第3節 新人歓迎会
私たちは6時ころまでその喫茶店でゆっくりと休むことになった。そして、6時45分に高幡不動の駅に集合し、午後7時から飲み会が始まった。
「じゃあ、みんな注文取ってね。あっ、20歳超えてない人はノンアル以外だめよ。」
今日の新歓は音無さんが、幹事みたいだ。音無さんが仕切っている。
私の隣には、同じく新入の萩原さんと菊池さん、そして正面には望月さんが座っていた。その隣には、京極さんと猿渡さんである。
「望月、お前やるな!こんなかわいい子ばっかり連れてくるなんて。今年はお前に新歓任せて正解だったぜ!」
猿渡さんが望月さんに絡んでくる。
「そんなことないよ、克也も頑張ってたし。」
克也とは、京極さんのことみたいだ。
「あたぼうよ!俺が6人とも連れてきたようなもんだからな。」
嘘だ。少なくとも私は、京極さんは柄が悪くておびえてた。京極さんが誘ってたら、全速力で逃げてた自信がある。
「うそつくんじゃねーよ、お前じゃ一人だってつれてこれねーって。」と猿渡さん。
「んだと!」
「おいおい、ケンカしないでよ二人とも。今日はおめでたい席なんだから。」
さすがに望月さんがたしなめた。
「君、名前なんて言ったっけ?」
猿渡さんが萩原さんに声をかけた。
「私ですか・・・私は萩原雪歩といいます。」
「へえ~、雪歩ちゃんか。雪歩ちゃんかわいいね。名前の通り、肌も透き通っていて、きれいな感じだ。何学部なの?」
「えっと、文学部です・・・。」
そう言えば、サークル室にいた時には、お互いほとんど話をしなかったな。萩原さんは私たちとは違って文学部なのか。
「おっ、奇遇だね。俺も文学部なんだよね!雪歩ちゃん、何か趣味ってあるの?」
萩原さん、何だかもじもじして、下の方を向いている。何か答えづらいのかな。
「えっと・・・私、日本茶が好きで・・・。」
「おおそうか!日本茶か!いやー俺も日本茶が大好きでね。あれだろ、緑茶だろ。」
「・・・・・」
黙り込んでしまった。
「おいおい、隼人、彼女怖がってるじゃないか。いきなりそんな質問責めにしたらだめだよ。」
すかさず望月さんがフォローした。
「ごめんね、萩原さん。こいつかわいい女の子には見境がなくなるから。あっ、でも基本的にはいいやつで、安全な方の人だから、心配しなくていいよ。」
「・・・はい。」
萩原さんは人見知りなのかな。
こっちからも少し話しかけてみるか。
「萩原さん、だよね。」
「はい・・・そうです。」
「私は天海春香。これからよろしくね。」
「はい・・・よろしくお願いします・・・。」
かき消されてしまいそうなほどか細い声だ。
「萩原さんは、どうしてこのサークルに?」
「えっと・・・一緒に来てる真ちゃんに連れられて・・・。」
そういうと、萩原さんは私の一つとなりを見た。菊池さんは、千早ちゃんや我那覇さんとかとしゃべっている。
「二人は仲良いの?」
「はい・・・私たち同じ高校だったんです。中帝大学の付属校の中帝高校出身なんです。」
「そうなんだ!偶然だなー。私もあそこに座ってる千早ちゃんと同じ高校だったんだよ。」
そう言って千早ちゃんを指さした。
「えっ、そうなんですか?同じ中帝出身だったんですか?」
「いや、違うよ。地方の高校に行っててね、それで同じ大学を受験したら、受かっちゃったってこと。」
「へー、すごいんですね。もともと二人は仲良かったんですか?」
「まあね、酸いも甘いも一緒に経験したって感じかな。萩原さんもそうなの?」
「ええ、まあ。あんまりつらいことは経験してないんですけどね。」
私は笑った。
「辛いことなんて、あんまり経験しない方がいいに決まってるよ。萩原さん、テニスはしたことがあるの?」
「実は・・・全くなくて。私・・・運動苦手なんです。」
「えー!そうなの?大丈夫?」
「私もそれが心配なんです。ただ音無さんが『普通に遊んでいるだけでいいから』っていうから、入ろっかなって思ったんです。真ちゃんもついてきてくれてるし。あっ、真ちゃんはスポーツが得意なんですよ。」
そう言って、菊地さんを指さして笑顔を見せた。初めて見る萩原さんの笑顔だ。
「へー、萩原さんって菊地さんのこと好きなんだね。」
「えっ?」
何だか面食らったような表情をされた。誰でもわかりそうなんだけど。
「まあ、うん。真ちゃんはかっこいいからね・・・。」
お酒を飲んだわけでもないのに、頬が赤くなった。どうやら、この子はわかりやすい子のようだ。
「天海さんはどうして、このサークルに?」
本当は望月さんが気になって、ホイホイついて行ったっていうのが真相なのだが、そう言うわけにはいかない。千早ちゃんと約束したばかりだし。
「千早ちゃんと決めてたんだよ。大学に入ったら同じサークルに入ろうって。それで、いろいろとみてたんだけど、テニスっておもしろそうだなって話になって、部室について行ったら、和気あいあいとしていて楽しそうなサークルだなって思ってね。だから入ろうと。」
「へえー、そうなんだ。二人とも運動得意なんですか?」
「いや・・・普通かな。私が何か運動系のサークルに入りたいなって思ってて。それで、千早ちゃんもついてきてくれた感じかな。」
「そうなんですか、やっぱりすごく仲がいいんですね。高校時代は何か部活動していたんですか?」
高校時代の部活動の話か。あんまり過去のことは触れたくないんだけどな。とはいえ、嘘もつきたくない。
「実は・・・私高校時代は何も部活やってなかったんだよね。バイトと受験勉強が忙しくてね。萩原さんは?」
嘘じゃない。実際そうだったのだ。何も嘘はついていない。
「私は茶道部に入ってました。」
なるほど、お茶好きだし、これは納得。
その時、注文していた飲み物が一斉に届いた。幹事やその周辺が慌ただしく、飲み物を配っていく。
「はーい、じゃあみんなもう飲み物そろったよね!」
音無さんが声を上げた。どうも、みんなに飲み物がいきわたったようだ。
「それじゃ、今年の中帝大学テニス同好会の新人歓迎会を始めたいと思います!新入生のみなさん、今日はうちの新人歓迎会に来てくれて本当にありがとう!今日は、お金のことは気にしなくていいから、じゃんじゃん食べて飲んで楽しんでいってくださいね。あと、3年生以上の人、20歳未満にお酒勧めちゃだめだからね!特に、猿渡君!」
「はーい」と猿渡さんがいやいや答えた。それにみんながくすくす笑っている。
「じゃあ、堅い話はこれくらいにして、そろそろ乾杯しちゃいましょう!みなさんグラスを持って。」
みんなが一斉にグラスを持った。
「かんぱーい!」
一斉に「かんぱーい」という声がこだました。
「ごめんね、萩原さん。話途中になっちゃったよね。高校時代は茶道部に入っていたんだよね。なんか萩原さんおしとやかそうだし、とてもイメージに合っている感じだね。」
私が萩原さんをほめると、彼女は照れ臭そうに下を向いた。
「そんなことないんです。私・・・実家が厳しくて。門限とかもあったりしたから・・・。それでこんな感じになっちゃったんです。」
「へえー、そうなんだ。今も実家に住んでるの?」
「そうなんです。だから、今日もそんなに長くは残れないかも。」
「そうなんだ、大変だねー。」
そう言えば、私も高校時代はある意味門限制だった。学校が終わったらすぐに家に帰って家事をやらなくちゃいけなかったんだから。
「春香ちゃんだっけ?君かわいいよね。」
京極さんが私に話しかけてきた。
「ありがとうございます。」
返す言葉が見つからないので、とりあえずそう返しておいた。
「隣にいるこいつ知ってるか?望月俊って言ってな、かの有名な望月財閥の跡取りなんだぜ!」
「はい!サークル室で音無さんから聞きました!」
隣にいた萩原さんがとても驚いたような表情を見せた。
「おいおい、よしてくれよ。」
望月さんが少し迷惑そうだ。
「いいじゃないかよ、もう周知の事実なんだし。」
「えっ、なになに?何かあったの雪歩?」
萩原さんの驚いた声を聴いて、今度は菊地さんが萩原さんに声をかけた。
「えっ、言っちゃっていいんですか?」
萩原さんが上目遣いで、望月さんに確認している。
「まあ、別に隠しているわけじゃないから、いいよ言っちゃっても。」
「実はね真ちゃん、望月さんって、あの望月財閥の跡取りなんだって。」
「えー、そうなんですか!?」
菊地さんは、萩原さんよりもオーバーリアクションを見せた。さすがにそれにほかの人も反応して、早くも大騒ぎとなってしまった。
「こいつに任しておけば、俺の就職も安泰だからな。
望月さんの隣にいた猿渡さんがそう言って割り込んできた。
「おいおい、就職の話は保証できないって言ったろ。」
望月さんは少し困り顔だ。
「まあまあわかってるって。別に望月財閥の本社に入れてくれって言っているわけじゃないんだ。関連会社の末席でもいいから席を置いてほしいって話だよ。」
「それも含めて保証はできないよ。まあ、善処してみるけどね。」
「あと俺の分も頼むぜ。」
京極さんも話に割って入ってくる。やっぱり、望月さんってすごい人なんだ。
そうした中で、水瀬さんが突然声を上げた。
「あー、あなた前舞踏会で一緒だった人じゃない!」
望月さんが水瀬さんの顔をまじまじと見つめた。
「水瀬・・・もしかして、水瀬財閥のご令嬢ですか?」
えっ!という声が一斉に沸き立った。
「ええ、まあ、そうなんだけど・・・。」
何だか水瀬さんはしまったという表情を見せている。水瀬財閥のご令嬢っていったいどういうことなんだ?
「その節はお世話になりました。」
望月さんは笑顔でクールに返す。だが、それでは当然周囲は収まりつかない。
「水瀬財閥のご令嬢ってどういうことか、説明してくれよ。」
京極さんがすぐにかみついてきた。
「彼女は、水瀬伊織さんって言って、文字通り水瀬財閥トップの娘さんっていうわけだよ。そういえば、何年か前の舞踏会で、一緒にダンスをしたんだっけな。懐かしいなー、まさかこんな形で再開することになるとは思わなかったんだけど。」
おいおい、まじかよ。財閥関係者が2人もいるなんて。
「あなた、前はダンス下手だったよね。全然リードできてなかったし。」
水瀬さんが望月さんにかみついた。
「その節はご迷惑おかけしました。ただ、あれから練習したから、今は上達しているはずだよ。何なら、今夜一緒に踊りませんか。」
水瀬さんは少し恥ずかしがって「いいわよ、そんなの。」といって、お茶に口を付けた。
「何だか、すごいことになってきたわね。財閥のご子息にご息女がそろっているなんて。」
音無さんが、あっけにとられて感想を述べていた。
「水瀬さん、お近づきの印に俺とダンスしませんか?」
さっそく猿渡さんが絡んできた。
「ごめんなさい、私チャラい人苦手なんで。」
だが、水瀬さんは物おじせずにピシャリと一蹴。もしかしたら、勝気な人なのかもしれない。
その時、コース料理の枝豆とポテトが出てきた。私たちは、コース料理のお皿をどんどん奥の方へと順送りしていった。どうやら、ここで話題は一区切りできたらしい。
しかし、水瀬さんがいる島の方では、どうも話題が水瀬さんのことに集中しているらしい。
私は望月さんのことをもっと知りたいと思った。こっちから話しかけてみようか。
「あの、望月さんって・・・その・・・何か趣味はありますか?」
「うん?趣味か・・・。そうだね、やっぱりテニスが好きかな。」
そうなのか。やっぱりテニスが好きだからこのサークルに。
「こいつ、ただ金持ちでイケメンなだけじゃなくて、スポーツも万能だし、勉強もよくできるんだよ。」
京極さんがそう述べた。
「よしてくれよ、恥ずかしいよ。」
とはいえ、望月さんもまんざらでもない様子だ。そういえば、この3人はどういうつながりなんだろう。
「あの、望月さんと京極さん・猿渡さんのご関係は?」
「関係ね・・・まあ、一言でいえば腐れ縁かな。」
「あっ、それひどくない?」と京極さん。
「ていうのは冗談で。高校のころのテニス部からの間柄なんだよ。」
「へえー、望月さんとお二人さんって同じ高校だったんですか。」
「そうだよ。中帝附属高校の出身でね。」
そうなのか。萩原さんや菊地さんとは別の附属校出身なのね。それにしても、望月さんと、あとの二人、何だか全然合ってない。望月さんは大人しそうで、やさしそうな人なのに、京極さんと猿渡さんは、どう見てもチャラ男系。少し気になるところではあった。
「あとは、テレビゲームも好きかな。」
なんだ、結構庶民的なところがあるんだ、少し安心した。
「へえーそうなんですね。確か部室にゲーム機がいくつも置いてありましたけど、あそこでいつも遊んでるんですか?」
「そうだね。あれ全部僕が持ち込んだものだからね。」
えっ、そうなの?結構たくさんあったけど。やっぱり普通の人じゃないのかも。
「そうそう、こいつ結構なゲーマーなんだよ。おまけに強いから。」と猿渡さん。
「天海さん、テレビゲームはする?」
正直な話、テレビゲームはほとんどしたことがない。そもそも買ってもらえるような経済状態じゃないし。興味もなかった。友達の家に遊びに行ったときに1回やっただけだ。
「いや、ほとんどしたことないんです。」
「じゃあ、せっかくうちに入ったんだし、やってみようよ。結構、面白いよ。」
「まあ、お手柔らかに。」
私はポテトを一つまみして、口に運び、そしてお茶を一口。
「望月さんはどうしてこっちのサークルに入ったんですか?望月さんだったら、本気でテニスできる方のサークルもあったと思うんですけど。」
「ああそれはね・・・単純にこっちの方が面白そうだったからだよ。こっちなら、テニスもできるし、ゲームもできるし。日常の息抜きにはちょうどいいからね。」と笑いながら答えた。
「財閥の跡取りっていうのも、結構大変みたいでさ。今も親御さんの仕事手伝ってるんだろ。」と京極さん。
「まあね、大したことはしてないんだけど。一応、肩書も持ってるんだよ。」
そう言って、望月さんは1枚の名刺を取り出した。そこには、望月商事社員の方書が書かれていた。
「すごい!望月さんって商社マンなんですね。」
「本当に形だけだよ。将来のことを考えて、実務に慣れておけって父さんから言われてて。今はアルバイトみたいな感覚だね。」
「じゃ、大学生活をしながら、会社でも働いているって訳ですね。すごいなー。私絶対まねできないと思う。」
望月さんは本当に照れているみたいだった。
「天海さん、法学部だよね。僕も法学部だから、何か困っていることがあったら、僕に相談してよ。過去問くらいなら渡せると思うから。」
「ありがとうございます!試験前には、ぜひ活用させてください。」
「うん。任せてよ。」
望月さんが枝豆を口に運ぶ。
「僕の話はこれくらいでいいと思うんだけど、次に天海さんの話を聞かせてもらえる?」
私の話か。どんな話が飛び出してくるのやら。
「まず、出身は東京?」
「いや、地方です。富山出身なんです。」
「そうなんだ。じゃあ大変だね。今一人暮らしでしょ?」
「ええ、まあそうなんですけど。あそこにいる、千早ちゃんと一緒にルームシェアしてるんですよ。」
望月先輩は、私が指を差した方向を一瞥した。千早ちゃんは、水瀬さんの話に耳を傾けているようだ。
「それはすごいね!今日誘ったときにも一緒にいたけど、二人は友達なんだ。」
「はい、その通りです!」
「うらやましいなー。僕にはそこまでできる友達はいないからなー。克也と隼人は、腐れ縁だし。」
直ちに隣のやかましい二人が反論した。
「ちょっと、それはないぜ。」
「そうだぞ。」
「はいはい、失礼しました。お金とか結構厳しいんじゃない?」
「いや、確かに厳しいと思いますけど、何とかなると思いますよ。奨学金ももらったし、バイトもしているし、ルームシェアなんで賃料半分で済みますから。それと・・・せん・・・じゃなくて、実家・・・の方からの支援もありますし。」
危ない危ない。危うく「先生」と言ってしまうところだった。気づいたら、千早ちゃんがこちらを一瞥していた。危うい言動に反応したのかもしれない。
結局、私たちは、秋月先生の学資援助を受けることにしていた。そのおかげで、東京での自活には問題ないくらいの資金は確保できていたのだ。
「そっかー。なら安心だね。一人暮らしだとお料理とか大変じゃない?まあ、二人で住んでいるなら、それなりに大丈夫なのかな?」
ここはアピールポイントかな。
「私も千早ちゃんも、料理は得意なんですよ。昔から親の料理の手伝いをやってましたから。」
ということにしておこう。
「そうなんだ!僕なんて実家暮らしで、料理は全てメイドさんが作ってくれるから、自分では何にもできないんだよね。うらやましいなー。得意料理とかってある?」
「そうですね・・・。得意なのは肉じゃがとか、カレーライスですかね。料理って時間かければ良いものが作れるんですけど、あんまり時間取れないから、、どうしてもすぐできて、みんな好きなこういうものに集中しちゃうんですよね。」
これは真理だと思う。大学時代になれば、時間ができて、もっと凝った料理も作れるようになるのかもしれないけど、昔の私じゃちょっと無理だったから。
「その気持ちわかるわ。最初は普通に料理作ってたんだけど、だんだん面倒になって、スパゲッティゆでるだけとかそんなのになっちゃうんだよな。」
京極さんが話に割り込んできた。猿渡さんも共感している。
「お二人は、一人暮らしなんですか?」
「そうだよ。実家じゃ彼女も呼べやしないからな。というか、実家から大学までちょっと距離あったし。」と猿渡さん。
「まあ、男たるもの高校卒業したら自立しなくちゃな。もう親と一緒に住むのはごめんだぜ。でもお前、彼女いないだろ?」と京極さん。
「彼女いないは余計だろ。」
「やっぱり、親と住むのは嫌なんですか?」
思わず口走っていた。正直、私には親というものがよくわからない。秋月先生と過ごした1年半は幸せだったけど、それはある種特殊な「家族」の形であって、両親がいて、その両親と普通に過ごす生活というのは、私には体験がなかったからだ。
「親がうるさいんだよ。いちいち、勉強しろとか、家事手伝えとか。だから、高校卒業して家を出て行ったわけ。」
「ふーん」
本当はもう少し聞いてみたかったが、これ以上話すのは躊躇われた。何だかぼろを出してしまいそうな気がしたからだ。
ようやく、メインの料理が出てきた。今日は和風テイストのコースみたいだ。サーモンのカルパッチョサラダに串焼き、それとシンプルな卵チャーハンだ。
またしてもお皿を順々に送ると、チャーハンを望月さんが取り分けてくれた。
「ありがとうございます。」
「いいんだよ、今日は主役だしね。」
「ついでに俺らのもよろしくね。」
「はいはい、分かってるよ。」
望月さんが手際よく、二人の分までよそってくれた。
「えっと、萩原さんだよね。」
今度は望月さんが萩原さんに声をかけた。
「は。はい・・・。」
「どう、このサークル。お気に召したかな?」
「はい・・・とってもいい感じだと・・・思います。」
どうもしどろもどろな感じだ。望月先輩の顔を見ずに、ずっとうつむいてしゃべっている。
「萩原さんは何学部なんだっけ?」
「・・・文学部・・・です。」
「そっか、じゃああまり接点がない感じだね・・・。さっき、ちらっと聞いたんだけど、萩原さん日本茶が好きなんだってね。実は僕も日本茶は好きなんだよね。
「はい!そうなんですぅ!私、日本茶の中でも宇治茶が好きで・・・」
どうやら萩原さんは本当にお茶が好きなようだ。いきなりテンションが上がったし・・・。
望月さんと萩原さんがお茶トークに入ってしまったので、私は隣の菊地さんに反しかけてみることにした。彼女とも、さっきの部室ではほとんど話さなかったからだ。
「菊地さんでいいんですよね?」
私の呼びかけに彼女も気づいたようで、こちらを向いてくれた。
「そうだけど、えっと、あなたは・・・たしか。」
「天海春香です。菊池真さん?」
「あっ、そうだそうだ。天海さんだ。ごめんね、まだ名前が憶えられてなくて。」
「うんうん、良いんです。菊池さんのことは、萩原さんから少し聞いていたし。お二人は、結構ラブラブなんですね。」と少し冗談めかしく言ってみた。
「そうなんだ、なんか照れるなー。」
「菊地さんは、運動が得意なんですよね。テニスとかやってました?」
「いや、テニスはやったことがないんだよね。ただ、せっかく大学に入ったことだし、今までやったことのないスポーツをやってみようかと思ってね。今までは、ずっと空手ばっかりやってきたから。」
すごい。空手をやってきたのか。確かに、女の子だけど体はしっかりしている感じだ。
「へえーすごいですね。かっこいい!空手が好きなんですか?」
「いや、まあそういうわけでも・・・。」
あれ、違うのか。言い淀んでしまった。
「父親が、男の子が欲しがってたんですけど、結局女の子しか生まれなかったら、ボクのことを男の子に育て上げようとして、こんな感じに。」
つまりは、親のエゴだったということか。それもそれで可哀そうだな。
「そうなんだ。でも、菊地さん、女の子にもてるでしょ。」
実際、もうすでに好感を持ってる子がいるしね。
菊地さんは頭をかきながら、照れ笑いを浮かべた。
「そうなんだよねー、バレンタインデーでもこっちがあげるためにチョコを作ったのに、結局、他の女の子からもらいすぎで、たくさん抱え込んじゃって、何日にもわたって食べなくちゃいけなくなったり・・・。」
それはそれで恐ろしい光景だな。
「天海さんって、少女漫画とか読む趣味ある?」
少女漫画?確かその名の通り、女の子向けに描かれている漫画のことだったよね。
「いや、ないよ。どういう漫画なのかな?」
「少女漫画って言うのは、簡単に言うと、男女の恋愛漫画みたいなものかな。王子様みたいなかっこいい男の人が、ヒロインの女の子とイチャイチャするわけ。そういうのを見てると、『あ~私も、こんなかっこいい王子様に抱かれたいな~』って思うわけ。それがたまらなくキュンってなるんだよ。」
「へえー、面白そうだね。今度読んでみようかな。」
「よかったら、ボクが持ってるのを貸そうか?知ってるかな、『ベルサイユのバラ』とか。」
確かに名前は聞いたことある。確かフランス革命期を扱った話のような気がしたけど。
「名前は知ってる。内容はあんまり知らないけど。」
「これも話すと長くなっちゃうんだけど・・・」
菊地さんは『ベルサイユのばら』の話をし始めちゃった。私は、チャーハンを食べながら、彼女の話に耳を傾けることにした。
5分くらいして、彼女の話は終わった。
「どう?興味持ってくれた?」
正直、話半分で聞いていたので、あまり内容を覚えていないが、とにかく歴史を舞台とした恋愛漫画ということはわかった。
「天海さんの趣味って何かな?」
「私?私の趣味は、読書かな。」
「おおっ。いいね。どんな小説を読んでるの?硬派な純文学とか?」
「いやいや、そんな大層なものは読まないよ。いつも読んでいるのは、推理小説とかが多いかな。読みやすいし、話に引き込まれるから結構面白いんだよね。東野圭吾作品とか、面白いし、入りやすいからおすすめだよ。」
「へえー、そうなんだ。ボクも推理小説はあんまり読んだことないから、ぜひ読んでみたいな。」
「そうだ。菊地さんが少女漫画を持ち込んで、私が推理小説を部室に持ち込めばいいんだよ。そうすれば、部室でゆっくり読むことができるじゃない。」
我ながら名案だと思った。望月さんがゲームを持ち込んでいるくらいなんだから、それもOKなはず。
「どうですか?音無さん?」
「えっ、そうね・・・。まあ、多少汚れちゃったりなくなったりしちゃうかもしれないけど、それでもいいなら別に禁止したりはしないわ。」
ということで、部長のお墨付きも得られたし、今度持ってくることにするか。
ガラガラ、突然宴会場の扉が開いた。
「ごめ~ん、遅れちゃいました~。」
そこにいたのは、今日テニス同好会の勧誘にあったときに一緒にいたボブカットのきれいな女性であった。そして、やたら巨乳だ。
「あっ、あずささんやっと来ましたね。ささ、座ってください。」
あずささん、と呼ばれた女性は音無さんの手招きで、音無部長の隣に腰を下ろした。薄手のコートを脱いで、ハンガーに引っ掛けた。
「えー、みなさん聞いてください。我らがテニス同好会のアイドル、三浦あずささんが到着しました!」
音無さんが、全員に向かって呼びかけた。みんなが万雷の拍手を以て迎える。
「いや~もう、大げさにしないでよ~。」
「新入部員の諸君、聞いて驚け!なんとこの方、三浦あずささんは、今有名雑誌のモデルの仕事をしているんですよ!」と音無さんが喝破する。
モデルの仕事!?確かに、通りで美人だと思った。
「大したことないんですよ~雑誌の二~三ページに載せてもらっているだけですから~。」
いやいや、雑誌に載っているだけですごいですって。
「今日も撮影があって遅れたんですよね。」
音無さんが三浦さんに話しかけた。
「いや~、撮影所からの電車の乗り継ぎが上手くいかなくて~。」
「あれ撮影自体は早く終わったんですか?」
「ええ、2時間前に。」
2時間前!
「撮影場所はどこだったんですか?」
「青山です~。」
「あずささん、また迷ってたんですね・・・。青山からここまで、大江戸線と京王線で1時間近くで来れるはずですけど・・・。」
「はい~、遅れてすみませ~ん。」
どうも三浦さんは、方向音痴みたいだ。まあ、せっかくだし話しかけて、美の秘訣でも聞いてみようかな。
「今日の勧誘で望月さんや京極さんと一緒にいたのって、三浦さんなんですか?」
「そうなんです~。本当は男の子を色気で誘う役目があったんですけど~、二人の方がお上手だったみたいで~。」
今日の勧誘成績は、男子0人・女子6人なので、三浦さんが言う通り、望月・京極ペアの圧勝ということになる。
「でも俺たちの目の保養にはなったから良かったよな、望月。」
京極さんがまた話に割り込んできた。どこからでも入ってくるなこの人。望月さんは、苦笑いを浮かべていた。
「あずささんは、もう4年生で、実質的には引退されているんだけど、時々時間を練って、こうやって私たちのところに来てくれているんですよ。」
「はい~。就活も終わったので、こうやって遊びに来て暇をつぶしているんです~。」
なんか音無さんと言っていることが違うような・・・。
「ちなみに、差支えがなければ、どこに就職決まったか教えてもらえますか。」
「はい~、765プロダクションとモデルの専属契約を結びまして~、そこでモデルとして働くことに~。」
すごい!やっぱりモデルさんになるんだ。
「おめでとうございます。すごいですね!」
「ありがとうございます~。ただ、ずっと続けるつもりはないんですよ~。」
「あれ?そうなんですか、あずささん」
音無さんも知らなかったみたいだ。
「私はお嫁さんになるのが夢で~。芸能界に入るのも、自分にとっての運命の人を探すのが目的なんです~。」
「そうだったんですね、知らなかった。」と音無さん。
「まあ~、もう一人候補を見つけてますけどね。」
そう言って、三浦さんは望月さんの方を一瞥した。なるほどね、そういうことですか。多分、三浦さんが足繁くこのテニスサークルに顔を出す理由も恐らくそういうことなんだろう。
でも、三浦さん、彼には許嫁がいること知らないのだろうか。
「じゃあ、そろそろ席替えしますか。おんなじ人ばっかりだとつまらないだろうからね。」
そう言って音無さんは立ち上がって号令をかけた。
「はーい!じゃあそろそろ席替えターイム!真ん中から、右側4分の1と左側4分の1を場所チェンジね!」
私たちは音無さんの号令を受けて、席を交換した。真ん中から左右が交換されたので、私は千早ちゃんが座っていた席に移ることになった。隣には相変わらず萩原さん。正面には望月さん、そして京極さんだ。私のもう一つ隣には、今日まだあまり話したことがない水瀬さんと、星井さんそして雪村さんがいた。
誰から話しかけようか。雪村さんは、どういうわけか黙り込んでいる。水瀬さんは、散々質問責めにされたせいか、何だか不機嫌っぽい。あとは、今にも眠ってしまいそうな雰囲気の星井さんしかいなさそうだ。
「あの~星井さんですよね。」
「う~ん、そうだけど。あなたは誰だっけ?」
「私は、天海春香です。」
「ミキは、星井美希なの。よろしくね。」
何だか独特なしゃべり方をする子だな。
「星井さんは、どうしてこのサークルに入ったのかな。やっぱり、テニスが好きだから?」
「うん?うーん、なんとなく、楽そうだったから。」
何だか要領を得ない。
「テニスは得意なんですか?」
「うーん、テニスなんてやったことないから分からない。」
「じゃあ好きなんですか。」
「別に。さっきも言ったでしょ、楽そうだから入っただけ。」
私確信しましたよ、この子多分頭緩い子なんだ。望月さんと京極さんは、どうやって勧誘してこの子を引き入れたんだろう。
「そこの人が、『このサークルは寝ててもいい』って言ってたから。だからミキ入ったんだよ。」
そこの人とは京極さんのようだ。それで誘い込めるのもすごいな。
星井さんは、何だか寝てしまいそうだ。しょうがないから別の人に声をかけることにしようか。
「えっと、水瀬伊織さんですよね。」
水瀬さんは頬杖をついてつまらなそうにしている。というよりかは、散々質問責めに遭って、うんざりしている様子だ。
「ええ、そうよ。」
「す、すごいですね~。水瀬財閥のご令嬢だななんて。」
どうやら、今彼女にとって一番言われたくない単語を言われたらしい。明らかに不機嫌な態度を取られた。
「みんな、そればっっっかり。みんな私じゃなくて、その背後にある水瀬しか見てないんだわ。」
いきなりまずいことを聞いてしまったみたいだ。ここは水瀬さん本人の話をしないとだめみたいだ。
「水瀬さん、ご趣味は何ですか?」
「いきなり何なの?ここはお見合いか何かかしら?」
皮肉で返されてしまった。取って付けたような感が丸出しだったのがいけないのかも。
「私は読書が趣味なんです。推理小説とか好きで、最近だと東野圭吾作品がおすすめですよ。水瀬さんは読書とかします?」
さすがにこれには水瀬さんも反応したようだ。
「海外旅行とショッピングと食べ歩き」
「えっ?」
「えっ、じゃないわよ。私の趣味。悪い?金かかる感じで。」
確かにお金は相当かかるだろう。正直、私は海外旅行なんて行ったことないし、ショッピングだって「ウインドウ」だけだ。食べ歩きはできそうだけど、体重の関係からやっていないのだ。
「いいですね。海外旅行とか、どこに行くのが好きなんですか?」
「大抵、家族と行ってるから、自由に行先は選べないけど、ハワイとかグアムは好きね。ハワイなんて、アメリカの癖に日本語が通じるのよ。だから、ちょっと豪華な湘南に行ったみたいで結構楽しいのよ。あんた、ハワイに行ったことは?」
「いや・・・。私海外旅行したことなくて・・・。」
「はっ、話にならないわね。じゃあショッピングは?」
「ウインドウショッピングならするけど。」
「実際に買ったりはしないの?」
「そこまでお金ないし・・・。」
「あっそう。」
何だか会話が続かない。星井さんとは別の意味で会話が続かないのだ。
「あっ、そうだ。私食べ歩きはしないんだけど、友達とよく喫茶店にはいくんだよ。あそこにいる、如月千早ちゃんっていうんだけど。さっき話してたでしょ。」
「ああ、ずっと黙って私の話を聞いていた人ね。」
「何か話をしたんじゃないの?」
「別に。ほかの人から質問責めになっている私を黙って見ていただけよ。あとは、そこの菊地さんって人と話していたけど。」
「水瀬さんは喫茶店にはいく?」
水瀬さんは少し考えたような表情を浮かべた。この話には少し関心があるのだろうか。
「そうね・・・まあ行く方だと思うわ。」
「喫茶店では何を頼む?私はホットコーヒーをよく飲むのよね。紅茶だと、アップルティーが好きだな。水瀬さんは?」
「ジュース。」
「えっ?」
「オレンジジュースよ。悪い?」
「いや、悪いってわけじゃないけど。」
「しかも果汁100%のやつね。子供っぽいって思った?」
「いやいや、そんなことはないよ。私も果汁100%の方がいいし。無駄な甘みとかそういうのがないから、良いよね。果汁100%の方が、ちょっと果肉が入っていておいしいし。」
「そう?わかる?!」
少しテンションが上がったみたいだ。水瀬さんはオレンジジュースが好きなんだね。
「私ね、ジュースなら何でもいいってわけじゃなくて、果汁100%の物だけを飲むことにしているの。天海さんも今言ってたけど、果汁が少ない偽物のジュースは、変な甘味料が入っていて、あれはジュースじゃなくて、ジュース風味の液体に過ぎないわけ。だから、喫茶店でジュースを頼むときも、必ず新堂に事前に確認させているわ。」
「新堂?」
「ああ、私の執事のことよ。ずっと水瀬家に仕えてくれている執事。はっきり言って、両親よりも一緒にいる時間が長いわね。」
執事さんがいるなんて、やっぱり財閥のご令嬢は格が違った。でも、両親以上に長くいるっていうのが気になった。
「ご両親も仕事で忙しいんでしょうね。」
「そんなことないわ。確かにパパは仕事であちこち飛び回っているけど、ママは暇を持て余していて、あちこちふらふらしているだけ。うちのことは新堂やそのほかのお手伝いさんに任せっきりだからね。お兄様達はお兄様達で、仕事で忙しかったり、留学でいなかったりするから、結局、私一人になっちゃうことが多いのよね。」
「何だか、それは可哀そうだね・・・。」
私は本心からそう思った。私もずっと一人だった。母親から虐げられて、だれにも頼ることなく、生きてきたから、孤独ってよくわかるんだ。
だけど、水瀬さんが少しムキになった表情をした。
「あんたなんかに、うちのことについて同情されたくないわ。どうせ庶民様には、財閥の事情なんて分からないんだから。」
「実はうちね・・・母子家庭だったんだよ。お父さんは、私が物心つく前にいなくなってて。お母さんも、ずっと働き詰めだったから、全然かまってもらえなくて・・・。」
少しだけねつ造したが、概ね間違っていない。
「あら・・・そう・・・なの・・・。」
何だか聞いちゃいけないことを聞いてしまったような、しんみりとした表情をしていた。
「確かに寂しいよね。一人って。だから、水瀬さんその気持ちわかるよ!」
「うん・・・まあ、理由は違えど一人だったことには変わりないし。それに、私の事情なんて全然深刻じゃないのよ。だって、確かに家族とはあんまり会えないけど、新堂やほかのお手伝いの人とかと一緒だったから。だから家族のうちでは一人きりだけど、寂しくはなかったし。」
「そっか、それなら寂しくないものね。」
「あんたは、東京生まれなの?」
おっ、向こうから質問してきた。少しは私のことに興味を持ってもらえたみたいだ。
「いや、富山出身なんだよ。」
「ふーん、上京してきたんだ。じゃあ、あの子もそうなの?」
そう言って、視線を千早ちゃんに合わせた。
「うん、そうだよ。同じ高校だったんだ。一緒に同じ大学に行こうって誓って、晴れてこうやって一緒の大学に通うことになったってわけ。部屋もルームシェアしているんだよ。」
「ふーん、そうなんだ。仲が良いのね。純然たる友達って良いわね。私には、そういう友達はいないから。」
水瀬さんが少し寂しそうな表情をした。確かに、こういう関係ってもしかしたら、というか間違いなく珍しい関係なんだろう。ただ、水瀬さんが想像しているような純朴な関係とも少し違うのだ。
「水瀬さんは、テニスが得意なの?」
「別に。普通だけど。特に好きってわけでもない。うちにテニスコートもあるし、やろうと思えばそこで新堂とか相手にしてできるわけだし。」
「じゃあ、どうしてこのサークルに入ろうと思ったの?」
「・・・あの顔に見覚えがあって、その正体を突き止めたかったから。」
そう言って、望月さんの方を見やった。
「それで、正体をつかもうとして、もぐりこんだってわけ。」
そういうことか。でも、どうしてわざわざ正体をつかむためだけに入部しようと思ったのだろうか。まさか、新歓だけ来て参加しないつもりなのか?
「まさか、正体分かっただけで、参加しないつもり?」
「・・・正直最初はそうしようかと思ったけど、面白い子を見つけたからね。」
それって、誰のことだ?
「『それって誰?』って顔してるわね。あんたよ、あんた。」
私のこと?
「どうして私なんかに興味を持ってくれるの?」
水瀬さんは少し考えた後、答えた。
「なんとなく。まあいいわ。ここでの人間観察も悪くなさそうだし。このサークルに参加してあげるわ。」
まあ、とにかく水瀬さんが参加してくれるのはよかった。彼女と仲良くしておくのは悪くなさそうだ。
水瀬さんは、飲み会に飽きてしまったのか、スマートフォンを取り出して、メールチェックをし始めてしまった。
ここいらで雪村さんともお話ししよう。雪村さんとは、誰とも話さず、一人で黙々とご飯を食べていた。
「雪村さんですよね?」
「・・・そうだけど。天海さんね。」
「ええ。これからよろしくおねがいしますね。」
「・・・・。あなたは、どうしてこのサークルに入ったの?彼が目当て?」
彼とは、望月さんのことだろう。
「いや・・・そういうことじゃなくて・・・。」
といったところで、彼女は信じてくれそうになかった。
「彼は私のものだから。」
「えっ?」
「聞こえなかった?彼と結婚するのは私なの。だから、彼に近づくことは許さないから。」
いきなりぶっ飛んでいる。どうして、そこまで話が飛躍しちゃうの?
「楓、いい加減にしてくれよ。頼むから、新入生を威嚇するなよ。」
望月さんが困惑した表情を見せている。
「どういうことなんですか?」
「ああ・・・。楓は・・・僕の彼女だ。」
ええ!!二人は付き合ってるの!?
「そうそう、天海さん。さっき私が言った許嫁って彼女のことなのよ。」
音無さんが口を挟んできた。
「・・・こんなことは言いたくないんだけど、彼女と結婚することが、僕が財閥の跡取りになる条件なんだ。だから、彼女とは最終的には結婚する・・・。」
「でも、別に略奪しちゃっても構わないんですもんねー。」
音無さんが過激な発言をして、場が一気に凍り付いた。
雪村さんの鋭い眼光が、音無さんにぶつけられる。
「まあ、冗談だけど・・・。」と音無さんは、嘯いてみたけど、この空気・・・絶対冗談なんかじゃない。
「・・・僕が彼女と結婚しなかった場合、僕は財閥の跡取りにはならない。僕には兄がいるんだけど、彼が楓と結婚して、跡取りになる。」
そういった後、何だかきな臭くなってしまった場の空気を換えるためか、望月さんははにかんだ。
「なーんてね。僕は楓以外の誰とも結婚するつもりはないよ。ね、楓。」
望月さんの甘いマスクを見て、ようやく雪村さんの顔が緩んだようだった。
「もちろんよ!ただ単に許嫁だから結婚するってだけじゃないの。私たち、愛し合っているんだから!」
雪村さんも機嫌を直したみたいで、ようやくこの場は収まりそうだった。その時、水瀬さんが発言した。
「ああ、そういうことか。あなた、この大学の理事長の孫ね。」
「ええ、そうよ。」
ええ!!雪村さんって、この大学の理事長の孫なの!?
「つまり、こういうこと?望月財閥としては、中帝大学の理事長を務め、東京6大学に強い影響力を持つ教育界のドンである雪村家と結託して、教育業界に進出したい。一方で雪村家としても、少子化で人口減少が懸念される中で、教育産業以外に裾野を広げておきたい。だから、雪村家と望月家が婚姻を結び、その縁を確かなものとする。でしょ?」
望月さんは、少し困ったという風に、眉をひそめた。
「・・・まぁ、そんなところだろうね。大人たちの狙いは。」
水瀬さんが不敵な笑みを見せた。
「そっか・・そういうこと・・・これはますます面白いことになりそうね。にひひっ」
雪村さんが水瀬さんを睨み付けた。
「あんた、変な気起こさないでね。俊は私のモノなんだから!」
「はいはい、分かっているわよ。」
そういう水瀬さんの顔には真実味がない。雪村さんは、水瀬さんの顔を睨みつけながら不承不承ではあったが引き下がるしかなかった。
このままではまずいと思ったか、音無さんが手を叩く。
「さぁさぁ!辛気臭い話はこれまで!じゃあここでぴよちゃんの一発ギャグいくよー!」
音無さんが、すくっと立ち上がったかと思うと、小鳥のさえずりの物まねを始めたのだ。その様子がおかしくて、みんな笑っている。自分のせいで空気を悪くしてしまったという後悔があったのだろう。かなり強引に話題を変えてきた。
望月さんもそれに続いて、ヱヴァンゲリヲンのシンジくんの物まねを始めた。音無さんのかなり強引ともいえる路線転換がうまくいったようで、この場のピリピリとした空気はあっという間に消え去っていった。
こうしてテニスサークルの新人歓迎会は、明るいムードの中で幕を閉じた。
このサークルには、とんでもないからくりがあったようだ。この中の財閥争いに巻き込まれたら、きっとただじゃ済まないだろう。
でも、それを割り引いてもこのサークルはなんだか楽しそうだった。みんなでワイワイと遊んで騒げるサークル。中学時代や高校時代、私が入りたいと希望しても決して手に入れることのできなかったありふれた思い出、それをここでなら築けそうな気がしたのだ。
それにきっと、みんな望月さんに好意を持っていても、彼のことを本気で狙っている訳ではないだろう。望月さん本人だって言っていたじゃないか。「僕は楓と結婚する。」音無さんが言っていたみたいに、彼を狙うなんて本当に冗談・・・そうに決まっている。
でも私は、彼のことを奪えると聞いて、彼のことを狙ってみたいと密かに想っていた。望月さんは、この国随一と言ってもいいほどのお金持ち。もしも許嫁から彼の心を奪い取ることができたなら、私はたちまち玉の輿だ。それに、彼はイケメンだし、優しそう。もし本当に彼の心をつかみ取ることが出来たなら、私は100%幸せになれるはずだ。
別に本気で狙う訳じゃない。他の女の子たちが自然なのか狙ってなのか分からないけど、そうしているように、私も彼とお近づきになってみよう。そしてあわよくば・・・。
いいじゃない。チャレンジするくらい。人生はたった一回しかないんだから。それも・・・私が自ら犯罪に手を染めてまでも切り開いた人生なのよ。試してみないと、人生損する。
私は「あきらめの悪い女」だった。