第4節 守りたい人 残り96時間
あれから何時間眠ったのだろうか。もう少し寝ていたい気がする。だけど、目を閉じるのが怖い。目を閉じれば、また妹を「殺す」悪夢を見てしまうのではないか、今は・・・この暗闇でさえ恐怖を覚えてしまう。
私をさげすむ、父、そして母の表情、思い出すだけで身の毛がよだつ。人は、あんな目で人をにらみ続けることができるものなのかと、思わず恐懼してしまった。
体が震えている。無論寒さが原因ではない。恐ろしいのだ。自分がしてしまったことの重大さと・・・そして今わが身に起こっている事態にだ。もしかすると、今回のこの事件は、両親が起こしているのではないだろうか。
あれだけ怒り狂い、憎しみ通している両親なら、私をこれほど無残な方法であやめようとしていたとしてもおかしくないのだ。あのスピーカーから出ていた声も、まさか、父・・・?
いや、待て待て。冷静になれ。
だとしたら、なぜ春香・・・春香が巻き込まれているんだろうか。あの子と私の妹の死には何ら接点がないはずだ。天海さんが巻き込まれている理由が分からないことになる。
そもそも、いくら私を恨んでいるとはいえ、こんな大それたことをするんだろうか。この犯罪はそもそも手が込んでいる。そう考えれば、いくら何でも私の両親が犯人だなんて、考えにくい。
私は眠ることをあきらめ、むくっと起き上がった。タイムカウンターを見れば、残りは96時間だ。あと4日。それまでに、私か天海さんのどちらかが死ぬかを決めなくちゃいけない。
天海さんの方に目を向けた。彼女はまだすやすやと眠っている。
思い出してきた。私は中学時代、あの事件があった後、加藤君のアドバイスに従って、自分の感情を封印しようとしたのだ。自分を守る為。「死にたい」という感情から逃れるためだ。そして妹を殺してしまう「悪夢」から逃れるためだ。
私の作戦はうまくいった。私が感情をコントロールするようになってから、その「悪夢」は見なくなった。そして高校時代に入り、私はもっと自然に感情を制御できるようになった。有体に言えば、あの事件のことを「忘れる」ことができていたのだった。
中学までの私の生活に、春香の姿は出てこない。となれば・・・私たちが出会ったのは、高校?
思い出してきた・・・。
春香と出会ったのは・・・恐らく高校一年生ではないだろうか。かすかだが、私は春香が高校の制服を着ている姿が思い浮かんだのだ。
その時、天海さんがゆっくりと起きだした。
「ふわー。あれ?起きてたんですね。」
「おはよう、天海さん。」
「おはようございます、如月さん。」
私は起き上がって、壁にもたれかかる。天海さんも起き上がった。
「眠れましたか?」
「ええ。おかげさまで。如月さんは?」
「私は・・・まあまあ・・・かな。」
多分5~6時間くらいは眠れたと思う。一応、体力はある程度戻せたはずだ。
「そうですか、それは良かったです。」
天海さんが微笑を見せる。それにつられて私も微笑を浮かべた。
「そういえば、如月さん、昨日うなされてたようでしたけど・・・大丈夫ですか。」
気づかれていたのか。
「ええ・・・。ちょっとね・・・。嫌な夢です。だけど、それで思い出せたこともあったんです。」
「え!?ぜひ教えてください!」
天海さんが真剣な表情になった。
私は瞬間的に、まずいことを口走ってしまったと後悔していた。妹を見殺しにしたなんて、そんな犯罪言えるはずない。
「・・・やっぱり何でもないです。」
天海さんが怒ったような表情になる。
「なんですか!もったいぶらないで下さいよ。」
「それはお互いさまじゃないですか?昨日だって天海さん、何かを言いかけて、口をつぐんだでしょ。」
それを言われると弱ってしまったか、彼女の反論がやんでしまった。
一応やり込めた形になったが、とはいえ、彼女に黙っておくのもどうかと思われた。もしかしたら、何らかの形で事件にかかわっている情報かもしれない。しかも、事は刻一刻を争うことだ。話したからと言ってどうにかなるとは思えないが、かといって、私のちっぽけなプライドを守るために黙っておくのも問題があるように思われた。
私はカメラの方に目をやった。このカメラは音声も収録している。
今回の犯人たちが一体どこまでのことを知っているのかは分からない。私が妹を見殺しにしてしまったことも知っている可能性は高い。けれど、だからと言って、奴らが聞いている中で堂々と話すわけにもいかない。
私は天海さんの方を向いた。
「天海さん、こっち来てくれる?」
「何?」
彼女は動こうとしない。
「さっきの話をしようと思って。」
「ここから話してください。」
「奴らに聞かれるわけにはいかないから。」
そういってカメラを一瞥する。
天海さんもそれに合わせてカメラの方を向いて、再び私の方に向き直った。
「・・・分かりました。」
彼女はゆっくりと立ち上がり、恐る恐るこちらに近づいていく。そして私がもたれかかっていた壁に沿う形で、彼女もぴったりと寄り添った。
私は彼女に耳打ちした。
「実は、私の妹は・・・5歳の時に亡くなったんです。」
春香は目を見開いた。私は耳打ちを続ける。
「あなたの言ったとおりだった。千尋は・・・川でおぼれて死んだの。そして、私は、その現場に居合わせていた。」
彼女も耳打ちしかえす。
「間に合わなかったんですか?」
「・・・ええ。」
結果的に言えばそうだった。だけど・・・それも違う。もしかしたら、あの時千尋を暗い川底から引き揚げて助けを求めていれば・・・助かったかもしれない。
私は目をつぶり、歯を食いしばり、握りこぶしを震わせた。
「如月さん?」
しばらくして、私はゆっくりと目を開いた。呼吸が荒くなる。こんなバカげたことをしでかしていたなんて!改めて自分への怒りがこみあげてくる。
「まだ何かあるんですか。」
天海さんが少し怪訝な様子で伺ってくる。
「ええ。」
私は彼女に耳打ちする。
「私は、あの現場に居合わせていた。それだけじゃない・・・。私は、あの子を見つけたとき・・・川で沈んでいるあの子を・・・置き去りにしてしまったの。」
「えっ!?」
天海さんがまた驚いた様子を見せていた。
「怖くなってしまった。何を恐れていたのか分からない。あの時の私はどうかしてたんだと思う。とにかく怖くなって・・・私は現場から逃げてしまった。千尋を助けなければならなかったのに。それなのに私は・・・。」
涙がこぼれ落ちてきた。本当に、自分が許せない。あれほど私のことを慕って、自分にとって心の支えであった彼女を、悪魔のような心理に負けて、助けずに逃げてしまうなんて・・・。
「そうだったんですね。」
私はまた正面に向き直った。
「幻滅したでしょ、私のこと。」
「・・・ショックかな。」
「ですよね。」
「だから私、恨まれてるの・・・。両親から。」
「・・・でも、この事件の犯人・・・なのかな?」
「分からない。少なくとも両親が犯人だとしたら、あなたが巻き込まれた理由が分からない。それに私・・・。」
「何ですか?」
「もっと多くの人に恨まれているような気がするの。」
「例えば?」
「・・・分からない。」
これも私の中に宿った直感だ。きっと私の人生は、これよりももっとひどい目にあってきたに違いない。そうやっていくつもの苦難があって、その最終形として、この始末がある。
「千早ちゃん。」
「!」
その呼び方・・・。
「聞き覚えがあります?」
「ええ。なんだか懐かしい響き。」
「やっぱり。」
「思い出したの?」
「まだ完全というわけじゃないけれど、なんとなく、思い出したような感じがするの。私たち、やっぱり友達だったんだよ。」
「いつから友達になったの?」
「多分、高校1年生の時。」
やっぱりそうか。私の記憶とも同じだ。
「私もそんな気がしていたの。春香とは、高校で出会った。」
「きっかけ、覚えてる?」
「きっかけ・・・。」
正直そこまでは思い出せない。
「ごめんなさい、そこまでは覚えてない。春香は何か覚えている?」
「・・・まだはっきりとは思い出せない。けれど、私にとってなんだかとても素敵な出会いだったような気がするの。そういえば、私たち、もうこうやってタメ口で話してるね。」
あっ、そういえばそうだ。
「ごめんなさい、気に障ったかしら?」
春香は少し笑顔を浮かべて、首を横に振った。
「全然。それよりも、不思議と懐かしい感じがする。友達だったからかな。なんだか、話していて、『楽しい』。そんな感じ。」
私も不思議だ。春香と話していたら、少し心が落ち着いてきた。
「多分、私たちはこうやって話していたんだと思う。いつも普段。その感覚を思い出したということなんじゃないかしら。私も今、少し心が落ち着いてきたの。おそらく、これが私たちの自然な姿だったんじゃないのかしら。」
「良かった。」
「何が?」
「実は・・・。昨日寝る前に、千早ちゃんの笑顔を見て、あの人のことが浮かんだの。」
「あの人?」
「「トクナガ先生」。」
ああ。春香にとって、「とても大切な人」のことだ。
「私・・・正直動揺してた。どうして千早ちゃんのことが、あの人に見えてしまったんだろうって。はっきり言えば嫌だった。どうして、私にとってとても大切なあの人が、これから殺し合いをしなくちゃいけないこの人に重なってしまうのかって。」
殺し合い・・・その冷たく突き刺さるような言葉が、私の肝を冷やした。そうだ。私はこの子と命の奪い合いをしなくちゃいけないのだ。改めてその苦しい現実に引き戻された。
「だけど、納得した。私はあなたのこと、いや、千早ちゃんのことを信頼してたんだと思う。」
「信頼していた・・・。」
「うん!そうじゃないと、いくら容姿が似ているといっても、「トクナガ先生」と重なって見えたりなんてすること、多分ないと思うから。」
「春香・・・。」
なんとなくだが、思い出してきた。春香は、とても素直な子だった。そして、どことなく甘え上手だった。
不思議だ。不思議だが、私は、何としてもこの子だけは守らなくちゃいけないと感じたのだ。私の人生は、きっといろいろな人を傷つけてきた人生なんだろうけど、それでも、この子だけは、何としても・・・。
まだ私は春香のことについてほとんど思い出せていない。どうして私がここまで彼女のことを守りたいと思えるのか、その理由もわからない。
だけれども、たとえ自分が命を落としても、春香を救いたい、確かに私はそう思ったのだ。