第4節 二人の告白
ある日、7月のある蒸し熱い日。私がお昼休みになって、千早ちゃんの教室を訪れると、千早ちゃんは、またいつものように顔を机に突っ伏していた。
私は千早ちゃんのもとに向かって、突っ伏している千早ちゃんをつんつんと指で叩いてみた。
「千早ちゃん。お昼ごはん行こう。」
「・・・・・」
千早ちゃんは反応がない。もしかして、寝ているのかな。
「千早ちゃん、寝てる?」
「・・・・・」
やっぱり反応がない。頬っぺたでもつねってみるか。
むぎゅ。
「・・・寝てはいないわ。」
やっと千早ちゃんが反応してくれた。
「なんだ、寝てないじゃん。じゃあ、一緒にお昼ごはんに行こうよ。」
でも、千早ちゃんは、うんとは言わない。千早ちゃんの様子が、どうにもおかしい。
「・・・ごめん。もうあなたとは友達ではいられない・・・。」
えっ、いきなり何を言い出すの?千早ちゃん。
「ど、どうしたよの、いきなり。」
「・・・ごめんね、春香。とにかく・・・、もう私のことは、きれいさっぱり忘れてほしいの。おねがい・・・。」
「・・・どうしてよ、わけわかんないよ。私が千早ちゃんに何かしちゃったの?それで、千早ちゃんが怒ってるの?」
千早ちゃんは答えてくれない。でも、そういうことじゃなさそうだというのは、なんとなくの雰囲気で分かった。
「昨日まで、私と仲良くしてくれていたじゃない。それなのに・・・どうしてよ?」
「・・・事情は言えないの。ごめんなさい・・・。今の春香なら・・・きっと私がいなくてもやっていけるから・・・。」
「それって・・・、どういう意味?」
静かに私は尋ねた。今の一言で、私は直感した。
千早ちゃんは、私の手の届かない、どこか遠いところに行ってしまおうとしているのではないか。
「・・・そのままの意味よ。私への態度が演技なのかどうかはわからないけど、とにかく、その明るさをほかの人に向ければ、きっとあなたはクラスで人気者になれる。春香はもったいないことをしてるわ。こんな根暗な私なんかと友達になって、人生無駄にしてる。だから、クラスに別の友達を作ったほうがいい。それだけのことよ。」
きっと千早ちゃんは限界なのだ。私と仲良くしたからって、彼女の問題が解消されていたわけではない。きっと、彼女に降りかかっている何らかの問題が、千早ちゃんを追い詰めている。だとしたら、私ができることは一つしかない。
「・・・千早ちゃん、千早ちゃんは私のことを信頼していないの?」
「・・・信頼・・・できない。でも別に春香だから信頼できないってわけじゃない。私は誰のことも信頼していないの。自分自身すら・・・ね。」
私は千早ちゃんの耳元で囁いた。
「・・・今日の午後4時30分、私の教室にきて。大事な話をしましょう・・・。」
「その手には乗らないわよ、春香。」
千早ちゃんは、一呼吸おいてそう答えた。かつて自分がやったことを即座に思い出したのか、千早ちゃんは反発した。でも私は、ひるまない。
「たとえ、打ち明けてもどうにもならないことでも、打ち明ければ、きっと楽になる。お互いに信頼できないのは、きっと秘密を共有できないから・・・。だから、私の秘密を打ち明ける代わりに、千早ちゃんの秘密も教えてよ・・・。そうやって、お互いに秘密を共有して、楽になろうよ。」
千早ちゃんは、何も言ってくれなかった。
「じゃあね、今日の午後4時半に、私の教室で待ってるよ。」
そう言い残して私は自分の教室に戻っていった。
午後4時25分、私は図書室から戻り、自分の教室の自席で千早ちゃんが来るのを待った。放課後を迎えた学校は、とても静かで、足音一つでも聞き逃しそうにない。
午後4時30分、約束の時間になった。けれど、千早ちゃんが姿を見せる様子はない。夏至を過ぎたばかりだから、まだ空は明るいままだ。
それから5分、10分、20分と待っても、千早ちゃんは現れる気配はなかった。とりあえず、今日は5時まで待とう。そう思って、私はふとL字型になっている校舎の屋上に目をやった。
信じられないものが目に映った・・・。
千早ちゃんが屋上にいて、ぼんやりと虚空を見つめているのだ。私のところを訪れず、何をやっているのか・・・。
その時、私の心の中で押し殺していた暗いイメージがフラッシュバックの様に襲ってきた。暗い表情で私に語りかけている大人の人・・・「トクナガ先生」。
途端に悪い予感が脳裏をよぎった。まさかとはおもうが、千早ちゃんはそこから飛び降りようとしているのではないか。
体に悪寒が走ったのと同時に、私は千早ちゃんがいる屋上に向かって走り出した。教室を出て、廊下を曲がり、階段を見つけると、一目散に駆け上った。
頼むから、間に合ってくれ!私・・・千早ちゃんまで失っちゃうなんて、とてもじゃないけど耐えられない!
千早ちゃんを失ってしまうのではないかという恐怖と、猛スピードで走った疲れから、息はぜえぜえと上がっていた。
そして屋上への扉を勢いよく開け放った。
目の前には、転落防止の柵を乗り越えようと、靴を脱ぎ、柵に手をかけていた千早ちゃんの姿があった。
「千早ちゃん!」
突然の私の声に、彼女はびくっと体を震わせた。
「来ないで!春香!」
駆け寄ってくる私に対して、大声で制した。千早ちゃんは、柵を乗り越え、もうあと少しで柵を飛び越えられるというところまで来ていた。
「来たら、このまま身を投げるわよ!」
千早ちゃんは、そういって私を威嚇した。
「千早ちゃん・・・ひどいよ。私の元に来ないで、一人で死のうとするなんて。」
「春香に迷惑を掛けたくないの。」
「迷惑なんかじゃない!」
「春香、あなたは何もわかってない。秘密を共有するというのは、お互いがお互いを巻き込んでしまうということなの。春香は私の苦悩に巻き込まれる。そして、私は春香の苦悩に巻き込まれる。前にあなたに言ったわよね。私は、春香を巻き込みたくない。ろくでもない私の過去にあなたを巻き込みたくないって。」
「千早ちゃん・・・そんなの自分勝手だよ!」
「お願い春香、もう私のことは忘れて。私はここで死ぬの。春香にこれ以上辛い思いをさせたくない。だから帰って・・・。帰って今日のことは、全部忘れてほしい。そして他の友達を作りなさい、そして普通の高校生活を歩んでよ。」
そう悲しく突き放す姿が、「トクナガ先生」とかぶって見えてくる。千早ちゃんが言っていない幻聴が・・・聞こえてくる。
「たとえ昔は、私が必要だったとしても・・・あなたには、もう私は必要ない。いなくても・・・十分強い子よ。」
「いい?春香・・・私が春香を助けたのは・・・ただの気まぐれだった。」
「あなたは・・・私にとって、どうでもいい人だったの・・・。」
「帰って。もう二度と来ないで。あなたの顔なんか・・・もう二度と見たくない。」
千早ちゃんの顔が、涙でひしゃげて、「トクナガ先生」に見えてくる。「トクナガ先生」が・・・冷たい顔で、死にそうな顔で私のことを憐れんでいる。
「いやだいやだいやだ!どうして!・・・・どうして、私の大切な人は・・・みんな一人で逝っちゃおうとするの!?」
涙を拭いて、千早ちゃんを正視する。
絶対・・・絶対!今度こそは、死なせたりしない!
「春香・・・。」
「自殺はその解決になるっていうの?」
「・・・一つの解決策だと思うわ。私がいなくなれば、私の『事件』は終わるもの。」
私は千早ちゃんの矛盾を突いた。
「前に千早ちゃんは言ってたよね。死ぬのは負けること、それは悔しいから自殺願望を封印したって。その封印は解けてしまったっていうの?」
千早ちゃんは、静かに口を開いた。
「・・・感情を殺すのは、比較的楽だったわ。そして、感情を押し殺したまま無感動に生きようとするのもそんなにつらくはなかった。今まで楽しいことなんてほとんどなかったし、悲しいことは考えないようにすればいい。つらいことがあっても、心を無にして、何も考えなければいい。でもね・・・春香と一緒に過ごしたせいで、『私の心は乱された』の。」
「それって・・・どういうこと?」
私はおずおずとそう尋ねた。
「私はたぶん、だんだんと感情を取り戻してしまったのだと思う。春香といて楽しい。そういう感情が起こってきた。でもだからこそ、私はほかのことから目をそらせなくなっていったの。『私の父親から罵倒され、無視され、そして乱暴される恐怖・悲しみ・怒り』そして『妹を見殺しにした罪』のこと。」
なに、父親から『乱暴』?『妹を見殺し』?初めて聞くことだ。私は口を開こうとしたが、とりあえず私は千早ちゃんの言葉に耳を傾けることにした。
「考えれば考えるほど、私がろくでもない人間だって気づいた。私が犯した『罪』の大きさを考えれば、その『罰』の大きさも当然・・・。でも私は、卑怯者だから・・・自分の受けるべき罰の大きさに耐え切れなくなったの。」
父親からの『乱暴』・・・そこから考えられることって、まさか・・・!
「それって・・・まさか・・・」
「私は・・・ずっと父親に体を捧げ続けてきたの。もちろん・・・、文字通りの意味でね。」
そんな・・・千早ちゃんは・・・ずっとお父さんにレイプされ続けてきたっていうの!?
がくっと、私は膝の力が抜けて、そのままへたり込んでしまった。
千早ちゃんは、それまで私の方を向いていたのだが、反対側を向いてしまった。
レイプ、それは決して許されざる犯罪。私自身は、幸いにも経験したことはない。でも、私はそれがどれだけおぞましい犯罪なのかよく知っている。私は、集団強姦魔の度重なるレイプの末に生まれた、悪魔の子だ。そして、母は産みたくない命をうまさせられ、その存在にずっと苦しんできた。
私は、自分の母の苦しみを知っている。母の苦しみの分だけ、それは私への虐待という形で表現された。思い出すだけで、胸がずきずきする。悲しくて、つらくて、涙が浮かんでくるようだ。
「さあ、私の秘密は話し終わったわ。次は春香の秘密を語る番よ。」
私は、泣いていた。千早ちゃんの境遇と、私の境遇が不思議とダブってくる。
「春香!話しなさい!あなたの秘密を!」
千早ちゃんは、いらいらしながらせっついてくる。私は静かに昔のことを思い出した。
「千早ちゃん・・・やっぱり、私たち似たもの同士だね。」
私は、千早ちゃんに話しかけた。
「どういうことよ。」
「私も・・虐待されてた。母親に。」
千早ちゃんは黙って聞いている。
「私にはね、千早ちゃん。お父さんがいないの。」
「どうして?死んだの、それとも離婚?」
「・・・私の父親はね、私の母をレイプした人なの。」
千早ちゃんの反応を待ってしばらく無言を保った。しばらくして、千早ちゃんも気づいた。
「それって・・・」
「私はレイプによって生まれた子供・・・。望まれて生まれなかった命。それどころか、本当は存在してはいけない命。それが私なのよ・・・。だから私は、母親から嫌われていた。当然よね、私はレイプ魔の血を引いたいわば生き写し。そんな私をお母さんが好きになるはずがない。」
私は一呼吸置いた。
「だから、私は虐待されたの。お母さんは、いつも不機嫌だった。毎日夜遅くまで働いていた。休みなんてほとんどなかった。お母さんには、頼れる人がいなかった。両親とは絶縁してたみたいで、親子二人で生きるために必死だった。ストレスがたまるのも当然。私がサンドバックになってあげるのも当然・・・。」
「春香・・・」
「私もあるよ、千早ちゃん。死にたいって思ったこと。実際そうしようとずっと思ってたんだ。そして、1回自殺しようとした。中学生の時にね、風邪薬を大量に飲んでね。命を絶とうとしたけど無理だった。何だかんだあって、私もとりあえず生きてみようと思った。そうして今がある。」
私はそういうと、ゆっくりと立ち上がって、少しずつ千早ちゃんのもとに近づいて行った。
「やめて!来ないで春香!」
千早ちゃんは、今にも身を乗り出そうとしている。
「千早ちゃん、私はまだ聞いてないことがあるよ。」
「何よ・・」
「千早ちゃんに、妹がいたんだね・・・私知らなかったよ。千早ちゃん、どうして妹さんを見殺しにしたの?」
「来たら、今すぐ飛び降りるわ!」
私は千早ちゃんの警告を受けて、立ち止まった。
「止まったわ。さあ、話して!千早ちゃん!」
鼻をすする音が聞こえる。背中越しで見えないが、千早ちゃんも泣いているのだ。
「千尋・・・。千尋っていうの。私の妹。9歳年の離れた、かわいいかわいい女の子だった。私の今の父親は、再婚相手なの。とはいっても、養子縁組はしなかったから、戸籍上は同じ戸籍でも、法律上は何のかかわりもない人間よ。私の本当の父親は・・・私が幼いころに病気で死んだ。どんな人なのか、物心つく前に亡くなったから、全く覚えてない。だから、私も・・・春香と同じ。父親は『いなかった』のよ。」
千早ちゃんも息を整える。
「再婚相手の父親は、前の父親の血が入った私のことが嫌いだった。母は私に愛情を注いでくれたけど、母が再婚してからは、次第に私のことを疎んじるようになった。そして、千尋が生まれると、私は家族の一員じゃなくなった・・・。正直、千尋のことをうらやましく思っていたわ。十全に両親の愛情を受けて、温かい食卓を囲んで、いっぱいお話をして・・・私・・・嫉妬してた。千尋に。」
「憎かったの・・・?妹のこと。」
「全然。むしろ、私も千尋のことが大好きだった。千尋も、私のことが好きだった。」
「じゃあ・・・どうして『見殺しにした』の?」
千早ちゃんは、何も語らない。途端に辺りは静かになった。
「千早ちゃん・・・?」
「・・・ここから先は・・・言いたくない。」
「どうしてよ・・・。」
「こんなひどいこと、たとえ春香でも言えないから・・・。」
「私は、何があっても、千早ちゃんの味方だよ・・・。」
「たとえ・・・私が犯罪者だったとしても・・・?」
犯罪者。その言葉に私は身をひるませた。けど、私も決心した。
私は、どんなことがあっても千早ちゃんのことを支えていこう。もう私は、大切な人を失いたくない。そして私、千早ちゃんのためなら、なんかなんでもできそうな気がしたから。
「千早ちゃん。私は、千早ちゃんと一緒にいたい。たとえ、千早ちゃんが人を殺していたとしても、千早ちゃんを刑務所なんかに入れたくない。・・・」
千早ちゃんは、微笑した。
「本当に、いいのね。春香・・・。」
私は小さく「うん」と答えた。
「私が中学2年生の時だった。夏休みに入ってたから、今よりもう少し暑かったかな。私と千尋は、一緒に買い物に出かけたの。いつも行っている近所のスーパー、なんでもない日常の風景だった。だけど、ちょっと目を離したすきに、千尋はどこかに行ってしまったの。買い物に飽きてしまったのね。私はスーパーの中を探した。けど見つからない。帰りの道中も探したけど、全然見つからない。家に帰ってきてるかと思って、アパートまで戻ってきたけど、そこにも姿はなかった。ほかにもいろんなところを探したわ。けれど・・・見つからなかった。」
ぬるい風が屋上を通り抜けた。千早ちゃんの手が震えている。
「千尋は・・・河川敷の川底に沈んでたのよ・・・。たぶん、もう助からなかったと思う。」
「でも、じゃあ・・・見捨てったって・・・。」
千早ちゃんは、嗚咽を漏らしながら述べた。
「もしあなたが、私だったら、川底から引き揚げて、周りの助けを呼ぶわよね・・・。でも、その時の私は・・・そうしなかった・・・逃げてしまったの・・・。」
「・・・どうして?」
「わからない・・・。頭が真っ白になって、それで、最初に取った行動は、そこから立ち去ることだった。全て悪い夢だと思いたかったのかもしれない・・・。とにかく、千尋をそこから助けようという気持ちはなかった・・・。」
千早ちゃんは続ける。
「たぶん・・・私は千尋に死んでほしかったんだと思う。千尋が死ねば、家族の愛情が戻ってくる・・・きっとそう思ってしまったんだと思う。・・・」
「本当に・・・そうなの・・・?さっき千早ちゃんは、分からないって言ったじゃない。」
「たぶん、その時の感情は、記憶の中に封印されてしまったんだと思う。だから、今の理由も、その時のことを思い出して、たぶんそうだったんだろうって思っただけ。だけど・・・リアリティがありすぎて・・・。」
私は何も言えない。千早ちゃんがしたことはひどいことだ。それは間違いない。だけど、千早ちゃんを全面的に責めることだってできない、それは明らかだった。
「だけど・・・どうして・・・だからと言って、なんでレイプなんて受け入れたの?そんなことをしたって、千尋ちゃんは喜ぶはずがない。」
「あの人に・・・脅されたの。自分も世間体があるから警察には訴えたくない。その代わりに、乱暴を・・・。春香・・・これは私にとって罰なのよ。本当は、私は、保護責任者遺棄致死罪に問われて、こんなところにはいられないはずなのよ。私は、その罰を逃れる代わりに、別の罰を受けている・・・それだけのことよ。」
その言葉に、私は言いようのない憤りを覚えた。
「違う!」
私の大声に千早ちゃんは驚いたようだ。
「違う、違う違う違う。全然違うよ、千早ちゃん!」
「春香・・・。」
私は再び千早ちゃんとの距離を詰め始めた。
「来ないでって言ってるじゃない!私は本気よ!」
私は千早ちゃんの言葉を無視して、距離を詰めていく。
「確かに、千早ちゃんがしたことは決して許されることじゃないわ。だけど、だからと言って、千早ちゃんをレイプすることが許されるわけないじゃない!そんなの、全然罪滅ぼしになんてなってない!千尋ちゃん悲しむよ、自分を見殺しにした罪滅ぼしに、父親の乱暴を受け入れてるなんて知ったら・・・。あなたの父親は、千早ちゃんを性欲のはけ口に使ってるだけ!いいように利用されてるだけなの!それに・・・ここで死んじゃったら、千尋ちゃん、一番悲しむよ。千尋ちゃんが、千早ちゃんのこと好きだったんだとしたら、たぶん千尋ちゃんは、千早ちゃんが幸せになることを一番望んでるはず・・・。」
「そんな・・・そんな、千尋が・・・私のことを許してくれるはずが・・・」
「千早ちゃん!生きることが、罪滅ぼしなんだよ!生きて、幸せになる。人生を全うする。それが一番の罪滅ぼしなの!目を覚まして、千早ちゃん!」
私は千早ちゃんのもとに到着し、体をがっしりつかんだ。
「捕まえた。もうこれで飛び降りれないよ。さあ、こっちへ降りておいで。」
千早ちゃんの腕には、もう力が残っていない。千早ちゃんは、ゆっくりと、柵の網に足をかけながら、降りてきた。
「春香!」
屋上のふちから降りると、千早ちゃんは、正面を向いて、私の胸に飛びついてきた。たぶん、もう千早ちゃんの顔はくしゃくしゃなんだろう。千早ちゃんは、私の胸の中で泣きじゃくった。
「千早ちゃん・・・今までよく頑張ってきたね・・・寂しかったよね今まで。」
千早ちゃんは、声にならない声で、泣きじゃくっている。
「でも安心して・・・もう一人じゃないよ。私がついているから。」
私は考えていた。千早ちゃんを、あの悪魔のような男から引き離す方法を。
一番手っ取り早いのは、千早ちゃんをあの家から逃がすことだ。レイプがあったことを先生に訴えて、あの家から離してもらうんだ。そうすれば、彼女は・・・。
いや、だめだ。それじゃあ、彼女がレイプにあったということがみんなに知れ渡ってしまう。父親にレイプされ続けたなんで、きっと好奇の目で見られるに決まっている。それにその原因となった妹の死のことも・・・。この事が表ざたになれば、千早ちゃんは・・・きっと高校を退学になる。
そんなこと、絶対にさせられない。それに、千早ちゃんを虐待し続けた父親のことだ。将来、あいつが釈放されたら、それこそ千早ちゃんにとって脅威になりかねない。
じゃあ、どうすればいい・・・。
・・・しばらく考えた末、私に、一つある考えが浮かんだ。