第6節 「死ぬ」ということ 残り66時間
「千早ちゃん、あの時の写真覚えてる?」
「あの時の?」
「うん、高校2年のクリスマスパーティーの時に、一緒に取った写真!私たちがサンタの格好をして、『お母さん』を囲んで撮ったでしょ?」
千早ちゃんは、少し下を向いて考え、そして思い出したみたいだ。
「うんうん!思い出したわ、あの写真ね。あれ、私の携帯の待ち受け画面よ。」
「あっ、奇遇だね。私もそうだよ。」
「多分、二人でそう決めたんじゃないかしら。お母さんもきっとそう。きっと、お母さんの携帯の待ち受け画面も、あの写真よ。」
そっかー、やっぱりそうだよね。
「あの日からだよね、私たち、本当の『家族』になったのって。」
千早ちゃんがコクコクと頷く。そして千早ちゃんが述べる。
「私思い出したのよ。」
「何を?」
「私たちの進路。」
さっき思い出した記憶では、私たちは共に大学進学を希望していたのだった。
「私たち、大学進学を希望していたんだよね。」と私が言う。
「そうそう!思い出したのね。」
「学費は、秋月先生・・・私たちの『お母さん』が援助してくれた。」
千早ちゃんが肯定した。
「そう。その通り。私は、ジャーナリストになるのが夢だった。その夢をお母さんは応援してくれたの。」
「私なんて、正直な所、千早ちゃんと一緒に居たいっていう不純な動機だったけど。」
「何になりたいのか、夢を探すってことじゃなかったかしら?」
「うん。名目上そうだったよ。でも・・・。」
私は大学時代に何か夢を見つけることができたのだろうか。できたとしたら、一体何だったのだろう・・・。
でも、そんなことはもう関係ない。私たちは、あと66時間で尽きてしまう命なのだ。そんなことを考えたって、仕方のないことじゃないか。
そう考えると、急に心が寒くなってくる。今まで楽しくお話して、気分も晴れやかだったのに、急にロウソクを吹き消されたみたいに寒くなってしまう。
「はぁ・・・。」
私は小さくため息をついた。
「どうしたの?春香。」
すかさず千早ちゃんがフォローを入れてきた。どうしようか、話してしまおうか。心の内を。・・・いや、止めておこう。せっかく楽しい気分になったのに、千早ちゃんまで落ち込ませてしまうなんて、そんなことしたくはない。
「いや、何でもない。」
「そう?」
「うん。何でもない。」
どうして私がこんな目に合わなくてはいけないんだろうか。確かに私は、千早ちゃんの父親を殺した犯罪者だ。だけどそれは、千早ちゃんをレイプし続けたあの男が悪いんじゃないか、私はそれから千早ちゃんを守るために行動したに過ぎない。にもかかわらず、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの!?
その事実を思い出してから、私は考え始めていた。この事件の犯人、この事件を仕掛けた黒幕は、千早ちゃんの『お母さん』なのではないか、と。
動機の点からすれば、一番怪しいのは、千早ちゃんの母親だ。彼女は実の子を、千早ちゃんのせいで死に追いやられたと考えて、千早ちゃんを妬んでいた。そして、夫の突然の死、彼女は最初から千早ちゃんが殺したと疑っていた。だけどそれは、アリバイの関係から絶対に不可能。もし夫が殺されたのだとしたら、それができる人物は、限られている。
あの男が、もし職場上の人間に恨まれていたとしたら、その人物によって殺された可能性もある。だが、そういう人間じゃなかった場合、千早ちゃんの「友達」に目が行くのは当然だ。千早ちゃんが直接手を掛ければ、直接的に疑われる。しかし、千早ちゃんに犯行が不可能だったとすれば、千早ちゃんに「協力者」がいたと考えるのが自然だ。
その協力者たりえるのは、千早ちゃんがあの時心を開いていた唯一の人である私しかいない。もし千早ちゃんのお母さんが私の存在に気付いていたとすれば、本当に殺したのが私だと気づいていたとすれば、二人をこんな目に合わせる動機が出てくる。
私は絶句した。この事件の犯人が、千早ちゃんのお母さんなのだとすれば、私たちに希望なんて・・・ないじゃないか。
「はぁ・・・。」
私はもう一度深いため息をついた。今度ばかりは千早ちゃんも何も言ってこなかった。
ふと、私は「死ぬ」ってどういうことなんだろう、と頭の中で巡らせ始めた。「死ぬ」なんてこと、私はまともに考えたことはなかった。いつも死にたいと思っていたことはある。そして実際に死のうとしたこともある。だけど、自殺をしようとしたときも、ただの勢いであって、それがどういう意味合いなのか、「死んだ」私はどこに行くのか、私の意識はどうなってしまうのか、そんなことを大真面目に考えたことはなかった。
私の目の前に「死」が迫ってくる。残りあと『65時間22分17秒』しかない。最初は120時間もあったのに、気づけばもう半分近くが過ぎてしまったことになる。
「死ぬ」のは怖いか?もしそう聞かれたら、今の私だったら、「怖い」と答えると思う。こんな得体のしれない空間の中で、大切な人に看取られることもなく、さみしく死んでいく。もしかしたら、千早ちゃんによって殺されるかもしれない。あるいは、黒いサングラスをかけた屈強な男たちによって殺されるかもしれない。そうやって殺された後の私がどうなるのか、想像しただけで恐ろしい。
もし私が、死ぬまでの時間制限もなく、千早ちゃんとも離れ離れになっていて、その上あの男たちにレイプされ続け、殴られたり蹴られたりひどい目にあって、体の苦痛と精神の苦痛が同時にやってきていたら、多分私は喜んで死のうとするだろう。
希望もない、いつまで続くかわからない無限の苦痛に苛まれたら、そこから逃れるためにとにかく死を望んだかもしれない。
だけど今目の前にあるのはそういう状況ではない。緩やかに、緩慢に、でも確実に訪れようとする「死」への選択だ。
犯人たちの狙いは、そこにあるのではないか。犯人たちは、望めば望むだけ、私たちに酷いことをすることもできる。でも敢えてそれをしないのは、極度の絶望を与えて死を望まさせるのは、自分たちの復讐にならないと思っているからなのではないだろうか。
「死にたくない。でも時間までに殺し合わなければならない」という状況を作ることで、「死」というものを最大限に認識させようとしているのではないだろうか。
妹を殺され、夫を殺されたと思っている千早ちゃんのお母さんが考えそうな復讐だ。「死」の恐怖を最大限に味あわせて、そし無残にそれを奪う。いかにも、彼女だったらやりそうなことだ。
私は千早ちゃんの方を一瞥した。
こんなことは考えてはいけない。それはわかっている。でもどうしても、私は千早ちゃんのせいでこんなことになってしまったと思ってしまうのだ。もしも千早ちゃんがあの時、千尋ちゃんを助けていれば、こんなことにはならなかった筈なのに。
筋違いな恨みであることはわかっている。にもかかわらず、千早ちゃんのことが恨めしく思えてしまう。
普通に考えれば自業自得だろう。千早ちゃんの父親を殺したのは、千早ちゃんのお母さんにとっての最愛の夫であるあの男を殺したのは、間違いなく私だ。だから、彼女に私が恨まれることは、何らおかしいことではない。
全てはあの男が悪いのだ。私の大事な千早ちゃんを、その弱みに付け込んで性欲のはけ口にした。あんな行動が許されるはずがない。だから私は、少し不当に感じてしまうのかもしれない。確かにあの男を殺したことは、犯罪だし、その意味では罰せられなければならないと思う。だけど、こんなひどい目にまであわされなければならないのだろうか。
私は「死刑囚」の気持ちが少しわかったような気がする。「死刑」がなんで恐ろしいのか、それは「死」だけを見つめさせられる罰だからだ。どこで見たのか分からないけど、何かのスクリーンで見たような気がする。
死刑囚には、懲役刑者と違って、刑務作業という労働が課されないそうだ。「死ぬ」ことが罰だから、それ以外のことをさせることはできないということらしい。ただ、自ら望んで簡単な軽作業をすることもできて、多くの死刑囚がそれを望んでいるようだ。その理由はやはり、作業をしている時間は「死」の恐怖から免れることができるから、ということらしい。
そして最近の死刑囚は、自らの死を死刑執行の朝に知ることになる。だから、毎日毎日、「今日は自分ではないか」とビクビクしながら過ごすのだそうだ。
今の状況は、ある意味「死刑」に似ているのかもしれない。明確な残り時間が秒単位まで決められて、親友を殺せばそこから逃れられるという抜け穴付ではあるが、そんなのが嘘八百なのが丸わかりだから、結局はこの65時間の間「死」を見つめさせられるという点では「死刑」と同じだ。
私は死刑になるべくして、なるんだろうか。
私はもう一度、タイムカウンターを見返した。残り『65時間07分30秒』と出ている。
ふと私は、これは『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』に似ているなという気がしてきた。私は普段ゲームをやらなかった筈なので、どうしていきなりこういう発想がてて来たのかは謎だが、でも状況がこれとそっくりだということは、確かであるように思われた。
あの世界観では、あと72時間で「月」が衝突して世界が滅び、みんな死んでしまうという設定だった。その世界に出てくる登場人物は、今の私みたいに、「あと何時間で死ぬ」ということは明確には理解していない。だけど、多くの登場人物は、あともう少しで世界が滅びてしまうということを明確に理解していて、いつ月が落下してくるかもわかっている様子だった。自分が助かるのかどうかについて、明確に発言しているキャラクターはそう多くなかったが、何かしら発言している人は、大よそが自分の死を覚悟していた。中には、地下シェルターのようなものに籠って助かろうとする人もいたし、世界に何が起こるのか自覚していない子供もいた。だが、それ以外の多くの大人は、月の衝突地であるクロックタウンを逃れれば助かると思っていたようだ。
今の私は、死を覚悟した人の気分だ。あの作品の中の登場人物は、それぞれ何かしらの想いを抱いていた。ただしそれは、ゲームの中で与えられた役割としてそれを思っていただけであり、本当はもっと複雑な、いろいろなことを考えていたはずなのだ。例えば、「自分が死んだらどうなるのか」とか、そういうことだ。でも、自分が死んだあとにどうなるのかなんて、誰もわかりはしないし、そんなテーマをゲームの中に持ち込むわけにはいかない。だから、そういう「難しい話」はゲームの中では省略されているが、もし私があの世界の中にいたら、何をしていたのであろうか。
別にあのゲームに限ったことではない。もっと単純に「世界があと3日で滅んでしまうとしたら」とか、「自分があと3日で死ぬと分かっていたとしたら」でもいい。その時の私だったら何をしていたのであろうか。
多分私は、寝る間も惜しんで、大切な人と一緒に、やりたいことをやって、好きなことをして、最期の瞬間を過ごしたいと思う。
私にとって大切な人、大切な、もう一人の大切なお母さん、私にいろいろなことを教えてくれたお母さん、あなたにもう一度・・・会いたい。
「ねえ、千早ちゃん。秋月先生って今どうしているのかな?」
「そうね・・・今も高校教師を続けているんじゃないなか?」
「私たちって大学に進学したんだよね?」
「そうよ。」
「どこの大学?」
「『中帝大学』よ。場所は東京の多摩地方。私たちもそこに移り住んだの。」
「一緒の大学だったんだ。」
「そうよ、学部も一緒。私たちは、年明け頃から猛勉強を始めて、その末に同じ大学に合格した。それで私たち、一緒に住み始めたのよ。」
「そうなんだ!また千早ちゃんと一緒だったんだね!」
それを聞いて何だかうれしくなった。千早ちゃんもほっこりとした笑顔を返した。あれ?ってことは。
「秋月先生とは別れちゃった。」
「・・・そうなるわね。」
「その後、私たちは先生と連絡を取ったりしたのかな?」
千早ちゃんは顔を曇らせた。
「そこがよく覚えてないの。でも多分、今も高校教師をやっていると思う。」
「寂しくないのかな・・・。」
「それは・・・どうだろう。私たちがたまに帰ってあげたりしていれば、そうはならないかもしれないけど。」
「記憶にある?」
千早ちゃんは険しい表情を見せた。どうも分からないらしい。まだ記憶が戻っていないということか。
しばしの間沈黙があった。そしてややあって、私は千早ちゃんにも疑問をぶつけてみようと思った。
「千早ちゃん。」
「何?」
「千早ちゃんは、自分の『死』について真剣に考えたことある?」
千早ちゃんが少し動揺の色を見せた。
「なによ、藪から棒に。」
「ある?」
千早ちゃんは目を泳がせた。私の質問の真意を探っているのだろうか。それとも単純になんて答えようか考えようとしているだけなのだろうか。
「あるわよ。もちろん。だって私は、何度も自殺をしようとしたことがあるぐらいですから。」
「じゃあ、『死んだら自分の魂はどうなる』とか、『死後の世界』とか『私という意識はどうなる』とか、そういうことを考えたことある?」
千早ちゃんは顔をゆがめた。
「やめようよ、そういう話。」
「お願い、答えてほしいの。」
千早ちゃんは、動揺の色を隠せない。やはり、「死」を直接見つめさせられるのは、恐ろしいことということなのだろうか。
「・・・死後の世界なんてものは、誰にも分からない。そんなことを考えても意味がないことよ。」
千早ちゃんは答えから逃げている。
「どうして答えてくれないの?何か話したくない理由があるの?」
私に詰め寄られて、千早ちゃんも観念したようだった。
「・・・私の存在なんて消えてしまった方が良いと思っていた。だって私は・・・妹を見殺しにした犯罪者・・・。その意識から免れるなら、死んでもいいって思ってたわ。でも本当は、怖かった。自分が死んで『無』になるってどういうことか分からなかったから。永遠に闇が続くんだろうか、闇が続くという感覚すらなくなって、輪廻転生するんだろうか、何もわからない。」
今の言葉はたぶん、千早ちゃんの正直な気持ちなんだと思う。
「今もそう思ってる?」
「・・・どういうこと?」
「私、自分が『死ぬ』ってどういうことなんだろうかって必死で考えてた。考えて、怖くなって・・・千早ちゃんの話も聞いてみたくなったの。ねえ、千早ちゃん。死ぬのは怖い?」
「確かに怖いわよ。特にこんなところで死ぬのはね。だけど、そんなこと考えても仕方のないこと。死は避けらられない。考えても恐怖が募るだけ。だったら、『考えなければいい』じゃない。どうしてわざわざ自分から恐怖に苦しまなければならないわけ?」
「また、感情を抑えているの?」
「・・・感情を抑えているというよりかは、考えないようにしてる。だってもう、しょうがないことじゃない。」
「そう・・・。」
「そんなことより、もっと楽しい話をしましょう。高校3年生の時だって、楽しかった思い出はたくさんあるでしょ。」
「うん・・・。」
半ば強引に話題を逸らしてきた千早ちゃんがこの時何を考えていたのか、それは私には分からなかった。