第4節 主人公体質
海で遊んでお腹がすいた。そこで、私と千早ちゃんと望月先輩と雪村さんは、4人で海の家でご飯を食べることになった。
「やっぱり、海の家といえばラーメンだよね。」と私。
「そうかしら、やっぱり焼きそばだと思うんだけど。」千早ちゃんはそう反論する。
「海の家どころか、海に来たことがない人が一体何言っているんだか。」雪村さんはあきれ顔で反発する。
「確かに、海の家で食べるラーメンも焼きそばもおいしいよね。どっちも好きだよ。」一瞬不機嫌そうな顔を見せた望月先輩は、そういって肯定してくれた。
私たちは、海の家で注文待ちをしていた。夏の平日とはいえ、やはり人が多い。お昼の時間帯ということもあって、人が殺到しているんだろう。
「ほかの人たちはどうしているのかな?」
先輩が尋ねてきた。
「みんな別のところの海の家にでも行っているんじゃないの。バラバラのほうが、店が込み合わなくていいし。というより、全員は入らないし。」
雪村さんはそういった。
「まあ、そっか。仕方ないね。夕飯は期待していていね。うちのホテルのおいしいホテルバイキングを用意してあるから。」
「やったー!今から楽しみですよ。」
「春香、今度は食べすぎないようにね。先輩、この子ったら、前に一緒にホテルバイキングに行ったときに、くぁwせdrftgyふじこlp」
私がとっさに千早ちゃんの口をふさいだ。私と千早ちゃんと秋月先生の3人で言ったホテルバイキングでバランスの悪い食事を食べまくった挙句、おなか一杯で苦しくなったなんて、なんて黒歴史。
「ん?どうしたの?」と先輩。
「いやー、何でもないんです~。」と、私は何とか取り繕ってみる。
私は、千早ちゃんの手を振りほどいた。
「分かった分かった。もう言わないって。」
「どうせ、おなか一杯食べ過ぎて、気持ち悪くなっちゃったとかそんな話でしょ。」
雪村さんが、話に割り込んできた。しかも当たっているんですけど。
「千早ちゃん、雪村さんに話したの!?」
「別に話してなんかないわよ。」
「やっぱりそうなのね。」
どうやら、雪村さんが鎌をかけていたようだ。
「正直、そんな話関心ないし。」と続けで雪村さん。
「まあ確かに、バイキングはつい食べ過ぎちゃうんだけどね。楓だって、昔、高校時代に・・・」
「こらっ、それは言わない約束でしょ。」
「ああ、そうだったね。今の話は忘れて。」
何だろう。すごく気になる。
「雪村さんも、食べ過ぎて気分悪くしたとか?」
千早ちゃんが、意地悪く追及してみる。
「そんなんじゃないわよ!」
「へー、じゃ何だろうねー。お目当てのものがなくなって、怒っちゃって、周りに迷惑をかけたとか~。」
「余計な詮索をするのはやめなさい!」
「千早ちゃん、それくらいにしといてあげてよ。」
さすがに、先輩が止めに入ったようだ。
「さすが俊、私の婚約者なだけあるわ。」
そういう一言、何だかカチンと来る。先輩もタジタジな感じだ。
私と雪村さんはラーメン、千早ちゃんと先輩は焼きそばを注文した。それとみんなでたこ焼きを分け合って食べることになった。
やっぱり、海の家で食べるラーメンはおいしい。
「おいしいね。雪村さん。」
私から雪村さんに話しかけてみる。普段はあまりしないことだ。
「えっ、ええ。そうね。」
いきなり私から話しかけられたのが予想外だったのか、すこしまごついている様子だ。
「こっちの焼きそばもおいしいよ。こういうところで買うと、どういうわけかおいしく感じちゃうんだよね。」
先輩も満足顔だ。
「先輩って結構庶民派なんですよね。結構、高級なものばかり食べているイメージありますけど。」
千早ちゃんがそう述べた。
「まあ、僕としては普通に生活しているだけだからね。庶民のことも知っておかないと、ちゃんと経営できないしね。これも一種の社会勉強だよ。」
「まあ、俊は何でもできる人だからね。庶民の心も理解しているお方なのよ。」
「それは言い過ぎだけどね。」と先輩は謙遜する。
食事をし始めてしばらくしたので、たこ焼きも冷めているころだろう。私が一口、たこ焼きを頬張ってみた。
「あぷい。」
中はまだアツアツだった。私はハフハフしながら、たこ焼きを食べた。
「まだ熱いみたいだね。もう少ししてから食べよう。」と先輩。
「あぷいのをかまんしなはら、たへるのはいいんれすお。」
「春香、食べ終わってから話しなさい。もう、春香って食が絡むとすぐこんななんだから。」
千早ちゃんが、少しあきれ顔でたしなめた。でも、先輩も笑ってくれたからいいか。
「望月先輩、さっき猿渡さんと京極さんと泳いでたんですか。」
千早ちゃんが尋ねた。
「そうだよ。遠泳競争でね、どっちが向こう岸まで早くたどり着けるかやったんだよ。」
「で、俊が一番だったわけね。」
「まあ、僅差だったけどね。二人とも結構早いから。」
「あのバカ二人は、体力だけが取り柄だからね。」
「楓、さすがに『バカ』はないよ、『バカ』は。」
「じゃあ、丁寧に『アホ』二人組とでも言っておきましょうか。」
それも丁寧じゃないんだけど。
「3人はもう泳いだの?」
望月先輩が私たちに尋ねた。しかし、3人ともまだ泳いだわけじゃない。
「私は、泳ぎとかダメだから。」
雪村さんは、ダメダメと手を振った。
「プールだったらいいんですけど、海だとちょっと怖くって。」
千早ちゃんもダメそうだった。
「私は、泳いでもいいかな。」
「おっ、春香は泳げるんだ。」
「まぁ一応ですけどね。けど、一緒に泳いでくれる人が・・・。」
「じゃあ僕が一緒に泳ごうか。安全な近くのほうだけにしてね。」
「天海さんだけずるい!」
「じゃあ、楓も泳ぐ?」
「私が泳げないのを知ったうえで言っているわけ、性格悪。」
「冗談だよ。じゃあ午後は2人で泳いでみようか。」
「はい!よろしくお願いします!」
私たちは食事が終わると、二人で海のほうに繰り出した。千早ちゃんと雪村さんは、パラソルのほうで休憩をするみたいだ。
「じゃあ、これ使って泳いでみようか。」
そういって、パラソルの下で渡されたのは、ビート板だ。
「私、一応泳げますけど。」
「これ使って浮くと楽しいんだよ。疲れたら、これに乗って遊ぶといいよ。」
なるほど、そういうことね。でもそんなに浮くのかな。
「使いたくなったら、使いますよ。」
「そう?じゃあとりあえず、ここに置いておこうか。」
ビート版はひとまず脇へ置いておき、私たちは海へと繰り出した。午前に比べて少し風が出てきたのか、波が少し高くなっているような気がする。
「春香ちゃん、あんまり沖まで行くと危ないから、このあたりで往復して泳ごうか。」
「はい、そうしましょう!」
水面は私の胸辺りまでだ。これくらいなら溺れることもあるまい。
バシャバシャバシャバシャ・・・結構泳げるみたいだ。
「結構いい感じですよ!」
そう言って先輩の方を見ると、望月先輩は苦笑いしている。
「『犬かき』・・・上手だね。」
あっ、そうか。これ・・・クロールって言わないよね・・・。
何だか恥ずかしくなって、私はその場に立ってしまった。
「ああっ、いいんだよ、別に!泳ぎ方なんて人それぞれだし!」
とっさに望月先輩がフォローを入れる。でももう遅いよ。
「どうせ私は犬かきしかできませんよーだっ」
私はかわいげもなくあっかんべーをした。先輩が駆け寄ってくる。
「ごめんごめん。ほら、春香ちゃんさっき泳げるって言っていたから。泳ぎが得意なのかと。」
「得意とはいってないです。」
先輩は少し唸った。
「じゃあ、早速ビート板に乗ってみなよ。楽しいよ!今取ってくるから。」
そういうと先輩は踵を返して、浜の方に戻っていった。そんなに楽しいのかな?ビート版。
しばらくして先輩が戻ってきた。
「春香ちゃんお待たせ。これをお腹に乗せて泳ぐと気持ちいいよ。波もあってそれに揺られる感じが最高なんだよ!」
ふーん、まぁやってみれば分かるか。
私は先輩からビート板を受け取ると、それにお腹から胃のあたりまでにかけてを乗せて浮かんでみる。
「おっ、おー。」
自分の力ではなく、波の力で動いている。無重力体験とは違うのだが、浮き輪とも違って、これはこれでなかなか楽しいかも。
「どう?楽しい?」
「はい!浮き輪とは違った感覚がありますね。」
「でしょ?この浮かされている感じがなかなか面白いよね。」
「はい。これで泳いだら気持ちいいかも。」
足をばたつかせてみる。すると思いの外、体が進むものである。少し波が高いこともあって、それなりの波に乗って、体が上下する。
「ああーっ」
バシャン!
波にあおられビート板から落ちてしまった。先輩はゲラゲラ笑っているようだ。
「春香ちゃーん、大丈夫?」
全然心配してなさそうな先輩の軽快な声がかすかに聞こえてくる。
「大丈夫でーす。」
私も軽く返事をした。今度はこけないようにしよう。もう一度ビート板に乗り、波に揺られてみる。今度は安定して泳げそうな雰囲気だ。
「あー結構、気持ちいいなー。」
自然と足もばたつかせ、どんどんと沖の方へ。
「春香ちゃーん、あんまり沖の方に行くと危ないよー。」
遠くの方で先輩の声が聞こえた。
「だいじょーぶですよ!」
まさか溺れるわけでもあるまいし。
少しだけ波に揺られながらもの思いにふけっていた。
やっぱり東京に出てきて正解だった。富山で就職していたら、こんな楽しいモラトリアムなんて過ごせなかったに違いない。大好きな先輩と一緒に遊べて、大好きな千早ちゃんと一緒に過ごせる。それだけで、私は幸せなのだ。
幸せすぎて、これ以上の幸せを望むなんておこがましいとさえ思ってしまう。なんだか、千早ちゃんに先輩を譲ってもいいような気がしてきた・・・。
「危ない!」
ザブーン!波に襲われたみたいだ!
私はいきなりのことでパニックになり、足をバタつかせた。しかし、海底に足が届かない!なんてことだ!足がつかないところまで泳いでしまったというのか!?まずいまずい!とりあえず浮き上がらなくちゃ!と思うんだけど、パニックになっていて体が浮いてこない。
ヤバイ!と思った瞬間のことだ。
誰かが私の腕を引っ張った。そしてそのまま浮き上がったのだ。
「春香ちゃん!?大丈夫!?」
望月先輩だった。
「先輩・・・。」
「春香ちゃん、僕の呼びかけにも応じずにドンドン沖の方に行っちゃうんだから・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
先輩はほっこりとした笑顔を見せた。
「でも、春香ちゃんが無事で良かった。さ、また波が来ないうちに、早く足の着くところまで行こう。ビート板はどっか行っちゃったから、とりあえず泳ぎはもう終わりだね。」
「はい・・・すみませんでした。あっ・・あと肩・・・」
私は立ち泳ぎをしている先輩の肩につかまっていた。
「さ、行くよ。」
先輩がそのまま岸の方に向かってゆっくりと泳いだ。私はどさくさに紛れて先輩に体を密着させた。しばらくして、足がつくところまでやってきた。
「もう足つくよね?」
いつまでも先輩にしがみついている訳にはいかない。
「あっ、・・はい。・・ありがとうございました。」
私は先輩から離れた。
「もう少しこうしていたかった?」
先輩がいたずらな笑顔を向ける。
「えっ・・・えっと・・・」
「春香ちゃんは正直だね。」
そう言って先輩は笑っていた。
「あ・・あの・・・みんなには内緒でお願いします。」
「大丈夫。もうみんなに見られているから。」
えっ・・・。
浜で休んでいたはずの雪村さんが、海辺までやってきて、ワナワナさせながら、こちら側を睨んでいる。同じく一緒に海辺まで来た千早ちゃんは苦笑いを浮かべている。
「とりあえず、後で釈明が必要かもね。」
「その時は、先輩からお願いします。」
「いいけど、ワザと体を密着させたのは、春香が説明しないとね。」
「やっぱりバレてたのね。」
「うん。」
その後私は雪村さんからこっぴどく叱られた。雪村さんからは彼と体を密着させたことについて。千早ちゃんからも、沖の方まで行ってしまったことを怒られた。