第7節 疑念 残り39時間
「彼を取り合っている以外は、普通の親友同士」
そんな都合のいい切り替えなんて、できるはずがなかった。心の中のモヤモヤは、濃くなるばかりで、火の手が上がって煙ったようであった。
正直居心地はそれほど良くなかった。夏休みの間は、千早ちゃんと恋のさや当てをしていた事実は忘れられた。千早ちゃんは、積極的に望月先輩を落とそうとはしていなかったからだ。積極的にメールしたり電話したりするのは私の方で、千早ちゃんはそれをただ見ているだけだったのだ。
だから私も安心していられた。千早ちゃんと先輩の差は広がっていると思ったのだ。
でも、秋学期が始まって、状況はまた変わってくる。当然だけど、サークルに行けば、千早ちゃんも、先輩もいる。二人の距離は、夏の間のブランクを取り戻すかのように、縮まっていくように見えるのだ。
だから、私は心穏やかではなくなっていった。私の方が勝っているように想えたのに、千早ちゃんがどんどんと追い上げてくるように見える。それが私は怖くて仕方がなかった。だから、千早ちゃんと先輩が二人きりで話しているときは、よく私は割り込むようにして会話に入っていったのだ。
伊織は唯一私の味方になっているように見えた。もちろん、伊織の目的は、自分の財閥を間接的に支援するため。別に私のことを思って、協力してくれるわけではない。私も伊織も、そのことは承知だ。
困ったときは、伊織に相談した。千早ちゃんに妨害されるかもしれないから、密かにメールしたり、密かに食事に誘ったりして、アドバイスを求めていたのだ。伊織のアドバイスは、効果てきめんみたいだった。
私が気にしているのは、この恋のさや当ての結末はどうなったのかということだ。どちらかが、彼を射止めることができたということなのだろうか。
それは私なのか、それとも・・・。
きっと私たちのうち、どちらかは本当に望月先輩を射止めることができたのだろうと思う。雪村さんを出し抜いて、付き合い始めて、そして最後には・・・許嫁の地位も奪い去った、そんな気がするのだ。
そうでなければ、私たちに殺し合いをさせる意味がない。もし、望月先輩がそのまま雪村さんと結ばれていて、私たちのどちらとも結ばれないことが確実なら、私たちが殺し合う動機は薄くなる。
犯人たちは、私たちの内どちらか生き残った方と、望月先輩が実際に結ばれることができると、私たちに思わせている。それは多分実際にどちらかとは結ばれていたからなのだと思う。
でも、それがどちらかは分からない。
だったらこうすればいいのではないか。私と千早ちゃん、お互いが記憶をひねり出し、実際に望月先輩と結ばれていた方が生き残る。
それが一番合理的だ。先輩の心を射止めていた方は、愛する先輩と一緒になることができる。そして先輩も一番好きだと思っている子と結ばれることができる。そして邪魔者はこの世からいなくなる。
一番納得のいく解決案じゃないだろうか。
「ねえ、春香。」
突然千早ちゃんが声をかけてきた。千早ちゃんは部屋の隅っこの方にいて、何か物思いにふけっているようだった。私は、相変わらず部屋の中央の壁によりかかっている。
「何よ。」
「・・・どうしてそんなにイラついているの?」
「別に、イラついてはいないよ。」
「でも、口調がそうは感じないから。」
「用向きは何?」
私は千早ちゃんの言葉を遮るように催促した。
「私・・・別に心変わりしたわけじゃないの。」
「何が?」
「その・・・えっと・・・私が、死ぬって話。この事件に私の母親が関わっていることは間違いない。私のせいで、春香が苦しんでいる。その事実は、どう転んでも変えることはできないの。」
「だから?」
「だから私・・・あなたの代わりに・・・命を・・・捧げようとと思う・・・。」
この言葉は本当なんだろうか。一度疑いの芽が出てしまうと、完全に刈り取るまでは、信用できなくなってしまう。いや、もっと言えば、土壌を根こそぎ破壊するまで、信用ができない。
「そう・・・。」
「うん。」
「じゃあ・・・いい?」
今すぐにでも、その芽を土壌ごと。
「まだ待ってほしい。」
「・・・・。」
「ごめん、私、真実を知りたい。この事件の真犯人、私のお母さんを炊きつけて、裏から糸を引いている人間。」
「そんなの分かりっこないよ。」
「でも記憶が蘇っていっている。その中に、私が知りたい真実が隠されているのかもしれない。」
「知ってどうするの?」
「・・・・。」
真実を知ったところで、死んでしまっては元も子もない。やはり、真実を知りたいから殺すのを待ってほしいというのは、単なる口実に過ぎないのではないか。
千早ちゃんにその気がないというのは、よくわかった。
だから私は、最も「公平」なルールを提案することにした。
「じゃあ、こうするのはどうかな?私と千早ちゃんは、望月先輩を巡って恋のさや当てをしていた。その競争に勝った方が生き残るっていうのは?」
「・・・どういうこと?」
「私と千早ちゃんが、それぞれ記憶をたどっていって、実際に先輩を射止めていた方が、相手を殺して生き残る。つまり、もし最終的に先輩と付き合っていたのが私なら、千早ちゃんが殺される。もし千早ちゃんが、付き合っていたら、私が殺される。どう?一番『公平』じゃない?」
「『公平』って・・・。」
「何か不満?これって先輩にとっても幸せなプランだと思う。だって、先輩が一番好きになった人が生き残るんだよ。そして生き残った方が先輩と結ばれる。これが一番合理的だと思うんだけど。」
「それじゃあ、春香が生き残るとは限らないじゃない。」
「そんなに自信があるの?」
私は少し厭味ったらしく言ってみた。
「・・・こんなことで決めて、先輩が喜ぶとは思えない。先輩はそんな人じゃない。」
「じゃあどうやって決めるっていうの?お互いに死にたくないって思っているのに、決めようがないじゃない!」
私は語気を強めて、睨み付けた。千早ちゃんは、蛇に睨まれたかのように体を凍らせている。
千早ちゃんは知っているんじゃないか?自分が選ばれなかったって。それだからこそ、自分の延命のためにこの方法に抵抗しているんじゃないか。
あるいは、千早ちゃんは私がもう記憶を取り戻していると疑っているのかもしれない。もし既に私の記憶が戻っていて、その結果、私が彼を射止めているということだった場合、私は「出来レース」を提案したことになる。
「千早ちゃん、疑ってるんだね。私が記憶を取り戻したんじゃないかって。私が結ばれているって知ってて、だからこそこんな方法を提案しているんだって。」
千早ちゃんは首を振った。
「そんなつもりじゃ・・・。」
「思い出していないよ。このゲームの結末がどうなっているかって、私本当に知らない。」
「・・・・・。」
どうせ言葉で言っても信用されないだろう。
それに、なんとなく結果は読めてきた。千早ちゃんが、この方法に抵抗するということは、多分、この勝負は私が勝っているんだと思う。もし千早ちゃんが勝っているのだとしたら、この提案に喜んで乗ってくるはずだ。ライバルである私はいなくなり、晴れて先輩と結ばれるんだから。
だけどそうじゃないということは、やっぱり私が先輩を射止めていたのだ。そして多分千早ちゃんはその事実を思い出した。きっとそうなんじゃないか。
「千早ちゃんは、知っているの?結末。」
「・・・分からない。」
「そう・・・。」
確かに本当にまだ思い出していないという可能性もある。不確実だからこそ、この方法には反対している。あるいは、私がもう記憶を取り戻していると疑っている。
「じゃあ、こんな方法はどう?彼に聞いてみればいいんだよ。どっちに生き残ってほしいかって。」
そう言って私は、スピーカーの方を指さした。
「先輩も一緒につかまってる。だから、先輩をスピーカー口に出してもらって、実際に聞けばいいんだよ。」
千早ちゃんが目を見開いた。
「あなた正気!?先輩にどちらが生き残るか決めさせようって言うの!?」
「それが一番『公平確実』だよね?」
「先輩の心の傷はどうなるのよ!?望月先輩は、これで助かっても、『自分のせいで死なせてしまった』っていう、罪悪感を一生抱かせることになるのよ!」
「でも・・・そうしないと、決められないよね。」
「だから私が・・・。」
「私が?」
「・・・死ぬって言ってるじゃない・・・。」
千早ちゃんは急に小声になった。鼻をすする声が聞こえる。千早ちゃんが長い髪を前に垂らしている。泣いているんだろう。
もしかしたら先輩は、この部屋の様子を見ているかもしれない。私たちの醜態を、見させられているかもしれない。そう考えると、途端に肝胆が冷えてしまった。こんな生々しい現場、彼に見られたくない。
「ごめん、今のは忘れて。」
「・・・・・。」
千早ちゃんは無言を貫いている。
「私どうかしてた。」
「・・・・・。」
黙ってしまった。鼻をすする音だけが聞こえる。私は正面のスピーカーを見据えていた。もし先輩が聞いていたら、どんな反応をするだろうか。きっと幻滅したに決まっている。仮に私のことが好きだったとしても、冷めてしまったかもしれない。
思えば、こんなことをずっと考えていた。
千早ちゃんと先輩の距離が近づけば近づくほど、私は負けてしまったのではないか、そんな気分になった。
千早ちゃんは大人だから、別に先輩との仲をひけらかしたりはしない。むしろ、私を傷つけまいと積極的に隠してくる方だった。その方が、余計に傷つくし、疑心暗鬼にさせるのに。
「春香・・・ごめんね・・・私のせいで・・・。春香にこんなことを言わせてしまって・・・。」
やめてほしい。もう言わないで。千早ちゃんが聖人であるように見えれば見えるほど、私が傷つくのだ。
「春香は・・・いつも私のことを見てくれていた・・・大事な友達だと思ってくれていた。実際にそれで私は・・・本当に心の底から救われたのに・・・。春香を犯罪者にしてしまってまで私に幸せを与えてくれたのに、私は・・・想い人一人譲ってもあげられない。私は弱い人間。醜い人間。そんな私を・・・許して・・・。」
「許すわ。許すから・・・もうそれ以上言わないでよ。」
「ごめん・・・。」
二人の間に只管に思い沈黙が下りてきていた。