第3節 お家の使命
8月24日(火)、この日は前日同様よく晴れていた。大学で集合した私たちは、先輩たちが借りてきたレンタカーに乗り込んで、逗子へと向かった。
日程は2泊3日。初日はまず海で遊ぶ。そしてホテルに帰っておいしい食事で疲れをいやす。2日目は、望月先輩が所有するテニスクラブに行って、テニスの練習をする。そして夕方から海へ出かけ、そこでバーベキューと花火を行う。3日目は、もう一度海に入り、逗子にお別れをするのだ。
お天気は、予報によると3日間とも良さそうだ。これは楽しい合宿になりそうだ。
「きれい!海が輝いているよ!」と私は述べた。
逗子の海に近づき、目の前に太平洋が広がると、夏の陽の光に照らされて、海がてかてかと光り輝いていた。
「ほんとね。素敵・・・だけど、結構暑そうね。」と、千早ちゃん。
気温は30度近い。車の中はクーラーが効いているからいいが、外は間違いなく暑い。
「天海さんも、如月さんも海に行ったことのないの?これくらい普通じゃない?」
雪村さんが挑発してきた。正直、私も千早ちゃんも海は初めてだ。
「私初めてよ。」
千早ちゃんがそう述べた。
「私も。」私が続ける。
「そっかー、二人とも初めてなんだね。じゃあ、思いっきり楽しんでよ。僕が精いっぱいおもてなしするからさ。」
運転をしている望月先輩がそう言った。さすが望月先輩。懐が深い。
「何よ、俊。この2人にデレデレしちゃって。」
助手席の雪村さんが不満を垂れた。先輩は一瞬顔を歪ませたように見えた。
「楓、笑顔笑顔。せっかくの合宿なんだから、楽しくいこうよ。」
望月先輩に言われてしまうと、さすがの雪村さんもたじたじだ。
「まあ・・俊がそういうなら、仕方ないわね。」
私たちは近くの駐車場に車を止めると、音無さんが号令をかけた。
「はい、ちゅうもーく!これから、海に入るけど、ホテルに帰るのは6時だから、5時半にはここに集合ね。遅れないでね。」
みんな浮かれきっているのか、だれ一人聞いてない。
「もう、みんなわかった!?」
音無さんの怒声でようやくみんな反応したくらいだった。
それから、私たちは更衣所に行って水着に着替えた。望月先輩ら男子陣、そして音無さんは、パラソルなどの準備をしているようだ。
「千早ちゃん、あっちでビーチバレーをやろうよ。ボールはもう膨らませてあるんだ。」
「こういうときだけ、準備早いのね春香。」
「だって、楽しみなんだもん。真、雪歩も一緒にやろう。」
「うん、いいよ春香。」
「よろしくお願いします。」
二人も快諾してくれた。
「よし、それじゃ、海にレッツゴー」
「うわ、待ってよ春香。走ったら危ないって。」
私は千早ちゃんの手を引っ張って、海のほうへと繰り出した。真、雪歩は私たちにづついた。
「準備できた?」と私が聞く。
「OK」3人の声が聞こえる。
4人が正方形になるように海辺に並んだ。
「じゃあいくよー、それ!」
私が真に向かってレシーブを打った。
「OK、そい!」
いきなり強烈なスマッシュ!雪歩は「あわわ」と慌てて取れない!そういうゲームじゃないから!
「真、ラリーだよ、ラリー。スマッシュはダメだよ。」
「あっ、そうなの?」
「もう、真ちゃんいきなりひどいよ。」
「ごめんごめん。じゃあもう一度だよ。今度は雪歩から打ってね。」
「うん。そーれ」
今度は全然届かない。
「あれ?」
「どんまい、雪歩。もう一回。今度は、もう少し強く打ってみよう。」と私が名アドバイス。
「うん、わかった。そーーれ!」
今度は高く上がったようだ。しかし、ふわり。風に流されて、ボールはあさっての方向へ。慌てて真がボールを取りに行った。
「もう、どうしてこうなるの?」と、雪歩はしょげている。
「しょうがないよ。風が吹いちゃったんだから」と千早ちゃんも、彼女を慰める。
真がボールをとって戻ってきた。
「じゃあ、もう一回行くよ。せーの」
いいレシーブ。ふわりと上がって、千早ちゃんのほうに。今度は風もない。
「はい、春香。」
これもいいトス。
「はい、雪歩。」
我ながら良い連続トス。
「はい、真ちゃん」
雪歩もトスでつないだ。と思ったら、ふわふわり。また風に吹かれてあさっての方向へ。またしても真が取りに行った。
「ふえ~、何で私の時だけ。」
「風は雪歩のこと好きみたいだね」
真が雪歩に軽口をたたいた。
「こんな時は好かれたくないです。」
「もう少し、範囲狭めてやってみよう。」
私が提案して、正方形をもう少し狭めてみた。これならラリーも続くだろう。
「じゃあいくよ、ぽーん」
真が雪歩に向かってレシーブを打った。雪歩もトスを上げて私につないだ。私もレシーブで千早ちゃんのもとへ。と思ったら。レシーブ失敗かなり低かった!
「うわっ」
千早ちゃん空振り。
「案外続かないね。」
「トスだけにしてやってみたら、案外うまくいくかもね。」
今度は千早ちゃんからスタートしてみた。千早ちゃんから、真、雪歩、私の順で次々にトスをしていく。風もないし、今度はうまくいきそうだ。
「12」
これで4週目だ。今までで最長だぞ。
「面白そうだねー。僕も混ぜてよ。」
あっ、望月先輩だ。
「やります?ビーチバレー。楽しいですよ!」
千早ちゃんが「春香、ボールボール!」と叫ぶ。
あっ、忘れてた!
トン。
ボールが頭に直撃して、ぽとりと落ちてしまった。
「もー、春香ったら。先輩が目に入ると、他は盲目になっちゃうんだから」
千早ちゃんが文句を言う。
「ごめんごめん。先輩、もう準備終わったんですか?」
「うん、まあ、あんな感じ。」
先輩が指さした先には、パラソルが3本、さらに荷物置き場用にテントが張られていた。パラソルの下には、あずささんと貴音さんが、放漫なボデーを見せつけながら、座っている。
「俊がやるなら、私もやるわ。」
雪村さんも参戦するみたいだ。別に無理して参加しなくてもいいんだけど。
6人が六角形に並び、私がボールを持つ。
「よし、いくよー、それっ。」
ボールを先輩のほうにはね上げた。
「千早ちゃん、いくよー。」
望月先輩が優しく、千早ちゃんにトスした。
「はい。よっ」
千早ちゃんもうまく返せている。今回は結構うまくラリーが続きそうだ。
「じゃあ、目標は20回ね。20回行ったら、みんなのジュースを奢るよ。」
先輩がみんなに声をかける。
「やったー。じゃあがんばんなきゃ」私も本気出そう。
「こんなのではしゃげるんだから、天海さんは気楽でいいわね。」
雪村さんがすかさず、嫌味を述べた。
「海ではしゃげないほうが、よっぽど可哀そうですよ。」
私も言い返してやった。
「あと5回だよー。」
先輩の声がこだまする。
「春香!行くよー。」
千早ちゃんからトスが飛んできた。私で19回目、これで先輩が取れば終了だ。
「先輩!はい!」
「OK、春香ちゃん。」
先輩もつないだ。これで20回だ!
「やったー。20回行った!」
遠くのほうから真の喜ぶ声が聞こえた。結局、ラリーは23回続いたのだ。
「みんな、よくやったね!じゃあ、自販機で飲み物を買ってくるよ。」
先輩はそう行って、ビーチを離れていった。私たちは先輩が戻ってくる、もうしばらくの間、ビーチバレーで遊んでいた。
先輩からジュースをもらうと、私は少し疲れたので浜辺で休憩することにした。浜辺のパラソルには、四条さんが一人、物憂げに海を眺めている。四条さんがいるパラソルに近づいて、話しかけてみることにした。
「四条さんは、海に入らないんですか。」
「私は・・・、こうやって海を眺めるほうが、好きなのです。春香のほうこそ、海に入って泳がないのですか?」
四条さんは、いつも誰に対しても敬語を使うのだ。
「私は少し休憩中です。ビーチバレーで疲れちゃったので。」
「そうですか・・・。それにしても、みんな楽しそうでいいですね。」
四条さんの目線の先には、美希と伊織が水鉄砲で打ち合っていたり、望月先輩・京極さん・猿渡さんの3人が遠泳をしていたり、真と響ちゃんと雪歩が水の中ではしゃいでいたり。そんな楽し気な光景が広がっていた。
「みんな楽しんでますよ。だって、楽しいんですから。」
四条さんは、優しく微笑んだ。
「春香・・・あなたに一つ聞いておきたいことがございます。」
何だ。改まってどうしたのか。
「はい。」
「春香、どうしてあなたは望月俊を狙っているのですか。」
唐突に聞いてきたと思えばそれか。
「質問を質問で返すようで悪いんですけど、逆にどうして四条さんは望月先輩のことを狙っているんですか。」
四条さんは不敵に笑った。
「やはり、私は彼を狙っているように見えますか。」
何だ。図星をつかれているはずなのに、どうして余裕な態度なのか。
「はい。そう見えます。」
「春香。あなたの言う通り、私は望月俊に好意を抱いておりました。」
おりました、か。過去形で言っているということは今は?
「ですが、それも過去のこと。今は彼のことを狙っておりません。だから、ご安心を。」
「どうして、狙わなくなったんですか。彼に許嫁がいて、雪村さんに敵わないと思ったからですか。」
四条さんは、ゆっくり首を横に振った。
「確かに、それもございます。けれど、私が彼に好意を寄せなくなったのは、他に理由がございます・・・。それは、私の望月俊への想いが弱かったからです。」
「気持ちが弱かった?そんなに好きじゃなかったってことですか。」
四条さんは、しばらく考えていた。そして、口を開いた。
「正直に申し上げましょう。私が望月俊に近づいたのは、彼に四条家に入ってほしかったからでございます。私は、旧家である四条家の娘として生まれました。両親は、家を継げる嫡男の誕生を願っておりましたが、ついに男の子は生まれなかった。そこで、両親が私に課した使命、それが『四条家へ婿入りする男子を探すこと』。彼は、望月グループの総帥の男子。ですから、彼を射止めることができましたら、四条家は安泰です。ですから、望月俊を狙っていたという次第なのです。」
やはり、四条さんはお家再興のために、望月先輩を狙っていたというわけだったのか。
「軽蔑されましたか。当然でしょう。一人の男性を、その人自身ではなく、その人の有する背景で見ていたわけですから。」
私はとっさに否定した。
「いえ、そんなことないです。四条さんだって、お家を存続させるという使命を背負って生きているわけですし、それはきっと大変なことでしょうから。」
四条さんは笑って返す。
「今の人の感覚ですと、『お家』がどうしてそこまで大事なのか、わかりにくいことと存じます。私の両親に言わせれば、『お家』というのは、一つの『世界』なのだそうです。」
「『世界』ですか・・・。」
「古来より続いてきたその『世界』、それが『お家』なのでございます。それが断絶するということは、『世界の終わり』を意味するのです。だから、私も必死なのでございますよ。」
「だったら、どうして先輩を諦めるんですか。そこまで必死なら、がむしゃらにでも狙いに行けばいいのに。」
四条さんは首を横に振る。
「『愛』ですよ。」
愛?
「『お家』の存続は大事です。ですが、家の中に入ってもらうためには、その相手に私、そして四条家への愛情がなければなりません。ただ入ってもらえばいいというわけではないのです。私がお見受けするところ、彼の『愛』は、少なくとも私には向いておりません。その時点で、いかに彼を射止めようとしても、無理筋というもの。」
確かにそうだ。むしろ、これは当たり前といっていいかもしれない。お互いに好きであるから結婚する。逆に言えば、好きでない相手とは結婚できないし、こちらが望んでも、相手が自分を好きになってくれなければ結婚できない。
「当たり前のことですよね。結婚は、好きな人同士がするものなんですから。」
貴音さんは、持ってきていた水筒のふたを開けて、一口飲みこんだ。
「それは、今の価値観では、ということです。私が知るところによれば、恋愛結婚が主流になりましたのは、つい数十年前であるという風に聞き及んでおります。実際、私の両親もお見合い結婚でございました。」
四条さんは、ふう、と一息ついた。
「私は『四条家に婿を迎えろ』と教わってきましたが、そのためにどうすればよいかは教わりませんでした。両親の頭の中には、『恋愛結婚』ということが頭になかったのでしょうね。没落してしまった四条家を再興させるために、私がどうすればいいか、そこまでは想いが行かなかった。」
「今の四条さんには秘策があるんですか?」
四条さんは、人差し指を唇に当てた。
「私、セクシーでしょう。」
「はあ、確かに。」
「ですから、私も芸能界に入ろうと思いますの。」
ええっ!そうなんですか、そんな話初めて聞きましたよ。
「初耳ですよ!四条さん。」
「それは、誰にも言ってませんからね。あずさと望月俊以外には。」
この二人には言ってあったのか。
「望月俊にお願いして、芸能界に入って、そこで婿入りしてくれる人を探そうと思うのです。私の体を駆使して、男の人を射止めようと。」
「あずささんと同じように、そこで『運命の人』を見つけるわけですね。」
「ええ。だから、もう私はあなたのライバルではありませんよ。」
やっぱり、そのこと気にしていたのか。まあ、気にするよね普通。自分の恋敵と仲良くするってふつうあり得ないし。
「さ、今度は春香が教える番です。どうして、あなたが望月俊を狙っているのか。」
どうして狙っているのか。簡単だ。キュンとなって、好きになってしまったからだ。
「初めて彼を見た時に、一目ぼれしてしまったんです。彼はかっこいいし、優しいし、包容力もある。それでいてお金持ちでもある。こんな彼を好きにならない人はいないんじゃないでしょうか。」
「そうですか・・・。」
四条さんは、そう言ったきり、海の一点を見つめたままだ。その視線の先には、望月先輩と千早ちゃん、そして雪村さんの3人が戯れている。
「何か言いたいことがありそうですね。」
私は四条さんにそう話しかけた。
「春香・・・あなたには言いたいことが沢山あるんですけど。うまくまとまりません。」
どんなことを言おうとしているのだろうか。
「簡単に言ってくれていいんですよ。別に、何を言われても傷ついたりはしないですから。」
「そうですか・・・では一言だけ。幸運を祈ります。」
なんじゃそりゃ。どうまとめたら、そう短くなるのだろうか。
「望月俊を射止める競争、まだライバルは多いようですから。」
なるほどね、そういうことか。
「四条さんは、私の味方をしてくれるんですか?」
四条さんは、遠くを見つめたまま、何も答えてくれない。つまり、私の味方はしてはくれないということか。
「じゃあ、そろそろ行きますね。」
私が休憩も済んで、また3人のもとに戻ろうとした時のことだ。
「春香・・・誰かの幸せを願うことは、時として、誰かの不幸せを願うことと同じことなのです。だから私は、申し訳ないですけど、誰の味方にも・・・なれません。」
私はうなずいた。
「大丈夫です。」
私は駆け足で、四条さんから離れていった。