第6節 脱出作戦 残り90時間
準備は、お世辞にも万全とは言えなかった。
私はあらかじめ、何度も頭の中で逃走経路をシミュレートしていた。確かに、あまりにもわからないことが多すぎるのは間違いない。犯人が本当に少数なのかということに始まって、この部屋が地下であり、地上に出るための階段があるのか、何もかも勝手な当て推量だ。
でも、このまま何もしないで、のたれ死ぬのだけは御免だ。
私は千早ちゃんを何度も勇気づけた。不安がる千早ちゃんに、何度もこの作戦のメリットを述べた。
とにかく行動しなければ、何も始まらない。私は、自分にそう言い聞かせ、自分自身を奮い立たせた。
今までのパターンからすれば、もう少しで「看守」が食事を運び、汚物入れのバケツを回収しに来る。
私はすくっと立ち上がり、電光掲示板近くにおいてあったバケツを明り取りの裸電球の前に持ってきた。あいつが中に入ってきたら、すぐにぶちまけられるようにするためだ。
私と千早ちゃんは、手をつなぎながら、裸電球の近くで「看守」が訪れるのを待った。
それから15分くらいたった頃、5メートル先の廊下の部屋から、扉を開ける音が聞こえた。そして革靴の足音がコツコツと少しずつ近づいてくる。
ドキドキと胸が騒ぐ。千早ちゃんの手を握る力が強くなる。千早ちゃんも緊張をしているのか、握り返す力が強い。
「来たよ、千早ちゃん。」
私は小さくつぶやいた。リアクションこそしなかったものの、千早ちゃんも分かったとばかりに、手を握り返す。
足音の主が部屋の前に止まり、ジャラジャラとキーケースを鳴らした。そして、ガチャリと扉を開けた。私は千早ちゃんの手を振りほどくと、汚物入れのバケツに手を伸ばして、両手にしっかりつかんだ。
そしてゆっくりと立ち上がったのだ。外開きのドアがゆっくり開いた。
男が現れ、廊下の光が漏れだしたその刹那、私は手に持っていた汚物入りのバケツを思いっきり男に向けて浴びせかけたのである。
「どわぁっ」
男はいきなりの攻撃でひるんだらしく、その場に情けなくしりもちをついた。そのすきをついて、私はバケツを部屋の暗がりの方に向かって投げ捨て、千早ちゃんの手を引いて部屋を飛び出した!
「いくよ、千早ちゃん!」
彼女は分かったという代わりに、私と一緒に走り出した。
廊下に出ると、すぐに左右を確認。思った通り。廊下は細長い一本道。そして部屋から向かって、左側の方に、廊下を伝って10m先に階段と思しきもの。
私は喜ぶのも束の間、その目標に向かって、一目散に走り出した。その時である。
バタバタバタと付近の扉が開いたと思うと、中から屈強な男たちが何人も、この騒ぎを聞きつけて現れたのである。
これは予想外だった。犯人は少人数だと思っていたのにっ!
嘆いていても仕方ない。私は目の前に設えてあった消火器を手に取ると、消火器を手にもって走り出し、目の前に迫った男に思いっきり、振り下ろしたのである。
「うぉりゃぁー!」
男は動体視力がよかったのか、間一髪で私の攻撃をかわした。しかし、突然のことに腰を抜かしたのか、しりもちをついた。
これはチャンスだ。そう思って、階段へ向けて再び走り出そうとした。その時だ!
「きゃーっ!」
後ろから聞こえた悲鳴は、千早ちゃんのものだった。私は後ろを一瞥した。千早ちゃんは逃げ遅れて、汚物を浴びた男に足をつかまれていたのだ。
「千早ちゃん!今助ける!」
私は、千早ちゃんの足をつかんでいる男の方めがけて走り出し、手に持っている消火器を思いっきり振り下ろしたのだ。
がつん!消火器は男の腕に命中し、その隙に千早ちゃんは、自分の足をつかんでいた男の手を振り払い、階段めがけて走り出そうとした。しかし、それはかなわなかった。
「春香!危ない!」
気づいた時には、すぐ真後ろに男が迫っていたのだ。消火器を振り下ろそうにも、体の向きを反転させるのが間に合わない!
ガシッ!私は男に腕をつかまれると、腕をぐいっとひねられた。私は痛さで、力が抜けて、消火器を落としてしまった。男の方を振り返った。そしてガツン。
鳩尾に鋭い痛みを感じ、あまりの痛さで私は意識を失った。