第13章 合宿 残り42時間 天海春香
第1節 揺れる思考
千早ちゃんは、嘘をついている。私が嘘をついたように。
彼女は、今も望月先輩のことが好きなのか?そう聞いた時に、「・・・今は・・・どうとも思ってない。」と言った。でも、それが本当なら、どうして千早ちゃんは、今こうやって身を震わせていたんだろうか。
千早ちゃんは、そのことについて聞かれるのを恐れていたのだ。もし「今も好き」と答えてしまえば、私とは、記憶の中だけでなく、今も「ライバル」ということになってしまうからだ。
何故だろうか。不思議とこの件についての千早ちゃんの態度は、全く信用できないのだ。さっき千早ちゃんの体を拒んだのは、ただ単にそういう気分じゃなかったからだけではない。千早ちゃんに抱かれることを「気味悪い」とすら思ってしまっていた。本能的に、私の体が拒絶したのだ。それは多分、私が千早ちゃんの態度がおかしいと思っていたからだ。
千早ちゃんが、私の体を求めてきたのは、私を安心させるため、もっと言えば、私を油断させるため、そんな気がする。
千早ちゃんへの警戒意識が強まる一方で、「生きたい」という感情が心の中でふつふつと沸いてくるのを感じた。
生き延びて、もう一度望月先輩に会いたい。会って話したい。そしてできることなら、「辛かったんだね。よく頑張ったね。」そう言って褒めてもらいたい。抱きしめられて、頭をナデナデされたい。
できることなら、千早ちゃんと一緒がいい。でも、それが叶わないなら、私だけでも・・・そうありたい。
そのくせ私は千早ちゃんを殺す勇気もなかった。人が苦しんで死ぬ様なんて見たくない。気でも振れていないと、考えただけでも頭がおかしくなってしまいそうになる。
それにそんなことをして生き残ったとして、また私は誰かに後ろ指をさされるのだろうか。「卑劣な手段で生き延びた」そう糾弾されるのだろうか。
怖い・・・。ここを出た後に何を待ち受けているのか。そもそもこんな私に、残るものなんてあるんだろうか。
犯人たちが私を逃がすはずはない。ここから脱出できても、私はあの犯人たちに永久に追われ続け、惑うことになる。
さっきまで千早ちゃんへの不信感で気が立っていたのに、もう恐怖で委縮してしまった。ここを出ても、どちらにしろ幸せになれないなら、もうここで死んでしまった方が良いような気もする。でももう一度だけ、あの人に会いたい。その為には、千早ちゃんを殺さなくちゃいけない。
頭の中がグルグルする。私はどうしたらいいんだろうか。私が死ねばいいのか、それとも千早ちゃんに死んでもらう方が良いのか。何もわからない。頭の中がぐらぐらする。
「はあー。」
私はゴロンと横になった。考えすぎて気持ち悪い。
「大丈夫、春香?」
「・・・大丈夫だよ。」
「とてもそうには見えないわ。」
「お互いさまじゃないかな。」
千早ちゃんが私のことをのぞき込もうとするが、私はそれを拒むように起き上がった。もし仰向けのままの状態でマウントを取られたら、私は一切抵抗できなくなる。
「無理・・・しないでね。まあ体調を気遣ってあげたところで、何かできるわけじゃないんだけど。」
「・・・バケツぐらい持ってきてくれればいいから。」
「吐きそうなの?」
「・・・今のところは大丈夫。」
あんまり大丈夫ではない。胃の内容物が逆流しそうな感覚に襲われる。
「楽しいことを考えましょう。」
千早ちゃんが提案してくる。過去を思い出したところで、何かが変わるわけではない。
「そんなことしたって意味ないよ。時間を無駄にするだけ。」
気づけばあと41時間余りしかない。
「気を紛らわさないと、おかしくなっちゃうよ。」
「もうおかしいでしょ。」
「春香。」
千早ちゃんが私の手を握る。
「冷静に考えられなくなったら、おしまいよ。あとはあいつらの思うように操られてしまう。私たちは、まだこの事件の真犯人が誰なのか見つけていない。」
「見つけたってどうしようもないでしょ。ここから、どうやって逆転するっていうのよ。」
「前も言ったかもしれない。犯人たちが私たちの記憶を消したのは、多分犯人たちにとって都合の悪いことが隠されているからなんじゃないかな。」
「ミステリードラマの見すぎでしょ。そんなことありえないよ。」
「どうしてそんなこと言えるの?前はこんな風には否定しなかったじゃない。」
「・・・根拠はないけど、もし本当にそうなのだとしたら、私たちが少しずつ記憶を取り戻していくのもおかしいでしょ。犯人はどうしてこんなまどろっこしいことをするの?答えは一つしかない。私たちを効果的に苦しめるため。ただの赤の他人だと思っていた二人は、実は無二の親友で、だけど恋人を巡って奪い合ってる。一番私たちが傷つく展開でしょ。それを狙っているだけだよ。」
「敵の思惑が分かっているなら、その術中にハマる必要なんてない。とにかく今は冷静にならないと。」
「冷静になった先に、どんな未来が待っているっていうの。」
「それは・・・。」
千早ちゃんが口ごもった。そんなもの、あるわけがない。
千早ちゃんの言っていることは間違っていない。この状況下で唯一、犯人たちにあらがえること、それは犯人たちの思惑に乗らないよう、私たちが平静を保ち、決して相手を恨むことなく、どちらかがどちらかを殺すことなのだ。
でも、お互いが今や恋のライバル。一体どこまで自制が効くんだろうか。
思い出してきた事実がある。私たちの心の中の距離感だ。
私が先輩のことを好きであるという事実は、みんな知っていた。もちろん千早ちゃんも知っていたし、何度も相談していた。千早ちゃんは表向き、先輩のことはもう断ち切ったようなそぶりを見せていた。「先輩は加藤君じゃなかった。だから、もうモヤモヤは晴れた」そう言っていた。
でもそれが嘘だということを、私は見抜いていた。千早ちゃんは、確かに望月先輩を思慕している。そして望月先輩も先輩で、千早ちゃんのことを気にかけている。私は、この二人の微妙な距離感を感じていたし、その距離感の変化にも敏感だった。
私はとてもやきもきしていた。千早ちゃんと先輩の微妙な距離感が、ある日突然一気に縮まってしまうのではないか。そんなことを気にしながら、私たちは寝食を共にしていた。
あの頃の私は、少しずつだけど、千早ちゃんのことを心の底からは信用できなくなっていた。私はおびえていたのだ。千早ちゃんは、密かに望月先輩と付き合っているのではないか。実は、二人は相思相愛で、私は二人の手のひらの上で踊っているピエロなんじゃないか。
私は千早ちゃんからはっきりした気持ちを聞きたかった。千早ちゃんは、本当は先輩のことをどう思っているのか。
でも聞けなかった。聞けずに、密かなモヤモヤだけが募っていったのだ。