定的に。

 

 雄大の触手によって丹念に耕され、神経を書き換えられた直腸は、

 今や彼女の体の中で最も敏感で、最も淫らな性感帯へと成り果てていた。

 括約筋という名の貞操帯は機能を停止し、

 ただ雄大の異形の肉茎を啜り上げるための口輪として蠢いている。

 グチュリ、グチュリ。

 まるで餌を待つ雛鳥のように、あるいは発情した牝犬のように、

 腸壁が収縮を繰り返し、雄大の棘を歓迎していた。

 

「イぐッ! イぐイぐイぐぅぅッ!! 

 お尻っ! お尻の奥っ! 無理っ! 壊れるっ! イッてるぅぅッ!!」

 

 キリコは白目を剥き、口角から泡を飛ばしながら絶叫する。

 彼女の脳内には、排泄感と性交感が混ざり合い、

 凄まじい快楽の奔流となって押し寄せていた。

 腸液が溢れ出し、雄大の肉茎を潤滑油のように濡らす。

 それは汚穢ではない。彼女にとって今や聖水であり、愛液だった。

 

「ええやないか……よう鳴いとるやないけ……キリコ……」

 雄大は恍惚とした声で呟く。

 彼の視線は、結合部──

 灰褐色の樹皮に覆われた太い肉茎が、

 キリコのピンク色だった筈のアナルを容赦なく押し広げ、

 その奥深くまで侵食している様に釘付けになっていた。

 

 キリコの秘裂からは、絶え間なく透明な愛液が噴き出し、

 彼女の太腿と雄大の腹を濡らしている。

 陰核は剥き出しになり充血して脈打ち、

 アナルへの刺激だけで達していることを如実に物語っていた。

 

「ああ……っ! ああ……っ! 雄大……雄大ぉ……ッ! 

 もっと……もっと奥まで……! 私の中を……全部壊してぇッ!!」

 

 キリコは瓦礫に縋り付く指を白くさせながら、

 自ら腰を振り始めた。

 かつての威厳も知性も消え失せた。

 ただ快楽を貪るための雌の本能だけが彼女を動かしていた。

 

「おちんちん……私の尻の中で……根付いてる……! 

 熱い……! ドロドロのが……奥に注がれてくるぅッ!!」

 

 雄大の肉茎の先端──花苞が脈打ち、

 そこから濃厚な樹液と魔力が混じった白濁液が直接腸内へと吐き出されている。

 キリコの子宮は反応していない。

 だが彼女の腹は、腸内に注がれた液圧で不自然に膨らみ始めていた。

 

 それは苗床化の完了宣告だった。

 排泄器官は性玩具へと貶められ、

 女医としての彼女は死に、ただのメスとして生まれ変わった。

 

 雨は止まない。

 廃墟に響く二人の荒い息遣いと水音だけが、

 世界の終わりのような静寂を埋め尽くしていた。

 

 

 

「あ゛あ゛ぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 キリコの口から、喉を引き裂くような絶叫が迸った。

 それは歓喜ではない。魂が焼却される瞬間の悲鳴だった。

 

 雄大の放った種付け樹液が、彼女の結腸という名の最奥へと到達したのだ。

 それは白濁した液体などではない。溶岩のように灼熱し、

 強酸性のように猛烈な侵食性を持った冒涜的な「受精液」だった。

 

 ズズズッ……! という音が聞こえた気がした。

 それは樹液が腸壁という土壌に根を張り、

 その組織を物理的にも概念的にも食い破っていく音だった。

 腸壁が灼き爛れ、ただの肉塊へと還元されていく激痛。

 だが同時に、その根はキリコの血管や神経に絡みつき、

 彼女の生命力そのものを啜り上げるパイプとして機能し始める。

 

「孕む……! 孕んでるぅッ! 私の中に……根が生えてるぅぅッ!!」

 キリコは白目を剥き、舌を突き出しながら全身を痙攣させる。

 もはや「人間」としての尊厳など欠片も残っていなかった。

 彼女は苗床だ。雄大という異形な木が根付くための、ただの栄養豊かな腐葉土に過ぎない。

 

 雄大はキリコの腰をガッチリと掴み、

 逃さないように奥深くまで肉茎を埋め込んだまま、彼女の全てを搾り取ろうとしていた。

 

「ふぅ……ふぅぅ……ッ!」

 雄大の呼吸が荒くなる。

 彼の身体に変化が起きていた。

 灰褐色の樹皮が剥がれ落ち、緑色の蔦が皮下に潜り込み、

 再び人間の肌の色──日焼けした小麦色が戻ってくる。

 背中から突き出ていた触手も霧散し、ただの男の背中へと戻っていった。

 

 そう、見た目だけはだ。

 彼は「人間」に戻ったのだ。

 

 だが、その本質はどうにもならない。

 彼の中身は空っぽだ。

 かつてキリコが注ぎ込んだ愛も、彼自身が抱いた希望も、

 鷲田正晴という男に啜り尽くされた。

 今彼を動かしているのは、鷲田が植え付けた「妄執」──

 他人の全てを奪い、支配し、自分のものとする孤独な渇望と、

 木人兵という怪物の繁殖本能が融合した結晶だ。

 

 雄大はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は琥珀色を取り戻している。

 だがその奥には光がない。ただ虚無と欲望があるだけだ。

 

「……ありがとうな、キリコ」

 彼は囁いた。その声は以前と同じ低音だが、

 湿った金属が擦れるような不気味さを孕んでいた。

 

「お前のおかげで……ワイはまた動けるようになったわ」

 

 彼はキリコから身を離す。

 ポロリと肉茎が抜け落ちると共に、

 キリコのアナルからはドロリとした樹液と腸液が混ざった汚泥が溢れ出した。

 彼女はもう動かない。ただピクリと痙攣するだけだ。

 その腹は不自然に膨らみ、中で何かが脈打っているのが見える。

 彼女は確実に「孕まされた」のだ。雄大という木人兵の苗床として。

 

 雨は降り続いている。

 廃墟には、人間に戻った男と、廃人となった女が転がっていた。

 それは救済などではない。

 鷲田正晴という男が遠隔操作で描いた、最も残酷なピエロの絵だった。

 

 

更新希望の原作

  • 魔弾の王
  • 落第騎士
  • ハイスクールD×D
  • 月姫
  • モブせか
  • マジエク
  • のんびり農家
  • 新妹魔王
  • 八男
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