※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

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第4章千早の罪 第1節「春香」への信頼

第4章 千早の罪 残り103時間 如月千早

第1節 「春香」への信頼

 

 

 私は天海さんの「顔」について考えていた。

 天海さんの顔は、決して不細工ではない。それどころか、とてもかわいいらしい方だと思う。にもかかわらず、私は彼女の「顔」について、変なイメージを持っていた。彼女の顔について思い出したこと、それは彼女の「仏頂面」だった。

 彼女には「仏頂面」とだけ言ったのだが、実は私が思い出したのは、それよりもさらにおどろおどろしい、「能面」のような表情とでも言うべきなのだろうか、とにかく表情の変化が何もない、気味が悪い恐ろしい顔だったのだ。

 どうしてそんなひどいイメージだけが、最初に浮かんできたのだろうか。私にはそれがとても気になっていた。多分、彼女のその「能面」のような表情は、私に深い衝撃を与えていたに違いない。だから、そのイメージが優先して残っていたのだろう。

 天海さんの様子を伺ってみる。

 天海さんは、私が座っている位置から右側にある、遠くの壁にもたれかかっている。そして彼女から見た正面の壁の方を向いているのだ。

 少しウトウトとしている様子だった。

 私たちが目を覚ましてから、既に17時間が経つ。普通だったら、そろそろ眠気が襲ってきてもいい時間だった。

 だが、彼女はウトウトとするだけで、意識的に起きていようとしているのだ。その理由は明らかだと思う。寝首を掻かれない為だ。当たり前だが、寝ている時間が一番無防備だ。ただでさえ、制限時間内の殺し合いという異常な状況にある身。眠って無防備になってしまえば、何をされるか分からないと考えるのは、当り前のことだ。

 少なくとも、私は今すぐ天海さんのことをどうこうしようとは思わない。時間はまだ残されている。あまりにも分からないことが多すぎるこの状況下では、行動を起こすにはあまりにもリスクが高すぎる。そもそも。天海さんを殺したところで、自分が解放される保証などどこにもない。

 相手は、私と春香の記憶を消して、時間制限のあるデスゲームをさせるような鬼畜な人間だ。言葉通り素直に生き残った方を解放してくれるなんて、どうやったって考えられない。

 ん・・・春香?

 何気なく、頭の中で「春香」という言葉が浮かんでいた。

 もしかしたら、私はこの子のことを「春香」と呼んでいたのではないだろうか。

「春香?」

 ビクッとして、うたた寝をしていた天海さんが目を覚ました。

「な・・・何ですか、いきなり。下の名前で呼ぶなんて。」

「ごめんなさい。ただ、どこか懐かしい響きを感じませんか?」

「懐かしい響き・・・。」

「さっき、頭の中で自然と『春香』って単語が浮かんだんです。もしかしたら、私はあなたのことをずっと『春香』って呼んでいたんじゃないですか?」

 天海さんは、少し考え込んでいた。

「・・・確かに、なんとなくそう呼ばれていたような気がします。だけど、私は下の名前で呼ばれることの方が多かった気もするし、如月さんからそう呼ばれていたという確かな記憶は・・・。」

 ないみたいだ。ただ、私の思い過ごしだとも考えにくい。少しずつ記憶がよみがえっていっていることを考えると、ただの「思い過ごし」と考えるのもどうかと思う。

「天海さんは、何か思い出したんですか?」

 天海さんは、首を横に振った。

「そうですか・・・私もさっぱり思い出せません。少し寝たら、思い出すかもしれないんですけど。」

「寝れますか?」

「・・・寝ようと思えば。天海さんは眠いんですよね。」

「・・・・・。」

 やはり警戒している。寝ている間に首を絞められるのではないかと恐れているのだ。

「寝込みを襲ったりはしませんよ。」

「・・・・・。」

 天海さんはまっすぐにこちらを見つめている。ここは少し笑顔を返してみよう。

 私はぎこちないながらも、笑みを浮かべた。

 だめだ。天海さんは完全におびえきっている。私のことなど信用してくれる様子は微塵もない。

 このままでは、奴らの思うつぼだ。そうやって体力を消耗させ極限状態に追い込むことが奴らの狙いなのだ。奴らの手のひらで踊らされるわけにはいかない。

「このままだと、あいつらの思うつぼになっちゃいますよ。犯人たちは、私たちを極限状態に追い込むことを狙っているんです。そうやって、狂気の殺し合いをさせる、それが狙いなんです。約束します。寝ているときに襲ったりしませんから。だから、天海さんも約束してください、寝ているときは襲わないって。」

「・・・そんな約束、信じられると思います?」

「信じなければ・・・すべてが終わってしまいますよ。」

 天海さんは少し自嘲気味に答える。

「もう終わってますよ・・・何もかも。」

「確かに・・・無事にここを出られる見込みは・・・薄いかもしれない。そもそも、生き残った方を解放するなんて約束、彼らが守るとも考えにくい。だとしたら、私があなたを殺す理由はない。逆もしかりじゃないですか?」

「・・・・・。」

「どちらにしろ、今は何も行動を起こす必要はない。たとえもし・・・あなたを殺さなくちゃいけなくても、あるいは・・・私を殺すことになっても、それはまだ先でいい。まだあと100時間もある。だから今は・・・休んで、思い出すべきなんです。どうして、私たちがこんなところに閉じ込められているのか。なぜ、記憶を消されたのか。」

「・・・・・。」

 天海さんは、まだ信用してくれてはいないようだ。

「いいですよ。私は、休みますから。」

 そういって私はそのまま壁の方を向いて目を閉じた。

「・・・殺すかもしれないんですよ、私。」

 天海さんがつぶやいた。その言葉に背筋が凍り付く。私は寝返りを打って天海さんの方を見つめた。

「私・・・信じてますから。天海さんのこと。」

 天海さんは驚いているという表情だった。

「どうしてそんなことが言えるんですか!?状況を考えたら、警戒するでしょ!?誰だって!?」

 天海さんは、私が寝たふりをして天海さんのことを安心させた上で、殺そうとしていると思っているみたいだ。天海さんの眠気が強くなっている。だからこそ、彼女の中での焦りも強い。

 彼女を落ち着かせるためには、私の方から「誠意」を見せるしかないみたいだ。

 私は起き上がり、自分が着ていた春物の薄いジャケットを脱いだ。そして地面に置いた。

「これを使って私の両腕を縛ってください。後ろ手にして。」

「えっ・・・。」

「男結びにして、あなたしかほどけないようにしてください。これなら、私が天海さんの寝込みを襲うことはありえないでしょ。」

「でも・・・それじゃあ・・・。」

「殺します?抵抗できなくした私を。」

 彼女はうつむいてしまった。

「どうして・・・そんなにも私のことを信頼するんですか?」

 どうしてだろうか。たとえば、今天海さんに襲われて殺されることだって考えられる。それに、両腕を縛られてしまったら、それこそ殺すどころか、天海さんが襲ってきたときに抵抗できない。

 でも不思議と、確証があるのだ。今のこの子は、私を殺さない。なんとなくだが、私はこの子と近しい関係だったような気がするのだ。例えば、「友達」だったとか。もしかしたら・・・それ以上の関係かもしれない。とにかく、この子は信用できる。

「私にもわからない。でも一つ言えることは、私と天海さんは『赤の他人』ではない。」

 天海さんが驚いて顔を挙げた。

「何か思い出したんですか?」

「いや・・・。思い出してはいないんですけど、ただ・・・なんとなくですけど、私はあなたと近しい関係だったような気がするんです。友達だったとか。そんな関係。天海さんは、何か覚えていませんか?例えば、私をどんなふうに呼んでいたとか。」

 天海さんは、少しそっぽを向いて考えた。

「・・・分かりません。ただ・・・。」

「ただ?」

「・・・いいんです。」

 ?

「何か、気になることがあるなら、言ってください。」

「・・・やっぱりいいんです。」

 なんだか気になる。何を隠しているというのだろうか。

「ジャケット着てください。如月さんのことは、今は信用しようと思います。如月さんの言っていることは、筋が通っている。今は、何もするべきじゃない、ゆっくり休んだ方がいい。そう思います。」

 私は優しく微笑んだ。

「そうですか。分かってくれれば、それでいいんです。」

 天海さんも少しぎこちないながらも笑顔を見せた。天海さんが言う。

「じゃあ、おやすみなさい。」

「ええ。おやすみなさい、天海さん。」

 天海さんはタイムカウンターを背にして、私が見える位置にあおむけになっていた。これなら、いざという時は対処しやすそうだ。

 私はそんな天海さんから背を向けるように、寝返りを打って壁の方に向かって目を閉じた。

 

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