第2節 機先を制す
11月中旬頃になって、千早ちゃんがテニスサークルを辞めてしまった。
私は当然千早ちゃんにその理由を尋ねた。「どうしてサークルを辞めちゃうの?」
千早ちゃんは「最近忙しくなってきたから、勉強とアルバイトに精を出したいの」と言っていたけど、そんなの嘘だ。千早ちゃんが、テニスサークルを辞めたのは、私に望月先輩を譲るためなのだ。先輩と千早ちゃんがいると、先輩の気持ちが千早ちゃんに寄ってしまうかもしれない、それを避けるために、千早ちゃんは、自らサークルを辞めたのだ。
別にそれは、私だけの見立てではなかった。テニスサークルに属するメンバーの十中八九がそう感じていたのだ。
でも、それが私にとってありがたいことであることには、間違いはなかった。私は、より望月先輩に近づきやすくなった。そして、雪村さんはますます焦っていた。
私にとって驚きなのは、それだけではなかった。千早ちゃんだけじゃなく、伊織もサークルを辞めてしまったのである。伊織は突然サークルに来なくなってしまったから、どうして辞めてしまったのか、その理由を聞けないままだった。
そのあと、私は伊織にメールで聞いてみた。伊織が在籍する総合政策学部は、私が在籍する法学部とはキャンパスが微妙に離れているので、なかなか面と向かって会話する機会がないからだ。
伊織は「なんだか飽きたから」と返してきた。伊織らしいようで、なんだか伊織らしくない歯切れの悪さがあるような気がした。
ただ、伊織のアドバイスを私は忘れたわけではなかった。伊織いわく、「クリスマスの日に告白してしまうのがいい」ということだった。そして、雪村さんを出し抜かなくちゃいけない。
そのためには、早めにクリスマスの予定を抑えるのだ。雪村さんに予定を抑えられてしまう前に。
11月中旬、千早ちゃんと伊織がサークルを辞めるほんの少し前、この日、私は作戦を決行に移すことにした。この日、すでに、先輩はサークル室に居てくつろいでいるが、たまたま雪村さんはまだサークル室に姿を現していなかった。
しかも、周囲にはうるさいことを言って絡んできそうな京極さんたちもいない。これはチャンスだ。私は、部屋の真ん中にあるちゃぶ台を前に、本を読んでいる望月先輩に近づいた。
「先輩、何読んでるんですか?」
「ああ、これ?ゲームの攻略本だよ。」
そう言って、私に背表紙を見せてくれた。
「ああ、ファイナルファンタジーですね。」
「そうそう。ゲーム自体ももちろん面白いんだけど、こうやって攻略本を眺めるだけでも面白いんだよ。こういうRPGって結構設定も凝っているから、そういうの見てるだけでも楽しめるんだよ。」
「へえー、そうなんですか。私、RPGってやったことないんですよね。」
「そうなんだ。まあ、RPGはスマブラとかマリオカートみたいに、パパッとやるのとはまた違うからね。」
「今度、やってみようかなー、何か。」
「だったら、FFがおすすめだよ。」
ファイナルファンタジーか、世界観が西洋風でいかにもRPGって感じがするなー。
「FFだとどれがおすすめですか?」
「そうだなー、やっぱり名作と言われているのは、10かな。でも個人的には8が好きなんだよね。ストーリーが面白いし。」
へえーそうなんだ。面白そうだなー・・・ってゲームの話で盛り上がっていたらダメだ。私は先輩にデートの話をしに来たのだ。こんなことをして時間をつぶして、雪村さんが現れたらアウトだ。早速、話を始めないと・・・。
「あの・・・先輩?」
「うん?何をやるか決めたの?」
「えっと・・・その・・ゲームの話じゃなくて、その・・・。」
言いにくい。クリスマスにデートを申し込む・・・。意識はしていたが、やっぱりことは重大なのだ。だけど・・・話を始めなければ何も始まらない。勇気を出せ、私!
「先輩は・・・12月24日って空いてますか?」
先輩が驚いたような表情を見せた。こんな質問が出てくるとは、予想していなかったのだろう。
「クリスマスイブか・・・。毎年、その日は楓と過ごしてきたんだよね・・・。今年は別にまだ約束していないけど、多分、楓からその日を空けておくように指令があると思う。」
やっぱり・・・ダメか。
あきらめかけたその時だった。
「1日丸々は無理でも、夜だけなら空けられると思う。」
私はぱぁーっと目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「うん。夜から仕事が入ったとか何か適当なことを言っておけば大丈夫だと思うから。」
望月先輩は、いたずらっ子のように笑った。
「でも・・・それで大丈夫なんですか。イブの夜に仕事なんて・・・なんだか変だと思いますけど。それに・・・やっぱり何か、雪村さんに申し訳ないかなぁって・・・。」
望月先輩はにこやかに答えた。
「大丈夫。会社にいきなりに呼ばれることなんて日常茶飯事だし。夜は本社にいるって言っておくから。楓にはその代わり飛び切りのプレゼントをしておくし。それに、毎年楓とは過ごしているから、僕としても、たまには違う人と過ごしてみたかったんだよ。」
笑顔を崩さない先輩の表情を見て、私も顔を緩ませる。
「春香ちゃん、どこか行きたいところある?」
行く場所か・・・。先輩をデートに誘うことまでは考えていたけど、どこに行くかまでは考えてなかった。そうね・・・クリスマスにデートで行くところか・・・。
考えあぐねている様子を見た先輩が、こんな提案をしてきた。
「そうだ。一緒にディナーをしない?」
「ディナーですか?」
「そうそう、飛び切りいい店を知ってるんだ。そこに招待するよ。」
私は満面の笑みを浮かべた。
「はい!行きましょう!ディナーに!」
「ちゃんとプレゼントも用意していくからね、春香ちゃんも忘れないでね。」
「もちろんですよ。私もとびっきりのプレゼント用意していきますから!」
先輩ははにかんだ。
「そんなに無理しなくていいからね。僕は春香ちゃんの気持ちだけで十分嬉しいんだから。」
私は顔を膨らませた。
「先輩、私のこと見くびってますよね。」
「ハハハ、全然そんなことないよ。そこまで言うなら、僕期待しちゃうよ。春香ちゃんのプレゼント。」
「もちろんですよ。期待していてください!その代わり、先輩のプレゼントも期待していますからね。」
先輩は頭をポリポリと掻いた。
「まいったなー。」
私は思わず吹き出してしまった。
「もちろん、出来る範囲でいいですからね。」
先輩も笑いながら答える。
「そうするよ。」
こうして私は先輩とクリスマスイブの予定を取り付けた。断られるかと思ったけど、思いの外、すんなりと通ってくれた。