※この作品はR-18です。

『監獄の掟』   作:ミスターN

93 / 127
第17章怒り 第8節胎児の行方

第8節 胎児の行方 残り14時間

 

「ふっ・・。」

 思わず笑いがこぼれてしまった。あの女の策略は完ぺきだった。既成事実まであるということなのか。これでは、彼女を殺せるはずなんてない。

 あの女は、気を失って部屋の真ん中で伸びていた。心音があるから死んだわけではない。顔中がすでに血まみれだ。私の手についた血はトイレットペーパーでぬぐったが、彼女の血は放置したままだ。今頃、あのカメラには醜いあの女の顔が全面に映っていることだろう。

 あいつらの思惑がどうだなんて関係ない。たとえ、あの女の母親の狙いが私たちの仲たがいであろうとなかろうと、今の私には関係ない。今の私が望むことは、あの女を極限まで痛めつけて、その上で、私が死ぬことだ。

 あの女が孕んでいたとは、夢にも思わなかった。既成事実を作ろうとしていることは、分かったが、まさか運よく孕んでいたなんて・・・。

 その子はどうなっているんだろうか。そのことを思い出してから、私は伸びているあの女の腹を丁寧にさすってみた。しかし、下腹部に何かがありそうな感触はない。

 それにあの女が先輩とヤったのは、5月末くらい。今は・・・私たちが拘束されていた時の服装と、私たちが拘束されたときの微かな記憶、そしてこの部屋の室温から考えて、多分春だ。となると、もう生まれていてもおかしくはない。

 あの女は、もう一児の母だというのだろうか。だとしたら、彼女の子供はどうなっているんだろうか。ちゃんと保護されているんだろうか。

 私が覚えているのは、望月先輩に後の処理のことを任せて、あの女は私の家から出て行って、それからあの女はどこかに身を隠した。隠した場所は・・・。ホテル。そう、彼の一族が経営するホテルだったはずだ。

 そこで彼女は静養していたはずだった。世間から身を隠し、ほとぼりが冷めるまで待っていたのだ。だが、その後どうなったのかまでは、記憶がない。

「ふっ・・ふっふふふ・・・。」

 面白くて笑いが止まらない。結局、今も昔も私がやっていることって何にも変わらないんだ。

憎しみをたぎらせた私は、楓を炊きつけて、あの女を殺させようとした。それって結局、私が今やっていたことと変わらない。今の私は、あの女を殺したくても殺せないけど、殺したいのには変わりがない。

 更に面白いのは、私は結局、雪村楓という女に対して、何ら思い入れがなかったということだ。あれだけ一緒になってあの女を恨んだっていうのに、あの女が死んだということを思い出しても、今の私は全然罪悪感を感じない。ただの道具にしか見ていないのだ。そういう残酷な所が、まさに私らしい。

 これで益々あの女の幸せは確実だ。先輩の子を孕んで出産した。そして、彼女を邪魔する楓も死んだ。あとは時がたてば、先輩があの女を迎えに来る。そうすれば、夫婦と子供で幸せに暮らせばいい。私がここで死ねば、それこそもう誰も邪魔者はいない。

 どこまで運がいいんだ。この女は。そしてどこまで計算高いのか。私がここで横死するのは計算外だろうけど、彼女は計画的に楓を殺した。それは先輩を呼ばなかったことからも明らかだ。

 ここまですがすがしく負けると、記憶の中で思ったのと同じように、逆に気味がいいくらいだ。だけど、ここまでしてやられて、当然悔しさがある。私は彼女に利用されただけの人生だった。

彼女と出会ってから、私の人生は大きく変わった。自分で選択したように見えて、きっと私は自然と選択させられていた、そんな風に感じるのだ。手品の世界では、自分で選んでいるはずなのに、手品師が望んだ結果を導き出すマジシャンズセレクトと呼ばれるトリックがあるが、まさにそれ同様、私は如月千早という魔女に、選ばされていたのかもしれない。

 だとしたら、「私が殺される」という選択肢自体、彼女に選ばされている、そうは言えないだろうか。彼女にとってしてみれば、私の存在は、彼女が先輩を独占するにあたって最大の障害そのもの。その排除を考えたとしても、極めて自然だ。

 だから彼女は、私が死にたくなるよう仕向けたんじゃないか。彼女は、私が「千早ちゃんを殺したくない」という感情を知っていた。だからこそ、敢えて殺すよう迫って私を困惑させた。困惑した挙句、彼女を殺したくないから、自らが死ぬと願いださせようとしたのではないか。

 自分が死ぬと彼女が喚いたのも、きっと策略だ。彼女はあからさまに何かを隠していた。それが気になった私は、彼女を殺せなかった。そして真実が明らかになり、彼女が私を出し抜いていることが明らかになった。

 そのことで、千早は過去を思いださせ、自分が先輩を勝ち得たこと、逆に言えば私にはまったく勝ち目がないことを認識させようとしたのではないか。そしてそれは完璧だった。

 彼女は、望月先輩がこの部屋の向こう側にいると知ってから、この部屋の様子を彼が見ているという可能性を考えていた。だから、敢えて何も悪態をつかなかった。そんなことをすれば嫌われることが目に見えている。

 望月先輩が見ているという事実にいち早く気付いていれば、「悲劇のヒロイン」を演じようとすれば、それが得になる事実を知っているのだ。そして、発狂した私はますます彼の心から遠ざかる。彼を失ったと確信した私は、益々死にたくなる。

 彼の子を身ごもり、出産した。展開的に考えれば、もはや望月先輩が私のものになるなんて考えられない。いよいよ以って私が死ぬしかない。

 そう選ばせようとしているのではないか。

 そういう風に考えると、癪に障る。もう私が幸せになることができないなら、いっそのこと、みんなで不幸になってしまえばいいのだ。

 今あの女は、意識を失っている。殺すのは簡単だ。

 私はゆっくりと立ち上がると、彼女の目の前までやってきて、膝をかがんだ。

「相変わらず不細工な寝顔ね。」

 あの女の顔は、腫れ上がっていて、かつての凛々しい顔は見る影もない。

「ぷっ・・・。」

 思わず吹き出してしまう。これがこの女の最期の姿か。滑稽だ。

 私はあの女に馬乗りになって、かの首に手を掛けた。ゆっくりと力を入れていく。

「・・・ぁぁあ・・・ぁぁ。」

 千早は声にならない声を上げている。さすがに気づいたか。

「ねえ、『千早ちゃん』苦しい?」

 彼女はゆっくりと目を開いた。

「何か言うなら、今の内だよ。」

「ぁぁ・・・ぁ・・・ぁぁ」

「死にたくないなら、抵抗してもいいんだよ。」

「・・・・・。」

 彼女は何も言おうとしない。まだそれほど力を込めていない。かろうじて呼吸できるだろうし、抵抗だってできるはずだ。

「いいの、私このまま本当にあんたを殺すよ。アンタを殺して、生きてここから出たら、アンタと先輩の子供も殺しちゃうよ。」

「・・・・・。」

「アンタは覚えていないかもしれないけどね、アンタ自分の子供産んでいるんだよ。先輩との子供。自分がお腹痛めて産んだ子供、覚えてない訳?」

「ゎ・・・ゎたし・・・」

「ん?言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ。もう私加減できないよ。」

「わ・・たし・・・に・・・こども・・?」

「そう。アンタはね、雪村楓を殺したの。計画通りにね。アンタの策略にハマった私は、アンタを恨んだ。そして先輩に止められていたのにも関わらず、作戦を実行に移したのよ。だけど、それも狙い通りだったんじゃないの?あの女が死ねば、邪魔者はいなくなる。しかも自分が妊娠していることにアンタは気づいていた。あの女さえいなくなれば、先輩は確実に自分のものになる。だから、アンタは、私が楓を炊きつけさせるように『選択』させた訳。そしてまんまと誘いに乗った楓は、アンタを倉庫に呼び出した。アンタはこれ幸いと、襲われると知っていて出向いて、正当防衛を装って殺した。そうでしょ?」

「わ・・・たしは・・・ゆきむらさんを・・・ころしたよ・・・。」

 彼女は虚ろな目をしていた。私は自然と笑みがこぼれた。この女の最期の姿を見るのがこんなにもワクワクすることになるとは思わなかった。

「そう!そしてアンタは病院に運ばれ、そこで私は全ての真実を知った。アンタは先輩に匿われて、そして子供を産んだ。残念だったわね!あんたは私を炊きつけて、もう私に希望がないと思わせて、私に死を選ばせようとした。だけど私はそのトリックに気が付いたのよ!私がここで死んで、一番得をするのはアンタだって!だからね、私はみんな不幸になってもらおうと思ったのよ!」

 自然と手に力がこもる。

「私がここから出てきたところで、どうせ私は幸せにはなれない。だったら、みんな不幸にしてやるわよ!私をこんな目に合わせたすべての人間に対して、復讐をするのよ。私をこんな苦しいところに追いやった奴ら、私を苦しめた奴ら、そいつら全員ぶち殺してやるわ!まずは手始めにアンタだよ。ねえ、いい加減なんか喋ったら?少し緩めてあげるから。」

 私は手の力を緩めて、この女が喋れるようにした。

「わたし・・・うんで・・・ない。」

「えっ?」

「せんぱいとのこども・・・うんでない・・・おろした・・・。」

 おろした?まさか・・・。

「嘘でしょ!?また嘘を言って、私を言いくるめようとしているのね!」

「はるか・・・しあわせにしたいから・・・。わたしが・・・うんだら・・・はるかがふこうに・・・なるから・・・。」

 えっ・えっ・・えっ???どうしてそうなるのよ。おかしいでしょ?

「わたし・・・また・・・ひところしちゃった・・・。わたしと・・・あのひとのたいせつ・・・ないのち・・・。」

 千早の目から涙があふれだしている。

 私の手から力がどんどん抜けていく。

「いきて・・・ここからでて・・・せんぱいといっしょに・・・しあわせになって・・・。ふくしゅうなんて・・・ばかなこと・・・しないで・・・。」

「『千早ちゃん』・・・。」

「どうした・・・の・・・?なんで・・・ないてるの・・・。」

 私は彼女の首から手を離し、彼女の上にペタンと座り込んだ。

 私には理解できない。まさか、本当にこの子は私に先輩を譲ることを考えていたというのか、だとしたら今までの推理は何だったんだ。彼女は全て計算していたんじゃないのか。だとしたら、これも計算なんじゃないか。子供を産んだのか堕胎したのか、私はもしかしたら分からないんじゃないか。千早は世間から隔離されて、私は彼女に連絡を取らなかったし彼女からも連絡を取ってこなかったと思う。

 だから、私は何もわからない。ここを出なければ、検証のしようがない。だから、私にこんな嘘を・・・。

 いや、でもさすがに産んだか殺したかくらい、いつか思いだしそうな気もする。そんな明らかなウソをつくのだろうか。

 彼女はゆっくりと起き上がって、私に抱きついてきた。

「ごめんね・・・春香・・・。私・・・春香が望んだのに・・・産んでって・・・のぞんだのに、殺しちゃったよ・・・。」

「どうしてそんなことを・・・。」

「分からない・・・。そこまで思い出せない・・・。でも多分、春香の為・・・春香を不幸にしたくない・・・そんな思いだったと思う・・・。」

「私を・・・。」

「先輩は・・・本当は春香のことが好きだった。だけど・・・私が身ごもってしまったから、引けに引けなくなった。」

「だから、殺したっていうの!?お腹の子を!」

「うわああぁぁあああんんん!!!」

 信じられない。そんなことがあってたまるか。そんなの、私が殺したようなものじゃないか。この女、如月千早って本当にバカなんじゃないの!?

 狭い監獄の中には、千早ちゃんの泣き喚く声だけがこだましていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。