第5節 ある日のデート
「なんだか、私、場違いでした。」
最新映画の試写会が終わった後、報道陣らが詰めかける映画館から逃げるようにして会場を後にしていた。
「試写会なんてあんなもんだよ。特にこのシリーズは子供から大人まで大人気だからね。」
望月先輩はさも当然という雰囲気だ。
「先輩は、慣れてるんですよ。こういう場所に。私なんて、カメラがあるって知っただけで緊張しちゃって。」
「別に映りはしないと思うよ。番組で使われるのは、声優や出演者が映っている舞台の方だからね。観客なんて、ただの黒山だよ。それよりも、これからどうする。せっかくの“デート”なんだし、これで帰るのはもったいないんじゃないかな。もちろん、千早ちゃんの時間が空いていればだけど。」
映画の試写会は午後1時から始まった。イベントやらなにやらが終わって、今は午後4時近い。先輩の言う通り、せっかくの“デート”だ。今日の件は、予め春香も了承済。それに、今日は特にやることもない。
「そうですね。どこかに行きましょうか。」
私は少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
「そうこなくっちゃ。まだ4時だし、夕食にはまだ早いね。どこか行きたいところはある?」
水を向けられた私は、少し逡巡したうえで、こう答えた。
「そうですね・・・じゃあ、ボウリングなんてしにいくのはどうでしょうか。」
ずっと座りっぱなしで、少し体を動かしたい気分だったのだ。
「いいね。ちょうど腹ごなしになりそうだし、じゃあそこにしようか。」
試写会の会場であった新宿ピカデリーを出て、そのまま歌舞伎町一番街に入った。夕方なのに、すでに怪しい雰囲気を放つ異世界を抜けて、複合施設らしい巨大な商業ビルの前にやってきた。
私はあまりに大きいビルで驚いていた。
「ずいぶん大きい建物ですね。」
「この建物の中にボウリング場が入っているんだ。1階はゲームセンターになっているみたいだね。後で寄っていこうか。」
「ええ、そうですね。」
私たちはエレベーターで、4階の受付へ。休日ということもあって、少し込み合っているようだ。受付に少し時間がかかるらしい。私たちは、受付が済むまで少し小話に興じることにした。
「先輩は、ボウリングうまいんですか。」
先輩は手を振って苦笑する。
「全然。へたくそだよ。克也とか隼人のほうが断然うまいよ。」
どうやら先輩は、京極さんらとボウリングに行っていたらしい。
「3人で行っていたんですか。」
「ああ。高校のときは結構ね。後は楓とかな。」
「雪村さんもですか・・・。」
楓という単語が出て、思わず委縮してしまった。
「彼女も結構うまいほうなんだよね、ボウリングは。コツを教えてもらってはいるんだけど、全然上達しなくってね。」
「意外です。先輩、運動はなんでもできるって思ってましたから。」
先輩は笑って否定する。
「テニスだけだよ。ましなのは。ボウリングの方はさっぱりなんだ。千早ちゃんはどうなの?うまいほう?」
「私も全然だめです。そもそも、経験自体がほとんどないですし。」
ボウリングは、春香と一緒に行ったことがある。その時は、二人して、てんでダメダメだったんだっけ。なんだかひどいスコアをたたき出したのを覚えている。
「春香とは一緒に行ってた?」
「ええ。何回かだけ。ひどいスコアでしたけど。」
「じゃあ、今日はいい勝負ができそうだね。」
「フフフ。そうですね。」
そんなバカ話をしていると、ようやく受付が空いたようだ。先輩が受付表を店員に渡して、レーンを指示する札を受け取った。ボウリングシューズを借りて、ボールを選び、レーンへと向かう。私が投げるのは、9ポンドの軽いボールだ。先輩は13ポンドのボールを選択した。
指定されたレーンへと到着し、上部に備え付けられた小型テレビモニターを見て驚いた。
「名前、『ちーちゃん』って何ですか・・・。」
「ああ。たぶん、千早ちゃんに任せると『如月』って味気ない名前書きそうだったからね。」
そういえば、登録票の名前はすべて先輩が書いていたのを思い出した。少し顔が紅潮してきた。別に怒っているわけではない。恥ずかしいのだ。
「先輩、恥ずかしいですよ。『ちーちゃん』なんて。だって、今まで一度も呼ばれたことないですよ。」
「じゃあ、これから僕がそう呼ぼうか。」
「やめてください。」
「そう真顔で拒否されると、きついねー。」
先輩は、そうやってとぼけた顔をする。
「まあ、今回だけですよ。」
どうせ、もう登録名は変えられないし、誰かがみているわけでもないんだし、あきらめることにした。
ボウリングシューズを履いて、靴紐を結う。
「さ、まずは『ちーちゃん』の番だよ。」
先輩の無邪気な声が飛んできた。困惑しながらも、投球準備に入る。どこまで意味があるのかはわからないけど、とりあえず9ポンドのボールをぞうきんを使って丁寧にふき取り、風が出てくる口で手を乾かす。
腕が痛くならないように、慎重に振りかぶって、一球目を放った。が、失敗。ボールはみるみる左の方向へ。レーンの真ん中あたりで、ガーターゾーンに入ってしまった。
「どんまいどんまい。」
「うまくいかないですね。」
「最初はこんなもんだよ。」
やがて、ボールが返ってくると、今度は慎重に第二球を放った。が、今度もだめ。今度は意識して右方向に投げようとしすぎたせいか、ボールは一直線に右ガーターゾーンへ。
無残にもスコアに0が刻まれた。
「なんかいつも定まらないんですよね。ボールがあっちこっちに行っちゃって。」
「レーンの初めの方に、線が入っているでしょ。あれを目安に投げるといいらしいよ。」
レーンの線か。
先輩が立ち上がり、13ポンドのボールを持ち上げた。そして、ゆっくりと、そして力強くボールを放った。ボールはまっすぐストレートに1番ピンへと向かい、きれいにほかのピンをなぎ倒していった。それでも、一番左端の7番ピンだけが残ってしまった。
「先輩、惜しいです!」
「いつも大体1~2本残っちゃうんだよね。」
「でもこれで当てたらスペアですよ。頑張ってください。」
先輩は、軽く手を挙げて答えると、戻ってきたボールを持ち上げ、慎重に残ったピンに狙いを定めていた。そして小さく振りかぶって、投げおろした。どうも、コースは大丈夫そうだが、少し右にずれすぎている。ダメ。結局、わずかに右にボールが逸れて、スペアにならなかった。
「残ったのに当てるほうが難しいんだよ。」
「そうみたいですね。」
さて、2フレーム目だ。さっき先輩が言っていたことを実践してみようかな。確かにレーンの最初の方に線が入っている。それの真ん中をめがけて投げればいい。
さっきと同様に、慎重に振りかぶって、投げた。あっ、少し真ん中からはずれたかも。視線を上げてボールの先を追ってみる。案の定、左方向にボールは逸れて、左端の3本しか倒せなかった。
「大丈夫大丈夫。そう簡単には倒せないから。」
私は先輩の言葉に愛想笑いを浮かべた。今度こそ、ちゃんと倒さなくては。とにかく真ん中、そこに向かって投げればいいのだ。ほかには何も考えない。
私は再びボールを慎重に放った。よし、今度は真ん中に行ったぞ。あれ?
視線を元に戻すと、ボールはスピンがかかって左側の方向に。ただ、そんなに曲がってはいないらしい。おかげで、2番ピンに当たって、何本か巻き込めた。スコアは7だ。
先輩の一投目。力強く放たれたボールは再びまっすぐ進み、1番ピンに命中。しかし勢いが強かったのか、見事に両端のピンだけが取り残される結果に。
「ありゃ。これじゃスペアはとれないね。」
「どちらかを狙うしかないですね。」
「どっちが狙いやすいと思う?」
「そうですね・・・同じですね。」
「だよね。」
先輩は、戻ってきたボールをひょいと持ち上げると、少しゆっくり目に投げた。どうやら狙いは、右の10番ピンのようだ。放たれたボールはスピンをかけながら、右方向へと進み、ぎりぎりのところで、何とかピンを倒した。
「先輩、ぎりぎりでしたね。」
「正直、当んないと思ったよ。」
そして3フレーム目、4フレーム目とゲームは進んでいく。私は相変わらずだ。調子がいいのか悪いのか、3フレーム目は6本倒し、4フレーム目は2本だった。たぶん調子はいいほうだろう。
先輩も先輩で、8本と7本だ。良いほうなのかな?
さて、5フレーム目だ。少しは体も慣れてきたようだ。大事なことは、とにかく真ん中に。少し投げ方を変えてみようかしら。そうしたら、何か得られるものがあるかも。
今まではボールを振りかぶって、腰のあたりから、投げ放っていた。だから左側に行ってしまうのかもしれない。カッコは悪くてもいいから、少しフォームを変えて、足のひねりを大きくしてみよう。そうしたら、もっとまっすぐ投げられるかも。
新たな決意をもって、ボールを持ち、ゆっくりと慎重にそして、大きく足をひねって、投げてみた。すると今度はどうだろうか。ボールはちゃんとまっすぐ向かっている!
そのままボールはするすると1番ピンを倒し、9本倒せたのだ。やった!
「先輩、できましたよ!9本倒せました!」
「いい笑顔だよ。千早ちゃん。」
あれ、そっち?
「さ、今度はスペアを狙ってみよう。」
先輩に促されて、私は再びボールをつかんだ。残ったピンは、真ん中よりの8番ピン。普通に左寄りに投げれば、当てられるはずだ。
冷静に一投を放った。コースはいいみたいだ。これは当たるかも。そう思ったのだが、少しずつコースが左にそれて、結局、ボールは大外れ。あと一歩というところでスペアを逃してしまった。
「おしいおしい。」
私は席に着いてから先輩に答えた。
「あと少しなんですけどね、どうしても曲がっちゃうんですよね。」
「その気持ちわかるなー。さ、次は僕の番か。うまく倒せるといいんだけどね。」
その時だった。いきなりレーンの照明が落ちて、辺りが暗くなった。と同時に、アナウンスが流れる。どうやら、イベントタイムのようだ。アナウンスによれば、このフレームでストライクを取ると、記念写真を撮ることができるみたいだ。
「責任重大ですよ、先輩。」
「まいったなー、そういうプレッシャーに弱いんだよね。」
「勝負強いところを見せてください。」
「まあ、できるだけ頑張ってみるよ。」
先輩は少し緊張した面持ちになって、ボールをつかんだ。どうやら、すべてのレーンで一斉に投げるらしい。アナウンスの声が準備完了を促している。
そしてついに、アナウンスの号令がかかった!
「さあ、それでは一斉に投げてください、どうぞ!」
先輩はゆっくりと慎重にレーンを歩き、きれいなフォームで、ボールを投げ放った。ボールはど真ん中コース。これは期待できる!
ガシャン!という大きな音ともに、すべてのピンがなぎ倒されていた。ストライクだ!
「すごいです!先輩!ストライクです!」
私ははしゃいで先輩に駆け寄った。
「いやいや、まぐれだよ。」
そう謙遜する割には、先輩は誇らしい。
「やっぱり、先輩は本番に強いんですね。」
「どうなんだろうね。」
先輩はそうとぼけるけど、きっとこの人は勝負強い人なんだ。企業経営者には、まさに必要な能力だ。
「さ、今度は千早ちゃんがストライクを取る番だよ。」
確かに私の調子も上がってきた。もしかしたら、私もストライクを取れるかもしれない。9ポンドのボールを拾い上げると、レーンに立ち、目標となるピン先を見つめていた。やがて視線を落として、レーンの真ん中の線めがけて、投げおろした。するとボールは再び真ん中へと一直線。良い軌道だ。
ゆっくりとボールがピンに当たった。
なんと、全部倒れたのだ!ストライクだ!私がストライクを取れたのは、これが生まれて初めてだった。
「やった!ストライクですよ!」
「やったね、千早ちゃん!やればできるんだよ。」
私は思わず先輩にハイタッチを求めていた。先輩も驚きながらも、それに応じた。先輩の手に触れるなんて、あの居酒屋の時以来のような気がする。
この後も、先輩はいい成績をたたき出し、結果的にスコアは100を超えた。私もストライクを出して健闘したのだが、そのあとが続かず、結局83だった。それでも今までで一番スコアがよかったのかもしれない。
楽しかったので、私たちはもう1ゲームプレイしたのであった。
ゲームを終えて、受付で清算を行った時のことだ。
「お客様は、先ほどのイベントタイムにストライクを出されましたよね。今なら、記念にお写真を撮れますけど、お撮りしますか。」と店員さんに尋ねられた。
「千早ちゃん、撮っていこうよ。」
私もそれに応じた。
「そうですね、せっかく先輩がストライクを取ってくれたんですし。」
「じゃあ、店員さん、それでお願いします。」
店員は「はいかしこまりました」と言うと、用意してあったらしいデジカメを取り出した。
「はい、じゃあ二人とも並んでください。」
私たちは店員さんの指示通りに、受付カウンターのそばで、肩を並べた。
「はい、じゃあ撮りますよ。はい、ちーず。」
シャッターが下ろされた。正直、あまり写真を撮られるのが得意じゃない。たぶん、私はぎこちない顔をしているのだろう。その反面、先輩はピースをしていた。
「お写真の方は、間もなくできますので、もうしばらくお待ちください。」
そういって、店員さんは奥の部屋に入ってしまった。
「私・・・なんか写真って緊張しちゃうんですよね。」
「あれ?苦手だった?」
「うんうん、そうじゃなくて、なんかぎこちない笑顔になっちゃうんです。いつも春香と写真を撮っていると、春香は満面の笑みなのに、私なんて薄ら笑いみたいな顔になっちゃって。」
「さっきは、かわいい顔だったよ。」
先輩からかわいいなんて言われて、ドキッとしないはずがない。
「か、からかわないで下さいよ。」
「いや本当に。隠し撮りでもしとけばよかったかな。」
「捕まえますよ。」
しばらくして、写真が出来上がった。
「どれどれ・・・、うん。確かにぎこちない感じだね。」
写真をのぞいてみた。うわー・・・これはないわ。
「先輩、私本当に今日は楽しかったですよ。」
「大丈夫。それはわかっているよ。この写真は僕がもらっちゃっていいかな。」
「いいですよ。春香に見せるのもどうかとも思いましたから。」
ボウリング場を出たそのあと、私たちは1階にあるゲームセンターを訪れることになった。
「千早ちゃんは、クレーンゲームは得意?」
「正直、あまり得意じゃないです。最近は全然行ってないですね。かといって、昔もよく行っていた訳じゃないんですけど。」
ゲームセンターは、昔春香と行ったことがある。けれどお財布に優しくないから、お互いに積極的に逝こうとはしなかったのだ。
「せっかくだから、少しゲーセンの中をのぞいていこうか。」
先輩の提案で、大音量が轟くゲーセン内を見て回ることになった。
「先輩は、ゲーセンによく行くんですか。」
「ゲーセンはあまり行かないんだよね。コンシューマーゲームをみんなでやるのが好きだからね。だけど昔は行ったよ。克也とかとね。クレーンゲームもよくやったなー。」
「じゃあ、先輩は得意なんですね。」
「いや、得意ってわけでもないよ。たまたまそういう経験を積んでいるだけ。」
「やっぱり、やってたらうまくなるんですか。」
「多少はね。」
ふーん、そんなものなのか。じゃあ、少し“彼女”らしいことしちゃおうかな。
「先輩、じゃああれ取っていただけますか。」
そういって、私は巨大なヨッシーのぬいぐるみを指さした。
「おねだりかい。」
「ええ。そうです。」
「彼女だったら、そんなにかしこまったりしないと思うけどね。」
う、確かに・・・。
「じゃ、じゃあ、『せんぱ~い、あのヨッシーたんほしいな~♡』。これでどうですか。」
先輩は噴き出して、ケラケラ笑っている。
「千早ちゃん。それは多分春香でも言わないと思うよ。」
そ、そうなの?
「良いじゃないですか!私は甘え下手なんです。」
「はいはい、わかったわかった。」
先輩はまだ笑っている。もう、失礼しちゃう。
「私を笑いものにしたんですから、ヨッシーは必ず取ってもらいますからね。」
「頑張ってみるよ。」
ヨッシーはボックスの真ん中でちょこんと座っている。
先輩は500円玉を入れた。500円なら3回プレイすることができる。
1回目、2回目はうまくいかなかった、が、3回目で功名が訪れた。先輩は、ヨッシーの首に、アームの先をひっかけて、器用にすくいあげると、そのままポケットに落とし込んだのだ。
「すごい・・・。本当にとっちゃうなんて。」
「はい、どうぞ」
先輩が取り出し口から、ヨッシーを取り出すと、それを私に手渡した。
「ありがとうございます。先輩。」
「ビニール袋があるはずだから、それに入れていきなよ。せっかくだから、ほかのゲームもやっていこうか。」
「でしたら、先輩、やってみたいものが。」
そう言って私は、ホッケー台を指さした。
「いいね。ゲーセンの定番といったら、まさにこれだね。」
ホッケー台に移動すると、先輩が反対側に立った。マレットを握り、先輩がお金を入れた。
ゲームが始まると、まずは先輩のところにパックが行った。先輩が手加減して、ゆるくパックを打った。
私はチャンスとばかりに、斜めにパックを打った、昔見たテレビの影響か、こういう時は直接相手のゴールを狙いに行かないほうがいいと知っているのだ。
案の定、不意を突かれた先輩は、まともに対応できずに、ゴールを許してしまった。
「やるね、千早ちゃん。」
「先輩、本気でも大丈夫ですよ。」
たった一点取っただけなのに、もう余裕ぶっている。
「じゃあ、少し力を入れさせてもらおうかな。」
先輩は、さっきより少し強めに打った。私はそれを何とか受け止めて、斜めに打ち返す。しかし、先輩も軌道を読んで、パックを抑える。そして今度は斜め打ちした。私は大慌てで軌道を追ったが、つかみ切れずに、ゴールを許してしまった。
「先輩も強いですね。」
「まあね。」
私は今度は、仕切り線のある近くで、打つことにした。テレビでは、こんな風に打つことがあるのだ。
「いいのかい。カウンターに対してがら空きだよ。」
と先輩は警告するのだが、私はそんな忠告全く耳に入らなかった。
「一発で決めますから。」
私は手加減無用のフルパワーでパックを打った。予想外の強さだったのか、先輩も受け止めきれずにゴールを許した。
「やるね。だけど、まだまだだよ。」
ここから、お互いのラリーが始まった。先輩が軽く正面に打って、私が斜めにはじき返すと、先輩も斜めにはじき返す。それをまた正面に打ち放って、先輩も返すといった具合だった。
やがて、パックが二つに増えた。
「ええ、増えるの!?」
正直、エアホッケーをやったことがない私は、増える仕様なんて知らなかった。
「ゲーセンだと昔からあるトリックだよ。」と先輩が教えてくれる。
とにかく、負けたくなかったので、二つのパックを乱れ打った。
「おお、つよいつよい。」
先輩が茶化してくる。そしてガシャーンという大きな音とともに、パックが10枚くらい一気に流れてきた。そんな仕様だったの!?
とにかく私は目の前のパックを、先輩に叩き込むことだけを考えた。相手のパックがこっちに入ってきてもお構いなしだ。
やがて、全部のパックが、フィールドからなくなった。
「おめでとう、千早ちゃん、君の勝ちだよ。」
そう言われてようやく我に返って、スコアボードを一瞥した。確かに、100点差で私が勝っていた。
「私の勝ちですね。」
私は少し息が切れていた。
「大丈夫かい。」
「ええ。ちょっと、本気になっただけですから。」
嘘だ。だいぶ本気だったぞ。
彼が腕時計を一瞥した。
「そろそろ、ご飯にしないかな。」
気づけば、時刻は午後5時半だ。だいぶ遊んでいたようだ。
「そうしましょう。」
私たちは新宿にある百貨店のレストランで食事をとった。先輩が、パスタをおごってくれたのだ。というよりか、今日のデートで私は一銭もお金を払っていないのだけれど。
「少し散歩をしないかい。」
私たちが百貨店を出た後、先輩がそう誘ってくれた。
「少し、静かな場所で話したいことがあるんだ。」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変って、やけに真剣な表情になったので、私も身構えてしまう。
「いいですよ。またホテルでも取りますか。」
「いや、そこまではしなくていい。イリーガルな話でもないしね。新宿中央公園なんてどうかな。あそこは、官庁街だし、話しやすいと思うけど。」
私は少し逡巡したうえで、「わかりました。」と答えた。
私にとっては、最高のデートだった。先輩と、初めてではないにしろ、二人きりで仲良く過ごすことができた。そんな瞬間の最後で、真剣な話が待ち受けている。このデートがあくまで、春香を先輩にくっつけるための作戦だと、改めてその現実を思い知らせるかのようであった。
百貨店から公園までは、徒歩にして15分くらいの距離だ。少しだけ遠いが、そこまで遠い距離とは言えない。私たちは、その15分間の間、ほとんど無言だった。私は、彼からどんな話が打ち明けられるのか、ビクビクしていた。
彼の顔からは、さっきまでの楽し気な姿からは想像もできないほど、真剣で尚且つ暗い雰囲気を放っている。
夜の新宿中央公園へと到着した。この公園は、新宿の中でも最も大きい公園のひとつであり、それゆえにカップルがイチャイチャするのに向いているのだそうだ。それだけ、機密性が高いということもでもある。
私たちは公園の中をしばらく歩いた。どこか、落ち着いて座って話せるベンチがないかを探していたのだ。
そしてしばらく歩いたところに、ちょうどおあつらえ向きのベンチがあり、そこに二人は腰を下ろした。
「先輩・・・そろそろ話しを始めませんか。どんな話なのかは分かりませんが。」
望月先輩は、私の呼びかけには答えず、ただ黙り込んでいる。
「先輩?」
「・・・ああ。何から聞いていけばいいのかって考えていてね。」
「そんなに、ややこしい話なんですか。」
「まあね。」
先輩は足を組み、そして腕を組んで、目をつぶっている。そこからは、とてつもなく近寄りがたいオーラを放っており、どうも彼が話始めるのを待つしかなさそうだった。
そしてそれからしばらくして、腕組を解いて、先輩が静かに口を開いた。
「話っていうのは・・・春香のことなんだ。」
やっぱりそうか・・・。なんとなく予感はしていた。この間のときと言い、先輩は春香の秘密を穿り出そうとしている。今回もそうしようというわけか。
「僕もいくつも、君に黙っていることがあるんだ。」
先輩は唐突に切り出した。
「僕はこの間、君から『どうして春香が隠し事をしていると思うのか?』そう聞かれた。それに対して僕は、その理由を答えなかった。」
確かにそうだ。あの時、先輩は「企業秘密」と言って、春香に疑念を持った理由を教えてくれなかったのだ。
「その理由を今日は、話そうと思う。」
先輩はそう言って、少しため息をついた。私は先輩の言葉に耳を傾けていた。
「実は、春香の戸籍を調べたんだ。」
「春香の戸籍・・・ですか。そんなの他人が勝手に覗けるんですか?」
戸籍、それは人の身分に関する記録が載っているはず。それを見て、いったい何に気づいたっていうの・・・。
「いや、普通の手段だと覗けない。だから、少しアウトローな方法をとらせてもらったんだ。戸籍には、その人の人生が載っている。どんな人生を歩んできたか、客観的な資料としてわかる。僕は、春香は母子家庭だって聞いてきた。だから、僕は勝手に、両親は離婚したのか、それとも父親が死亡したのだとばかり思っていた。けど、春香はそうじゃなかった。」
一呼吸おいて、彼は続ける。
「春香には、父親の名前がなかった。そして春香の母親は、未婚の母として、春香を産んだ。本当の父親は、春香を娘として認知しなかった。だから、春香に父親は存在しない。だけどね、驚いたのはここから先なんだ。」
一呼吸おいて彼が続ける。
「戸籍の附票。戸籍の附票を見ると、その人の住所の履歴がわかるんだ。いつどこに移り住んだのか、それが手に取るようにわかる。・・・春香の住所が変わってなかったんだ。依然として住民票が富山県にある。だけどそれ自体は、特段不思議なことじゃない。手続きし忘れただけということもあり得る。だけど気になったのは、一緒に住んでいたはずのお母さん。彼女については、住所が『なくなっていた』んだ。」
「なくなっていた・・・どういうことですか?」
「記録上は、『職権消除』となっていた。つまり、今現在住民登録があるところには、住んでいないので、住所の登録を役所が消したってことだ。そのあと、彼女に関する記録は入っていない。つまり、春香の母親はどこに行ってしまったかわからないんだ。そして彼女に関しては捜索願が出されていた。こんな不思議なことはないだろう。そしてもっと不思議だったのは、記録上、春香がそのアパートに住み続けていたことになっていたということだ。」
「どうして住み続けたらおかしいんですか?」
「考えてみてくれよ。春香には養ってくれる人は母親以外にいない。だけどその母親が失踪したら、どうやって家賃を払い続けることができる訳?普通に考えれば、アパートを引き払って、どこか施設に行くとかそれくらいしか選択肢はない。なのに住民票は実家に置きっぱなしだった。これが意味しているところは一つしかない。春香は母親が失踪した後、実はあのアパートを引き払っていた。だけど何らかの事情があって、住所の記録を動かさなかった。そうだね?」
「・・・そのとおりです。」
「では、なぜ住所記録を動かさなかったか。これは恐らく、母親に住所を知られないためだ。もし住所異動の手続きをしてしまえば、春香の母親は春香がどこに行ったのかがたちどころに分かってしまう。春香が虐待されていたことを考えれば、春香の住所を知られないようにするため、敢えて手続きをしなかったのはある種当然。そうだよね?」
その通りだ。春香はあの後ワザと異動届を出さなかった。私は無言を貫いていたが、それが言葉の肯定とみなされた。
「僕は君についても調べさせてもらったんだ。」
「私ですか・・・。」
「春香がどこに行ったのか。僕は、その謎を解くカギは、春香と千早ちゃんのつながりにあるんじゃないかと考えたんだ。君についても、戸籍とその附票を調べた。すると、僕はもっとわからなくなってしまった。僕はそこでいろいろなことを初めて知ったんだ。君は最初は『如月姓』ではなかった。最初の父親は、君が幼い時に亡くなってしまった。そして母親は、再婚した。再婚した父と母の間に子供ができた。千尋って女の子だ。だけど、その彼女は、5歳の時に亡くなっていた。そしてそれだけでじゃない。再婚した父親も亡くなっている。今、如月家で生きているのは、君とそのお母さんだけだ。」
私は何も言えず、ただ下を向いていた。この人は・・・きっとすべて知っているんだ。
「あの人と私は親子じゃないんです。養子縁組はしなかったから。」
唯一言えた反論がそれだった。
「知ってるよ。・・・それから、戸籍の附票も見せてもらった。そして驚くべきことを知ったんだ。千早ちゃんのお母さん、彼女も実家から姿を消してて行方不明なんだ。」
「何ですって!?」
私の産みの母親が、行方不明になっていたなんて・・・。じゃあいったいどこに・・・。「どうして千早ちゃんが、そんなに驚いているの?もしかして千早ちゃんは、自分の母親が失踪したという事実そのものを知らなかったんじゃないかな?」
しまった。あまりに衝撃的過ぎて、思わず反応してしまっていた。
「えっと、その・・・。」
「言わなくてもいい。少し探偵も放ってね、それでいくつかのことが分かったんだ。千早ちゃんの2番目の父親が死んだのは、自殺なんだってね。そしてそのことにショックを受けた母親が後追い自殺をしようとした。」
「えっ!?あっ・・・。」
「そのことも知らなかったみたいだね。」
あの人が・・・自殺未遂・・・。
「それで市内の病院に長期入院していたんだ。首を吊って意識不明の重体で、その状態が2年近く続いたらしい。」
2年近くというと、私たちが大学に入学した後も、入院していたということになる。私は悟った。高校時代に、私の母親が私たちの元に現れなかったのは、会おうとしなかったのではなく、単純に会えなかったからなのだ。
「その後奇跡的に意識を取り戻した彼女は退院して、その後行方をくらませた。記録上、春香の母親と同じで『職権消除』になっているんだ。そしてそのあと、どこかに住所を置いたという記録はない。」
「捜索願は出されているんですか?」
「それも調べてみたけど、春香の母親と違って、千早ちゃんの母親については、捜索願は出されていなかった。誰も捜索願を出す人がいなかったみたいだね。」
先輩は一呼吸置いた後に言葉をつないだ。
「僕の推理はこうだ。春香の時と同じ原理で、父親が自殺し、母親が自殺未遂で意識不明の重体になってしまった千早ちゃんが、実家の家賃を払い続けることはやはりできない。恐らく、アパートを引き払って別の安い賃貸マンションへ移ったはずだ。なのに住所の記録を移していない。記録を移していない理由、これも春香と同じで家族による虐待があったから。」
胸が苦しい。私はただ、両手でこぶしを作り、ひざ元で思い切りにぎりしめていた。
「虐待があったのは、天海家だけではない。如月家にもあった。それが父親の自殺を契機に表面化した。春香と千早、この二人には特別な関係があった。それは・・・二人とも、親から凄惨な虐待を受けていたということだ。二人は、互いの境遇を知り、親近感を持った。二人が、親友になったのは、そういう事情があった・・・。どう、僕の推理は当たっているかな?」
私は黙して何も答えられない。先輩が言っていることは、殆どすべて正しいのだ。けど・・・そんなことは認めたくはなかった。
「春香も千早ちゃんも、実家を出ざるを得ない。ではその二人は、実家を出てどこに行ったのか。千早ちゃん、それを教えてほしいんだ。」
ここまで知られている以上、もう黙っておくことは不可能だろう。仮に、黙っていたとしても、この人はきっと、もっといろいろな方法で真相を探ってくるはずだ。先輩の失望を買う形で知られてしまうくらいなら・・・春香の傷ができるだけ浅く済むような形で、私から・・・話してしまうしかない。
「私の担任の先生だった秋月先生の下で・・・居候していました。春香も一緒です。」
「なるほどね・・・。」
「・・・先輩のおっしゃる通り、・・・私は親から虐待を受けて育ちました。亡くなった私の父親・・・あの人が、私のことを嫌っていたんです。前の夫の子供ですからね、嫌っても不思議なことじゃない。やがて、再婚した両親の間に千尋が生まれました。彼女は、かわいがられたんです。当たり前ですよね、二人の子供だったんですから・・・。でも、私は愛されなかった。私だけ・・・家族の団欒の中に入れてもらえなかったんです。3人で食卓を囲む中で、私は一人寂しく、別の部屋でご飯を食べるしかなかった。そして、私はいろいろな家事をさせられました。両親ともに働いていて、私しか家事をやる人がいなかったっていうのもあります。でも・・・私だって忙しかった・・・。家事をやれていなかったりすると、両親は私に辛く当たりました。つらかった・・・そして怖かった・・・。」
気づけば、涙がこぼれていた。
「千早ちゃん・・・。」
「私は、千尋を愛していました。たとえ、その虐待を受けている両親から生まれた子供であっても、千尋は本当にかわいかったし・・・好きだった。そんな彼女も、5歳の時に不幸な事故で死んでしまった。川で溺れて亡くなったんです。それから、虐待がひどくなったんです・・・。私は・・・何度も自殺を考えました。でも、結局思いとどまった。だって、悔しいじゃないですか。こんなことで自殺をしたら・・・。全部、あいつの思い通りになってしまう。だから、私は感情を封印することにしたんです。」
「感情を?」
「ええ。何か物事を考えたり、感じたりすることをやめたんです。何も考えず、石のように過ごす。だた与えられた家事と勉強をこなして、それ以外のことからは全て心を閉ざすようにしたんです。」
「それは・・・辛くなかったかい?」
「・・・思いの外、辛くありませんでした。私にとって、例えるならば、それは化石のようになって眠ることだった。だから、別に辛くもなんでもなかったんです。高校1年生になるまでは。先輩はこの間、どうして私が春香と友達になったのか、どうしていじめられている春香を助けたのかって聞いてきましたよね。」
「ああ。」
「私は・・・春香の顔が怖かったんです。」
「春香の顔?」
「ええ。春香の顔。今じゃとても信じられませんが、あの子、最初は能面のような顔をしていたんです。表情がなく、見つめていると、死の淵に追いやられるようなそんな悲しい顔。感情を封印したはずなのに、彼女の顔を見るとだめだった、恐怖がよみがえってきたんです。そして、封印していたはずの自殺願望も・・・。」
「春香の顔を見るのが怖かった。だから・・・春香を笑顔にしようとした。」
「春香はとても不思議がってました。どうして、私が春香の友達になろうとしているのか。自分が代わりにいじめれられてしまうかもしれない。そんなリスクを背負ってまで私に近づいてきたのか。」
「その経緯は、春香に伝えたの?」
「伝えました。それは、私たちが親友になってからでしたけど。お互いに心を許せるようになったから話したんです。そうじゃなかったら、失礼すぎて口が裂けても言えませんよ。」
「なるほどね。」
「春香のいじめを解決して、それから、私たちは仲良くなり始めました。高校2年になって、私たちは別々のクラスになってしまった。そうした中でも関係は続いたんです。」
「それだけの経緯があれば、関係が続いても何ら不思議はないね。」
「高校2年の秋になって、私の父親が自殺したんです。ある日突然。何の前触れもなく。それで私は・・・虐待を受けていることを担任の秋月先生に相談して・・・。」
「先生のもとに住まわしてもらうようになった、と。」
「ええ。そしてそれから1か月くらい経って、春香の母親も行方をくらませてしまった。春香は母子家庭でしたから、このままでは家の家賃さえ払えなくなってしまう。そこで、私が秋月先生にお願いして、春香も一緒に住まわせたんです。そうして、私たちは3人で住み始めた。そして、先生のご厚意で、出世払いでお金を借りて、奨学金も得て、東京の大学で勉強している。こういう次第です。」
「そうか・・・。やっとわかったよ・・・。千早ちゃんは・・・とてもつらい人生を送ってきたんだね・・・。」
先輩もやっとわかってくれたようだ。これなら、問題はないはずだ。春香がレイプによって生まれた子供という事実も隠し遂せる。私の父親が不審な死を遂げ、そして、私がどうして男性不審になっているのかという理由も・・・。
「千早ちゃんはさ・・・これでいいの?」
先輩が何やら意味深な言葉を口にした。
「これでいいって・・・どういうことですか?」
「千早ちゃんは、ずっと春香のために尽くしてきたと思う。春香のいじめを救ってあげて、独りぼっちになった春香を秋月先生の家に住まわせてあげて、それでいて、今もまた、春香のために、千早ちゃんが危ない目にあおうとしている。そんなに、自分を犠牲にし続けて、辛くないのかなって。」
いまさら何を言い出すんですか、先輩。これは・・・すべて先輩と春香が幸せに結ばれるために必要なことじゃない。
「私の幸せは、春香が幸せになることなんです。そしてそれを達成するためには、先輩と雪村さんの婚約を破棄に追い込むしかない。そのために捨て石になるって誓ったじゃないですか。」
「それはわかっているんだ。わかったうえで、敢えて聞きたい。千早ちゃんに、何か望みはあるかい?」
「私に負い目を感じているんですか?」
先輩は頭を抱えながら言った。
「はっきり言えば、そうだよ・・・。僕は当然気づいているんだ。千早ちゃんが、僕のことを好きなんだってこと。それで、苦渋の思いで春香に譲ったってことも。」
「先輩は、私よりも春香のことが好きなんですよね。でしたら、いいじゃないですか。私のことなんか気にしなくても。私がいくら先輩のことを好きであったとしても、その思いは届かないんですから、それは雪村さんと同じなんです。それに私だって、春香にしてあげてばっかりじゃない。私は、春香から生きる勇気と希望、そして感情を取り戻してくれたんです。これ以上、何も望むものなんてないんですよ。」
先輩はそれでも食い下がる。
「確かに僕は春香が好きだ。本当に結婚したいと思っている。そして千早ちゃんの想いも理解しているつもりだ。だけど、僕は、それが千早ちゃんのすべての気持ちには思えないんだ。千早ちゃんは、もっと別のことを望んでいる。そうなんでしょ。」
「ちょっと待ってください。本当に私は春香に幸せになってほしいんです。春香の悲しむ顔を見たくない、寂しくて苦しい人生を送っているのを見たくない。本当にそう思っているんです。」
「それは確かだと思う。だけど・・・本当にそれでいいのか、それが全部なのか、千早ちゃん。」
「今の先輩は何かおかしいです。今の先輩は、ありもしない虚像を私に見ている。これ以上話していても埒があきませんね。今日のところは失礼させていただきます。今日は、色々と連れて行っていただき、ありがとうございました。」
私は一礼して、足早にその場を立ち去った。
先輩の言葉が私を動揺させる。先輩の言葉は、まるで私に、春香から自分を奪うようにそそのかしているかのようではないか。
本当のことを言えば、それは先輩と付き合いたいさ。でもそんなことをすれば、春香が悲しむことになる。いや、悲しむといったレベルじゃ済まないかもしれない。
私は、春香とその半生を過ごし、彼女の悲劇を知るものとして、そして春香にぬぐいきれない罪を背負わせてしまった者の責任として、春香を幸せにしなければならないのだ。
そして私は、たとえ自分が愛人として報われない立場になっても、先輩にとっての太陽でありたいと願う春香のそんな悲壮な決意を知っているのだ。そんな決意をしている春香の先輩を、私が奪えるはずないじゃない。
私は今日の先輩の態度がひどく不可思議に、そして不快に感じた。