第6節 海辺の誓い
2日目の午前と午後、私たちは「望月テニスクラブ」で、テニスの練習を行った。多分、このサークルに入ってから、一番長くラケットを握っていたような気がする。
ちなみに、どうでもいいことだが、雪村さんは殆どテニスラケットを握らなかった。彼女曰く「運動は苦手」なのだそうだ。だったら、なぜこのサークルに入ったのか・・・。まぁ望月先輩だけが目当てなのは、説明されなくても分かる話だが・・・。
それも終わって、午後5時くらいになって、私たちはバーベキューをするために、海辺へと向かった。
バーベキューのセットは、事前に音無さんが注文したものだった。最近は、自分でバーベキューセットを用意するのではなくて、業者に場所を指定して、機材と食材を持ってきてもらうのが主流なのだそうだ。追加料金を払えば、組み立てと片付けまでやってくれるということであり、私たちは気楽に食事を楽しむことができるというわけであった。
望月先輩が燃料に着火して、バーベキュー大会はスタートした、時間的には、まだ陽も落ちきっていない頃だ。
浜辺にバーベキューコンロが1台、テーブルが2台据え付けられ、その上に赤々としたお肉、そして野菜が並べられている。そしてその隣には、焼きそばとおにぎりが置いてあった。
「まずは野菜から行きましょうか。」
音無さんがそう言って、、カボチャ、ピーマン、シイタケ等の色とりどりの野菜は、網の上に置いていく。
「肉も入れようよー」と美希が言うので、網の空いているところに、牛バラ肉、豚バラ肉を載せていく。
「バーベキュー自体は初めてなんだっけ。」
先輩が私と千早ちゃんに聞いてきた。
「そうですね。私は初めてです。」
千早ちゃんがまずそう答えた。
「私もそうでーす。」
私もそう答えた。
「じゃあ、焼きあがったのをどんどん食べていってよ。」
「いいんですか、ありがとうございます。」
私は大喜びだ。
「私も手伝いますよ。それだと、先輩が食べる暇ないじゃないですか。」と千早ちゃん。
あっ、そうだ。食い意地を張っちゃいけないんだ。
「じゃ、じゃあ私も手伝いますよ。」と私は言った。
先輩は笑っていた。
「じゃあ、後で手伝ってもらおうかな。」
気づけば、コンロに肉の花が咲いていた。色とりどりの野菜に、濃い赤から、焼き目がついてピンク色になった肉まである。
「じゃあ、これもーらいっ」
美希が早速食べごろになった牛肉に手を付ける。
「ちょっと、美希、ずるいわよ!自分で焼いたの食べなさいよ!」
どうも伊織が焼いていたお肉を横取りされたようで、プンプン怒っている。
「美希は食べる専門だもん。」
みんながドッと笑った。
「はい、春香ちゃん。これ良さそうだよ。」
望月先輩が食べごろになった豚肉をトングでつまみあげ、私の紙皿へと移してくれた。
「ありがとうございます。」
お肉を一口。
「あぷい」
「焼きたてだからね。」
私はハフハフしながら、お肉を頬張った。
「んー、おいしい!これはご飯がほしくなりますね。」
先輩と千早ちゃんがゲラゲラ笑っていた。
「じゃあ、今度は千早ちゃんに。」
先輩が千早ちゃんのお皿にお肉を載せた。
「ありがとうございます。」
千早ちゃんは、私とは違い、お肉をふーふーしてから半分にちぎって、口に入れた。
「んっ、おいしい。」
残りの半分も口に入れた。
先輩にも食べさせてあげたいな。これなんてもうちょうどいいだろう。
私は、頃合いのいい牛肉を救い上げ、たれをつけた。そしてふーふー。
「先輩、あーんして。あーん。」
先輩は少々困った表情を見せながらも、ゆっくり口を開けた。私は喜々として、先輩の口にお肉を運んだ。これで間接キスだ。
「ん。おいしいよ。」
「ちょっと、そこなにやってんの!?」
四条さんたちと語らっていたはずの雪村さんが血相を変えてやってきた。
「そういうのは、私の役目なの!天海さんどういうつもり!?」
「いや、どういうって。その・・・だって、このままだと先輩お肉食べられないから。「俊は私の彼氏なんだから、彼に食べさせるのは私の役目!わかった!?」
「楓・・・。いい加減にしてくれよ。春香ちゃんが困惑してるじゃないか。」
しかし雪村さんも収まらない。
「何よ!春香春香って、俊は私よりもこの子の方が大事だって言うの!?」
「そうじゃないよ。僕は二人とも大事にしているんだよ。だから突っかからないでほしいって言っているんだ。」
「私は、俊のそういう煮え切らない態度が気に食わないって言ってんの!俊は私の彼氏でしょ!?他の女にデレデレしないでよ!」
「別にデレデレなんてしてないよ。」
「してるじゃないよ!そうやってっ!あーもう!癪に障る!もう勝手にすればっ!」
そう言って雪村さんは怒ってどこかに行ってしまうようだ。
「おい!楓!どこに行くんだよ!?」
「トイレよトイレ!そんなことレディーに聞くんじゃないわよ!」
そう言って、彼女は一人怒り散らしながら浜辺を離れていった。
気づけば、辺りが静かになって、みんなが二人のやり取りを凝視していた。先輩が気を取り直して、みんなに語り掛ける。
「みんなごめんね、うちの楓のせいでみんなに迷惑かけちゃって。僕たちのことは気にしないで、もっと食べて飲んで騒いでよ、ね?」
みんなはお互いに顔を見合わせていたが、先輩のこの言葉で、周囲は再びまたにぎやかさを取り戻したようだった。
「ごめんね春香ちゃん。」
しばらくして、先輩が今の一件で謝ってきた。
「いいえ、気にしないでください。私の方こそ、出過ぎた真似でした。」
先輩が笑いながら言う。
「春香ちゃんが謝ることないよ。僕はいつも本当に申し訳ないと思っているんだ。いつも楓は、春香ちゃんに突っかかって、嫌な思いをさせているじゃないか。」
「いえ、雪村さんが怒るのも無理はないです。それだけ、雪村さんは先輩のことを愛しているんですよ。・・・だから、彼女のことは大切にしてあげてほしんです。」
これは私の作戦だ。自分を敢えて下げることによって、先輩の同情を買おうという作戦だった。我ながらいい作戦のように思われた。
「春香ちゃん・・・君って本当に優しいんだね。」
「いいえ・・・そんなことないです。」
と言いつつ、ちょっと頬が赤らんできているのが自分で分かった。先輩に褒められて、燃え上がるようにうれしいのだ。
「春香、雪村さんのこと、気にしちゃだめよ。」
心配した千早ちゃんが、後ろから私に近寄ってきて、優しく声をかけて励ましてくれた。
「大丈夫だよ。いつものことだもん。」
まあ、実際そんなところである。とはいえ、これ以上ここにいるわけにはいかない。トイレから帰ってくれば、雪村さんが再びここに現れるだろう。そうなれば、再び辺りは修羅場と化してしまう。
とりあえず、今は先輩から離れることにしよう。昨日、伊織に「少し距離を置いてみろ」って言われたばかりだし、少しは望月先輩から離れてみるのも得策かもしれない。
「千早ちゃん、じゃああっちで、二人で一緒に食べよっか。」
「そうね。そうしましょう。じゃあ望月先輩、私たちはあっちの方で食べてますから。」
「春香ちゃん、千早ちゃん、本当にごめんね。この埋め合わせは必ずするから。」
私は笑顔で手をパタパタさせた。
「いいえ、気にしないでください。私は普段先輩と一緒にいられるだけで楽しいですから。」
先輩は優しい笑顔を向けて申し訳なさそうにしていた。
その後私たちは、望月先輩がいるところとは反対側、それもバーベキューコンロから少し離れたところで、食事にありついていた。焼きあがっていたお肉を、コンロから少しずつ、二人分お皿に移していった。
「おいしそうなのー」
美希が歓声を上げた。どうやら、シーフードを焼き始めたらしい。コンロの方を覗きに行くと、エビやホタテ、それからイカが並べられ、コンロはいぶし銀に光っていた。
「千早ちゃん、焼きあがったら取ってきてあげるよ。何がほしい?」
「ありがとう。そうね、じゃあエビとホタテをお願い。」
「うん。分かった。」
私はコンロの方へと近づいた。みんな、シーフードに気を取られて、前のほうに集まってきている。
「自分はこれがいいぞ!」
響が四条さんに指示している。
「承知。」
四条さんが、次々にエビとホタテを拾い上げている。
「ちょっと、貴音、取りすぎでしょ。」
伊織が突っ込みを入れた。
「はて、何のことやら。」
四条さんはあくまでとぼけるみたいだ。
「何のことやら、じゃないわよ。半分は戻しなさい。」
「面妖な・・・。」
四条さんって結構大食いなのね。
「じゃあ、二人分貰っちゃっていい。」
私は伊織に尋ねた。
「いいけど・・・耳貸して。」
私は耳を伊織に近づけると、耳打ちされた。
「そろそろ、春香が焼き手を望月と変わってあげなさい。そうすれば、評価アップするわよ。」
「いいね、それ。ありがとう。じゃあ、お願いなんだけど、私の分も食べちゃっていいから、千早ちゃんにエビとホタテを運んで行ってくれない。」
「もー、しょうがなわいね。分かったから、さっさといってらっしゃい。」
「ありがとう、伊織。」
私は自分の紙のお皿を伊織に押し付けると、先輩のところに向かった。雪村さんは、食べさせるのに飽きたのか、自分ばっかり食べていた。
「先輩、そろそろ焼き手代わりましょうか。」
「いや、大丈夫だよ。春香ちゃん食べてていいよ。」
「でも、それだと先輩、全然食べる暇ないじゃないですか。」
私は雪村さんのほうをにらんだ。雪村さんは、ばつが悪いのか、目を臥した。
「まあ、でも今回はホスト側だしね。」
私は渋る先輩から、強引にトングを奪い取った。
「ずるいですよ、先輩。一人だけいい格好しちゃ。みんなで作る合宿なんですから。それに彼女だって退屈してますし。」
そういって、雪村さんのほうを見た。
「二人で仲良く食べててくださいよ。こっちは私がやっておきますから。」
「あら、いいの?ようやくあなたも私たちの関係を認める気になったのね。まあ、天海さんがそれでいいっていうなら、そうさせてもらうわ。」
そういう訳じゃないんだけど。
「悪いね・・・さっきから本当に・・・。じゃあ、お言葉に甘えて、この場は任せちゃうよ。」
これも作戦。さっきの言動もあるし、今回私が引き立て役に回れば、先輩からの評価アップは間違いなし!
「了解しました、隊長!」
「ハハハ、でも暑くなったら言ってね。すぐ交代するから。」
「はい!わかりました。」
それから私は、残ったお肉とシーフードを焼く係になった。時々、お肉とシーフードを頬張ったが、やっぱり焼く係になると、あんまり食べれないな。
そしてお肉もあらかたなくなったところで、いよいよ焼きそばと焼きおにぎりの投入だ。この場になって、京極さんが調理を担当することになった。
「焼き物は俺に任せとけ!」
京極さんが豪語する。
「やっぱり、バーベキューと言ったら焼きそばは欠かせないぞ!」
響が焼きそばの調理に大はしゃぎだ。
「なんだか、京極殿、様になっておりますわね。」
貴音が調理に立つ京極をほめちぎった。
「そりゃそうよ。うちでは毎晩こんなのばかりだからな。」
「それはそれで、どうかと思うぞ・・・。」
「ちゃんと、栄養のあるものを食べなければ、体によくありませんこと。私のように、毎日ご飯を4杯は食べないと。」
「貴音は食べすぎだぞ・・・。」
京極さんが、焼きそばをひっくり返す。ジュージューというおいしそうな音が広がってくる。そこに京極さんがソースをかけていく。それを慣れた手つきで、京極さんが絡めていく。
ソースのいい香りが立ち込める。
「おいしそー」
私が思わず声を上げた。
「もうそろそろ、できたころ合いだぜ。みんな、思い思いに取っちまいな!」
その掛け声と同時に、みんなが鉄板に殺到した。私もちゃんとお皿一杯、焼きそばをゲットできた。お肉あんまり食べられなかったんだから、いいよね?
「おいしい!焼き加減も最高だよ!」
私は京極さんを称えた。
「ほんとか!いやーさすがは春香ちゃん。おだてるのがうまいねー。」
「いやいや、お世辞じゃなくて、本当においしいですよ。屋台で食べる焼きそばみたい。」
「そうか?いやーまいったな、照れるぜ、おい。」
京極さんの焼いた焼きそばは、他の人からも好評だった。
「焼きおにぎりなのー!」
鉄板に乗ったおにぎりを前に、美希が興奮の声を上げた。
「美希ちゃん、まだ食べられるの?さっき散々お肉食べてたよね?」
雪歩が驚きの声を上げた。
「おにぎりは別腹なの!」
それは聞いたことがない。
「美希は、本当におにぎりが好きなんだね。」と真が一言。
「うん!おにぎりは、日本人の心だと思うの。おにぎりと心中してもいいくらいなの。」
それはどうなんだろうか。
「ほい、美希はおまけして2個あげるよ。」
それを聞いて甘やかしたのか、京極さんが美希のために、焼きおにぎりを2個あげた。
「ありがとうなの!克也もたまにはいいとこあるの。」
「たまにかよ!」
「いただきまーす。」
美希がおいしそうにおにぎりを頬張った。
「おいしいの!美希、幸せなの。」
純粋っぽい笑顔に、その場が一気になごんでいく。
「じゃあ、私もいただこうかな。」
私もおにぎりを一つトングでつかみ取り、お皿に乗せた。
ふーふしながら、一口かじってみる。ほんのりと乗ったしょうゆの味とおこげ加減がマッチして、おいしい。けど、これは喉が渇きそうだ。
バーベキューが終わったので、今度は花火をやることになった。花火の買い出しは、この日の午後、早めにテニスクラブを抜け出した音無さん、四条さん、響さんの3人が行っていた。
私と千早ちゃんの二人だけで、花火をやることになった。望月先輩と雪村さんは、二人でロマンチックを楽しんでいるみたいだ。本当は、邪魔しに行きたいのだが、水瀬さんのアドバイスもあるし、少し様子見だ。
「じゃあ、行くわよ。」
千早ちゃんが私の持った花火にチャッカマンで火をつけてくれた。
紙の部分に火をつけたのだが、なかなか燃え上がらない。それどころか、紙の部分だけ勢いよく燃えている。
「千早ちゃん、これって、この部分に火をつけるのであってるの?」
「んー、たぶんそうだと思うけど。」
その時、ボッ、ブシュー
大きな音とともに、火花に火が付いた。
「びっくりした。時間差でつくんだね。」と私。
「そうみたいね。」
この花火の種類は「ススキ」というらしい。ススキの稲の穂のようだから、そういうのだそうだ。
「きれい・・・」
最初にオレンジっぽく燃えたかと思ったら、次に赤、そして緑、青と次々に色を変えていく。
私も千早ちゃんも、次々に変わっていく色に見惚れていた。1~2分くらい経過したのだろうか、ついに花火は消え失せてしまった。
「これ面白いね!」
「そうね。今度は二人いっぺんにやりましょう。」
私が千早ちゃんの「ススキ」に火をつけて、そのあと私のにも火をつけた。しばらく火薬のない紙のところが燃えた後、火薬に火が付き、「ススキ」が咲いた。
またしてもススキが七色に輝いていく。その美しい様を見ていると、日常の鬱憤やらなにやらも抜けていくようだ。
「去年もやったんだけどね。やっぱり、きれいだね。」と私がつぶやく。
「そうね・・・。」
別に私たちは、手持ち花火に関しては、初めてではなかった。去年の夏、秋月先生と一緒に三人で、自宅の庭で花火をやったのである。
「お母さん、元気にしてるかな・・・。」
ふと私が話題に出した。
「電話ではやり取りしているんだけど、こっちに来ちゃってからは、まだ1回も帰ってないもんね。」
本来は、今年の夏に、お母さんのところに「帰省」することになっていたのだが、まだ忙しくて実現できてなかったのだ。
「今年の冬は、絶対帰ろうね、千早ちゃん。」
「そうね・・・春香。」
みんながワイワイやっている中で、私たちは2人だけの空間を楽しんでいた。耳をすませば、潮騒の音が聞こえてくる。
私は冷静で、それでいて感傷的な気持ちになっていた。夏が終わる。それはそれでさみしいことだ。
私は、千早ちゃんと望月先輩の関係について、改めて考えていた。
千早ちゃんが望月先輩を借りたあの日、一体千早ちゃんは先輩と何を話したのだろうか。私は何度も、千早ちゃんにその時何を話したのか聞いたのだが、彼女は教えてくれなかった。ただ千早ちゃんは「全部話したから、すっきりした。あとは春香が好きにしていい」って言っていた。けど、全然すっきりしていないのは、一緒に生活していてまるわかりだった。
多分、千早ちゃんは葛藤していたのだ。千早ちゃんは、本当は望月先輩への気持ちを断ち切るつもりだったのに、逆に恋に落ちてしまった。本当は、彼を私に譲りたいけど、自分の気持ちがそうさせてくれない。だから、もやもやしているんだろう。
千早ちゃんは、先輩のことが好きなのか?私は、面と向かって千早ちゃんに聞きはしなかった。どうせ「好きだったとしても、春香からとったりしないから」などとお茶を濁されて終わるだろうと思ったからだ。
伊織が言うには、千早ちゃんは私にとっての最大のライバルのようなのだ。千早ちゃんは先輩のことを密かに狙っている。だから、私は千早ちゃんを出し抜くように頑張らないといけない。でも・・・私はそんなズルいことをしたくない。伊織に密かに協力を依頼していること自体、ズルいことなのに・・・。
私としては、本当は千早ちゃんに、望月先輩のことを諦めてほしい。私に譲ってほしい。だけど、それはそれで、私としても嫌なのだ。
千早ちゃんは、あの男の度重なる凌辱のせいで、男性が苦手になってしまった。気になっている人からの抱擁ですら拒絶してしまうくらいに。千早ちゃんは、これまでずっと幸せから遠ざかっていた。家族からネグレクトを受け、あの男からレイプされ、自分が嫌になって自殺まで考えて・・・。そんな彼女が、やっと自分に幸せをもたらしてくれるかもしれない人物を見つけることができた。そんな彼女を応援したいと思うのは、親友として、家族として、そして恋人として・・・当然のことだ。
だから私は、自分の我儘を押し通すために、千早ちゃんが自分の先輩への想いを、私にうそをついてまで我慢して、隠し通そうとして、胸に押し込もうと努力している様を見るのが嫌なのだ。
もし仮に、そうして先輩を手に入れることができたとしても、私は多分もやもやしてしまうかもしれない。
私は我儘な女だ。私は、望月先輩を手に入れたい。そして千早ちゃんには「彼を取らないで」欲しいと思っている。その上で、私は、千早ちゃんには自分の想いを我慢しないでほしいとも思っている。とんだ矛盾なのだ。
この矛盾を解決する答えなんてない。どちらかが幸せになれば、どちらかが不幸せになる。それだけは、どうしても避けられない。だとしたら、せめて対等なスタートラインには立ちたいし、千早ちゃんを立たせたい。
もし二人が平等な立ち位置に立った上で、望月先輩にお互いに想いを伝えて、それで先輩がどちらか一人を選ぶのだったら、これは対等だ。これなら、どちらも恨みっこなしって言える。私はあきらめの悪い女だから、それで千早ちゃんが選ばれたとしても、私は諦めずに千早ちゃんから望月先輩を奪いに行くかもしれない。それでも、今みたいに千早ちゃんが気持ちを我慢し続けたままでいるよりか、ずっとましだと思う。
「ねえ、千早ちゃん。一つ聞いていい。」
「何かしら。」
「千早ちゃんは、望月先輩のこと好き?」
その時、二人の「ススキ」がほぼ同時に消えた。3本ずつ花火を貰っていたのだが、全部の「ススキ」を燃やし尽くしてしまったのだ。
「ちょうど、消えちゃったね。じゃあ次の花火取ってくるから待っててね。」
千早ちゃんが、私の質問から逃れるように花火が置いてある、音無さんのところに向かってしまった。
「春香、ただいま。これはさっきのより、もう少し長く遊べるみたいよ。」
そういって持ってきたのは、さっきのとは違うものだった。
千早ちゃんがこの花火について説明した。
「これはスパークと言って、線香花火みたいに燃えるらしいわ。楽しみね。」
「う・・うん。」
「じゃあ、火を点けましょうか。」
そういうと、千早ちゃんが私に「スパーク」を渡して、二人の「スパーク」に火を点けた。確かに、まさしく「花火」といった感じで、花が開いでいる。
「で、千早ちゃん。さっきの質問の答えは?」
「・・・・・」
「千早ちゃん?」
千早ちゃんは、静かに口を開いた。
「好きだって言ったら?」
「えっ?」
「もし私が『望月先輩のことが好きだ』って言ったら、春香はどうするの?」
暗く、冷たい声だ。何かを押し殺しているかのような、そんな声だ。
「どうしもしないよ。もしそうなら、私たちは、ライバルだね。」
「軽蔑しないの?私のこと。」
私は苦笑した。
「どうして、軽蔑する必要があるの。千早ちゃんは、何も悪いことしてないじゃない。」
千早ちゃんはうつむいている。
「だって・・・私ずっと嘘ついていたことになるじゃない。」
「どうしてさ?」
「だって、私はずっと、『先輩のことなんて、もう気にしていない』って散々言ってきたでしょ。『春香から奪ったりしない』って。それに私は彼と付き合うことを止めたりもした。それなのに、私が望月先輩のことを好きになってしまったら、今までの私の言動はなんだったのってことになるじゃない。」
「ずっと前から気づいていたよ。千早ちゃんが、望月先輩のこと好きなんだって。」
千早ちゃんは、はっとしたような表情を見せた。
「だったら、どうしてそんなこと聞くのよ・・・。」
私は消えてしまった「スパーク」をバケツの中に入れ、もう一本取り出すと、そこに火を点けた。再び色鮮やかな光が夜空に浮かび上がってくる。
「ずっと抑え込むつもりだったの?彼への想い。私のこと気にして。」
「・・・そうよ。どちらにしろ、先輩は雪村さんと結婚する。そんなの気にしたってどうしようもないじゃない。」
「大学時代だけでもいいから付き合いたいって思わないの?」
「それは・・・春香が狙っているから・・・。」
「やっぱり、私を気にして抑えていたのね・・・。」
「・・・意図が分からない。私はずっと我慢してきたの。そして、これからも我慢し続けるつもりよ。そうすれば、春香から彼を奪ってしまう心配はない。私の言葉信用できないの?そんなに私のことを恐れているの?」
千早ちゃんはまくしたてる。私はそれに異を唱えた。
「私は千早ちゃんに我慢しないでほしいの。」
千早ちゃんが取り乱していた。
「ますますわからない。私が我慢しなかったら、不利益を被るのは春香の方じゃない。それなのに、どうして『我慢するな』って言うわけ?おかしいでしょう。」
千早ちゃんの言うことはもっともだ。私の言っていることがおかしいというのは、自分でもよく分かっている。
「ごめんね、千早ちゃん。私、千早ちゃんの気持ちすごくうれしいよ。私の幸せを思って、自分の気持ちを抑え続けているんだよね。だけど、それはそれで私にとっては苦しいの。これで望月先輩を射止めて付き合い始めたとしても、結局『千早ちゃんが我慢してくれたから、私が付き合えたんだ』って想いをずっと持ち続けることになるから。そうやって、千早ちゃんが苦しみ続けるのを見るのは、私嫌なの。」
「じゃあ・・・春香は私にどうしてほしいの。」
私は千早ちゃんのほうを見つめていった。
「お互いに、恋のライバル同士でいてほしいの。どっちが先輩を射止めても恨みっこなし。勝った方を祝福する。これでどう?」
「春香・・・。」
お互い無言のまま花火を見つめていた。きっと、千早ちゃんは返事を考えているのだろう。
「みんな!今からこっちで打ち上げ花火やるよ!」
音無さんが号令をかけた。どうやら、打ち上げ式の花火をやるらしい。
「千早ちゃん、答えは後でいいから、まずは花火を見に行こうよ!」
私は千早ちゃんの手を取って、音無さんのところに向かうことにした。
「わっ。待って春香、いきなり走らないで。」
千早ちゃんは転びそうになりながら、私についてきた。
「はい!みんなちゅうもーく!これから、打ち上げ花火をやるよ!じゃあ、望月君、着火お願い。」
小鳥さんの合図で、望月先輩が地面に置かれた筒状の花火の導火線に火を点けた。しばらくして、ボンという音とともに、はるか上空に火花が散った。当たり前だが、どこかの花火大会で見るのに比べれば、比較にならないほどに小さい。それでも、私にとって、これは満足のいくものだった。
「はい、今のでおしまい。」
小鳥さんが終了を告げると、みんながぶーぶー言い出した。
「なんだ、結構しょぼいの。」と美希。
「意外と小さかったですね。」と雪歩。
「ま、こんなもんでしょ。」と伊織。
「まあ、家庭用の花火なんだから・・・。これでも高かったんですからね!」
音無さんがピーピー反論していた。
「さ、向こうの浜辺で花火の続きをしようか。線香花火もあるし。」
私は千早ちゃんに、そう言うと、何本か線香花火を手渡した。
「これは風情がありそうね。」
私が千早ちゃんの手を引っ張って、さっきの浜辺へと戻った。浜辺に戻ると、私は持ってきたチャッカマンで、線香花火に火を点けた。
線香花火がパチパチとほのかな音を立てる。その反面、火点を中心にして、まばゆく美しい火の結晶が咲き乱れていた。千早ちゃんに話しかけてみる。
「やっぱり、線香花火が一番だね。」
「ええ・・・。」
千早ちゃんが、線香花火を見つめて、うっとりとしている。何か考え事でもしているかのようだった。
潮騒とともに聞く線香花火。確かに風流だ。そして、線香花火はとてもはかない。気づいた時には、もう鎮火してしまっている。
2本目の線香花火に火を点けた。再び、線香花火はパチパチとほのかな音を奏でている。そして、千早ちゃんの顔色も変わらない。
そして最後の3本目に火を点けた。何本つけても変わらない、色合いの美しさだ。
「ねえ、春香。」
「何?」
「・・・お互い親友同士だけど、正々堂々と戦いましょう。それで、勝っても負けても恨みっこなし。でも彼を取り合っている以外は、普通の親友同士で家族同士、それでいいわね?」
千早ちゃんの目は、きりっとしてかっこよかった。
「うん、分かった。真剣勝負だからね。」
「当然よ。どうせ、お互い彼とは結婚することができないんだから。」
彼と結婚することはできない、千早ちゃんはそう言った。でも私は、その道理を変えようとしているのだ。伊織の力を借りて。禁断の力を借りて・・・。
そういい終わったと同時に、2人の線香花火は消え落ちた。まるで、戦いの火ぶたが切って落とされたかのようだった。