※この作品はR-18です。

ダークエロよろず短編集   作:カード読み込み

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オバロもクロス


カッツェ平野防衛線

 

 カッツェ平野。

 

 その名を口にしただけで、古い兵たちは一様に押し黙る。

 若い騎士たちは、何か薄気味悪いものでも見るような目つきで、地平線の彼方を見やる。

 サガ帝国と大国同盟の国境に横たわる、

 この広大な平野は、地図の上ではただの緩衝地帯に過ぎない。

 しかし、そこに足を踏み入れた者は、誰もが等しく、こう表現するのだ。

 ──生きている、と。

 

 土が、水が、空気が。

 そのすべてが、数千年にわたって積み重ねられた殺意と怨念を孕み、脈打っている。

 カッツェ平野は、単なる戦場ではない。

 それは、一個の巨大な生命体であり、今もなお飢えている。

 新しい血を、新しい悲鳴を、新しい絶望を、貪欲に求めているのだ。

 

 カッツェ平野には、一年を通して、薄い霧が立ち込めている。

 天気が良い日も、気温が高い日も、季節が変わっても、

 この霧だけは決して消えない。

 大地そのものが吐き出す、白く濁った息吹。

 その霧は、視界を遮るというにはあまりに優しげで、

 しかし、確実に、見る者の方向感覚を奪っていく。

 数百メートル先の友軍の姿も、数十メートル先の敵の影も、

 この霧の中では等しく不確かなものとなる。

 兵士たちは、常に不安と隣り合わせで、この白い帳の中を進まねばならない。

 それは、母の胎内に回帰するような、原始的な安心感と、

 二度と陽の光を見ることができないかもしれないという、抗いがたい死の予感が、

 奇妙に混ざり合った、蠱惑的な感覚である。

 

 何故、この平野にだけ、これほど濃密に魔力が満ちているのか。

 何故、この霧は、数千年もの間、一度も晴れたことがないのか。

 その答えは、この大地があまりにも多くの血を吸い過ぎたからだ。

 サガ帝国と大国同盟が成立する遙か昔、

 いや、文字による記録が残るよりもさらに古い時代から、

 カッツェ平野は、豊かな土地と不凍港を求める凍土の蛮夷から欧州を護る、

 最重要の防衛拠点であった。

 異民族を防ぐ、ただそれだけの理由で、

 どれだけの人間がここで殺し合い、果てていったのか。

 その数は、もはや誰にもわからない。

 数十万か、数百万か、あるいはそれ以上か。

 夥しい数の伐刀者たちが、自らの魔力のすべてを、

 殺意という形で大地に叩きつけ、そして死んでいった。

 その残留思念が、怨念が、土と水と空気の分子のひとつひとつに染み込み、

 異界と化したのが、このカッツェ平野なのである。

 

 そう、この地は、異界なのである。

 物理法則は歪み、方位磁石は役に立たず、通信機は雑音しか拾わない。

 そして何より、この大地は、生者の生命力そのものを吸い上げる。

 カッツェ平野に長く留まれば留まるほど、兵士たちは疲弊し、判断力を鈍らせ、

 やがては、この霧の中に溶け込むようにして消えていく。

 大地そのものが、生者を貪り食っているかのようではないか。

 いや、事実、そうなのだ。

 カッツェ平野は、飢えている。

 新しい死を、

 新しい魂を、

 貪欲に求めている。

 その飢餓感が、この白い霧を生み出し、

 見る者の心の奥底に潛む、死への憧れを、静かに掻き立てるのだ。

 

 考えてもみるがいい。

 この足の下には、今もなお、無数の死体が眠っているのだ。

 鎧を着けたまま絶命した騎士。

 内臓を引きずり出され、なおも敵に掴みかかろうとした狂戦士。

 愛する者を守るために、自らの身体を盾にして果てた若者。

 無念、

 憎悪、

 恐怖、

 生存、

 純粋な願い。

 そのすべてが、腐敗し、発酵し、この大地を肥やしている。

 我々が今、吸っているこの湿った空気は、

 かつて誰かの肺を満たしていた最後の呼気なのかもしれない。

 我々が踏みしめるこのぬかるみは、

 かつて誰かの流した血と涙と、そして脳漿の混合物なのかもしれないのだ。

 

 たまらぬ土地であった。

 死のエロティシズムが、これほどまでに濃厚に凝縮された場所を、他に知らない。

 生と死が、

 快楽と苦痛が、

 愛と憎悪が、

 境界なく混ざり合い、

 ひとつの巨大な子宮のように、

 訪れる者すべてを呑み込み、

 そして、新たな死として産み落とす。

 それが、カッツェ平野という名の、この世の地獄の本質なのだ。

 

 白峰一華は、その地獄の入り口に立っていた。

 

 日本派遣団の陣営が設営されたのは、

 カッツェ平野のほぼ中央、かつて古城があったとされる小高い丘の上だった。

 周囲を見渡せば、緩やかな起伏を除けば、ほとんど平坦な大地が、

 どこまでも、どこまでも続いている。

 そのすべてを、あの白い霧が覆い隠し、視界はわずか数十メートルといったところか。

 空気は生暖かく、肌にまとわりつくような湿気を帯びている。

 それは、単なる水蒸気ではない。

 もっとねっとりとした、粘度のある何か、──そう、精液に似ている、と一華は思った。

 この大地を覆う霧は、数多の男たちが死の間際に撒き散らした、子種の匂いがする。

 彼女の子宮が、かすかに疼いた。

 主アテムに貫かれ、子種を注がれるたびに感じる、

 あの抗いがたい悦楽の予感が、霧に乗って全身に染み渡っていく。

 

「気をつけろ。この霧は、心の隙間に入り込む」

 

 隣に立つ海江田勇蔵が、低く、警戒を込めた声で囁いた。

 彼の手には、すでに固有霊装たる長槍【神討の雷槍】が握られている。

 その穂先が、霧の中で微かにスパークし、パチパチと小さな破裂音を立てていた。

 彼の伐刀絶技『天網恢恢』は雷を操る。

 おそらく、大気中の魔力を感知して、警戒しているのだろう。

 その横顔は、昨夜、執務室で見せた、

 あの理性を溶かし尽くした獣の貌とはまるで別人だった。

 そこにあるのは、これから地獄の戦場に挑む、一人の老練な指揮官の貌。

 彼の心の奧底に、まだ妻への愛が燻っているのか、

 それとも、一華に魂を再構成されたことで、すべてが塗り替えられてしまったのか。

 それは、彼女にもわからなかった。

 だが、そんなことは、今はどうでもよかった。

 

「承知しています、団長」

 

 一華は、口の端をにぃっと吊り上げて笑った。

 彼女の手にもまた、大太刀『黒耀』が握られている。

 分厚い刀身が、霧の中でも鈍く黒い輝きを放つその刀身を眼前に掲げる。

 そして、まるで恋人にするように、冷たい鋼にそっと口づけをした。

 

 ──さあ、始めましょう。

 私という駒が、どれだけ使い物になるのか。

 あなたという駒が、どれだけ私を満足させてくれるのか。

 この地獄のような戦場で、じっくりと試して差し上げます。

 

 彼女は心の中でそう呟くと、豊満な乳房を持ち上げるように、

 ぎゅっと腕を組んだ。黒い戦闘服の布地が、

 暴力的な質量に耐えかねて、今にもはち切れそうに張り詰める。

 その仕草ひとつで、周囲にいた若い兵士たちの視線が、一斉に彼女に吸い寄せられた。

 彼らの目に宿るのは、戦場への恐怖と、抑えがたい劣情。

 一華は、それすらも心地よく感じながら、ゆっくりと霧の彼方を見つめた。

 

 その時である。

 カッツェ平野の大地が、突如として、低く、重々しい唸り声を上げ始めたのは。

 

 ごうっ、ごうっ、と。

 風が、方々から吹き荒れ、霧が渦を巻き始める。

 それは、まるで、大地そのものが呼吸を始めたかのような、生理的なリズム。

 霧の濃度が、一気に増していく。

 つい先ほどまで見えていた数十メートル先の景色が、急速に白濁した闇に閉ざされ、

 陣営全体を、濃密な死の気配が覆い尽くした。

 

「総員、戦闘配備! 来るぞ!」

 

 海江田の怒号が、重苦しい霧の帳を切り裂いた。

 その直後。

 陣営の前方、おそらく百メートルも離れていない場所から、

 この世のものとは思えぬ、無数の絶叫が轟いた。

 それは、人間の喉から発せられたとは思えない、

 怨恨と殺意だけで構成された、魂の叫び。

 そして、白い霧のスクリーンに、おびただしい黒い影が、

 にじみ出るようにして浮かび上がった。

 腐敗し、骨が露出し、それでもなお、朽ち果てた手に剣や槍を握りしめ、

 爛々と赤い光を眼窩に灯した、異形の群れ。

 ナイトキラーの『隷属の行進』によって生み出された、

 死してなお戦い続けることを強制された、哀れな従者たちである。

 

「けひぃぃぃぃぃっ!!」

 

 一華は、ほとんど無意識に、獣のような叫び声を上げていた。

 それは、恐怖ではなかった。

 歓喜。

 ついに、自分が真に生きられる場所に來たのだという、抗いがたい悦び。

 彼女は、腰を深く落とし、『黒耀』を正眼に構える。

 その構えは、かつて彼女が黒鉄一輝だった頃、

 幾度となく死線をくぐり抜けてきた、歴戦の剣士のそれだった。

 

「団長。右翼の指揮は、私にお任せを」

 

 彼女は、海江田にそう言い放つと、返事も待たずに、地面を蹴った。

 その加速は、まさに弾丸。

 一華の身体が、白い霧の中に一直線に飛び込んでいく。

 向かう先には、無数のアンデッドの軍勢。

 死の香りが、ますます濃くなる。

 子宮の奧が、じんじんと熱を持ち、とろりと蜜が溢れ出るのがわかった。

 

 ああ、これだ。

 私が求めていた戦場は。

 蹂躙し、

 蹂躙され、

 生と死が入り混じる、

 この究極の悦楽の坩堝。

 

 一華は、口の端を吊り上げ、眼をすぅっと細める。

 そして、先頭を走るアンデッドの騎士の、その真正面、

 ど真ん中に向けて、生涯最高のタイミングで、『天弓』の斬撃を放った。

 

 それは、地獄の開幕を告げる、最初の合図だった。

 

 

 斬撃が走る。

 

 白峰一華の振るう大太刀『黒耀』から放たれた一閃は、

 概念干渉系伐刀絶技『天弓』の名の下に、空間そのものを切り裂いた。

 通常、斬撃とは物理的な延長線上にしか存在し得ない。

 刃の屆く範囲、腕の伸びる先、それだけが剣の領分である。

 しかし彼女の斬撃は違う。

 距離による威力減衰を無効化し、

 斬撃の距離・数・位置・密度を自由自在に調整するその技は、

 もはや剣術の域を超え、ひとつの芸術、いや、暴力による創造行為であった。

 

 先頭を走っていたアンデッドの騎士が、兜ごと頭蓋を両断される。

 腐敗した脳漿が霧の中に飛び散り、黒く凝固した血が噴き出す間もなく、

 その身体は崩れ落ちた。しかし、一華の斬撃はそれだけでは終わらない。

 放った一太刀は、空間を滑るようにして後続の三体のアンデッドを纏めて薙ぎ払い、

 さらにその奧に控えていたゾンビの群れを、

 まるで鎌で刈る麦のように、一直線に斬り伏せた。

 

「けぇっ、ぉぉおっ!!」

 

 一華の口から、獣じみた叫びが漏れる。

 それは恐怖でも苦痛でもない。純粋な歓喜の咆哮。

 子宮の奧が、じんじんと熱を持ち、とろりと蜜が溢れ出る。

 戦場の殺戮は甘美な快楽。

 だからこそ、この戦場に身を投じたのだ。

 

 霧の中から、新手のアンデッドが次々と湧き出してくる。

 腐敗した顔に爛々と赤い光を灯し、朽ちかけた手に剣や槍、銃や爆弾を握りしめ、

 生者への根源的な憎悪だけを動力として、がむしゃらに突進してくる。

 その数は優に数十を超え、霧の奧からはさらに無数の影。

 ナイトキラーの伐刀絶技『隷属の行進』は、殺した相手を従者として蘇らせ、

 さらにその従者が殺した者をゾンビとして従属させる。

 連鎖的に拡大する死の軍勢は、まさに津波。

 

 しかし、一華は嗤う。

 

「いいわ、もっとキテ……♡」

 

 彼女は、豊満な乳房を持ち上げるようにぐっと背筋を伸ばした。

 黒い戦闘服の布地が、暴力的な質量に耐えかねて今にもはち切れそうに張り詰める。

 その仕草ひとつで、周囲にいた味方の兵士たちの視線が、

 戦場の恐怖も忘れて吸い寄せられた。宿るのは、死への怯えと、抑えがたい獣欲。

 彼女の戦闘スタイルは、かつて黒鉄一輝だった頃に培った、

 あらゆる武術の粋を集めたものである。

 しかし、女体化し、Aランク相当の魔力を得、根本から変容。

 力任せの剛剣ではない。速さだけを追求した快剣でもない。

 彼女の剣は、まるで舞踏。一振り一振りが、計算し盡くされた演舞のように優雅で、

 それでいて、触れるものすべてを破壊する凶悪さ。

 

 アンデッドの群れが、四方八方から一斉に飛びかかってきた。

 一華は、その中心で、くるりと身を翻す。その動きに合わせて、

 スカートの裾がふわりと舞い上がり、ムッチリとした太腿が露わになる。

 男たちの視線が、その白い肌に釘付けになった瞬間、

「第四の秘剣──『蜃気狼』」

 

 ブレた。

 いや、ブレたように見えただけだ。

 急激な緩急をつけた足捌きが、霧の中に複數の殘像を生み出し、

 アンデッドたちの認識を狂わせる。どれが本物かわからず、

 虛空に向かって惑う隙を、一華は見逃さない。

 

「第七の秘剣──『雷光』」

 

 動體視力を遙かに凌駕する神速の斬撃。

 一華の身體が、アンデッドの群れの中を一直線に駆け抜ける。

 その軌跡に沿って、無数のアンデッドが、同時に両斷された。

 彼らは、自分が斬られたことすら認識できないまま、崩れ落ちていく。

 

「あひゃららららっ」

 

 一華は、天を仰いで笑った。

 それは、戦場にはあまりにも不釣り合いな、少女のような無邪気な笑い聲。

 しかし、その瞳だけは、冷たく澄んだ黒眼が、

 獲物を嬲り殺す牝豹のように、ギラギラと獰猛に輝いている。

 

 彼女の周囲に、死體の山が築かれていく。

 

 一體、また一體と、アンデッドが斬り伏せられるたびに、

 一華の身體からは汗が噴き出し、黒い戦闘服が肌に張り付いていく。

 その布地が、彼女の身體の曲線を、これ以上なく淫靡に浮かび上がらせた。

 豊満な乳房の先端が、布地を內側から押し上げ、硬くしこった乳首の形を、

 はっきりと浮かび上がらせる。くびれた腰、引き締まった腹筋、

 そして、大きく張り出した臀部。一歩動くたびに、

 その尻肉がムチリ、ムチリと揺れ、布地を食み、見る者の劣情を直接的に掻き立てる。

 

 戦場にいる男たち──味方の兵士も、敵の兵士も──は、

 もはや戦闘どころではなかった。視線は、すべて一華に釘付けである。

 剣を振るうたびに、暴力的な質量の雙丘がブルンッと激しく揺れる。

 敵を斬り伏せるたびに、その肢体は汗でしっとりと濡れそぼり、

 より一層、妖しい輝きを増していく。

 

 一人の若い兵士が、あまりの光景に、無意識に自分の股間を押さえた。

 ズボンは、テントのように膨らみ、先端からは我慢汁。

 彼は、自分が今、戦場にいることも、目の前に敵がいることも忘れて、

 ただひたすらに、その女騎士の姿に見入っていた。

 あんな風に斬り伏せられたい、と願った。

 彼女の太腿に、

 彼女の乳房に、

 彼女のすべてに蹂躙され、

 そして、彼女の子宮の奧に、

 自分の存在を注ぎ込みたい、と。

 

 たまらぬ女であった。

 白峰一華という女は、戦場という舞臺で、その真価を最も発揮する。

 彼女の存在そのものが、もはや一個の凶悪な伐刀絶技。

 見る者の理性を削り、

 戦意を奪い、

 劣情を掻き立て、

 そして、死への憧れを抱かせる。

 それは、カッツェ平野の霧が持つ呪いよりも、

 さらに深く、さらに甘美な、墮落への誘いであった。

 

「団長! 右翼はすべて片付きましたわ!」

 

 一華は、海江田勇蔵の方に振り返り、にぃっと口の端を吊り上げて笑った。

 その顔には、返り血が飛び散り、白い肌に赤い染みを作っている。

 しかし、彼女はそれを拭おうともせず、

 むしろその汚れを楽しむかのように、舌で唇を舐めた。

 

 海江田は、その姿に、言葉を失った。

 昨夜、執務室であれほど激しく交わった女が、

 今、こうして戦場で鬼神の如く振る舞っている。

 そのギャップが、彼の理性をさらにぐちゃぐちゃに掻き亂す。

 彼の妻は、決してこんな女ではない。

 彼の妻は、家庭を守り、娘を育て、彼の帰りを静かに待つ、良妻賢母。

 しかし、今の彼にとって、

 その妻の姿は、ひどく遠く、色褪せたものに感じられた。

 目の前にいるのは、血と汗と精液の匂いが混ざり合った、蠱惑的な死の女神。

 

 その時、である。

 

 大地が、再び、ごうっ、と唸りを上げた。

 

 霧の彼方から、新たな軍勢が迫ってくる気配。

 しかし、今度のそれは、アンデッドのような生溫いものではない。

 重く、

 鈍く、

 圧倒的な殺意を秘めた、

 鋼鉄の響き。

 

「戦車だ……!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 直後、白い霧のスクリーンを切り裂いて、巨大な鉄の塊が姿を現した。

 サガ帝國と敵対する、大國同盟の地上部隊。

 その主力である、魔導戦車である。

 通常の戦車よりもはるかに巨大で、

 重裝甲に覆われたその車體は、まさに動く要塞。

 その砲塔が、ゆっくりと回転し、敵に向けて照準を合わせる。

 

「総員、散開しろ!」

 

 海江田の怒號が飛ぶが、それよりも速く、戦車の主砲が火を噴いた。

 砲弾は、魔導物理によって加速され、

 マッハ10を超える速度で、ど真ん中に著弾する。

 爆発。

 土砂が舞い上がり、數人の兵士が吹き飛ばされた。

 悲鳴と怒號が飛び交う。地獄のような混亂。

 

 しかし、一華は、その光景を見ても、なお、笑みを崩さなかった。

 ゆっくりと、戦車の方に向き直る。

 瞳は、まるで戀人を見つめるかのように、潤み、熱を帯びている。

 

「戦車……いいわ。あなたも、私の子宮で蹂躙してあげる」

 

 彼女は、そう囁くと、『黒耀』をだらりと下げたまま、

 戦車に向かって歩き出した。

 その歩みは、まるでモデルがランウェイを歩くかのように優雅で、

 一歩踏み出すごとに身體からは膨大な魔力が溢れ出していく。

 

 戦車の機銃が、一華を狙って火を噴いた。

 無数の銃弾が、彼女の身體を蜂の巣にしようと殺到する。

 しかし、それらはすべて、触れる直前で、見えない壁に阻まれたかのように弾かれた。

 

 ──『恒常魔力圏』

 己の意思が全てに優越する、自分だけの世界。

 機銃程度で、彼女の肌に傷ひとつつけられるはずがない。

 

「さあ、硬い鉄の鎧、私のこの身で感じさせて」

 

 一華は、そう呟くと、地面を蹴った。

 砲弾のように一直線に戦車に向かって飛んでいく。

 その加速は、まさに超音速。

 男だった頃に編み出した、第一の秘剣『犀撃』。

 さらに磨きがかかり、その威力は數十倍にまで達している。

 

 彼女は、戦車の正面裝甲──最も硬い部分──に向かって、

 その身を投げ出した。そして、そのど真ん中に、『黒耀』の切っ先を叩きつける。

 

 バラ、と。

 

 何かが砕ける音がした。

 ぎゃり、と、鉄が悲鳴を上げる。

 戦車の內部で、無數の斬撃が発生し、乗員をズタズタに切り裂き、

 エンジンを破壊し、弾薬を誘爆させた。

 巨大な鉄の塊が、內側から膨れ上がり、そして、大爆発を起こす。

 

 爆風が、周囲の霧を吹き飛ばし、一瞬だけ、カッツェ平野に青空。

 

「ああ……素敵……きれいな空……」

 

 彼女は、うっとりとした表情で、天を仰いだ。

 その両腳の間からは、とろりと蜜が滴り落ち、太腿を伝って地面に染み。

 彼女は、今、この瞬間、最も強く、最も深く、「生きている」。

 蹂躙し、蹂躙され、死と隣り合わせで踴る、この戦場という名のベッドの上で。

 

 その彼女の前に、新たな影が立ちはだかる。

 

 全長三メートルを超える、人型の鋼鉄の巨人。

 それは、戦車よりもさらに凶悪な、大國同盟の最終兵器。

 

「機甲兵……!」

 

 誰かが、恐怖に引き攣った聲で呟いた。

 

 伐刀者の脳をクローン化し、処理を行った培養脳で制御される、生體兵器。

 倫理も人道も無視して作られた、この戦場の主役が、ついにその姿を現したのだ。

 その手には、戦車の主砲に匹敵する魔力を凝縮した、巨大な砲剣が握られている。

 

 機甲兵。

 

 近代科学と魔導物理、生体工学や錬金術の粋を集めて作り上げられた、陸戦兵器の究極形。

 伐刀者の脳をクローン化し、処理を行った培養脳で制御される、生きた機械。

 倫理は問わず、人道も無視して作られた、この忌まわしき戦場の主役が、

 今、白峰一華の眼前に、その異形の全貌を現したのである。

 

 全長は二・三メートル。

 人間の形を模してはいるが、そのプロポーションは明らかに異常だった。

 脚部は異様に長く、関節は逆関節。獣のそれである。

 腕部もまた、人間の三倍はあろうかという長さで、指先は鋭利な刃物のように尖っている。

 胸部には、伐刀絶技を増幅するための魔導炉が埋め込まれ、

 その中心で、培養脳がどくどくと脈打っていた。

 頭部には、複眼式の光学センサーが無数に並び、

 獲物の体温や魔力の波長、心拍数や呼吸のリズムまでも、

 あらゆる情報を収集し、解析する。

 

 何よりも悍ましいのは、その動きの滑らかさである。

 これが、機械仕掛けのロボット兵器なのか。

 いや、違う。

 これは、生きた人間の脳を、機械の身体に移植した、

 文字通りの生体兵器。

 培養脳は、元となった伐刀者の戦闘経験や伐刀絶技を完全に記憶しており、

 さらに、倫理や感情といった「不要な機能」を外科的に切除されている。

 あるのは、ただ、命令に従い、敵を殺すという純粋な機能だけ。

 それは、まさに殺戮のために生まれ、殺戮のために死んでいく、

 哀れで、美しく、そして、この上なく蠱惑的な存在。

 

 たまらぬ兵器であった。

 これを作り出した人間の、狂気と叡智が、淫らに交わり、

 一つの生命すらも凌駕する完璧な機能美を生み出している。

 一華の子宮が、きゅんと疼いた。

 ああ、これだ。

 私が求めていたのは。

 蹂躙し、蹂躙される、対等な相手。

 この鋼鉄の愛人は、きっと、私を満足させてくれる。

 

 三体の機甲兵が、完璧に同調した動きで、一華を包囲する。

 その動きは、もはや機械のそれではない。

 まるで、ひとつの意思を持った巨大な肉食獣の群れ。

 彼らは、互いの伐刀絶技を補完し合い、

 一人の人間が持つ限界を、はるかに超えた連携攻撃を仕掛けてくる。

 

 一体目が、腕部から無数のワイヤーを射出した。

 纏う自然干渉系の伐刀絶技。空間そのものを縫いとめ、

 一華の動きを封じようとする。しかし、彼女は嗤う。

「そんなもので、私を縛れると思って?」

 一華は、身を翻し、ワイヤーの雨を紙一重でかわす。

 その動きに合わせて、巨乳がブルンッと激しく揺れ、

 汗が飛沫となって霧の中に煌めいた。

 

 二体目が、その隙を逃さず、背後から襲いかかる。

 その手には、魔力を凝縮した砲剣。

 振り下ろされる一撃は、戦車の正面装甲すらも容易く両断する威力。

 しかし、一華は振り返りもせず、『黒耀』を背後に一閃した。

 

 ぎゃりんっ! 

 

 甲高い金属音が、戦場に響き渡る。

『黒耀』の刀身が、砲剣を受け止めたのだ。

 いや、受け止めただけではない。

 彼女の伐刀絶技『天弓』は、斬撃の概念そのものを拡張する。

 その防御は、単なる物理的な接触ではなく、

 あらゆる力の干渉を受け付けない、絶対の拒絶。

 機甲兵の砲剣は、『黒耀』に触れた瞬間、

 まるで熱したナイフをバターに差し込むように、音もなく両断された。

 

「けひぃっ」

 

 一華は、振り返りざまに、その機甲兵の胴体を薙ぐ。

 しかし、手応えがない。

 機甲兵は、斬られる寸前、脚部の関節をバネのように使って、

 人間ではありえない方向に飛び退いたのだ。

 その動きは、まさに悪夢のよう。

 物理法則を無視した、この鋼鉄の愛人たちの舞踏に、

 一華はますます興奮し、その瞳をギラつかせた。

 

「素敵……もっと、もっと私を愉しませて」

 

 彼女の全身から、魔力がごうっと噴き出す。

 そのあまりの濃密さに、周囲の霧が渦を巻き、

 一華の肢体を、さらに淫靡に、さらに神々しく演出した。

 汗で濡れそぼった黒い戦闘服が、白い肌に張り付き、

 その下にある暴力的なボディラインを、これ以上なく露わにする。

 特に、胸の先端は、服の上からでもはっきりとわかるほど硬くしこり、

 まるで、今にも食らいついてほしいと、雄を誘うかのように、

 存在を自己主張していた。

 

 三体目の機甲兵が、その光景を無機質なセンサーで捉えながらも、

 一瞬、動きを止めた。それは、機械にはありえない「迷い」。

 培養脳にわずかに残された、元となった伐刀者の本能が、

 目の前の女の、あまりにも異様な色香に、反応したのだ。

 しかし、それもほんの一瞬。

 すぐに、殺戮本能がそれを塗り潰し、機甲兵は両腕を広げた。

 その胸部で、魔導炉が、不気味な駆動音を上げて唸りを上げる。

 発動するのは、自然干渉系の伐刀絶技。

 超高熱のプラズマを収束させ、あらゆる物質を蒸発させる、灼熱の光線が、

 一華めがけて放たれた。

 

 しゅううっ! 

 

 空気が焼け焦げる音。周囲の温度が、一瞬で跳ね上がる。

 一華は、その光線を、正面から見据えた。避けない。

 その瞳は、まるで戀人を見つめるかのように、潤み、熱を帯びている。

 そして、彼女は、ゆっくりと『黒耀』を掲げた。

 

「あなたの、一番熱いものを、私の奧深くに、注いで……」

 

 彼女の呟きは、もはや戦いの言葉ではない。

 これは、愛の言葉。

 暴力と、破壊と、殺戮を、最高の愛撫として受け入れる、

 この倒錯した女騎士だけが紡ぎ出す、究極の求愛の歌。

 

 プラズマの光線が、『黒耀』の刀身に直撃した。

 しかし、それは、一華の肌に屆くことはない。

 彼女の固有霊装の本質は「自らに対する伐刀絶技を含めた、

 あらゆる力の干渉を受け付けない」という絶対防御特性。

 光線は、刀身に触れた瞬間、その向きを捻じ曲げられ、

 彼女の身體を包み込むようにして、拡散していく。

 それは、まるで、光のベール。彼女の白い肌を、より一層、妖しく輝かせ、

 その身體に、この世ならざる神々しさを與えているようにすら見えた。

 

「次は、私の番……」

 

 一華は、にぃっと口の端を吊り上げ、眼をすぅっと細める。

 そして、その場から動かずに、ただ、『黒耀』を、空間に向けて一振りした。

 

 ──『天弓』。

 斬撃の概念拡張。距離による威力減衰は無効。

 彼女が放った斬撃は、空間をすり抜け、

 三體の機甲兵を、同時に、それも、それぞれの急所を、

 寸分違わず、ど真ん中に捉えた。

 

 一體目は、頭部のセンサーを両斷され、視覚を失った。

 二體目は、胸部の魔導爐を貫かれ、動力を絶たれた。

 三體目は、四肢の関節をすべて切り離され、

 ただの鉄屑となって地面に崩れ落ちる。

 

 ほんの一瞬の出來事。

 まさに、神業。

 Aランク騎士の本領が、ここに極まれり、という瞬間であった。

 

「あっはぁ……っ♡」

 

 一華は、天を仰いで笑った。

 その笑い聲は、カッツェ平野の重苦しい霧を震わせ、

 戦場にいるすべての人間の、魂を震え上がらせる。

 彼女は、崩れ落ちた機甲兵の殘骸にゆっくりと歩み寄ると、

 その殘骸の上に、まるで玉座に座るようにして、その豊満な尻を落とし。

 そして、自分の腹部に、そっと手を當てた。

 胎內にはまだ新しい命は宿っていない。

 しかし、いずれ海江田勇蔵の子種を注がれたこの子宮が、

 新たな主の依り代を産み落とすことになるのだろう。

 

「見ていてください、団長。これが、私です。

 あなたがこれから愛で、支配し、そして、私に支配される、

 あなただけの、駒の、真の姿です」

 

 彼女は、そう囁くと、海江田勇蔵の方を振り返り、

 熱に浮かされたような、蠱惑的な微笑みを浮かべた。

 その両腳の間からは、戦いの昂揚で溢れ出した愛液が、

 とろりと滴り落ち、機甲兵の鉄屑の上に、

 淫らな染みを作っていた。

 

 たまらぬ女であった。

 白峰一華。

 この女は、戦場という名の寢床で、

 最も美しく、最も淫らに、そして最も凶悪に咲き誇る、

 一輪の、血塗られた黒百合。

 彼女こそが、このカッツェ平野の、新たな主である。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 カッツェ平野。

 

 霧が、すべてを包み込んでいた。

 

 白く、濃密で、ねっとりと肌に絡みつくその霧は獣の吐息であり、

 戦場に立つすべての男たちの理性を、じわじわと確実に削る。

 

 白峰一華が三体の機甲兵を屠ってから、すでに一刻が経過していた。

 

 戦場の主役は、個人から集団へと移り変わる。

 日本派遣団の男性伐刀者たちと、サガ帝国の魔導騎士たちが連合し、戦線を構築。

 ナイトキラーの率いる無数のアンデッドの軍勢と、正面から激突。

 

「総員、突撃準備!」

 

 海江田勇蔵の怒号が、重苦しい霧の帳を切り裂いた。

 

 彼の手に握られた【神討の雷槍】が、ごうっ、と唸りを上げ、

 その穂先から無数の稲妻が走る。雷雲が発生し、カッツェ平野の空を覆い尽くした。

 自然干渉系・雷撃『天網恢恢』。

 広域殲滅の布石は、すでに整った。

 

「行くぞ、若造ども! サガの騎士たちに、日本の伐刀者の意地ってやつを見せてやれ!」

 

 海江田の号令一下、連合軍の騎士たちが一斉に大地を蹴った。

 

 先陣を切るのは、日本派遣団の切り込み隊長、剛力無双の巨漢、**剛田猛**。

 二つ名は【破山】。固有霊装は身の丈を超える巨大な金砕棒【岩融】。

 伐刀絶技は肉体強化系『剛力無双』。

 一振りは、大地を砕き、空気を震わせ、触れるものすべてを粉微塵。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 猛の雄叫びと共に、金砕棒が横一文字に薙ぎ払われた。

 

 前方に密集していたアンデッドの群れが、文字通り木っ端微塵に粉砕。

 腐敗した肉片と、黒く凝固した血が、霧の中に飛散。

 骨が砕ける鈍い音、肉が千切れる湿った音、

 それらが渾然一体となって、戦場に響く不気味な交響曲。

 

 たまらぬ男であった。

 

 剛田猛。

 彼の戦いは、まさに暴力の具現。

 一切の技巧を排し、ただ純粋な力のみで敵を圧倒するその姿は、

 見る者の心に原始的な畏怖と、そして歪んだ昂揚を掻き立てる。

 

「剛田に続け! 遅れるな!」

 

 軽やかな身のこなしで猛の背後を守るのは、同じく日本派遣団の**早瀬瞬**。

 二つ名は【疾風】。固有霊装は、空気そのものを切り裂く細剣【蜻蛉切】。

 伐刀絶技は自然干渉系・風撃『鎌鼬』。

 音速を超え、真空の刃となって敵を両断する。

 

 瞬は、猛が粉砕したアンデッドの隙間を縫って、

 後方に控えていた敵の指揮官クラスのアンデッドへと肉薄した。

 元はサガ帝国の騎士だったのだろうか、朽ちかけた鎧を身に纏い、

 爛々と赤い光を眼窩に灯したその異形は、凄まじい速さで細剣を振るった。

 

 ぎゃん、と、甲高い金属音。

 

 互いの剣が交錯し、火花が散る。

 

「速い……!」

 

 瞬は舌を巻いた。

 アンデッドとは思えぬ、洗練された剣技。

 しかし、彼とて日本が誇るBランク騎士。

 一瞬の鍔迫り合いから、相手の力のベクトルを見切り、流れるような体捌きで懐に潛り込む。

 

「ふっ!」

 

 零距離から放たれる、真空の一撃。

 細剣の切っ先が、アンデッドの胸郭を貫き、その內部で爆発。

 腐敗した心臓が粉砕され、アンデッドの巨体が崩れ落ちる。

 

「よし、一体!」

 

 瞬は小さくガッツポーズを作ったが、

 その瞬間、彼の脳裏に、昨夜の光景がフラッシュバックした。

 

 野営地で、毎夜のように聞こえてくる、

 他の騎士たちの嬌声と、男の獣のような荒い息遣い。

 

 薄い布一枚を隔てた隣のテントから聞こえる、生々しい水音と女の切ない喘ぎ声。

 

 彼は知っている。

 この戦場にいる女性伐刀者たちが、戦闘だけでなく、

 夜の「慰問」もまた任務として課せられていることを。

 そして、彼自身もまた、その事実に、言い知れぬ劣情を抱いていることを。

 

(くそっ、集中しろ! ここは戦場だ!)

 

 彼は頭を振り、邪念を振り払おうとした。

 しかし、一度生まれた妄想は、

 霧のように彼の理性を包み込み、離そうとはしない。

 

 ──もし、自分が功績を挙げれば、

 皇柊あたりを一晩、あてがってもらえるだろうか。

 あの高慢ちきな令嬢が、自分の下で、

 泣きながら腰を振る姿を想像しただけで、彼の股間は痛いほどに張り詰める。

 

 たまらぬ妄想であった。

 

 戦場という極限状態が、男たちの性的衝動を増幅。

 殺戮と性交は、紙一重。

 死の隣にある生の実感を、彼らは女の胎內で確認。

 これは、もはや本能。

 抗いがたい、雄の性。

 

 一方、サガ帝国の騎士たちもまた、死に物狂いで戦っていた。

 

 彼らは、貧しい。

 連盟からの支援がなければ、明日のパンすら民に配ることができない、

 飢餓の帝国の兵士たち。しかし、彼らの戦意は驚異的に高い。

 

「サガ帝国万歳! 皇帝陛下に栄光あれ!」

 

「我らが屍を踏み越えて行け! これが、サガ騎士の最期だ!」

 

 彼らは、傷つき、倒れ、それでもなお、這いずりながら敵に掴みかかる。

 その瞳に宿るのは、祖国を思う純粋な愛国心。

 そして、自分たちを戦場に送り出し、

 見捨てた連盟への、煮え滾るような憎悪。

 

 一人の若いサガの騎士が、アンデッドに足を斬られ、地面に倒れ伏した。

 血が、土に染み込んでいく。死が、目前に迫る。

 その時、彼の目に映ったのは、遠く後方で、

 安全な場所から戦況を見守る、連盟の高官たちの姿だった。

 

「……お前たちは、いつもそうだ……」

 

 彼は、血の泡を吹きながら、怨嗟の声を絞り出した。

 

「……お前たちは、いつも、安全な場所から……

 俺たちを、駒として……使い捨てる……」

 

「……連盟の犬め……!」

 

 彼の最後の言葉は、無数のアンデッドに踏み潰され、霧の中に消えた。

 

 その無念の死を、嘲笑うかのように、戦場の中央で、ナイトキラーが動いた。

 

 身長は二・三メートル、黒く錆びついた全身鎧に身を包み、

 ボロボロの漆黒のマントを引きずる異形。兜の面頬から覗く腐敗した顔が、

 にぃっと、歪んだ笑みを浮かべた。

 眼窩に爛々と灯る赤い光が、殺戮への渇望を雄弁に物語っている。

 

「……グ……ル……ル……」

 

 彼は、低く、獣のような唸り声を上げると、

 その巨大なタワーシールド【虚無の壁】を前面に押し出し、戦場を闊歩。

 彼の伐刀絶技『隷属の行進』によって生み出された死の軍勢は、

 倒しても倒しても、霧の中から無限に湧いてくる。

 彼自身は、その軍勢を指揮する指揮官であると同時に、自らもまた、最強の戦士。

 

「来たな、ナイトキラー……!」

 

 海江田勇蔵は、雷槍を構え直し、その異形を正面から睨みつけた。

 額には、冷や汗が浮かんでいる。これが、伝説の伐刀者と謳われた彼の、

 長い生涯で最も過酷な戦いになるであろうことは、疑いようがなかった。

 

 しかし、その彼の脳裏にもまた、昨夜の白峰一華の姿が、ちらついて離れない。

 

 汗で濡れそぼった白い肌。

 

 彼の名を呼びながら、淫らに腰を振る痴態。

 

 全ての精を搾り取った後の、慈愛に満ちた母のような口づけ。

 

(一華……私は……私は、まだ……

 お前の指し手でいることを、許されるのだろうか……)

 

 彼の心は、妻への罪悪感と、一華への倒錯した愛情の狹間で、激しく揺れ動く。

 その心の隙間を、カッツェ平野の霧が、じわじわと浸食していく。

 

 たまらぬ戦場であった。

 

 これは、単なる殺し合いではない。

 ここでは、あらゆる感情が増幅され、あらゆる欲望が解放。

 暴力、

 憎悪、

 愛國心、

 そして、性欲。

 それらすべてが渾然一体となって渦巻く、この世の地獄。

 カッツェ平野の霧は、それを覆い隠すベールであると同時に、

 すべてを白日のもとに晒す、残酷なスポットライトでもあった。

 

 戦いの女神は、まだ、微笑まない。

 

 血と鉄の匂いが、ますます濃くなる。

 戦場の喧騒は、まるで巨大な獣の唸り声のように、

 平野全体を震わせ続けていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 フィリップ・ディドン・リイル・モチャラス。

 その名を聞いて、サガ帝国の社交界で嘲笑を禁じ得る者はいない。

「蛆虫男爵」

「役立たずのフィル」

 彼を指す言葉は、どれもこれもが侮蔑と軽蔑に満ちている。

 二十三歳、モチャラス男爵家の現当主。

 彼がその地位を手に入れたのは、今からわずか二年前のことであった。

 父と、二人の兄が、ナイトキラーの襲撃によって戦死したのである。

 長男でも次男でもなかった、ただの凡庸な三男。

 そんな男が、ある日突然、棚ぼた式に家督を継いだのだ。

 

 たまらぬ男であった。

 凡庸であること、それ自体は罪ではない。

 しかし、凡庸でありながら、それを自覚できぬことほど、

 滑稽で、救いがたい悲劇が他にあるだろうか。

 フィリップは、そう、自覚できぬ男なのである。

 彼は、自分のことを、このサガ帝国で最も過小評価されている天才だと信じている。

 自尊心だけは無駄に高く、

 なぜ誰も自分の天才的な発想を理解しないのかと日々苛立っているのだ。

 机上の空論にも満たない単純な思いつきを「戦略」と呼び、

 実行しては失敗し、そのたびに部下や状況のせいにする。

 ただ、想像力だけは驚くほど豊かで、

 脳内ではいつも壮大な栄光の絵図が描かれている。

 

 さて、今夜のその壮大な絵図とは。

 日本派遣団の慰問をもてなす宴の、主催者としての自分、であった。

 モチャラス家の大広間には、戦場の喧騒を一時忘れた日本派遣団の兵士たちと、

 それをもてなすサガ帝国の貴族たちが集い、熱気と喧騒に包まれていた。

 フィリップはというと、会場の隅にある一段高いひな壇に立ち、

 自分こそがこの場の主役であると言わんばかりに、

 グラスを片手に、だらだらとスピーチを続けている。

 

 何故、彼はこれほどまでに滑稽なのか。

 その答えは、彼の外見にも如実に表れている。

 身長は178センチ、体重は68キロ。

 数字だけ見れば悪くない、中肉中背の体格。

 しかし、実際に目にすると、その印象は一変する。

 華奢とまではいかないが、騎士らしい鍛錬の跡は薄く、

 仕立ての良い白絹のシャツと、臙脂色のタイトなベストに包まれたその身体は、

 どこかひ弱で、頼りない。

 特に首筋から肩にかけての線が貧相で、

 襟元にこれ見よがしに垂らした金鎖だけが、

 虚勢を張って煌めいているのが、かえって哀れを誘う。

「計算された無頓着さ」だと信じているが、短く切り揃えた茶髪は、

 櫛も通さず朝の寝癖をそのまま殘したかのように無造作に跳ね上がっている。

 他人から見れば、ただのだらしなさでしかないのだが。

 

 顔立ちそのものは、決して醜くはない。

 鼻筋は通り、口元も整っている。

 しかし、彼が発する内面の歪みが、そのすべてを台無しにしているのだ。

 垂れ下がった目尻のせいで、どこか間延びした印象。

 青色の瞳は、焦点が合っているのか微妙に疑わしい。

 功績を語り始めると、その目は爛々と輝き出すのだが、

 それは自信に満ちた輝きではなく、むしろ、現実を見失った者の危うい光。

 会話をしているとき、彼は相手の目を見ない。

 常に宙の一点を見つめ、自分の言葉に酔いしれているのである。

 

 しかし、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスという男を語る上で、

 絶対に避けて通れぬ特筆事項が一つだけ存在する。

 彼には、ただ一つだけ、誰もが認めざるを得ない天賦の才があるのだ。

 それは、彼の股間にある。

 率直に言おう。フィリップのそれは、巨根である。

 普段は仕立ての良いズボンの下で大人しくしているが、

 一度、雄としての闘志を滾らせれば、臙脂色のタイトなベストの下で、

 その質量は、はち切れんばかりに自己主張を始める。

 どれほどの大きさか、と問われれば、

 並みの男の二倍はあろうかという長さと、それを支える血管の浮き出た剛直さ。

 特に亀頭は怒張したキノコのように張り出し、

 その頂点からは、常にねっとりとした先走りの蜜が滲み出ている。

 これは、彼の自尊心を満たすための、唯一の、そして最も強力な武器。

 事実、彼の性技は卓越しているのだ。

 おそらく、モチャラス家の血筋に潛む、何かしらの異能なのかもしれない。

 彼は、ベッドの上でこそ、真の王であった。

 十五歳のとき、実家のメイド長だった三十代半ばの未亡人に手解きを受けて以来、

 彼は「男はベッドの上でこそ評価される」という歪んだ信念に取り憑かれている。

 息子を亡くしたばかりの彼女の心の隙間を埋めるように始まったその関係で、

 フィリップ少年は、女を喜ばせるテクニックのすべてを、徹底的に叩き込まれたのだ。

 長時間の愛撫と、相手の反応を観察しながら焦らすような抽送。

 意外にも(というより唯一)女性的な身体の機微を読む嗅覚に優れており、

 耳元への吐息とささやきを巧みに使い分ける。

 彼に抱かれた女は、最初こそ彼の滑稽な性格に侮蔑の目を向けるが、

 一度褥を共にすれば、そのギャップに、例外なく心身ともに蹂躙され、

 骨抜きにされてしまうのだ。

「あのヒトよりもイイ」と言われるのが、彼にとって一番効く褒め言葉であり、

 逆に「剣もこれくらいできればね」と言われると、

 即座に萎えるという、実に面倒な性分である。

 剣の腕前は並以下。

 固有霊装の【愚者の威信】は見た目だけは華麗だが、切れ味は鈍く、

 伐刀絶技【虛栄の凱歌】は、相手を一瞬怯ませるだけの、ただの目くらまし。

 戦闘では、彼が剣を抜くときは、すでに彼の敗北で終わっている。

 これが、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスという男の全て。

 滑稽で、哀れで、それでいて、一芸だけは図抜けた、たまらぬ道化。

 今宵、彼はこの饗宴で、そのたまらなさを、

 いかんなく発揮しようとしているのだ。

 

 モチャラス家の大広間には、戦場の喧騒を一時忘れた日本派遣団の兵士たちと、

 それをもてなすサガ帝国の貴族たちが集い、熱気と喧騒に包まれていた。

「さあさあ、日本の英雄諸君! 遠慮はいらん! 

 今夜は、このフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス男爵が、

 心ゆくまで諸君をもてなそう! これは、サガ帝国と日本国の、

 末永き友好の証である!」

 フィリップは、一段高いひな壇から、甲高い聲で宣言し、

 ほとんど水で薄めたような安物のワインをラッパ飲みにした。

 彼の目は、すでに酩酊している。

 誰も彼の話など聞いていないというのに、彼だけは、

 自分が歴史的な名演説を行っていると信じて疑わないのだ。

 

 会場の隅では、先日の戦闘で活躍した剛田猛が、

 サガの騎士たちと腕相撲に興じている。

 早瀬瞬は、給仕の女性と楽しげに談笑しながら、

 その尻にさりげなく手を這わせていた。

 誰もが、フィリップの演説などには目もくれず、各々に宴を楽しんでいる。

 しかし、フィリップの目は、ただ一人の人物だけを追いかけていた。

 会場の中央で、静かにグラスを傾ける、一人の女。

 白峰一華である。

 漆黒のイブニングドレスに身を包み、その暴力的なまでのプロポーションを、

 これ以上なく淫靡に強調している。

 彼女の周囲には、すでに十人以上の男たちが群がり、歓心を買おうと必死だ。

 一華は、それを無視するでもなく、かといって愛想を振りまくでもなく、

 ただ、冷たく澄んだ黒眼で、彼らを品定めするように見つめている。

 

「──皆の者、注目!」

 フィリップは、突然、壇上から飛び降りると、一華の元へと一直線に歩み寄った。

 周囲の男たちが、一斉に道を開ける。フィリップは、

 わざとらしく恭しく、一華の前に片膝をついた。

 

「白峰一華殿。先のカッツェ平野の戦いにおける、貴殿の鬼神の如き戦いぶり、

 このフィリップ、感服いたしました。

 もし、お許しいただけるならば、今宵、我がモチャラス家の至宝を、

 貴殿にご覧いただきたく存じます」

 彼は、一華の手を取ると、その甲に、ちゅっと音を立ててキスをした。

 周囲から、失笑が漏れる。

「至宝」というのが、彼の股間のそれであることは、誰の目にも明らかだったからだ。

 しかし、フィリップは意に介さない。

 彼は、一華の返事を待たずに、そのまま彼女の手を引いて、

 大広間を後にしようとした。

 その、まさにその時である。

 

「お待ちください、フィリップ卿」

 凛とした、しかし、抗いがたい色香を帯びた聲が、大広間に響き渡った。

 聲の主は、白峰一華、その人である。

 彼女は、フィリップの手を振りほどくでもなく、

 かといって、その誘いに応じるでもなく、

 ただ、その場に立ち尽くし、口の端をにぃっと吊り上げた。

 その瞳は、まるで獲物をいたぶる猫のように、ギラギラと獰猛に輝いている。

 

「あなたの『至宝』とやらを拝見するのは、やぶさかではありません。

 しかし、その前に、あなたの口から、直接お聞かせ願いたいことがあります」

 

 一華は、フィリップの顎に、しなやかな指を這わせた。

 その仕草は、まるで、愛しいペットを撫でるかのようでありながら、

 しかし、その指先には、絶対的な支配者の冷たさが宿っている。

「何故、あなたは、これほどまでに、ご自身の評価を、

 他人の目に委ねてしまっているのです?」

「な……に?」

 フィリップは、虚をつかれたように目を丸くした。

 一華の指が、彼の頬を、ゆっくりと撫で上げる。

「あなたは、ベッドの上では王なのでしょう? 

 だとしたら、何故、剣の腕前などという、些末なことで、

 ご自分を卑下する必要があるのです? 

 あなたの股間の剣は、何人もの女を、あなたの奴隷にしてきた。

 それだけで、十分ではないですか」

 一華の聲は、まるで悪魔の囁きのように、蠱惑的で、甘美だった。

「あなたは、ただ、あなたの最も得意なことだけで、

 すべてを手に入れればいい。

 剣の腕前? 戦略? 

 そんなものは、あなたの股間の剣に跪いた牝豚どもに、代わりにやらせておけばいい。

 違いますか?」

「そ、それは……」

 フィリップの顔から、それまでの得意げな表情が消え失せた。

 彼の脳裡で、何かが、がらがらと音を立てて崩れ落ちていく音がした。

 それは、彼がこれまで必死に取り繕ってきた、虚栄の鎧が剥がれ落ちる音。

 彼は今、初めて、自分が何者であるかを、正面から突きつけられたのだ。

 

「私は、そんなあなたを、見てみたい。

 剣も、戦略も、プライドも、何もかもを捨て去り、

 ただ、あなたの股間の一物だけで、私を跪かせようとする、

 野獣のようなあなたを」

 一華は、フィリップの耳元に唇を寄せると、熱い吐息と共に、そう囁いた。

 その言葉は、もはや誘惑ではない。

 命令である。

 フィリップの全身が、ぶるっと震えた。

 彼の股間で、それまで大人しくしていた魔獣が、鎌首をもたげ始める。

 彼の青い瞳から、それまでの間延びした間抜けさが消え、

 代わりに、ギラギラとした野獣の光が宿った。

「──わかった」

 フィリップは、低く、獣のような唸り聲でそう答えると、

 一華の手を強く握り返した。

 

「モチャラス家の至宝、とくとご覧いただこう。

 ただし、覚悟しておけ。俺の剣は、相手が誰であろうと容赦はしない。

 泣いて謝っても、もう許さんぞ」

 

 彼は、もはや、周囲の嘲笑など気にも留めず、

 一華の手を引いて、大広間を後にした。

 その背中は、つい先ほどまでの、滑稽な道化師のものではない。

 獲物を狙う、飢えた雄のそれである。

 

 たまらぬ男であった。

 フィリップ・ディドン・リイル・モチャラス。

 彼は、白峰一華という名の深淵によって、

 ついに、その真の姿を引き摺り出されたのだ。

 それが、彼にとって破滅への第一歩なのか、

 それとも、新たなる栄光の始まりなのか。

 それは、まだ、誰にもわからない。

 

 ただ一つ、確かなことは。

 今宵、モチャラス家の奧の寢室で、何かが始まろうとしている。

 それは、血と、汗と、精液の匂いが混ざり合った、

 濃密で、淫靡で、そして、この上なく蠱惑的な、夜の始まりであった。

 

 ◆◆◆

 

 モチャラス家の私室。

 昼尚暗く、闇と静寂に閉ざされたその一室は、

 男と女の滾る熱によって急速にその湿度を高めていた。

 フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスは、

 文字通り獣へと変貌を遂げていた。

 それまでの虚栄と空想で塗り固められた道化の仮面は、

 白峰一華によって完膚なきまでに剥ぎ取られ、

 今や内面から溢れ出るのは剥き出しの征服欲と肉欲。

 絹のシャツを無造作に引き裂き、

 その下から露わになった体は、想像以上に逞しい。

 日頃の鍛錬不足を嘲笑われていた男の肉体とは思えぬほどに、

 胸板は厚く、腹筋は鋼の如く割れ、

 何より、彼の股間のそれは、まさに凶器と呼ぶに相応しい剛直。

 血管の浮き出た肉槍は、

 臙脂色のベストの下で限界まで膨張し、

 その先端からは、とろりと透明な蜜が滴り落ちている。

 

「……白峰一華。お前は、俺の何を試そうとしている。

 俺の剣か。俺の誇りか。それとも、俺の股間の、この剣か」

 彼は、低く、獣のような声で唸った。

 大広間での彼の甲高い演説とはまるで別人。

 それは、紛うことなき、一頭の雄の咆哮。

 

「何を、って……すべてに決まっているでしょう」

 一華は、クスクスと笑いながら、

 漆黒のドレスの肩紐を、自らゆっくりと下ろした。

 絹擦れの音。そして、顕わになる白い肌。

 カッツェ平野の霧を思わせるような、

 病的なまでに白く、しかし内側から淡く火照ったような血色を宿した、

 この世ならざる肢体。

「私は、あなたという男の、すべてを暴きたい。

 あなたの滑稽さも、哀れさも、

 そして、あなたが唯一誇れる、この剛直の、その真価も。

 私はね、フィリップ卿。男の価値は、結局のところ、

 この一物の出来で決まると思っているのです」

 

 彼女は、フィリップの股間に、しなやかな指を這わせた。

 布地越しでもわかる、その質量と熱。

「ふっ……!」

 フィリップが、小さく息を漏らす。

「剣の腕前? 戦略? 家柄? そんなものは、まやかしです。

 所詮、男は、この一本の剣で、女をどこまで本気で啼かせられるか。

 それこそが、すべての価値基準。

 あなたは、これまで、それを他人に認めてもらおうと必死だった。

 でも、それは間違い。

 あなたの剣は、誰かに認めてもらうためにあるんじゃない。

 ただ、相手を屈服させるためだけに、振るえばいいのです」

 

 一華の指が、彼のベルトの金具を外した。

 かちり、という金属音が、静寂を破る。

「……あなたは、私を、啼かせることができますか? 

 この白峰一華を。

 この場に、膝を屈させるほどに、満足させることが、できますか?」

 

 それは、挑発。

 究極の、蠱惑的な挑発。

「……やってみせよう。お前が望むなら、この剣で、

 その減らず口を、嬌声に変えてやる」

 フィリップの眼から、それまでの間延びした間抜けさが消え、

 ギラギラとした野獣の光が宿った。

 彼は一華の豊満な乳房を乱暴に鷲掴みにすると、

 その頂で硬くしこる乳首を、指の腹でぐりぐりと押し潰す。

「んんっ……!」

 一華の口から、初めて、苦痛と快楽の入り混じった吐息が漏れた。

 

「お前のその、男を見下したような目が、どこまで保つか、

 見物だな、白峰一華……!」

 フィリップは、歪んだ笑みを浮かべると、

 彼女の身体を、無造作にベッドへと投げ出した。

 スプリングが、ぎしりと軋む。

 漆黒のドレスが捲れ上がり、眩しい太腿が露わになる。

 彼は、その太腿を力任せに左右に開かせると、

 下腹部に顔を埋め、既に蜜でぐっしょりと濡れそぼった布地の上から、

 その中心を、舌でべろりと舐め上げた。

 

「ひゃん……っ♡」

 一華の身体が、びくんと跳ねた。

 フィリップの舌技は、まさに解剖学を超越した名器。

 布地越しであるにもかかわらず、その舌先は、

 彼女の秘裂を正確になぞり、最も敏感な真珠の芽を探り当て、

 執拗に愛撫する。

「どうした、もうそんな声が出るのか? まだ、本番はこれからだぞ」

 彼は、顔を上げ、にやりと笑った。

 その顔は、もはや、モチャラス家の「蛆虫男爵」ではない。

 一人の、完全にメスを支配した、絶対的な雄の貌。

 フィリップは、一華の下着を引き裂くと、

 その剛直を、彼女の秘裂にあてがった。

 亀頭が、入り口を割り開く。

「──いくぞ」

 彼は、短くそう宣言すると、腰を一気に突き入れた。

 

 ぐぷんっ!! 

「おぎゃああああっっ♡♡♡」

 一華の口から、獣のような絶叫が迸る。

 淫熱が滾る屈服の叫び。

 フィリップのそれは、まさに桁外れだった。

 彼女の名器をもってしても、その質量と熱量は、

 子宮の奥を直接、殴打するかのような衝撃。

 

「さあ、啼け。もっと啼け! お前のその、

 男をバカにしたような顔を、快楽で歪ませてやる!」

 フィリップは、腰を振りながら、一華の両脚を高く持ち上げ、

 より深く、より強く、彼女の胎内を穿つ。

 彼の動きには、一切の技巧はない。

 あるのは、ただ、純粋な暴力と、征服欲だけ。

 まるで、彼のもう一つの剣である【愚者の威信】とは正反対。

 しかし、これこそが、彼の本当の剣。

 彼が唯一、誰にも負けないと自負する、真の伐刀絶技なのだ。

 

「あっ♡ ああっ♡ すご……い……っ♡ これ……っ♡

 今までの……誰よりも……おく……まで……届いてる……っ♡」

 一華は、もはや、理性を完全に溶かし、

 ただ、快楽のままに嬌声を上げ続ける。

 彼女の主であるアテムの名を叫ぶことも忘れ、

 海江田のことを考える余裕すらなく、

 ただ、今、自分を蹂躙するこの男に、完全に支配されていた。

 それは、彼女が生まれて初めて経験する、完全なる屈服。

 

「もっと……もっと……奥に……あなたの印を……ください……っ♡」

 彼女は、自ら腰をくねらせ、フィリップの剛直を、

 より深く、子宮の入り口へと誘う。

 膣内が、彼の形を覚え込もうとするかのように、

 ぎゅうぎゅうと締め付ける。

 その圧力に、フィリップもまた、限界を迎えようとしていた。

「……一華……俺は……もう……」

「……いい……から……奥に……奥に……出して……あなたの……いちばん熱いもの……

 私の子宮に……ぶちまけて……っ♡」

 一華は、彼の首に腕を回し、自ら深く口づけをすると、

 そのまま、彼の舌を吸い上げた。

 

 それが、最後の合図だった。

「──―うおおおおっ!!」

 フィリップは、獣のような咆哮と共に、

 彼女の胎内の最奥、子宮の入り口に、灼熱の精を放った。

 どくんっ! どくんっ! 

 脈打つたびに、熱い飛沫が迸り、一華の内臓を直接、焼き焦がす。

「ああああああっっ♡♡♡ 熱いっ……あついっ……これ……っ……これが……

 ほんものの……せいえき……っ♡♡♡」

 一華は、あまりの快楽に、白目を剥き、大きくのけぞった。

 フィリップは、なおも射精を続けながら、

 彼女の胎内に、その証を刻み付ける。

 彼の脳裡に、初めて、剣の腕前でも、家柄でもなく、

 自分自身の力で、最高の獲物を屈服させたという、

 圧倒的な達成感と、全能感が駆け巡った。

 

「……はぁ……はぁ……どうだ……白峰一華……これが……俺の……本当の剣だ……」

 彼は、荒い息を吐きながら、一華の顔を見下ろした。

 その瞳からは、先ほどの野獣のような凶暴性は消え、

 どこか穏やかな、それでいて深い自信に満ちた光が宿っている。

「……ええ……素晴らしかった……あなたは……本物の……

 雄でした……」

 一華は、涙と唾液と汗でぐしゃぐしゃになった顔で、

 しかし、心からの笑みを浮かべて、そう答えた。

 その言葉は、彼にとって、何よりの勲章だった。

 

 たまらぬ夜であった。

 滑稽な道化は、戦場とは別の場所で、

 一輪の血塗られた黒百合を、完全にその手で散らせたのだ。

 モチャラス家の私室に、二人の荒い息遣いだけが、

 静かに響いていた。

 外の大広間では、死闘に酔った騎士たちに組み敷かれたメスが啼く。

 

 ◆◆◆

 

 モチャラス家の大広間。

 そこは今や、戦場とは異なる種類の坩堝。

 日本派遣団の男たちと、サガ帝国の騎士たちが、

 肩を並べて死線を潛り抜けた後、酒と、そして女の肌を求め、

 獣の如き本性を剥き出しにしている。

 部屋のあちこちからは、グラスの割れる音、男たちの野太い閧笑、

 そして、それらにかき消されそうになりながらも、

 確かに響く、か細い悲鳴と嬌声があった。

 

 暖炉の火が、ゆらゆらと揺らめき、その赤い光が、

 絨毯の上に縫い付けられた男女の影を、淫靡に踊らせる。

 空気は、汗と酒精と、そして性の匂いが濃密に混ざり合い、

 ねっとりと肌に絡みつくようだ。まるで、カッツェ平野の霧が、

 そのままこの室内に流れ込んできたかのような、重苦しくも蠱惑的な湿度。

 誰もが、理性という名の薄い膜を、

 その霧に溶かされ、内なる獣を解き放っていた。

 

「ひっ……! やめて……お願い……許して……」

 大広間の片隅、重厚な書棚の陰で、戦闘服を無残に引き裂かれた小柄な影が、

 必死に身をよじっていた。日本派遣団の伐刀者、愛乃めぐみ。

 まだ十四歳の少女である。彼女の周りには、

 二人のサガ帝国の騎士が、飢えた獣のように取り巻いている。

「聖女だと? 笑わせるな。お前の力は、人を癒す代わりに、

 別の誰かの命を吸っているんだろう。この、化け物が」

 一人の騎士が、彼女の細い腕を乱暴に掴み、壁に押し付けた。

 めぐみの大きな瞳から、恐怖の涙が溢れ出す。

 彼女の伐刀絶技『聖女の祈り』は、確かに、傷ついた兵士たちを癒してきた。

 しかし、その裏で、彼女は戦場に倒れた敵兵たちの生命力を、

 無理やり吸い上げるという禁忌を犯していたのだ。それは、彼女の意思ではない。

 彼女の能力が、本能的にそうさせてしまう。

 その罪悪感に苛まれ続けていた彼女にとって、

「化け物」という言葉は、何よりも深く心を抉る刃だった。

「違う……私は……私は……」

「違わねえよ。なら、その化け物の身体で、

 俺たちを癒してみせろ。戦場で傷ついた、この心もな」

 もう一人の騎士が、彼女の顎を乱暴に掴み、無理やり上を向かせる。

 股間は、すでにテントのように膨らみ、その先端を湿らせている。

 めぐみは、あまりの恐怖に声も出せず、

 ただ、ガクガクと震えることしかできない。

 目の前で、男が、自身の剛直をズボンから取り出した。そ

 太く、血管が浮き出て脈打っている。

 先端からは、ねっとりとした先走りの蜜が、糸を引いていた。

「ほら、しゃぶれ。お前の汚ねえ口を、もっと有効に使え」

 男は、めぐみの髪を掴むと、小さな口に、無理やり剛直を押し込んだ。

「んぐっ……! ううっ……!」

 めぐみは、喉の奥を塞ぐ異物感と、生臭い匂いに、

 激しく嘔吐きながらも、抵抗することはできなかった。

 口の中で、男の剛直が、さらに硬度を増していく。

 ただ、涙を流しながら、与えられた責め苦を耐え忍ぶ。

 聖女の名を冠した少女に与えられた、あまりにも残酷な代償。

 悲鳴は、男の腰をより一層、激しくさせるだけであった。

 

 *********

 

 大広間の中央。

 そこでは、葉月紬が、二人の日本兵に組み敷かれていた。

 彼女の二つ名は「紅蓮の未亡人」。夫を戦場で亡くし、

 その復讐のために戦い続ける、気高き女騎士。

 しかし今、肢体は、無残にも酒と精液にまみれ、絨毯の上に磔にされている。

「お前、俺の部下を散々いたぶってくれたそうだな、このアマ!」

 一人の兵士が、彼女の豊満な乳房を、乱暴に鷲掴みにした。

 彼女の伐刀絶技は、『繋がりの切断』。

 物理的なものだけでなく、魔力の繋がりや、

 感覚神経までも一時的に切断してしまう、恐ろしい能力。

 戦場で、従者にされた部下を、文字通り「バラバラ」に切り刻んだのだろう。

 固有霊装は取り上げられ、魔力も封じられている。

 残されているのは、ただ、成熟した女の肉体だけだった。

「やめろ……触るな……この、下衆が……!」

 紬は、憎悪に満ちた目で兵士を睨みつけ、精一杯の毒づきを見せる。

 しかし、その声は震え、もはや虚勢でしかないことは、誰の目にも明らか。

「ほう、まだそんな口がきけるのか。よほど、俺たちのオモチャにされてぇと見える」

 兵士は、歪んだ笑みを浮かべると、両脚を無理やり左右に開かせた。

 露わになる、秘められた花園。

 戦場で鍛え上げられた太腿が、羞恥に小刻みに震えている。

「よせ……そこは……やめ……」

「うるせえ!」

 兵士は、彼女の制止も聞かず、自身の剛直を、入り口に押し当てた。

 ためらうことなく、一気に腰を突き入れる。

 ぐぷんっ!! 

「ひぎぃっ……!」

 紬の口から、空気が漏れるような、か細い悲鳴が上がった。

 乾いたそこは、無理やりこじ開けられ、

 激しい摩擦で焼け付くような痛みを発している。

 奥深くで、子宮が、ずん、と鈍く疼いた。

 戦場で敵を嬲って感じた歪んだ快楽。

 その性癖は、彼女自身の深淵であり、絶対に他人に知られてはならない秘密。

 しかし、今、その秘密の場所が、無理やり暴かれようとしている。

 背徳感が抗いがたい悦楽の火を灯し、肉を炙る。

「動けよ、未亡人。お前の旦那は、これで満足させてたんだろうが!」

 兵士は、腰を容赦なく打ちつけながら、心の傷を抉る言葉を投げつける。

 紬は、唇を噛みしめ、必死に声を押し殺した。

 しかし、彼女の膣内は、本能に忠実に、侵入者を締め付け、

 その形を覚え込もうと、うごめき始めていた。

 事実が自尊心を、粉々に打ち砕く。

 

 *********

 

 別の場所では、柳小夜が、

 サガ帝国の高官らしき初老の男の膝の上に座らされていた。

 彼女は33歳、夫と娘を日本に残してきた人妻である。

 その身体は、出産を経験したことによる熟れた柔らかさを持ち、

 戦闘で鍛え上げられた引き締まった美しさも併せ持っていた。

「あなたのような美しい方が、よくもまあ、こんな危険な場所へ。

 ご家族は心配されていないのですか?」

 高官は、彼女の耳元に息を吹きかけながら、

 太腿の內側を、ねっとりとした手つきで這い回る。

「ひっ……ぁ……家族の……ためです……から……」

 小夜は、羞恥に顔を真っ赤に染めながら、震える声で答えた。

 彼女の二つ名は「静寂の癒し手」。

 彼女は、夫と娘のため、家族の生活を守るため、危険な慰問任務に志願。

 愛する家族を守るための、自分なりの戦い。そう、言い聞かせて。

 しかし、今、この見知らぬ男の指が、自分の秘部をまさぐるたびに、

 夫の顔が、娘の笑顔が、腦裡をよぎり、そして、かき消されていく。

「家族のため、ですか。それならば、なおさら、

 私がしっかりと『支援』せねばなりませんな。なに、ご安心なさい。

 あなたのご家族には、連盟から、破格の報奨金が出るよう、私が口添えしておきましょう」

 高官は、そう囁くと、秘裂に、ゆっくりと指を沈み込ませた。

「ひゃうっ……!」

 小夜の身體が、びくんと跳ねる。

 意思に反して、熟れた身體は、異物の侵入に、歓喜の悲鳴を上げていた。

 愛液が、とろりと溢れ出し、高官の指を濡らしていく。

「おや、これは……ご家族のことを考えて、興奮なさったのですか?

 いやはや、日本の妻というのは、実に逞しい」

 高官は、厭らしい笑みを浮かべると、指を抜き、舌で蜜を舐め取った。

 小夜は、ただ、泣きながら首を振ることしかできなかった。

 夫への罪悪感と、目の前の快楽への期待で、ぐちゃぐちゃにかき亂され、

 もはや、自分が何のためにここにいるのか、それすらもわからなくなっていた。

 

 *********

 

 部屋の中心では、この場の主役であるべきフィリップが、

 一華を伴って私室へと消えた後、皇柊が、まるでその代役のように、

 壇上に引きずり出されていた。彼女は、Aランク騎士の実力を持ちながら、

 その高慢ちきな態度と、男を近づけまいとする潔癖症で知られる「貴腐令嬢」。

 しかし今、そのプライドは、無殘にもへし折られようとしていた。

「お前が、いつも俺たちを見下していた、皇サマか。

 ふん、こうして見ると、ただのいい女じゃねえか」

 一人の日本兵が、彼女の豊かな銀髪を乱暴に掴み、その顔を上げさせる。

 彼女の瞳は、恐怖と屈辱に濡れながらも、

 それでもなお、強い意志の光を失っていなかった。

「……触るな、汚らわしい。お前たちのような下賤の兵士が、私に触れるなど、万死に値するわ」

 柊は、震える声で、そう言い放った。

 その言葉は、この状況下においては、もはや虚勢でしかない。

 しかし、それでも、自分の尊厳だけは守ろうと、必死に抵抗していた。

「ほう、いい度胸だ。なら、その万死の覚悟、とくと味わわせてやる」

 兵士は、そう言うと、ドレスを、胸元から無造作に引き裂いた。

 現れる、白く滑らかな双丘。これまで男に触れられたことすらない、

 純潔の象徴が、衆目の前に晒される。

「きゃあっ……!」

 柊は、悲鳴を上げ、両腕で胸を隠そうとした。

 しかし、別の兵士が、腕を頭上で拘束し、それを許さない。

「いい乳してるじゃねえか。Aランクサマは、身体も一流ってわけだ」

 兵士たちの下品な笑い声が、大広間に響き渡る。

 柊は、唇を噛みしめ、必死に涙をこらえていた。

 彼女にとって、この屈辱は、死にも勝る苦痛。

 男を心の底から軽蔑。

 野獣のような欲望。

 制御できない理性の無さも、

 すべてが汚らわしいと思っていた。

 最も軽蔑している者たちによって、純潔を穢されようとしているのだ。

 

「やめて……! お願い……殺して……いっそ、殺して……!」

 柊は、ついに、プライドをかなぐり捨てて、哀願の声を上げた。

「殺してだと? 誰が、こんな上玉を殺すかよ。

 安心しろ、殺しはしない。その代わり、たっぷり可愛がってやるからな」

 兵士は、彼女の耳元でそう囁くと、彼女の下着を引き裂き、

 中心部を、無遠慮に指でまさぐり始めた。

 心の壁を、一枚一枚、無理やり剥がしていくような、残忍な行為。

 柊は、もはや声を出すこともできず、ただ、がくがくと身體を震わせながら、

 その責め苦に耐えていた。瞳から、一筋の涙が、つうと頬を伝って落ちた。

 尊厳が、完全に打ち砕かれた、決定的な瞬間だった。

 

 たまらぬ夜であった。

 モチャラス家の大広間は、今、この世の地獄であると同時に、

 この上なく甘美な楽園でもあった。男たちの暴力と支配欲が、

 女たちの尊厳と純潔を、無殘に蹂躙していく。

 その光景は、見る者の理性を焼き切り、心の奧底に眠る、

 最も原始的で、最も醜悪な欲望を、暴力的に呼び覚ます。

 戦場で死線を潛り抜けた者たちだけが知る、究極の生の実感。

 それは、こうして、自分よりも弱い者を、完全に支配し、

 屈服させることによってしか、得られないのかもしれない。

 これは、戦いの女神に選ばれし者たちに與えられた、歪んだ褒美。

 あるいは、呪い。大広間に響き渡る、

 嬌聲と悲鳴と涙の交響曲が、その答えを、雄弁に物語っていた。

 

 ◆◆◆

 

 白峰一華は、モチャラス家の私室を抜け出すと、

 誰もいない冷たい石造りの廊下に出た。

 

 大広間から漏れ聞こえる嬌声と悲鳴が、

 遠くからくぐもった唸りのように響いている。

 

 彼女は、そっと自らの腹部に手を当てた。

 漆黒のドレスの上からでは、まだ何もわからない。

 しかし、確信があった。つい先ほど、

 フィリップの灼熱の精を子宮の奥深くに注がれたあの瞬間、胎内で何かが、

 ぱちり、と火花を散らしたような感覚。

 死霊の館でアテムを宿したときに感じたものと、酷似していた。

 

「……そう。あなた、来たのね」

 

 一華は、誰にともなく呟いた。

 声は、震えていた。

 恐怖からではない。歓喜からだ。

 

 彼女の特殊な子宮は、主アテムによって

「蹂躙されるための肉の器」として再設計されている。

 フィリップの精を注がれ、海江田の精を注がれ、

 どちらかが着床したのか、それとも、アテムの魔力が遠隔で作用し、

 新たな依り代を受胎させたのか。あるいは、すべてが渾然一体となって、

 この世ならざる何かを生み出そうとしているのか。

 いずれにせよ、胎内には今、新たな命が芽吹きつつある。

 それは、カッツェ平野の血と精液と怨念が混ざり合った、

 このサガ帝国の大地そのものが生み出した、歪な果実であった。

 

「あなたは、誰の子なの? フィリップ卿? それとも、団長?

 まさか、アテム様が、また私のお腹を借りようっていうの?」

 

 一華は、クスクスと笑いながら、自らの腹部を優しく撫でた。

 

「……どちらでもいい。あなたは、私の子。私が、この身を捧げて、産み落とす、私だけの……」

 

 言葉は、そこで途切れた。

 廊下の向こうから、重い足音が近づいてくる。

 足音の主は、海江田勇蔵だった。

 

「一華……ここにいたのか」

 

 海江田の顔は、疲労と、深い苦悩の色に染まっている。

 大広間で繰り広げられている地獄絵図を、

 ただ黙って見ていることしかできなかった。

 いや、彼自身もまた、地獄の一部であることを、誰よりも自覚していた。

 

「団長……」

 

 一華は、振り返り、海江田に微笑みかけた。

 それは、先ほどフィリップに見せたような、獲物をいたぶる猫の笑みではない。

 もっと柔らかく、そして、どこか哀しげな、母のような微笑みだった。

 

「お聞きになりましたか。大広間の、あの美しい悲鳴を」

 

「……ああ」

 

 海江田は、苦しげに頷いた。

 

「めぐみも、紬も、小夜も、柊も……皆、立派に任務を果たしている。

 国のため、家族のため、自分の誇りのため……

 それぞれの戦い方で、あの場に身を捧げている」

 

「……そうだな」

 

「ですが、団長。私は、彼女たちとは違います」

 

 一華は、海江田の前に歩み寄ると、

 大きな手を取り、自らの腹部に導いた。

 

「私は、ただ、あなたの子種が欲しかった。

 そして、フィリップ卿の子種も。今、私のお腹の中には、

 新たな命が宿っています。これは、あなたの子か、フィリップ卿の子か、

 それとも……まだわかりません」

 

「な……なんだと……?」

 

 海江田の手が、一華の腹部の上で、ぴくりと震えた。

 腦裡に、遠く日本の地で待つ妻の顔が浮かぶ。

 娘の笑顔が浮かぶ。しかし、それらは、もはや色褪せ、

 かすみがかったようにぼやけている。

 それよりも、今、彼の手のひらが感じている、この微かな温もり。

 一華の胎内で、これから育まれようとしている、禍々しくも愛おしい、

 新たな命の鼓動。それが、心を、これまでにないほど激しく揺さぶっていた。

 

「私は……私は、どうすればいい……」

 

 海江田は、絞り出すような声で呟いた。

 彼は今、完全に、白峰一華という深淵の前に、膝を屈しようとしていた。

 妻への愛も、騎士としての誇りも、父親としての責任も、

 すべてが、音を立てて崩れ去っていく。価値観が一華の胎内で、

 ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、溶かされ、新たなものへと再構築。

 

「何も、難しく考えることはありません」

 

 一華は腹部に押し付けたまま、蠱惑的な声で囁いた。

 

「あなたは、ただ、私の駒でいてください。

 私の子の、父親でいてください。それだけで、十分。

 あなたの妻や娘に対する罪悪感も、指揮官としての責任も、すべて、

 この私の胎内に預けてしまえばいい。

 私は、そのすべてを飲み込み、新たな命の糧としていたします」

 

「一華……」

 

「さあ、行きましょう、団長。大広間の宴は、まだまだこれからです。

 私たちは、その最後を、締めくくらねばなりません」

 

 一華は、海江田の手を引いて、大広間へと戻っていく。

 その歩みは、優雅で、力強く、まるで戦場を闊歩する女神のようだった。

 海江田は、もはや抵抗することもできず、ただ、引きずられるようにして、後に続く。

 

 たまらぬ夜であった。

 白峰一華の胎内で、新たな命が芽吹いた。

 それは、滑稽な道化を真の男に変え、

 誇り高き指揮官をただの駒に貶めた、戦場の申し子。

 この子が産み落とされる時、サガ帝国の戦いは、新たな局面を迎えることになるだろう。

 

 ◆◆◆

 

 カッツェ平野の空は、再び、血の匂いを孕んだ霧に覆われていた。

 

 モチャラス家での、あの悪夢のような饗宴から、わずか二日。

 白峰一華は、その鋼の肉体からは想像もつかぬ「体調不良」を理由に、

 後方の幕舎で静養している。海江田勇蔵は、その理由を誰よりも深く知っていたが、

 口には出さない。彼は今、指揮官として、戦場に立っていた。

 しかし、その心の半分は、常に、一華の胎内で蠢く新たな命の鼓動に囚われている。

 たまらぬ苦悩であった。

 妻への罪悪感と、生まれ来る子への倒錯した愛情。

 その二つの間で、彼の魂は、音を立てて引き裂かれ続けている。

 

 しかし、戦場は、彼の内面の葛藤など、一片も斟酌しない。

 眼下に広がるのは、大国同盟軍の無数の兵士と、

 その主力たる生体兵器《機甲兵》の群れ。

 前回の戦闘で一華が三体を屠ったとはいえ、

 その数は、まるで減っていないように見える。

 いや、むしろ、より大型の、より武装を強化した新型が、

 戦列の中央に鎮座している。その巨体が放つ威圧感は、

 ベテランの騎士たちの心すらも、確実に萎えさせていた。

 

「総員、戦闘準備! 決して、気を抜くな! 

 敵の数は多いが、所詮は機械だ! 恐れることはない!」

 海江田は、声を張り上げ、戦場全体に檄を飛ばした。

 しかし、その声は、もはや彼自身の魂には届いていない。

 彼の心は、虚ろだった。

 指揮官の心情を映すかのように、

 戦場の空気は、重く、澱んでいた。

 

 その時である。

 戦場の後方、日本派遣団が構築した陣地の奥深くから、

 異様な駆動音が、静寂を破って響き渡った。

 地響きのような、重低音。

 この世のものとは思えぬ、不気味な唸り声。

 音の出所は、大型のトレーラーに覆われ、厳重に秘匿されていた積荷。

 幌が、ゆっくりと取り払われた瞬間、戦場にいたすべての人間が、息を呑んだ。

 

 ──《ハチドリ》。

 日本科学技術総合研究所が開発した、最新鋭の無人機甲兵器。

 

 全長は五メートルを優に超える、

 二本の後ろ足で直立するカマキリのような異形。

 この世の終わりを告げる死神の具現。

 有機的な曲線を描く漆黒の装甲は、光を吸い込み、

 生きているかのように、ぬめりとした艶を放っている。

 鎌のような部位と、それとは別に、細くしなやかな腕が二本ずつ。

 その鎌の内側には、一門ずつ、ガトリングレールガンが内蔵され、

 本体の背後には、巨大なドラム缶のような弾倉が、不気味に脈打っている。

 腹部側面の装甲からは、半透明の羽が、かすかに震えながら飛び出し、

 いつでも飛行可能な状態であることを誇示していた。

 

「あ、あれが……日本の……」

「ば、化け物か……」

 

 サガ帝国の騎士たちの間から、恐怖と驚愕の入り混じった声が上がる。

 彼らは、この鉄の悪魔が、自分たちの味方であることに、戦慄していた。

 ハチドリは、様々なセンサーを搭載しており、

 物陰も含め戦場を隈無く走査することが可能だ。

 無機質な複眼が、一斉に、前方の大国同盟軍を捉える。

 獲物を品定めするかのように。

 

 たまらぬ光景であった。

 この殺戮機械は、ただの兵器ではない。

 それは、人間の英知が生み出した、最も醜悪で、最も美しい、死の芸術品。

 一挙手一投足が、見る者の心を、原始的な恐怖と、

 歪んだ昂揚で、ぐちゃぐちゃにかき乱す。

 特に、その飛行機能は、まさに悪夢。

 羽を肉眼では捉えられない速度で羽ばたかせ、

 超音波の振動で空気を渦状に撹拌することで揚力を得る。

 

「……全機、出撃せよ」

 海江田の、抑揚のない命令が下された。

 次の瞬間、ハチドリは、大地を蹴り、飛翔した。

 轟音。

 空気が、ビリビリと震える。

 その加速は、もはや、物理法則を無視しているかのようだ。

 一瞬で戦場の中央に到達したハチドリは、その鎌を、大きく左右に広げた。

 

 ──ガトリングレールガン、斉射。

 

 無数の弾丸が、超電磁の力で加速され、

 超音速の壁を突き破り、敵陣に豪雨のように降り注ぐ。

 それは、もはや「弾丸」という生易しいものではない。

 一発一発が、戦車の装甲を紙くずのように貫く、純粋な破壊のエネルギー。

 着弾地点では、土砂が舞い上がり、肉片が飛び散り、

 血の霧が、カッツェ平野の白い霧を、赤黒く染め上げていく。

 悲鳴が上がる間もない。ただ、無機質な破壊の嵐だけが、戦場を支配した。

 

「ひ、ひぃっ……!」

「逃げろ! 逃げ……」

 

 大国同盟軍の兵士たちは、恐慌をきたし、

 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 しかし、ハチドリのセンサーは、そのすべてを捕捉していた。

 続いて、鎌の付け根から、青白い光が迸る。

 指向性荷電粒子連装砲。

 収束された超高熱のプラズマが、一直線に戦場を薙ぎ払った。

 その軌道上にあったすべてのものが、一瞬で蒸発する。

 人間も、戦車も、大地も、すべてが等しく、原子レベルにまで分解され、

 キノコ雲のような蒸気となって立ち上る。

 神の怒り。

 地獄の業火。

 

 たまらぬ殺戮であった。

 ハチドリは、狹く入り組んだ屋内やハリケーン並の強風吹き荒れる屋外など、

 どのような環境でも空中でピタリと静止できる性能を持つ。

 

 この上なく優雅な、死の舞踏。

 まるで、一輪の華が、戦場という名の庭園で、

 その美しさを誇示するかのように。

 ハチドリは、逃げ惑う敵兵の頭上にピタリと静止すると、

 そのまま、ゆっくりと降下。鎌を振り上げ、一匹、また一匹と、

 虫ケラのように、その命を刈り取っていく。

 潰れたトマトのような音。

 骨が砕ける鈍い音。

 引き裂かれた肉の断面から、血が噴水のように吹き出す。

 その光景は、もはや、戦争ではない。

 これは、一方的な虐殺。

 機械による、生物の絶滅。

 

「ああ……ああ……」

 サガ帝国の騎士たちは、その光景をただ呆然と見つめる。

 彼らはこれまで、連盟の盾として多くの同胞が、

 大国同盟の物量の前に無残に散っていくのを見てきた。

 無念が日本の最新兵器によって、雪がれている。

 しかし、その心には歓喜よりもむしろ、言い知れぬ虚無感が。

 自分たちの戦いは、何だったのか。

 誇りも、

 愛國心も、

 憎悪も、

 機械の圧倒的殺戮能力の前ではただの徒労。

 

「……これが、日本の力……」

「これが、連盟の、本当の姿……」

 

 戦場の片隅で、一人の年老いたサガの騎士が涙を流しながら膝を折った。

 涙が何に対するものなのかは誰にもわからない。

 少なくとも勝利の美酒に酔った者の涙ではなかった。

 ハチドリは殺戮を続ける。

 プログラムされた命令を実行するだけの、冷たい光。

 戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図。

 血と、

 鉄と、

 硝煙の匂いが、

 濃密に混ざり合い、カッツェ平野の霧を重く淫靡に彩る。

 

 戦場を支配するのは人間の意思ではない。

 ハチドリの駆動音が産声のように、戦場全体に不気味に響き、

 霧はますます濃くなる。勝利の凱歌ではなく、

 一つの時代の終焉を告げる、葬送の鐘の音。

 

 カッツェ平野の霧は、ハチドリの撒き散らす硝煙と血煙を吸い込み、

 白濁を赤黒く汚していた。戦場というにはあまりに一方的な蹂躙の舞台を、

 海江田勇蔵は指揮車両のハッチを開け放ち、冷めた眼差しで見下ろしている。

 彼の手には、愛用の煙管が握られ、くゆらせた紫煙が霧の一部へと溶け込んでいく。

 煙と同じように、彼の心は白く、空虚だった。

 

「──レールガンの弾道、荷電粒子砲の熱量、想定の九割二分。まずまずだな」

 

 海江田は誰にともなく呟いた。

 声に戦果への興奮は一片もない。

 ただ、一個の技術者、もしくは冷徹な指揮官としての評価があるのみだ。

 視線の先では、ハチドリが再び荷電粒子砲を掃射している。

 青白い光の帯が大地を舐め、軌道上のすべてを蒸発させる。

 しかし、その絶対的な破壊の光が、ある一点で掻き消えた。

 

 ──ぎぃん、と、耳障りな金属音。

 

 蒸気の中から現れたのは、一体の機甲兵。

 しかし、それはこれまでハチドリが蹂躙してきた機種とは、明らかに異質。

 全身が純白の重装甲に覆われ、両肩には無数のミサイルポッド。

 何より、巨体を包む魔力の膜──恒常魔力圏が、陽炎のように周囲の空気を歪めている。

 荷電粒子砲の直撃を、まるでそよ風でも払うかのように、魔力圏が無効化。

 機甲兵はのそりと一歩を踏み出す。

 動きは鈍重だが、確実に、ハチドリへと近づいていく。

 

「来たか。高位騎士の培養脳を積んだ、指揮官機だな」

 

 ハチドリは、即座に距離を取りながら、ガトリングレールガンをフルオートで掃射。

 超音速の弾丸の雨が、白い機甲兵に殺到する。

 しかし、機体に触れる寸前で急激に減速し、あらぬ方向へと弾き飛ばされていく。

 運動エネルギーの減衰、もしくは重力場操作による絶対防御。

 機甲兵の腕部が、ずるり、と蠢いたかと思うと、

 内部から無数の有機的な触手が溢れ出した。

 培養された伐刀者の脳が、自らの伐刀絶技を最大限に発揮するために、

 兵器そのものの形態を変異させているのだ。

 触手の一本一本が、固有霊装の輝きを宿している。

 

「総員、後退。ハチドリを放棄し、第二防衛線まで下がれ」

 

 海江田は、淡々と命令を下した。

 周囲の通信兵が、驚愕の表情で彼を見る。

「しかし団長! ハチドリは、まだ戦えます!」

「いや、無駄だ」

 

 海江田は煙管の灰を落とすと、冷徹な現実を口にした。

「ハチドリは、所詮、近代科学の延長線上の玩具だ。

 高位の伐刀絶技そのものを解析し、これを無効化するだけの“運命”を持たない。

 機甲兵を相手にただの大きな的だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 彼の言葉を証明するかのように、白い機甲兵が動いた。

 触手が一斉に伸び、ハチドリの巨体に絡みつく。

 その先端から、高周波の振動が伝わり、

 漆黒の装甲が飴細工のように融解し始めた。

 五メートルの死神は、必死に羽を震わせ、逃れようともがく。

 鎌で触手を切り裂こうとするが、切断面から新たな触手が無限に生えてくる。

 ハチドリの無機質な複眼が、何かを訴えるかのように明滅。

 しかし、それが何かを意味することは、ついになかった。

 次の瞬間、触手がハチドリの中心部──培養脳が格納されているコアブロックを、

 正確に貫いた。ぐしゃり、という、濡れた音が戦場に響く。

 ハチドリは、その長い足を痙攣させながら、ゆっくりと崩壊。

 鉄の悪魔の、あまりにも呆気ない最期。

 

「……これが、現実だ」

 

 海江田は、崩れ落ちたハチドリの残骸を見つめながら、心の中で呟いた。

 腦裡に浮かぶのは、白峰一華の姿。

 彼女ならば、あの機甲兵の恒常魔力圏ごと、この世から消し去っていただろう。

 しかし、彼女は今、ここにはいない。

 自らの胎内に宿った、新たな命のために。

 いや、彼女がここにいないことこそが、彼女の、そして主アテムの戦略なのかもしれない。

 彼女の不在が、どれほどの戦力差を生むのか、それを思い知らせるために。

 たまらぬ皮肉であった。

 最高の戦力は、戦場にすら立たず、ただその存在だけで、男たちの心を支配している。

 

「一華……お前は、どこまで私を試す……」

 

 海江田は、誰にも聞こえぬ声で呟いた。

 勝利も、敗北も、指揮官としての責務も、妻への罪悪感も遠い。

 ただ、一華の胎内で息づく、あの禍々しくも愛おしい命の鼓動だけが、

 虚ろな心を満たす唯一の真実。

 

 カッツェ平野の霧は、ハチドリの骸を抱いて、なおも蠢いていた。

 

 白い機甲兵──指揮官機は、触手でハチドリのコアブロックを握り潰すと、

 残骸を無造作に放り捨てた。鉄くずが大地に落ち、ぐしゃり、という鈍い音。

 戦場の死神として君臨した漆黒の異形も、鉄屑。これが、戦場の真実。

 

 いかなる近代兵器も、高位伐刀者の前では無力だ。

 これは、太古の昔から変わらぬ、戦という名の祝祭における絶対の掟。

 戦術とは、己が陣営の高位伐刀者をいかに温存し、

 敵のそれをいかに消耗させるかという手管に過ぎない。

 戦略とは、より多くの、より強力な伐刀者を揃えるための政治であり、

 政治とは、すなわち──血と金と、そして性によって、

 英雄たちを縛り付ける、最も淫靡で醜悪な営みである。

 

「くそっ……! ハチドリが……! たった一体の機甲兵に……!」

 日本派遣団の剛田猛が、金砕棒を握り締め、歯噛み。

 巨体が、怒りと屈辱に震えている。

 隣では、早瀬瞬が、青ざめた顔で指揮官機を見据えていた。

「剛田さん……あれは、ヤバいですよ。恒常魔力圏を纏った指揮官機……

 おそらく、中に詰められてる培養脳は、Aランク相当の伐刀者のものだ……」

「だからどうした! 俺たちは、一華がいなきゃ、ただの役立たずかよ!」

 猛の叫びは、戦場の喧騒に飲み込まれ、虚ろに響いた。

 彼の伐刀絶技『剛力無双』は、確かに一撃必殺の威力を誇る。

 しかし、恒常魔力圏を纏った相手には、届く前に減衰されるのがオチ。

 

 戦場の要は、いつだって、一人の絶対的な強者。

 そのことを、彼らは今、骨の髄まで思い知らされている。

 白峰一華。

 彼女がこの場にいれば、あの白い機甲兵は、すでにただの鉄くずと化していた。

 概念干渉系伐刀絶技『天弓』。

 距離を無視し、防御を無視し、ただ「斬る」という結果だけを世界に上書きする、

 理不尽の具現。彼女こそが、この戦場における、絶対の《運命》。

 しかし、その《運命》は今、自らの胎内に芽吹いた新たなる命のために、後方の幕舎にいる。

 

「……下がれ、剛田。お前の出る幕ではない」

 静かな、しかし有無を言わさぬ声が、戦場に響いた。

 声の主は、海江田勇蔵である。

 指揮車両からゆっくりと降り立つと、固有霊装たる雷槍【神討の雷槍】を具現化。

 ごうっ、と、空気が震える。

 雷雲が、カッツェ平野の空を覆い、紫電が、彼の周囲で激しく明滅。

「団長……!」

「いいから下がれ。私が相手をする」

 海江田の声には、かつてのA級リーグの伝説的伐刀者としての威厳と、

 そして、何よりも、深い諦念が滲んでいた。

 一華の胎内に宿る子の父親としての決意。

 指揮官としての責務。

 戦場で、果たすべき役割。

 一華という深淵に魅入られた男としての、最後の矜持。

 眼窩に宿る光は、もはや、正義や愛国心とは無縁の、

 ただひたすらに個人的な、業。

 

 白い機甲兵が、その巨体を海江田に向けた。

 触手が、うぞうぞと蠢き、その先端が、一斉に海江田を指す。

 次の瞬間、無数の触手が、音速を超えて殺到した。

 海江田は、それを紙一重で躱すと、雷槍を振るう。

 稲妻が迸り、数本の触手を焼き切った。

 しかし、切断面から、新たな触手が即座に再生する。

 それだけではない。切断された触手の断片が、

 地面でのたうち回り、小さな蛇のように、海江田の足に絡みつこうとする。

「……なるほど。これが、最新の伐刀絶技か」

 海江田は、冷めた口調で呟きながら、雷槍を地面に突き立てた。

 自然干渉系・雷撃『天網恢恢』。

 魔力が、大地を伝播し、周囲一面に電磁フィールドを形成。

 触手の断片は、一瞬で黒焦げになり、灰と化した。

 

 しかし、本體である機甲兵は恒常魔力圏によって雷撃すらも無効化。

 肩部のミサイルポッドを展開。

 無数の小型ミサイルが、一斉に発射され、海江田に殺到。

 雷槍を盾のように回転させ、そのすべてを迎撃した。

 爆発。

 炎が渦を巻き、大地を揺るがす。

 爆煙の中から、海江田が飛び出した。

 身体には、無数の擦り傷が刻まれ、軍服は血に濡れている。

 それでも彼は、雷槍を構え、機甲兵へと突撃。

「団長!」

「来るな!」

 海江田は、剛田たちを制すると、雷槍を機甲兵の魔力圏に叩きつけた。

 電撃と魔力圏が激しく拮抗し、空間が歪む。

 火花が散り、耳をつんざくような轟音が響き渡る。

 海江田は、全身の魔力を注ぎ込み、雷槍を押し込もうとする。

 しかし、機甲兵の魔力圏は、びくともしない。

 代わりに、触手が、彼の四肢に絡みついた。

「ぐっ……!」

 触手の一本が、彼の右腕に巻き付き、その力を奪っていく。

 高周波の振動が、骨を砕き、筋肉を融解させる。

 雷槍が、その手から滑り落ちた。

「団長────ッ!!」

 剛田たちの絶叫が、戦場に木霊する。

 海江田は、もはや成す術もなく、触手に持ち上げられ、磔にされた。

 彼の身体から、力が抜けていく。

 視界が、白くかすんでいく。

 しかし、その瞬間、彼の腦裡に浮かんだのは、

 遠く日本の地で待つ妻の顔ではなく、娘の笑顔でもなかった。

 白峰一華の、あの蠱惑的な微笑み。

 そして、彼女の胎内で、確かに脈打つ、新たな命の鼓動。

(一華……私は……これで……よかったのだろうか……)

 

 その問いに答える者は、いなかった。

 機甲兵は、無機質な駆動音を響かせながら、海江田の身體を、

 ゆっくりと引き裂こうとしていた。その時である。

 戦場の空気が、一変した。

 まるで、時間そのものが凍り付いたかのような、絶対的な静寂。

 カッツェ平野の霧が、一瞬で吹き飛び、天頂から、一筋の光が差し込んだ。

 それは、この世のものとは思えぬ、黄金の輝き。

 光は、ゆっくりと、しかし確実に、一人の人間の形を象る。

 長く、黒く、絹のような髪。

 艶めかしい光輝を宿す白い肌。

 澄んだ黒眼と、筋の通った小さな鼻。

 潤んだ唇。

 一歩踏み出す度に、いやらしくブルンっプルン♡と揺れ動く、豊満な乳房。

 それは、後方の幕舎にいるはずの白峰一華。

 

「一……華……?」

 海江田が、掠れた声で呟いた。

 しかし、一華は答えない。

 ただ、口元に、微かな笑みを浮かべているだけだ。

 大太刀『黒耀』が握られている。

「──―天弓」

 一華が、静かにその名を紡いだ。

 次の瞬間、世界から、音が消えた。

『黒耀』を、ただ、一振りしただけである。

 斬撃は、なかった。

 少なくとも、誰の目にも、何が起こったのかは認識できなかった。

 ただ、次の瞬間、海江田を拘束していた白い機甲兵の触手が、

 すべて寸断されていたのだ。

 機甲兵の巨体が、ゆっくりと、二つに割れる。

 培養脳を格納したコアブロックが、真っ二つになり、白い蒸気を噴き出した。

 断面は鏡のように滑らかで、最初からそうであったかのように美しかった。

 

 どおん、という爆発音が、一拍遅れて戦場に響き渡る。

 白い機甲兵は、爆発四散し、その残骸を戦場に撒き散らした。

 一華は、『黒耀』を鞘に収めると、その場に膝を屈する。

 漆黒のドレスの裾が、血と泥に汚れるのも厭わず、

 彼女は、地に伏した海江田の頭を、優しく抱き寄せた。

「──―遅くなりました、団長」

「一華……なぜ……お前は……身体を……」

 海江田は、朦朧とする意識の中で、彼女の腹部に目をやった。

「……子は……無事なのか……」

「ええ。この子は、あなたに似て、とても頑丈なようです」

 一華は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、海江田の額に、そっと口づけをした。

「あなたは、私の指し手です。私の子の、父親です。

 まだ、死ぬことは、許しません」

 その言葉は、紛れもなく、絶対的な支配者の宣告だった。

 しかし、海江田にとって、それは、何よりも甘美な、救いの言葉でもあった。

 彼は、もはや、何も考えず、ただ、一華の胸の中で、意識を手放した。

 

 たまらぬ戦場であった。

 太古の昔から、戦を決するのは、常に、ただ一人の絶対的な強者。

 その原則は、ここサガ帝国の、カッツェ平野においても、何一つ変わらなかった。

 最新鋭の兵器も、数多の戦術も、

 すべては、この一人の女神の前では、無力な玩具に過ぎない。

 白峰一華。

 彼女が立つだけで、戦場はその意味を変える。

 彼女が剣を振るえば、世界はその理を書き換える。

 彼女こそが、この戦場における、絶対の《運命》。

 そして、その《運命》の胎内には今、新たな《運命》が、確かに息づいているのだ。

 

 

更新希望の原作

  • 魔弾の王
  • 落第騎士
  • ハイスクールD×D
  • 月姫
  • モブせか
  • マジエク
  • のんびり農家
  • 新妹魔王
  • 八男
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