※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

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第16章葛藤 第2節恐るべき提案

第2節 恐るべき提案

 

 12月24日に行った春香のクリスマスデートは、大成功を収めた。春香は望月先輩をその手で射止めることに成功したのだ。

 それからというもの、春香との会話の大体は、望月先輩とのイチャイチャ話だった。春香が幸せなのはうれしいし、念願かなってようやく望月先輩を手に入れたのだから、春香がものすごく喜ぶのもよくわかる話だ。

 だけど、望月先輩を譲った形となった私としては、そう明け透けに自慢されるのが、正直鬱陶しくもあった。もちろん、そんなこと春香に言ったりはしないのだが。

 けれど、春香と望月先輩が密かに付き合い始めてから2か月がたったころ、私にとって重大な転機が訪れることになった。

 私は、大学からほど近いところにある小さな喫茶店でアルバイトをしていた。店を切り盛りしているのは、もう七十になるのではないかという初老の男性だ。

 カランコロン。

「いらっしゃいませ。」

 私がお客さんに声をかけた。

「やあ、久しぶり。」

 びっくりした。そこにいたのは、望月先輩だったからだ。

「望月先輩・・・どうして・・・ここに。」

「春香から聞いたんだ。ここに君が勤めてるってね。」

 マスターのおじいさんが、私に声をかける。

「なんじゃ、二人は知り合いかの?」

 私は少しまごつきながらも、マスターに答えた。

「ええ・・・、大学のサークルの・・・先輩なんです。」

「ほおー、そうじゃったか。見てのとおり、うちの店は空いておるからの。ゆっくりしていくといいぞ。」

 うちのお店は、住宅街のひっそりとした目立たない路地裏にある、知る人ぞ知る隠れ家的な喫茶店だ。だけど、そのおかげで、普段客足はぱったり。このお店も、マスターのおじいさんの趣味で始めたもので、赤字前提で経営しているみたいだった。多分、私を雇ってくれたのも、話し相手がほしかったからなのかもしれない。

 実際、今もお客さんは誰もいなかった。

「ではお客様、こちらへどうぞ。」

 変な感じではあるが、望月先輩をあくまでお客さんとして、席に案内した。

「ご注文がお決まりになりましたら、お声かけください。」

 私はあえていたって事務的な文句を述べることに努めた。

「あっ、じゃあ注文いいかな。」

 早くも注文が決まったようだ。彼はテーブルに置いてあるメニューも手に取っていなかった。

「えっ、ど、どうぞ。ご注文をお伺いします・・・。」

「千早ちゃん。君。」

「はい?」

「君と話がしたい。今ここでね。」

「ご注文は私ですか・・・今は仕事中ですよ。」

「ダメかな?」

 そう言って、この困ったお客さんは、マスターの方に目をやった。

「かまわんよ。見てのとおり、今はお客さんもほかにおらんしの・・・じゃが、せめて他のものも注文してくれんかの。ふぉっふぉっふぉっ。」

 マスターはそう言って笑った。

「マ、マスター・・・。」

 マスターはいい人だ。この店の静かな雰囲気に合うような、紳士な人。そして、ユーモアのあるひとでもあった。

「じゃあ、決まりだね。キリマンジャロを貰おうかな。」

 注文を受けて、マスターがキリマンジャロを1杯用意した。そして私は、彼の元へとそれを運んだ。

「お待たせしました。キリマンジャロです。」

「ありがとう。いい香りだ。じゃあ、そこに座って。」

 私は促されるまま、テーブルの彼の真向いの席に腰を下ろした。

「エプロン姿も似合ってるね、千早ちゃん。」

「・・・ありがとうございます。」

「ずっとここでバイトしていたの?」

「ええ・・・もう半年以上になります。で、いきなり何なんですか。私に話って。春香をほったらかして、こんなところで私に会っていたなんて知ったら、春香怒りますよ。」

 先輩は一口コーヒーをすする。

「んー、味もいい。立地さえ良ければ、お客さんも呼び込めそうだね。」

「聞いてます?私の質問。」

「ああ、聞いているよ。ちょっと、千早ちゃんと世間話でもしようと思ってね。」

 一体何だというんだ。いきなりふらっと現れて、先輩の目的は何なのだろう。

「千早ちゃん、どうしてサークル辞めちゃったの?」

 そのことか。

「私、ジャーナリストを目指しているの知ってますよね。その勉強のためです。あと奨学金も借りてますから、その返済のためにバイトの回数を増やしたんです。とてもじゃないけど、サークルと両立なんてできないんで。」

「そう?」

 そう言って、わざとらしくお店を見回す。そして手で口元を隠しながら、こそこそ言うのだ。

「このお店、そんなに大変そうには見えないけど。」

「失礼ですね。私の方からお願いしてシフトを増やしてもらっているんです。お陰で、今バイトは私だけで済んでいるんですから。」

「ふーん、ジャーナリストになるための勉強も忙しいの?」

「ええ。最近英語とかも勉強してますから。」

 望月先輩は容易に信じてくれはなさそうだ。というよりも、この質問自体、本題に入るための導入に過ぎないのだ。

「で、そろそろ本題に入ってください。」

 望月先輩がやれやれという表情をする。

「千早ちゃんもせっかちだなー。」

「私も忙しいですから。」

 先輩はコーヒーを一口飲み、話し始めた。

「今日の夜、時間空いてる?」

 どういうこと、私をデートに誘うつもり?

「デートならお断りします。あなたは、春香と一緒にいてあげるべきなんです。」

 私はきっぱりと、凛として断った。

「そういうことじゃないんだ。千早ちゃんに相談したいことがある。」

「ここじゃダメなんですか。今ならお客さんもいませんし。」

「二人きりで話したい。」

 彼の視線の先には、マスターがいた。たとえマスターであったとしても聞かれてはいけない話ということなのか。

「大事な話なんだ。」

 先輩からそういわれると、断るわけにもいかない。

「・・・分かりました。今日はバイトがあるからダメですけど、明日の夜なら大丈夫です。」

「ありがとう。じゃあ、明日の午後6時に、ここに来て。」

 そう言って先輩は、1枚の名刺を取り出した。その裏面には、新宿にあるビジネスホテルの名前が書かれていた。

「明日の午後6時、このホテルのフロントで待っていてくれ。そこに迎えに行くから。」

 ホテルなんて・・・、望月先輩、あなた一体何するつもりなんですか。

 私は怪訝な顔を浮かべた。

 先輩は笑って言った。

「別に君をどうこうしたりはしないよ。そんなことしたら、それこそ春香に怒られちゃう。こういうところじゃないと、落ち着いて話せないからね。」

 彼はコーヒーを飲み干すと、お会計のために立ち上がった。

「今日は、それだけを伝えに来たんですか。」

「ああ。メールだと、多分警戒して取り合ってくれないと思ったからね。」

 彼の顔から笑顔が消えていた。彼はお会計を済ませて、喫茶店から立ち去った。

「なかなかの風格の持ち主じゃのー。」

「ええ・・・。」

 私はマスターになんて説明すればいいのか困っていた。

「別に事情を聴いたりはせんよ。イロコイはいろいろとあるからのー。ふぉっふぉっふぉっ。」

 マスターは私を気遣ってそう言ってくれた。

「すみません。」

 私はただ謝ることしかできなかった。

 二人でしか話せない内容。私はその中身が気になっていた。とてつもなくわくわくもするし、とてつもなく嫌な予感もする。とにかく、話を聞いてみなければなるまい。

 翌日の午後5時50分、私は昨日指定されたホテルのフロントで、彼のことを待っていた。

 それから5分後、彼がホテルのロビーへと入ってきた。

「千早ちゃん、お待たせ。どれくらい待ってた?」

「こんばんは、先輩。5分くらいです。」

「そっかー、じゃあ早速中に入ろうか。部屋は取ってあるんだ。」

「話しを聞いたら、すぐ帰りますからね。今日は友達と遊ぶって春香に嘘ついて抜け出してきたんですから。あんまり遅いと、嘘だとばれてしまいますので。」

「分かってるよ。」

 先輩はチェックインの手続きを済ませると、私をエスコートして、エレベータに乗せ、そして先輩が予約していた部屋へたどり着いた。

 ガチャリ。彼が部屋の扉を開けて、電気をつけて、暖房をつける。私を奥に通す。彼はダッフルコートを脱いで、ハンガーにかけたところだ。

「千早ちゃん、コート貸して。」

 私は先輩に言われるがままコートを脱ぎ、それを先輩に手渡した。私は、ツインベッドの片方にちょこんと座り、彼がコートをかけ終わるのを待っていた。

「お腹空いてる?何か出前でも取ろうか?」

「いえ、結構です。」

「じゃあ、飲み物だけでも買ってくるよ。何がいい?」

 私はどぎまぎしながら、冷たいお茶を要望した。彼はホテルの自販機を目指して、部屋を出ていった。

 私はため息をつきながら、部屋の外をぼんやりと眺めていた。二月末なので、この時間はすっかり陽が落ちてしまっている。ともすれば、若いカップルが一夜の情事を楽しみに泊まりに来たようにしか見えないだろう。

 決してそうではないのだが、なんだか春香に申し訳ない気持ちが湧き出てきた。

 やがて、先輩が飲み物を買って帰ってきた。彼がグラスに飲み物を注ぐと、彼はもう一つのツインベッドに座り、向かい合う形となった。

「今日も一日お疲れさま。」

 そう言って、私たちは乾杯した。

「先輩、早速ですけど、本題に入ってください。」

 挨拶もそこそこに、私は先輩を急いていた。

「ああ。そうさせてもらうよ。」

 先輩は、お茶が入ったグラスをテーブルの上に置くと、静かに話し始めた。

「実はね・・・僕は真剣に春香と結婚しようと考えているんだ。」

 へえー・・・えっ!今なんと!

「は、春香と結婚・・・!?」

「ああ、そうだ。」

「それじゃ、先輩は財閥のトップを諦めるっていうんですか?」

 彼はうつむいて、口を開いた。

「・・・そこで相談なんだ。僕はこの50万人グループの財閥を受け継ぐ。その意思に変わりはないよ。」

「でも・・・雪村さんと結婚しなかったら、お兄様が雪村さんと結婚して、財閥を引き継ぐんじゃ・・・。」

「僕はグループを引き継ぐ。これは僕だけの問題じゃないからね、これは変えられない。でも、僕は春香を先の見えない泥沼の中にはめ込ませたくない。だから、楓と結婚せず、尚且つ僕がグループを引き継ぐ方法を考えているんだ。」

 そんな・・・そんな方法があるっていうの?雪村さんとの縁談を破棄しつつ、家督を引き継ぐ方法・・・。

「そんなの・・・無理ですよ・・・。だって、これは大人の人たちの決めたことなんですよ。たまたま雪村さんは、先輩との結婚を望んでる。だけど、先輩がそうであるように、たとえ雪村さんが先輩との結婚を望んでいなくとも、その縁談は変えられない。」

 先輩は冷たく吐き捨てた。

「そう、そうだよ。普通はね。だけど、例えばだ・・・。楓が春香への嫉妬のあまり、春香を物理的に傷つけて、それが障害沙汰になったらどうだろう。そんなことが表ざたになったとき、縁談がそのままでいられるだろうか。僕はそうは思わない・・・。」

 先輩、あなた・・・。

「望月先輩、あなた、雪村さんを犯罪者に仕立て上げようっていうんですか・・・、春香と結婚するために!」

「どれだけ非難されたって構わない。僕の考えがどれだけ異常なのかはよくわかっている。その上で・・・僕は春香と結婚したいんだ。」

 先輩のそのあまりの冷静な口ぶりに、私の怒りの熱も一瞬で冷めてしまった。冷や水を浴びせかけられたかのように委縮してしまったのだ。

「雪村さん・・・何年も一緒だったんですよね・・・。」

「高校時代からだからね。」

「・・・本当に、そんなことするんですか。もっと他に方法があるでしょう!?誰も傷つかなくていい、そんな方法が。」

 先輩はうつむいたまま、首を横に振った。

「少なくとも、僕の頭では、これ以上は思いつかなかったよ。彼女にとっては、残酷でも、これが最も傷の浅い、最善の方法なんだ。」

 あまりにも冷たくて、暗い、そんな言葉だった。私は、先輩からそんな言葉が発せられるとは思いもしなかったし、聞きたくもなかった。

「作戦を教えてください。あなたが、今何を考えているのか。」

 とにかく、彼の考えを聞きたい。彼はどういうビジョンを抱いているのか。まだ協力すると決めたわけじゃない。そもそも、こんな荒唐無稽な話、即座にうんと言えるはずがない。それでも、彼が春香の幸せを願って考える作戦案なのだ。一考の価値はあるはずだ。

「僕はこうしようと考えている。僕と春香は、普通の恋人としてふるまう。実際恋人同士なんだから、何の問題もない。千早ちゃんにやってほしいのは、楓に接触して、彼女を焚きつけることなんだ。千早ちゃんも僕に好意があった。そういうことにして、僕を独り占めにしようとしている春香を妬んでいると。その上で楓に協力を申し出る。春香の恋路を邪魔するために、協力するって言ってね。そうすれば、あとは彼女を焚きつけることは簡単だ。そして、ある日、春香と楓が二人で対面した時に、楓が春香に襲い掛かるように仕向ける。そこに、僕が現れて、春香を救い出す。こうすれば、あとは大人たちに任せればいい。こちらから雪村家に、この件を引き合いに出して、婚姻を解消するよう申し出ることだってできる。そうすれば、春香と結婚することだって、できるはず・・・。」

 なんて酷い作戦なの・・・。いくら春香を幸せにするためとはいえ、他人の人生をもてあそぶようなことをしなくちゃいけないなんて・・・。

「先輩、本当にこれが最善策なんですか。もしこんなことになったら、雪村さんの人生はどうなるですか!?雪村さん・・・嵌められて、犯罪者にされちゃうんですよ!?あの人の人生、一生棒に振ることになっちゃうんですよ!私には、最悪の方法にしか聞こえないんですけど・・・。」

 先輩はだんまりを貫いている。

「警察沙汰にするつもりはない。あくまで『大人の解決』をする。雪村家には、その一件を引き合いに出して、警察には通報しないことを交換条件にして、縁談から手を引いてもらう。そうすれば、楓の対外的な名誉は傷つかない。」

「先輩・・・あなたにできるんですか。この作戦、あなたの良心は・・・痛みませんか?」

 私は彼を責めるような口調で言った。でも私に、先輩を軽蔑する資格なんてない。先輩も必死で悩んだのだろう。そしてその上で、こういう結論を下したのだ。先輩が春香を愛する気持ちは、本物だ。先輩からは、そんな気持ちが伝わってくる。

先輩は顔を上げた。その眼には涙が浮かんでいる。

「ああ・・・。僕は・・・楓のことが・・・嫌いだった。いつもくっついてきて、僕の気持ちなんて、何ら考えやしない。だけど、正直辛いよ。僕は・・・彼女がいかに僕のことを好きだったかよく知ってる。嫌われまいと、彼女なりに一生懸命だった。だから、こんなことしなくちゃいけないなんて・・・正直、僕は辛い。」

 私はテーブルに置いたグラスに口をつけた。暖房で温められたのか、若干ぬるくなっていた。

「それに、こんな計画、春香も傷つけることになる。確かに、先輩が最後は助け出すんでしょうけど、既成事実を作るために、春香が本当にピンチにならないと、助けに来てくれないんですよね。それじゃ、もしかしたら春香は本当に・・・。」

 先輩は直ちに否定した。

「それだけは絶対に避ける。彼女を傷つけようとしたという事実さえあればいい。それさえあれば、何とかなる。」

 本当なのだろうか。本当にそんなに都合よくいくのだろうか。そしてそれよりも、そんな愛する春香を、こんな危険にさらすことに、抵抗はないのだろうか。

「この話って、春香にはしてありますか?」

「ああ。してある。」

「それで、春香はなんて言ってました?」

「少し考えさせてほしいって。」

「でしょうね。こんな大それた話、おいそれと了承できませんから。」

 彼はうつむいて「すまない。」とだけ述べた。

 私には、そんな彼にかけるべき言葉が見つからなかった。

「・・・私も少し、考えさせてください。先輩に協力するかどうか・・・。」

「もちろんだよ。こんな大事なこと、この場で決めさせたりはしない。じっくり考えてほしい。その上で・・・いい返事を待ってるよ。」

 私はグラスのお茶を飲み干すと、立ち上がった。

「もう帰ります。」

「わかった。駅まで、お見送りしていくよ。」

 私は手で制した。

「いえ、結構です。一人で帰れますから。」

 私は、衣文掛けのコートを取り、その場で羽織った。私の口調がとげとげしく聞こえたのか、先輩が自嘲気味に聞いてきた。

「僕に失望した?」

 私は、少し考えたうえで答えた。

「・・・分かりません。それでは、失礼します。」

 一礼して部屋を出て、そのまま京王線に乗り込んだ。

 私は電車の中で考えていた。確かに、先輩が言うように、雪村さんとの縁談をなきものにして、春香と結ばれる方法なんて、そう簡単に見つかるはずがない。先輩が言う通り、きっと穏当な方法としては、これが精いっぱいなのだろう。

 だけど、果たして本当にこんなことをしていいのだろうか・・・。いや、よくはない。よくはないのだ。でも、春香の幸せをつかみ取るためには・・・。

 私は目を瞑った。目を瞑ると、二つの光景が浮かんでくる。一つは、明るい光景。望月先輩の正妻となって、少しもセレブぶらず、精いっぱい先輩のために尽くしている春香の姿。そしてもう一つは、雪村さんが正妻で、春香が不倫相手として、いつ先輩と会えるともしれず、一人寂しく、一年に一回だけ会える日を待ちわびる織姫のように、待ち続けている春香の姿。

 その悲しい姿を思い浮かべるたびに、本当に涙がこぼれ落ちそうになる。それでも、春香は「先輩の太陽」でありたいと言った。その決意は、何よりも堅い。

 そして、雪村さんの幸せは、結局、一方的な自己満足に過ぎない。たとえ、雪村さんが先輩と結婚しても、先輩は自分を幸せだとだまし続けなければならない。そうでなければ、この関係は壊れてしまうからだ。恐らく、今までずっとそうしてきたのだ。先輩は、いつなん時でも、雪村さんのことを悪く言ってこなかった。そして、雪村さんといてさも楽しいかのようにふるまってきた。結局、それは、先輩がこの欺瞞を瓦解させないために続けてきた努力に違いなかったのだ。

 そう考えると、そんな先輩の気丈な努力を顧みもせず、そして彼の幸せを考えもしない雪村さんが憎らしく思えてくる。

彼女の一方的自己満足のために、どうして、先輩があそこまで苦しまなくてはならないのだろうか。そして、あそこまで健気な春香が犠牲にならなくちゃいけないのか、そして、先輩の愛を得ることを妨げられなくてはならないのか。

 いいんじゃないだろうか。私は今ようやく理解したのだ。確かに、これは「最も穏当」な方法だ。先輩が言わなかった、もっと「不穏当」な方法、例えばそれは・・・彼女を殺すことだ。

 例えば、私が殺したって良い。極端な話かもしれないが、そういう方法だってあり得る。私は、確かに春香とは友達かもしれないが、その関係は事実上のものだ。だから、何か理由をつけて彼女を殺めてしまったところで、春香が先輩と結婚する上では何ら障害にはならないのだ。

 でも、さすがにそこまではしたくない。だからといって、春香の身を危険に晒したくはない。

 せめて、役柄を交換できないだろうか。

先輩と付き合うのは、春香ではなく私。もちろん、それは付き合う「フリ」だ。雪村さんのヘイトを私に向けさせ、春香に危害が及ばないようにする。そして春香は、私に先輩を「取られた」として、その敵意を利用して、雪村さんに接触する。

 そして、やがて雪村さんが私を殺しに来る・・・。私なら、最悪何があってもいい。春香に万が一のことがあるくらいなら、私が犠牲になったほうがいい。春香はきっと、うんとは言ってくれないかもしれない。「自分のせいで、千早ちゃんが傷ついた」そんなことは思いたくもないからだ。でも、それは私が春香を傷つけさせたくないのと同じことだ。

 こんなことは我儘でしかない。でも、私としては、その「我儘」を通したい。そのために、私は何を言えばいいのだろうか・・・。

 

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