第2節 お母さんの失踪
10月5日のことだった。
この日、バイトを済ませて9時ころに帰ってきた私は、買ってきたお惣菜などを用意して、先に食事の準備ができた私が、夕食を先に食べることとなった。
最近の天海家では、先にご飯の用意ができた方から食事を始めてしまっていいことになっていた。お惣菜もそれぞれが好きなものを買ってきて、勝手に食べるルールになっていた。私もお母さんも、バイトやパートがある日はどうしても夜遅くなってしまうからだ。
だから、この日も先にごはんの支度ができた私から夕飯をいただいていたというわけだった。それでも、普段なら、お母さんはどんなに遅くとも10時半までには家に帰ってきていた。
しかし、この日は違った。11時を過ぎてもお母さんが家に帰ってくる気配はなかったのである。こんなことは今まで一度もなかった。
私は少しだけお母さんの心配をしつつも、明日も学校があって早いので、自分だけさっさと寝ることにした。きっとしばらくすれば、お母さんも帰ってくるだろう。そう思いながら、布団を敷いて、床に就いた。
翌日、午前6時半に目を覚ました私は、お母さんが未だに家に帰ってきていないことに気付いた。
これはいくらなんでもおかしい。今日だって、午前中からパートがあるはずなのに。
お母さんは携帯電話を持っていなかった。私も持っていないのだが、それは生活費を切り詰めるためである。だから、お母さんの居場所をつかむことはできないのだ。
何かの事件に巻き込まれたのではないか、何か嫌な予感をひしひしと感じていた。だけど、私には確証がなかった。警察に通報して、そのあとひょっこりお母さんが帰ってきたら、私はきっとお母さんに殴られるだろう。もう少し様子を見た方がいい。
とりあえず、普通に学校に行って、また家に帰ってから考えることにしよう。とりあえず、千早ちゃんに相談もしてみよう。何か考えがあるかもしれない。
お昼休みになって、私は千早ちゃんのいる教室を訪れた。千早ちゃんは、お弁当箱を机の上に出して、私が来るのを今や遅しと待っていてくれたようだった。
「やっと来たわね、春香。それじゃあ行きましょうか。」
すくっと千早ちゃんは立ち上がって、私たち二人は、例のベンチのところへと向かった。あそこを私たちの指定席にしているのは、すでに多くの人たちが知るところだった。
「それでね、先生は、カレーに醤油をかけるタイプなんだって。私びっくりしちゃった、そんなことして塩辛くないのかしら。」
千早ちゃんを秋月先生のところに住まわせたのは正解だった。最初は、先生を警戒していたけど、だんだん打ち解けてきたみたいだ。ただ、先生への警戒がなくなったというよりかは、両親という桎梏がなくなって、のびのびとできるようになったという方が正確だった。
「カレーに醤油って結構普通じゃない?」
どうやら、秋月家の昨日の夕ご飯は、カレーだったようだ。醤油をかけるの結構おいしいんだけど・・・。
「そうかしら、私にはちょっとしょっぱい感じがしたわ。」
どうも、千早ちゃんはカレーに醤油は苦手らしい。
「じゃあ目玉焼きには、醤油とソースどっちをかけるの?」
「そうね、私はソースかな。でも、気分で醤油に変えたりするけどね。」
「じゃあ、ラーメンは醤油派?塩派?」
「私は、とんこつ派。」
「醤油ラーメンは?」
「嫌いでもないし、それほど好きなわけでもない。まあ、たまには食べたいかなってくらいかな。」
千早ちゃんは、醤油自体が嫌いなわけではないようだ。
何だか打ち明けづらいな。いきなりお母さんがいなくなったって話したら、何て反応するんだろうか。
ミニハンバーグをつまみながら、千早ちゃんの様子をうかがってみる。
「春香、そのミニハンバーグ好きなの?」
「えっ、まあ、冷凍食品のだからね。解凍して詰めるだけでいいから簡単なのよ。」
「うちでも、今度ハンバーグを作ろうかなって思っててね。先生、結構お肉が好きらしくて、今度日頃の感謝を込めて、タネから作ってみようと思ってるのよ。私も、いつも家で食べるときは、タネになっているのを買って焼いてるだけだから、ちょっと楽しみなんだよ。」
本当に、千早ちゃんは最近人が変わったみたいに、明るくなった。解放感っていうんだろうか、明らかに今までの人生で感じたことのないくらい、体が軽くなってるんだと思う。
結局、秋月先生はあの日以降、千早ちゃんに彼女の過去のことを聞いてくることはなかったようだ。だから、千早ちゃんも秋月先生のことを少しは信頼するようになったんだと思う。
あまりに千早ちゃんが楽しそうだから、このまま千早ちゃんのマシンガントークでも聞いていようかな。お母さんは、きっとすぐに帰ってくるはずさ。根拠はなかったけれど。
午後4時、この日はバイトが無かったので真っすぐ家に帰った。普段なら、ここから掃除・洗濯・夕食づくりをしてお母さんの帰りを待たなくちゃいけない。
家に入って、すぐに電話に留守電が入っていることに気が付いた。メッセージを再生してみた。どうやら、母親の職場からの電話のようだ。どうも、母親は今日のパートを無断欠勤したらしい。職場からの電話は3回にもわたっていた。
いよいよおかしい。こんなことは絶対にありえないことだ。お母さんが仕事を無断欠勤するなんて今まで一度もなかった。そもそも、どこに行っているというんだ。
お母さんには、友達はおろかまともに近況を話せる相手も一人もいなかった。両親とは断絶状態だったし、お母さんがレイプに遭ってから、世間から身を遠ざけるように友達とも縁を切ったみたいだった。職場にも近況を話せる人はいないみたいだった。
誰かとどこかに行けるような状況ではないあの人が、突然家に帰らなくなって行方知れずになった。普通だったら、何かしらの事件に巻き込まれたことをまず疑う。
でも私はすぐに行動を起こさなかった。もし後でひょっこり帰ってきたときに、私が捜索願を出していたと知ったら、お母さんは激怒するだろうとビビったから。そして、私は「お母さん」に対して複雑な感情を抱いていて、すぐに捜索願を出す気になれなかったから。
しかし、そんなことも言っていられなくなった。ついに、その次の朝になっても、お母さんは家に帰ってこなかった。この日のパートも欠勤せざるを得ない。そうなると、パート先の人間がうちを訪ねてくることになるだろう。
結局は、捜索願を出さざるを得なくなるのだ。
私はパート先に電話を入れて、事情を説明したうえで、警察に捜索願を出した。気持ちは複雑だった。捜索願を出したのにもかかわらず、気持ちとしては、お母さんに帰ってきてほしくはなかった。散々、お母さんは私を痛めつけてきたのだ。そんな人に帰ってきてほしいなんて思うはずがない。でも、それはそれで何だか寂しい気がした。
そして帰ってこないと困るのは私だった。お母さんがいなくなったことで、外で稼ぐ人間がいなくなってしまった。わずかながら蓄えがあるおかげで、とりあえず、今年はやりくりできそうだ。だが、年が明ければ、家賃がまず払えなくなる。結局、私は施設に行くしかなくなる。状況は、ついこの間の千早ちゃんと同じだった。
5日、10日、半月とお母さんが帰るのを待ってみた。けれど、帰ってくる様子はなかった。
そこで千早ちゃんが秋月先生に頼み込んだのだ。私も秋月先生の下で生活させてもらえないかって。
もちろん、これがダメ元だってことはわかっていた。いくら私が困窮したからと言って、二人も養うほどの経済的余力があるとは限らないし、そもそも赤の他人を住まわせるなんて、そう簡単に了承するはずがない。千早ちゃんは、自分のクラスの生徒だから、心を許したのであって、別のクラスの私が、しかもこちらから頼み込むなんて図々しいにもほどがある。
けれど、秋月先生は二つ返事でOKしてくれた。
「どうせ、もともと子供を2人作る前提で家を建てたから、部屋は余ってたのよ。」
秋月先生はそう笑って了承してくれたのだという。
こうして、秋月先生と私と千早ちゃんの3人暮らしが始まった。
本当に夢みたいだった。母親の束縛から解放されて、大好きな千早ちゃんと一緒に住むことができる。それだけじゃない。私たちは、休みの日、そしてお互いにバイトが無い日は、二人で遊びに行くことができるようになったのだ。
秋月先生は、「自分で稼いだお金は、自由に使っていい」と言ってくれた。だから、バイトで稼いだお金で、二人で遊びに行くことができるようになったのだ。
二人でいろんなところに行った。ゲームセンター、ボーリング場、カラオケ、カフェ・・・。今時の高校生だったら、毎日行っててもおかしくないようなありふれた場所ばかりだ。だけど、私たちにとっては、それこそがすべて「特別」な経験だった。
それだけじゃない。私たちは、帰りが遅い秋月先生のために、毎日ご飯を作ってあげた。親にこき使われていたおかげで、二人とも料理はある程度自信があった。だから、毎日、「愛情のこもった」料理を作ってあげられた。先生は毎日、とても喜んで食べてくれていた。