第4節 望月俊と恋心 残り50時間
ゆっくりと目を開くと、またそこは監獄だった。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ゆっくりと上体を起こし、タイムカウンターを見つめている。残り『49時間57分30秒』
ぐっすりと眠っていたようだ。隣には千早ちゃんが静かな寝息を立てている。
ひと眠りして、昨日あれだけ乱れたということがまるで嘘のように性欲が収まっている。たちまち私は我に返り、全裸でいることが恥ずかしくなってきた。
私は立ち上がり、昨日男どもに脱がされた衣服をまといに、散らかった洋服をかき集めていた。
部屋の真ん中あたりには、何かで地面が濡れた跡がある。何かではない。私の潮だ。あの濡れている跡を見ると、私たちが昨日乱れ咲いたことが夢ではないということを突きつけられる。
正直な所、気持ちよかった。でも我に返れば、あのカメラでその一部始終を見られていたんだなー。いろんな卑猥な言葉も投げかけた気がするし、千早ちゃんからも言われた気がする。
別に後悔している訳じゃない。千早ちゃんの愛を思いっきり受けられて幸せだった。だけど、やっぱり恥ずかしい。もし眠りから目覚めた千早ちゃんから、今体を求められても、多分できないんじゃないか。少なくとも私は、そんな気分になるとは思えない。あの時の私は、レイプされて、千早ちゃんに抱きしめられて、気が高ぶっていたのだ。一言でいえば、どうかしていた。
下着を纏い、ブラジャーを締め、シャツを着こむ。部屋の中はほのかに温かい。シャツ姿でも十分だろう。
扉正面の壁に背をもたれながら、私はあの男の人の声を思い出していた。どこか懐かしく感じていた声、あの声の正体は、望月さんだった。テニスサークルの「顔」、話題の中心。その人が、どういう訳か、私たちと同じように捕らえられている。
正直な所分からない。どうして、あの人が捕まったのか。
犯人側は、私たちが殺し合いをしない事にしびれを切らせて、強引な手段に打って出た。彼まで巻き添えになると知れば、私たちは殺し合いをせざるを得ないと考えた。しかし、なぜ「望月さん」なのか。
望月さんには、私たちが殺し合いをしてしかるべき何か理由があるというのだろうか。
気になるのは、私が望月さんに対して好意を抱いていたという記憶だ。多分、私はあの人に一目ぼれしたのかもしれない。その気持ちは・・・たぶん今もある。まだはっきりとは思い出せていないけど、私はたぶん望月さんのことが好きなのだ。
だから望月さんを監禁したのかもしれない。私が好きな望月さんまで、死んでしまうとなれば、それは私が許さない。彼を守るために、私は千早ちゃんに自分を殺させるかもしれない。
「う~ん。」
千早ちゃんの唸る声が聞こえた。どうやら、目を覚ましたらしい。
「おはよう、千早ちゃん。」
この挨拶が正しいのだろうか。昼も夜も同じ照明、光が一片も注さない暗い地下室では、正直今が朝なのか昼なのか、はたまた夜中なのか、それは全く分からない。
むくりと千早ちゃんが起き上がる。
「おはよう、春香。・・・服・・・着たのね・・・。」
寝ぼけ眼の千早ちゃんが、眠そうな目で話しかけた。
「うん。千早ちゃんも、着たら?」
私は内心少しドキドキしていた。千早ちゃんから体を求められたらどうしようか、というドキドキなのだ。
「ええ・・・。そうね・・・。」
でも肩透かしを食らったかのようにあっさりとしていた。千早ちゃんは、自分で脱ぎ捨てた衣服を何の抵抗もなく着始めた。あまりにあっさりしているから、それはそれで寂しい感じがした。
「朝食を食べましょう。」
全て着終わった千早ちゃんがそう提案してきた。千早ちゃんに言われるまで気づかなかったが、タイムカウンターの近くに、真新しいコンビニ袋が置かれていた。そこには、おにぎりや総菜パンが入っている。ついでに、今日1日分の水もある。
「うん。」
千早ちゃんは袋を持ち上げた。どうやらこちらに持ってきてくれるらしい。
「ありがとう、千早ちゃん。」
「どういたしまして。」
千早ちゃんは私の目の前に座り、コンビニ袋を置いた。私は袋の中を漁り、ウィンナーパンを手に取った。千早ちゃんはおにぎりを手に取っていた。
思い出した記憶について、話すべきなのかどうか迷っていた。とてつもなく嫌な予感がするのだ。彼について言及することが、私たちがこれまで築いてきた信頼関係を、決定的に破壊してしまいそうな、そんな予感を感じたからだ。
だが私には選択権がなかった。千早ちゃんの方から、彼の話題に触れてきたからだった。
「あのスピーカーの男性覚えてる?犯人じゃない方。一緒に捕えられていた人のこと。」
「『覚えてる?』って、誰なのか知ってるかってこと?」
「そうよ。正直な話、私はまだ思い出せないの。なんとなくだけど、私にとって・・・いや、私たちにとって大事な人っていう予感はあるんだけど。それが誰なのかまでは・・・。」
パリッ、私は総菜パンの袋を割いた。そして答えをはぐらかそうとして、パンを口に含む。
千早ちゃんもおにぎりの包装を開いていた。千早ちゃんは私の様子をうかがうかのように、私を見つめている。私はパンの方に意識を集中させようと、意識的にパンの方に視線を落としていた。
「おいしいね、千早ちゃん。」
別にそんなことを言わなくてもいいのだ。総菜パンなんだからまずいわけじゃない。自分でいうのもなんだが、あまりにも下手過ぎる。もう少しうまくごまかせないのだろうか。
「・・・知ってるのね。春香は。」
やはり私がはぐらかそうとしたのはバレていた。単純に「知らない」と言えばよかったのだ。「思い出せないのだ」と、お互いに記憶喪喪失なのだから、千早ちゃんだって疑うはずもなかった。
「・・・うん。」
「なんで隠したの?」
当然そういう追及になってくる。私が言及を控えたのは、何かやましいことがあるからではないか、千早ちゃんはそう思ったのだろうか。
「・・・すごく、嫌な感じがするの。」
「嫌な感じ?」
「うん。多分、彼が私たちと一緒に捕えられたのは、偶然じゃない。」
「・・・でしょうね。きっと、私たちをより深く傷つけるために捕えてきた。そうみるべきよ。」
「・・・だから、・・・話したくない。」
「春香・・・。」
どういう訳か、私は千早ちゃんにあの男性について思い出してほしくなかったのだ。思い出してしまうと、きっと後悔する。そんな確信めいた何かがあった。
「お願い、春香。私知りたいの。私たちの間にいったい何があったのか。あの人が誰なのか。あの人がどうして捕えられてしまったのか。」
「・・・・・。」
「春香!」
千早ちゃんがおにぎりをコンビニ袋において、私の両肩を掴んだ。私は驚いて千早ちゃんの方を見やる。千早ちゃんの眼は真剣そのものだ。
「春香、この事件がどういう結末を迎えようと・・・私が死ぬことになったとしても・・・真実を知らないまま死ぬのは嫌なの。心のモヤモヤを抱えたまま、終わっちゃうなんて、絶対嫌。」
「後悔するかもしれないよ。」
「それでも構わない。自分がどんなことをしてきたのか、それを知らずにこの世を去ることの方がよっぽど苦痛だから。」
そう語る間、千早ちゃんの目はずっと私の眼に注がれていた。多分これは、千早ちゃんの本意なんだと思う。私には、そんな彼女の決意をゆがませる事なんかできない。私は、彼女にありのままを話す決意を固めた。
「望月俊。」
「・・・それがあの人の名前なのね。」
「中帝大学のテニス同好会に入っていた人。当時は大学2年生。千早ちゃん覚えてる?私たちテニスサークルに入っていたんだよ、大学時代。」
千早ちゃんは私の両肩から手を離し、少し脇目を逸らした。何かを思い出そうとしているようだ。
「少しだけ、思い出してきたかも。あの人いなかった?金髪ロングでボーっとした人。」
金髪ロングでボーっとした人?・・・ああ、美希のことかな?
「星井美希のことかな?」
「『美希』・・・?」
「千早ちゃんもそう呼んでたんだね、あの子のこと。」
自然と呼び名が出てくるということは、彼女のことは覚えていたということなんだろう。
「仲良かったんだね。」
「・・・う・・うん、多分。」
どこか千早ちゃんの様子がぎこちない。まだ完全には思い出したわけではないようだ。
「じゃあ、彼のことも思い出した?」
千早ちゃんは否定する。
「ごめん、容姿までは思い出せない。どんな人?」
「メガネをかけてて、色白で、髪は銀色で・・・『カードキャプターさくら』に出てくる月城雪兎っぽい人。かの有名な、『望月財閥』の御曹司なんだよ。」
「『望月財閥』!?あの50万人企業グループの!?」
「うん。それでいて容姿端麗で優しそうな人。覚えてない?テニスサークルでかなり目立ってた人だったけど。」
千早ちゃんが目を泳がせている。必死に思い出そうと試みているようだ。
「・・・そういわれると、そんな人がいたような気がする。」
「そう・・・。」
私はパンにかじりついた。思い出せたことはすべて話したからだ。
「思い出したのはそれだけ?」
「そうだよ。」
「彼と私たちはどんな関係だった?」
「どんなって・・・どう答えればいいの?」
「そうね・・例えば、私たちとその・・・『望月先輩』は友達になれた?」
「『望月先輩』?」
そんな風に呼んでたっけ?
「たしか、そう呼んでなかったかしら?『望月先輩』って。」
思い出せないだけなんだろうが、そんな記憶はない。
「私は分からないんだけど、千早ちゃんがそんな気がするってことは、多分、それは正しい記憶なんだと思う。」
「それで・・・私たちの関係はどうだった?」
関係か・・・。まだそこまで思い出せてはいない。
「ごめん。そこまではまだ・・・。」
「そう・・・。じゃあ質問を変えましょうか。第一印象で、その望月先輩のこと、どう思った?」
「第一印象でどう思ったか?・・・それは、かっこいいと思ったよ。さわやかだし、優しそうだし、いい印象は持っていたと思う。:
「『好きにならなかった』?」
!
どうして千早ちゃんがそのことを!?
「千早ちゃん、私が彼のことを好きだったことを知ってたの!?」
「なんとなくなんだけど、春香からあの人のことを少し聞いて、そんなことが瞬間的に思いついたの。『春香は望月先輩のことが好きだった』んじゃないかって。当たってたのね。」
私は千早ちゃんから視線を逸らした。なんだかバツが悪かった。そして私は聞き返すのだ。
「千早ちゃんの方こそ、どう思っていたの?彼のこと。」
「それは・・・」
千早ちゃんは少し考えている。そしておもむろに袋の中のおにぎりを手に取り、口にくわえた。何を言おうか考えて時間稼ぎしているのだ。
そしておにぎりを1個食べ終わると、彼女は答えた。
「そこまで思い出せてない。あまり、印象に残っていないから。」
「ふーん。」
その割には、私が彼のことを好きだということだけはすぐに思い出していたのが気になった。
おにぎりを食べ終えた千早ちゃんは、私の隣で背を持たれて座り込んだ。ボーっと正面の扉の方を見つめている。
「1個でいいの?」
「ええ。食欲がわかないから。」
「だから、千早ちゃんはスタイルがいいんだよね。あともう一個てところを食べないから。」
「胸がないの間違いじゃなくて?」
「そう悲観的にならなくてもいいじゃん。私は褒めてるんだから。」
「じゃあ、そう受け取っておくわ。」
なんだか言葉がとげとげしく感じる。イライラするのも無理はない。こんな状況、正気を保つだけでもすごいのだ。
私は千早ちゃんが食べなかったおにぎりに手を付けた。包装を破りながら、ふとタイムカウンターに目を向ける。
残り『49時間27分24秒』。
「あと2日だね。」
「・・・そうね。」
「あと二日以内に、どちらかが死ななくちゃいけない。そうしないと・・・望月先輩の命まで、奪ってしまうことになる。」
「そう言ってるわね。犯人たちは。」
どちらが死ぬのか・・・。別の言い方をすれば、どちらが殺すのか。それははっきりさせておかなければならない。それも早いうちに。だけど・・・次の一歩を踏み出す勇気がない。のどまで次の言葉が出かかっているのに、何かにせき止められているかのように、言葉が出てこないのだ。。
それに頑張って紡ぎだしたところで、その後が続くわけではない。どちらが死ぬのか、そういう話題になったところで、その問いに答えられるとは到底思えない。
生き延びたいか、死にたいか。そう問われれば、当然私は「生き延びたい」と答えると思う。今までは、「生き延びたい」けど、どうせ助からないから、千早ちゃんと一緒に死んでしまおう、二人で仲良く手をつないで、・・・愛し合って死のう、そう思っていた。
でも、望月先輩が捉えられていると知って、そういう訳にはいかなくなった。これは私たちだけの問題じゃない。望月先輩にもかかわる問題なのだ。どちらかがどちらかを殺さなければ、3人とも一蓮托生になってしまう。でも、どちらかが犠牲になれば、2人は助かる。
どうすればいいのかは、自ずと明らかだ。
おにぎりを噛みつきながら、考えている。その考えにわずかな変化が生じつつあることに気付いていた。私は・・・望月先輩に・・・『会ってみたい』。記憶の中の彼だけではなく、実際にこの目で見てみたい。そう思ってきてしまったのだ。
内心、自分の中でも動揺していた。この気持ちを抑えなくてはいけない。だって、彼に実際にお目にかかろうとすれば・・・私は隣でうなだれている千早ちゃんに目を向けた。
私は千早ちゃんを殺さなくてはいけなくなるではないか。そんなこと、考えちゃいけない!私利私欲のために、千早ちゃんを殺めようなんて、考えちゃいけないのだ。
第一、私は千早ちゃんを殺したくない。例えどんな理由を付けられたとしても、殺したくはない。きっと後悔すると思う。彼女を殺して自分が生き残ったとなれば、私はきっと激しく後悔する。それこそ「死にたくなる」くらいに。
その一方で生への執着があることもまた確かだ。死にたくない。こんなところで。きっとそんな気持ちは千早ちゃんも同じなんだろう。
千早ちゃんが、その命を譲ってくれたら、もしもそんなことを言ってくれたとしたら、私はそれを受け入れられるだろうか・・・。分からない。私はどう自分に言い訳するんだろうか。「千早ちゃんが譲ってくれたから。」そう心の中で何度も刷り込ませて、この「殺人」を正当化するんだろうか。
何も見えない。どうすべきなのか、そして何をしたいのか。
時間だけが、無情にも刻々と過ぎていった。