※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

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第21章手紙 第3節二度目の邂逅

第3節 二度目の邂逅 残り1時間35分 

 

「あの手紙には、今回の事件の真犯人の名前が書かれていた。」

「真犯人!?」

 千早ちゃんが、素っ頓狂な声を上げる。

「そう。あの手紙には・・・私たちを捕まえて、殺し合いをさせる計画を考えた元凶の名前が書かれていた。」

「それは・・・。」

 私は深呼吸をして心を落ち着かせようと試みた。しかし、それでも鼓動は早まるばかりだった。

「秀幸さん。」

「やっぱり・・・。」

「あの人の狙いは、望月先輩の名誉を貶めることで、先輩を再起不能に陥らせることだった。もし先輩が不審な死を遂げてしまえば、それは対立する秀幸さんの犯行だと思われてしまう。それを避けるためにあの人は、先輩が自滅するよう策略を巡らせた。」

「それでこの事件を起こしたのね・・・。」

「秀幸さんの狙いは、この事件の真犯人を先輩に仕立て上げることだった。秀幸さんは、こういう犯罪を考えていた。・・・伊織の裏切りが明らかになって、再び縁談はご破算となった。そこで先輩は、私と千早ちゃんのどちらかと結ばれようと考えた。だけど、どちらも好きで選びきれなかった。だから、二人に殺し合いをさせて生き残った方と結婚することにした。」

 千早ちゃんが思わず顔をしかめた。

「狂ってる・・・。そんなこと・・・先輩が思うはずないじゃない。先輩は、私たち3人が幸せになる道を探してくれているのに・・・くっ・・・。」

「先輩が、私たち3人が幸せになるような方法を探してくれているのは、私も千早ちゃんも知ってる。だけど、他の人は知らない。だから・・・先輩をこの事件の犯人に仕立て上げることができた・・・。」

「・・・許せない。」

 千早ちゃんの強い怒りを感じる。静かに、そして強く、彼女は怒りを込めているのだ。

「先輩は、私たちに危機が迫っていることを知らなかったみたいだった。」

 千早ちゃんが頷く。

「もし知っていたら、真っ先に春香を逃がしていたでしょうね。」

「あの手紙が届いた日、実は望月財閥も大変なことになっていたみたい。・・・剛三郎さんが失踪したの。」

「ええ!?何が一体どうなっているのよ。」

「結論を言えば、秀幸さんに殺されたんだと思う。死んだっていう情報が入った訳じゃなかったんだけど、先輩はそれしか考えられないって言ってた。シナリオとしては、先輩がこの犯罪を起こそうとしているのを父に見つかって、それで口封じのために父を殺した、そういうシナリオだと思うって言ってた。」

 千早ちゃんあきれ顔になる。

「なんともはや・・・何でもありね。」

 本当にそうだと思う。財閥を乗っ取る為なら、肉親の命・・・実の父親の命でさえ、どうとも思わないというのだろうか。

「先輩は、その日、私を彼の財閥が経営するホテルに呼び出した。」

「目的は?」

「・・・ロサンゼルス行の航空券を渡すため。」

「海外に逃がそうとしたわけね。」

「うん。秀幸さんの配下の者たちの影響が及ばない、アメリカに逃がそうとしてくれた。」

「でも、春香は捕まった。乗らなかったの?飛行機・・・。」

 私は顔を曇らせた。

「その夜・・・私と先輩は一夜を共にした。飛行機は翌日の便だったの。事前にお母さんには連絡した。『しばらく会えないけど、元気にしている』って伝えたんだ。美希にも連絡したんだけど、つながらなかった。しばらく会えなくなるからお別れの言葉を言って、あと伊織のことも頼みたかったんだけど。そしてその夜に・・・私たちは秀幸さんの手の者に拉致された。」

 千早ちゃんが目を見開いて驚いた。

「な・・二人は、一緒に泊まったの!?」

 なんでそっちに驚くのか、普通に拉致された方に驚くでしょ・・。

「良かったじゃない!?ねぇ、シたんでしょ?」

 千早ちゃんが、興奮気味に尋ねてくる。

 私は少し、いや大いに恥ずかしさを感じた。思わず私は両手で顔を覆い隠した。赤くなっているのを見られたくなかったのだ。

「恥ずかしがることじゃないわ。むしろ、素晴らしいことよ!やっぱり先輩は、春香のことを心の底から愛していたのよ!」

 千早ちゃんが私の背中をペチペチと叩いた。

「だって・・・。」

「プレイの中身は聞かないわ。」

「それはたとえ親友でも教えないよ。」

「ふふふっ、分かってる分かってる。」

 千早ちゃんは、本気で喜んでくれている。しかも、それは別に興味本位で喜んでいる訳ではない。自分の死後のことを考えて喜んでくれているのだ。先輩は、私のことを愛してくれる。私が愛に飢えることはない。そう確信できたからこそ、千早ちゃんは喜んでくれているのである。気分はとても複雑だった。

「でも、これで納得ね。」

「へっ?何が?千早ちゃん。」

「先輩が、私たちと一緒につかまっている理由よ。先輩も春香と一緒のタイミングで捕えられたんでしょ。だとしたら、先輩が助けを呼べるはずがない。先輩は私たちのことを助けに来て捕まったんじゃなくて、最初から一緒につかまってたってことよ。」

 確かにそうだ。これなら私のお尻の発信機が活用されなかった理由もわかる。

「結局、私は痛い思いをしただけだったのね。」

 私はお尻をさすった。

「麻酔してたんだから、痛くないでしょ。」

 千早ちゃんが冷静なツッコミを入れる。

「はい、全身麻酔で爆睡してました。」

「ぶっぷぷぷ・・・痛みどころか、そもそも意識自体無かったんじゃない。」

 千早ちゃんが噴出して笑っている。そこまで笑われると心外だな。

 私はタイムカウンターに目をやる。残り「1時間14分38秒」。もう私たちに残された時間は、ほんのわずかしかない。

 千早ちゃんが言う。

「でも、これで良かったじゃない。あの男たちが言っていたことは本当だったのよ。この『監獄の掟』は絶対。私が死ねば、春香は生き残る。それから、先輩もね。」

 確かに、真犯人である秀幸さんの目的が、先輩に罪を擦り付けることなのだとすれば、ああいう形の犯罪である以上、私と先輩は生き残るはずだ。

「私は・・・先輩と結婚するの?」

「ええ、そうよ。」

 千早ちゃんは、なんの疑いもなくそう語る。だけど、本当にことはそう簡単にうまく行くのだろうか。

「・・・それは難しいんじゃないの?もしすべてが秀幸さんの思惑通りに進んでいたのだとすれば・・・先輩は本物の監獄の中に押し込められることになっちゃうんじゃないの?」

 千早ちゃんは、きりっとまじめな顔になった。

「だから、春香が大事なのよ。春香はこの事件の真相を知っている。彼を守ってあげられるのは、春香しかいないのよ。」

 確かに、そうなのかもしれない。だけど・・・。

「私・・・なんだか怖いな・・・。だって相手は、こんなことをしてくる人なんだよ。歯向かったら・・・何されるか。」

 千早ちゃんが横になりながら、左手で私の右肩を揺さぶる。

「しっかりしなさい。今からそんな弱気でどうするの。春香がしっかりしなかったら、先輩は何十年と監獄の中なのよ。こんな暮らしが、5日じゃない、数十年と続いてしまうのよ。それでもいいの!?」

 いいはずがない。だけど・・・そんなことは、私には荷が重すぎる。怖いのだ。私はまだ秀幸さんの顔を見たことがない。どんな人で、今何をしていて、今どんなことを考えているのか、何もわからない。そして、私に苦痛という苦痛の限りを与え、そして今、親友の殺害という、新たな苦痛をもたらそうとしている。

 私は、そんな強大な相手を前にして、立ち向かわなければならないのだろうか・・・。

 ふと私は、戦争ジャーナリストのことが頭に浮かんだ。彼らは、まさに命がけで取材をしている。命を危険に曝し、そして本当に命を散らしながら、彼らは戦争の真実を追い求めて、日夜戦場を駆け巡っている。

「戦場ジャーナリストっているじゃない?」

「ええ。」

「彼らって、本当に命懸けだよね。時には、銃弾を浴びて、命を落としてしまう。」

「そうね・・・。」

「私・・・ジャーナリストになったら、この事件のこと追えるかな?」

「春香・・・。」

「私、生きて帰っても、別にやりたいことなんてなかった。だから、千早ちゃんに申し訳なかったんだよ。千早ちゃんには夢があるのに、それを奪ってしまうことになる。・・・だけど、私がジャーナリストになって、この事件のことを追って・・・それで先輩が助かるなら・・・私、千早ちゃんの遺志を継ぎたい。」

 千早ちゃんはにっこりと笑った。

「それでこそ、私の春香よ。」

 千早ちゃんはたいそう満足そうだった。千早ちゃんが私を抱き寄せる。私も彼女にぴったりとくっついた。

「あぁ・・・愛しの春香・・・。」

 彼女は寂しそうな表情を浮かべている。

「千早ちゃん・・・。」

「もうすぐ私は、春香によって殺される。だけどそれは、私にとって幸せなことなのよ。」

千早ちゃんの身体が引き締まっていくのが分かる。死を覚悟した、悲壮な決意なのだ。私は少しだけ彼女から身体を離し、千早ちゃんの顔を見た。

「・・・綺麗な顔のまま、行かせてあげたかった。」

 私はまだ腫れの引かない彼女の顔をさする。千早ちゃんが、私が頬をさすっている右手を掴んだ。

「過ぎたことは、もう言わない。今、この瞬間を楽しもうよ。」

 千早ちゃんがにかっと笑った。目に焼き付けておかなければ。千早ちゃんの笑顔を。私は千早ちゃんを抱き寄せた。感じておきたいのだ、この肌の温もりを。そして私は千早ちゃんの髪を撫でた。心にしまいたいのだ。この青く美しい髪のことを。

「もうぅ・・・見られなぁくなっちゃうぅんだねぇ。千早ちゃぁんのこと。」

 声が震えている。最期は笑顔で送り出してあげたいのに・・・。

「私は、あなたの中で生きているわ。永遠に。」

「・・・気休めぇはよしてぇよ・・・。」

「私の声、体、髪の毛、表情、何もかも、春香の記憶の中に残っている。春香が忘れさえしなければ、私はいつまでも生きることができる。本当のことよ。」

「うぐっ・・・」

 涙が止まらないよ・・・。

 千早ちゃんが、私から少し離れてお互いに顔を見合わせた。

「春香・・・私・・・人生、楽しかった。」

 千早ちゃんが・・・最期の言葉を残そうとしている。

「色んなことがあった・・・沢山の人を傷つけてしまった、そして自分も傷ついた。はっきり言えば、ろくでもない人生だったと思う。だけど、私、それなりにこの人生楽しめたわ。特に・・・最期にもう一度『春香』に出会えてよかった。この120時間の間で、私はもう一度『春香』に出会ったの。『春香』と一緒に、もう一度人生を旅することができた。そのおかげで・・・一週目では気づけなかった、いろいろなことに気付けた。そして真相を解き明かすことができた。春香と和解することができた。それもこれも、全ては春香のおかげだよ。」

「うわあぁあぁん!!!」

 そんな優しい言葉投げかけないで!これから私、君のことを殺さなくちゃいけないんだよ!そんなに優しい言葉を投げかけられたら・・・力なんて入らなくなっちゃうよ・・・。

「私の方こそ・・・ひっく・・・もう一度ぉ・・『千早ちゃん』に会えてぇ、嬉しかった・・・。千早ちゃんとは・・・ひっく・・・色々あったぁぁけど・・・私たちで・・・大事なぁ1ページを作ることが・・・できたんだよね?」

 千早ちゃんは、にっこりと笑顔で頷いた。

「春香、笑顔笑顔!」

 そういうと、千早ちゃんは両手を私の顔に当てて、むにーっと、顔を引っ張った。

「ひはいよ、ちはあひゃん。(痛いよ、千早ちゃん)」

 千早ちゃんが両手を手放した。

「春香・・・今までありがとう。」

「・・・・・。」

 私は、なんて答えたらいいんだろうか。答えたら、終わってしまいそうな気がする。全て、何もかも。

「私、春香の心の中で生き続けるわ。」

 そういって私の左胸を触った。

「春香のここには、私がいる。忘れないでね。私は・・・ちゃんと見守ってるから。」

「・・・もう・・・行っちゃうつもりなの?」

 まだ1時間03分もある。死ぬなんて早すぎる。

「早くしないと・・・行けなくなっちゃう。追い込まれて、行くのは嫌なの。タイミング的には、今しかないわ。」

 千早ちゃんは、仰向けになった。

「私に跨って。」

 私は抵抗した。その場から動こうとしなかった。

「春香・・・お願い。私を困らせないで・・・。」

 千早ちゃんの顔がこわばっているのが分かる。千早ちゃんだって、怖いのだ。そして苦しいはずだ。千早ちゃんは、怖くて仕方ないところを、意を決したのだ。私が、自分のわがままで、千早ちゃんをさらに苦しめてしまう訳にはいかない。

 私はしぶしぶ彼女の上に馬乗りになった。

「お別れだよ、春香。」

「・・・・うん。」

 その時だった。私の頭の中に電流が走った。アハ体験とでもいうのだろうか。ふと頭の中で疑問が湧いて出たのだ。

 それは非常に簡単なことだ。

もし犯人が本当に秀幸さんなのだとしたら、もし犯人の狙いが、望月先輩を犯人だと思わせることが目的なのだとしたら、そしてもし犯人が本当に私たちの記憶を書き換える能力があるのだとすれば・・・どうして、秀幸さんは望月先輩が犯人だというイメージを植え付けなかったのだろうか。

 これでは生きて帰った後に、生き残った方は、秀幸さんを犯人として追及することになってしまうではないか。

 もう一つ疑問が浮かんだ。伊織のことだ。伊織は、どうやって秀幸さんの計画の全貌を知ったというのだろうか。伊織は、秀幸さんと定期的にコンタクトを取っていたというのだろうか。だとしたら・・・伊織はもしかしたら、この事件の共犯なのではないか・・・。

でも、何のために?伊織の気持ちに嘘があるとは思えない。伊織は本気で、私たち3人の為に財閥を裏切った。そんな彼女が、私たちの幸せと真っ向から反するこの計画に応ずるわけがない。だとしたら、どうしてこの計画のことを知っていたのだろうか。秀幸さんは、どんな意図でこの事件のことを伊織に話したというのだろうか。

あるいは・・・伊織は秀幸さんに協力していたけど、私たちを害する計画があるということを知って、それを教えてくれたということなのだろうか。

 うん。きっとそうなのだろう。伊織が秀幸さんに情報を渡した真の目的は、私たち3人を助けることなのだろうが、表向きは財閥の利益を装っていたのだろう。だから、伊織と秀幸さんは継続的に連絡を取っていた。その中で、今回の計画を伝えられた。それを伊織は私に伝えようとした。それなら筋が通る。

「春香・・・時間がないわ。」

 タイムカウンターを覗くと、ちょうど残り1時間を切ったところだった。

 しかし何なのだろうか。この気味の悪さは。頭の中で、何かが重くのし掛かってくる。

「何を戸惑っているの・・・さぁ早く!」

 千早ちゃんが焦った様子で声をかける。

「う・・うん・・・。」

 頭の中でイメージが浮かんでは消えるを繰り返している。何かが違う。今浮かんでいるイメージと、今さっき思い出した記憶、それはどこかが決定的に違っている。

 手紙、望月先輩、ホテル、ディナー、セックス、如月千種・・・。

 如月千種?どうしてあの女がホテルの中に・・・。さっきの記憶の中に、彼女の姿はなかったはずなのに!なんだ、なんなんだ、これ。

 おかしい・・・。頭の中がくらくらする。

 何かが全て微妙に違う。

 手紙、望月先輩、ホテル、ディナー、セックス、如月千種・・・。何もかもが少しずつ違っている。どうしてだ、何が違うんだ?「何故」違うんだ・・・。生々しく感じる。記憶が匂っている。生々しい記憶が、先ほどの記憶を上書きしていく。匂いのついた、よりリアルな生の記憶。

 あ・・・頭が痛い・・・。何かが私の中でうずきだしている。

「う・・・うああぁ・・、うあああぁぁっぁあぁ」

 痛い!痛すぎる!頭が・・・割れてしまいそうだ。目をつぶると、まばゆい光が・・・

「春香!?春香どうしたの!?春香!!」

 千早ちゃんの声が聞こえる。私は痛みに負けて、その場に倒れ込んでしまう。

「春香・・はる・・は・・」

 次第に千早ちゃんの声も聞こえなくなっていった。

 

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