第4節 蒼いオーラ
11月上旬のことだ。私は美希をカフェへと誘いだした。望月先輩のことなどについて美希に相談するためだ。美希は、普段ボケーっとしているけど、実はとっても勘がよくて、頭のいい子なのだ。だから、もしかしたら、私が今抱えている悩みについて、何かいいアドバイスが貰えるかもと期待してのことだった。
「今日は本当に千早さんが奢ってくれるの?」
「ええ。私から誘い出したんだから、好きなものを食べていいわよ。」
「ありがとうなの!」
美希はルンルンと言いながら、メニューを品定めをしている。私はホットコーヒーにしておこう。しばらくして。美希が店員を呼んで注文した。
しばらくして、店員が大きなイチゴパフェを持って帰ってきた。
「結構大きいわね、そのイチゴパフェ。」
「でしょー。ミキ、満足なの。」
そろそろ本題に入ろう。
「今日はね、美希に相談したいことがあって呼んだの。」
「うん、そうみたいだね。何?俊のこと?」
やはり、心を読まれていたようだ。
「図星なの。」
「ええ、望月先輩について・・・よ。」
「なんなりと話してみて。」
私は、一呼吸おいてから、美希に語りかけた。
「単刀直入に言うわ。望月先輩は誰のことが好きなんだと思う?」
美希は、うーんとしばし考えたうえで、「やっぱり、春香と千早さんの両方でしょう。」と答えた。
春香はまだわかる。でもどうして私まで・・・。私の印象なんて多分薄いだろうに。
「ねえ美希。どうして私のことを好きだと思うの?別にお世辞とかいらないわよ。」
「うんうん、全然お世辞とかじゃないよ。ミキなんとなくわかるの。俊にとっては、春香と千早さん、二人で一セットなの。」
「二人で一セット?」
もし美希の言葉が本当なのだとしたら、先輩が私たち両方に『手切れ金』を渡さない理由も頷ける。
「うん。俊は、春香に明るさを求めてるような気がするの。それに対して、千早さんには、安らぎを求めている。」
安らぎ?この私が?
「別に、私に安らぐ要素があるとは思えないけど・・・。」
美希は、またうーんと考えた。
「なんていうかな、守ってあげたい感じっていうのかな。そういうのを感じるんだと思うの。」
「庇護欲求みたいなものかしら?」
「たぶん・・・そうだと思うの。」
庇護欲求か。そういえば、彼と一回デートした時に、そんなことを言われていたのを思い出した。
「千早さんって、不思議なんだよね。」と美希が言い出す。
「何が不思議なのかしら。」
「千早さんって、普通にしていると、ただのおとなしい子なの。少し大人びていて、春香のいいツッコミ役で、どこか安定感がある感じ。雪歩とはまた違うおとなしさなの。だけど、千早さんってどこか、可哀そうな感じがするの。」
私は苦笑した。
「私は『かわいそうな子』なの?」
「うん。」
この子は臆面もなく私にそう言った。
「不幸なオーラが出てるってこと?」
「そういうこと。」
私はうんざりといった表情を見せた。
「前に、望月先輩にも同じことを言われた。」
「そうなの?きっと人を見る目があるんだね。」
「そんなものかしら・・・。」
「で、実際は?不幸な人生を送ってきたの?」
なんて答えたらいいのだろうか。きっと、いやまず間違いなく、私はほかの人より不幸な人生を送ってきた。その自信はある。そうなった理由の大半は、私のせいなのだから、別に同情してもらおうとは思わない。でも、今の美希の質問の趣旨を考えると、答えは多分イエスだ。
「あんまり幸せじゃなかったのね。」
私が答える前に、美希がそう答えた。
「幸せじゃなかったら、何だっていうのよ。」
私は少しむきになって、美希にぶつけた。
「だから、守りたくなっちゃうんじゃないかな。千早さんには、なんだか、守らせたくしちゃうような、何か不思議な悲しい青っぽいオーラがあるんだと思うの。本人は自覚してないみたいだけど。」
そんなものなのかな・・・。でも、そんなこと言ったら春香はどうなるのよ。あの子だって、私と同じくらいひどい目にあってきたじゃないか。そんな彼女は、守らなくていいの?
「春香は、守ってもらいたい感じはしないの?」
「しないの。」
美希は即答した。
「どうして?」
「うーん、うまくは言えないんだけど、守ってもらわなくても大丈夫なそうな気がするから。」
なんだか要領を得ない。春香はおしとやかでないから、そんな感じがしないということなのかしら。
「春香は、元気良いし、不幸なことがなさそうだし、とにかく、守ってもらわなくても大丈夫な感じなの。」
「それは違うわ。春香だって私くらい不幸な人生を・・・」
と言いかけて、口を止めた。危ない危ない、危うく春香の過去を言いかけるところだった。
「送ってきたのね。」
美希がそのあとを私に代わって続けた。
「そんなんじゃないって。」
と否定した時には遅かった。
「大丈夫。美希、口は堅いから。」
「お願い。春香のことは詮索しないでね。」
「別にそんなことするつもりもないし、興味もないの。そもそも、ミキだって、別にそういうこと知りたくもないの。だけど、なんとなくわかっちゃうの。あっ、この人こういう人なんだって。」
きっと美希は、天才なのだろう。物事の本質を見抜く力がある。だから、私はその力に頼りたいのだ。
「でも、だとしたら春香ってすごいの。不幸な人生を歩んでおきながら、それを少しも感じさせないんだから。」
それは確かに春香の魅力の一つだと思う。だけど、私は春香がそういう「顔」をしていなかった時代を知っている。死にたくなるほど暗い顔をしていた時代を。
「美希が知ってたら教えてほしいんだけど、最近春香の望月先輩へのアプローチが上手になってきたような気がするんだけど、どうしてだと思う?」
「うーん、誰かが入れ知恵したんじゃいの?」
入れ知恵ね。私もその可能性を疑っている。もし私の勘が正しければ、吹き込んでいるのは、多分あの子だ。
「誰だと思う?」
「うーん・・・でこちゃんかな。」
でこちゃんとは、水瀬伊織のことだ。私の予想ともぴたりと符合する。
「どうしてそう思うの?」
「んー、最近春香とでこちゃんが結構親しくしてるから。」
考えたくはなかった。水瀬さんは、きっと邪悪な目的をもって春香に近づいている。伊織が属する水瀬グループと、望月グループは互いにライバル関係にある。だとすれば、望月グループの強化につながる、雪村さんとの結婚を邪魔したいと思うはず。
水瀬さんが、もしそういう目的を持って春香に近づいているのだとすれば、春香にとって不測の事態が起こりかねない。
「それがどうかしたの?」
美希はそのことを意に介していないみたいだ。
「美希は、そのことを危険だとは思わないの?水瀬さんは、財閥同士の利害関係で、春香に近づいて、先輩と雪村さんの縁談に干渉しようとしているのよ。危険な火遊びだわ。」
「んー、確かに、ちょっと危ない感じがするの。」
「やっぱり、そう思うのね。」
私は、水瀬さんが春香を自分の財閥のための道具として利用していることがまず許せなかった。そして、このままでは、春香は2つの財閥の間の争いに巻き込まれることになる。いや、もう巻き込まれている!
「ねえ、美希。もう一つ聞きたいことがあるの。」
「何?」
私は少し躊躇っていた。先輩は、春香と私の関係を「太陽と月」だといった。それは本当にあっているのかどうか、そんなバカげたこと、美希に聞いてどうするのか、そんな思いがあったからだ。
「聞きたいの?聞きたくないの?」
迷っていても仕方がない。笑われてもいい。こんな事聞けるのは、美希くらいなんだから。
「美希、笑わないで聞いてくれる?」
「う・・・うん。」
「望月先輩はね、春香と私はとても対照的だって言ったの。まるで『太陽と月』みたいだねって。それって合っていると思う?」
美希は即答した。
「その通りだと思うの。」
美希があまりに即答するから、少しあっけにとられてしまった。
「それにしても、二人を『太陽と月』に例えるなんで、俊もロマンチストなの。」
「どうして、美希はそう思うの?」
「だって、千早さんは春香がいないと生きていけないでしょ。」
グサッと来た。でも、多分本質をとらえている。
「そう・・・見える?」
「うん。」
「どうして、そう見えるの?」
「だって、千早さん、いつも春香にくっついているじゃない。春香と一緒にいると、千早さん、とても幸せそうだし、安心な顔してるもん。たしか、太陽は自分で光っているけど、月は自分では光れないんでしょ。それってまさに、春香と千早さんだと思うの。」
そういう意味だったのかな?望月先輩が言ってたのって。でも、美希が言うことは一理ある。というより、私たちの本質そのものかもしれない。
「あと、太陽はまぶしいから、眺める対象じゃないけど、月はみんなで楽しめるじゃない。そういう違いかな。」
うん?どういうこと?
「ごめん、美希、今のはよくわからない。」
「ええとね、月は見ていてうっとりできるでしょ。つまり、人を意識しないまま魅惑しちゃう訳。太陽にはそういうことできないから。」
つまり・・・。
「それって、私が魔性の女だってこと?」
「ある種そうだと思う。」
「ひどい言われようね。」
「だって、普通にしてるだけで、守ってあげたくなっちゃう女の子なんて、ある種魔性の女だと思うな。」
そういわれれば、確かにそうなのかもしれない。でも、私としては、それは納得したくない。
「そう、そういうことね。ま、参考になったわ。」
私はしばらく目を瞑って考え事をしていた。美希はパフェに夢中で、私のことなど意に介してないように見えた。しかし、しばらくして卒然聞いてきた。
「千早さんは、俊と付き合うの?」
「えっ?」
「だって、千早さんは俊のことが好きなんでしょ?だから、ミキに、俊は誰が好きなのか相談してきたんでしょ?」
その通りだ。でもこれは美希の特殊能力が無くてもわかる話だ。
「確かに、私は先輩のことを慕っている。だけど・・・付き合いたいとは・・・思わないわ。だって雪村さんと結婚しちゃうんだし。」
「それに、仮に付き合えたとしても、春香に譲るから?」
やはり、そこまで見抜かれていたのか・・・。
しばらくして、美希が不安そうに尋ねてきた。
「千早さん、サークルやめちゃうの?」
びっくりした。本当にまるで心の中全てを読まれているみたいだった。
「どうして、そんな・・・。」
「なんか、最近の千早さん、サークルに居ても、つまんなそうだから。俊のことが原因なんでしょ。千早さんは、4人で仲良くしてあげたいけど、春香に気兼ねして、俊に話しかけられない。恋心と春香への気持ちがぶつかってモヤモヤしちゃってる。」
「・・・なんでも、美希にはお見通しなのね。」
「まあね。」
しばらくして、私が口を開いた。
「本当は・・・私も春香も両方ともサークルを辞めて、彼のことを諦めるのが一番ベストだと思うのよ。望月先輩を狙いに行くなんて・・・やっぱり無鉄砲だし危険だから。現にこうやって・・・水瀬さんに利用されている。一緒にサークルを辞められれば、私と春香のどちらが先輩を射止めるかってことでこんなに悩む必要もないし、先輩のことで色々と危険なことに巻き込まれなくて済む。だけど・・・私は春香に『一緒にサークルを辞めよう』って・・・言えないの。」
「どうして?」
「それは・・・。」
私が負い目を感じているからだ。私が春香の人生に口出しできる権利なんてない。
「それは?」
「・・・何でもない。」
言えるはずがない。私と春香がとんでもない人生を送っているなんて。そしてこの子は勘が良いから、少しでもヒントを与えてしまえば、遠からず真相にたどり着いてしまう。この子に情報を与えるわけにはいかない。
「ふーん。ミキには言えないようなふかーい事情があるんだね。」
私は少しだけ苦笑した。
「・・・まぁそういうこと。だから、勘弁してね。」
「はーい。」
美希は食い下がることはなかった。存外素直なようだった。
しばらくして、また美希が口を開いた。
「でも、ミキとしては、千早さんには、辞めないでほしいなって思うの。」
「あら、それはどうして?」
「千早さんがいなくなると、何か寂しくなっちゃうの。」
あら、なんだかかわいい。
「私の魅力に憑りつかれた?」
「んー、そうかも。なんか、千早さんから不思議なオーラを感じるから。」
「不幸なオーラかしら。」
「まあ、そうなんだけど。それって、千早さんの魅力だと思うの。」
ずいぶんな言われようだ。こんな歯に衣着せぬ発言は、美希以外からは聞きようがないな。
私はもう少し美希とお話ししていきたいと思った。だから、美希がパフェを食べ終わっても、私はお会計を急いたりはしなかった。
「美希、今日はありがとう。いろいろと本音を聞けて楽しかったわ。」
結局,、それから2時間も話し込んでしまった。普段あまり話さない美希との会話は、すごく新鮮だった。
「ミキも、千早さんとお話しできて楽しかったの。また誘ってくれるとうれしいな、千早さんのおごりで。」
私はくすくす笑った。
「今度は、割り勘ね。」
「えー、いじわる。」
私は伝票を持って、レジで精算した。
「ありがとうございました。」
店員の声が背中から聞こえた。
「千早さん、今日はごちそうさまでした。」
礼儀正しく一礼して、美希は去っていった。