第5節 家族になった日
マフラーはその後、2人が交代で編み続け、クリスマスパーティー前日の12月22日にようやく完成した。マフラーは赤と青のグラーデションになっている。赤は、私が好きな色で、青は千早ちゃんが好きな色。二人の感謝の気持ちを込めて、色を混ぜて作ったのだ。
「春香、もう注文は全部終わったんだよね?」
天皇誕生日のこの日、秋月先生は仕事のため学校に行っていた。私と千早ちゃんは、1日がかりでクリスマスパーティーの準備をすることになった。まずは、クリスマスツリーだ。これは近くにあるホームセンターで組み立て式の物を買ってきた。これなら、シーズンオフには畳んでしまっておける。
さらに秋月先生のために近くの酒屋でシャンパンを購入。本来は買えないものなのだが、酒屋の店主に事情を話して購入した。そしてまだお酒が飲めない年齢の私たち用に、シャンメリーを買っておいた。ケーキもこの日の午後に受け取れるように手配済だった。ピザはクリスマスパーティーを始める予定の午後7時30分頃に届くよう注文した。
チキンはスーパーで買った七面鳥を自宅で焼くことにした。それも予め注文しておいて、今日の午後取りに行くことになっている。
「大丈夫、必要なものは全て揃えたはずだよ。」
時刻は正午ごろになる。まだお昼ご飯を食べてないから、家で何か簡単なものを作って、それを食べたらにチキンとケーキを取りに行かなくちゃいけない。
「お昼は、簡単なものでいいよね。」
千早ちゃんがそう聞いてきた。
「そうだね、あんまり食べちゃうとディナーが食べられなくなっちゃうし。」
「そうね。じゃあ、チャーハンなんてどう?すぐ作れるし。確かチャーハンの素がまだあったはずだから。」
「それでいいよ。私も手伝うよ。」
「大丈夫よ、春香はキッチンでテレビでも見てなさいよ。」
「そう?じゃあ、お願いしちゃおうかな。」
「すぐ作るから、待っててね春香。」
私は、ダイニングキッチンに入ると、すぐにテレビをつけた。この時間で、テレビが見れるときには、たいてい笑っていいともを見ている。私はぼーっとテレビを見ていた。
その後ろでは、千早ちゃんがチャーハンを炒めている音が聞こえる。今の私たちにとっては、あたりまえの日常だった。でも、こんな日常が幸せだった。
やがて、千早ちゃんがチャーハンを作り終えて、ダイニングの方に運んできた。私は、冷蔵庫に入っている2ℓのお茶を取り出し、コップを洗って、二人分ダイニングテーブルの上に置き、お茶を適量注ぎ込んだ。
「いただきます。」
二人の声がこだまする。私たちはテレビを見ながら、ご飯を食べ始めた。普段、秋月家ではテレビを見ながらご飯を食べていた。秋月先生がそういう習慣だったからだ。
「千早ちゃんって、お笑いあんまり見ないよね。」
ふとテレビの中に出ている芸人の話になった。
「まあ、テレビ自体あまり見ないからね。」
「私もそうだよ。でもこっちに来てからは、結構見てるな。『エンタの神様』とか、好きで見てるんだよね。」
「そういえば春香、あの時間はいつも自室でテレビつけてたわね。」
私は家を丸ごと引き払った関係で、自分の家にあったテレビも持ってくることになった。とはいえ、置く場所もないので、私の部屋に置かれていた。
「そうそう、タカアンドトシとか、サンドイッチマンとか、たまに出てくるんだけど、すごく面白くて好きなんだよね。」
「へえー、そうなんだ。私は昔のメジャーどころしか知らないから、今のお笑いの人たちはわからないわ。」
「今度、私の部屋にきて見てみようよ。面白いから。」
「そうね、そうするわ。」
ちょうどテレビでは、いいとも選手権が行われていた。もうすぐ一時になろうとしている。私も千早ちゃんも、もう少しで食べ終わりそうな雰囲気だ。
「食べ終わって、少し食休みしたら、買い出しに行こうね。」
私が千早ちゃんに呼びかけた。
「そうね、もう少しテレビを見るのもいいかもね。」
千早ちゃんはそう応じた。私たちはもう少しのんびりとテレビを見ることにした。この後は「ごきげんよう」だ。「いいとも」を見た後は、たいていこの番組を見ている。ただ、その後の連ドラは見ていなかった。
「ごきげんよう」が始まった。私たちは、黙ってテレビにくぎ付けになっていた。そうした最中、千早ちゃんが不意に話しかけてきた。
「春香、この間三者面談があったじゃない。」
2学期の終わり近くになって、うちの学校では三者面談があった。この三者面談で、来年度大学を受験するのか、就職するのか、その意志を決めるのだ。
「うん。」
「春香は、なんて答えた?」
「私・・・『大学に行く』って答えた。」
私と千早ちゃんは、本当は高校を卒業した後、地元で就職するつもりだった。資金的な問題の以前に、親の方針として、大学に通わせてくれそうになかったからだ。
でも、秋月家に入ってから状況が変わった。秋月先生が私たちのために学費援助を申し出てくれたからだ、秋月先生は「学費は出世払いで返してくれればいいから」と言ってくれた。
私と千早ちゃんは、当初秋月先生の申し出を断ろうとした。たとえ国から奨学金をもらって、アルバイトを重ねたとしても、秋月先生には百万円単位のお金をせびることになってしまう。それはあまりにも申し訳ないと思ったのだ。でも秋月先生は「春香や千早だってやりたいことあるんでしょ、大学に通っておけば、その道に近づくことができるはず。二人には、大学に行って、もっとここじゃない広い世界を見てほしい。もしお金がその障碍になるっていうなら、それは気にしないで。」と言ってくれるのだ。
「それは、私が大学に行くから?」
千早ちゃんの指摘は鋭い。千早ちゃんには、将来ジャーナリストになるっていう夢がある。だから、大学進学は必要なのだ。それに対して私は、まだやりたいことが決まったわけじゃない。分からないのに、大学に行こうとしているのだ。それは、単純に、千早ちゃんと離れたくなかったからだ。
「まあ・・・、そうなるかな。」
「私は、それは春香の決断だから、それに口出ししたりはしないけど、秋月先生のお金を使わせてしまうんだから、ちゃんと目的意識を持って大学に行かないとだめだと思う。単に私と離れたくないからっていうのは、お金を出してくれる秋月先生に対して、すごく失礼だと思う。」
千早ちゃんは手厳しい。こういうところはきっちりしているのだ。
「分ってるよ。だから、大学でいろいろなことを学んで、考えたいと思うの。私は何をしたいのか、何ができるのか。そのための時間と知識がほしい。それじゃ、だめかな?」
千早ちゃんは少し考えたうえで、こう回答した。
「それが春香の考えなら、私はそれでいいと思うわ。秋月先生も、きっと納得してくれると思う。」
「それで、勉強の方は進んでる?」
「今、必死でやっているところ。何しろ、東京の大学に行くわけだし、他の人より勉強で出遅れているのは間違いないから、他の人以上に勉強頑張らないとね。春香の方は?」
「うん、今から始めようと思ってる。このクリスマスパーティーが終わったらね。」
「そう・・・。春香、もしやるなら本気でやらなきゃだめよ。浪人なんかしたら、それこそ秋月先生に申し訳たたないんだから。」
「分ってる。」
こんな話をしていたら、もう時刻は1時30分近くになってしまった。
「もうそろそろ取りに行こう。」
私は千早ちゃんをせかした。
「わかった、ちょっと待って。」
そう言って、コップの中のお茶を飲みほした。
私が二人分の食器を簡単に洗って、食洗器の中へ。千早ちゃんは、自室に戻って着替える準備をしているようだ。私も急がなくちゃ。
二人で手分けして、買い出しをすることにした。
外は凍えるほど寒いのだが、かといって雪景色という訳でもない。
富山県ではこの頃になると雪が降り始め、正月頃から積雪が始まっていく。今シーズンに入って、少しだけ雪が降ったが、幸いなことにまだ積雪にはなっておらず、外は平時と同じ風景保っていた。
私は家から10分ほど離れた近くのスーパーで注文していた骨付き鶏肉を3人分、千早ちゃんは近くのパン屋でイチゴショートのホールケーキを受け取りに行っていた。
スーパーの中に入ると、スーパーの中は、クリスマスカラー一色に染まっていた。店のあちこちにクリスマスにちなんだ商品が並べられている。
私はそれらを一瞥しながら、目的の物を取りに向かった。そしてその最中、私は気になるものを見つけた。サンタクロースの衣装である。しかも比較的手ごろな値段だ。
どうしようか、買っちゃおうかな。2人してこれを着て、秋月先生にプレゼントを渡してみるってどうだろうか。
迷っているうちに、気づいたら2着の衣装は私の買い物かごの中に入っていた。そして、骨付き鶏肉3本とともに購入。足早に自宅へと戻った。
「何買ったのよ春香・・・。」
自宅に帰ると、千早ちゃんが先に帰宅していた。千早ちゃんが少し呆れ気味で、買い物袋の中を覗いていた。
「サンタクロースの衣装だよ。ちゃんと2人分あるよ!」
「そういうことじゃなくて・・・、まさか今日これを着る気?」
「うん、これを着て先生にプレゼントを渡すんだよ。」
「いやよ、こんな・・・恥ずかしいじゃない。」
「でも、こっちの方が面白そうじゃん。」
「まあ、そうかもしれないけど・・・」
「じゃあいいよ。私だけ着るから。」
「・・・・・。」
私はサンタクロースの衣装を自室に運び、チキンの調理の準備を始めた。
チキンを焼くのはそれほど手間という訳ではない。材料は骨付き鶏もも肉3本、
しょうゆ大さじ3、酒大さじ3、みりん大さじ1、にんにく1かけ、しょうが1かけ、と極めて一般的だ。
まず骨付きもも肉は、皮に切れ目を入れ、フォークで全面を刺す。次ににんにく・しょうがはすりおろし、ボウルに入れて調味料を混ぜていく。お肉に今のタレをもみこんで30分以上置いておく。本当は一晩寝かせるのが良いらしいけど、お母さんにバレないよう今日買ってきたので仕方がない。皮を上にして、オーブン220度で30分焼いたら、それで完成だ。
調理し終わったチキンは、お皿に盛りつけて、ふたをしておいた。あとで食べるときに、電子レンジで加熱しなおすのだ。
一方で千早ちゃんも、クリスマスツリーの飾りつけが終わったようだ。
「こんな感じでどうかな?」
クリスマスツリーには、見事な電飾が施され、木々には、星やプレゼントの箱、ベルなどの華麗な装飾が施されていた。
「いいじゃない!グットグット!」
千早ちゃんの装飾の出来に、私は素直に称賛した。
「よかった。変だったら、どうしようかと思った。」
安堵する千早ちゃんもかわいい。
さあ、これですべての準備は整った。あとは、先生が帰ってくるのを待つだけだ。
「先生、驚くだろうなー」
私は先生が喜び驚いてくれるのが、すごく楽しみだった。
「そうね。そもそも秋月先生には、私たちはクリスマスパーティーなんてやらなくていい、って言ったぐらいだからね。」
私と千早ちゃんは、クリスマスパーティーをサプライズで行うため、先生からクリスマスパーティーの誘いがあっても断ることにしていたのだ。そして実際、先生にクリスマスパーティーをやらないかと言われて、私たちはそれを断っていた。
「先生が帰ってくるまでの間、ずっと電気は消していよう。そして帰ってきたら、電気をつけて、先生の前に現れて『メリークリスマース』って言うの。それってすごく楽しくない?」
私は千早ちゃんに提案した。
「いいね。そうしましょう。」
千早ちゃんは笑顔で賛成してくれた。
「その時に、あの衣装も着ればいいんだよ。サンタクロースの衣装。」
千早ちゃんは少し顔を曇らせた。
「やっぱり、あれ着るの?」
「先生を驚かすために登場するときだけだよ。そっちの方がインパクトあるじゃん。」
『インパクトがある』という言葉に興味をひかれたのか、しばらく考えた上で、「じゃあ、登場の時だけよ。」と了承してくれたのだ。
「ありがとう、千早ちゃん!きっと似合うと思うよ。」
午後6時、私たちは自室に戻ってサンタクロースの衣装に着替えた。サイズを適当に選んでしまったため、二人ともぶかぶかだった。
階段を下りてきてダイニングで合流した私たちは、お互いの姿を見て笑いあっていた。
「春香、サイズ確認しないで買ったでしょ。これLサイズよ。」
確かに、急いでいたからサイズ確認しなかった。
「でも、これしか置いてなかったんだよ。」
その売り場にはね。
「そう?じゃあ仕方ないわね。それにしても、ぶかぶかすぎて、ベルトを締めないと、ズボンがずり落ちちゃうわね、それにジャケットの方も、前ならえの姿勢をしても手が完全に出てこないわ。」
いくらサイズが合わないとはいえ、これは酷い。これじゃあ子供がサンタの恰好をしているみたいじゃないか。
「まあ・・・でもこれはこれでありなんじゃないの。」
「そうかな・・・?」
「どっちにしろ、先生は気にしないよ。さ、これ持って。準備できたら、電気を消して隠れるよ。」
私はそう言って、千早ちゃんにクラッカーを手渡した、先生が帰ってきたら、これでパンと鳴らしてやろうって算段だ。
廊下の電気を消し、ダイニングキッチンの電気を消した。そのせいで、もうすでに辺りは真っ暗だ。光源が何もないと危ないので、一応ペンライトを持ってきておいた。
私たちは、玄関近くのリビングのわきに隠れることになった。いざというとき、すぐ飛び出せる位置にいる。
「ところで春香、どのタイミングで出ていくの?」
「そうね・・・先生が鍵を開けて、中に入って玄関の電気をつけたときかな。電気が真っ暗で私たちはいないって思ってるから、さぞかしびっくりするだろうね。」
「なるほどね。」
隠れ始めてから15分くらい経過した。時刻は6時半近くになる。秋月先生は朝、今日はこれくらいの時間になるって言っていた。もうそろそろ帰ってきてもおかしくない頃だ。
そう思っていたその時、玄関先の門を開ける音が聞こえた。帰ってきたのだ!
「千早ちゃん、もうそろそろだよ。」
私は千早ちゃんに声をかけて、注意を促した。千早ちゃんもわかっているみたいだった。
ガチャリ。玄関のドアが開いた。そして、電気がつけられて、周りが明るくなる、今だ。
パン!
「きゃっ!」
秋月先生のハスキーな悲鳴が響いた。
「メリークリスマース!」
私と千早は、一斉に叫んだ。
「あなたたち・・・いったい・・・」
秋月先生は茫然としているようだ。そろそろネタ晴らしの時間だな。まずは私が言う。
「先生、実は私たち、普段からお世話になってる先生のためにクリスマスパーティーを企画したんです。サプライズにしたかったから、ずっと今日まで隠してきたんです。驚かせてごめんなさい。」
「秋月先生のために、私と春香でクリスマスディナーを手配したんですよ。プレゼントも用意してあります。」
「あなたたち・・・それで・・・もう!びっくりしたじゃないの、ほんとに!」
秋月先生は、一本取られて悔しいという表情だ。でも、内心嬉しそうだった。先生は少し涙ぐんでいた。
「もう、うれしくて・・・涙でちゃうじゃない・・・。」
「そんな、先生泣かないで下さいよ。」
そう言って私たちは、先生の肩を抱いて、靴を脱がせて、部屋の中に進めていった。
「それにしても、春香も千早も、服がぶかぶかよ。」
「春香が買ってきたんですよ。衝動買いで。」
「だってそれしかなかったんだもん。」
私たちは、笑いあっていた。
先生と一緒に、私たちは先生の部屋へと向かった。
「先生、先にお風呂に入っていてください。お風呂からあがったら、すぐに食べられるように準備しておきますから。」
部屋に入ると、私は秋月先生に入浴を促した。ピザが到着する予定の午後7時半までには、まだ時間がある。お風呂に入るくらいの時間はあるだろうと思ったからだ。
「そうね・・・そうさせてもらうわ。でも本当に驚いた。まさかこんな大それたことを考えていたなんて。」
「言い出しっぺは千早ちゃんなんですよ。『いつもお世話になってる恩返しがしたいからサプライズでクリスマスパーティーを開こう』って。」
「へえ、千早が。なんか意外。そういうのって春香が言い出すのだとばっかり思ってたから。千早、ありがとね。」
千早ちゃんは、少し照れくさそうに下の方を向いた。
「いえ・・・どういたしまして。」
横目で見てて、こういう千早ちゃんかわいいんだよなー。
「じゃあ、いったん失礼しますね。」
そう言って私と千早ちゃんは、部屋を後にした。
「やったね、大成功だね。」
千早ちゃんが同意した。
「そうね。やっぱりやってよかった。」
「これからだよ、楽しみなのは。」
私たちは、サンタの衣装を自分たちの部屋で脱いだ。私はダイニングキッチンに置いたクリスマスツリーの電飾を点けた。いい雰囲気だ。
「プレゼントの用意はできてるの?」
千早ちゃんが聞いてきた。
「もちろんだよ。」
そう言って、紙袋で隠していた先生へのプレゼントを取り出した。そこには、赤と青でグラデーションされた、目の少し荒いマフラーがあった。正直な話、それほどうまい出来とは思えなかった。けれど、一生懸命頑張って作ったプレゼントだ。そこには誇りを持っていた。
「うん、ちゃんと準備できてるわね。」
「じゃあ、食器とか準備しようか。」
そう言って、私は千早ちゃんをキッチンの方へと促した。
午後7時20分、お風呂を終えた秋月先生がダイニングキッチンに降りてきた。そこには、シャンパングラスに上品なお皿が用意された席が3つ用意されていた。
「先生、座って待っててください。すぐ準備ができますから」
私は先生を席に促した。
「ありがとう」
「先生、今日はテレビなしですからね。」とくぎを刺しておいた。
「はいはい、分かってますって。」
先生はおどけで返してくる。
チキンは今電子レンジで加熱中だ。千早ちゃんは、野菜を盛り付けて、サラダの用意をしていた。もうすぐピザも到着するはずだ。
ピンポン。
玄関のチャイムが鳴る。ピザが届いたみたいだ。ちょうどいいタイミングだ。
私は配達人からピザを受け取り、お金を支払うと、ホカホカのピザをダイニングテーブルの真ん中にドンと置いた。
「いい匂いね。」
先生がふとそんな感想を漏らした。
「早く食べたいな。」
「春香、もうすぐできるから、つまみ食いしちゃだめよ。」
後ろでサラダを準備中の千早ちゃんが冷やかしてくる。
「失礼な、それくらい待てますって。」
「ハハハ」
先生は笑ってくれた。
そして私はシャンパンを取り出し、開栓する構えを見せた。
「春香、それ明けたことあるの?」
秋月先生が不安そうに聞いてくる。
「いや、初めてです。」
「それ、結構飛ぶから気を付けてね、何なら私がやろうか?」
「いや、大丈夫ですよ。何とかなりますって。」
「念のため、あっちの方向いてやってね。」
そう言って、先生はリビングスペースの方を指さした。
開けようと試みて、力を込めてみる。すぐに開栓すると思ったのに、なかなかあかないな。もう少し力を込めてみるか・・・。
その時、ポンっという景気のいい音とともに、栓が開いた。瓶の中からは、浦島太郎の宝箱のように白い煙が出てきた。そして中からシャンパンが少し湧き出てきた。
「おおっと」
私はとっさに、指で瓶の口を押えた。幸いにも、ちょっとお酒が噴き出ただけで済んだみたいだ。
「おおー、初めてにしては上出来ね。」
先生はそう評価した。
「先生は開けたことあるんですか?」
「まあ、何回かだけどね。私も普段からお酒を飲む方じゃないし、シャンパン何て尚更だからね。」
やっぱり、先生は有段者だったようだ。
次に私は自分たち用に買ってきたシャンメリーも同じ要領で開けた。2回目だから、今度はうまくいった。
千早ちゃんもサラダを盛り付け終わったようで、それを各人のテーブルにおいてくれた。私は電子レンジで加熱したチキンを取り出し、テーブルへ。これでディナーの用意は全て終わった。
私と千早ちゃんは席に着く。
「じゃあ、乾杯といきましょうか。」
「そうですね、じゃあグラスを持って。」
千早ちゃんは、私に促した。
「じゃあいくよ。メリークリスマス!乾杯!!」
先生の掛け声に合わせて、私たちも声を上げた。
「乾杯!」
シャンメリーを口に運ぶ。シャンパンは白ワイン。先生のシャンパンと色彩を合わせるために、白ワイン風のシャンメリーを買ってみたのだ。ただの炭酸ジュースなのだが、雰囲気もあってか、とてもおいしく感じられた。
「じゃあ、ピザを取り分けますね。」
そう思って、ピザの箱を開けた。ピザを切るためのカッターも用意しておいたのだが、どうやらそんなことをするまでもなく、すでに8枚切りにされているようだった。
「じゃあ、早速いただこうかしら。」
秋月先生がピザに手を伸ばした。ピザはトマトとバジルがトッピングされた、チーズでもちもちのいたってシンプルなピザだ。
「うん、おいしい!」
先生は、こういうシンプルなピザの方が好きなんだよね。
私も一口。トマトの濃厚な味と、チーズの甘さが混じってとてもおいしい。今度はチキンに手を伸ばしてみる。手が汚れないようにするため、持ち手の部分にはサランラップを巻き付けてある。
チキンを一口。これもなかなかだ。
「おいしいね、これ。」
私は正直な感想を述べた。別にチキンを食べたことがないわけではない。だけど、好きな人と一緒に食事をするだけで、こんなにおいしく感じられるのだと思うと、何だかとても気分がウキウキしてきた。
「うん、おいしいわ。」
千早ちゃんは冷静な感想。千早ちゃんらしいなー。
「大変だったでしょ。ここまで準備するのも。あのツリーって買ったの?」
「ええ。私と春香でお金を出し合って買ったんです。」
「ツリーならうちにあったんだよ。」
えっ、そうなの?
「春香、リサーチ不足ね。」
「えへへ、ごめんね。」
「まあいいわよ。あって困るものじゃないしね。」と先生は励ました。
しばらくして、しみじみと先生も語りだした。
「それにしても、私も親代わり失格ね。こんなに大それたこと企画して、全く察知できなかったなんて。」
「違いますよ。それは私たちがサプライズにしようと思って隠していたからですよ。」
私はそうやって先生を励ましてみた。でも、先生が問題にしようとしているのはそういうことじゃないらしい。
「何だか、もう少しあなたたちのことをよく観察する必要があるみたいね。多分、もしかしたら、私へのプレゼントとかあったりする?」
あれ、ばれた?
私は先生に悟られないよう黙っていたのだが、先生の視線の先を追っていると、さっき確認した紙袋へと向けられていることに気付いた。
「あっ。」
ディナーの準備に気を取られて、隠すのを忘れていた。
「春香。あわてすぎよ。」
「まだ中身見られてないからセーフだよ。」
「フフフ」
先生はまたしても笑ってくれた。
「それは、ディナーの後のお楽しみってことで。」と私が言う。
「そうね、楽しみはとっておきましょう。」
しばらくして、先生がまた口を開いた。
「せっかく、二人がこんなに用意してくれたのに、私は本当に何も用意してないのよ。」
「いいんですよ。今回は本当にサプライズにしたかったんですから。何も用意がなくて当然ですよ。」と私は言った。本当に正直なところを述べたつもりだ。
「二人とも、何かほしいものある?」
「いや、いいんですよ。私たちは・・・。ほら、いつも先生に良くしてもらってますし。」と千早ちゃん。
「そう?でもそういうのって良くないよ。一方的に上げっぱなしなのは。」
そう言って、先生は私たちにほしいものを聞いてくる。
「じゃあ、数学の評価を・・・」
「そういうのはだめよ。」
冗談ぽっく言ってみたんだが、そういうのはダメらしい。
「じゃあ・・・そうですね、いくつか参考書と問題集をお願いしようかしら。」
千早ちゃんは、恭しくそう願い出た。
「じゃあ私もそれで。」
私もそれに応じた。
「あら、そんなのでいいの?なんかクリスマスプレゼントっぽくないけど。」
千早ちゃんは笑って返す。
「いいんですよ、私たちにとっては再来年の受験が何より大事ですから。」
先生も納得してくれたようだ。でも、正直遠慮していたところがあるのは、間違いない。確かに秋月先生は、私たちの親代わりをやってくれている。けど、結局は、先生と生徒という立場は変われない。私たちは「家族ごっこ」を演じているけれど、本当の「家族」になったわけではないのだ。
やがて、ディナーも食べ終わり、いよいよケーキの登場となった。結局、チキンにピザ、そしてサラダというのは、女子3人には量が多すぎて、ピザを残すことになってしまった。まあ、それは冷蔵して、また今度食べればいい。そして、ケーキは別腹だ。
「いい感じの大きさね、これなら3人でちょうど食べきれそうね。」
私が出したケーキに、先生は感激している様子だ。
「ちょうど、3人用のホールケーキがあったんですよ。先生は、イチゴショートケーキで良かったんですか?」と私が尋ねる。
「うん、私チョコよりも普通のショートケーキのほうが好きだから。ありがとうね。」
よかったよかった。先生は、満足してくれているみたいだ。
「じゃあ、切り分けましょうか。」と千早ちゃん。
千早ちゃんがケーキサーバーを取り出し、包丁でケーキを切り、ケーキサーバーに乗せて、秋月先生のお皿に移した。
「ありがとう、千早。」
そして、私のお皿、そして千早ちゃん自身のお皿にも移し、ケーキに舌鼓を打った。
「やっぱり、クリスマス用のケーキは特別なのね。中のスポンジにもクリームがサンドされているし、イチゴが入っているし。」と先生が驚嘆している。
「そうですね。普段とは異なる味わい。最高ですよ。ね、千早ちゃん。」
「そうね。」
やっぱり、少し奮発したのは正解だった。安物のケーキだと、スポンジ部分には何も入っていないのだ。
3人はペロリとケーキを平らげてしまった。口直しに紅茶をいれることにした。私のお気に入りは、アップルティー。千早ちゃんはダージリン。秋月先生はカモミールがお気に入りだった。
お茶で一服しながら、私は秋月先生のために作ったプレゼントの話を始めた。
「先生、私と千早ちゃんで、先生のためにプレゼントを作ってきたんですよ。」
「作った・・・?買ってきたんじゃなくて、手作りの物なの?」
「そうなんですよ!今持ってきますから!」
私は勢いよく立ち上がって、リビングスペースに置きっぱなしにしていた紙袋を手にした。そして、秋月先生の目の前まで持ってくると、「開けてみてください」と差し出した。
先生は、ゆっくりと紙袋を開いて中を覗いた。
「うわ、マフラーだ!上手にできてるわね・・・。」
先生はゆっくりとマフラーを紙袋から取り出した。
「私と千早ちゃんが交互に編んで作ったんですよ。」
「すごい・・・よくマフラー編む時間があったわね・・・普段から忙しいのに。」
「アルバイトがない日に、やっていたんです。私がバイトの時は、千早ちゃんが編んで、千早ちゃんがバイトの時は私が編んで。」
「赤と青・・・二人が好きな色ね。」
「はい!」と私が答えた。
秋月先生は、まるで自分の子どもからプレゼントをもらったかのように、やさしい顔になった。そして目を潤ませているのである。
「ほんとに、ほんとに、ありがとう!うれしい・・・ありがとう、春香、千早・・・。」
秋月先生はマフラーに顔を押し付けた。涙を隠しているのだ。
「先生、そんな泣くほど喜ばなくても・・・」
そこまでされると、さすがに恥ずかしいのか、千早ちゃんが先生に声をかけた。
「だって・・・うれしいんだもの。私、今までクリスマスはずっと一人だったから・・・こんなに楽しいクリスマスは初めてなの・・・。それに、こんな素敵なプレゼントまでもらえるなんて・・・。ほんとにありがとう、一生の宝物だわ・・・。」
「一生なんて、大げさな。」
私がそう茶化したのだが、秋月先生の目は真剣だった。
「いや、これは一生の宝物だよ。早速巻いてみていいかな。」
秋月先生は、顔からマフラーを放して、ゆっくりと首に巻いてみた。どうやら、長さはちょうどいいようだ。
千早ちゃんが尋ねてみた。
「どうですか、先生、チクチクしないですか?」
「ええ、あったかくて心地いいわ。手触りもちょうどいい感じ。」
本当に先生は嬉しそうだった。お世辞でも何でもなさそうだ。
「よかった。満足してもらえて。」と私。
「もちろん、大満足よ。明日からこれを着て学校に行くからね。」
先生は首に巻いたマフラーを丁寧に外して、きれいに折りたたんで、袋の中にしまった。
もう一杯紅茶を飲むことにした。もう少し、この余韻に浸っていたかったからだ。
落ち着いた、心地よい静寂の中、秋月先生がしみじみと語った。
「今までこの家に住み始めてから、一緒に誰かとクリスマスを過ごしたことなんて、1回しかなかった。昔の旦那と1回過ごしただけ。もう15年前くらい前かな。それから、離婚して、この家を置いていって、住むところとお金には困らなかったけど、寂しかったな・・・。何をするのも一人。友達はテレビだけ。日常も忙しくて、全然ゆっくりできないまま、年だけ重ねていって。」
私と千早ちゃんは、黙って聞いていた。口を差しはさむような状況じゃなかった。
「だから・・・千早が施設に行くかもしれないって聞いた時は、チャンスだと思った。」
先生は少ししまったという顔をした。
「ごめんね、千早。私、少し酔ってるの。こんな言い方、千早を傷つけるよね。本当にごめん。でも、うれしかった。千早が私と一緒に住んでくれるってなって、ようやく私は独りから解放される。自分に本当の娘ができたみたいだった。」
千早ちゃんはずっとうつむいている。
「千早は、おとなしい子だった。それは担任の教師としての印象。そして、うちに来てからも最初は変わらなかったと思う。私は、そんな千早に努めて明るく振舞った。あなたに何があったかは分からない。どんな過去があって、どう成長して、そのことがあなたにどんな影響を与えているのか。そして私は、あなたが良いって思ってくるまで詮索したりはしない。だって、大事なのは今の生活なんだもの。」
千早ちゃんは、紅茶を口に運んでいた。
「千早は、あなたは少しずつ変わっていったわ。だんだん、私に心を開いてくれるようになった。はっきり言えば、明るくなっていったわ。私驚いた。春香の母親がいなくなって、あなたから、春香をうちに住まわすようにものすごく頼み込んだよね。その時、私はあなたの優しさを感じたわ。」
恥ずかしいのか、千早ちゃんは俯いて、顔を隠している。
「千早に、天海春香って友達がいるのは知っていた。それは私が単にあなたの担任だった時からね。千早の話題の中に、春香のことは数多く出てた。春香の母親がいなくなったって聞いて、いつか千早が私に頼み込んでくるんじゃないかって、ずっと思っていたの。案の定、すぐに頼み込んできたわね。」
「やめてください先生。恥ずかしいです。」
さすがに千早ちゃんが制してきた。
「そして春香。あなたは、明るい子だった。そして、本当の優しさを知っている子。私はあなたの担任じゃないから、これはあなたを迎えて感じた印象。どうして、千早があなたにだけには心を開いたのかがわかるような気がするわ。」
なんか私も恥ずかしくなってきた。
「春香、多分私が思うに、あなたも色々と特殊な事情を抱えているみたいね。もちろん、そんなことは関係ない。詮索するつもりはないから。そんなあなたが本当に優しくていられるのは、多分、あなたが経験してきた今までの人生があるからなんだと思う。そして、千早、彼女から愛情をもらったから。違う?」
私は小さく首を縦に振った。
「春香、多分まだ私はあなたのことをよくわかっていない。千早についてもそうかもしれない。こんなサプライズを起こせるくらい、私の目は節穴ってことなんだから。でも、これからあなたたちが独り立ちして、この家を離れるまで、私たちはあなたの担任であり、『親』でありたいと思ってるの。」
親である、それはどういうことだろう。
「春香、千早。これからは、家では敬語を使うのはやめてほしい。何だか、それだと他人行儀な感じがするから。それから、『先生』って呼ぶのはやめにしない?律子って呼んでくれない?あるいは・・・もし二人に抵抗がないんだったら、『お母さん』って呼んでほしいの・・・。もちろん、強制はしないわ。あなたたちが私のことを母親として合格だと思ってからでいい。どうかな?」
私と千早ちゃんは顔を見合わせた。千早ちゃんが決意したような表情で口を開いた。
「私も・・・先生の下にいれて、本当に幸せです。正直、何度これが本当の家族だったらよかったのにって思ったか分かりません。だから・・・これからは・・・先生がいいんだったら、その・・・『お母さん』って呼びたい・・・。春香はどう?」
正直なところ、そういう風に呼ぶのはまだ抵抗がある。私は、あの母親のことを完全には見捨てきれてないからだ。でも、秋月先生のことは大好きだ。私は・・・もうお母さんに会うことができないなら、先生のことを・・・。
「私も、『お母さん』って呼びたい・・・。」
「そうね、じゃあ決まりね。これで本当の『家族』だよ。」
「・・・ありがとう・・・お母さん」
千早ちゃんはそう言って泣いていた。声を押し殺して、下を向いて。「お母さん」は、そんな千早ちゃんに近寄って、やさしく抱きしめたのだ。
その美しい光景に私も心がキュンとなって、お母さんに抱き着いた。きっと、これが私が思い描いていた「家族」なのかもしれない。あたりまえが幸せになる瞬間、それはきっとこういう瞬間のことを言うんだろう。私は涙が止まらなくなって、私たちは、しばらく抱き合っていた。
しばらくして、落ち着いてきた私たちは、そろそろクリスマスパーティーをお開きにするということになった。
「せっかくだから、写真を撮っておこうよ。デジカメを取ってくるから、待ってて。」そう言って、お母さんは立ち上がった。
「あ、そうだ。せっかくだから、あのぶかぶかなサンタの衣装も着てきなよ。」
「えっ、あれ着るんです・・着るの?」
私はまだ敬語の癖が抜けないようだ。
「せっかくだから、一緒に着ようよ春香。」
思いのほかのりのりだったのは千早ちゃんの方だった。
「じゃあ、決まりだね。早く用意していらっしゃい。」
先生はそういうと、自分の部屋に向かって階段を駆け上がっていった。
私たちも自分の部屋で、あのブカブカなサンタの衣装に着替えて、すごすごと階段を下りて行った。
私がリビングに降りてきた時には、既に二人とも準備完了という状態だった。千早ちゃんもぶかぶかなサンタの衣装に身をまとい、お母さんはその首に私たちが編んだマフラーを巻いていた。
カメラも本格的だ。先生は自室から三脚を取り出して、リビングに設置したのだ。
「これなら3人で取れるからね。」
そう言って、カメラをセットした三脚の上に設えた。
「さっ、準備ができたら、写真を撮るよ。」
そう言って、お母さんが私の腕を引っ張って、カメラの前に繰り出させた。お母さんがカメラのセルフタイマーを起動させる。
お母さんは急いで戻ってきて、自分が中心に入った。彼女を中心にして、私と千早ちゃんがその隣にぴったりとくっつき、お母さんが二人の肩を抱くという構図だ。
「はい、もうすぐだよ、笑って笑って。」
私たちは泣き晴らした顔で、思いっきり笑顔を作った。
パシャリ。
その後も何枚か、写真を撮った。いつの間にか、3人のファッションショーみたいになっていた。2人はサンタの衣装であるが。
こうして、クリスマスパーティーは賑やかなうちに幕を閉じた。天皇誕生日という、クリスマスイブには1日早いクリスマスパーティーは、私にとって、一生忘れられない思い出の日となった。
あの時、3人で撮った写真は、今でも私にとっての宝物だ。だって、私たち3人が、「家族」になった日の思い出の写真なんだから・・・。