※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

71 / 127
第14章太陽と月 第5節財閥の理論

第5節 財閥の理論

 

「千早が、私を誘うなんてどういう風の吹きまわしかしら。」

 数日の後、私は水瀬さんを、美希を呼んだときと同じカフェへと呼び出した。伊織には、いろいろと問い詰めておかなければならないことがある。

「ちょっと、水瀬さんにいろいろと相談しておきたいことがあってね。」

「ふーん、まあ、なんとなく想像はついているけど。」

「まずは注文を取りましょうか。」

 私は前回と同様にホットコーヒーを、水瀬さんも同じものを注文した。

「で、一応聞くけど、相談事って何かしら。」

「望月先輩のことなの。」

 やっぱりね、水瀬さんはそういう表情を浮かべた。

「で、どういう内容?」

「単刀直入に聞くけど、望月先輩は、私と春香、どちらを好きでいると思う?」

 何だそんなことか、と言わんばかりの顔だ。

「そんなの春香に決まっているでしょ。詳しくは分からないけど、普段のあんたたちの様子を見ていたら、春香と話しているときのほうが、望月も楽しそうじゃない。」

 確かに、普通だったらそう見ると思う。伊織の見立てが間違っているとは思えない。美希の見立ては、少し楽観的過ぎるところがあるように思うのだ。

「それで、私に春香から望月を奪うよう協力してほしいってこと?」

「そういうことじゃない。ただ、水瀬さんの見解を聞きたいだけ。」

「そう・・・。じゃあ言わせてもらうけど、春香、千早、雪村さん、この3人のうちで、望月が最も好意を示しているのは春香。これは群を抜いてる。その次に、『女友達としては好きな方』の位置に千早、そしてうっとしいと思われているのが雪村さん。そして、先輩はもしも許嫁と結婚するという制約さえなくなれば、春香と付き合いたいって思っている。どう、これが私の見解。」

 間違いない。水瀬さんの言う内容に、間違いはないと思う。水瀬さんの認識は、私の認識と同じだ。

 その時、店員がホットコーヒーを運んできた。

 次に私は「太陽と月」の話について、聞くことにした。

「ねえ、水瀬さん。望月先輩は、春香と私のことを『太陽と月』ってなぞらえたの。それについては、どう思う?」

 水瀬さんは、思わず吹き出していた。

「あの人も、なかなか面白い表現をするわね。」

 その表情には、明らかに嘲笑の色が浮かんでいた。普通だったら笑われる。予想はしていたけど、ここまで露骨だと腹立たしい。確かに、望月グループと水瀬グループはライバル関係だとはいえ、少し行き過ぎではないか。

 水瀬さんは、コーヒーにミルクと砂糖を入れていた。

「それで、その表現はどう思うの?」

「どうも何も、春香と千早の関係そのものじゃない。自分で認識しているかどうかわからないけど、千早、あんたは春香に依存しているの。だから、『太陽と月』」

 ここは美希と同じ見解のようだ。

「それが何か重要なの?」

 そういわれると、答えに窮する。

「私と春香、どっちが好きなのかに関係するかと思って。」

「関係するんじゃないの?春香と千早、どっちが好きなのか。答えは見えているじゃない。」

 水瀬さんの言おう落としていることは分かる。根暗な私に、望月先輩は興味を抱いていないということだ。

 心を落ち着かせるために、コーヒーに口をつける。

「もう一つ聞かせて。最近、春香に入れ知恵をしているのはあなたなの?」

 水瀬さんは、怪訝な顔を浮かべた。

「どこでその情報嗅ぎつけたの?」

 間違いない。水瀬さんが春香を焚きつけているんだ。その上で、多分春香に口を割らないよう厳命してある。

「言っておくけど、春香じゃないからね。」

「でしょうね。あの子、芯はしっかりしてそうだから、口を割るとは思えないし。」

 その見立ては正しい。春香は、一度決めたことは曲げたりしないのだ。

「ソースは明かさないわよ。」

「当然。ジャーナリストを目指しているなら、取材源は死守しなきゃ。いいわ。大体見当がついているし。」

 私は水瀬さんをにらみつけた。

「どうして・・・春香に余計な真似をするの?」

「それは、あなたも推理できるんじゃないの。」

「質問に答えなさい。どうして・・・春香に危険な道を選ばせようとしているの。」

 やれやれという表情を見せつつも、水瀬さんは静かに口を開いた。

「私の財閥と望月グループがライバル関係にあるのは知っているわよね。望月と雪村さんの婚姻がなくなれば、ライバルである望月グループを邪魔できる。だからよ。」

 やはり、二人の縁談を邪魔することが狙いだったわけか。

「春香を、財閥のための道具としてしか見てなかったわけね!」

「別に、そういうわけではないわ。」

「嘘よ!」

 私は水瀬さんを鋭くにらみつける。

 水瀬さんは、コーヒーに口をつけた。私の眼力に動揺しまいとしているのか。

「春香は自分で私に協力する道を選んだの。別に強制したわけではない。すべて彼女の意思。私はその意思に沿うようアドバイスしているだけ。」

「春香はそれが危険な道であるって知らないのよ。ただの大学生同士の恋路の問題じゃない。」

 彼女は否定する。

「そんなはずはないわ。私はちゃんと警告しているの。私が春香にこの話を持ち掛けた時にね。これは危険な道だって。」

「春香が、自らその『危険な道』を選んだっていうの!?」

「そうよ。」

 そんなバカな・・・。

「どんな言い方をしたのよ。まさか曖昧な言い方をしていないでしょうね。」

「そんなの覚えてないわよ。ただ、直接的に『死ぬかもしれない』なんて言ってないわ。」

「それじゃ、ちゃんと伝わってないじゃない!」

 思わず語気が強まる。

「ただ、『元には戻れなくなる』とはちゃんと警告したわ。その上で、春香も同意しているのよ。」

「嘘よ!そんな大事なこと、私に相談もなく決めるはず・・・」

「あんたに相談できないから、一人で決めているんじゃない!」

 そうか。私は春香にとって恋のライバル。そんなこと相談できるわけがない、でもだからと言って、こんな危険な道を選ばなくたっていいじゃない・・・。

 水瀬さんも応酬する。

「だいたい、どんなリスクがあるなんて、分かりはしないのよ。上流階級の世界は、あんたたち庶民には理解できないの。そこに足を突っ込む以上、身ぐるみはがされたって文句は言えないわけ。正直どうなるかなんて、私だってわからないんだから。」

「そんないい加減な認識で、春香を巻き込んだっていうの!?」

 気づけば、大声を張り上げて立ち上がっていた。

 水瀬さんは、落ち着き払った感じでコーヒーを飲んでいる。

「千早、少しは落ち着きなさい。ここは部室じゃないのよ。」

 周りを振り返った。周囲が驚いたような眼でこちらを見ている。冷静さを取り戻し、席に着いた。

「春香は・・・あなたたちのおもちゃじゃないのよ・・・。」

 心が痛い。そんな認識で、春香を危険なゲームに誘い込むなんて・・・。

「別に、あんたに同情を買わせるつもりじゃないんだけどね。私だって、こんな事好きでやっているわけじゃないの。対立財閥を妨害するために、人の色恋にまで手を出すなんて、正直ばからしいと思っている。春香のことは、いい子だと思っているし、できればこんなことに巻き込みたくないって思ってる。けどね、それが私の役割なのよ。世の中には、やりたくなくてもやらなくちゃいけないことがあるって、あんたならわかるでしょ。」

 どうして・・・どうして水瀬さんは、そんなに平気な顔をしていられるの・・・?人一人、命まで危うくなるかもしれないっていうのに・・・。

「心は痛まないの?こんなことをして。」

「・・・・・」

「水瀬さん!答えなさい!あなたの良心は、痛まないの!?」

「ノブレス・オブリージュ」

 えっ、どうしてこの単語がここで・・・。

「私もね、グループ15万人の人生を抱えている一族の一人なのよ。普段、楽そうに見えるかもしれないけど、私たちの双肩には、彼ら15万人の生活が圧し掛かっているの。その彼らの生活を守るためには、文字通り、なんだってやらなくちゃいけない。もちろん、汚いことだってね。」

 水瀬さんがコーヒーカップを手にして、一口すすった。

「上流階級の世界では、汚いことはたくさんある。その一つ一つに心を痛めていたら、正直心がいくつあっても足りないの。」

「つまり、春香をおもちゃにしていても、何にも感じない、そういうこと?」

 水瀬さんは、悪びれる様子もなく、コーヒーカップに目を落としている。

「水瀬さん、あなたは壊れているわ。とてもまともな人間とは思えない。」

「・・・失礼な言い口ね。ま、でも間違ってはいないわ。そうよ、私は壊れているの。私はあんたみたいな真人間とは違う。」

 水瀬さんがコーヒーのお代わりを注文した。

 しばらく無言が続いた。私は相変わらず水瀬さんをにらみ続けている。

「コーヒー冷めるわよ。」

「あなたには関係ないでしょ。」

 はあー、と水瀬さんはため息をつく。

「これは、春香にも言ったことなんだけど・・・」

 水瀬さんが再び口を開いた。今度は何が飛び出すというのかしら。

「春香には、『不倫』という道も薦めたわ。正妻に隠れて好を通じる。決して、結婚することはできないし、子供も作っちゃいけない。ばれたら多分そこで終わりだし、いつ捨てられるかもわからない。望月だって無傷じゃ済まないかもしれない。世間的には全く称賛されないし、本人には、ただ満足感しか残らない。そんな人生を棒に振るような選択肢もある。」

「春香は、なんて答えたの?」

「・・・できれば彼と結婚したい。でも、できなかったら、それでもいいって。」

「そんな・・・」

 春香は、そこまで考えていたというの・・・。春香・・・そんなのでいいの?やっと手に入れたあなただけの人生、そんな風に使ってしまって、本当にいいの?

 私は水瀬さんに問いたい。

「水瀬さん、あなたは、それで春香が幸せになれるって本気で思っているの?」

 しばらく考えたのち、彼女は口を開いた。

「本人がそれでいいというんだから、それが本人にとって幸せなんじゃないの?春香が幸せなのかどうかなんて、私がどうこう言える問題じゃないし、千早がどうこう言う問題でもない。それはあくまで、本人が決めることなのよ。」

 言い返せない。水瀬さんの言っていることは正論だ。結局、本人が幸せだと思うなら、それでいい。だけど、本当にそれでいいのだろうか・・・。

 その時、水瀬さんが注文していたコーヒーのお代わりが届いた。彼女は、ミルクと砂糖を入れて、スプーンで丁寧にかき混ぜている。

 待てよ・・・。水瀬さんは、望月先輩と雪村さんの縁談を邪魔することが目的だと言っていた。そしてその為に春香を支援しているって。だけど、いくら水瀬さんや水瀬財閥が裏から手を回していると言っても、先輩が雪村さんと結婚するっていう意志はすごく強いし、それを変えられるはずもない。それは、水瀬さんもわかっているはず。

 じゃあなんで、接触してきたんだ。縁談を邪魔できる可能性は少ないというのに・・・。まさか・・・。

「水瀬さん・・・あなたもしかして、ワザと春香に入れ知恵したのね。『不倫』って選択肢を。」

 水瀬さんはすました顔でコーヒーに口を付けている。

「あなたの本当の狙いは、春香に先輩と不倫をさせること。そしてそれを世間にバラして、望月財閥の権威を傷つけること、違う!?」

 水瀬さんは間髪入れずに問いかけてきた。

「それで。あんた自身はどうしたいのよ?」

 私?

「どうしたいってどういう意味よ。質問をはぐらかさないで!」

 水瀬さんは、あきれたような表情をしながら、私の言葉を無視していく。

「あんたは望月をどうしたいの。自分が奪いたいの、それとも春香に諦めさせたいの?」

「やっぱりそれが狙いだったのね・・・。春香はそれを知っているの?自分が不倫をしているってことをバラされるって・・・。」

 水瀬さんは私から目を逸らすように、コーヒーの中を覗き込んでいる。

 ドンッ!

 私は思わずテーブルを叩いていた。

「水瀬さん!」

「・・・春香にはそれとなく伝えてあるわ。『春香が幸せになることは保証できない』って。」

「それだけ?」

「それだけ。」

 そんな言葉じゃ伝わるはずがないじゃない・・・。

「このこと・・・望月先輩に報告するわ。あなたが邪悪な意図を持って春香を操っているって。さぞ、大変なことになるでしょうね。」

 しかし私の脅し文句にもかかわらず、水瀬さんはピクリとも顔を動かさない。

「いいの?そんなことをして困るのはあなたたちじゃないかしら?」

「どういうことよ。」

「簡単な話。春香は私と共謀していた。共謀して、望月を財閥のトップから引きずり降ろそうとしていた。そんなことを知ったら、彼は、春香のことをどう思うかしらね。」

 そうか・・・。そんなことを知ってしまったら先輩は、春香のことを敵視せざるを得なくなる。

「結婚とか不倫する以前に、千年の恋も冷めるでしょうね。それでいいのかしら?」

 くっ・・・。

「それよりも、アンタの気持ちはどうなの?私はどっちが望月の心をゲットしようと関係ないのよ。彼の縁談さえ邪魔できればいいんだから。」

 私は・・・分からない。気持ちとしては、できれば望月先輩と一緒に居たい。けど、それはかなわないのだ。そして、春香にそれをかなえさせたいと思っても、多分それもかなわない。

 私に春香を止める資格などない。春香を犯罪者にしてしまった私には。私の願いは、春香が幸せであること。そして、もしたとえ叶わぬ恋であるとしても、先輩と一緒に居られることが春香の幸福ならば、私は・・・春香の気持ちを尊重するべきではないか。

「今は・・・何とも言えない。頭が混乱していて、よくわからないの。」

「よくわからないんじゃ、こっちも何もしようがないわね。」

 伊織はコーヒーカップを置いた。

「別に私は、水瀬さんに何かしてほしいってわけじゃない!。ただ、私の願いは、春香を物みたいに扱わないでほしい。春香はあなたたちのおもちゃじゃない!」

 ふう、と水瀬さんはため息をつく。

「すっかり、私は悪者扱いね。まあ、実際自分でも悪いことしていると思っている。けど、こっちも遊びでやっているわけじゃない。それは分かってほしい。」

「・・・それは分かってる。だけど・・・。」

 許せないよ。いくら財閥の為だからと言って、こんなやり方で春香を手駒にして、傷つけようとするなんて・・・。

 水瀬さんが再びカップを握り、コーヒーに口をつける。そしてコーヒーカップをソーサーの上においた。はあーというため息をついて、彼女は語った。

「もう潮時ね。」

「・・・どういう意味かしら?」

 私は水瀬さんをにらみながら、今の意味深な発言の真意を求めた。

「私、このサークルやめることにしたから。」

「春香にちょっかい出すの、やめてくれるの?」

「ええ。そうするわ。企みがバレてしまった以上、これ以上ここにいるわけにはいかないから。」

「もう二度と春香の前に顔を見せないで。あの子の不利益になるようなことはしないで頂戴。」

「分かってるわ。」

 水瀬さんは窓の外を見つめていた。そして呟くのだ。

「多分、美希から聞いたんでしょ。私が陰で糸引いてるって。」

 私は何も答えなかった。水瀬さんは、その沈黙を肯定と捉えたようだった。

「千早、アドバイスしておくけど、核心を突かれたときは、嘘でも『違う』って言っておくものよ。取材源は記者にとっての命なんだからね。それにしても・・・あの子、本当に恐ろしいほどに勘が冴えてるわね。」

「あなた、美希に何するつもり?」

 私はどやしつけながら、水瀬さんを詰問した。美希は何も悪くないのだ。私が美希に相談したために、美希にもしものことがあったら・・・。私は手でこぶしを作り、ぎゅっと握りしめた。

「誰にも言わないよう口止めするだけよ。」

「どう口を封じるつもりかしら。私だって、あなたが黒幕だってことを知っているのよ。美希に何かしようとしたら、私がただじゃおかない。」

 私は強い口調で水瀬さんを脅迫した。もし水瀬さんが美希に粗暴なことをすれば、私が先輩や雪村さんにちくってやる。

 やれやれといった感じで、首を横に振った。

「美希にお願いするだけよ。平和的かつ合法的にね。」

 水瀬さんは、望月先輩と雪村さんの縁談を邪魔しようとした。そのことが雪村さんに知れるのは、水瀬さんにとって相当まずいことのはず。これを水瀬さんへの脅迫材料にすればいい。いわば、抑止力だ。もちろん、諸刃の剣だが、立場のある水瀬さんを思いとどまらせるには十分なはず。

 またお互いに無言になってしまった。重い沈黙の中で、カフェの陽気な音楽が場違いさを際立たせている。水瀬さんは、2敗目のコーヒーも飲み終えたようだ。

「まだ何か話があるの?もうそろそろお暇したいんだけど。」

 水瀬さんが、解散するよう求めてきた。もう話すべきことは、すべて話した。もう彼女を解放してもいいだろう。

「もう・・・ないわ。」

「そう、じゃあ私は帰るから。」

 そう言って、水瀬さんは自分の財布から1万円札を十枚ほど取り出し、伝票に挟んだ。

「コーヒー代にしては多いんじゃないかしら。」

 私は皮肉を込めて、言い放った。

「詫び料こみよ。」

 水瀬さんは自分のカバンを肩にかけると、ゆっくりと立ち上がった。

「私、許さないから・・・。」

 一瞬、動きが止まったかのように見えた。

「どうぞ、ご勝手に。」

 水瀬さんは、私を一瞥することなく、その場を立ち去った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。