※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

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第16章葛藤 第3節春香の為に

第3節 春香の為に

 

「ただいま。」

「おかえり、千早ちゃん。もう先にご飯食べちゃったよ。」

 気づけば、午後8時30分になっていた。春香はもうすでに入浴もし終わったようであった。

 私は、着替えもせず、疲れたとばかりに座椅子に座り込んだ。そして、机の一点を見つめていた。

「千早ちゃん、どうしたの?」

 春香は先輩からこの計画を知らされているのだという。そして保留にした。だとしたら、ここで話し合っておくべきではないか。

「千早ちゃん?」

「春香・・・今日ね、望月先輩に会ってきたの。それで・・・あの事を聞いたの。」

 春香の表情が曇った。やはり、春香にも事前に話していたようだ。

「雪村さんを貶めるって話だよね。」

「うん。」

「そう・・・。」

 春香は下を向いてしまった。

「春香は、即答しなかったんだよね。」

「うん、千早ちゃんは?」

「私も。だってこんな計画・・・荒唐無稽よ。」

「・・・うん。」

 私の口調は、多分攻撃的に聞こえていたことだろう。それに対して、春香は居心地が悪そうだ。多分、内心は賛成しているのかもしれない。

「千早ちゃん・・・私、別に本当にいいんだよ。先輩と結婚できなくても・・・。私は彼と一緒に過ごせる時間があるだけで幸せなんだから・・・。」

 春香の表情は仄暗い。でも、春香が言っていることは、きっと本心なのだ。春香は、本心から、先輩と過ごせる時間さえあればいいと思っている。たとえ、人生を切り売りするような不利な条件であったとしても、本当にそれでもいいって思っている。

 でも・・・私は、それでは嫌なのだ。これは私の我儘だ。私は、本人が望む以上に幸せになってほしいのだ。だから・・・たとえ春香がこの作戦に反対していたとしても、私は・・・。

「私は確かに、この計画はめちゃくちゃだ、荒唐無稽だって思った。だけど、役柄を入れ替えさえすればありかなって思ったの。」

「えっ。」

 春香が意外そうな顔をした。

「春香と先輩は心の中で愛し合う。だけど、表面的には私と先輩が付き合う。春香が『先輩を千早に取られた』って言って、雪村さんを挑発する。そして雪村さんに、私を襲わせる。これでどう?」

 春香は否定の弁を述べる。

「そんなことしたら・・・千早ちゃんが危険な目に合うじゃない!」

「役柄を入れ替えなかったら、春香が危険な目に合う。どちらにしろ、どちらかが危険な目にあうことは、避けられないのよ。だとしたら、そんな危険な役柄は私が引き受ける。」

「そんな・・・そんなのって無いよ・・・だって、最終的には危険な思いをさせて、そのあと、私が先輩を奪っちゃうのよ。」

 私は苦笑した。

「春香、先輩はもともとあなたのものなのよ。私は少し借り受けるだけ。借りたから、元の場所に返す。それだけなのよ。」

「それに!私はそんな作戦望んでないよ。だって、私は、先輩と会えさえすれば・・・それでいいんだもん・・・。」

 春香は泣きそうになっている。そんな春香はかわいい。私は、春香の頭を撫でてあげる。そしてこう諭すのだ。

「春香、これは私の我儘なの。あなたには、春香が望む以上の幸せでいてほしい。厚かましい、私からのお願いなの。だから、私が危険な目にあうのは当然。私自身は全然報われなくたっていい。私にとっては、春香の幸せが、私の幸せなんだから・・・。」

 これは本当のことだ。私は、春香に・・・依存している。私は、今まで春香がいたから生きてこれてきたのだ。春香がいなかったら、今の自分は、いない。自分に人生を生かせてくれたのは、春香だ。だとしたら、彼女に恩返しをするのが普通だ。

 なのに、私は春香のために何もしてあげられていない。

 だから、私は今ここで恩返しをするのだ。たとえ自己満足だとしても、それでもいい。

「千早ちゃんを・・・傷つけたくない・・・。」

 私は笑って返す。

「大丈夫。私はそんなにやわな人間じゃないわ。今まで修羅場も何度も切り抜けてきたし、いざとなったら先輩が助けてくれる。『月』が『太陽』にできる、唯一の恩返しなのよ。お願い、春香、受けて・・・くれない?」

 春香は『太陽』で、私は『月』。自ら輝けない月が太陽のためにしてあげられることは、人を魅惑し、惑わし、そしてその引力で狂わせることだけだ。

「・・・それで、千早ちゃんは幸せになれるの?そんなむなしいこと・・・どうして千早ちゃんがしなくちゃいけないのよ・・・。」

 私は春香を撫でながら言った。

「さっきも言ったでしょ。私の幸せは、春香が幸せであることなの。春香が心から笑顔でいてくれたから、私も今まで幸せでいられた。私は、春香に笑顔でいてほしい。だって、それが私にとっての幸せなんだから・・・。」

 春香は声を上げて泣き出してしまった。

「千早ちゃん・・・私怖いの・・・。誰かを恨み、誰かに恨まれ、そんなことを延々と繰り替えすなんて。いつか破滅が訪れそうな気がするの。」

 私は春香を抱き寄せた。春香の暖かな温もりが肌を伝わる。

「その時は・・・私が春香を守るわ・・・。たとえ、自分の命に代えてもね・・・。」

「千早ちゃん・・・ありがとう。でも、最後の言葉は聞かなかったことにしておくね。」

 そう言って、私と春香はいつまでも抱き合い、そして私たちは契りを交わすかのように、愛を確かめ合ったのである。

 こうして春香と私は、望月先輩が考えた作戦を受け入れることになった。私は、先輩と堂々と近づくためにサークルに戻り、逆に春香は雪村さんに近づくこととなった。

 私・春香・望月先輩・雪村さんの4人を取り巻く環境は、まるで一変した。かつては、先輩と春香が仲が良く、私と雪村さんは、その会話の中に入っていくような感じだった。

 だけど、作戦が始まってから、私と先輩の話す頻度が増えて、逆に春香と先輩が話す頻度がめっきり減ったのだ。この変化を、サークルの人たちはどう思っていたのだろうか。

 みんなは澄ましこんでいるから、私たちの間に何があったのか聞こうとしない。みんな、私たちの間がどこか異常さを秘めていることに気付いているのだ。気づいたうえで、敢えて触れないようにしている。

 春香はテニスサークルの中にいて、時々辛い表情を見せるようになった。それは、あくまで私に先輩を取られてしまったとアピールするための演技。本当は、先輩は春香のことを愛しているし、春香もそうだ。

 でも、たとえ演技だとしても、私が春香の苦しんでいる顔を見るのは、とても心苦しく、辛いことだった。

 そんな生活が春先まで続いていた。

 

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