第3節 連鎖するいじめ
確かに、あの一騒動の後、佐藤さんへのいじめはピタリとやんだ。
「魔王エンジェル」達は、あの場でいじめの事実を否定したようであった。そしてあろうことか、いじめられていたその被害者である佐藤さんも、次の日に行われた事情聴取で、いじめの事実を否定したのだ。
どうやら「魔王エンジェル」が取引を持ち掛けたようだった。つまり、佐藤さんが「いじめはなかった」と証言する代わりに、いじめの対象から外すという取引だった。彼女は、それに乗ったのである。
そのおかげで、佐藤さんへのいじめは、完全になくなった。佐藤さんは、ある女の子のグループに入ることができて、普通の女の子になることができた。
その代り、いじめの対象は私に移った。
「魔王エンジェル」のいじめは、かつて佐藤さんに対してやってきたことと同じだった。でも、そこには明らかに「恨み」が込められていて、佐藤さんに対してしていたよりも、もっと悪質で、執拗だった。
ある女の子の財布がなくなるという事件があったのだ。そして、東豪寺が「お前が怪しい」と言い出し、私のカバンの中を私の机の上に全開にして見せた。そしてそこから、彼女の財布が見つかった。
私は必至に弁解した。でも、先生はそれを受け入れてくれなかった。黒井先生は「ここで窃盗の事実を認めれば、反省の意思があるとみなして、今回は処分はしないことにしよう。でも、認めなければ、その際には重い処分を下す」と脅迫してきたのだ。
私は、お母さんに自分がこんな問題を起こしたと知られたくはなかった。ただでさえ、お母さんはいつも仕事で忙しくてイライラしているのに、こんなこと知れたら、私は何をされるかは分からなかった。
でも学校から追い出さられるわけにはいかない。結局私は、やってもいない窃盗の嫌疑を認めざるを得なかった。お母さんからは、何度も殴られた。それはそうだろう。自分の娘がこんな犯罪を起こしたと知って、怒らない親などいない。ましてや私は、お母さんに虐待されていたのだ。こんな事件、私を殴るには格好の口実だった。
こんなことを仕出かした犯人は、分かり切っている。「魔王エンジェル」だ。相変わらず、彼女たちの周りには取り巻きがいて、私に力の差を見せつけていた。
「天海春香をいじめているなんて、絶対にチクるなよ。」
「魔王エンジェル」達は、言外に私にそう示していた。彼女たちは、私を犯罪者に仕立て上げることすらできるのだ。
あとで噂で聞いた話だったが、実は財布事件の一件は、案の定、被害者の女と「魔王エンジェル」達が共謀して仕組んだ事件だった。被害者役の女の子には、取り巻きになれる資格を与えて、この茶番に協力させたのだった。
私は、この学校から追い出される恐怖とも戦わなければならなかった。もしも、「魔王エンジェル」達に逆らえば、私はどんな事件を仕組まれて、学校を追い出されるか分からない。
だから私は・・・黙って耐えるしかなかった。
私には・・・味方となってくれる人はいなかった。私が助けた佐藤さんは、あの一件の後、何事もなかったかのように傍観者の仲間入りを果たした。佐藤さんは、やっと安住の地を手に入れることができたのである。
今だから分かる。佐藤さんは、そうまでしてここから抜け出したかったのだ。あの子が味わった苦しみ、今だから正確に分かる。何もできないことへのくやしさ、そして「どうして自分がこんな目にあわなくちゃいけないのか」という言いようもない悲しみと苦しみ、そして、次に何をされるのかという恐怖。誰も助けてくれないという孤立感、みんなが敵に見えてしまう。私から距離を取って、みんな横目にいじめられている私を見ている。
かつての私も、佐藤さんからはそう見えていたのだろう。私は、「敵に」思われていたのだ。「どうして最初から助けてくれなかったのか、結局、自分がかわいかったから、助けてくれなかったんでしょ。」そう思っていたに違いない。
だから、たとえ自分がいじめから抜けられるきっかけになったとしても、私を助けようとはしなかったのだ。
そしてこんないじめを経験した私ならわかる。もう二度と、たとえ私をかばってくれた人が命の恩人だったとしても・・・再びいじめられるリスクを冒してまで、その人を助けようとは思わない・・・。
私は悟った。自分は・・・どれほどバカだったんだろうか。そんなこと最初から分かり切っていたじゃないか。だから私は、佐藤さんがいじめられても、見て見ぬふりをしてきたのに・・・。
でも、もう仕方のないことなのだ。世の中には、変えたくても変えられないことは山ほどある。
私が「生まれてはいけない」子どもであるという事実は変えられない。私がお母さんから恨まれて、虐待を受け続けるという現実も変わらない。そして、こうやっていじめを受け続けるということも、きっと変えようと思っても変えられないことだったのだ。
だから、私は・・・堪えることにした。耐えて、耐えて、とにかく耐えよう。それが無理なら私は・・・。