第20章 疾痛 残り4時間40分 如月千早
第1節 凌辱の記憶
酷い悪寒がする。
私がアダルトビデオに出演させられていたなんて・・・。しかも数十万の人が、それを見て、私で・・・自慰しているというの・・・。
考えただけでも震えが止まらない。
それに私はさっきから、頭の中で恐ろしいイメージが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返しているのだ。私は・・・如月千種に会っている。そんな気がする。
思えば、私はずっとあの別荘にいた訳ではない。あの別荘は、一応「別荘」という名を冠していただけのことはあって、それなりに広く、自由も効いていたのだ。
ところが、ある時期から私は・・・狭い山小屋のようなところに押し込められていた。寒く・・・そして狭い。部屋にはテレビすらなく、無味乾燥な本ばかりが並んでいる。することは何もなく、ただ時間が経つのを無為に過ごしているだけ。そんなイメージなのだ。
無音の世界、ただ唯一、風の音が窓ガラスにあたり、細かく音を立てる以外は、何も音のない世界。変化という変化は、部屋の明るさだけ。部屋には時計がなかったと思う。時間の移り変わりもよくわからない。
なんて孤独なイメージなんだ・・・。私は、その小屋から外に出たのだろうか。出なかったのだろうか。出た。出たはずだ。どこに?車で?目隠し?ヘッドホン?
連れられて・・・そして・・・
部屋の中。男の人。どうして服を脱いでいるの。私はどうして服を脱がされているの。
嫌・・・やめて・・・触らないで・・・どうして私に触れようとするの!ブラを・・・下着を・・・、脱がさないで!
私の唇に触れてくる。そして舐めまわすように全身を、胸を・・・アソコを・・・。気味が悪い。どうしてそんなイメージが・・・。
やがて男のモノが目の前に現れた。それが私の中に!痛い!でも、撮影だから我慢しなくちゃ。撮影?これがAV?私、こんな様子を何十万回と見られているの?
考えるだけで吐き気がする。私よがってる。喘ぎ声・・・ぎこちないけど、あげないと、見ている人を悦ばせないと。笑顔で・・・犯されないと・・・。
私はその後・・・また・・・部屋の中。ずっと怯えている。あの女の登場で、私の心はすっかり冷え込んでしまった。怖い。・・・怖い。・・・怖い。・・・怖い。・・・怖い。
夜眠ると、あの女に体を引き裂かれる夢を見る。あるいは、首を絞められ、水につけられて溺死する。そんな苦しい夢。
朝起きても、誰もいない。どこにも行けない。何もすることがない。・・・死にたいと思った。自殺できるものならしたかった。でも何もない。する勇気もない。怖い、怖い、こわいこわいこわいこわこわいわこあかおこあ。
寒くなった。より寒くなった。もっと寒くなった。寒さの深堀だけが、月日の経過を感じさせた。
こんな生活がいつまで続くのだろうか。温かくなったら終わるのか、暑くなったら終わるのか、また涼しくなるまで待たなければならないのか、もう一周してしまうのか。私には何もわからない。誰も助けに来てくれない。
寒さで体が・・・いや心が凍え死んでしまいそうだ。頭がおかしくなる。どうしてこんなことになってしまったのか。どうしてあの女がいるのか、どうして先輩は助けに来てくれないのか。
私、何か悪いことをしたの?悪いことをしたからここに閉じ込められているの?どうしてこんなところにいなくちゃいけないの。私は何なの?
いろいろな思いが交錯する。いろいろなイメージが混濁している。その大半は心の中のざわつきだ。いろいろな思考、いろいろな思い、そして恐怖。
頭の中のイメージが切り替わる。
そこは・・・『監獄』?暗い地下室のような場所だ。
怖い男、不気味な笑みを浮かべている。その男がにじり寄ってくる。そして私の服を掴むと、ビリビリに破いてきたのだ!私は力の限り抵抗するが、男にはかなわない。まもなく私はあられもない姿になってしまった。
なんだ・・・あの赤いものは・・・熱い!熱い!熱い!熱い!
ロウソク!?熱い!痛い!
全身を熱と刺激が襲う。体の自由が効かない。よく見ると、四肢が全裸のまま拘束されている!
痛い!
鋭い痛みのイメージ。なんだ、ムチで叩かれているのか?痛い!何度も鋭く打ち下ろされ、鋭い音が鼓膜を刺激する。
バチン!
バチン!
バチン!
鼓膜の中でだんだんその音が大きくなり、それに合わせて体の痛みも増してくるのだ。
そして次にあるイメージは・・・苦しい。息が・・・できない。水責め?死んでしまう・・・。
ぶはっっ・・・はあぁっ・・はあぁぁっ・・・。
ようやく水面から挙げられたみたいだ。でもそれもつかの間、再び水面に叩きおとされた。苦しい、痛い!鼻の中に容赦なく水が入り、水を飲んでしまう。
げほっ・・・ぐほっ・・・ぶほっ・・・。
それが何度か続いたかと思うと、今度は再びイメージが暗くなった。明かりが一切ないのか、それとも自分だけが目隠しされているのかはわからないが、とにかく真っ暗だった。そしてその四肢が再び拘束されている。壁に両手を固定され、両足も固定され・・・股が開かれている状態だ。
男の息遣いが聞こえる。興奮した男・・・何をしようとしているかは明らかだった。やがて、訪れる下腹部への違和感。
「やだ・・・いやだ、いやだやだやだやだやだ」
男のモノが深く突き刺さる!
「やめてー!!!!!いやー!!!!!!!」
その時、私の体が突然大きく揺れた。肩を掴まれて揺さぶられている。
「・・はやちゃ・・」
私を呼ぶ声?
「千早ちゃん!千早ちゃん、どうしたの!?大丈夫!」
私は目を見開いた。
目の前には、心配そうに見つめ、私の肩を揺さぶっている春香の姿があった。
「はる・・・」
「大丈夫?大分うなされていたみたいだけど。」
そうか・・・。私は悪い夢を見ていたのか。悪い夢。悪い過去。孤独。絶望。永遠に続くように思われた虚無の時間。
「春香あぁぁぁぁ・・・」
私は彼女に抱き着いた。
「こわかったぁぁぁぁ。わたしいぃぃ、ずっとひとりぃぃだったぁぁ・・・。」
緊張の糸がぷっつりと切れてしまったのか、私は春香に抱き着いて、そのまま泣き始めてしまった。
「千早ちゃん・・・。もう大丈夫だよ。千早ちゃんは、一人じゃないなよ。」
「はるかぁぁぁぁあ・・はかるか;ぁぁぁぁぁああll」
「もう、全く・・・千早ちゃんは泣き虫なんだから。」
「私は・・・なきむしなのぉぉおぉお!!」
「ふふっ・・・もう大丈夫だよ。大丈夫だからね。」
「うわぁぁぁああぁああぁあん!!!」
私は春香の肩で泣き続けた。ぎゅっと強く春香を抱きしめながら。彼女を失うまいと、抱き続けていた・・・。
それから20分の時間が流れた。私の気持ちも落ち着き、私たちは手をつなぎながら、タイムカウンターを見つめている。
「春香・・・私が出演した作品の中に・・・なんていうか・・・私が傷つけられるようなものって無かった?ムチで叩かれたり、水責めにされたり、ロウソクをたらされたり。」
春香はゆっくりと頷いた。その顔は苦悶に満ちているようだったが、敢えてその顔を見せまいとしているようだった。
「やっぱりね。」
「・・・思い出したの?」
「夢を見ていた。現か幻か分からぬようなそんな夢。あの女は、私のところにも来ていた。」
「・・・如月千種が?」
「そう。」
「やっぱり、そう・・・なんだ。」
「私、最初は別荘にいたの。軽井沢の。だけど、いつしか私は狭い山小屋に押し込められていた。」
「誰かに移されたの?あの女?」
「分からない。でも、それ以外に考えられないんじゃないかな?私の母親が私がいた山小屋に現れた。母親の管理下に置かれなければ、そんなことはできなかったはず。」
春香の話を総合すれば、秀幸と、剛三郎氏・先輩の両名は対立関係にあった。だから、軽井沢の別荘に私が匿われていた段階で、秀幸の管理下にあった彼女が私と接触をすることはできなかった。
「あの女の要求で、千早ちゃんは、アダルトビデオに・・・。」
「そうだと思う。なんて言うのかな・・・私が水責めされたりしているのって。何本目の作品だったの?」
「・・・多分二作目。というより、千早ちゃんが出ている作品って多分、この2作だけだと思う。そうでなければ、多分私も・・。」
春香が!?
「まさか、あの女は春香にまで出演を強要してきたっていうの!?」
「うん。私・・・あの女に住所を調べられていた。私の家に、あの女が来た。」
「まさか・・・その時に拉致された!?」
「いや、その時は絶対に鍵を開けなかった。その代わりに、AVのパッケージを置いていったの。それが・・・千早ちゃんが拷問器具で犯されている作品だった。」
「それから、どうしたの?」
「私は、伊織と先輩に相談した。そこで先輩に発信機を取り付けてもらう話になったんだよ。意味なかったけどね。」
「そういうことだったのね。・・・引っ越しとか考えなかったの?」
「そんなお金はなかった。それに、一度場所がバレてしまった以上、どこに逃げたって同じこと。」
「そう・・・。」
二人の会話はそこで途切れた。タイムリミットまで、あと4時間余りしかないというのに、私たちは交わす言葉を見出すことができなかった。