第2節 テニスサークル
「千早ちゃん、早く早く!」
「春香、人ごみの中で走ったら危ないわ!」
私はもう走り出していた。
ドンっ。やばっ、急ぎすぎて人にぶつかっちゃった。おまけに尻もちもついてしまった。
「すみません。急いでいたもので・・・。」
「いいんだよ、君新入生だよね。うちの漫画研究会に入らない?とりあえず、サークル室見ていくだけでいいんだけど、どうかな?」
ぶつけられた男が、私を勧誘してきた。相手は漫画研究会の人のようだ。
「えっと、あのその・・・。」
「ごめんなさい、私たち別のところに向かってますので。」
千早ちゃんが私の腕をつかんで引っ張り上げると、そう言ってその男から離れた。
「もう、春香ったら。いくらはしゃいでいるからって走ることないじゃない。子供じゃあるまいし。」
「ごめんごめん、じゃあゆっくり歩きながら行こうか。」
4月3日。この日私たちが入学することになった中帝大学では、一回生を対象とした入学式が行われていた。その長い入学式が終わり、ようやくホールから解放されると、そこにはサークルへの新歓のために集まったありとあらゆるサークルの先輩方が待ち受けていた。
「私たちはコーラス部でーす、ちょっと覗いていきませんか。」
「僕たちは、将棋同好会です。一緒に将棋で青春しない?」
「私たちは、歴史研究会なんです。」
どのサークルも新入生を捕まえようとして必死だ。それだけ、この時期に人を確保することが重要なんだろう。
「運動系のサークルはどこかな?」
「あっちのほうじゃないかしら、行ってみようか。」
私たちは、キャンパスの真ん中あたりへ向かって歩き出した。そこにどうも人が集中しているみたいだ。
そしてその途中に勧誘があった。
「よかったら、テニスサークルなんだけど、見ていきませんか。」
どこか中性的な声色に惹かれて、声のした方を振り返ってみる。そこには、背が高くて、スラっとして、眼鏡をかけた優しそうな顔立ちの整った青年が私たちに歩調を合わせていた。その見た目は、まるで『カードキャプターさくら』に出てくる月城雪兎のようだ。
私は、その彼を一目見て、ドキンと、何か心に突き刺さるものを感じた。今まで感じたことのないような、ドキドキ感・・・。
私は思わず足を止めた。そして千早ちゃんに相談するのだ。
「どうかな、テニスサークルなんて・・・。ちょっと覗いてみる?」
そう言って千早ちゃんの方を振り返ると、どうも様子がおかしい。どういうわけか、千早ちゃんがわなないているのだ。いつも冷静な千早ちゃんがこんなに取り乱すのは珍しかった。
「千早ちゃん?どうかしたの?」
私の声掛けにようやく冷静さを取り戻した千早ちゃん。
「・・・ええ・・そうね。ちょっと、覗いていきましょうか。」
「おおっ、見学してく!?よっしゃ、これで2人ゲットだな。」
顔立ちの整った人とは別の、少しいかつい感じの人がそうつぶやいた。見た目は、遊戯王に出てくる城之内克也っぽい。
「京極、気が早すぎ。あいつの言うことは、調子がいいだけだから気にしないで。部室とか見てくれて、もし気に入ってくれたら、入ってもらうって感じで大丈夫だよ。」
かっこいい男の人がそうフォローしてくれた。その隣には、見目麗しい女性もいた。
こうして私はその男の人についていく形で、部室へと案内されることになった。
「うちの大学は公認サークルには、サークル塔の一部屋が与えられる仕組みになっているんだよ。うちは、中帝大学テニス同好会って言ってね、公認サークルのうちの一つなんだよ。」
その男の人が丁寧に説明してくれた。サークル塔というのは、教室などが入っている校舎とは別に、サークルの部室だけで構成されている校舎のことなのだそうだ。都会から少し離れた広い敷地の中にあるからこそできることだった。
「さ、入って。結構乱雑してるけどね。」
そう言ってサークル塔の3階にある一室を案内された。
中に入って驚いた。部屋の中は和室になっており、玄関口から上がると、8畳ほどの部屋に畳が敷き詰められていた。そして部屋の真ん中あたりにちゃぶ台がある。そして、あろうことか壁際に小さなちゃぶ台があり、その上には箱型のテレビが置いてあるのである。そして、ちゃぶ台の下にはゲーム機らしきものが置いてあった。それもラインナップが充実していそうだ。
ほかにも少し背が高いテーブルの上には、将棋盤やチェス盤、トランプやオセロなど、遊び道具ばかりが置いてあった。
「おっ、新規入部希望者かな?」
肌の浅黒い女の子が、玄関あたりまでやってきて、話しかけてきた。
「ちょっと興味があったので、見学に来ました。」
千早ちゃんが、堂々と答えた。
「そうか、自分たちは大歓迎だぞ。ゆっくり見ていくといいさー。」
案内してくれた男の人が話しかけてきた。
「そういえば、まだ名前聞いていなかったね。名前教えてよ。」
「私は、天海といいます。」
「私は、如月です。」
「そうか、僕は望月。それで、彼女は響・・・じゃなくて、我那覇さん。」
「はいさーい、よろしくな。天海さん、如月さん。」
何だかやけに元気がいいなこの人。新人が入るかもしれないから喜んでいるのだろうか。
「じゃあ、僕は勧誘の続きをやっているから、適当にくつろいでくれていいよ。」
そういうと、望月さんはこの場から離れてしまった。
「じゃあ、せっかくだし、部屋にあがってトランプでもするか!」
いきなりトランプ?確かに真ん中の方で集まって仲良くやってるみたいだけど、いきなりこんなんでいいのか?せんべいやら饅頭やらが散乱している。
強引にちゃぶ台のところに座らされると、その隣にいたセミロングの、大人な雰囲気のある、頭にカチューシャを付けた女性が話しかけてきた。
「ようこそ、我がテニス同好会へ。私は部長の音無小鳥です。」
私もすかさず挨拶を返す。
「初めまして、天海春香といいます。こっちは、如月千早です。」
「どうも初めまして。如月千早です。」
「よろしくね、天海さん、如月さん。外もまだ寒かったでしょ、せっかくだからお茶でも淹れましょっか。」
そう言って彼女は立ち上がり、背の高いテーブルの元へと行ってしまった。この部屋には、あたりまえだが、調理道具はない。恐らく電気ポットを使っているのだ。
「おっ、べっぴんを連れてくるじゃねーか、望月の野郎。さすがは、天下のイケメンは違うな。」
何だか柄が悪そうな男の人がそう感想を述べた。
「猿渡殿、そういうものの言い方はよくありません。ほらごらんなさい、お二人ともおびえていらっしゃってるではありませんか。」
彼をたしなめたのは、その隣に座っていた長い銀髪が特徴的な美人な女性だ。
「彼が、猿渡君。3年生だから、私と同学年ね。その隣の四条さんも同じ三年。」
音無さんが、遠くのテーブルからすかさず説明してくれた。
「ちーっす、よろしくね。」
「よろしくお願い申し上げます。」
「こちらこそ。」と私は返す。
「よろしくお願いします。」
私たちは、独特の雰囲気にあっけにとられていた。猿渡さんは、遊戯王に出てくる本田ヒロトのようだった。
その隣にいる女性は、私たちのことなど眼中に入っていないという様子だった。
「あの・・・お名前は。」
「私は、雪村です。」
ロングヘアで大人しそうで清純そうな彼女は、そう答えた。声の感じは、声優の「ゆかな」に似ている気がした。
「天海春香です。よろしくね。」
「私は、如月千早です。」
「よろしく・・・。」
彼女は言葉少なめだった。なんとなくだが、彼女はこのサークルの中での常識人のようなポジションなのだろう。しばらくは、4人でトランプに興じているようだった。
やがて、音無さんが全員分のお茶を淹れてやってきた。
「お待たせー。はい、これは天海さんと如月さんの分。」
そう言って湯呑をちゃぶ台の上にトンと置いた。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
私と千早ちゃんは続けざまにお礼を述べた。
「沸かしたてで熱いと思うから、ゆっくり飲んでね。お菓子はそこらへんにあるのを適当につまんでおいてね。」
そう言って、音無さんはみんなのところに湯呑を次々に置いていく。
「さんきゅーピヨちゃん。」
猿渡さんが、音無さんに言った。
「ピヨちゃん?」
「ああ、私下の名前が『小鳥』だから、たまにそういわれるのよ。もっとも、そう言ってくるのは、猿渡君と京極君だけなんだけどね。」
「自分は、ぴよ子って呼んでいるぞ。」
「私は、小鳥嬢と呼んでおります。」
我那覇さんと四条さんが息を合わせたように述べた。んーなんだかなー。ぴよ子もわかるけど、小鳥嬢ってどうなんだろう。
「貴音ちゃん、実は、旧家の出身の身なのよ。」
お茶を配り終わった音無さんが、私の隣に座ってそう述べた。
千早ちゃんが疑問の弁を述べた。
「旧家?というと、元皇族ということなんですか?」
これには四条さん本人が答えてくれるようだ。
「ご説明いたしましょう。我が四条家は、平安時代の摂関家にルーツを持つ家柄の家系なのです。明治時代に華族として、伯爵位を賜っていましたが、戦後の一連の混乱の中で力を失っていきました。ですから、今はただの平民。みなさんと同じ立ち位置
なのですよ。」
の割には、言葉遣いが平民とはだいぶ違うような気もするのだが・・・。
「もしかしたら、この言葉遣いのことを気にしていらっしゃるのかもしれませんが、私はたとえ力を失ったとしても、旧家に生まれたことを誇りに感じております。私は、四条家の伝統を守りたいのでございます。両親にも厳しくしつけられて、この言葉遣いを身につけたのでございます。」
猿渡さんが口を挟んできた。
「俺とはまるで対照的だろ。俺なんて、野郎言葉しか使ってねーからな。」
「猿渡君は、もう少し貴音ちゃんを見習った方がいいわ。」
音無さんの突っ込みにはかなわないのか、猿渡さんも平身低頭だ。
ずずー。音無さんがお茶をすすった。
ここから私と音無さんの二人の会話が始まった。
「さっき、かっこいい男の人に連れてきてもらったでしょ。」
望月さんのことだ。
「はい、とっても優しそうで、さわやかでかっこいい感じでした。そうだよねー千早ちゃん。」
いきなり、話を振られて面食らったのか、千早ちゃんは適当な相槌しか打ってこなかった。何かを考えこんでいるようだ。何を考えているのだろう。
「望月君ね、実は彼ただのイケメンじゃないの。あの有名な望月財閥の跡取りなのよ。」
望月財閥だって!望月財閥といえば、日本を代表する財閥の一つで、グループ企業合わせて50万人の従業員を超す大企業グループじゃないか。
「すごいですね!じゃあ、すごいお金持ちなんですね。」
「そうなのよー。本人は金持ちキャラにされるのをすごく嫌がってるから、あんまり冷やかさないであげてね。」
これは良い!是非、このサークルに参加しよう。そして、望月さんを見事射止めることができたら、私は夢の玉の輿!
「天海さん、今彼のこと狙おうと思ったでしょ。」と音無さん。
どきっ、ばれてる・・・。
「はっきり言っておくけど、ここにいる全員がライバルだと思った方がいいよ。イケメンで優しくて、目が飛び出るほどのお金持ちなんて、そんな漫画みたいな状況、普通だったらあり得ないんだから。」
私は改めてみんなの顔を見合わせた。確かに、彼女の言っていることは嘘じゃない。その眼がすべてを物語っているようだ。
「ごめんね、ちょっと脅しすぎたかな。あたりまえだけど、うちのサークルがいわゆるそういう性質を持ち始めたのは、去年からなのよ。望月君は今大学2年生になったばっかりだから、私も貴音ちゃんも響ちゃんも、それから4年生の先輩方も、別に彼目当てに入部した訳じゃないの。それにね、彼には許嫁がいて、結婚相手も決まっているから。」
「い、許嫁!?」
私は思わず驚いてしまっていた。
「そうそう。信じられないでしょ。もう彼には婚約者がいるって訳よ。だから狙ったって到底かなわないって訳。だからさ、別に彼目当てで入る意味はないのよ。」
確かにそうだよね。もし彼目当てで入部する人が増えていたら、もっとこのサークルのメンバーは多くてもいいはず。でも、今のサークルメンバーは少ない。みんな、本当に純然とテニスをしに来ている人たちなんだ。
「うちのサークルは、実は亜流のサークルなのよ。」
亜流?どういうことだ?
「実は、うち以外にもほかにテニスサークルがいくつか存在しているの。私たちは、そのいくつかあるテニスサークルのうちの一つってわけ。」
どうして分かれる必要があるのだろう。せっかくなら、一緒にやればいいのに。
「そもそもどうして分かれているんですか?」
「それはね、考え方がそれぞれのサークルで違っているからなの。うちはある種何でも屋サークルみたいなところがあって、テニスはおまけみたいなものなのよ。それと、飲み会を前提にしないサークルなの。」
「テニスがおまけって・・・。」
びっくりだ。テニス同好会と言っておきながら、テニスをしないサークルなんて聞いたことがない。
「私たちは、ある種のオールラウンドサークルだと思っているの。もちろん、テニスが好きだから、集まってテニスをすることもあるけど、大半はこの部室で遊んでる訳。」
それはそれで楽しいかもしれないけど、いいのかな?
「それとこのサークルは、いわゆる『飲みサー』にしないっていう目標があるの。」
「飲みサー?」
「そっか。説明しないとわからないよね。この学校のサークルには、飲み会がほぼメインとなっているサークルも結構多くあるわけ。それがいわゆる『飲みサー』。だけど、大学1年生、2年生の子はお酒の飲めないでしょ。ほかのサークルだとあたりまえのように飲んでるけど、それはやめようって。だから、このサークルも2年前に、他のテニスサークルから分かれるような形で作ったわけ。」
なるほど、2年前に作ったばかりだから人が少ないわけか。
「うちのサークルはそんな感じ。興味持ってくれると嬉しいんだけど。」
音無さんが気を引こうとしてもじもじしている。正直なところ、こういう楽しい感じのサークルはありだと思う。あとは千早ちゃん次第かな。
「いいですねこのサークル。私も入りたいかなー。千早ちゃんはどう?」
「ええ・・・。良さそうなサークルね。私も入ろうかな。」
「ありがとう、天海さん、如月さん、私たち歓迎するわ。」
音無さんが深々と頭を下げた。
「よろしくだぞー。」
「よろしくお願い申し上げます。」
「ちーす、よろしく。」
我那覇さん、四条さん、猿渡さんがそれぞれ挨拶してきた。雪村さんだけが無言だった。
それから私たちはトランプに混ぜてもらい、時間をつぶしていた。そうこうしているうちに新しい女の子が、ばらばらに4人入ってきた。最初は2人組で入ってきた。
萩原さんという色白の女の子と、菊池さんというボーイッシュな感じの女の子だ。その後に、星井さんというキラキラした金髪が特徴的な、セクシーな感じの女の子と、水瀬さんというパッツン髪のロリっぽい女の子が入ってきた。みんな、このサークルに入りたいのだという。
「なんだよ、連れてくるのは女の子ばっかりだな。さすがは望月、あいつについてきて正解だったぜ。女の子が増えるのなら、大歓迎!」
なんて猿渡さんが言ってたけど、このサークルに誘い込まれた人が全員女性だったって考えると、やっぱり彼の魅力は相当すごいのだろう。
「じゃあ、新歓飲み会は今日の午後7時から高幡不動でやるからね。みんな、6時45分には、駅に集合ね。」
締役に徹した音無さんが最後にそう述べて、私たちはいったん解散することになった。時間ができた私たちは大学から離れて、自宅近くのカフェで時間をつぶすことになった。
「千早ちゃん、あのサークルで何か気に入らないことがあったの?ずっと浮かない顔してたけど。」
カフェでホットコーヒーをすすりながら、私は千早ちゃんに話しかけた。
「うんうん。別にそういうわけじゃない。あのサークルは良いと思うわ。多分、大学時代も勉強とバイト漬みたいになるだろうから、あれくらい気が抜けそうなサークルの方が、私もちょうどいい。だけど・・・。」
「だけど?」
「私たちを部室まで送ってくれた望月さんって覚えてる?」
もちろんだ。あんな優しそうでイケメンな人を忘れるはずがない。
「覚えてるよ。いい感じの人だよねー。それでいてお金持ちなんだから、本当に言うことなしだよね。」
「彼なんだけどね・・・前に話した、私の初恋の人にそっくりなの。」
えっ・・・。
「そうなの?たしか・・・加藤君だっけ。」
「そう。でも、多分別人だと思う。だって、私と彼は同級生だったのよ。私たちは別に浪人したわけじゃない。だけど、彼は一年先輩。だから、多分別人。」
「じゃあ、気にすることないじゃない・・・あ、まさか初恋の人に似ているから惚れたとかそんな感じ?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど、ちょっと気になっちゃって。彼のこと。」
本当にそうなんだろうか。
「ねえ、春香。春香は彼のこと好きになっちゃったの?」
そう聞いてきた千早ちゃんの表情が、少し真剣みを帯びていることに気が付いた。
「いやまさか。別にかっこよくてお金持ちならだれでもいいってわけじゃないし・・・。彼には許嫁がいるんでしょ。じゃあ無理じゃない。ちょっといいなって思っただけで、好きってなったわけじゃないから。」
多分実際そうなんだろう。確かに彼はかっこいい。かっこいいから、ズキュンと来た。きっとそれだけだ。優しそうでかっこよくてお金持ち。普通に考えれば、誰もがうらやむような状況。それを「良い」と思わない方がおかしい。
「そう。なら安心。」
千早ちゃんはほんのりと笑顔を見せた。
私は気になっていた。千早ちゃんがさっきからモヤモヤしている様子を見ると、彼の存在は千早ちゃんに相当強いインパクトを与えているらしい。
「春香、これは私からの提案なんだけど、私たち、望月さんにはあまり近づかない方が良いかもしれない。」
「どうして?」
千早ちゃんは、コーヒーに口を付けた後に答えた。
「春香は、あの人を好きにならないって自信はある?」
自身はあるか、と聞かれても、そんなことは分からない。
「そんな先のことは分からないよ。」
「だからよ。彼に近づいて好きになってしまったら、きっと苦しむわよ。だって、彼への恋は絶対に叶わないんだから。」
何だか千早ちゃんの様子がおかしいように感じる。千早ちゃんは、まるで私が彼に恋することを前提に話しているみたいだ。
何となくだが、千早ちゃんは、自分の気持ちを抑えようとしているのではないだろうか。私に警告を発する形で、自分の心に戒めを与えようとしているのではないか。
「だから。私たちはあのサークルには入るけど、彼からは遠ざかった方がいいと思う。それが自分の身を守る方法なのよ。あるいは・・・いっそのことこのサークルには入らない。それなら、望月さんのことを気にする必要はなくなる。どうかしら。」
確かに、それもありかもしれない。私たちだってすべてのサークルを見て回った訳ではない。他にも面白そうなサークルはいくつもある。ここのサークルにこだわる必要は何もないのだ。でも・・・。
「ねえ、千早ちゃんの方はどうなの?望月さんを好きにならないって確証はある?」
千早ちゃんは少しそっぽを向いていたが、しばらくしてこちらに向き直って答えた。
「自信がないから・・・提案しているんじゃない・・・。」
千早ちゃんは戸惑っているようだった。
私は、どんなだろうか。あのサークル室に入ってみた感想としては、すごく面白そうという印象を持った。みんな和気あいあいと思い思いのことをできて、凄くうらやましいと思ったのだ。
他のサークルにも面白そうなものはあったが、私はここに入りたい。このサークルなら、私たちの大学生活は、きっと面白いものになりそうな気がする。
「私はこのサークルに入りたいかな。だって、さっき見たでしょ。みんなすごく楽しそうに遊んでた。ただ遊んでいるだけでいいサークルなんて、私にとっては夢みたいだよ!」
千早ちゃんは少しはにかんだ。
「一応テニスがメインなはずだけどね。」
「それに、もし好きになっちゃったとしても、手の届かないところだって分かっているんだから。芸能人を好きになるようなもの。最初からあきらめていれば、何の問題もない。千早ちゃんはどうなの?」
千早ちゃんは、コーヒーに口をつけ、私から少し目を逸らした。やっぱりそうだ。千早ちゃんは、彼のことが気になっている。あれほど口酸っぱく私に警告していたけど、実際は自分の心に対して警告を発していたのだ。
「私も・・・参加してもいいと思う。仮に好きになっても、きっと諦められるわ。春香の言う通り、望月さんは芸能人と同じ。追い求める方が馬鹿げているんだわ。」
もし好きになってしまっても諦めるしか方法はないのだ。我慢すればいい。私はきっと我慢できる。たいていのことは我慢してきたんだから。
「よし、それじゃ決まり。新歓は、今日の午後6時45分に高幡不動の駅に集合だったよね。」
「そうよ。」
「じゃあ、もう少しここでのんびりコーヒーを飲んでいこうか。入学式やら何やかんやらで疲れちゃったし。」
千早ちゃんも笑顔で応じた。