第2節 原罪
ピチャリ、ピチャリ・・・。
水滴の滴る音が聞こえる。あたりは真っ暗で何も見えないのに、不気味なほど清らかに、水滴の音だけが耳に入ってくる。
ピチャリピチャリ、ピチャリピチャリピチャリ・・・。
徐々に水滴が滴る音の頻度が高くなり、そしてその音自身も近づいていく。
やがて、水温はさらに大きくなり、川の流れの様にサラサラ聞こえてくる。
次第に、そのサラサラという音は、ザーザーという濁流の音になっていった。そしてその音に交じって、バチャンバチャンと水面を叩く音が聞こえるのだ。私は暗闇の中でその音の方向に少しずつ足を向けているようだった。次第にぼんやりと視界が開けてくる。
上は青く、地面は芝色、ここは外か?
「おねえちゃん・・・。」
かすかな声が聞こえる。聞き覚えがある声・・・。
「千尋!?」
声の正体に気付き、おぼつかない足取りで水面へと向かっていく。次第に水面を叩く音も大きく聞こえ、私を呼ぶ声も大きくなる。
「おねえちゃん・・・助けて・・・。」
「待ってて!千尋!今そっちに行くから!」
視界もどんどん明るくなり、今や周囲の情景もはっきり見えた。どうやら、どこかの河原ようだ。いや、どこかというわけではない。ここは私の家の比較的近所にあった河原じゃないか。
もたつく足でようやく水面までやってきた。川は大人なら足がつくが、子供だと溺れてしまう深さだ。千尋が必死でもがいている。
「今助ける!」
私は水面に手を伸ばし、千尋を抱え上げようとする。しかし、いくら掴もうとしても、手が体を透過してしまい、一向につかめる気配がない。
「あれ!?どうして!?」
私は自ら水の中に飛び込んで、千尋のことを抱き抱えようとする。しかし、千尋の体はホログラムであるかのように、全く手ごたえがない。
「おねえちゃん・・・苦しいよ・・・」
次第に水面を叩く音が弱くなり、体が沈み込んでいくのが分かる。私は焦って何とか千尋を掴もうとするのだが、全く駄目だ。
「千尋!千尋!!!」
私は水面に潜って、沈み込む千尋を何とか救い上げようとする。しかし、どうやっても、何をやっても千尋に触れることができない。
私は水面から顔を上げ、思い切り妹の名を叫んだ。
「千尋!!!」
気づけば、そこは暗い閉ざされた部屋の一室だった。ぐっしょりとひどい寝汗を欠いている。
これは、夢だった。まぎれもない、悪夢。そして・・・私が実際に経験した出来事だったのだ・・・。
中学2年生になったある夏の日のことだった。
その日も、連日の猛暑よろしく、よく晴れて蒸し暑い日であった。夏休みを迎えていた私は、働きに出ている両親に代わって、千尋の面倒を見ていた。
午前中いっぱい遊んで、私が作ったお昼ごはんを食べてお昼寝をした後、私たちは買い物に出かけることになった。両親が働きに出ている関係から、身の回りの家事は必然的に私がやらざるを得なかった。買い物もその一環だった。
「お姉ちゃん、今日はアイスクリーム買ってよ!」
行きつけのスーパーの目の前に到着した私に、千尋はいつものおねだりをした。千尋は私と買い物に行くと、いつも何かをおねだりするのだ。本当はあんまり買い与えすぎるのは良くないのだが、かわいさ余って、つい認めてしまうのだ。今日もそうだった。
「うふふ、いいわよ。千尋が大人しくしてら買ってあげる。」
「やったー」
私と手をつないでいた千尋は、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねた。私はそんな彼女の様子にとても満足していた。
「はやくいこー」
千尋はそう私を急かして、手を引っ張る。
「はいはい、分かってるわよ。そんなに焦らなくても、中に入るから。」
私は千尋に手を引かれて、スーパーの中へと入った。
スーパーの中は、空調が効いていてひんやり冷えている。下手すると寒いくらいだった。
「わーい」
千尋は私の手を放すと、一目散にお菓子コーナーへと向かった。
「千尋!お菓子コーナーから離れちゃだめよ!」
「うん!わかった!」
遠くから声が聞こえてきた。千尋はいつもそうだ。買い物に一緒についてくるのだが、肉や魚、野菜などを選んでいる時は、つまんなそうにして、お菓子コーナーの方へと向かってしまうのだ。いろいろと吟味して買い物をするから、どうしても30分くらいはかかってしまう。退屈になって大好きなお菓子コーナーへと行っていしまうのはやむを得ないことだった。
私はいつも通り、買い物を進めることにした。
すると千尋がお菓子コーナーからいくつかお菓子を持ってきて、ストンと籠に収めた。これもいつものことだ。いつも私は「どれか一つにしなさい。」と言うのだが、今日はアイスクリームを買ってあげるつもりだったから、他のお菓子は買ってあげないつもりだった。
「今日は、アイスを買うんでしょ。だから、他のお菓子はダメよ。元の場所に戻してきなさい。」
「えー。これも食べたい。」
「ダメよ。アイスにするか、他のお菓子にするか、一つにしなさい」
「やだー、どっちも食べたい。」
「そんなわがまま言うんだったら、アイスは買ってあげないわよ。」
「ぶーぶー」
ここまではいつも通りのやり取りだった。結局千尋は、アイスを食べることにしたので、他のお菓子は、お菓子コーナーに返しに行くことになった。
それから15分くらいたって、買い物に見切りをつけた私は、お菓子コーナーにいるであろう千尋を迎えに行った。
しかし、お菓子コーナーでいつものようにしげしげとお菓子を見ているはずの千尋の姿はそこになかった。
そこで仕方なく、他に目を引きそうなところも探すことにした。ヨーグルトやプリン、ゼリーが置いてある乳製品コーナーにも赴いたが、そこにも千尋の姿はない。
このスーパーはそんなに広いスーパーではない。他に、千尋が興味を引いて遊びに行ってしまうようなところはないはずだ。
途端に不安感が募ってきた。もしかして、外に出てしまったのではないだろうか。
念のため、私はもう一度スーパーの中をくまなく探してみた。だが、千尋の姿はない。
お店に協力してもらって、迷子の案内を出してもらうことにした。
しかし、それでも千尋は見つからなかった。
店の外に出てしまったのかもしれない。そう確信した私は、急いで会計を済ませると、千尋の姿を探しに行った。
このあたりで千尋が行きそうなところと言えば、近所の公園だ。スーパーから公園までは数百メートルしか離れていない。もちろん、5歳の彼女にとっては大冒険だが、道も知っているし、行けない距離ではない。
不安で胸がどきどきする。そこにいれば、それでいい。あとで思いっきり千尋を叱ってやればいい。でも・・・もしもそこにいなかったから・・・。
自然と私は速足になった。早く千尋を見つけて安心したい、そんな思いが私を駆け足にさせた。公園までの距離が長く感じた。それはきっと、重い買い物袋だけのせいじゃない。
「千尋!いるの!?」
公園に就くや否や、私はすぐに千尋の名前を大きめの声で呼んだ。
だが、そこに千尋の姿はない。子供たちが何人か砂場やブランコ、滑り台などで遊んでいるだけだ。この公園は見通しのいい公園で、誰かが隠れるようなスペースなんてない。トイレにいるかもしれない、そう思って念のため調べてみたが、トイレは誰も使っていなかった。
公園にもいない・・・じゃあ、千尋はどこにいるというのだ?
もしかしたら。買い物に飽きて、家に戻っているのかもしれない・・・。そう考えた私は、足早に一端自宅に帰ることにした。
自宅に向かいながらも。私は小さい女の子が一人で歩いていないかを必死で探した。だが、すれ違うのは大人ばかりで、千尋の姿はなかった。
当たり前のことだったが、千尋は家の鍵を持っていない。だから、もし千尋がいるとしたら、マンションの自分の家の前で待っているはずだ。
マンションに到着し、エレベーターの「上」ボタンを押す。こういう時に限って、エレベーターはなかなか降りてきてくれない。私は不安と焦燥でイライラしながら、エレベーターを待った。
そしてエレベーターに飛び乗ると、「6階」を押した。エレベーターが上り切った時、千尋の姿が見えていることを心から望んだ。
しかし、エレベーターがゆっくりと6階に到着し、扉が開いたとき、そこには人っ子一人いなかった。
私は念のため自分の家のドアをひねってみた。鍵を掛け忘れていたわけでもなかった。私は急いで、扉の横にある植木鉢の下から鍵を取り出して、ドアの鍵を開けると、家の中に突入した。
「千尋!帰っているの!?」
中から反応はない。鍵をかけ忘れていて、中に入った千尋が鍵を閉めたという訳でもなさそうだ。昼間に出かけた時と全く同じ状況がそこには広がっていた。
部屋の中に上がってみた。私を驚かせようと思って、どこかに隠れてるかもしれなかった。だが、部屋の中からは物音一つしない。完全に中は無人だった。
私は、とりあえず、ダイニングキッチンへ向かい、さっき買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込んだ。そして千尋を探す為、もう一度外に出た。
妹が行きそうなところ、他に何か所か心当たりがある。例えば、児童館だ。最近、私は退屈した千尋を児童館に連れていくことが多かった。ここなら千尋の遊び相手はたくさんいるし、千尋も楽しんで時間を潰してくれる。私は、貴重な一人の時間を楽しむことができた。
他には本屋だ。最近千尋は絵本にはまっていて、よく母に絵本を買ってもらっていた。そこにいるかもしれない・・・。
この二つは、良い方の予想だ。だが、悪い予感もした。千尋は、川で水遊びをするのが好きだった。よく私とザリガニ釣りをして遊んだりしていた。
私は千尋には、私と一緒じゃなければ絶対に川には近づかないように言いつけていた。千尋の身長では、川底に足がつかない。危険だから、私と一緒でなければ近づけさせなかったのだ。千尋は、私のいいつけをどこか面倒くさそうに聞いていたところがあった。
もしかしたら、私とのいいつけを破って川に行ってしまったのかもしれない。そして・・・。
今はまだ考えたくない。もしかしたら。児童館や本屋で遊んでいるのかもしれないのだ。そう自分に思い込ませながら、私は児童館へと向かった。
10分くらいして児童館に到着すると、まずは受付表を覗き込んだ。この児童館では、中に入る際に受付表に名前を書くルールになっていた。
一つ一つくまなく名前を探したが、そこに「きさらぎちひろ」の名前はなかった。受付表に書かずに中に入った可能性も考えて、事務室にいる職員に千尋のことを尋ねてみた。
コンコン。
私は職員室のドアをノックした。
「失礼します。・・・すみません、私の妹、・・・千尋の姿を見かけませんでしたか?」
走って汗をかき、息も荒い私がこんなことを聞いてくるものだから、職員さんも目を丸くしていた。
「今日は、千尋ちゃんは見かけてないよ。」
一人の男性職員がそう答えた。他の職員も異口同音にそう続けた。
「そうですか・・・わかりました。失礼します。」
そういうと、私は児童館を後にした。
考えられるのは、本屋だ。私は本屋へと足取りを急がせた。私は川沿いも同時に探そうと思い、少し遠回りにはなかったが、川べりに沿って本屋に向かうことにした。川べりに到着したが、そこに千尋の姿はない。それどころか、人っ子一人姿が見えない。
この辺りは住宅から少し離れていて、人通りも少ないせいもあるかもしれない。千尋を最後に見かけたスーパーからは、子どもの足でも歩いて10分くらいの距離だ。
私は川沿いに急ぎ足でいた。
しばらくして、私は川の異変に気づいた。
何かが底に沈んでいる・・・。大きさからして、ただのゴミではなさそうだ。私は、恐ろしくなって、少しずつゆっくりと近づいた。視界の中に入ってくるその物体が、徐々に明らかになっていく。
そして、私は・・・目を覆った。
信じられなかった・・・その川底に沈んでいるのは・・・ほかでもない私の妹、千尋だったのだ・・・。
千尋は川底でピクリとも動かなかった。
どうして・・・。こんなことに・・・。私の足はすくみ、その場から動けなくなった。そしてそのまま膝をついた・・・。
引き揚げなくちゃ、とにかく引き上げて、それから・・・救急車だ。とにかく、人気のあるところに行って、助けを求めなくちゃ!そう思うのだが、どうしてだろうか・・・私の足は動かない。
怖かった・・・。何を恐れていたのか、分からない。多分、責任を問われるのが怖かったのだ。そうでなければ、私は・・・千尋を失ってしまう未来が怖かったのだ。
そのまま私は、ゆっくりと立ち上がると、そのまま千尋に背を向けて、ふらふらとゆっくり歩きだしてしまった。どこに向かったらいいのか。分からない。とにかく、そのまま・・・歩き始めてしまった。そして・・・走り出した。
どうしてそんな愚かなことをしたのか全く分からない。気が動転してしまって、何も考えられなくて、衝動的に行動していたのだ。
だけど・・・私は衝動的にでも・・・なんだかこれで良い気がしてしまったのだ・・・。もう千尋は死んでしまったのだ・・・。だから、おうちに帰ろう・・・。
すごく矛盾した考えだった。だけど・・・とにかく今は何も考えたくはなかった。
心臓がバクバクして、今にも口を飛び出してしまいそうだ。目の前がくらくらする。決して暑さのせいだけじゃない。暑いにも関わらず、私の体は冷え切っていた。血の気を失っていたのかもしれない。
そのまま私は、どこをどう歩いたのかよくわからないまま、家に帰ってきた。そして自分の部屋に閉じこもり、布団をかぶった。そして・・・今更ながら後悔して・・・涙が出てきた・・・。
やはり、千尋を一人にさせておくべきでなかった。例え千尋から嫌われたとしても、彼女と一緒にいるべきだった。
そして・・・私は・・・千尋を川底から引き上げるべきだった。もう助かってなかったかもしれない。いや、もう絶対事切れていただろう。だけど、私は・・・最低限の処置をしておくべきだった。もしかしたら、息を吹き返したのかもしれない。
・・・今からでも、まだ助かるかもしれない・・・。
ふとそんな、淡い期待が心に浮かんだ。もう、いてもたってもいられなくなり、私はもう一度靴を履き直して外に出た。
急いで河原へと向かった。しかし、河原へ向かう途中、辺りの様子がおかしいことに気づいた。河原には人が集まり始め、千尋が沈んでいた周辺には救急車とパトカーが見えていたのだ。直感的に、千尋が他の人によって発見されたのだと気付いた。
私は・・・改めて自分の状況を悟った。私は・・・妹を見捨てて逃げたのだ・・・。もしここで河原へと向かってしまえば、私は、千尋が川底に沈んでいたと知っていたことになる。
私は・・・殺人者なのだ・・・。
そのことに気づいた私はとっさに踵を返して・・・別ルートから、千尋が足しげく言っていた本屋へと、何食わぬ顔で向かった。
本屋でも同じように「千尋の姿を見ませんでしたか?」と尋ねた。私は、何とか動揺していないふりをした。でも、それはかえって不自然だったのかもしれない。私は分かり切った答えを聞くと、近くの交番に向かうことにした・・。
川辺にもしも向かっていなかったら、多分私は次にそこに向かうような気がしたからだ。
警察署に到着すると、血相の変わった私を見て、警察官も驚いていた。
「迷子で・・・5歳くらいの女の子は・・・いませんか?」
「・・・どうしたんだい・・・、とにかく座って。」
私は促されるまま、交番の中のパイプ椅子に腰を掛けた。
「・・・実は、私の妹が、買い物をしていて、どこかに行ってしまったんです。それで・・・どこ探してもいなくて・・・」
とっさに私は、川底に沈んでいた妹を見捨ててしまったことを白状しようかと思った。でも・・・私にはそんな勇気はなかった。
事情を察した警察官が、無線機で何やらやり取りを始めた。そしてしばらくすると、5歳くらいの女の子が川底で見つかったという情報が無線機から流れてきた。
私はその情報に、体をびくつかせた。その様子に警察官も気づいたようだった。
「お嬢ちゃん・・・聞こえちゃったかもしれないけど・・・この近くの川で、小さな女の子がおぼれていたみたいなんだ・・・。」
「・・・そうですか・・・」
何て答えていいか分からなくなって、適当な相槌を打った。放心状態だったと思う。
「お父さんとお母さんは・・・?」
「・・・両親は。働きに出ていて・・・。」
「連絡先は分かるかい?」
そう言って警察官は、メモ帳とペンを差し出してきた。私は。そこに父と母の職場の電話番号をメモした。
「・・・ありがとうね。じゃあ、おじさんの方からお父さんとお母さんには連絡するからね。」
警察官は電話の受話器を上げて、電話をし始めた。
私は茫然と交番の中のポスターを見つめていた。私は、逮捕されるんだろうと思っていた。妹を見捨ててしまった罪、それは決して軽いものではないはずだからだ。だけど、私は・・・それを自白する勇気が無かった。
言ってしまえば楽になるような気がした。誰かに非難されれば、それで安心する気がした。でも・・・私にはそんな勇気はないのだ。
気づけば私はバスに乗っていた。千尋が搬送された病院に向かうためだ。ここから病院までは、交番からは10駅ほど離れた位置にあった。
病院につくと、私は受付カウンターで、「5歳くらいの女の子が搬送されたと聞いてきました。」と述べた。受付の人は、ある場所を指示してくれた。
そこは・・・霊安室だった・・・。
私は足早に霊安室へと向かい、そしてそのドアをノックした。中に入ると、そこには・・・まぎれもない・・・私が見殺しにした・・・変わり果てた千尋の姿があった。つい数時間前までは、元気に会話していたというのに・・・。
その姿に・・・私はその場に座り込んでしまった。
中には医者と看護師らしき人がいた。その人たちが何かを言っていた。でも、私には何も聞こえていなかった。信じられなかった、信じたくなかった。バスの中でも、何かの間違いであってくれ、そう願っていたのに。
でも、実態は何も変わらなかった。私があの時見たのと同じ、千尋の姿だった。
私は・・・何も考えられなくなった。
それから数時間して、父と母が病院へとやってきた。
私はあれから卒倒してしまったらしく、病院の一室で横になっていた。そこに、まず私の父親がやってきた。霊安室の遺体を確認したようだった。
病室に入ってきた父は、まず第一声で私を面罵した。
「おまえが付いていながら、どうしてこうなったんだ!!」
「おとうさん落ち着いてください!」
看護師が必死で父をなだめていた。しかし、父はお構いなしだった。
「千尋は・・・私の娘は・・・お前のせいで死んだんだ!分かっているのか!」
今にも私に殴りかかろうとする勢いの父を、看護師が必死に食い止めていた。
私は何も言い返すことができなかった。私は千尋を死なせたのだ。そして死なせただけじゃない。千尋を見捨てて、逃げ帰ってしまったのだ。私が千尋を介抱しても、助かったかどうかは分からない。でも一つ確実に言えることは・・・私は千尋を見捨てた、見殺しにした、いや・・・私が殺したようなものだ。私が殺したのだ。
「千早!ちゃんと状況を説明しろ!」
怒鳴り散らす父を前に、私は淡々としゃべり始めた。
「私と千尋は、午後買い物に出かけたの。そして、買い物に夢中になって、目を離したすきに・・・あの子はいなくなってしまった・・・。いろいろな場所を探したわ。探して・・・そして見つからなくて・・・迷子になっていないかと交番に行ったら・・・。河原で女の子が沈んでるって・・・。それでここに来たのよ・・・。」
その言葉に父はさらに怒り狂った。
「貴様!どうして、そんな淡々としゃべれるんだ!お前は、千尋を殺したことへの責任を感じてないのか!」
「お父さん、いくら何でもひどすぎますよ!この子はあなたの娘なんでしょ、そんな言い方はあんまりです!」
「うるさい!」
そう言って看護師を振り払うと、ベッドで横になっている私に向かって、ビンタを浴びせた。
「おい、千早!お前、どう責任を取るつもりなんだ!妹を、千尋を死なせた責任・・・どうとるつもりなんだ!あぁ!」
父は寝ている私の両肩を掴んでたたき起こし、揺さぶってきた。私は何も答えられなかった。涙さえ出てこなかった。ショックのあまり、涙も枯れてしまったのだ。
「私は・・・。」
私は死のうと思う・・・そう言おうとした。でもその時、騒ぎを聞きつけた看護師たちがやってきて、父を取り押さえた。
それから遅れること数十分後、母も病院を訪れた。母は霊安室にいる千尋を見るや否や、大声で泣き散らした。その声は、霊安室からいくらか離れた、私がいた病室まで響いていた。